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トータス旅行記60 旅行の終わり

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トータス旅行記60 旅行の終わり

一本前にトータス旅行記59を投稿していますのでご注意ください。

船の墓場。

まさしく、であった。

「これほどの帆船にお目にかかれるとは……」

「ああ、これだけで一見の価値があるね」

ついさっきまで「離せぇ~」と声を上げていた智一も、彼を引きずっていた虎一も、思わずぽかんっと口を開けてしまうほどの光景だ。

天井が海水のドームでできた岩場の空間である。それだけでも神秘的だが、優に百メートルを超える朽ちた帆船が何百、あるいは何千と乱雑に打ち捨てられ、あるいは積み上げられた光景は……

圧巻であり、どこか胸に迫るほど儚い光景であった。

「映画とかでしか見ないよなぁ、こんな大きな帆船自体」

愁が近くで横転している一際大きな帆船に手を伸ばし、そのひび割れた船底を指先でなぞる。菫もまた、折れて横たわる半ば石化したマストを恐る恐る指で突いている。

「適当に進むと幻想世界に引きずり込まれます。戦争を終わらせたら自動で戻って、最後はあの一番奥にある一番ドでかい客船の船倉最奥に辿り着ければゴールです」

説明しつつ攻略の証に魔力を注ぎながら、一人、前回引きずり込まれたポイントまで行くハジメ。特に空間が歪むこともなく、無事に試練を回避できたようだ。

「ねぇ、思うのだけど物理的に作用する過去の世界に引きずり込まれるって……ちょっと凄すぎないかしら?」

「あ、雫、それ私も思いました。ただ幻を見せるだけじゃない。ある意味、別の世界を構築して、独自ルールを強制的に課すような魔法ですよね?」

「そう聞くと、確かにとんでもないですね……」

リリアーナの解釈に愛子のみならず他の者達も「確かに」と頷く。よくよく考えれば、世界創造というのは言いすぎでも、それに近い所業だ。まさに神域の業というべきか。

「……ん~、たぶんだけど」

ユエが目を細め、周囲を見渡す。かつての味わった試練を思い浮かべ、今なら理解できる仕込まれた魔法の構成を読み取っていく。

「……ミレディ達はそれぞれ程度の差はあれ、自分の神代魔法の神髄に至っていたはずだから」

ナイズの空間魔法――境界干渉が幻と現実の境界を曖昧にし、星の力に干渉したミレディが無尽蔵の魔力を引き出して、メイルが遙か彼方の過去を引きずり出し、ラウスが過去の幻影に自律性と物理干渉力を与え、オスカーがこの墓場自体を一種の宝物庫のようにして別空間を生み出せるようにし、更に仲間の魔法を維持できるようアーティファクト化させた――

「……と、思う」

「「「なるほど。分からない」」」

智一や薫子、昭子が曖昧な表情になる。魔法の深淵はごくごく一般人な人達には、やはり理解し難いものらしい。ハジメだけ「宝物庫の中の別世界か……ロマンがあるなぁ」と何やら楽しげだ。

「んっと、ユエお姉ちゃん。それじゃあヴァンドゥルお兄さんが仲間はずれなの」

「……ミュウ、忘れてる? たいていの大迷宮に魔物はいて、おそらく、その全てがヴァンドゥル・シュネーの生み出したもの」

「あ、そうだったの……」

あれ? もしかして、一番働いているのヴァンドゥルさんじゃない? と、なんとなく「終わらない……いくら魔物を生み出しても、まだまだ足りない……」とブラック企業の社員のような有様になっているヴァンドゥルを想像してしまうハジメ達。

思索から戻ったハジメが、なんとも言えない表情になっている。

「まさかと思うが……オスカーの奴、ヴァンドゥルへの嫌がらせで 万魔宮殿 ( パンデモニウム ) みたいな大迷宮にしたんじゃないだろうな?」

文字通り数なら万軍に匹敵するうえ、あらゆるバリエーションの魔物を創造するというのは、どれほどの労力なのだろう。

案を聞いて愕然とするヴァンドゥルと、ふふふっと笑いながら光源もないのに反射する眼鏡をクイッとするオスカーが容易に想像できる。

いや、それどころか、オスカーの笑みを見て飛び掛かろうとするヴァンドゥルと、コンセプト自体は有用なので反対できないし……と必死にヴァンドゥルを止めるミレディ達の姿まで、なぜか鮮明に幻視できた。

「まさか、ミレディさんが自分の大迷宮に魔物系をほとんど用いなかったのって……気を遣って?」

「あいつはあいつで、リーダーとして気苦労があったのかもなぁ」

「解放者はみな、癖が強い者ばかりだったようじゃしのぅ」

さもありなん。全ては想像の領域だが、なんとなく誰にも異論は思い浮かばなかった。

「それはそれとして、ハジメ君」

なんとも言えない空気になりかけたせいか、殊更に雰囲気を変えるような声音で香織が呼びかける。

「幻想の試練が終わった後の様子、過去再生してもいいかな?」

「ん? 俺は構わないが……香織はいいのか?」

「うん。確かにすっごくかっこ悪いから見せたくないのが本音なんだけど……」

チラッと智一を見やる香織。

「お父さんにはもっと、もぉーーーーっと、ハジメ君を知ってほしいからね!」

「香織!? お父さんはもう十分に――」

「さっき、野郎ぶっ殺してやるって叫んでいたのに?」

「……」

スッと目を逸らす智一お父さん。娘のジト目は、いつだって心にくる。直視できない。

「ふむ。その様子だと、ここがご主人様を襲った犯行現場ではないのじゃな?」

「犯行現場って表現はやめてくれるかな!? かな!?」

掴みかかってくる香織を適当に捌きつつ、ティオは過去再生を発動した。

真っ青な顔でくずおれ吐き戻す香織と、それを介抱するハジメの姿が映った。改めて、幻想世界がどれほど狂気に満ちたものか突きつけられて、一気に空気が引き締まる。

『ユエは強敵だなぁ』

手を煩わせていると謝罪する香織に、狂気に呑まれそうになる辛さは分かると気遣うハジメ。自然とユエがハジメを狂気から守ったのだと理解して、香織から出てきた言葉がそれだった。

自嘲、自虐の混じった、まったくもって香織らしくない不細工な笑みと共に。

智一と薫子の唇が真一文字に引き結ばれ、幼少期に香織の日だまりのような笑顔にこそ救われた雫は、絶対に見たくなかったものを見てしまったような険しい表情になる。

「香織お姉ちゃん……」

「うぅ、今見ても情けないよね。初めての大迷宮でユエ達との実力の差を突きつけられて、私、すっかり卑屈になっちゃってたんだよね……」

「……無理もないでしょう。私達と一緒にいた時は、香織こそが私達の要だった。貴女に、みんな支えられていたのだもの」

エースだったのに、急に戦力外という現実を突きつけられてショックを覚えない者はそうはいない。と、雫の手が優しく香織の頬に触れる。その手に、「ありがと」と微笑みながら自分の手を重ねる香織。

直後だった。

『なぁ、香織。お前、なんで付いて来たんだ』

突き刺すような問いかけだった。

そして、香織の邪魔なのかという問いにも、過去のハジメは否定を返さなかった。

昭子や霧乃が、思わず智一を見やる。ハジメに食ってかかるかと思ったのだ。だが、意外にも智一は直立不動のままジッと過去のハジメと香織を見ていた。

腹立たしそうな様子も、娘に同情する様子もなく、ただジッと見つめていた。それは、隣の薫子も同じだった。

そんな両親に、香織は嬉しそうな微笑を浮かべて、同じく過去の自分を見つめた。

だから当然、他の誰も口なんて挟めなくて。

二人の会話は進み、目を合わせることもなく、遂にはうなだれるように顔を伏せた香織に、ハジメは、いっそ冷酷にさえ感じるほどはっきりと告げた。

『いいか、もう一度言うぞ。俺は、ユエが好きだ』

シアと違って共にいることに苦痛しか感じないなら、ユエと比べて卑屈にしかなれないなら、と。

『香織。お前は、俺から離れるべきだ』

かつて、ふられてなおついて行くと宣言した香織の同行をよしとしたのは、その道が最善だと香織自身が信じていたから。自分はそうするのだと前を向いていたから。

それができないなら、 親友 ( しずく ) のもとに帰るべきだと、もう一度よく考えてほしいと、そう告げて話を終わらせるハジメ。

結局、なんの反論もできず、香織は見るからに意気消沈といった様子で、とぼとぼとハジメの後をついていった。

リリアーナやミュウには見ていられない光景だったようで、二人して言いたいことはあるのだけど、どう言葉にすればいいのか分からないといった様子で視線を泳がせている。

「あはは……まぁ、こんな感じです。私の初めての大迷宮挑戦は」

心底恥ずかしそうに頬を赤らめて、頭を掻く香織。

「ん! 実に情けなし! ばぁ~かばぁ~か!」

「酷い!? ねぇ、ユエ! オブラートって知ってる!?」

「とんだヘタレですぅ!」

「シアまで!? 分かってるけど! けど!」

ユエとシアに容赦はなかった。とはいえ、馬鹿騒ぎのおかげで気まずい雰囲気はいくらかほころんだ。

薫子が香織の傍に寄る。その頭に手を添える。

「香織……」

「お母さん……」

慈愛の表情で娘を見つめる薫子。香織もまた、こんな有様だけど氷雪洞窟で見た通り乗り越えたんだよ、と言いたげに母を見つめ――

「こんな情けない娘に育てた覚えはないのだけど?」

「お母さんが一番辛辣!?」

それはもう、ユエとシアまでピタリと動きを止めるほど冷えた声音だった。笑顔なのでなおさら怖い。男性陣が一斉に視線を逸らし、昭子や愛子、レミアはドン引きの表情。

「乙女は突撃あるのみ。好きな人を前に引くなんてあり得ない。ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。そう教えたはずよ?」

そんなこと教えてたんかい。そりゃあ、こんな娘に育つわ! と言いたげなユエ達。

「お、お母さん、でも……」

「でもじゃないわ。唇を奪ったと聞いて、流石は私の娘と思っていたのに……最大の恋敵がいないこの時に動かなくていつ動くの? 気付いた時には終わっている。それが恋愛というものよ? 恋敵に遠慮容赦なんて一切無用。一歩リードしているからこそ生まれる油断を、突いて突いて突いて突きまくるの」

「あ、はい、うん、あの、はぃ……」

ユエがシアを見て、恐る恐る自分を指さす。香織ママの恋愛論的には、遠慮容赦一切無用で突きまくられるらしい。シアにこくこくと頷かれて、ユエは恐ろしげに薫子を見やった。

どこの猛将なの……と言いたげに。

もちろん、他の者達も揃って引き攣り顔だ。霧乃だけは薫子の性格を知っていたようで、頭痛を堪えるような顔になっているが。

それはそれとして。

こういう時、かつて起きていたであろう女同士の争奪戦の賞品として見事に貰われてしまった智一さんは、だいたい遠い目になるのだが……

「ハジメ君」

「あ、はい」

もう過去のことだから! と嫌がる娘に微動だにしない笑顔のまま淡々と恋愛の極意を説いている薫子や、それをハラハラした様子で見ている周囲はさておき。

「あ~、すみません。ちょっとキツい物言いでしたよね? こういう時、もっと上手く言えればいいんですが、俺は――」

「いや、文句を言いたいわけじゃない。……その、うん」

言葉は続かず、ただ智一は軽く握った拳をハジメの胸元にぽんっと当てた。そして、一言だけ、

「ありがとう」

そう、そっぽを向きながらも、はっきりと口にしたのだった。

父親として複雑な心境がこれでもかと表情に表れているが、少なくとも、ハジメが娘のことを真剣に考えた末の言葉だというのは伝わったのだろう。

多くの言葉は無粋だろうと、ハジメもまた「いえ」と一言だけ返した。

なんだか気恥ずかしくなって、智一は直ぐに 踵 ( きびす ) を返したのだが……

「……おい、南雲愁。なんだい、そのニヤけ顔は。不愉快だ。今すぐにやめてもらおうか」

「別にぃ? ニヤけてなんかいませんがぁ?」

「こ、こいつっ」

息子がお嫁さん側の父親と絆を深めて嬉しかったらしい。愁はご機嫌に智一と肩を組もうとして、その手を激しくベチッと叩き落とされている。

もちろん、一度や二度で諦めるような愁ではない。ひょい、べちっ、ひょひょい! べちっ。ひょっと見せかけて反対側からっ、ベチッ!

「ハジメ君、私からもお礼を言わせてもらうわ」

「薫子さん……あの、なんか香織の目がぐるぐるしてるんですが……」

「誤魔化さず、流しもないで、真剣に娘と向き合ってくれてありがとう」

「いえ……あの、香織が〝ネダルナ、カチトレ〟ってずっと復唱してるんですが……」

「流石は香織が選んだ男の子ね。こんな時折ヘタれてしまう娘だけど、どうかこれからもよろしくね?」

「あ、はい。あの、その娘さん、愛子に鎮魂かけられてますけど……」

「それで、あんな状態から直ぐに持ち直せるとは思えないのだけど……たぶん、あのゴールだという大きな船で何かがあったのよね?」

「……うっす。直ぐに行きますか?」

「ええ、お願いするわ」

「はい」

ユエにビンタされて「ハッ、私は何を!?」と我に返っている香織を尻目に、娘の成長を見たくてしかたない(?)薫子お母さんの妙な圧に負けて、ハジメはそそくさと先導を開始した。

「あ、そうだ。ハジメ君、船内の試練は、当然だけど停止させておいてね? というか、もう船底の倉庫に転移しちゃえばいいんじゃないかな?」

巨大な元豪華客船を前に、香織がそんなことを言い出す。

小首を傾げる智一達に、「ここも酷い幻を見せられるから……」と神妙そうな表情で言うが香織だったが。

「……誤魔化すな、香織。それは甲板だけなんでしょ? 前に聞いた」

「中はホラーハウスみたいになってるんですよね? いいじゃないですか、面白そうです!」

「ああ、船内の話だけ妙にぼかすと思ったら、そういうことね? 香織って、昔からホラー系は苦手だものね?」

昔から、遊園地でも映画でも窒息かうっ血しかねないほどしがみつかれてきた雫が苦笑しつつ納得顔になる。

「それは仕方ないわね。ハジメ君、香織の言う通り、船倉に転移してもらえるかしら?」

「薫子も、昔からホラーは苦手だったね」

智一曰く、そうらしい。実に母娘。なので、

「まぁ、みんないるから大丈夫だよ、薫子。こんな古い巨船の船内なんて中々見られるものじゃない。せっかくだから、ね?」

「え!? で、でも……」

「中々来られる場所じゃないからさ? 建築家として、まぁ、船は専門外だけれど間取りとかいろいろ構造は気になるんだ」

「……うぅ、それならホラーな試練だけ停止すれば」

「見たい人は多いようだよ? 大丈夫、僕が傍にいるだろ? ね? お願いだ、薫子」

「………………分かったわ」

あれぇ? なんだろう? いつも薫子さんに押されまくっている智一さんが、妙に笑顔だ。ルンルンッ♪ と擬音が語尾につきそうなくらい。

「デジャヴかしら? ハジメに何かをお願いされた時の香織とそっくりだわ……」

「普段、押しは強いのに好きな人にお願いされると断れない……母娘ですね」

苦笑する雫と愛子に続き、レミアと昭子は微笑ましげに白崎夫妻を眺めている。

「あらあら、仲良しご夫婦ですね。素敵です。うふふっ」

「いつまでもお熱いことねぇ。うちの旦那だったら〝なら、ここで待ってろ〟とか言って、一人でずんずん行っちゃうわよ」

聞こえていたのだろう。薫子が恥ずかしそうに俯くのと、なんだか普通にホラー体験する流れになって、幽霊船の恐怖を体験済みの香織が青ざめていく……

「ね、ねぇ、やっぱりやめようよ。ね? 遊園地のお化け屋敷とはわけが違うんだよ? 本当に危害を加える目的で襲ってくるんだよ? たぶん、精神的に追い詰めるタイプの魔法もかかってると思うし、健康に悪いというか、あえて体験する必要なんて――」

「香織、ちゃんと一緒に行こうな?」

「んんっ、ふぅっ、ぐぅ~~……………………はぃ」

智一の様子を見て、いろいろピンッと来たらしいハジメ。こちらもこちらで実に良い笑顔で〝お願い〟すると、香織は悔しそうに口をもごもごさせた後、やっぱり断れず頷いた。実に母娘。

そんなこんなで、甲板の狂気的な幻はスルーして、船内に入ったハジメ達。

過去視は発動せずに、攻略の証の機能だけ止めてみると……

「こ、これは……なんというか、一気に雰囲気が変わりましたね……」

「ほ、本当ね。なんか空気が湿ってるし、重い感じがするわ……」

思わず、愛子と昭子がたじろいだ。いや、他の者達も重苦しい雰囲気に、鳥肌の立った腕をなでさすったり、周囲を忙しなく見回したりと落ち着きをなくしている。

平然としているのはハジメとユエ、シア、それにティオ。後は少し緊張した様子ではあるが八重樫家と……ミュウだけだ。

「良かった。船全体で一つの試練だと、攻略の証じゃあ細かく調整できなかったかもしれないからな。ちゃんと、甲板と船内で別の試練扱いになってる」

「そんな解説はいらないから! 早く行こう!」

「か、香織? ちょっと力を緩めてくれるかしら? 昔と違って、今の貴女は膂力が並じゃない……んんっ!?」

もはや、ホラー体験中にしがみつく相手は無意識レベルで決まっているのだろう。神速かと思う速度で雫の腕にしがみついている香織さん。

使徒モードでなくても、ある程度は膂力が反映されているので雫がぷるぷる震え始めている。

雫の体がうっすら輝いているのは、たぶん咄嗟に昇華魔法を使ったせいだろう。危うく腕がミンチになるところだったに違いない。

「香織、雫が死んじまうからこっちこい」

「ふぁいっ」

ファイトしたいわけではないと思いたい。そう勘違いしてしまうほど強烈な踏み込みでハジメの背にしがみついたが。

その様子を見て、リリアーナと愛子の表情がちょっと引き攣っている。

「香織ったら……使徒の大群も、魔物の大群も万単位で蹴散らせますのに、幽霊にここまで怯えるなんて」

「余程怖かったんでしょうね。でも……しがみつき方がまるで取り憑いた幽霊そのもの……」

乱れた髪が顔を隠し、死んでも離すまいと首に両腕を、腰に両足を巻き付け「ふぅっ、ふぅっ」と歯の隙間から漏れたような呼気を微かに響かせる様は……

なるほど、愛子の言う通り、むしろ香織の方が亡霊のよう。

一方で、

「智一君、なんだか楽しそうだな?」

「何を言ってるんだ、南雲愁。古い建築をこの目で見られるんだ。楽しいに決まっているだろう?」

「いや、そういう楽しみ方ではない気がするんだけど……」

智一の腕にもまた取り憑く者が。ただし、こちらは娘とはちょいと毛色が違う。

早くも涙目になって、ぷるぷる震えている姿は小動物の如く。智一の肩口に顔を埋め、ちょっとした物音にビクッと震えながらチラチラと周囲を見回し、また直ぐに肩口に顔を埋める。時折聞こえてくる「あなたぁ、早くぅ」という声が、なんとも弱々しい。

「奥さんを虐めて楽しんでいるようにしか見えないが?」

「失礼だな、虎一君。そんなつもりはまったくないよ。ただまぁ、普段は僕を先導するくらい積極的な妻の、こういう珍しい姿は実にかわいらしいなぁとは思うけども」

「やっぱり狙ってやってるだろ」

「薫子も分かっていて、それでもついて行っちゃうのよねぇ。昔から」

霧乃の呆れた眼差しが薫子に突き刺さるが、本人はそれどころではないようだ。それほどホラーが苦手なのに、置いて行かれるくらいならしがみついてでもついて行くあたり、実に白崎母娘。

「恐怖を煽って狂気を助長するための試練だからか、怪奇現象や魔物の類いは、危険度自体は大したことないものばかりだ。ただ不気味さに特化しているだけでな。とはいえ、万が一はあるから一応、ユエ達も警戒と迎撃を頼むな?」

ハジメの指示に従って、いつものように親やレミア達を中心にして、ユエ達が周囲を警戒しながら早速進んで行く。

そうすれば、早々に現れる怪奇現象の数々。

当時は気が付かなかった精神的に恐怖や狂気を煽る魔法も確かにかかっていて、事前に渡しておいた精神保護のアーティファクトが輝きを帯びっぱなしになっていた。

これには八重樫家のような特殊な逸般人も緊張を隠せない。

昭子やレミアは当然、愛子やリリアーナも度々悲鳴を上げては飛び上がっている。

だというのに、

「ミュウ、平気か?」

「面白いの!」

「嘘でしょ? ミュウ、ママは割と限界が近いのだけど……」

「はい、ママ。お手々を繋いで? 大丈夫、ミュウが守ってあげるの!」

「た、頼もしい……」

ミュウは、どうやらホラー系に絶対の耐性を持っているらしい。

「く、クルよ! あいつがクルよぉ!」

「香織、頼むから耳元で音程の狂ったささやきをするのはやめてくれ。お前の方が怖い」

相変わらずおんぶ状態の香織が何かを感じ取ったようだ。まったく何も見ていないくせに、その警告は正しかった。

通路の奥に、かつて香織を震え上がらせた白いドレスの少女が現れたのだ。

白ドレスの少女の異様な雰囲気に、親達がギョッと立ちすくむ。愛子やリリアーナから「ひっ」と声が漏れ出す。

恐怖を感じ取ったのか、少女の口元が三日月のように裂けた。

ガクッと糸を切られたマリオネットのように床へ身を投げ出し、手足があり得ない方向に曲がって蜘蛛のようになる。

そして、ケタケタケタッとSAN値を削るような、否、実際にそういう作用のある魔法が併用されているらしい奇怪な嗤い声が響き渡った。

薫子から「いやぁあああああっ」と悲鳴が放たれる。昭子達も身を強ばらせ、恐怖の表情に。

レミアもまた、思わずしゃがみ込んでミュウを抱き締める――前に。

「あっ、ミュウ!? ダメよ! 行っちゃダメぇ!」

「……レミア、落ち着いて! ちゃんとハジメが処理するから!」

恋人に捨てられた人のようにくずおれスタイルで片手を伸ばすレミアさん。普段の余裕あるスマイルは欠片もなし。追いかけたいけど腰が抜けてしまっているらしい。

ユエの言葉通り、ハジメは既にドンナーを構えている。だが、引き金は直ぐに引かれなかった。

「お、おい! ミュウ――」

「初めまして! ミュウはミュウです! 貴女のお名前はなんですか! なの!」

ホラー的状況にまったくそぐわない、同年代の女の子を見つけたから声をかけてみた! くらいのノリで近づいていくミュウ。

直後、驚くべきことに、妖怪モドキは動きを止めた。それどころか、ずんずんっと近寄ってくるミュウに、「え? なんで!? なんで近寄ってくるの!? そういうの困るんだけど!?」と言いたげに後退る始末。

「も、もしかして今のミュウちゃんは、お化け屋敷のお化け役が嫌がるお客ナンバーワンのムーブをしているのでは?」

愁のたとえは実に的を射ていた。

結果的に言えば、妖怪モドキはジリジリと下がった後、そのままダッシュで去ってしまった。

その様は、まるで究極の陽キャに満面の笑みで迫られ、光に浄化されそうになって逃げていく究極の陰キャのようだった。

陽キャには、己の持つ光の強さが、それが引き起こすテンパり効果が、大抵の場合に理解できていないのだ……もう少しゆっくり接してほしいのだ……

明白に拒否られて落ち込みながら戻ってくるミュウに、香織が恐る恐る尋ねる。

「ミュウちゃん、怖くないの?」

心構えというか、その心理状態を知れば、自分の苦手意識も少しは治るのでは? と思ってした質問に、ミュウはキョトンとした後、なぜか物凄く大人びた表情になった。

そして、ハジメの腰に巻き付いたままの香織の足をぽんぽんしつつ、

「人間より怖い存在なんていないの。そうでしょ?」

「あ、はい……」

誘拐され、人間が人間を売る場面を目の当たりにし、それに喜んで値段をつける人間を見てきた幼子の言葉は、それはそれは説得力があった。

だからだろうか。

誰も彼も、その後の怪奇現象にあまり反応しなくなったのは。

そんなわけで、その後はなんとなく世知辛い想いをスパイス代わりに、遊園地の一般的なホラー系施設程度の恐怖と驚きを味わいながら船倉までスムーズに進み。

そこで、ティオが過去視をして、香織が亡霊に取り憑かれたり、それをハジメが助けたり。

最後には亡霊の残滓を注意深く確認するハジメの隙を突いて、いろいろと吹っ切れた香織が唇を奪ったり。

そこまで見た結果。

「きっさまぁっ、避けられただろぉ!? 魔王城でミュウちゃんにされそうになった時は普通に避けてただろるぉ!? 下心か!? 下心なのかぁっ」

と、案の定、ハジメに掴みかかった智一さん。

「い、いや、違いますよ。亡霊の相手なんて初めてですし、ああ見えて俺、結構焦っていたんですよ。欠片でも残滓があって香織の人格に影響が出たらしゃれにならないと思って、マジで集中して探ってたんです」

「……ん。その隙を突いて唇を奪うなんて……やっぱり香織は悪女!!」

「やりますねぇ! 自分を本気で心配してくれている心理を利用するなんて、流石は香織さん! 悪女ですぅ」

「シアにだけは言われたくないよ!? 蘇生措置を受けてる隙を突いたくせに!」

「どっちもどっちでしょ……」

雫の指摘に頷かない者はいなかった。とりあえず、薫子お母さん的にはグッジョブだったらしい。今度こそ香織の頭を撫でながら、慈愛の表情で「よく頑張りました」と褒めている。

「教育って良くも悪くも重要よね」

霧乃さんの指摘に頷かない者はいなかった。

最後の見学地。攻略の間は、特筆すべきこともなく、どんな場所かだけ見てもらおう……

というつもりだったのだが。

「お、お前……」

十字型の通路と水に満ちた神殿造りの空間に感心しつつ、中央の魔法陣がある場所に入った直後だった。

ゴゴゴッと音を立てて水面の一部が渦を巻いて凹んでいき、そこからせり上がってきたのだ。あたかも、SF映画などで湖の下の秘密基地から航空機が出てくるシーンのように。

そう、魔装潜闘艇が。

「もしかしてじゃが……攻略した場合のご褒美だったのではないかのぅ?」

「え、それだとティオさん。あの時の強制排出は……」

「……わ、私達がショートカットしたせい?」

海中に排出された時、メイルさんの大雑把さには怨嗟の声を上げたものだが、もしや、真っ当にクリアしていたら普通に魔装潜闘艇で海中に出られたのでは……

「みゅ! パパ、普通に乗れるの!」

「みたいだな」

最後の戦いだ! というわけでは、やはりなかったらしい。試しに魔力を注いでみれば、普通に操作できそうだった。

ご褒美説が濃厚である。

ハジメ達の目が遙か遠くを見つめ始める……

もしや、潜水艇を囮にして魔装潜闘艇で空を飛べば、その隙に逃げられたのではないか、と思わなくもない。

だって、当時のユエでは空間転移を使ってもそう遠くまで跳べなかったが、おそらく魔装潜闘艇なら長距離転移もできた可能性があるから。

それどころか、樹海の大迷宮に戻るのもずっと速く行けたのでは……と。

「行こう、ハジメ。最後に悪食、だったか? 海中の激闘を見せてくれるんだろ?」

「ああ、うん、そうだな。父さん。もう行こうか……」

「ほらほら、ユエちゃん達も! 手に入れてなかったから出来たことや出会いだってあるでしょ? ね?」

「……そう、ですね。はい、お義母様」

「確かに、アンカジとか王国とかもスルーしてたかもです」

「うむうむ。リリィにとっても、ここでこの船を手に入れなかったのは良かったじゃろうなぁ」

「あ、危なかったです……」

「私もですよ。教会に囚われたままになるところでした……」

危うく王国の危機も、愛子やクラスメイト達の危機もスルーされるところだったと気が付いて、ほっと胸を撫で下ろすリリアーナと愛子。

「そう考えると、今までの旅もそうだが…………君達の旅には随所に、運命的なものを感じてしまうな」

最後に呟いた鷲三の言葉に、ハジメ達は苦笑しつつも否定はできず。

互いに顔を見合わせ、ハジメは肩を竦めつつ、ユエ達の気持ちを代表するように、

「もし、運命の神なんてものがいるとして、その〝見えざる手〟なんてものが働いていたのだとしたら……随分とまぁ愛されたものだと思いますよ」

そう返したのだった。

色濃く美しい夕焼けが広がるエリセンの町。

普段は活気こそあれ、さざ波をBGMにできる程度には長閑な雰囲気の海上の町は、この時ばかり、かつてない賑やかさで満ち溢れていた。

電飾が連なる地球のお祭りのように、色とりどりの魔力光を灯せる魔道具が家屋の屋根から屋根に張り巡らされ。

あちこちで様々な料理がリアルタイムで作られていて、食欲をそそる香りが海風に混じって町全体を包み込んでいる。

まさに、お祭り騒ぎ。

今夜ばかりは無礼講とばかりに、海人の住民は当然、招待された各国の人間族や獣人族が和気あいあいと料理を片手に笑い合い、更にはカマル老やガドナー&ゲドナーの魔人親子を筆頭に、少数ながら魔人族まで参加している。

「ええ、そうなんですよ! そこで息子は、奈落で採取した大量のタールを怪物の体内に送り込んだんです!」

「なんとっ!」

「くぅっ、見たかった! 〝リーマンの伝説〟で読みましたが、本当にそのような方法で危機を乗り切るとは!」

テーブルの一角で、愁が海底遺跡見学の最後に見た〝悪食戦〟を各国の重鎮達――ガハルドやカム、アルフレリックなどに熱く語っている。

その近くでは、菫とユエがルルアリアを筆頭に貴婦人達へ旅の感想を聞かせて、その耳目を一心に集めていた。

「ようやく見つけましたわ、シア。さぁ、食事にします? 鍛錬にします? それとも……私とのと・う・そ・う、にします?」

「しません。ってか、鎌しまえ。あっちいけ」

「ちょっと、帝国の姫ごときが、わたくしのシアに近づかないでくださいまし! シアは私〝で〟遊びたいんですのよ! ね、シア?」

「遊ばねぇよ。なんでいるんだよ。弓をしまえ。あっちいけ」

シアが狂犬皇女と変態森姫に挟まれて、アイデンティティーとも言える〝ですぅ〟を完全に忘れるほどやさぐれているのは、置いておくとして。

八重樫家の面々もハウリア達の輪の中で、白崎家は主にビィズを筆頭としたアンカジの人々と、昭子と愛子はリリアーナも交えてシモン教皇やデビッド達と歓談している。

ティオはアドゥルやヴェンリと共に、ギルドマスター達やウィル、クデタ伯爵夫妻と話し込んでいるようだ。

また、少し離れた場所では、

「……またか。またなのか……余の敵はどれほどいるというのだ……」

「あ、あなた達がミュウちゃんを狙っているという王子達ッ」

「へぇ、君もか。ふっ、いいだろう。このレイモンドに勝てると思うなら、臆さずしてかかってくるがいい!」

「ランデル様ぁ! ミュウのことなどいいではありませんか! 一緒に桟橋へ行きませんか?」

「そうだそうだ。さっさとお嬢の視界から消えろ。そこの魔人、お前もだ。お嬢にいやらしい目を向けたら、このネアシュタットルムが首を取るからな」

「バルトフェルドも忘れるな。狙い撃ちにしてやる」

子供達も素敵に殺伐としていて、大変楽しそう。

なお、当のミュウはというと、

「みゅ! それで貰った魔法のお船は、パパがミュウでも使えるようにしてくれるの! 専用機というやつなの!」

「「「いいなぁ~~」」」

せっかくの帰省なので地元の友達と楽しく語り合っていた。ランデル達のことは視界に入っていない模様。

もちろん、レミアもエリセンの人達に身動き取れないほど囲まれて、久しぶりの帰省を楽しんでいるようだ。

次の予定があるわけでもないので時間を気にする必要もない。エリセンを旅行の最後に持ってきた甲斐があるというもの。

そんな祭りを背に、一人、人気のない端っこの桟橋に気配遮断までして座っているのは、この旅行歓迎&送別会パーティーの主賓、ハジメだ。

何をしているのかと言えば、

『なるほどなぁ。覚えのあるでかい魔力が放たれたから何事かと思えば……良い旅をしたみたいじゃねぇか。へっ、来ると分かっていりゃあ土産の一つも持ってきたんだがな』

人面魚のおっさんと密会していた。もちろん、魔王の心の友にして、歴史家から半ば伝説の存在に格上げされつつあるリーさんである。

「なぁ、リーさん。やっぱ皆に紹介させてくれよ」

『よせやい。わざわざ呼んでくれただけで十分でい。俺ぁただの魔物。それ以上でも以下でもねぇ。人の領分には踏み込まねぇよ』

「くぅっ、流石はリーさん。渋いぜ」

ほんと、人間同士より仲良しである。

『それより、俺はそろそろ行くぜ、ハー坊』

「え? もう行くのか? 実はリーさん用の水空両用アーティファクトを考えていて、要望を聞こうかと思っていたんだが……」

この魔王、どれだけリーさんが好きなのだろう。ここに他の者達がいたら、いったいどんな表情になるやら。

『なんだそりゃ。いらねぇよ。潮流は鱗で感じてなんぼだぜ?』

「が、含蓄があるな」

ないと思う。

『それより、ほれ。嫁さんがお待ちだぜ?』

「あん?」

振り返れば、いつの間にかユエが桟橋の入り口で佇んでいた。

『呼んでくれてありがとよ、ハー坊。おっちゃんも嫁さんとガキが待ってるんでな。あばよ! また会おうぜ!』

「お、おう! またな、リーさん!」

ちゃぽんっと身を翻して夜の海に消えていくリーさん。

タイミングを見計らって、ユエが傍に来る。

「……パーティーの主賓が、こっそり抜け出して人面魚のおじさんと密会ってどうなの?」

隣に腰を下ろすユエ。どこにもいないからどうしたのかと思えば……と、なんとも言えない表情になっている。

「いや、まぁ、リーさんとの再会は予定してたし。あと、パーティーの規模が想定外でちょいと落ち着きたかったんだよ」

「……ん。それは確かに。ヘリーナは有能」

ヘリーナの采配と準備は完璧で、完璧すぎたが故に、エリセンに到着した瞬間に大歓声に迎えられたハジメ達。

想定を遥かに超える人の多さと、そんな彼等が十分に楽しめるだけの料理の数々と、煌びやかな装飾の数々に、さしものハジメもびっくり仰天であった。

当然、旅行の歓迎と送別会を兼ねたパーティーの主賓であるから、開始当初は、それはもう揉みくちゃである。

次から次へと話しかけられるわ、酒も料理も次々に勧められるわ。

ようやく、他の旅行メンバーに人々が分散して各々で楽しみ始めたおかげで、ハジメもこっそり抜け出して、リーさんとの再会が果たせたのである。

喧噪とさざ波をBGMに、しばし、沈黙の時間をゆったりと楽しむハジメとユエ。

なんだか随分と久しぶりの二人っきりの時間に感じて、互いに顔を見合わせると、くすりと笑い合ってしまう。

「……旅行は大成功?」

「まぁ、思っていたより随分と良い感じに終わったと思う」

「……ハジメ、実はすっごく緊張してた。お義母様やお義父様は別としても、香織達のご両親とは確執ができるかもって」

「バレバレだったか」

「……ん」

実は、そうだった。旅の中でも何度か口にはしているが、たぶん、ハジメがどれだけの覚悟の上で他家の親達をトータスに誘ったか、真に理解している者は少ないだろう。

「あの人達の信頼と期待に、応えられるようにしないとな。家族になれると、まぁ、たぶん、割と? 認めてもらえたような気がするし。……認めてもらえてる、よな?」

「……ふふ、だいじょ~ぶ」

ちょぴり不安そうなハジメがおかしくて、他の多くの人が知っている傲岸不遜を絵に描いたような魔王の姿とはあまりにほど遠くて。

ユエは思わずくすりと笑ってハジメを引き寄せた。抵抗もなく、誘われるままにユエの太股に頭を乗せるハジメ。

そのハジメの頭を優しく撫でながら、ユエはとびっきり優しい表情と愛情の滲む声音で、

「……お疲れ様でした」

無事に旅行を終わらせたハジメを労ったのだった。

ハジメから「……ん」とユエみたいな返事が小さく響く。体から力が抜けて、心からリラックスしているのがよく分かった。

あるいは、このまま旅の疲れを癒やすべく眠ってしまいそうなほど――

「パァーパァーーッ、どこぉーーーなのぉーーーーっ!!」

「おおうっ!?」

娘の大声には、飛び起きざるを得ないのがパパの悲しい性である。

「いました! あんなところでユエさんとイチャイチャしてますぅ!」

「隙あらばハジメ君を持っていくんだから!」

シアと香織の不機嫌まじりの声を筆頭に、ガハルドやカムなんて各国の重鎮達まで集まってきて「主賓が何をしてんだぁ!」とか「ボス! 今夜には帰ってしまわれるのですから今くらい皆で!」なんて声も次々に響いてくる。

旅の中で再会した人達が桟橋付近に集まってくるのは、本当に瞬く間であった。

ご丁寧に桟橋一帯を氷属性魔法で凍てつかせてくる猛者までいれば、別の桟橋に係留されていた船を出してまで集まってくる者まで。

あっという間に、宴会の中心地が変わり、ハジメとユエはまた凄まじい喧噪に囲まれてしまった。

ミュウを抱きかかえつつ、「あ~、うるせぇ! 一斉に話しかけんな!」と怒声を上げるハジメ。だが、その表情は明らかに笑っていて。

「父さんも母さんも、何をニヤニヤしてんだ?」

シア達と共にやってきた愁と菫の表情と、「「別にぃ~?」」というハモりに思わずジト目になるハジメ。

菫が「誇らしいだけよ」と笑いながらハジメの頭をグシャグシャと撫で回し、「やめろぉ~」と逃げる息子を横目に、愁は咳払いを一つして周囲の人々へ向けて手を上げた。

直ぐに何か話す気だと察して、静かになっていく周囲の人々。

すぅーっと息を吸って、愁は声を張り上げた。

「えぇ、本日は私達の旅行の締めくくりに参加してくださり誠にありがとうございます!」

歓声が広がる中、愁は更に声を張り上げる。

「私達は今回の旅行を通して多くの過去を見てきました。それを踏まえた上で――」

再び静まる周囲。誰もが愁に注目する。

「ここで長々と多くは語りません! ただ、これだけは言わせてください! 家族共々、どうぞ今後とも息子をよろしくお願いいたします! 息子と出会っていただき、本当にありがとう!!」

一拍おいて、爆発じみた大歓声が広がった。空気が震えるほどの盛り上がりだ。

「ほら、ハジメ! 父さんが盛り上げたぞ! 締めていけ!」

「なんつーむちゃぶりを……」

たぶん、愁お父さんは既に酔っていらっしゃる。顔が赤いし、さっきからワインのボトルを片手に持ったまま離さないし。

とはいえ、期待の眼差しを注がれては魔王が逃げるわけにもいかないので。

実は仕込んでいた海上の 仕掛け ( アーティファクト ) を、フィンガースナップ一発。遠隔起動する。

途端、ドォオンッと。

思わず人々が身をすくめる中、エリセンの全方位の夜空に無数の花が咲いた。花火だ。色とりどりの、それはそれは美しい魔法の百花繚乱。

その規模、美しさに言葉も忘れて天を仰ぐ人々を前に、

「杯を取れ」

ハジメの声が凜と響いて。

ハッとして視線を落とせば、ユエ達家族に囲まれて、輝く空を背にし、ハジメがグラスを掲げていた。

慌ててグラスを手にしていく人々。

そんな彼等を前に、ハジメはただシンプルに、

「乾杯しよう! 未来に!!」

そう、旅行を締め括る言葉を響かせたのだった。

当然、返ってきたのは花火の音すら掻き消すような、「「「「「未来に!」」」」」の大合唱であった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

長らく旅行記にお付き合いいただき、ありがとうございました!

最終章の投稿は、すみませんが未定とさせて頂きます。そのうちひょろっと再開すると思うので、また一緒に楽しんで頂ければ嬉しいです。

何はともあれ、今年一年お疲れ様でした!

残り僅かですが良いお年を! 来年が皆様にとってより良い一年となりますように!