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トータス旅行記54 流石のヘリーナさん?

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トータス旅行記54 流石のヘリーナさん?

少し遅れました、すみません!

魔王城の玉座の間に、白目を剥いてぶっ倒れている魔人達が十数人。

例の魔人の親子が倒れた後、かつて神域入りに取り残された者達が騒ぎを聞きつけて続々と駆けつけ、連鎖的に被害が増えたからだ。

彼等の表情は、まるで〝 宇宙的恐怖存在 ( コズミックホラー ) に遭遇しSAN値を著しく削り取られた人〟そのものだった。

端的に言って、カオス。

しんっとした空気が漂う。あれほど強引に面会を求めた意図不明の老人も、彼を制止していた騎士服の男も、そして愁や菫達も仲良く唖然呆然。

なんとも言えない微妙な雰囲気を壊したのは、玉座の間の外――騒ぎを聞きつけて集まってきたらしい野次馬だった。玉座の間へ至る通路の向こう側から魔人達が続々と集まってくるのが見える。

合わせて、駐屯兵らしき人間や獣人の兵士達、更に統一のワッペンを胸元に付けた使節団の団員らしき者達も、制止の声をあげながら慌てて駆けてくる姿が見えた。

それを尻目に、ハジメは気絶している魔人達を見ながら、

「まったく……日本に帰る前にも話をしただろうに」

不意打ちの再会だったからか? と嘆息した。タイミングの悪いことだと頭を掻きつつ、愛子とティオを見やる。

「悪いが、魂魄魔法を頼めるか?」

「あ、はい! 任せてください!」

「うむ。目覚めて直ぐ絶叫気絶コースではいろいろ誤解されそうじゃ。ついでにこわ~いご主人様を見ても耐えられるよう一時強化もしておこうぞ」

すっかり精神科医みたいな扱いになっている愛子が即座に動き、その後をからかうような笑みを浮かべつつゆったりとティオが続いた。

菫がハジメの袖を引き、愁が横に並ぶ。

「ね、ねぇ、ハジメ。見学はもういいんじゃないかしら?」

「ああ。こんな騒動になってしまった以上、長居するのは迷惑だろう」

多種族交流が上手くいっているのに、自分達が争いの火種になっては申し訳が立たないと転移での退去を提案する菫と愁。

智一達もようやく我に返り、続々と集まってきては「何が起きてるんだ!」「誰か来ているのか?」「まさか……魔王と呼ばれている人間の……」「っ、神を殺したっていう、あの?」「そうなのか!?」「どうなんだ?」と声をあげる魔人達を見て、不穏な空気ではないものの騒ぎが大きくなるのは……と、同意するように頷く。

と、その時だった。それは困ると行動に出る者が。

「静まれぇいッッ!!!」

ビリリと肌を打ち、それどころか精神まで叩き直すような一喝が轟いた。

まるで雷鳴の如きそれに、魔人達の喧噪がピタリと止む。玉座の間の扉の前で隊列を作り通せんぼしていた駐屯兵や使節団員達も思わずビクッと肩を震わせ、ミュウを筆頭に薫子や昭子、それに香織や雫さえも「ひゃ!?」と飛び跳ねた。

威厳を感じざるを得ない重く深い、迫力のある声音に自然と視線が集まる。

あの老人だった。今は鞘に収まっている血色の剣を持つ、長い白髪を後ろで束ねた魔人族の老人。

「ただでさえ、礼を失しているのはこちらなのだ。あまり騒いでくれるな。事情は後で話す。皆の者、どうか控えておくれ」

静かで、穏やかですらある声音だった。先程の一喝が嘘のように。

だが、不思議と遠くまで通る声音だった。そして、やはりアドゥル・クラルスに似た自然と人を諭し、導くような威厳が感じられた。

事実、老人は魔人達の大きな信頼を得ているようで。「カマルさんがそう言うなら」と波が引くように戻っていく。

その信頼は、どうやら駐屯軍や使節団の者達からしても変わらないようで、強引な手段で玉座の間に入ったにもかかわらず老人を取り押さえることも連行することもなく、かといってハジメ達の手前、何もしないわけにもいかず……

といった有様で、どうすべきかと顔を見合わせ逡巡している。

取り敢えず騒動には発展しなくなったと見て、ハジメは自らカマル老に話しかけた。

「俺の帰還前に魔都に辿り着いた魔人の中に、あんたはいなかったな。その後に合流した連中の一人か? それとも覚醒組か? いずれにしろ、初期メンバーでもないのに随分と信頼されているようだな」

ハジメの言葉を受けて、カマル老が顔を向けてくる。

敵意の類いは……やはり感じられない。剣と同じ血色の如き赤い瞳は、何かを見定めるように森の奥の泉のような静けさ湛えている。

「あ、あのハジメさん。彼は――」

「ハイリヒの姫殿下。お久しゅうございます。数々の温情を受けておきながら、此度の無礼、心からお詫び申し上げる。他の方々にも、どうか謝意と挨拶は自ら伝えさせていただきたい」

リリアーナがカマル老を紹介しようとするが、本人が少しでも誠意を示したいと頭を下げた。

魔人が、人間族の王族に頭を下げたのだ。

「……なるほど。魔人族至上主義ってわけじゃないみたい」

「ですねぇ。王都で戦った時の魔人さん達とも明らかに雰囲気が違いますし」

「あ、あのぅ! おじいさんは隠れ里から来た人ですか?」

「いかにも。小さな海人のお嬢さん」

ミュウの――獣人族の子供の質問にも、嫌な顔一つしない。むしろ、ミュウを見る目は優しく、好々爺とした雰囲気すら感じられる。

ユエとシアの言葉も裏付けとなって、彼が反魔王派であったが故に隠れ里にてひっそり隠れ住んでいた者であることは間違いないようだ。

訪問方法は物騒だったが、どうやら争いに来たわけではないようだと少しだけ親達からも緊張が取れる。

老人は改めてハジメに向き直り、胸に片手を添えて一礼した。

「お初にお目にかかります、神殺し殿。我が名はカマル・ダストール。隠れ里を統括していた者でございます」

「南雲ハジメだ。隠れ里の先行組……の長ということか? 確か、別に里長がいたはずだが」

「彼は、最悪見つかっても良い隠れ里の長でございますな」

「……なるほど、本当に秘された最も多くを抱える隠れ里が別にあると。カモフラージュ用の隠れ里がいくつかあって、先行組は調査隊みたいなものだったんだな。本当の隠れ里を守るための」

「さよう。各国が、共存の道を本気で考えていると知り、我等も出てきた次第」

「で? その本当の里長とやらが、いったいなんの用だ? そんな物騒なもんを携えて」

離れていても分かる。ハジメの魔眼は、カマル老が持つ剣が異様なオーラを纏っているのを捉えていた。

間違いなく最高位のアーティファクトだ。聖剣に勝らずとも劣らない破格の魔剣である。

人柄から緊迫した空気はもうないものの、ユエ達もまた魔剣の威容を感じ取っているのだろう。未だ愁や菫達、それにリリアーナやミュウ、レミアの傍から離れていない。

「警戒はもっともですが、争うために持ち出したわけではありません。仮にそうであっても私如きでは敵にすらなり得ないでしょうが……必要とあらばいかなる拘束とて受けましょう。……ただ、私は貴方と話がしたいのです」

カマル老の静かな、しかし自然と気圧されてしまいそうな瞳が真っ直ぐにハジメを貫く。

常人ならたじろぐか、何か罪にでも問われているような気持ちを抱いて目を逸らしてしまうだろう。真実を見抜く竜眼に等しい深みが感じられる。

その眼差しを、ハジメは僅かにも逸らすことなく正面から受け止めた。

「急だな。自覚はあるようだが、家族旅行に水を差された気分だぞ」

「重ねてお詫び申し上げる。他の方々にも申し訳ないことをした。この通りだ。どうか、お許し願いたい」

再び頭を下げたカマル老に、事の成り行きを黙って――というか、妙な迫力に気圧されて口を開けなかった愁達が慌てて首を振った。

「き、気にしないでくださいっ。お邪魔しているのは私達の方なので!」

「え、ええ。うちの息子に何か急ぎのご用なのですよね? 我々は大丈夫ですから!」

菫と愁を筆頭に智一達も口々に、自然と言葉を返した。

それはきっと、カマル老の謝意に嘘偽りのない誠意を感じたからだろう。同時に、その恐縮ぶりからすると、平社員が社長に頭を下げさせているような気分に陥っているに違いない。

やはり、彼はただ者ではないようだ。

「寛容なうえに過分な心遣い、痛み入る。私の寿命は尽きかけている故、どうしてもこの機会を逃したくなかったのです」

「「「「「!?」」」」」

今度は絶句だ。あまりにさらりと告げられた強引な訪問の重い理由に、愁達は揃って目を泳がせるしかない。

「分かるのか。自分の寿命が」

「ええ、元より半ば強引に延命している身。そのための力の減衰から逆算すれば」

「なるほど」

ハジメが目を細めてカマル老の魔剣を見やる。正解だというように口の端を微かに引き上げるような笑みを見せるカマル老。

「それで? 話というのは?」

「そのことですが……」

カマル老の視線が気絶している魔人達へと向く。ちょうど、愛子とティオの精神治療&強化が済んだようで、親子の魔人を筆頭に十数人が一斉に起き出した。

頭を振り、何があったんだと困惑し、その視線がハジメを捉え、「ん゛ん゛~~っ」と悲鳴を堪えたような呻き声が漏れ出した。が、子供も含め今度はどうにか耐えた。

「彼等を退出させてあげてください」

見かねたリリアーナが苦笑いしながら、玉座の間に残っていた兵士達に指示を出す。が、そこでカマル老は、

「……いえ、どうか彼等もこの場に。包括的な問答で済ますつもりでしたが……ある意味、ちょうど良い」

と、よく分からぬことを口にして制止した。

兵士達が困惑気味にリリアーナを見て、リリアーナはハジメを見る。視線を受けたハジメが無言のうちに頷いたので、リリアーナもまた兵士達だけ少し離れるよう指示を出し、やり取りを静観する構えを取った。

改めてハジメに向き直ったカマル老が重々しい雰囲気で口を開く。

「神の呪縛から世界を解き放ち、新たな魔王と呼ばれる貴方に問う。貴方は彼等と同じ軍属でない者を殺めたと聞いた。いかに」

「その通りだ」

「罪悪感は? 後悔は? 戦士でない異種族の命を、どう見る?」

槍で刺すような問いに、あちこちで息を呑む音が響いた。

「ちょっ、カマルさん!? その件はもうっ。なぜ波風を立てるようなことを――」

「すまぬ、ガドナー。だが、この問いが我の知りたいことを知るに最も手っ取り早いと判断した」

どうやら、親子の魔人のうち父親の方はガドナーという名らしい。他の魔人達も同様に、ハジメの不興を買いはしないかと戦々恐々としている。

問いという形態を取りつつも、どこか糾弾じみた鋭い雰囲気に親達も息を呑んでいる。特に薫子と昭子はあの人が分割されて消滅するという惨状を思い出したようで顔色を悪くしていた。

一方で、ユエ達はどこか剣呑に目を細め、ミュウなどはカマル老に何か言いたげにおろおろとし始めている。

愁と菫だけは、真剣な表情と雰囲気ではあるが静観の構えを取った。ハジメの後ろに寄り添うようにして、静かに見守る。

「なるほど。なんとなく質問の意図は分かった。ちょうど良い。鷲三さん達も、何か聞きたいことはありませんか? 過去映像を見て思うところはあったのでは?」

視線を向けられ、鷲三達が目を丸くする。

「お見通し……いや、最初から覚悟の上で過去映像を見せたのだな」

「幻術の類いで編集するでもなく馬鹿正直に見せたのは、最初から是非を問われても構わないと思っていたからだな。君はこの旅で、本当に余さず自分のなしてきたことを見せてくれている。当然と言えば当然か……」

虎一は苦笑交じりに嘆息し、続けた。

「確かに、君のあの鬼気迫る雰囲気に呑まれて、映像を見ている時は何も言えなかった。その後も、ミュウちゃんの勇姿を称賛する場に水を差したくないというのもあったしな」

「ええ、そうね。この後は王宮に帰るだけだし、今夜辺りにでもゆっくり話ができればと思ったのだけれど……」

霧乃の内心は、どうやら智一達も同じだったらしい。智一が頬を掻きながら、どこか憂慮を孕んだ眼差しでハジメを見やる。

「おそらく、鷲三さん達も同じことを聞きたい、いや、確かめたいんじゃないかと思う。ハジメ君」

「はい、智一さん」

「彼等は……君の敵だったのかい?」

鷲三達から重ねて質問がされることはなかった。〝敵だから殺す〟、一貫してそうしてきたハジメに、あの場で殺した者達はポリシーに反していなかったのか、と。

それにハジメが口を開く――前に、思わずといった様子で声を張り上げた者がいた。

「何を言ってるの、お父さん」

香織だ。どこか怒った様子で、しかし感情的にならぬよう自分を抑えているような声音で語り出す。

「香織……」

「考えてみて。もしハジメ君が力尽きていて、私達も動けなかったなら、あの人達は私達を見逃したかな?」

香織の視線がガドナー達を捉える。彼等は視線を逸らした。それが、何より雄弁な答えだった。

「兵士の一人が私を使徒と勘違いして〝異教徒共を処分しましょう〟って言った時、この人達の目にはそれを当然とする敵意と侮蔑があったよ。そして、魔人である彼等は無力でもなかった」

「ですね。彼等が敵対行動を取らなかったのは単純に、そうする前にハジメさんの圧倒的な暴力に心が折れたからに過ぎません」

シアもまた当時の状況を補足する。ガドナー達は確かに魔国の中では一般人だったのだろうが、それでも敵対者に違いはなかったのだと。

「もちろん、無慈悲にすぎるって私達も思ったから……何より、ハジメが本当に堕ちてしまうと思ったから止めようとしたのだけどね」

雫が香織を落ち着かせるように肩に手を置きつつ、苦笑を見せる。すると、鷲三が少し困ったような表情になって、娘の剣幕にたじたじになっている智一をフォローした。

「勘違いしないでほしい。私達も、智一君も、何もハジメ君を糾弾しようというわけじゃない」

「そ、そうだよ、香織。……あの慟哭を聞いて、現実を塗り替えてしまうような力を生み出すほど暴走する姿を見て、後から見学しているだけの私達が何を言えるというんだい?」

「お父さん……」

「もし、ハジメ君に何か言えるとするなら、それは亡くなった方と親しかった人達だけだ。だから、お父さん達があえて質問したのは――」

「俺を心配してくれたから、ですね。いろいろ抱え込んでやしないかと」

ハジメが言葉を引き継げば、智一達は静かに頷いた。

「南雲愁や菫さんとは、君のことだ。きっとよく話し合っているだろうから、余計なお世話だとは思うのだけどね」

特に何か言うでもなく、ハジメの後ろで静かに見守っている愁と菫を一瞥して智一が言えば、二人もまた静かに頷いた。

「余計ということはありませんよ。何を言われても受け止める。そもそも、この旅行で過去を見せると決めた時に覚悟してましたから。むしろ、皆さん、少々俺に甘すぎやしませんかね?」

「世界で最も君を甘やかしたくないのが私だ! 言っておくが、君の答えが道義的に問題だと思ったら、私は容赦なく叱責するつもりだよ!」

「智一さんのそういうところ、素直に尊敬しますよ」

「懐柔しようたって、そうはいかないぞ!」

なんて言いつつも、ちょっぴり照れくさそうに視線を逸らす智一さん。香織が「お父さん、早とちりしてごめんね?」と腕に抱きつくと、一瞬でデレッとしたが。

「さて、待たせてすまないな」

「……いえ、今のやり取りだけでも得るものありましたので。良きお身内ですな」

「ありがとう」

カマル老へ、そして鷲三達へ視線を巡らせ、一拍。

ハジメは真っ直ぐにカマル老を見つめ、声を迷いや感情で揺らがすこともなくはっきりと告げた。

「俺に、彼等を殺した罪悪感はない」

「……後悔もないと?」

「ない」

にわかに息を呑む音が響く。静かに事の成り行きを見守っている薫子や昭子だ。意外なのはガドナー達に大きな反応がないこと。

カマル老がスッと目を細め、幾分低くなった声音で更に問う。

「異種族の、魔人族の命など路傍の石に等しいと仰るか? それは神の陣営にいたからだろうか?」

「いいや、それは関係ない。少し香織とシアも言っていたが、俺の信条故だ」

「……続けてくだされ」

「単純な話だ。敵対した者の身分や種族は関係ない。害意を持って俺の前に現れたなら、たとえ商人だろうが、その辺の農夫だろうが容赦はしない。だから、〝戦士でない者〟〝異種族〟を殺したことへの罪悪感は? と問われるなら〝ない〟と答える」

「……なるほど。つまり、魔人族を軽んじているわけではない、と」

「そうだ」

両者の視線が正面からぶつかり合う。ともすれば刹那の斬り合いに勝たんとする剣士の如き鋭さだ。カマル老は真偽を見抜こうと、ハジメはそれを受け止めようと、互いに視線を逸らさない。

誰も口を挟めない、挟もうとも思わない、敵意はないが他者の意識を縛るような迫力が場の空気を圧していた。

が、その空気も、一拍おいてふっと緩んだ。ハジメが表情を緩めたのだ。苦笑いが微かに口元に浮かんでいる。

訝しげに目を眇めるカマル老に、ハジメは「ただ……」と言葉に続きがあることを示した。

「智一さんの質問には、〝分からない〟と答えるしかない」

「敵ではなかったかもしれないと?」

「香織の言う通り、潜在的には敵だったんだろう。だから、当時の俺は理性が半ば飛んでいても、クラスメイト――仲間より魔人を先に狙った。だが、問題はそこじゃない。俺が今まで殺してきた連中と異なる点がある」

「それは?」

「明確な意志なく殺したことだ」

憎悪と憤怒に身を委ねただけの行為。それは確かに、他の戦いとは異なっている。

「暴走に巻き込んだ、いや、半ば八つ当たりで殺したようなものだ。洗脳されて殺すより余程にたちが悪いだろう」

ハジメの視線がティオに向けられた。目を丸くするティオに微かな笑みを浮かべ、ハジメは言う。

「ティオの言う通りだ。元の原因がなんであれ、やったことの責任は取るべきだろう。俺よりずっと酌量の余地がある奴が、それでも責任を取ろうとしたんだ。俺だけ逃げるわけにはいかない。そんな奴は、高潔な竜人の隣に立つ資格がない」

「ご、ご主人様……」

普段は変態SM主従みたいな関係でも、ティオの根本的な部分は変わらない。そこを見てきたハジメだからこそ、竜人ティオ・クラルスから学んだことも多くある。

かつて洗脳されて冒険者を殺めたティオの贖罪と、狂信を植え付けられたフリードの末路に対するティオの言葉。

そのどれをも、ハジメは確かに心の奥で受け止めていた。

「それに、恋人を連れ去られて暴走していたから仕方ないで済ませちゃあ、そりゃあ殺しの理由にユエを使ってるのと同じだろう」

そんなダサい言い訳は断じて認められないと、いつの間にか隣に寄り添っているユエの頭を撫でるハジメ。

ハジメが怨嗟と憎悪に身を委ねたのは自分のせいだと過去映像を見て落ち込んでいたユエに、改めてそうではないのだと、自分が未熟だっただけなのだと伝えてくれているのだと察して、ユエは「ハジメ……」と呟きながら更に体を寄せた。

「切り捨てるのは簡単だ。その力もあるからな。だが、共存の未来を提唱した張本人が、明確な意志もなくしたことの結果を無視するってのは……望んだはずの未来に、禍根を遺すだけの愚行だと思う」

「だから、これから起こしていく者達の中に彼等と親しき者がいれば、そんな彼等が望むなら自ら面会に応じると、だから知らせてほしいとガドナー達に約束されたのですな?」

「なんだ、やっぱり知ってるんじゃないか」

「当然、ガドナー達から聞いております故」

そう、最初にリリアーナが何かを言いかけたのはこのことだった。

実のところ、神域入りに取り残された魔人達は、互いに面識があったわけではない。南大陸の各地からフリードの〝ゲート〟で招集され、軍によって適当に組み分けされただけだ。

なので、あの時に死んだ魔人達の身内や友人が誰で、封印区画のどこで眠っているかは未だに分かっていない。

だからハジメは、ガドナー達に封印を受け入れるか、共存の未来を念頭に魔都の管理をひき受けるかの選択を求めた時に、そう約束したのだ。

その約束の内容は、リリアーナも承知済みのこと。見つかった場合は、リリアーナを通してハジメに伝わるようになっていた。

「信じられなかったか?」

「いえ、私の〝直感〟はガドナー達の言葉を真実だと判断しておりました」

「そうですよ、カマルさん。私達、言ったじゃないですか」

ならなぜ疑うようなことを、とガドナーが冷や汗を流しながら抗議の目をカマルに向けている。

神の真実、そして消滅。その話をガドナー達にしたのは、ハジメだった。

生まれてからこの方、教えられてきた魔人族至上主義の価値観が全て破壊された衝撃といったら、正直な話、魂魄魔法の補助がなければ幾人かは発狂するか廃人になっていてもおかしくなかった。

「悪夢に違いないと思いました。眠って起きれば全て元通りなのだと信じたくて、封印を受け入れようとも思いました。」

ガドナーが訥々と語る。傍らで半ば抱きつくようにして寄り添っている息子の肩に手を回して、「けれど……」と困ったような表情で言う。

「ゲルト――息子が言うんですよ。〝あの女の子、格好良かったね。お父さんが大事なんだね〟って。〝皆で助け合ってるの……僕達と変わらないね〟って」

人間族は強欲で傲慢な野蛮人。獣人族は魔力を持たない劣等種。故に、魔人族こそ至上の種族である――それこそが魔人族の中で常識的に施される選民教育だ。

だが、ガドナーの息子は、まだミュウと大して変わらない年齢であるが故に思想に染まりきっていなかったのだろう。

「私達と変わらない……。認め難いことでしたが、他ならぬ神殺し殿が、世界を自由に支配さえし得る者が、わざわざ私達に会いに来て未来の話をするんです。私達に選択の自由を与えるんです。私達を、心も含めて切り捨てないと」

神の陣営にいた種族として、戦後に被差別種族として扱われてもおかしくはなかった。人間族の一般人からすれば、魔国の事情など知り得ないのだから。

だが、世界でも最も力のある者が、そうはしないと特別な地位にあるわけでもない自分達に言いに来たのだ。

「信じてみたくなる。息子の未来を苦難に満ちたものにしないためにも」

だから、現実逃避のために封印されることを選ばず、隠れ里から来た魔人達の説得にも聞く耳を持てて、最後には魔都と同胞の管理者となる道を選んだ。

ガドナーはじっとりした目でカマル老を見やった。

「カマルさん、今更蒸し返すなんて酷いじゃないですか。冷や汗が止まりませんよ」

「いや、うむ。それは悪かった。悪かったが……」

ハジメに魔人族の未来を蔑ろにするつもりはないと、自分達の話を聞いて納得したはずなのに、わざわざ引き合いに出すなんてと非難するガドナーに、カマル老は少し目を泳がせた。

「お主等、信じてみるといったのに、なぜあんな絶叫をあげて気絶したのだ?」

「え? そ、それは……」

「神殺し殿は神代の力を使うと聞く。もしや、恐怖支配されているだけでは? と、あんな姿を見せられては疑ってしまっても仕方なかろうて」

「「「「「確かに」」」」」

親達のみならず、ユエ達からも一斉に同意の声があがった。なお、同意の声にはハジメも含まれていた。

「い、いや、それはそれ、これはこれというか……カマル老には分からないんですよ! あの現場にいなかったから! あの目……ヘドロを更に煮詰めたようなおぞましい目!」

「そうだそうだ! 理性が戻ったからって今更、あの身の毛もよだつ無表情を忘れられるかってんだ! うぉえっ、思い出したら吐き気が……」

「人が出していい気配じゃなかった……きっと、恐怖が人の皮を被って人のふりをしているだけなんだわ!」

「へへっ、見ろよ。この腕、鳥肌が治まらねぇ…………ひひっ、流石は新魔王様だぜ、ひひひっ」

カマル老がスンッとした表情でハジメを見た。

ハジメはスッと目を逸らした。

なるほど、トラウマは未だ消えず。事前に面会を知っていれば腹をくくって会話もできるのだろうが、〝いないいない魔王!〟されるとダメらしい。

カマル老が、この機会に恐怖支配でないことを、念のために確認したくなるのも分かるというものだ。

「ごほんっ。さて、智一さん。鷲三さん達も。確かめたいことは確かめられましたか?」

若干、話を逸らす意図も込めて智一達に尋ねるハジメ。

苦笑しつつも、智一達は頷いた。

「君が何か重いものを抱え込んでいるなら相談に乗りたいと思ったし、遺された者のことを些事と切り捨てていたなら諭すべきだろうとも思っていたけど……やはり余計なお世話だったようだね」

「私も十分だ。明確な意志なくしたことについて、振り返った君がどう思っているのか、よく分かった」

虎一と霧乃、それに顔色が戻った薫子と昭子も、もう特に言うことはないと首を振る。

「父さんと母さんは?」

ずっと静かに見守っていた愁と菫に、ハジメは肩越しに振り返った。

「話なら、お前が帰ってきてからたくさんしただろう? 今更、言うことはないよ」

「言ったでしょう? この先、道を踏み外すことがあったらひっぱたいて連れ戻すし、責任を取るというなら一緒に取るって」

「そうか……そうだったな」

愁と菫がカマル老の視線に気が付いて向き直り、揃って一礼した。カマル老も、それで南雲家の気質を理解したのだろう。穏やかな表情になって礼を返した。

「さて、他に聞きたいことはあるか?」

話に一区切りついたと見て、どこかほっとした空気が流れる中、ハジメがカマル老にそう尋ねると……

「むしろ、ここからが本題なのです」

カマル老は申し訳なさそうに眉を八の字にした。

「……どういうことだ?」

「……もしかして、延命手段を求めてきた、とか?」

ユエが予想を口にする。カマルの寿命は尽きかけているというから、今後の魔人族の行く末を案じているなら確かにあり得る話だ。

だが、彼の話は真逆だった。

「いいえ、そろそろお役目を終えたく。本当の目的は、この魔剣を 魔王殿 ( ・・・ ) に献上したく参ったのです」

カマル老が、初めてハジメを魔王と呼んだ。

そう呼ぶに相応しいか確かめるための問答だったのだというかのように。

「俺は魔人の王になったつもりはない。世間でそう呼ばれがちなのは、北大陸において、お伽噺の多くで神と敵対する者が魔王だからだ」

「重々承知していますとも」

「じゃあ、なぜだ?」

「この魔剣が危険すぎるが故に。それこそ、この先の未来では魔人族を破滅に導きかねないほど」

腰から鞘を外し、両手で捧げるように魔剣を見せるカマル老。

「破滅だと?」

「ええ。この魔剣は一切の魔力を断てるのです」

「……なるほど。私の結界が容易く斬られたのは、それが魔剣の能力だから」

「確かにすげぇことだ。ユエの結界を斬るなんてな。だが、それだけで破滅に導くというのは過言じゃないか?」

「もちろん、それだけではありません」

曰く、所有者の魔力を吸い上げる限り常時発動することが可能で、その場合、剣身に触れずとも結界のように魔力や魔法を寄せ付けない結界も張れるとのこと。

それこそ、長きに渡り隠れ里が神の目からさえ逃れ続けた最たる理由だった。

「他にも、魔力刃の伸張、遠隔攻撃能力、手元への召喚能力、物事の真偽や危機を知らせる超直感付与能力、使用者の肉体を含めた復元能力も備えております」

「おいおいおい……聖剣より高性能じゃねぇのか?」

怒濤の如く告げられた能力に、さしものハジメも目を丸くする。当然、他の者達も目を見開いて魔剣を凝視していた。

カマル老は、魔剣に様々な感情が飽和したような眼差しを向けながら「はい……」と頷いた。

「由来は、分かりませぬ。長い時が伝承を失わせてしまいました」

「ただ、魔国に従えない魔人達を守る者に受け継がれてきたと」

「ええ。この魔剣には、明確な意思こそありませんが、所有者を選定する能力もあるのです。選ばれた者は〝復元能力〟により本当の意味で限界がくるまで延命すら可能となる」

その限界とは、おそらく魂魄そのものの限界だろう。延命を強引に続けることで、魂魄自体が疲弊していくに違いない。

事実、ハジメの魂魄さえ視ることが可能な魔眼は、カマル老の中に随分と淡い輝きしか見て取れなかった。

「それは確かに破格だな」

「ええ、魔人族の掌中にあれば、こう考える者も現れましょう――〝魔剣さえあれば、かつての魔国を取り戻せるのでは?〟と」

実際には、ハジメ達がいる限り馬鹿な考えである。だが、人は時に恐ろしく単純になる。かつての栄光と言わずとも、より大きな欲望を通すに利用できると考える者くらいは現れるかもしれない。カマル老の懸念は理解できた。

「手放すのが一番か……」

「神殺しの元が、最も安全でありましょう?」

「魔人を守る最後の砦とも言えるそれを、俺に預けると?」

「その決断のための問答でございました。真っ先に共存の未来へ向けて各国を導いてくださった貴方だからこそ、預けるに足る」

「……俺達なら、あんたを更に延命させることも可能だぞ?」

「なんと酷いことをおっしゃる。こんな老人をまだ酷使するおつもりか?」

批判的な言葉とは裏腹に、カマル老の表情は穏やかだ。それこそ、死期を悟り受け入れた者特有の透明感があった。

「……生まれてこの方、里を出たことがありませなんだ」

「……」

「世界から里を切り離すことこそが我が生涯の使命。外に憧れを持つ若い世代のため、他の隠れ里を作ったりもしましたが……時には、やむを得ず同胞を斬ったこともございます」

中には、いつまでも隠れていることに我慢ならず、隠れ里の者達を危険に曝してでも何かを変えようとした者もいたのだろう。

同胞の守護者であることに生涯を捧げながら、同胞を斬らねばならなかった彼の心中は、想像もできない。

「少々、疲れ申した。魔王殿、この老いぼれに、そろそろ休んで良いと言ってくださいませんか?」

彼は、いったいどれほど生きているのだろう。

ハジメを真っ直ぐに、穏やかに見つめながらも、ようやく使命を終えられると安堵と滲む表情を見せる彼に、ハジメはこれ以上の異論を持ち得なかった。

「分かりました。その剣、預かりましょう」

「お、おぉ……ありがたい。ありがたい……」

ハジメの口調が変わった。アドゥルや鷲三達に向けるのと同じ、敬意を込めた口調に。

誰もが黙って見守る中、カマル老はハジメの前に跪き、そっと魔剣を差し出した。

どこか厳かな雰囲気で受け取るハジメ。

それはまるで、彼の人生の意味そのものを受け取ったような光景で、ガドナー達は身を震わせ、愁や菫達も息を呑んでいた。

「剣の銘も失われましたか?」

「いいえ、いいえ。それだけは残っております。能力を引き出す時は、是非とも呼んでくだされ。守護の魔剣、その名を――〝イグニス〟と申します」

「イグニス……分かりました。相応しい担い手が現れたら、その銘を伝えます。貴方が紡いだ伝承と一緒に」

「……心より感謝を」

しばらくの間、誰も何も言えず、どこか神聖な授受式を見つめ続けた。

その後。

ハジメ達は見学の続きを、カマル老やガドナー達も交えてすることに。

もっとも、過去映像はほとんど添え物のようなもので、八重樫家を筆頭に愁や菫達も、もし良ければとガドナー達との交流を望んだからだ。

もちろん、こういう時にチート級コミュニケーション能力を発揮するのはミュウなわけで。

「こんにちは! ミュウです! お友達になりませんか! なの!」

「ひゃい!?」

ゲルトと呼ばれていたガドナーの息子のもとへ一直線。ニッコニコ笑顔でご挨拶すれば、ゲルト君はリアルにぴょんっと飛び跳ねお父さんの後ろに隠れてしまった。

だが、ミュウは直ぐに回り込んだ! 容赦なく話しかける!

「ゲルト君って呼んでもいい? ミュウのことはミュウでいいの!」

「え、あ、えぇ?」

「ミュウのこと格好いいって思ってくれてたの?」

「そ、それは、ぇええっとぉ、その……」

ゲルト君、ぐいぐい来るミュウに顔が真っ赤。話をしていた大人組も「おや?」と、それとなく注目する。

一向に目さえ合わせようとしないゲルト君に、ミュウは拒否されているのかとしょんぼり肩を落とした。

「ミュウのこと怖い? パパの娘だから?」

「え? い、いや、そんなことは……」

「……ごめんなさい。あの時ね、ミュウはパパを助けたかったの。ゲルト君やお父さんのことを一番に守ろうとしてたわけじゃないの」

「え? あ、いや、それは……」

「うん、たぶん分かってたと思うの。だから、お友達は難しいかもしれないけれど、ミュウは――」

「そんなことないよ!」

くわっと目を見開いたゲルト君。

しょんぼりしつつも、なんの縁も結べず赤の他人のままは嫌だと、共存の未来のために皆が頑張っているのだから自分も少しでも親しくなれればと、頑張って言葉を紡ごうとしたミュウの言葉を遮って、ゲルト君は逆に勢いのまま力説開始。

「守ってくれたのは本当だし、あの時の君は本当に格好良かった! 確かに、君のお父さんはまだ怖いけど、君は怖くないよ! か、かわいいし! 勇気があって、それでその……かわいいし!」

大事なことなので、きっと二回言ったに違いない。

親達が「おやおや」とにやけ顔に。ハジメパパ、目が細くなる。ガドナーお父さん、冷や汗が噴き出す。視線で息子に「もうやめてぇ! どなたの娘さんだと思ってるのぉ!?」と訴えるが、ゲルト君の視界にはミュウしかいないので届かない。

「えっと……じゃあ、お友達になってくれる?」

「も、もちろん! 僕で良ければ!」

「ありがとうなの! ミュウのことは、君じゃなくてミュウって呼んでね!」

「……うん」

心臓を押さえて呆けるゲルト君。返事が一拍遅れた理由は、ミュウの満面の笑みを見つめる表情で言わずもがな。

また一人、ミュウの魔性に掴まってしまったいたいけな少年が出てしまったらしい。

ハジメパパは少し考える素振りを見せ、ずんずんっとゲルト少年に歩み寄った。ガドナーお父さんが「お慈悲を! どうかお慈悲をぉ!」と縋り付こうとするが、カマル老がにこやかに押さえ込んでいる。

「ゲルト少年」

「? ひぃ!?」

「良いことを教えよう」

「な、ななな、何を――」

ビビりまくるゲルト君の耳元に、ハジメはそっと口を寄せ、言った。

「ミュウをお嫁さんにしたいと本気で思っている少年が――実は二人いる」

「なんだって?」

「二人は既に先を進んでるぞ。全てはミュウのために」

「そん、な……」

「力が、欲しいか?」

「ちか、ら……」

なるほど、これは魔王。悪魔の囁きが大変、様になっていらっしゃる。

なので、ミュウはジト目でパパの頬をつねった。

「パパ? まさかまたお友達同士を争わせる気なの? ミュウね、アリエルちゃんにマスケット銃の束を渡したこと、まだ怒ってるから」

「あ、はい。すんません……」

娘に怒られて、悪ふざけ不発。すごすごと帰ってくるハジメを、ユエ達が呆れ顔で迎える。

そんな光景を見たゲルト君は、「すごい……」とミュウをますます尊敬と憧れのキラキラ目で見つめ、一拍。

キリッとした男の顔で言った。

「ミュウちゃん! 僕、頑張るから!!」

「みゅ?」

「魔王様! 僕、頑張るので!!」

「……いつか、ランデル達と引き合わせるか」

親達から「あらぁ~♪」と楽しげな声が漏れ出し、カマル老を含め他の魔人達が勇者を見るような目をゲルト君に向ける。

「あの子ったら、また……」

「ま、まぁ、いいんじゃないでしょうか? ランデルとも歳が近いですし、次世代の架け橋になってくれる、かも?」

頭を抱えるレミアの横で、リリアーナが微妙な笑みを浮かべながらフォローする。が、愛子が引き攣り顔で、

「最悪、王国と帝国と魔人族で争いになったり……はしないですよね! いくらなんでも!」

もしそうなったら、ミュウはまさに傾国の美女……

話が聞こえていたのか、なんとなく想像できてしまって誰もが遠い目になったのは言うまでもない。

なお、とんでもない道を歩みそうな息子に、ガドナーお父さんは真っ白になっていた。

その夜。

王宮に戻ったハジメ達は夕食も終えて、食後の紅茶をお供にゆったりとくつろぎ談笑に興じていた。

「……ハジメ、さっきから熱心に何をしているの?」

ユエが、愁や菫と振り返っていた今日の出来事から意識を隣のハジメへと向ける。

実は気になっていたのだろう。他の者達も会話を止めて、テーブルに禍々しいオーラを放つ魔剣や鞘を広げているハジメに意識を向けた。

「いや、とんでもない能力なんでな、一応、分析をしてた」

「何か分かりました? 私的に、なんだかそのオーラ、あの狂犬皇女の大鎌に似てる気がするんですけど?」

「こちらは血色じゃが……確かに似ているように思うのぅ」

「もしかして、ルーツは同じとか?」

「聖剣に匹敵するならあり得るわね……」

「あの大鎌と基本素材の材質は同じようだから、香織の言う通り、ルーツは同じかもしれないな。ただ、どうやらこの魔剣、後で強化されたみたいだ」

そう言って、ハジメは魔剣を手に取った。

「どうも、元の剣とは別のものが絶妙なバランスで混じってる。元は魔力を斬る能力と魔力刃を飛ばす能力くらいじゃねぇのかな。そこに、元を損なわないよう他の能力を持った素材を融合させているようだ」

そう言って、柄頭を見やすいように正面に向けた。そして、魔力を流すとうっすらと小さな文字が浮かびあがった。

〝言語理解〟を持つハジメ達には、それは〝R・O〟と読めた。

「おそらく、この魔剣を強化した奴のイニシャルだろう。ここも大元の素材とは別だからな……強化の手腕は絶技の域だぞ」

「待ってください。この文字……王宮の宝物庫に保管していたアーティファクトの多くに刻まれている文字と同じですよ」

「そうなのか?」

「ええ。ハジメさん達が召喚された当時、支給したアーティファクトの半数以上に刻まれています」

「……気付かなかったな。もしかして、俺の錬成の手袋にも、か?」

「あったと思います。香織の錫杖と、雫のサーベルにも。……王国の危機を何度も救ってきた国宝なのです」

「そうか……」

ハジメの脳裏には、とある人物の名前が浮かんでいた。オスカーの日記に出てきた、弟分にして最後の弟子の名が。彼の名をイニシャルにして、オルクスの名を受け継いだのなら……イニシャルと同じだ。

その最後の弟子が、少しでも未来に何かを遺そうと奮闘した結果が巡り巡って多くを助ける一助となっていたのなら……

「つくづく、解放者ってのはとんでもねぇ連中だな……」

ハジメは、湧き上がる感慨に溜息を吐かずにはいられなかった。

「なんにせよ、分解でもしないことには詳細を調べるにも時間がかかりそうだ……流石に、預かったものをバラすってのはなぁ……」

「……すごい。アーティファクトを前にハジメが自重するなんて……」

「ハジメさん、もしかして体調が悪かったり?」

「どういう意味だこら」

と、その時、談話室の扉がノックされた。入室を許可すると、カートに湯気を立てるポッドと茶葉を乗せたヘリーナが、優雅な足取りで入ってきた。

「お茶のおかわりをお持ちしました」

これまた気品のある一礼をするヘリーナに、菫達が口々に礼を述べる。それを見るともなしに見ているうちに、ハジメは気が付いた。

「あ? なんだ?」

魔剣が振動している。何もしていないのに、血色の輝きを帯びている。

なぜ、唐突に反応した? と、ハジメが首を傾げている間にも輝きを強める魔剣。

「お茶菓子はいかがなさいますか? 一応、お持ちしましたが……」

「流石にお腹いっぱいね。ありがとう、ヘリーナさん。お気持ちだけいただきます」

「承知しました、菫様」

「え? 嘘だろ……そういうことか?」

「ハジメ様? どうかなさいましたか?」

テキパキと配膳するヘリーナが近づくにつれ、輝きが強まるという事実。

試しに席を立って離れてみれば、輝きが淡くなった。それで、ユエ達も気が付いたのだろう。「えぇ!?」と驚愕の目を見開き、魔剣とヘリーナを交互に見やる。

「あ、あの? 皆様?」

困惑しているヘリーナに、ハジメは一応、聞いてみた。

「念のために聞くんだが……ヘリーナのご先祖様には魔人族がいたりするか?」

「もしそうだったなら、王家直属の侍女にはなり得ませんよ?」

「私も保障します。ヘリーナの実家であるアシエ伯爵家は、建国以前から王家と親交のある由緒ある家です」

「ということは、魔人である必要はない? ……分からねぇ。選定の条件がさっぱりだが……」

「あの、ハジメ様?」

「ヘリーナ。何も言わず、この剣を持ってみてくれ」

「は、はい?」

戸惑いながらも、差し出された魔剣を反射的に受け取るヘリーナ。途端に、血色のオーラがヘリーナを包み込んだ。一瞬、ひやりとするも次の瞬間にはオーラは霧散した。

まるで、居場所を見つけて落ち着いたみたいに禍々しいオーラを消して静謐を保つ魔剣。

「ど、どう、ヘリーナ? 何か変わったことは?」

「変わったこと、ですか……」

しばらく魔剣を見つめていたヘリーナは、「少し失礼します」と唐突に窓辺まで歩いていくと、豪快に窓を開け放った。そして、

「こうでしょうか? ……闘争の時間です――〝イグニス〟!」

教えてもいない魔剣の銘を呼び、初めて使うとは思えないほど鮮やかに空へ向けて血色の魔刃を放ったのだった。

「こ、これはどう判断したら……私の侍女長が魔人族の守護を司る剣に選ばれてしまうなんて……」

リリアーナが頭痛を堪えるように両手で頭を抱えている。

さもありなん。まさかの事態に、ハジメでさえ「マジかぁ~」と半笑い状態だ。

「ええっと……これはどうすれば?」

「うん、まぁ、お前用の宝物庫を渡すから持っててくれ」

「……ハジメ様の作品をお与えくださる、ということでしょうか?」

「いや、そうじゃない。詳しい事情は今から説明するが……まぁ、選ばれた以上はお前が持っていてもいいだろうさ。グリムリーパーの一個大隊を入れた宝物庫にするし、他に相応しい者が現れるまでな」

果たして、現れるか否かは分からないが。とは言わず、ハジメ達は魔王城での出来事を説明した。

ヘリーナさんが、「由来が重すぎですっ」と受け取りを拒否したのは言うまでもない。

もっとも、

「ヘリーナ。例の計画的に、その魔剣はお前の助けになるんじゃないか? 場合によっては事務方でいいとか言ってたが……お前、守りの戦いに関しては、侍女兼護衛として鍛えてきたせいか素質あるし」

というハジメの言葉を受け、後日、直接にカマル老へと会いに行き、そこでなんらかの話し合いをした結果、仮の所有者となることを了承することになったりする。

当然ながら、

「例の計画ってなんですか!?」

リリアーナが問い詰めたのは言うまでもない。

ヘリーナさんは、ベッドの中まで追いかけてきて一晩中追求してくる主を前にしても、最後まで口を割らなかったという。

いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

前回に続き約17,000字……ちょっと字数押さえないとなぁと思いつつ、書いていて楽しいとどうしても増えてしまう……。イグニスも出してあげたかったし。毎度長くてすみませんが、よろしくです!

なお、魔剣イグニスは零時代の魔王の剣です。

R・Oは、ルース・オルクス。オスカーの弟分です。

また、ヘリーナさんは同時代の勇者の家系の子孫に当たります。