第900話 暗黒騎士の使命②
第900話 暗黒騎士の使命②
暗黒騎士であるイルゼの周りには感謝の言葉を述べる冒険者や宿場町の商人たちがぞろぞろと集まってくる。
「借宿の店主よ。一切の心配はない。我らで雷王は必ず倒す。それで、その雷王というのは消えたと言うのは本当か?」
イルゼは跪く借宿の店主だけでなく冒険者たちにも聞こえるように問う。
「は、はい。雷王は先週までかなり暴れていたのですが、パタリといなくなりました」
「ほう? 雷王はどこかにいなくなることが度々あるのか?」
「そのとおりです。大穴の底にいることが多いと言われているのですが、穴の淵にまで登ってくることもあり、神出鬼没なのです。いなくなる直前も大穴から出る勢いで冒険者たちの犠牲が出たので……」
(熟練騎士が戻るまで待機していた新人騎士のプリニッタが動かざるを得ない状況だったってことか)
「言われている? どういうことだ? 雷王の姿を見た者はいないのか?」
するとい一旦黙っていた冒険者のうちの1人が口を開く。
「奴に見つかって助かった者なんていねえ」
その様子に皆が声を上げるようになる。
「恐ろしく素早いんだ。きっと雷の化身で実体がないから逃げられた者がいないんだ」
「巨大な手が全てを砕くから捕まったら逃げらないぞ」
「何言ってんだ。手がとんでもなく伸びて捕まえると聞いたぞ」
「いいや、電撃で動けなくしてゆっくりと食べられるんだぞ」
「普段は岩の隙間に隠れて近付く者を待ち構えているんだ」
ほとんど伝聞のように聞こえるが、冒険者たちが思い思いに雷王の特徴を口にした。
「おいおい、イルゼ様に失礼だろう。話すのは1人ずつにおしっ!!」
「いや、問題ない。アレンよ、他に聞きたいことはあるか?」
アレンが持ち前の知力を活かして凄い勢いで魔導書のメモ機能に必要な情報をメモしていく様を、イルゼは横で確認している。
「ん~。一旦、一通り聞いたかな」
(こんだけ冒険者がいて見たことないなんてことはあるのか。だが、たしかに大穴のどこにもそれらしい魔獣はいないな。クワトロは引き続き万里眼で探してくれ。穴に近すぎないようにな。夜行性かもしれない。夜になったらホロウを何体か飛ばすか)
冒険者の話を聞きつつ、大穴の上空に飛ぶクワトロにも指示を出す。
「ふむ、特徴が様々なのは成長の過程で雷王が『神化』しているのかもしれないな」
「なんだと? しんかってなんだ?」
「……魔獣は神に至るんだ。お前も亜神まで神化したベスペルを懲らしめただろう。さて、アレンよ。一旦、この場から離れて作戦を考えるぞ」
「そうだな」
「それでは店主よ、宿を1つ貸してくれ。明日には雷王討伐に向かうからな。それまでは皆も生活があるだろうが、大穴には極力近付かぬことだな」
今日は冒険者ギルドに行って、大神殿に向かって、大穴の宿場町に至る。
既に真っ暗になりつつある、これからの雷王討伐は得策ではないとイルゼは考えたようだ。
借宿の店主はすごい勢いで最初に入っていた小屋に入ると鍵を握り締めて出てきた。
「この先に赤い屋根の小屋があります。暗黒騎士様にお泊めするには失礼とは存じますが宿場町で一番広いので寛ぎくださいませ」
「助かる。そうだな、長くはかからぬだろうが念のため1週間ほど借りよう。いくらだ?」
平服して両手で恭しく持って渡してきた鍵を受け取ったイルゼは金貨を入れた小袋を手に取って宿代を払おうとする。
「そんな、暗黒騎士様から頂くわけにはまいりません!!」
店主は両手を頭の上まで上げて受け取れないと言う。
「そうはいかぬ。民や冒険者の貴重な税を貰って我ら暗黒騎士は活動しているのだ。それで……」
「ご勘弁くださいませ。我らのせいで暗黒騎士様に大変なご迷惑をおかけしております。こんな宿で罪滅ぼしにもなりませんが、何卒……」
跪いた店主は手のひらを地面につけて頭を下げ、起き上がろうとしない。
「……分かった。今回は店主の思いに答えることにしよう。宿はこっちだったな」
「ほら、邪魔だよ、皆! 道を開けるんだよ!!」
冒険者たちが左右に分かれることによって借宿までの道ができた。
向かった先の借宿は、小屋というには大きい木材を組んで作ったものであった。
ギギギッ
建付けの悪い扉を開け、イルゼはテーブルがいくつか並列で並んだ食堂スペースの側の床に荷物を適当に置いた。
「俺が住んでた家みたいだな!!」
「ああ、休むにはちょうど良いかもしれない」
目をキラキラするタジンは自らのことを卑屈に感じることは一切ないのかとアレンは、タジンの言葉をとりあえず肯定する。
(なんか登山の途中にある山小屋的な掘っ立て小屋だな。20人くらいのパーティーで泊まる用の結構大きい奴だけど)
前世で健一だったころ、インターネットで登山の動画が流れた時、山頂に向かう登山家が途中の簡易な木造の建物に泊まったり休憩をとる様子を見た記憶がある。
このムラルガンの大穴の周囲には、活動するだけのための休憩をとるための小屋を貸しているようだ。
「それで、作戦は固まりそうか?」
「クワトロが雷王を探しているが見つからないんだよな」
大穴の上空をいまだに旋回するクワトロがここまで聞いた雷王の特徴などで探しているが見つからないでいる。
特技「万里眼」と同時に特技「鑑定眼」も発動しているが、神級と呼ばれる鑑定不可の魔獣もいない。
「そうか。お前は頭が回るようだからな。作戦が決まったら教えてくれ」
「ああ、それだったら、イルゼの……」
コンコン
アレンが口を開こうとしたら、小屋の扉を外から扉を叩く者がいる
「なんだ? どうしたんだ、おっちゃんたち」
タジンが扉を開けると、外に宿場町で露店を営む者たちがいた。
「暗黒騎士様たちが雷王を倒すために宿を借りたと聞きました。たいしたものじゃありませんが……」
果物なんかを籠に乗せた商人が申し訳なさそうに抱えて立っている。
その奥で、干し肉、パン、飲み物など何人もの商人たちが自ら売っているものをもって扉の周りを囲んでいた。
(この宿場町全体に暗黒騎士がこの小屋に止まっていることを知られてしまったのかな)
「おお! くれるのか!!」
「おい、タジン。勝手に受け取るな」
「だって、せっかくなのにもったいないだろ」
「では、玄関側に置いておきますね」
「おい……。だからそのような気遣いは不要といっておるのだ」
イルゼがタジンを諫めている間に、商人たちは暗黒騎士が積極的に受け取らないことを知っているのか、玄関に食料を載せた籠を置いていく。
こうして、玄関に3人では食べきらない食料が有無を言わさずに積まれた。
「アレン、俺、昼飯も食ってないから腹減ってるぞ!!」
数秒、3人で立ち尽くしていると、我慢できないと腹を両手で押さえたタジンが地団駄を踏む。
「たしかに、今日は移動からの移動ばかりだったからな。どっちにしろ戦いは明日以降だし、飯を食いながら、これからの話をしよう。タジンも籠をテーブルの上においてくれ」
昼飯にしては遅く、夕食にしては早い時間帯だが、食事をしながらこれからの話をしようとアレンは言う。
「やったぜ!!」
テーブルに乗せた籠から出来立てとは言い難いパンをとってバリバリとタジンが食いちぎり始めた。
「それで、雷王がいないのは本当なのか? アレンよ」
「見つけられない。俺の召喚獣はこれくらいの大穴なら全域を見通すことができる。ただ、岩陰とか切れ目の中までは見れないからな」
「大穴のどこかに潜んでいるかもしれない。冒険者たちの言ったとおりと言うことだな」
「それで作戦を考える上で、聞きたいんだが、魔獣の 神化 ( しんか ) ってなんだ?」
暗黒界にアレンにとって雷王を倒すために重要な情報なような気がする。
「……ふむ、人間界はどうか知らぬが、その言い方だと魔獣は神にならないんだな。我らの世界では魔獣はランクを上げ、神に至るのだ」
果実水の入ったコップをテーブルに置いたイルゼが語りだす。
「……」
タジンは無言でアレンと一緒に食べながらイルゼの話を聞く。
「Bランク、Aランク、Sランクと戦いの中で力を得た魔獣は、暗黒神アマンテ様の許しを得て亜神に至る。これが『神化』だ。その後も神、上位神にまで神化が進んで各大陸を支配する上位神と戦いを挑む『挑戦者』になる魔獣がかなり稀だがいるぞ」
「そういえば、亜神のベスペルは暗黒神様の許しを得て、この辺りを治めているとか言っていたな。それと大神殿で雷神ソヴィ様の『挑戦者を拒まない』ってそういうことか」
「そうだ。たしか、獣神ブラキノ様は挑戦者として遥か昔だが、以前、ブラキウス大陸を治めていた上位神である獣神と戦いを挑み、勝利してあの座にいらっしゃると暗黒騎士長に教わったな」
アレンはこの世界での魔獣と神の存在について理解が進んだような気がする。
亜神ベスペルも獣神ブラキノも雷神ソヴィも、イルゼの言う「神化」という暗黒界の同じ理の中にいるようだ。
「ん? じゃあ、イルゼ。魔獣のランクってどうやって上がるんだ。戦いの中って言ったが具体的に教えてくれ」
なんとなく答えが分かったような気がするが念のために確認する。
「人々を襲って倒すと力を得るな。もちろん、魔獣が魔獣を倒してもな」
(人間界では魔獣が、ランクがガンガン上がったなんて話はあまり聞かないな。アルバヘロンとか亜神まで成長するとか言われているけど)
「随分、人々に厳しい世界だな。守護番とか暗黒騎士はそのためにいるのか?」
「アレンよ。まだ勘違いしているようだな。守護番と暗黒騎士はまるで存在理由が違う。守護番はあくまでも暴れる魔獣から人々を守るためにいる。冒険者ギルドでも手の追えなくなった亜神の域に入っても人々を襲う魔獣を狩るのは我ら暗黒騎士の役目だ」
(守る者と狩る者で役目を分けていると。暗黒騎士は人々に対する暗黒神が設けた安全装置ってことか)
「命懸けなんだな。暗黒騎士でも亜神くらいの強さの魔獣は1人だと手が余るだろう」
アレンは暗黒騎士の中でも一番の新人と聞いているイルゼの力しか知らないが、それでも亜神級の魔獣は1人で倒せる相手だと思えない。
「まったくだ。だから力のつけ過ぎた魔獣を暗黒騎士1人で戦うなんて愚かなことなのだ。副長くらい強ければ別だがな。プリニッタは差し迫った状況だったのだろう。暗黒騎士は特に狙われるのにな」
「もしかして……」
「そうだ。力を欲した魔獣は、魔獣も人も狙うが、最も狙うのが暗黒騎士だ。我らを倒せば魔獣たちは神化が捗るからな」
イルゼは当然のように口にする。
暗黒世界で厳しい使命を与えられた暗黒騎士の存在をアレンは知るのであった。