5.再会編②
5.再会編②
「久しぶりじゃん! なんで東京いんの?」 光は何処か懐かしい、茶目っ気のある笑顔を依理に向ける。突然いなくなった人物とは思えない気さくさに、依理は少し動揺した。「え、ああ。就職でこっち来たから。つーか光こそ! まさかこんなところで」「俺はお前よりもっと前から東京にいるよ。……まぁとりあえず座りなよ」 光はそう言って、残り一席だったカウンターの椅子を引いて依理を案内する。背の高い依理にとっては少々窮屈ではあったが、なんとか席におさまり、メニューを開いた。「何飲む? てか二軒目三軒目とかだろ」「その通り。会社の飲み会で終電逃した」「あるあるだなー。飲むのキツかったらソフドリもあるから。決まったら声掛けて」「光ちゃーん! お代わり作って〜!」「はいはい、待っててー」 テーブル席で賑やかに飲んでいるオネェ軍団に呼ばれ、光は忙しそうにまたカウンターの中に入っていった。店は年配のマスターと、光の二人で回しているようだ。マスターはフードメニューの用意をしているので、ドリンク作りは光が担当している。テキパキと動く光をしばらく眺めていると、再びカウンターの中から声を掛けられた。「依理、決まった?」「え、あ、そっか。えっと、メイカーズ・マークのソーダ割り……」「はーい」 散々飲んだ後だが、折角なので店の雰囲気に合うものを注文した。閉じたメニューの表紙には『 Dining ( ダイニング ) Bar ( バー ) Bellwood ( ベルウッド ) 』と店名が刻まれている。メニューを元の位置に戻し、ふうっと溜め息をつく。 さっき光は「お前よりもっと前から東京にいる」と言っていた。それは高校二年生のあの時からなのだろうか。この店はいつから働いているのだろう。突然いなくなったあの日から今日まで、光がどうしていたのかを知りたい。「はい、メイカーズのソーダ。ごゆっくりどうぞ」「おう……ありがとう」 光が作ったバーボンソーダを飲みながら、改めて店内を見回す。全体的に木目調のデザインで、英語で書かれた本や雑誌、洋楽のCDが棚に並べられていて、アメリカの一軒家のリビングダイニングにいるような気分になる。自分以外ではカウンターに男女のカップル、マスターの知り合いらしきセンスのいいイケオジや、その他一人客が数名。そしてテーブル席には先程から騒がしくしているオネェ軍団。二丁目界隈から来たのであろう。ちなみにオネェ軍団は光がお気に入りのようだ。「光ちゃーん? カウンターにいる背の高いイケメン、好きピなんじゃないでしょうねぇ〜?」 突然話題に持ち上げられ、依理は飲んでいた酒を 咽 ( むせ ) かけた。光は笑いながらオネェ軍団の質問に答える。「違うよー、高校の友達。今日だってマジの偶然で来たんだって。なぁ、依理」「ああ、はい……」 とりあえず光に同調していると、オネェ軍団はニヤニヤしながら面白おかしく騒ぎ立てる。「やだー、あの子も可愛いわねぇ」「本当、反応が可愛い〜」「ちょっと、こっち来なさいよぉ!」「あ、いや僕はちょっと……」 どうやら自分はオネェが苦手らしい、と依理は初めて絡まれて気付く。久々に人見知りモードを発揮していると、光が助け舟を出してくれた。「ちょいちょい! こいつ人見知りだから、あんま絡まないでやって!」「あー、光ちゃん 庇 ( かば ) っちゃって! やっぱ怪しいわぁ、いつにも増して可愛いんだもん」「何言ってんの。俺はいつだって可愛いじゃん?」 決め台詞のように光が言うと、オネェ軍団は「やられた〜」とオーバーリアクションを取り、一笑いが起きる。その様子に感心しつつも、少し引っ掛かりを覚えた。 周りを和ませるような明るさやユーモアセンスは高校の時から変わらないが、今の光はそれだけではないような気がする。なんとなく、こういったやり取りに慣れているような。それに妙な色気がある。あの日カラオケルームで起きた一瞬の記憶が 過 ( よ ) ぎり、依理をドキリとさせた。「すみませんねぇ、うるさい店で」 ふと、カウンター内から四・五十代ぐらいと思われるマスターに声を掛けられた。フードのオーダーが落ち着いたようで、常連客からご馳走されたのであろうロック・ウィスキーのグラスを片手に一息ついている、といったところだ。かなり渋い。「いえ全然。あの、お店の名前の『Bellwood』ってどういう意味ですか?」 ちょっとした雑談のつもりで、依理はマスターに聞いてみた。「ああ、大した意味はないんだよ。若い頃アメリカのシカゴのほうにいた時期があってね。その時住んでいた地名なんだ」「なるほど……いや、昔親父の影響で洋楽聴いてて、飾ってあるCD見てたら懐かしくなっちゃいました」「へぇ、何聴いてたの?」「オアシスとか」「そっか。若い世代でも刺さる人はいるんだねぇ。光君も昔よく聴いてたって言ってたからさ」「光が……」 高校の時、光に自分のお気に入りのアルバムを貸していた。最初は邦楽がメインだったが、やがて洋楽も勧めるようになり、その中にオアシスもあった。光が聴き終わって返す際「依理が好きなの、なんかわかるわー」と笑顔で言ってきたことや、父親のコレクション棚からこっそり何枚も拝借して怒られたことを思い出す。離れ離れになってからも、光は一緒に過ごした時間を振り返ったりしたのだろうか。無性に、光と話がしたい。「依理、始発待ちしてんだよな?」「うおっ、え、おう!」 思いが通じたのか、光が隙を突いて依理の傍にやってきて小声で話し掛けてきた。あまりのタイミングの良さに、依理は挙動不審な反応をしてしまう。そのおかしさに光は吹き出した。「何だよその反応。良かったら店終わった後どっかで話さねぇ? 無理には言わないけど」 週末の賑やかな店内ではなく、場所を改めて話さないかという提案だった。話したいと思うのはどうやら光も同じらしい。「待つよ」 依理は迷わず即答した。 その後約二時間程、二杯目の酒を注文してちびちびやりながら光の仕事終わりを待ち続けた。その間オネェ軍団は別の店にハシゴするからと退店し、他の客も夜が深まるにつれて一人ずついなくなっていった。午前四時過ぎ。店内の客が依理だけになると、マスターが店内の照明を営業中の時より明るくした。「光君、お疲れ。今日はもう上がっていいよ。お友達待たせてるんだろ?」「シゲさん、片付けまではやるよ」「グラスしか残ってないから大丈夫だ。看板だけ下げといてくれ」「ごめん、ありがとう」 光は一度外に出て、ビル入口に設置されていた立て看板を持って戻ってきた。エプロンを外した瞬間深い溜め息をつき、腕や肩を回したりしていた。「あー、疲れた。依理お待たせ」「お、おう……」 依理も会計を済ませて帰り支度を整える。マスター・シゲさんは落ち着いた雰囲気の優しい人だ。余計な詮索はせず、それでいてさりげなく光を見守っているような温かさが感じられる。「ご馳走様でした」と挨拶し、依理は光と共に店を出た。 さて。勢いで光の誘いに乗ったが、これから二人でどうしようと言うのか。「俺んち、ここから歩いて十分ちょいなんだけど。それでいい?」「俺は、光がいいならそれでいいけど……」「ん。じゃあこっち」 そう言って光は歩くほうを指差し、先導するようにして歩く。十三年ぶり偶然の再会にも 拘 ( かかわ ) らず自宅に招かれるなんて変に緊張してしまう。そもそも話したくても何から話せばいいのかわからない。掛ける言葉が見つからず黙って一歩前を歩く光について行っていると、光から話題を振られた。「この辺で働いてんの?」「ああ。会社は西口のほうだけど」「あっちのほうはオフィス街だもんな」 そんな短いやり取りをしていると光は急に立ち止まり、依理を少し見上げてフッと笑った。「依理、スーツ似合ってるな」「なっ、え……」「馬鹿、何照れてんだよ」「だって、そんなの久しぶりに言われたから……」 またしても光は吹き出し、依理は頭を掻いた。社会人一年目で言われるならわかるが、もうすっかり着慣れてしまっているものを改めて褒められると何だか小っ恥ずかしい。けれど光にとっては初見なわけで、それで似合っていると言われたのだから素直に嬉しかった。 店があった新宿三丁目から東新宿方面に二人並んでしばらく歩く。「家に何もないから」と途中コンビニに立ち寄り、光はジュースとチョコレート菓子と煙草を買っていた。三十歳の光はどうやら喫煙者らしい。知らない情報が少しずつ増えていくことに、依理は新鮮味と複雑な気持ちの両方を抱いた。 そうしているうちに景色は急に住宅街となり、アパートやマンションが建ち並ぶエリアまで来ていた。その中でも、光の住まいは二階建ての古めのアパートで、外に剥き出しの鉄製の階段を上がり、二階の一番端の部屋の前でポケットから鍵を取り出した。「どうぞ。何もねぇけど」「お邪魔します……」 部屋は玄関を開けてすぐのところに一口コンロの小さいキッチンとユニットバス、奥に六畳ぐらいの寝室というよくある1Kの間取りだ。奥の寝室にはパイプベッドとローテーブル、ローテーブルの前には一人用の座椅子、テレビ、あとは洋服収納のスペースが少し。最低限必要なものだけがあるようなシンプルな部屋だった。光はコンビニでの購入品をローテーブルに置いて、依理にはベッドに座るよう言った。「ミニマリストみたいな部屋だな」「単に物が少ないだけだよ。寝に帰ってるようなもんだから」「あの店はどれぐらい働いてんの?」「週六。火曜の定休日以外は全部、って感じ」「大変だな」「そうでもないよ。常連が多いし、暇な日は早上がりも出来るしな」 話しながら光は依理にハンガーを渡し、スーツジャケットを掛けるように 促 ( うなが ) す。受け取ったハンガーにジャケットを掛けてネクタイを少し緩めた時、光の視線がずっと自分に向けられていることに気付いた。「な、何……?」 依理がソワソワしながら問うと、光はなんてことない表情で座椅子に腰を下ろし、加熱式煙草のデバイスにスティックを差しながら答える。「いや……なんか変な感じだな。全然違う道歩いてきたはずなのに、今一緒にいるの」 言いながら座椅子の上で膝を立てて座る光は、煙草に口を付け、フーッと煙を吐く。そんな仕草にでさえやはり色気がある。自分の周りにはいない、浮世離れした雰囲気に危うさを感じる程だ。光は一体、この十三年をどのようにして生きてきたのだろう。「……で。何か俺に聞きたいことある?」 落ち着かずに目を泳がせる依理に、光は試すような視線を向ける。依理は一度息を呑み、やがて光をまっすぐ見つめて声を発した。「山程あるよ。まずは教えてくれ。何で急にいなくなったのか」