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ありふれたアフターⅡ ありふれた学生生活④

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ありふれたアフターⅡ ありふれた学生生活④

この前に、ありふれた学校生活③を投稿しています。

さっきにそっちをご覧ください。

その後も、他の観光地に行く度に、ゴリゴリと正気度を削られていく新人バスガイドさんだったが、新人ながらに叩き込まれているプロ根性と、持ち前の精神力、そして恐いぐらい優しい生徒達のフォローもあって、どうにか難局を切り抜けることに成功した。

旅館に到着した後、ハジメを巡って部屋割り論争が発生し、ユエと香織を筆頭に物理でオハナシが勃発し、男子はやさぐれ、愛子先生は職権を乱用しようとし、結果、シアに メッ ( チョークスリーパー ) されて大人しくなるという珍事も発生したが……

引率教師が生徒に絞め落とされる程度のこと、新人バスガイドさんにとっては既にどうということもない出来事だった。今日一日だけで、記憶が定かでない部分が二桁単位であるという自分の状態に比べれば、大したことではない。

ただ、屋内でも顔の半分が隠れるくらい深く帽子を被ったままの運転手さんが、我関せずな点には、とても殺意が湧いた。

殺意の籠もった新人バスガイドさんの視線に気が付いたのか、運転手さんは缶コーヒーを差し入れてくれたのだが……

新人バスガイドさんは超甘党だ。糖分命なくらい。糖分を控えるくらいなら、寝不足になっても朝早起きして十キロ走って体型を維持するほど糖分を愛している。なんなら業務用の砂糖をそのまま流し込みたいくらいだ。

それを知ってるはずなのに、わざわざブラックコーヒーにした運転者さんは、いつか絶対にぬっ殺すと、確かな誓いを立てる新人バスガイドさんであった。

そんなこんなで、心身共に疲れ果てつつも夕食を済ませ、生徒達が入浴タイムに入っている時間。

新人バスガイドさんは一人、旅館のロビーに向かっていた。体が甘味を求めているのだ。夜に食べるのはいけないことだが、糖分補給でもしていないとやっていられない。

「はぁ~、疲れた……お砂糖はどこ……グ○コのカフェオーレ、あるかな……」

暴力的な甘さを求めて彷徨う糖分ゾンビの如く、新人バスガイドさんがふらふらと歩いていると、廊下の先に椅子を置いて、ちょこんと腰掛けている愛子が見えた。

その更に向こう側に浴場ののれんがかかっているのを見れば、先生らしく見張りをしていると分かる。

「こんばんは、畑山先生。お一人で大変ですね」

足をぷらぷら揺らしながら一人座る姿に、なんとなく声をかける新人バスガイドさん。暇をしていたのか、声をかけられて愛子は嬉しそうに笑う。

「あはは、まぁ、仕方ないです。事情が事情ですから。それに、言うほど大変じゃないんですよ。ハジ――南雲くんが監視システムを旅館内に構築してくれたので、まぁ、ないとは思いますが万が一男子が良からぬことを考えても、全て私のスマホに警告が届くようになっていますから」

「そうですか」

今日一日で磨き抜かれたスルースキルを舐めてくれるなよ? と言わんばかりに、新人バスガイドさんはにっこりスマイルでやり過ごした。

「むしろ、南雲くんが女の子達に奇襲をかけられないか、そっちの方が心配で――」

「明日は自由行動ですね! 畑山先生はどうされますか!?」

「ひぃっ!? なぜ突然大声を!?」

貴女達の不可思議ワールドに侵食されないためです、とはもちろん口にしない。

ビクビクと震える小動物な愛子先生の姿に、何故か「勝った!」という気持ちを抱きながら、新人バスガイドさんは再び糖分を求める旅に出ようとした。

その瞬間、

――ドパンッドパンッドパンッドパンッ

突然の発砲音!

「ひぃっ!? なにごと!?」

新人バスガイドさんは両手で自分を抱き締めながら飛び上がった。日本ではまず聞くことなどない、しかし、映画などで確かに耳にしたことのある音に動揺を隠せない!

「な、南雲く~~ん! どうしたんですかぁ!?」

男子浴場ののれんの前で声を張り上げる愛子。すると、浴場の奥から、

――無謀の意味を、クラスメイトに教えているところだ~。主に、こいつらの股間にな!

という声が。

どうやら、恐れ知らずな漢がいたらしい。漢女へのジョブチェンジはカウントダウンに入っている。

――夢をっ、夢を見たかっただけなんだ! ただそれだけなんだ!

――ふっ。元より、覚悟の上だ!

そんな男らしい(?)雄叫びが聞こえ、一拍。

――ドパンッ、ドパンッ

――アッーーー!

――アッーーー!

二つの断末魔の絶叫が木霊した。

「私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない。私は何も聞いてない」

「はっ!? だ、大丈夫ですか!? あれ!? 目が虚ろ!? 誰か! 誰か助けてくださ~~~い!」

両手で耳を塞ぎ、小さくなりながらひたすら同じことを呟く新人バスガイドさん。愛子はあたふたしながら必死に介抱するのだった。

――新人バスガイドさんのSAN値 4

入浴時間も終わり、浴衣を着た生徒達がロビーの売店などでわいわいとしている。

新人バスガイドさんは、そんな賑やかなロビーのソファーで横向きに寝ながら、長いストローで獄甘なカフェオーレをせっせと補給していた。自分の腕を枕代りにしているので、角度を変えて見てみると、まるでカフェオーレの点滴でもしているかのようである。

「……ガイドさん、大丈夫かなぁ?」

「香織が回復魔法をかけて、ユエが魂魄魔法まで使ったんだから大丈夫だと思うけど……」

香織が心配そうに呟けば、雫が同じような表情でそう言った。

同じロビーの少し離れたソファーに、ハジメを中心にいつものメンバー(ユエ達の外、龍太郎と鈴)の外、愛ちゃん護衛隊のメンバーが腰掛けている。なお、優花だけ、何やら他の女子に引っ張られて、今はどこかへ行ってしまっている。

全員の視線が、ぐったりしながら茶色の液体をちゅるちゅると休むことなくすすり続けている新人バスガイドさんと、その傍らで心配そうに控えている愛子へと向いていた。

「……ん。あの子は強い子。鍛えれば、ティオにも匹敵する精神力になりそうな逸材」

「ユエさんからまさかの高評価。あの人、本当にただのバスガイドさんなんでしょうか?」

新人バスガイドさん、異世界の最強吸血姫様から絶賛級の評価を受ける……。

シアが、何か凄いものを見たという眼差しを、絶甘カフェオーレの摂取量がリットル単位に入った新人バスガイドさんに向ける。さっきより随分と顔色が良くなった。彼女にとって糖分は回復薬のようなものなのだろうか?

ちなみに、新人バスガイドさんの向こう側のソファーには、中野と斎藤が白目を剥いた状態で倒れている。微妙に内股になった状態で。

そうしてしばらくの間、取り留めのない雑談に興じていると、おもむろにハジメがスマホを片手に立ち上がった。

「ちょいと家に電話してくる」

そう言って席を外す。心得ているユエ達と違って、龍太郎や鈴達は何の用事だろうと首を傾げた。疑問を察した雫が微笑ましそうな表情で答えを口にする。

「ミュウちゃんに、おやすみの言葉でも伝えるんじゃない?」

あぁ! と、納得の声が上がった。

見れば、ロビーの柱に背を預けて、電話の向こうから聞こえる声にいちいち頷きながら話を聞いているハジメの姿がある。その表情は穏やかで、とても優しく、愛情と慈しみの感情が溢れているようだった。

「異世界にいたときとは別人みたいだよなぁ」

「元の南雲くんっぽいよね」

龍太郎や鈴が物珍しいという感情を隠しもせず、目を丸くしてそんなことを呟く。

「あの頃より、ずっと大人っぽいけどね」

「なんだか、本当に〝お父さん〟って感じだもんね」

「こうして見ると、確かになぁ」

「同級生が父親してるって、よく考えたらなんか凄げぇよな」

奈々や妙子が、ほわ~と感心を含んだ微笑ましいという表情をハジメへと向けている。淳史や明人、昇も同じだ。ユエ達も見慣れているだろうに、もの凄く和んだ表情で最愛の人を見つめる。

やがて電話を終えたハジメが戻ってきた。全員が自分を見ていることに一瞬ギョッとなったようだが、すぐに理由を察して、若干照れたように視線を逸らしながらソファーに座り直す。

「ミュウからお土産のリクエストだ。出発前に、俺達から一つずつって約束したの覚えてるか?」

「……ん。確か、なんでもいいけど、食べ物より残る物がいいって言ってた」

「家では特に欲しいものはないって言ってましたけど……ミュウちゃん、欲しいものあったんですか?」

「ああ、なんでも〝珍しいもの〟が欲しいらしい。それで、誰が一番珍しくて、かつ面白いものをお土産にくれるのか、母さんと賭けをしているんだと。一番には、ミュウから逆に感謝を込めたプレゼントがあるそうだ」

常識的に考えると、子供に賭け事とは何事か! と言うべきところなのだろうが、南雲家の 母 ( 愉快犯 ) を知る者達にとっては、さもありなんである。そもそも、銃火器やら殺傷武器の扱い、戦闘技術まで教え込んでいる相手に今更~というやつだ。

さて、南雲家のお姫様から、感謝の印に贈られるプレゼント。

ハジメの視線は実に挑発的。「まぁ、ミュウの一番は常に俺だが」という親馬鹿を隠しもしない様子に、ユエ達の目の色が変わる。

「……ハジメ。うぬぼれが過ぎる。ミュウにとって、常にハジメが一番ではないということを証明してあげる」

「女の子には女の子にしか分からないポイントというものがあるんですよ。うちの父様も、よく反応に困るプレゼントを自信満々で贈ってくれましたから」

「困るのよね。父親の、〝女の子ならこれで喜ぶだろう〟って思い込み。アサシンブレードなんてどうしろっていうのよ」

「雫ちゃん……おじさんに、そんなものプレゼントされてたの?」

「っていうか、シズシズ。困るポイントは〝父親の思い込み〟じゃなくて、シズシズのお父さん達自体だと思う」

ユエが立ち上がった。どうやら売店の物色に行くらしい。観光地の方がお土産も豊富だと分かってはいるが、リクエストは〝珍しいもの〟だ。もしかしたら、旅館の売店にもそういったものがあるかもしれない。

ならば自分もと、シア達も立ち上がり我先にと売店へ向かっていった。それに、奈々や妙子が「なんだか面白そ~」とついていく。

そこで、淳史が

「もしかして、これ、俺達もお土産買ってミュウちゃんに認められれば、南雲に勝ったってことになるんじゃ……」

などと言えば、明人と昇は顔を見合わせ、龍太郎はニヤリと笑った。

「南雲の常勝不敗神話に土をつける……どんな形でも、そそられるぜ!」

「物理では勝てなくても、お土産のセンスで勝利、か……ありだな!」

「よし、俺等も行くか!」

なんだか盛り上がって龍太郎達も売店へと駆け出した。

どうやら南雲家のお姫様は、予想よりたくさんの貢ぎ物を贈られることになるようだ。

気が付けばソファーで一人になっていたハジメは、やれやれと苦笑いしつつ、今日、衝動買いしたいくつかのお土産を取り出した。主にキーホルダー等の小物だ。

ハジメは、意味もないし置く場所にも困るペナントなどを、何故か買わずにはいられない人種だ。珍しい小物なら尚更。

そうやって、小物をテーブルに並べて、ミュウの興味を引けるものはあるかと吟味していると、

「……あれ? 奈々達は?」

優花が戻ってきた。いつも、特に飾り立てたり結ったりしていない栗毛を、今はふんわりゆるく肩口でおさげにしている。お風呂上がりのせいか、熱の籠もった瞳や緩んだ雰囲気も相まって、いつもよりずっと幼く見えた。

ハジメは、ミュウへのお土産合戦の話をした。

「あはは、なるほどね。でも、旅館の売店にミュウちゃんが満足しそうな物があるとは思えないけど……」

「半分は、ちょっとした余興気分だろう。ずっと座って駄弁ってるのも悪くないが、せっかくの修学旅行だしな」

「それじゃあ、私も参加して来ようかな。で、南雲は何してんの?」

「俺か? 俺は、今日、いつの間にか買っていたよく分からない小物を整理しつつ、ミュウが喜ぶものがないか吟味してる」

「いつの間にかって何よ、いつの間にかって。浪費家みたいなセリフね」

「母親譲りの悪癖なんだ。高価なものに対してはきちんとブレーキが利くんだが、安くて珍しい小物を見るとついつい手を出してしまうっていう」

「あぁ、そういえば、ユエさん達が話してたっけ。南雲って、え~と何だっけ、無駄に無駄した、無駄な技術? だっけ? そういうのが好きって」

「それを言うなら、無駄に洗練された無駄のない無駄な技術、じゃないか? それだと、もはやただの無駄じゃねぇか」

「最後が〝無駄な〟って言ってるんだから、結局無駄なんじゃないの?」

「……」

言い負かされてしまった。ハジメはへの字に口元を引き結んで、心の中で「無駄かもしれないが、ロマンなんだ。無駄にこそ、人生の面白みはあるんだ」とささやかな反論をしておく。

ハジメが黙り込んでしまったので会話が途切れた。

そこで、優花ははたと気が付いた。それなりに広いソファースペースから一気に人がいなくなり、周囲はがらんとしている。少し離れた場所で、愛子が新人バスガイドさんとのほほ~んとしながらめちゃくちゃ甘そうなスイーツを頬張っているくらいだ。

つまり、今、ほとんど二人っきりみたいな状況……

「……」

優花の視線が泳ぎ出した。そわそわ、そわそわ。おさげにした栗毛の先端を指先でくるくる、いじいじ。

突然、落ち着きを無くし、意味もなく浴衣の胸元や裾を丁寧に直す優花に、ハジメは少し怪訝な表情を向ける。が、直ぐに「ま、いいか」という感じになると、優花へ声をかけた。

「なぁ、園部」

「! ……なに?」

何故か、キッと睨むように返事をする優花ちゃん。

「いや、なんでいきなりキレてんだよ」

「キレてないし。普通だし。これ以上ないほどリラックスしてるし」

「そ、そうか。まぁ、いいけど……それより、女の子の感性で、この中だとどれが欲しいと思える?」

視線をテーブルに落とせば、そこには奇怪なオブジェが並んでいる。なんとも形容のし難い小物だ。生き物に見えなくもないが、少なくとも既存の生物ではない。よく言って妖怪だろうか?

「どれも受け取りを全力で拒否したいわね」

「珍しいという前提条件を忘れないでくれ。そのうえで、だ」

「え~。そんなこと言われても、気持ち悪いとしか言いようが……」

なんだろう。見ているだけで不安になっていく物体の数々。こんな奇怪な物を、ハジメはいつの間に購入したのだろうか。

しかも、そんな物体Xを愛娘に贈ろうと考えているのだ。優花は思わず胡乱な眼差しをハジメへと向けてしまう。

「ねぇ、南雲。敢えて聞くけど、今、私達ってミュウちゃんへのお土産の話をしてるのよね?」

「そうだが?」

「悪いことは言わない。今すぐ、香織ちゃんに治癒してもらいなさいよ。主に頭を」

「どういう意味だ、こら」

互いにジト目で視線をぶつけ合うハジメと優花。

優花は一つ溜息を吐くと、う~んと唸りながら物体X達を見つめ始めた。見れば見るほど、なんだか不安がわき上がってくる。

「これ。このスライムっぽいの。これが一番マシじゃない? キモ可愛いって、辛うじて自分を騙せそうよ?」

「一番マシって、つまり一番珍しくないってことじゃないか? というか、自分を騙すって、そこまで酷いか?」

「取り敢えず、これをあげてミュウちゃんが喜んだら、全力全開の家族会議をすべきだと思うくらいには」

「……そうか」

納得いかない様子のハジメさん。結局、優花が「見るのもイヤ!」と言った物体Xを、暫定お土産候補としてとっておく。

そして、スライムっぽい何かを、そっと優花へ差し出した。

「……なに?」

「相談料として、お前にやろう」

「私の話、聞いてた?」

これ以上ないほどのジト目で受け取り拒否を伝える優花に、「そりゃそうだな」と笑いながらスライムっぽい何かに手を伸ばすハジメ。冗談だったらしい。

優花はホッと胸を撫で下ろした。

だが、

「……園部? やっぱり欲しいのか?」

「え?」

ハジメの声にキョトンとしつつ見てみれば、いつの間にか自分の手がスライムっぽい何かを引っ込めるハジメの手に重ねられていた。あたかも、せっかくの贈り物を惜しむかのように。

優花の顔がふわっと染まった。

「ええっと、これは、その……」

しどろもどろ。わたわた。

正直な話、スライムっぽい物体Xはキモいと断言できる。

しかし、だ。あの南雲ハジメが、だ。くれるというのだ。一応、アーティファクトや念話式の通信機など、帰還後の情勢に対応すべく贈られた備品はいろいろあるので、贈り物が初めてというわけではない。

とはいえ、それは言ってみれば〝支給品〟だ。〝贈り物〟とは少し違う。

「まぁ、こんなので良ければやるが……いるか?」

何とも言えない表情で、ハジメは再度、確認を取ってみる。

優花は視線を忙しく泳がせた後、小さくコクリと頷いた。

物体X:スライムっぽい何かの贈呈式。

手の平にぽてっと置かれたそれとハジメを交互にチラ見して、優花は小さく「ありがと」と礼を口した。ハジメは、ますます微妙な表情になる。

なんとなく無言のまま、ハジメは物体X達を整理し始め、優花はスライムっぽい何かを改めてしげしげと見つめる。

そして、ほんのりと口元を緩めた。

「……ゆ、優花っちが、気持ち悪い何かを見つめながらニマニマしてる!」

「ゆ、優花? 大丈夫? 疲れてるの?」

いつの間にか戻ってきていた奈々と妙子が、戦慄と不安を表情に浮かべて優花を見つめていた。確かに、友人が表現し難い物体を見つめてにやにやしていたら心配だろう。

「え、ちょ、ちがっ。これはそのっ」

スライムっぽい何かを持ったまま顔を真っ赤にして立ち上がり、弁解するためか奈々達の方へ踏み出す優花。

歩み寄った分、奈々と妙子は後退った。

優花が立ち止まる。奈々と妙子も止まる。

優花が一歩踏み出した。奈々と妙子が一歩下がった。

ジリジリと優花が接近する。ジリジリと奈々と妙子が下がっていく。

ビキッと青筋を浮かべた優花が猛然と駆け出した。脱兎の如く逃げ出す親友二人。

「なんで逃げるのよぉ!」

「変なの持ってるからだよぉ!」

「いやぁ! 近づけないでぇ!」

仲良し三人組は、旅館の奥へと消えていった。

「……大げさだろ」

残りの物体Xを見つめながら、ちょっぴり悲しげなハジメの呟きが漏れ出した。

ちなみに、ユエ達にも見せたところ、物体Xは総じて、ミュウに渡すどころか見せるのも禁止にされるのだった。やはり、言葉では表現できない気味の悪さがあるらしい。

それは、ようやく糖分補給が終わって復活を果たした新人バスガイドさんが、にこやかに通りかかった際、両手一杯に物体Xを抱えるハジメを見て「くぇ~~」と怪鳥のような悲鳴を上げて気絶したことからも明らかだった。

翌朝までぐっすり眠った新人バスガイドは、もちろん、記憶が飛んでいた。

彼女の精神状態が危ぶまれるところではあったが、どうやら昨夜、お菓子の家でお腹いっぱい糖分を摂取するという幸せな夢を見たそうで、体調は頗る快調らしい。

彼女の精神的自衛力と回復力は極めて有能だった。

――新人バスガイドさんのSAN値 52

そんなこんなで、時に楽しみ、時に発狂し、時に現実逃避し、時に騒動を全力で隠蔽しながら修学旅行の予定を消化していったハジメ達は、現在、帰りのバスで静かに思い出を反芻していた。

幾人かの生徒はぐてぇ~と体を弛緩させて浅い眠りに入っている。愛子先生は完全に夢の世界に旅立っていた。口元をむにゃむにゃしながら、涎を垂れ流して爆睡している。心労を重ねていたのだろう。

「それにしても、あの人、いったいなんだったんですかね?」

最後部の席の窓側で、シアが話題を振った。

「ああ、あの宇治橋で話しかけてきた女か」

「……すごく美人だったけど、ちょっと香織に似てたかも」

自由行動の際、宇治橋を通ったハジメ達。仲睦まじい様子のハジメ達に、いつの間にそこにいたのか、見知らぬ美女が暗い眼差しを向け、「妬ましい……」と呟きながら近づいてくるということがあった。

十人中十人が振り返るだろう美貌の女だったので、香織は、ユエの発言にちょっと照れたようにはにかむ――

「……いかにも病んでる感じが」

「病んでないよ! 健全だよ!」

ハジメを挟んで両サイドに座るユエと香織が、ハジメ越しに手四つ状態で組み合う。

「それより、ハジメ。本当にあの人を知らないの? 向こうは知ってる様子だったけど」

雫が物理で友情を育むユエと香織を放置してハジメに尋ねた。

その言葉通り、剣呑な様子で近づいてきたその美女は、手が触れそうなほど近づいた際、何かに気が付いたように目を見開いてハジメを凝視し始めたのだ。そして、困惑するハジメ達をそのままに、美女は何か納得したように頷くと「こんなところで会うとは……」と呟やいたのである。

「いや、まったく覚えがないな。ただ、あれの最後の言葉からするとなぁ」

――あの子の手前、見逃そう

あの子……ハジメに関係する〝あの子〟である。

「実は、結構前にミュウ用に劣化版クリスタルキーを作ってやったんだ。何かあっても直ぐに帰ってこられるようにな。それで、いつだったかミュウの奴、京都特集の番組を見た翌日に、『そうだ! 京都に行こうなの!』って言って、一人で散策に行ったことがあってな」

「……そ、そう。っていうか、一人で行かせたの?」

「正確には、そういう置き手紙だけを残して、勝手に行っちまったんだが」

「なんてフットワークの軽い」

雫が乾いた笑いを浮かべる。と、同時に、ハジメの言わんとするところを察した。

つまり、その時、また変な奴を引き寄せたうえ、友好関係をあっさり結んできたのだろう、と。

「気になるのは、だ。あの女、人間だったのかっていう点だ」

「や、やめてよ。ちょっと鳥肌立ったじゃない」

雫だけでなく、組み手していた香織や、シアまでぶるりっと体を震わせる。

「だってお前、不穏な空気を纏う奴を、あの距離に近づくまで察知できなかったんだぞ? この俺が」

「そ、そういえば、私も分からなかったですぅ!」

ぞぞぞっと雫と香織が背筋を震わせる。ユエだけ、特にどうとも思っていないようだったが。

「まぁ、仮にミュウの〝おともだち〟だったとしても、それを理由に身を引いたんだから、そこまで問題にする必要はないと思うけどな」

そう締め括ったハジメだったが、内心では頭を抱えている。子供に「そんなもの拾ってきちゃいけません! 元の場所に戻してきなさい!」というセリフは、割とありがちなセリフであるが、ミュウの場合、本当に〝そんなもの〟である。未だに正体が掴めない〝何か〟ばかりなのだ。

パパとして、娘の奇怪な友人関係にどこまで介入すべきか。どうやって介入すべきか。ものすごく頭の痛い問題だった。

そんなハジメの内心を察してか、ユエが慰めるようにハジメの頭を撫で始める。

まったりし出した車内の空気。

そのまま穏やかに時間は流れ、もう一時間もすれば到着するという頃、不意に健太郎が叫んだ。

「せ、先生! 愛ちゃん先生ぇ! 浩介がいません!」

「なんですってぇ!?」

爆睡していた愛子が飛び起きた。

このタイミングで、またか!? と車内が騒然となる。

「あ、あの畑山先生? 生徒さんが一人いない感じですか?」

うつらうつらとしていた新人バスガイドさんも、焦ったように尋ねる。愛子は新人バスガイドさんに「確認します!」と一言伝えると声を張り上げた。

「みなさ~~ん! 周りをよ~く見渡して! もしかしたら、隙間とかに遠藤くんいませんか!? あるいは、隣にいるけど気付いてないとか! 屋根の上に掴まってたり、車体の下に張り付いていたりしませんか!?」

――新人バスガイドさんのSAN値 49

生徒達があちこち見渡す。「アビィの奴またかよ」とか「っていうか、修学旅行中、あいついたっけ?」「あれ、そういえば遠藤君のこと見かけなかったような……」「卿は流石だな」というざわめきが聞こえてくる。

結論、

「愛ちゃん先生! 浩介はいません!」

「えぇ!? どうしよう! そういえば、点呼したとき、遠藤君の名前を呼んだ記憶がない! うぅ、先生の責任です……」

点呼さえ忘れられた卿。責任を感じて青くなった愛子が、テンパったまま、衝動的に引き返してほしいと運転手さんに言いかける。

その寸前、ハジメが声を上げた。

「取り敢えず、電話でどこにいんのか聞いてみよう。必要なら俺が連れ戻すから」

「ハジメくん……面倒をかけます」

涙目で、救世主を見るような目を向ける愛子。それに手をひらひらと振って「気にすんな。深淵卿相手じゃ忘れるのも仕方ない」と伝える。

ハジメがコールした。一拍して、浩介が電話に出たようだ。

「おい、遠藤。お前、今どこにいる――え? なんだって? なんかすげぇ騒音でよく聞こえない。は? 何を言って………………」

しばらくの沈黙の後、ハジメはおもむろにスマホをスピーカーモードに切り替えた。

途端、電話の向こうから爆音が響いてきた。

『だからっ、今、正体不明の連中と交戦中なんだ! くそっ、なんなんだよ、こいつら!』

「「「「「……」」」」」

ハジメだけでなく、クラスメイト達が一斉に「うわぁ」という表情になった。

直後、何やら幼さを感じさせる女の子の声が響いてくる。

『遠藤様! わたくしのことはいいのです! 彼等の目的は、わたくしです! どうかお逃げください!』

『こんな状況で、はい分かりましたなんて言えないだろ! って、なんだ? お札? そんなもの取り出してどうする気――嘘だろ!? 陰陽師かっ、陰陽師なんですか!? 前に映画で見たよ、こんな光景! どわっ危ねぇ! てめぇ、ファンタジーなんて卑怯だぞ!』

どの口で言うのだろう、というツッコミを、ハジメ達は心の中で入れた。

『くそっ、更に増援か!』

『遠藤様、わたくしはもう……』

『いいから黙ってろ! びっくりしたけど、この程度なら問題ない――ククッ、事情は分からんが、よってたかって子供を襲うその性根、実に気に入らん。貴様等には、少々教育が必要なようだな』

『遠藤さま?』

『ふっ。遠藤ではない。俺のことはこう呼べ。コウスケ・E・アビ――』

そこでブツッと通話が切れた。ハジメが切ったのだ。

シンッとした車内の中、ハジメは丁寧にスマホを懐にしまうと何事もなかったかのように言った。

「先生。問題なしだ」

「そうみたいですね。はぁ、よかったぁ」

愛子先生は、そのままちょこんと座り直した。生徒達もやはり、何事もなかったように座り直した。

穏やかな空気を取り戻す車内には、ただ一人、

「……うぼぁ」

聞いてしまった電話向こうの何かと、それを常識のように受け止める奇妙な雰囲気に精神的ダメージを負う新人バスガイドさんの、奇怪な呻き声が残るのだった。

おまけ

〝帰還者〟達の修学旅行を無事に乗り切り、英雄の凱旋の如く会社に迎えられた新人バスガイドさん。

自分に今回の担当を押しつけた先輩ガイドさんが、ふと新人バスガイドさんがカバンにつけているキーホルダーに気がついた。円状幾何学模様を水晶内に刻んだ、中々美しい品だ。

「あら、綺麗なのつけてるわね。前からあったかしら?」

「いえ。実はこれ、今回の学校の生徒さん達から、お世話になったお礼にって贈られたものなんです」

「まぁ! 良かったじゃない! いろいろ噂のある人達だからどうなることかと思ったけど、そんなお礼の品をプレゼントしてくれるなんて、噂は噂ということかしらねぇ」

そんな噂を知っていて、私に担当を押しつけたのか……

新人バスガイドさんは笑顔を浮かべつつ思った。今なら、人生最高の右ストレートを放てそうな気がする、と。

上司に促されておしゃべりも終わり、自席についた新人バスガイドさんは、「ふぅ」と一息つきながら、改めて水晶のキーホルダーを手に取った。

そして、これを贈られた時に言われたことを思い出す。

「本当に助けが必要なとき、これを手にとって強く思えば助けがある、か……生徒さん達、すごく自信満々だったけど……そんなに御利益のあるものなのかな?」

目の高さにつまみ上げ、きらきら光る水晶をしばらく見つめる。

そうして、新人バスガイドさんは「くすっ」と笑うと、誰の耳にも入らないような小さな小さな声音で――

「もう、邪神にも神話生物にも遭遇しませんように」

御利益があるかどうかは、まだ分からない。

いつもお読み頂ありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

数話ほど、閑話的な話を入れて、また結果的に長編アフターに突入しようかと思います。

これからも、ありふれをよろしくお願いします!