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アルノルトがリーシェの髪に触れるお話

【アニメ化】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する — ncode.syosetu.com · All chapters

アルノルトがリーシェの髪に触れるお話

※本日、2本連続で短編を更新しています。

※こちらは2本目です。

※ファンレターを下さった方のお返事に同封していた短編です。時系列は3章と4章のあいだくらいです。

リーシェの今世は皇太子妃だ。夜会などで着飾ることを考えると、髪は伸ばしておいた方が都合も良い。

けれどもそれは時として、思わぬ事態を招くことがあるのだった。たとえば、その日の昼下がりみたいに。

「――それで、もうすぐ収穫が見込めそうなのです」

リーシェはこのとき、珊瑚色の髪をひとつに纏め、後ろの高い位置で結んでいた。

ポニーテールにしているのは、畑仕事をしたためだ。そこから離宮に帰る途中、アルノルトと鉢合わせたので、隣を歩きながらとりとめのない会話をしている。

「薬に使うのは葉の部分ですが、実が甘酸っぱくて美味しいんですよ。たくさん採れたら侍女にお願いして、ジャムを作ってもらおうかと!」

「だが、それは薬草につく実なのだろう? 多少なりとも薬効がありそうだが、健康な人間が食べて問題ないものなのか」

「ご安心を、加熱すれば薬効はなくなりますから」

胸を張ってアルノルトの疑問に答え、リーシェは笑った。

春の心地よい風が、木々のあいだを吹き抜ける。木漏れ日がきらきらと瞬いて、すぐそばまで伸びている枝が揺れた。

「私の離宮には、お菓子作りの得意な侍女がいるんです。あまり甘くないようにしてもらいますので、殿下も一緒に……、っくしゅんっ!」

「!」

顔を手で覆い、小さなくしゃみをひとつする。

この日は少々風が強く、土埃が舞った所為かもしれない。けれども都合が悪かったのは、くしゃみの瞬間に一際強い風が吹いたことだ。

「――あ」

「リーシェ」

顔を上げようとした瞬間に、くんっと髪が引っ張られる感覚があった。

首の動きが制限される中、リーシェはなんとなく、やってしまったことを察する。

「……もしかして、枝に髪が引っ掛かっちゃってますか……?」

「……」

アルノルトに目線で肯定され、眉を下げた。

絡まっているところに手を伸ばしてみるものの、後ろ手のため分かりにくい。余計に絡ませてしまいそうなので、自分で解くのは諦める。

「殿下。ちょっとだけ、目を閉じていていただいても?」

「……構わないが」

アルノルトが瞑目してくれているあいだ、ドレスの裾をたくしあげる。普段は隠れているリーシェの脚が、太ももの半分近くまで晒された。

(こんな見苦しいところ、殿下にお見せするわけにいかないものね)

太ももにベルトで取り付けた短剣を外し、ドレスの裾を離す。

「ありがとうございます。もう、開けていただいて大丈夫です」

短剣の鞘を抜きながら言うと、目を開けたアルノルトが渋面を作った。

「何をしている」

「何って……解くのは無理そうなので、髪を切ってしまおうかと」

「――……」

すると、アルノルトは更に眉間の皺を深くするのだ。

「そんなことをする必要はない」

「あ!」

アルノルトの手が、短剣を奪ってしまう。

「お前の髪よりも、この枝を切り落としてしまえばいいだろう?」

「だ、駄目ですよそんなの!」

すぐさま実行に移そうとするアルノルトを、リーシェは慌てて制止する。

「この木はとっても繊細で、一流の庭師でも剪定に苦労する種類なんです! 枝の切り口から病気になったら、そのまま枯れてしまうかもしれません」

「だからといって、お前の髪を切る必要はない」

「でも……」

短剣を返してくれなさそうなアルノルトの様子に、リーシェは言う。

「まさか、アルノルト殿下にこれを解いてもらうわけにも参りませんし」

「…………」

どんな惨状かは分からないが、自然物に絡んだ髪を解くのは大変だ。

アルノルトもきっと、リーシェの髪を切るのが一番だと分かってくれるだろう。けれども彼はリーシェを見て、いともたやすく言ってのける。

「――分かった」

「え」

そしてアルノルトは、リーシェの短剣を鞘に仕舞うと、それを返してくれたあとで手を伸ばした。

「あ、アルノルト殿下!?」

「少しのあいだ、このままじっとしていろ」

髪の先に、アルノルトの手が触れたのが分かった。

リーシェにとっては高い位置だが、アルノルトには目線と同じ高さである。そのためか、アルノルトは本当になんでもなさそうな表情だ。

(……とはいえ……)

ここでの重大な問題は、アルノルトがリーシェの正面に立っていることである。

(……か、顔が近いのですが……!?)

なにしろこれは、お互いに向き合った格好で、アルノルトの両手がリーシェの後ろに回されている状態だ。

抱きしめられる直前のような、なんともいえない体勢だった。

(うう……)

邪魔にならないように俯くが、そうでなくとも顔を上げられそうにない。なにしろ、真剣な表情をしたアルノルトが、丁寧にリーシェの髪へと触れている。

「もう少し下を向け」

「は、はい……」

言われた通りにすると、前傾になるせいでますます近くなった。ともすればリーシェの額が、アルノルトの体に触れてしまいそうだ。

(汗の匂いとか、大丈夫かしら)

畑仕事をしていた所為で、そんなことも気になってしまう。ぎゅっと縮こまっていると、上からアルノルトの声がした。

「……お前の髪は細いな」

「す、すみません」

「それに、随分と柔らかい」

「ごめんなさい……」

その所為で、こんな風に絡まってしまったのだ。

アルノルトに面倒を掛けているのだから、あまりにも申し訳ない気持ちになる。だが、アルノルトは訝るような声で言った。

「謝るようなことではないだろう」

「……でも」

「それに、俺は褒めているつもりだが」

「……え」

驚いて、思わず顔を上げてしまった。

すると、至近距離に見上げたアルノルトが、真っ直ぐにこちらを見下ろして言うのだ。

「綺麗な髪をしていると、そう思う」

「っ、ほあ……!?」

率直な賛辞を向けられて、一気に恥ずかしくなった。

絶句したリーシェを前に、アルノルトが目を細める。そして、こんなことを言うではないか。

「……俺が触れても、髪ならば動揺しないと思っていたが、必ずしもそういうわけではないのか」

「な、そ、それはどういう……」

「――別に?」

にやりと意地悪そうな笑みを向けられて、リーシェは頬が火照るのを感じる。

(またからかわれてる……!!)

「ほら。取れたぞ」

「!」

引っ掛かりが解けるような感覚のあと、するりと髪を梳くように撫でられる。

ポニーテールにした髪が、後ろでふわりと揺れるのを感じた。リーシェは真っ赤な顔のまま、その尻尾を後ろ手に押さえつける。

「あっ、あり、ありがとうございました……!!」

「……このくらいなら、いつでもしてやる」

やさしい言葉を向けられて、ますます落ち着かない気持ちになった。だが、アルノルトが再び歩き始めるので、急いでそれについていく。

「あの木も傷まずに済んだようです。これならちゃんと夏頃には、綺麗なお花が咲くことかと……」

「そんなことより」

花なんかどうでもいいという顔をして、アルノルトがリーシェの手元を指さす。

「その短剣はどこから出たのか、説明を聞いた方が良さそうだな」

「!!」

隠していた武器を指摘され、リーシェは思いっきりそっぽを向いた。

「な、なんのことだか!!」

「今更背中に隠したところで、意味があると本気で思うのか……?」

アルノルトだって、どうせ短剣の存在を見抜いていたくせに。

そんなことを思いつつも、リーシェは誤魔化しに足掻いてみる。そうして、アルノルトが褒めてくれた髪の先を、さりげなく指先で摘むのだった。