第911話 優先すべきこと
第911話 優先すべきこと
暗黒騎士副長レヴィナが暗黒騎士イルゼに対して暴言を吐いた。
視線や表情からも副長の表情は憎悪で歪んでおり、口から吐き出す侮蔑の言葉がイルゼの心を明らかにえぐっているようだ。
「……」
肩を震わせ無言で耐えているイルゼの前をアレンとタジンが好戦的な視線を向けて数歩歩みを進めた。
「あ? 誰にガンつけつけてんだ? てめえら!」
副長が不快そうにアレンとタジンにも罵声を浴びせる。
副長の側にいるラクスベルを除く2人の暗黒騎士も、アレンたちが挑発に乗った時のためにか、今にも飛び掛かりそうなほどアレンたちを睨んでいる。
「さあ、あなた方はどなたでしょうか。あと、タジンは下がれ」
「いや、だってよ……」
「下がれ。いいな。イルゼを任せたぞ。ここは俺が対応すべきことだ」
「お、おう」
口調こそ落ち着いているものの、全てを切り裂くアレンの殺気にタジンは気圧される。
元居た位置に数歩下がり、副長たちとの対応をアレンに任せる。
「へえ? かっこいいじゃねえか。イルゼにてめえ惚れてんのか? こいつは……。そうか、てめえもタナシスと同じ来訪者の人族か。俺たち暗黒騎士にベタベタ絡んできやがって、まじでムカつくぜ!! てめえらのせいで無敗のヴェンデル副長は弱くなったんだ!!」
(とんでもない暴言だな。さて、何を最優先にすべきか考え時だな。自らの行動が何をもたらすかよく考えろ)
(ここは暗黒神のいる広間で、その神が俺たちの会話を様子見ている。法の神も遠くから見つめている)
(暗黒騎士は暗黒界を支配する者たちだ。目の前の暴言を吐いているのはその中で頭1つ出た副長だ。問題を起こせば人間界に戻れないかもしれない)
(これから貰う予定の報酬の話が飛んだらどうなると言うんだ。人間界に戻る話すら飛ぶかもしれないんだぞ)
(何億って人々が人間界で待っているんだ。絶対に感情はこの場では関係ない。全ての気持ちを押し殺せ)
(もしかしたら俺が気にしすぎで、これは普段の会話でイルゼは何も気にしていないかもしれない。あくまでもこれは暗黒騎士の中での話だ。俺が代わりに土下座でもしようか……)
自らに言い聞かせて、アレンはイルゼを見て、大きく息を呑んでしまう。
一緒に行動を共にする中、常に気丈に振舞っていたイルゼは肩を震わせて大粒の涙を流し、必死に副長の言葉に堪えていた。
自らの心臓の鼓動が大きくなっていくことを感じるアレンの中で大事にしている価値観と相容れないことが起きたと理解する。
(やばい。俺が怒ってどうする。落ち着け。穏便に済ませるんだ。絶対に争ってはいけない)
(そうだ。俺とイルゼは知り合ったばかりだ。元々こいつは俺のことなどなんとも思っていない。俺が怒る必要など何もない)
全身の血が逆流し、自らの心臓が強く鼓動することを感じる。
アレンは副長を見て最後通告することにする。
「……何ことか分かりませんがその話まだ続けますか?」
(おい、やめろ。賢くなれ。さっきから、そんな言い方すると面倒ごとになるぞ)
「なんだ? 黒髪のクソガキが、続けたら何だってんだ? おめえもイルゼと一緒にボコボコにしてやっていいんだぞ?」
ブンッ
「ではこれ以上、聞くに堪えませんので黙らせるとしましょう」
(俺の仲間をどうするって?)
アレンは最も優先すべき仲間のために、魔導書の中から自らの剣を取り出した。
収納から自然落下するアレンの剣の柄を自然と掴んだまま、副長に視線を向ける。
あまりの怒りにアレンの剣は握り締める手からの振動で細かく揺れている。
「な!? 副長相手に剣を抜くとは!!」
「貴様! 冗談で済ますとでも思ったか!!」
「おい、イルゼ。その者を止めるのだ。でないと冗談ではすまない……」
暗黒騎士のウイクとガライがアレンの態度を責める。
副長の側にいる3人の暗黒騎士のうちラクスベルだけが、アレンに対して剣を収めよと言おうとする。
だが、副長に手のひらを向けられ、ウイクたちはこれ以上何も言わなかった。
「暗黒神様の言うとおり、イルゼが仲間たちと共に頑張っているようです。彼らの頑張りに報いたいので少しこの広間で剣の稽古をつけてもよろしいでしょうか?」
体を一度向き直り、副長は暗黒神に許しを求めた。
『……構わんよ。手短にな』
「ありがとうございます。おい、黒髪のクソガキが! 今さら剣を収めても遅せえからな! イルゼなんざを見たせいで俺は機嫌が悪いんだよ! ズタズタにしてやるぜ!!」
許しを求めた暗黒神から向き直ると、副長は怒気が溢れる言葉を吐き捨てながら腰に差した漆黒の剣を引き抜いた。
まるで狂気の表情を持つ副長の内心に似たのか剣は左右に波を打つように歪んでおり、禍々しいまでの漆黒の魔力を含んでいる。
「お、おい。アレンよ。どうしてこうなるのだ。私なら何も気にしてない。謝るのだ!! 相手は副長だぞ、勝てるわけが……」
「イルゼも下がっていてくれ。これは俺が始めた戦いだ。俺は仲間を泣かす者を容赦しない。俺にも絶対に譲れない優先すべきことがある」
「だ、だがっ」
「イルゼ、アレンの戦いの邪魔になるだろ!」
タジンがイルゼの腕を力いっぱい引いて、後方に下げさせる。
「おいおいおい、仲間思いのごっごをみせてくれるじゃねえか」
「私1人で戦いますが、何人で戦ってもいいですよ」
「……ふむ。なるほど、ウイク、ガライ。こいつは見た目に反して結構やるようだ。俺たちは決して誰にも舐められてはいけない。殺すつもりで本気でやるぞ」
(挑発に乗って1人で戦わないと。ラクスベルは元から戦いそうにないな)
舐め回すように禍々しい剣を構えたところで、ラクスベルを除くウイウとガライも副長同様に武器を構えた。
「……は、副長」
「先に動かれてください。ウイクと共に合わせます」
(鑑定できたら良いんだが。武器の扱いは圧倒的に相手の方が上と思った方が良いな。あれこれやられる前に速攻で叩きのめすぞ)
「はっはっはっ」
「なんだ? 怖すぎて気でも触れたか? 今さら許してやらねえぞ、クソガキが!!」
「いやいや、クソガキ相手に副長含めて3人で戦うとは恥ずかしくないのかなと思いまして笑ってしまいました。暗黒騎士って大したことないんですね。はっはっは」
アレンは構えることもなく広間に響くほど高笑いをする。
「貴様! 暗黒騎士に対する侮辱などあってはならぬ!!」
鼻息を荒くする巨大な熊の獣人のガライは大斧を血管の浮き出る太い握り締めた。
「そのとおりです。絶対に許しません!」
細身のレイピアを持ったウイクは剣先をアレンに向け、今にも飛び出しそうだ。
アレンは言いながら自然に一気に指輪などの魔法具を素早さ特攻にサッと替え、ホルダーのカードも素早さ、攻撃力中心の召喚獣に変更する。
(暗黒神が戦いの許しを求めたのは貴様だからな。中止を求める前にギタギタにしてくれる)
二度とふざけたことが言えないように確実に叩きのめしたい。
2人の暗黒騎士は切れ気味に顔を真っ赤にしているが、副長だけが静かにアレンの動きを見つめている。
「もう、大人気ないですね。そんなに睨まないでくださ……。ぬん!!」
(さて、鑑定眼も使えないから選択眼の使用不可と。まずは副長だな。この外套が3万も素早さが上がって助かる。副長も俺との距離を詰めるか)
アレンは言い終える前に大広間の床石を踏み砕くと、会話の途中で剣を振り上げて一気に距離を詰めた。
ダンッ
だが、距離を詰めたのはアレンだけではなかった。
動きを読んでいたのか、副長がアレン同様に剣を振り上げ、アレンに向かって真っすぐ向かっていく。
「む?」
副長はアレンとの動きの差にすぐに気付いたようだ。
距離にして30メートル程度の距離から両者が突っ込んできたのだが、明らかにアレンの移動距離が副長よりも長い。
これはアレンの素早さのステータスが副長よりも高いことを意味する。
アレンが20メートルの距離を詰め、副長が10メートルを詰めたところで両者が激突する。
「はあああああああああ!!」
「ぐっ!? 真・相殺斬!!」
2人とも振り上げた剣を容赦なく相手の顔面目掛けて振り下ろしたところで、甲高い音を響かせて両者の剣が火花を上げて激突する。
だが、アレンはまるで自らの斬撃の威力が明らかに減退する感覚を覚えた。
(俺の攻撃を相殺させる気か。そして……)
「馬鹿なやつ! まっすぐ突っ込んできたわね!!」
「これは貰ったぞ!!」
アレンと副長の剣がぶつかり合う瞬間に左からウイクが、右からガライが弧を描くように突っ込んでくる。
時間にして1秒に満たない一瞬の間に副長たちの戦術を理解する。
副長が攻撃を受け、その隙に左右からアレンを挟み込む作戦であると判断する。
(亜神級や神級の魔獣相手に連携して戦いながら培った戦術か。だが!!)
ダンッ
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
アレンは斬撃の威力を完全に殺されて立ち止まったところで、床石に足を踏み込む。
踏ん張りの効いた状態でアレンは、副長のスキル「真相殺剣」の効果が切れたところで、さらに力任せに押し込む。
「ぐは! なんて力だ!!」
副長を全身の力を自らの剣に伝えてやってきた後方へと吹き飛ばす。
だが、その時には、ウイクとガライの2人の暗黒騎士が寸前まで迫っていた。
ガライとの距離が2メートルを切る中、ウイクとの距離が3メートルほどあり、素早さによる差なのか、左右で迫りくる2人の距離の差を一瞬で認識する。
アレンは先にやってきたガライの斬撃を寸前で躱した。
その際、雷神から貰った外套の内側に来ていた街中用の普段着が大斧の斬撃でズタズタになってアレンの胸元が現われる。
「貴様も吹き飛びやがれ!!」
「うおおおおおおお…… ぐはっ!? 貴様!!」
ウイクよりも先にやってきたガライの腹部にウイク目掛けて重い掌底を食らわした。
ガライをぶつけられたウイクはそのまま2人で吹き飛ばされていく。
だが、ウイクの口元が僅かに緩んでいることをアレンは見逃さない。
(む? この状況でもまだ作戦通りか)
だが、笑みを零したウイクの表情は勝利を確信しているように思える。
「はあああ!! 真・地走剣!!」
ガライ諸共吹き飛ばされるウイクは床石に自らの細身の剣を突き立てスキル「真地走剣」を発動していた。
アレンが力任せにガライを投げたことにより、剣を突き立ててもウイクは床石に亀裂を生じさせながら吹き飛ばされていく。
ウイクが発動したスキルの衝撃が床石を粉砕しながら両足をめり込ませたアレンに迫る。
ガライを吹き飛ばして体勢を完全に崩したことによりスキルを躱せそうにない。
避けようもなくアレンにスキルの衝撃が包み込む。
(これは攻撃不能のデバフか。だが……)
全身を縛られ拘束される感じがする。
だが、アレンはウイクよりも圧倒的に知力が高く、デバフに対する耐性がある。
何秒もかからずデバフの効果など弾き飛ばすことができるだろう。
だが、暗黒騎士たちは何秒も待ってくれなかった。
最初に吹き飛ばした副長がこちらに向かって、既に駆けていた。
振り上げた漆黒の剣に魔力が込められていく様子をアレンは捉える。
あと1秒もかからずデバフを解除できたアレンに対して副長はスキルを発動する。
アレンの視界には副長の剣が一瞬にして3方向から同時に迫る様に見える。
(くそ、躱せぬ!?)
「死にさらせや! 暗黒三界斬!!」
ドオオオオオオンッ!
アレンは腹に左右斜めおよび横一文字の3連撃の斬撃を浴びて後方に吹き飛ばされる。
一瞬で分厚い大神殿の壁に全身をめり込み、アレンは完全に埋没してしまう。
「アレン!!」
「おい、大丈夫か!!」
暗黒神のいる大広間にイルゼとタジンの声が響いたのであった。