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深淵卿第三章 復ッ活ッ、陽晴復活ッッ!!

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深淵卿第三章 復ッ活ッ、陽晴復活ッッ!!

前話で深淵卿増殖化の際にラスト・ゼーレ使用描写を忘れていたので修正しました。

長大な土くれの壁を越えて、空中に飛び出てきた陽晴をキャッチした浩介が、屋敷に向かってひた走る。

「まったくラナは……」

電話を受けた分身体を通して知った情報曰く、ウサミミ彼女の冴え渡る勘は浩介に新しいお嫁さんの気配を感じているらしい。

「? 遠藤様? 何か仰いましたか?」

胸元の 陽晴 ( ひなた ) が心配そうに見上げてくる。

まさか……と一瞬思いつつ、ぶるんっぶるんっと頭を振った。いくらなんでも陽晴はない。恋愛対象に入らないし、入った瞬間、ある意味では妖魔よりも恐ろしい日本のお巡りさんが、また鬼の形相で駆けつけるだろう。

もう〝笑っていない笑顔で求められる選択権のない任意同行〟は嫌だっ。

「顔色が…… 呪詛 ( じゅそ ) がそれほどにお辛いのですね」

「いや、違う――」

「何もできない自分が恨めしいっ」

「ほんっと気にしないで! ほら、唇を噛まないのっ。ちょっと仲間の戯言を聞いただけだから!」

陽晴の表情は晴れない。自分を心配させまいとやせ我慢をしていらっしゃるのですね……と言いたげに、うるうるした上目遣いを向けてくる。

なんか、なんというか……年齢不相応に熱っぽい眼差しである気がして、思わず視線を逸らす浩介。

刹那、地面から無数の土の槍が飛び出し、これ幸いと、

「フッ、甘いッ」

深淵卿に戻る!(不可抗力です。断じて好んで卿化しているわけじゃないですby浩介)

身を捻り、側宙し、次々と飛び出してくる土槍そのものを蹴って蹴って軽業師のように突破する。

「フッ。この程度で我を止められると思うたか?」

「ああ、また言動がおかしくっ」

「アビスゲートだ。姫よ、親しみ込めてアビィさんと呼んでくれてよいぞ?」

「なんてことっ。ストレスがここまで心を苛んでっ」

「違うが!?」

大跳躍からの着地。その瞬間、足元に浮かび上がる五芒星。

「この我に対しトラップだと? フッ、片腹痛いわ! ――深淵流土遁術ッ、 深淵崩土 ( 我が奈落の暴君よ ) 爆砂 ( 来たれ ) !!」

五芒星の描かれていた地面が隆起し爆裂する。当然、込められていた術は崩壊。卿自身は爆風と地面の欠片に乗って更に跳躍前進。

なお、いつもの如く詠唱に深い意味はないから、深淵流~の〝りゅう〟辺りで術は発動している。

「遠藤様! 伏見でお見せいただいた術とそっくりなのに名称が違うのですね!」

「う、うむ! 微妙に違う術なのだ! ほんとだぞ? あと、今はアビスゲートと呼んでくれたまえ!」

「も、申し訳ございません。わたくしにはユーモアのセンスがなく……どうかお許しを!」

「どういう意味かね!?」

どうやら 陽晴 ( ひなた ) ちゃんは、アビスゲート化の原因がストレスでないなら、冗談の類いだと思ったらしい。センスのある切り返しができなくて恥じたように 俯 ( うつむ ) いてしまっている。どうか、そのままの君でいて。

なんてやり取りをしている間にも、山林の道には設置型の術が無数に仕掛けられているようで、土くれの攻撃と合わせて発動していく。

「ええいっ、面倒な! だが、我を捉えることは不可能と心得よ!」

無駄に洗練されたターンで、背後から放たれた土くれの拳をマタドールのようにかわしつつ、左右に二体、分身体を出現させる。

そして、絶妙なタイミングで伸びた土槍を、

「いざ、咆えろ。〝天帝雷斬一文字〟ッ」

「いざ、鳴き喚け。〝地神鬼哭丸〟よ!」

それぞれ、小太刀を以て溶断し、あるいは崩し斬って凌ぐ。

なお、以前は〝赫灼たる雷炎の滅天刀〟と〝地を這う崩渦の魔刀〟という名称だった。変わった理由は、もちろん、ノリだ! 今回はなんとなく妖刀っぽいネーミングに心惹かれたのだ!

陽晴ちゃんが、そんな名前で大丈夫かな……と言いたげな、なんとも言えない微妙な顔をしている、気がしないでもない。

が、今は気にしてる余裕はないのでスルー。更に分身体を一体出現させ、先行させてトラップにかかり次第霧散させて、再び出現させて、という強引なトラップ解除を繰り返していく。

「クックックッ。『分身体なら何度死んでも大丈夫ですな! いやぁ、次期族長は実に便利だ!』っと、ハウリアのトラップ地帯に死ぬほど突貫させられた我を甘く見てもらっては困るなぁっ。何度首ちょんぱされたと思っておる!」

「それ、嫌われていませんか!?」

ハウリアのノリを理解するには、陽晴ちゃんは人生経験が足りない。

そして、卿の手数も足りなくなってきた。

分身体が思うように増えない。奥地へと進むほど呪詛が強くなり、集中力が阻害される。

ほとんど足止めに残してきたとはいえ、現状では六体が限度か。出せないことはないが動きは悪くなり、無駄に魔力を消費することになりそうだ。

しかして、土くれの攻撃は一層激しくなっていく。動きも洗練されていく。

土槍は今や剣山の如く。砲弾の如く飛来する土くれや、唐突に出現する落とし穴まで。おまけに、トラップの数もいっそ呆れてしまうほど増えていく。

ならば、と卿は笑った。

「ククッ、上等である。我が秘技、存分に味わうがいい!!」

五芒星のトラップが発動し、どのような作用があったのか、白目を剥いて消えゆく分身体を踏み台にして跳躍。

そこを狙ってきた土塊を分身体が受け、その分身体を蹴って一気に地上へ。

空中でスタイリッシュに、こう無駄に切り払う動作を入れに入れて、小太刀を逆手に持ち替え、着地と同時に地面に突き刺す。

「刮目せよ! 深淵流水遁・氷遁混合陣――」

「すごいっ、地面が凍って!?」

「詠唱は最後まで聞きたまえ! 世界共通の約束事だぞ! ごほんっ――〝 常夜之 ( 凍てつく我が ) 永久凍土 ( 抱擁で眠れ ) 〟ッ!!」

ドパッと鉄砲水の如く進路上へ放出された水流が瞬く間に凍てつき、氷の道を作り出す。あと、陽晴ちゃんにはロマンのなんたるかを教えねばなるまい。まだ幼いうちにしっかりと。と卿は決意した。

「来ますっ」

「素晴らしい直感だ!」

陽晴の端的な警告が飛んだ時には、卿もまた飛び出していた。

一瞬遅れて真下から飛び出してきた巨大な土くれの腕を背後に、そのまま氷の道へダッシュで飛び乗り、スケートのように滑っていく。

目論み通り、進路上のトラップは全て氷の下故に発動しない。

視線の先にかがり火が見えた。山林と屋敷の境界線も。

行かせまいと土くれが高波となって前方に回り込み、まるで巨大な顎門のように広がって襲い掛かってくる。

「蹴散らせ、我よ!」

『任せよ、我よ!』

分身体を射出。土くれの顎門に自ら飛び込んだ分身体は、その瞬間に自爆した。衝撃を伴う魔力の爆発により顎門に風穴が空く。

そこへ飛び込み通り抜け、ついでに意味はないがフィギュアスケート選手の如きキレッキレの四回転をしつつ華麗に着氷&滑走。

「んぁぁぁ~っ、え、遠藤様ぁ~! 失礼ながらっ、先程から度々入るターンは必要なのでしょうか!? 目が回りそう――」

「むしろ、なぜ不要と思う!」

「えぇ!?」

「淑女たらんとするならば、三半規管とロマンを磨くことだ、我が姫よ!」

「……ああ、全部終わったら遠藤様を癒して差し上げないと」

「どういう意味かね!?」

「きっと、きっと良い心のお医者様も見つけますから!」

「我は心の病ではないが!?」

いや、確かに厨二病という心の病ではあるのだが、卿化している卿に自覚はない。自覚できるのは卿化が解けてからだ。その時は是非、心痛に悶絶するだろう遠藤様を癒して差し上げてほしい。

「それより森を抜けるぞ、姫!」

「はい! あ、あとできれば普通に名前で呼んでいただきたいのですが――」

「ならば、マイプリンセスと呼ばせていただこう!」

「悪化した!?」

これも信頼関係がもたらす一種の軽口なのか。ともあれ、トラップの山と土くれの波状攻撃を凌ぎ切った卿は、遂に山林を抜け屋敷の敷地に足を踏み入れた。

そして、

「あ、あれは……」

「ほぅ」

陽晴が大きく目を見開き、卿も思わず足を止めて目を細めた。

太い木々と、かがり火の点在する広い前庭。奥に立派な平屋の屋敷。

玄関まで細めの石畳が続き、その石畳を挟んで、山林と屋敷の中間あたりに一際太い大木が二本、鳥居のように生えている。

総社の境内同様に、どこか神聖な雰囲気の場所だ。

だが、目を奪われたのは、それらのせいではない。

屋敷の裏手にそびえる巨大な土くれのドーム

平屋とはいえ屋根を遥かに超え、枝葉の天蓋に届こうかという高さで、土くれの半球体が竜巻のように渦巻いている。

「天壇そのものを囲ったか」

どうやら、裏手の儀式場全体を物理的に囲んだらしい。なるほど、術的な結界より遥かに厄介な防壁だ。椿が、この距離で、あの規模の土くれを操れるのは驚愕に値する。

(いや、離れるほど土くれの動きが洗練されたことを考慮すれば……これは大晴殿の時と同じか?)

すなわち、あの土くれの妖魔の一部を操る権限が待ち構える者達に与えられたのだろうと推測する卿。そこへ、陽晴の焦燥する声が響く。

「遠藤様っ、お父様達は!?」

「落ち着きたまえ、姫よ。お父上達はまだ無事だ」

卿のサングラスは、ただのサングラスではない。

先読や知覚拡大機能、遠視機能などのほか、障害物の向こうの生物を感知するサーモグラフィ機能もついている。

それが屋敷も土くれの結界も通り抜けて、確かに、天壇の上に二重の車座になって座り、更にその中心で四方に座る者達の熱源を感知していた。つまり、大晴達はまだ生きているのだ。

同時に、その天壇と土くれの結界の間で立ちはだかる十人の熱源も見えた。

八人が一列にあぐらをかいて座り、二人が立ち姿でこちらに身構えている。

おそらく、立っている二人がご老公と、次期当主の健比古だろう。

それを確認した直後、全身を貫くような熱と痛みが首筋を起点に発生し、思考が僅かに揺れ、体にずんっと重しが乗ったような感覚に陥った。

今までの比ではない集中阻害に襲われる。間違いなく、彼等の呪詛だろう。

流石は最後の砦というべきか。

だが、だからこそ、卿は不敵に笑った。

「結果は変わらん! この程度ではなぁっ」

全てを置き去りにするつもりで一気に駆け抜ける。陽晴も焦燥を抑え込んで卿にしがみつく。

そして、二本の御神木のような木々の間を抜けようとした、その瞬間。

「ッ!?」

「え、きゃぁっ」

陽晴の姿は空中にあった。卿が乱暴にぶん投げたのだ。

突然の出来事に思わず悲鳴を上げる陽晴だったが、直後には分身体が空中でキャッチする。

一方、陽晴を投げた卿はというと、

「チッ、やるではないか。気配がまるでなかったぞ」

巨大な顎門に食い殺される寸前だった。足で下顎を、小太刀二本をクロスさせて上顎を押さえ、どうにか噛み砕かれるのを防いでいる

襲撃者の正体は大蛇、否、鱗模様の長く太い胴体に、ずらりと並んだ牙と頭部の二本角からすると〝龍〟というべきか。大木そのものが変じて形を成し、完璧な奇襲をかけてきたというわけだ。

ご丁寧にも、石畳を突き破って根が飛び出していて卿の足に絡みついている。それで直ぐに回避できなかったため、咄嗟に陽晴を投げたのだ。

(新手の妖魔か)

一瞬そう思うが、どうにも毛色が違うように思う。

妖魔特有の禍々しさや、妖しい雰囲気が感じられない。青い光の粒子を 纏 ( まと ) っていて、どこか神々しいとすら思ってしまう。

「遠藤様ぁっ」

「案ずる必要はない、姫よ!」

悲鳴じみた陽晴に殊更軽い口調で応える。

同時に、分身体が某ライト○ーバーの如き小太刀で龍の首を溶断して落とし、力を失った頭部を蹴り飛ばして脱出する

安堵する陽晴だったが、分身体が着地した直後、再び「ふひゃぁ!?」と悲鳴を上げることに。

またもぶん投げられたのだ。しかも、今度は水平方向へ砲弾のように。

卿が回転しつつ受け止めることで、衝撃を完璧に殺す。キレッキレのターン使いだからこそできる妙技だ。

目が回る思いをしながらも、陽晴が、なぜまた投げられたのかと視線を転じれば、そこには白い巨体に押し倒された分身体の姿が。

「今度は虎か!」

やはり禍々しさは感じない。白い光を帯びる姿には神聖な雰囲気を感じる。

とはいえ、襲われていることに変わりはない。分身体が、片方の小太刀で迫る顎門を押さえつつ、もう片方の小太刀で首筋を薙ぐ。が、返ってきたのは金属同士が衝突するような硬質な音。刃が、体毛に弾かれたのだ。

「なにぃ!? シア殿でもあるまいに!」

という言葉を最期に噛み砕かれて消える分身体。

息つく暇もなく、今度は正面の頭上に朱色の光が生まれた。かと思えば羽化でもしたみたいに翼が生え、燃え盛る鳥と化す。

朱色の輪後光を背負う姿は、やはり神々しい。

翼を一打ち。甲高い鳴き声を一つ。直後、熱波が襲い来た。

「あ、熱い……」

「フッ、我の心は常に熱い。これ以上は不要なんだがな?」

一瞬で焼き殺されるようなものではない。陽晴がいるからだろう。とはいえ、その熱量は、まるでサウナ。おまけに風を伴うから目が開けづらく、呼吸も辛い。五分も浴びていれば、常人なら気を失い兼ねないだろう。

すぐさま分身体に排除させにかかるが、やはり陽晴がいなければ容赦がない。赤熱化した羽が放たれ分身体を穴だらけにされる。

おまけに、摩訶不思議なことに周囲に着弾した炎の羽は、草木の一切を焼くことなく霧散するのだ。

更に更に、唐突に陽晴が 喉 ( のど ) を押さえて「けほっ」と咳き込んだ。

「遠藤様……喉が……」

「っ! これは……少しまずいな!」

いつの間にか、白い虎とは反対側に別の存在が陣取っていた。

見た目は水そのものが集合して形を持った、大きな亀。そのずっしりとした構えは、見るからに鈍重そうだ。

だが、透明度の高い黒い光に包まれた姿には自然と畏敬の念を抱いてしまう。そして、その能力もまた恐ろしいものだった。

「脱水症にでもする気かね!? 我の干物は美味くはないぞ!」

そう、水亀は周囲の水分を奪っているのだ。空気中のみならず、卿と陽晴の体内の水分まで少しずつ。口内の水分が不足し、喉が枯れて陽晴が苦しそうだ。

取り敢えず、分身体を送り込む。体内水分など持たない魔力体の分身なら水亀の能力も無効化できる……と踏んだのだが、一筋縄ではいかないらしい。

「チッ、再生能力もありか! 厄介な!」

念のため、氷遁を併用して氷結・破砕させたのだが、瞬く間に水の肉体を再構成し、更に水流に変じて離れた場所へ素早く移動。そこから再び水分を奪い始めた。

倒した直後は脱水効果が消えたので、意味がないことはないが……

その再生能力は、どうやら水亀に限られないらしい。

メキメキッと背後から音が聞こえた。抱っこされている陽晴が、卿の肩越しに後ろを見て、引き攣った声を出す。

「先程の龍が……」

「また生えてきたというのだろう? この山の木々は全て変じるものと考えた方が良さそうだな」

おそらく、火の鳥も、白い虎も倒したところで復活するに違いない。

「構っていられんな! 頼んだぞ、我等よ!」

『『『『『『『『任せよ、我よ!』』』』』』』』

各々へ二体ずつ分身体を送る。時間経過と共に進む深化と共にスペックが上がり、更に二体召喚できるようになったのだ。

それで足止めしている間に一気に屋敷の屋根の上に跳躍し、そのまま土くれの結界へと突撃。

「姫よ、少しの間、耐えていただきたい!」

「だい、じょうぶですっ。どうか、お気になさらず!」

分身体が全力で火の鳥と水亀の気を逸らしているおかげで、熱波と脱水の進行が一時的に止まっているが、それでも幼い身には厳しいはずである。

気丈な応えに、本当に根性のあるお姫様だ。と、心の中で称賛しつつ、

「押し通らせてもらうぞっ!!」

深淵流土遁術――以下略により、土くれの結界そのものに潜り込んで素通りしようとする。地中に潜入する卿の 十八番 ( おはこ ) の一つだ。陽晴もぎゅっと目を瞑り、息を止めて備える。

だが、やはりそう簡単には通してもらえないらしい。

「ぉおおっ!?」

「きゃぁっ」

ただの土くれの壁などではなかった。まるで激流だ。壁の中は、圧倒的な質量による土の氾濫というべき状態だったのだ。

それ故に、土遁で空間を作ってもあっという間に押し流され、そのまま外へ吹き飛ばされてしまった。

陽晴を庇いながら背中で受け身を取り、後転しつつ立ち上がる。

そこへ、無数の木の根が地面から生えてきて、触手のように絡みついてきた。

木の龍に送った分身体が、龍の首を落としたと同時にその胴体から伸びた無数の枝槍に貫かれて消え、かと思えば、本体と陽晴に巻き付いた方の根に龍の顔が生み出される。

どうやら、木から木へ瞬時に移動できるらしい。

「――火砕烈破ッ」

本当は、深淵流火遁風遁混合陣・ 深淵之 ( 逆巻け ) 紅焔旋風 ( 暗き闇の炎よ ) ッ!! とポーズを取りながら詠唱したかったが、陽晴が苦しい思いをするのは本意ではないので苦渋の省略!!

陽晴を胸元に隠すように抱え込んだ直後、二人を中心に火炎が逆巻き天を衝く。

卿の頭に喰らいつきつつ別の根で陽晴を引き剝がそうとしていた木の龍が、瞬く間に炭化して風にさらわれていく。

火炎旋風が解除されると同時に、爆音が 轟 ( とどろ ) いた。

白い虎と戦っていた分身体が、自ら口の中に手を突っ込み、そのまま自爆したのだ。虎の頭部が無残にも砕け散っている。そして、何事もなかったように再生した。木の龍も同じく、少し離れた木から生えてくる。

卿もまた、新たな分身体を左右に一体ずつ召喚した。

『核らしいものが見当たらない。別の場所が起点かもしれん』

『こいつらの外観と能力を考えれば、天壇を囲う鳥居が怪しいところだ。となれば、 彼奴 ( きゃつ ) らの正体も自ずと見えよう。なぁ、我よ』

水流が渦巻き、水亀が正面に回り込む。右には木の龍が、左には唸り声を上げる白い虎が、そして背後の頭上、屋敷の屋根の上空には火の鳥が。

奇しくも、それは正面から北東南西に位置していて、外観と合わせて卿は正体を察した。

「なるほど。土御門の守護神というわけか」

『その通り』

卿の呟きは、山びこのように響く男の声によって肯定された。

『土御門の領域を守護する四神は、不滅だ』

――土御門家守護神獣 四神

東の守護にして〝木〟を司る〝青龍〟。

南の守護にして〝火〟を司る〝朱雀〟。

西の守護にして〝金〟を司る〝白虎〟。

北の守護にして〝水〟を司る〝玄武〟。

道理で神聖な気配を纏っているはずである。まさか本物の四神ではないだろうから、あくまで土御門が創り上げた〝式〟に違いない。

だが、その能力は破格だ。おそらく、この土御門の土地、それも本家の敷地内という極めて限定された場所で、かつ土御門の当主でなければ発動できないものなのだろう。

まさに切り札。土御門最強の戦力。

事実、深淵卿をして足を止められてしまった。

陽晴が険しい表情で土くれの結界を、その向こう側にいる術者を睨み、卿も目を細める。

「貴方が、ご老公……」

「これはこれは。ようやく当主のご登場か」

肯定が返った。己こそ土御門家の当主、土御門条之助であると。

『諦めなされ、姫。その式神の底は見えた』

卿が背後を振り返る。オシャレな返しなんてしない。浩介の部分が「え? 陽晴ちゃんの式神? どこどこ?」と、決して自分が式神と思われていることを認めようとしないから。

『儀式は間もなく終わる。数分で四神を退けこの息壌の守りを突破するなど不可能ですぞ。何も無駄に痛い思いはしたくないでしょう?』

実際のところ、時間にしておよそ三分。それがタイムリミット。

「父の、家族の死を黙って見ていろと!? そのようなこと出来るはずがないでしょう!」

『だが、母は生きておられる』

「っ、それはっ」

おや? 卿がこっそりと懐から何かを取り出している……

『そもそもは藤原が俗世に染まり、祖霊の悲願を踏みにじったことこそ全ての元凶。許し難い怠慢のつけ、払っていただきましょうぞ!』

記憶のない陽晴には、藤原家と土御門家の確執のほどが分からない。

双方の抱える想いも、真実も、何も。

けれど、間違っていることだけは分かるから。

「ならば、藤原にだけ矛を向けなさい! 魑魅魍魎 ( ちみもうりょう ) を解き放ち人々を脅かすなど間違っています! どうか思い直して!」

『黙れ! 小娘如きに我等の想いは分から――ちょっと待て。貴様! 何をしている!』

なんかヒートアップしているご老公と陽晴を余所に、卿がヤバいことをしていた。

陽晴がハッと視線を向けると、そこには首筋に注射器をブッ刺して、マーブル色のどう見てもヤバい色の液体を注入している姿が。

「何をしてるか? フッ、いいとも教えてやろう。これはチートメイト――フゥウウウウッ滾ってキタァーーーッ、超エキサイティーーーーーング!!」

説明の途中でヒーハーッ!!し始める卿。ヤバい。

陽晴ちゃんがギョッとしながら叫ぶ。

「ああっ、いけませんっ、遠藤様ぁっ!! 危ないお薬に手を出しては!」

『薬物に手を出した、だと!? いや、待て、式神に薬物? どういうことだ!?』

混乱したご老公も叫ぶ。妖魔の類いに〝いけないお薬〟が有効なんて聞いたことがない。いや、某鬼の王も酒で酔って退治されたというから、案外効き目があるのかもしれないが……

さておき、目が血走り、なんか全身からシュ~ッと白煙を噴き上げ、仰け反りながら片手で髪を掻き上げ、ハーッハッハッハッと高笑いを始めた卿は、どう見ても〝いけないお薬〟でハイになっているヤバい人なわけだが、もちろん、追い詰められて違法薬物に手を染めたわけではない。

「其は無窮の具現、奈落より深き、逃れ得ぬ黒――」

すっと真顔になり、片手を突き上げ、香ばしい詠唱を始めれば、

「風が……」

『何を、何をする気だ!!』

空気が変わった。風が変わった。

渦巻く土くれの結界を中心に緩やかな螺旋を描いていた風。合わせてなびいていた枝葉や雑草が、一瞬、ピタリと動きを止めて地に向き直り、直後、一斉に上へ向いた。

否、正確には引き寄せられたというべきか。

かがり火と月明かりでそれなりに明るかった敷地が、光を吸い取られたかの如く僅かに暗くなる。

ジジジッと帯電するような音が響いた。

ハッと陽晴が仰ぎ見る。土くれの結界の頂上を。

そこには、小さな黒く渦巻く球体があって――

その直後、慎重に慎重を重ねた卿の詠唱が、完成した。

「いざ創造せん、万物呑み込む災禍の星――〝黒天窮〟ッ!!」

ドッと巨大化する災禍の星。全てを呑み込み消滅させる重力魔法の奥義にして、卿の切り札。

「きゃぁっ!?」

『馬鹿なっ!?』

陽晴から悲鳴が、ご老公からは動揺が迸った。

無理もない。凄まじい勢いで土くれが吸い上げられ、直径五メートルほどのスパークする黒い球体に呑み込まれていくのだから。

重力などないみたいに、土くれが大地から引き剥がされ天へと昇っていく光景の、なんと冗談じみたことか。まるで天地が逆転したかのようだ。

それを呆然と見上げて、呑み込まれた後にどうなるかなど知らずとも、陽晴も、そしてご老公達も本能で察することができた。

すなわち、あれに呑まれたが最後、ただ消えるのみだと。

慈悲もなく、選別もない。一切合切を呑み込み、終焉をもたらすもの。

絶対不可避の消滅。

あれは、そう、あれは――妖魔などより、ずっと恐ろしいものだ、と。

「ぬっぐぅううううっ」

唸り声が聞こえた。畏怖に震えていた陽晴が我に返り、痛いほどきつく抱き締めてくる卿の横顔を見た。

あれほど 飄々 ( ひょうひょう ) としていた卿のそれは、今や大量の汗と浮き出た血管、そして苦しげに食いしばられた口元に変じていた。

全力全開、否、限界を超えて集中しているのが手に取るように分かる。

当然だ。この究極の集中阻害領域で、重力魔法の奥義を発動したのだ。

それも、中にいるご老公や大晴達は絶対に吸い込まず、土くれの結界のみ引き剥がすという繊細極まりない制御を要する条件付きで。

本来なら無理無謀な、この至難の技を維持させている原因こそ、先程、卿が己にぶち込んだマーブル色の液体。

――チートメイトASAP

〝アビスゲートさんにスペシャルな覚醒をプレゼント!〟と、ジャンケンで勝利した某SOUSAKANにより名付けられた浩介専用新魔法薬だ。

ハジメが回収した他世界の素材の提供を受けたエミリー博士が、某古代生物兵器の応用薬と合成して作り出した、浩介以外が使うと確実に妄想世界にぶっ飛んでしまう危ないお薬である。

徐々にスペックを上昇させることで行使後の衰弱状態を起こさない〝深淵卿〟という特殊な〝限界突破〟。

そのメリットを殺す代わりに、通常の〝限界突破〟と同じ効果を発生させるのが〝ラスト・ゼーレ〟だが、〝深淵卿〟は、ここから回復薬を併用して相応の時間を経ることで〝覇潰〟レベルまで到達することが可能だ。

チートメイトASAPとは、つまり、この〝覇潰〟到達時間すらもぶっ飛ばしてしまうお薬というわけだ。

もちろん反動は相応で、更に三分程度しか持たない欠点もあるが……

今はその三分で十分だ。

『四神よッ、土御門の当主が願い奉る!! この地に仇なす敵を排除し給えッ!!』

ご老公の絶叫じみた 言霊 ( ことだま ) が迸る。

四神の、これまでにない咆哮が響き渡った。

陽晴への配慮を忘れたかのような苛烈な動き。想定外の切り札に、もはや、死んでさえいなければいい。とにかく脅威を止めることを優先すると決断したのだろう。

その四神に対し分身体二体ずつで対応する。いつもの圧倒的増殖は使わない。分身に必要なリソースを惜しみ、その分の制御能力を〝黒天窮〟に回すためだ。

「姫よっ、離れて、いたまえっ」

本体に陽晴を守る余力はない。僅かでも黒き禍星の制御が乱れれば地上の一切を呑み込みかねないから。

だから、敵が己の撃破を優先したなら幸いとばかりに、九体目の分身を捻り出し、陽晴を安全圏に退避させようとする。

息を呑む陽晴。

分身体が必死に応戦する姿が見える。一体目が捨て身で本体への攻撃を防ぎ、その隙に二体目が攻撃し、即座にその二体目から一体目が復活し、それが交互に繰り返されるような高速で行われる死と復活。

それでも、荒神にでもなったかのように荒れ狂う四神は凄まじく、間隙を突いて攻撃が伸びてくる。

それを致命傷だけ避ければ問題ないと言わんばかりに無視し、または陽晴を庇うために体を盾にして防ぐ卿。頬や肩口が枝の刺突で切り裂かれ、あるいは炎の羽で焼かれる。

「姫っ、早くっ」

言葉すら途切れがちな必死の形相の卿を、陽晴は間近で見つめた。

そして、一拍。焦れて強制的に連れていこうとする九体目の分身の手を、

「姫ではありませんっ。陽晴でございます!!」

振り払った。目を丸くする卿に、絶対に離れるもんかと言わんばかりに抱き着く。

『姫よっ、そこをどきなされ! 四肢の欠損程度、我等は 厭 ( いと ) いませぬぞっ』

「やればいいでしょう!」

「姫!?」

『なに!?』

卿とご老公の驚愕の声が重なった。

同時に、卿は間近の、そしてご老公は剥がされつつある土くれの結界の隙間から、陽晴の瞳を見て今度は逆に息を呑んだ。

その、あまりに強く煌めく眼差しに。

「わたくしはっ、絶対にこの方から離れません! この方を傷つけるというのなら、わたくしごとおやりなさいッ!!」

『式神如きに何をッ』

ご老公を無視して、陽晴は「姫よっ、馬鹿なことを言ってないで――」と言いかけた卿の頬を両手で挟み、至近距離で瞳を合わせた。

「わたくしを盾になされませ!」

覚悟の宿る少女の瞳に、卿は言葉の続きを失う。

確かに、ご老公達も、陽晴が重傷を負う程度は許容できても死んでしまっては困る。率先して陽晴を盾にされてしまえば、四神の攻撃も限定されざるを得ない。

とはいえ、そんなことは許容できないと反論しかけて――

「わたくしのために命を懸けてくださっている。なら、四肢の一本や二本、惜しんでなんとします!」

それさえ呑み込まれた。

その間にも玄武の能力が断続的に届き、陽晴からも水分を奪っていく。声が掠れ、唇に小さなひび割れができる。

けれど、陽晴の言葉は止まらない。止められない。

「わたくしを守ってくださる貴方様を、わたくしがお守りします。それならば、どんな困難とて乗り越えられると、わたくしは信じますッ!!」

もしかすると、その言葉は、記憶なく術など使えなくとも既に、真に力のある言葉――言霊だったのかもしれない。

「……まったく、痺れる言葉をくれたものだな」

自然と、卿の口元には楽し気な笑みが浮かんだ。

無理をして出していた九体目の分身を消す。被弾面積を少しでも小さくするために片膝を突き、陽晴を地に降ろす。

そして、

「頼んだぞ、陽晴」

「っ、はい!」

卿の、あるいは浩介の信頼に、陽晴は凄絶な状況下にいるとは思えない輝く笑顔で応えた。

そして、正面を向くと有言実行を示すように両手を広げて、今や完全に姿が見えたご老公達と対峙する。そこには、いざとなれば自ら攻撃に飛び込み盾になりかねない気迫が、確かに見て取れた。

同時に、卿の意識が〝黒天窮〟へと注がれるのが分かった。実際のところは分からないが、たとえ陽晴が自ら危険に飛び込んでも、咄嗟に庇えるのか怪しいほどに集中しているように見える。

苛烈な攻撃をしても、姫は庇われて安全だろうというある種の卿に対するご老公達の信頼が、ここに来て揺らいでしまった。

ギリリッと歯軋りしつつ、ご老公が怒声を上げる。

『時間は!?』

『あと、あと一分もあればッ』

卿へ必死に呪詛を送る術者の一人が答えた。

土くれの妖魔の無限増殖と黒い禍星の引力が死闘を繰り広げているが、軍配は、どうやら〝黒天窮〟に上がっているらしい。

一層目の、ご老公達を守っていた結界は今や逆再生する滝のようで、もはやその呈を成していない。彼等の姿は完全に露出している。

しかし、二枚目の、天壇を囲う最終防壁だけは、やはり小さい分、土くれの量が圧縮されて多いのだろう。〝黒天窮〟の威力が調整されていることもあって今少し時間がかかりそうで……

――儀式完了まで、残り五十秒

冷や汗を流しつつも、ご老公がニヤリッと笑う。間に合う。勝ったッと。

(お父様っ)

それを見て、焦燥に駆られる陽晴。膨れ上がる父を想う心。

だからだろうか。その時、陽晴に天啓が舞い降りた。

それは、先祖返りと称される天才陰陽師故の直感であり、その 娘 ( ・ ) の ( ・ ) 直感力を誰よりも信頼している父親の、ギリギリのところで残した一手。

陽晴が、大きく息を吸った。そして、

「おとぉ~~~さまぁ~~~~~っ!!」

小さな体のどこから出ているのかと思うほどの大声で、父を呼ぶ。

ご老公達が、今更呼びかけたところで正気になど戻るかよ、と嘲笑い――目を剥くことになった。

「日本ダービーッ、始まりますよぉーーーーっ!!」

その瞬間、土くれの結界の中で瞑目していた大晴の目がカッ!!と見開かれた。

と同時に、土くれの結界など知らんとばかりに大声が響き渡る!

「汝の 主 ( トレーナー ) が命じるっ。招来せよ! ――〝 馬鬼 ( ヒナタイラント ) !!〟」

娘なら、きっと口にしてくれると信じた 最強の自己暗示起動 ( 日本ダービー開幕 ) のワード。

敵の術に縛られていようとも無意識ならば問題なく、襲撃された時にギリギリで己に施したそれが、今、発動した。

主の呼び声に応えて、〝娘のような優しさを持ちながら、いざ 戦 ( いくさ ) となれば暴君の如く君臨せよ〟と願われて名付けられた巨大な妖馬が出現した。

なんかちょっと嫌そうに見えなくもない雰囲気だが、空気を震わせる 嘶 ( いなな ) きを上げ、ご老公達へと突進する。

「馬鹿なっ、父さんの術下にあってなぜ――ごふぁぁ!?」

「健比古ぉーーっ!? ぬおっ、やめっ、うぁあああああああっ!?」

完全な不意打ちだ。まして、全力で卿を抑え込もうと全意識を注いでいたところである。

対応などできるはずもなく、座り込んでいた精鋭八人が六本足に巻き込まれて蹴散らされ、咄嗟にご老公を庇おうとした健比古は車に轢かれでもしたかのようにぶっ飛び、ご老公は 咥 ( くわ ) えられ、ぶん回され、上着を剝かれて投げ飛ばされてしまった。

当然、呪詛が止まり、四神の攻撃も鈍る。

それはまさに、致命的な隙だった。

――儀式完了まで、残り三十秒

「ハハッ、父娘の良いコンビネーションだ! 後は任せよ!!」

集中阻害が緩和され、分身体に余力が出た。うち四体を霧散させ、その分のリソースも〝黒天窮〟へ回す。

凶悪な引力が一気に土くれを捉え、抵抗の余地なく呑み込んでいく。

吸引消滅の速度が、完全に、圧倒的に、土くれの増殖速度を上回った。

遂にボバッと音を立てて崩壊する結界。

奥に燐光が見えた。地面からゆらゆらと上がる光の粒子、天壇の上に浮かび上がった光り輝く五芒星。そして、幽鬼のような有様で、なお呪言を斉唱する藤原一族。

――残り、二十秒

「待っていろ、陽晴!」

「はいっ。お願い致しますっ、遠藤様!」

陽晴を置いて駆け出す卿。

「させるかっ! 贄 ( にえ ) を喰らいて招来せよッッ」

健比古の言霊と絶叫が響き渡った。

見れば、腕の片方が消えて血を噴き出している。その代償に、まだまだ未熟故に制御できず、しかして陽晴が離れた今なら出せると、最後の保険に取っておいた次期当主最強の一手を放つ。

「――〝 土蜘蛛 ( つちぐも ) 〟!!」

ここに来てのビッグネーム。

天壇の前の地面に描かれた五芒星から現出したのは巨大な蜘蛛。

今までの妖魔の比ではない禍々しいオーラを漂わせ、人間への害意と憎悪を煮詰めたような咆哮が轟き――

「悪いが、吾輩の本領は暗殺である!」

燃え盛る小太刀〝天帝雷斬一文字〟が、背後から脳天を串刺しにした。一拍置いて土蜘蛛の目や口、体のあちこちから壮絶な火炎が噴き出し、絶叫が迸る。

卿の姿は既に土蜘蛛の背後。見てすらいない。通りすがりに、背後へ小太刀を投げただけなのだ。

時間が味方なのは卿も同じ。

上がりに上がったスペックは、常人の、そして大妖魔の認識すらも軽く置き去りにする。健比古は、切り札を切るタイミングを完全に逸していたのだ。

「さて、少女の悲劇もこれにて――」

もう一本の小太刀〝地神鬼哭丸〟を逆手に、天壇の中心に飛び込む卿。

――儀式完了まで、残り十五秒

「よせぇーーーっ!!」

ご老公の絶望したような絶叫が響き渡る中、土遁系術式に破格の補助が可能な魔刀を、

「閉幕だ」

突き立てた。

途端、天壇下部が爆破されたように弾け飛び、全体に亀裂が走って、更に、隆起した地面が大晴達を優しく転がすように外へと押しやる。

光が散り、五芒星が今――消えた。

――儀式完了まで、残り……五秒。儀式、崩壊

現実を受け入れられないのか、ご老公達が呆然と立ち尽くす。

四神は動きを止め、土くれも完全に沈黙している。

深淵卿も限界を迎え、分身と〝黒天窮〟が消えていく。

荒れ狂っていた風が止み、静寂が訪れた。

天壇の外へ転がった大晴達を見れば、誰も彼も顔色が悪く呻き声を上げているが、どうやら結界破壊の術式からは完全に解放され、命に大事はない様子。

安堵の吐息を一つ。

ラスト・ゼーレとチートメイトの効果が切れて倦怠感に襲われながらも、卿は最後の力を振り絞ってフッと笑った。

そして、死力を尽くしてターンしつつ、某ウサミミ部族に何度も練習させられた最高にかっこいい納刀法を実行。サングラスをクイッとして――

その瞬間、背後から轟音と共に噴き上がった間欠泉の如き土くれ。

「っ!? しぶとすぎだろ!」

まさか本当に、この山そのものが既に土くれの妖魔と化しているのか。その嫌な可能性に思い当たっていてもなお、ご老公達の自失状態を見て終わりだと油断してしまった。何がなんでも浩介だけは仕留めたいというのか。

完全に浩介へと戻ってしまって、心痛と羞恥で土遁したい衝動に駆られつつも視界を覆い尽くす土くれの高波に、

(間に合えッ!!)

半ば祈りながら対抗しようとして――

「禁ッ!!」

刹那、ドッと光の波動が迸った。

純白の、あまりに清浄で美しい光。

その光の波が、今まさに浩介を呑み込もうとしていた土くれの高波を押し返した。

浩介がハッと肩越しに振り返る。

陽晴がいた。馬鬼を後ろに従え、右手の人差し指と中指をピンッと立てて刀印を作り、左手を払う、どこか優雅な姿で。

ハラハラと、その左手から紙片が舞う。粉々に破かれた 人形 ( ひとがた ) の紙――陽晴の記憶を封じていた依り代が。

おそらく、馬鬼がご老公を襲った際に上着を剥ぎ取っていたのは、それを奪取せんがためだったのだろう。

つまり、今の彼女は。

「遠藤様、心から感謝を。後はお任せください」

鈴を転がしたような可憐な声音は相変わらず。見た目もそのまま。

しかし、違う。先程までとは全く。

声音には芯が宿り、純白の光を帯びて、揺らぎない瞳を真っ直ぐに向けてくる、その凜とした立ち姿のなんと美しいことか。

一瞬、浩介は言葉も背後に迫る敵も忘れた。

忘れても、問題はなかった。

陽晴が、すっと大きく息を吸った。

「―― 万氣 ( ばんき ) 降伏 ( ごうふく ) 」

裂帛の意志の宿った言霊が、晴れ晴れとした太陽の如き光となって土御門の領域を染め上げる。

この場に、抵抗できるものは存在せず。

土くれは崩され、四神は還され、ご老公達は縛られ 跪 ( ひざまず ) き――

藤原陽晴。

現代最強の陰陽師が、今、ここに復活した。

いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

今話が先週の土曜なら、ダービーのセリフはドンピシャでしたね。惜しい。

次回、鬼の姐さんが出る、かもしれない。

よろしくお願い致します!

※コミックガルド、更新してます。

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