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今日、私はジョークを口にする

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今日、私はジョークを口にする

少し遅れましてすみません。年末は本当に忙しないですね。ゆっくり書く暇がない。

厄災界における唯一の建造物、その天頂で渦巻く今は黒い 靄 ( モヤ ) に侵食されている光の 門 ( ゲート ) の直ぐ傍に、

「……この、ままでは……っ」

苦しげな声が響いた。

癖の強いザンバラ髪に青白い顔、鷲鼻が特徴の陰気そうな雰囲気を漂わせる白い軍服風の衣装を着た男だ。頬骨が浮き出て、服の上からでも分かるほどの細身。四十代くらいに見える。

まるで戦場跡地に出現した軍人の幽霊のようだ。お手本のような猫背になりながら空中に浮いているので余計に。

そんな如何にも〝人類の最後の生存圏を襲撃しに来たヴィランです〟みたいな印象の男は、

「――永遠に眠りたい……」

なんて不吉なことを陰気な声音で零しながらもキレのある動きで両手を突き出した。まるで陰陽師が作る刀印のように人差し指と中指を綺麗に揃えて、それぞれ別方向に。

詠唱はなかった。一瞬の内に指先へ魔力が集まっていく。暗い灰みのある青―― 藍鼠 ( あいねず ) 色の魔力が凝縮され小さな光弾となり、放たれた。

向かう先は、今まさに肉迫してきている 人形 ( ひとがた ) の怪物、クラス3が四体。

機敏な動きで藍鼠色の光弾を回避する四体だったが、鷲鼻の男がピッと指先を上に向けるや否や、それぞれ分裂。計四つの光弾になった挙げ句、逆V字ターンして背後から四体に直撃した。

ビクッと痙攣し硬直するクラス3四体。鷲鼻の男までは、あと十メートルもないのに動こうとせず。

ぽつりっと呟かれた「〝掌握〟〝散壊〟」という言葉を、果たしてその四体は聞き取れただろうか。

外傷もないのに強靱にして異形の肉体がハラハラと崩れていく様からすれば、おそらく何をされたのかも分からなかったのではないか。

クラス3を四体まとめて瞬殺した鷲鼻の男は、しかし、次の瞬間、

「うっ!?」

背後から心臓を刺し貫かれて息が詰まったような声を上げた。

光の全てを吸収してしまいそうな真っ黒な大剣が胸から盛大に突き出している光景は、鷲鼻の男の終焉を思わせるに十二分で。

だが、

「まだ死ねない……」

陰鬱とした静かな声音を漏らしつつ、だらんっと下げた右手の指を背後へ向ける。先程と同じく瞬時に凝縮された光弾がクラス2に撃ち込まれた。

「――〝掌あ〟……チッ。〝衝縛〟」

大剣を刺したまま股下まで斬り裂くつもりだったらしいクラス2だが、僅かに下方へ斬り裂いたのみで動きを止める。先程のクラス3と同じくビクンッと痙攣して。

しかし、クラス3のように肉体が崩壊する様子はなく、まるで電撃でも浴びているみたいに小刻みに痙攣し続けている。あるいは、何かに抵抗しているのか。

その間に、鷲鼻の男はするりっと 真 ( ・ ) 横 ( ・ ) にスライドした。体を貫く大剣なんて存在しないみたいに。

巨大な刃の 楔 ( くさび ) を冗談のようにすり抜けた鷲鼻の男は、振り返って両手の刀印をクラス2に突きつけた。

指先の光弾が連続して撃ち込まれる。左右合わせて十発は撃ち込んだだろうか。

「――〝掌握〟。〝断壊〟ッ」

暗い声音に少しの気合いが混じる。藍鼠色に輝く両手を突き出し、手の甲を合わせた状態から広げていく。

渾身の力を込めているようだった。あたかも閉じられたスライド式の両扉を無理やりこじ開けようとしているかのように。

すると、クラス2にも異変が。

痙攣が激しくなる。声にならぬ絶叫を上げているのか触手に覆われた顎門が盛大に開いている。両腕を必死に鷲鼻の男の方へ向けようとしているようにも見えた。

「ぐぅっ、シィイイッ!!」

唸り、裂帛の気合いを入れて一気に両腕を広げる鷲鼻の男。直後、クラス2の肉体が縦真っ二つに割れた。そのまま再生することもなく地に落ちていく。

「はぁはぁ……あと……何体、来る? 三体以上は……無理、か?」

再び苦しげな声音を漏らしつつも、鷲鼻の男は即座に振り返った。転移門を守るように背にして、激戦の様相を呈する戦場へ。

鷲鼻の男と同じ白い軍服風の衣装をまとった老若男女が約四十人、建造物を中心に時計で言うなら九時から十七時の範囲で人形の怪物と死闘を繰り広げている。

大抵はクラス3以下だ。互角が半数、複数人でようやくが残り半分。圧倒できている者は少ない。いや、それどころか押されている。

「みなも……限界が近い」

それらを援護すべく、刀印を作った両手を突き出し光弾を連射する鷲鼻の男。

藍鼠色の光弾が直撃する度に少なくとも数瞬の硬直を強いられる。その隙はギリギリの戦場において値千金の恵みの雨のようだった。

「ゴースト殿、無事ッスか?」

そんな鷲鼻の男の傍に、メイド服の裾をふわりっとなびかせながらやって来たのは褐色肌が美しいエキゾチックな美女――カーラだった。

「魔力……限界が近い……」

「いえ、傷の話ッスけど……」

ボソッと目を合わさず答える鷲鼻の男、改め〝ゴースト〟。ただのあだ名らしい。誰もがそう呼び、本人もこだわりがある呼名らしく本名は名乗られなかった。

戦場を見渡していたカーラが、チラッとゴーストの胸元へ視線を向ける。

ゴーストは戦場を支える要の一人だ。そんな彼が致命傷級の攻撃を受けた姿を見れば、心配もするか……と思ったらしいゴーストが、僅かに体の向きを変えて胸元を見せる。

「問題……ない」

そこに傷はなかった。血痕どころか服が切り裂かれているということもなかった。本当に何事もなかったかのようである。

これぞ彼がゴーストと呼ばれる由縁であり、現状、彼が厄災界最強格であり、この終末世界において生き残りを守る衛士隊の現隊長である理由だった。

転移門の前に陣取っているのも、これ以上、他の世界に 人形 ( ひとがた ) の怪物を行かせないための最後の防波堤になり得るから。そして、現場指揮官として戦場を 俯瞰 ( ふかん ) できる場所だからだった。

「う~ん、便利な術ッスねぇ。ようは魂魄魔法を使った分身なんッスけど、一体しか出せない代わりに本体をも上回るスペックを出せるとは……まるで御屋形様の好きなあれみたいッスねぇ?」

〝あれ〟とは、すなわち魔法式の完全没入型VRゲームのアバターのことだ。当然、本人以外のキャラになって、弄ったスペックで遊ぶこともできる。

そう、今ここにいるゴーストは本人ではない。本体は今も建造物の最奥にいる。そこで、魔力が続く限り不滅の分身体を操っているのである。

もちろん、ゲームのように著しく逸脱したスペックにはできない。本体が会得していない魔法を使うこともできない。だが、元々できる下地はあるが技術が追いついていないというような場合なら、己がイメージする理想の動きを実現できる。

何より秀逸なのは、分身体にも関わらず致命傷級の攻撃を受けようとも消滅せず、直ぐに復元できること。実体ではないので、やろうと思えばある程度の攻撃を透過できること。

五感を共有しているので痛みや衝撃こそ感じるが、ダメージ自体が本体にフィードバックされることもない。丸ごと消滅させられたとしても、本体を倒さない限り何度でも復活する。

そして、タチが悪いことに、魂魄魔法の達人であるからこそ彼が本気で気配を消せば魂レベルで感知が至難になることだ。

厄災界において最も殺し難い男。それがゴーストだった。

「しかも直接、対象の魂魄を崩壊させたり、引き裂いたり……地獄界でも十分に魔王級を名乗れる力量ッスね」

本来、魂魄魔法が使えるからと言って対象の魂魄を強制的に崩壊させるのは難しい。

言ってみれば〝魂魄〟とは肉体という〝器〟になみなみと注がれた〝水〟のようなものだからだ。

衝撃を与えてさざ波を発生させたり、器をひっくり返して中身を零させたり、あるいは違う色の水を注いで濁らせたりすることはできても、水自体を破壊したり、断ち割ったりはできない。仮に吹き飛ばしたり、一時的に斬り裂くことができても消え去ったりはしない。

そんなイメージだ。

例外は肉体が死んだ時。肉体との結びつきを失うと魂は形を保てなくなる。液体から水蒸気となって霧散してしまう感じだ。

逆に言えば、肉体と結びついている、つまり肉体が死んでいない魂魄というのは、本来、それだけ柔軟で強固なのである。

なのに、ゴーストは肉体に宿ったままの魂魄を直接破壊した。

それはまさに、魂魄魔法の神髄レベルに至っている証に他ならなかった。

「もっとも、先に己の複製魂魄を混ぜた魔力を相手に撃ち込んで、浸透させた後でないと無理なようッスけど。相手の保有エネルギー量に比例して撃ち込む量も増やさないとダメみたいッスし、浸透させる時間も比例して増えるッスね? しかも、その間は無防備ッス。つまり、格下にこそ相性がいい術ッスね?」

「わ、たしの情けなさを……つ、突きつけて……楽しい、か?」

陰気な瞳が更に陰気さを帯びた気がした。言われなくても分かっているから。

「そうとも……私が、私如きが衛士長など……冗談がすぎる……」

厄災界では神代魔法を使える者達を〝理法術師〟と呼ぶが、これにも力量によって階級がある。

最下位の第三級から順に第二級、第一級、そして特級術師といった具合に。

第三級は一つでも神代魔法が使える者。理法術師として認められるラインだ。

そこから複数の神代魔法が使えれば第二級に、神代魔法の神髄レベルに一つでも至れば第一級に、神髄レベルを更に深く、あるいは複数使えれば特級となる。

もちろん、あくまで目安だ。基準の魔法が使えなくとも功績などが考慮されることで昇格が認められることもある。むしろ、そちらの方がメインの判断基準だろう。

ゴーストも言わずもがな〝特級〟である。

だが、特級は彼だけというわけではなかった。ゴーストですら足下にも及ばない真の特級理法術師がいたのだ。前任の衛士長である。

百年近くこの地を守り続け、ゴーストが深く尊敬し、そして、先日クラス1の群れとの戦いで逝ってしまった。

第一級ではあったが、リーダーの資質としては自分よりも上だと認めていた者達も一緒に。

「しぶとさだけで特級と認められたような私が、あの偉大な衛士長の後を継ぐなど冗談にも――」

「その話、長くなりそうッス?」

「!!?」

ゴーストさんが、ここに来て初めてカーラと目を合わせた。だが、当のカーラはゴーストの方を見てもいない。やっぱり、あっちへこっちへ視線を巡らせている。

興味がありませんと、これ見よがしに告げられているようで、ゴーストは信じられない者を見ているような目になった。

その目は口ほどにものを言っていた。お前から振ってきた話題だろう!? こんな綺麗な梯子の外し方あるか!? と。

「こっちは二つの戦域を援護してるんッスよ? クラス1と戦いながら。そんな泣き言を聞かされましてもッス」

「ぐっ……それは、そうだな。貴殿の幻術には……心底、助かっている」

納得し難い感情がわき上がるが否定もできない。余計に腹が立つがグッと堪えるゴーストさん。

事実、カーラがいなければ瓦解しているのだ。光輝が受け持っている戦域以外はとっくに。

そう、今もカーラは戦っている。チラリと上空を見やれば、そこでは激しい閃光が瞬き、四つの人影が縦横無尽に飛び回っていた。

一つは 人形 ( ひとがた ) の怪物――クラス1。

二つは理法術師。

そして四人目がカーラだ。その手にはフラフープみたいな大きさの 戦輪 ( チャクラム ) が持たれていて、メイド服を翻しながら踊るように戦っている。

ちなみに、ずっと昔は弓矢を得意としていたのだが、同神話の神にとある事情からぶっ壊された挙げ句トラウマを植え付けられたせいで、いざ弓矢を握るとトラウマがフラッシュバックし過呼吸になってしまうという弊害があるため別の武器に変えたらしい。

なんともトラウマの多い人生、いや悪魔生を送っているカーラさんである。

閑話 ( そんな話をしてい ) 休題 ( る場合じゃなくて ) 。

つまり、目の前にいるのは幻覚。より正確に言うなら、ゴーストにだけ見せている光景ではなく、現実の空間に映し出している分身に近い存在という意味で〝幻影〟というべき存在だ。

クラス1と戦いながら、〝幻影のカーラ〟はゴーストに何を伝えにきたのか。それほど余裕がある戦いには見えないのだが……

「ええ、ええ、そうッスよ。このカーラがいなければどうなっていたことか。衛士長さんには、そこのところしっかりご自覚いただきたいッス。そして、もう間もなく来るであろう我が御屋形様へ、し~~~~っかりと称賛を伝えてくださいッス」

「そ、そんなことを伝えに……わざわざ?」

ゴーストの魔法はクラス1との戦いでは相性が悪い。

クラス1が相手では、魂合魔力を浸透させる〝掌握〟にも、魂を崩壊または割断する〝散壊〟や〝断壊〟にも相応の時間がかかるからだ。

しかも、クラス2以下と違いクラス1は〝掌握〟中も動く。止めきれない。つまり、無防備な状態で攻撃を受けてしまう。分身体なので死にはしないが、そうなればどちらかが滅ぶまでの我慢比べが始まってしまうのだ。

当然、その間にも戦場は動き続ける。

ならば、断続的にやってくるクラス2の対処と、クラス3と戦う第二級以下の術師達の援護、衛士長として指揮に専念すべき。という合理的な判断だった。

だが、それも限界が近づいている。

こうして話をしながらも光弾を流星群のように放ちまくっているが、魔力は既に三割を切っている。おそらく部下達も同じだろう。本当にギリギリの戦いだ。

だというのに、なんだろう。このシリアス感の差は。

「そんなこと?」

なんだろう。いきなりシリアスな感じになった。

ぐりんっと顔が向けられる。見開いた目が怖い。

ずっと戦場を見回していて、そのついでに独り言に近い感じで勝手に話している様子だったのに、いきなり槍の矛先を向けられた気分だ。

「今、そんなことと言ったッスか?」

「あ、いや、気に障ったなら謝るが……というか、こんなことをしている場合では――」

ごもっとも。

「こんなこと!? なんたる言い草ッスか! いいッスか? 私は――」

あ、雑談に気を取られたせいか、本物のカーラがクラス1の攻撃を食らった。無限に伸びる槍の如き腕に貫かれて振り回されてる……

目の前では腹を押さえて脂汗を垂らす幻影のカーラがいた。普通に幻影にフィードバックされちゃうくらい余裕がなさそう。

だが、それでもカーラは叫んだ。

とっても大事なことを〝そんなこと〟呼ばわりされたから!!

「御屋形様へのッ、好感度を稼ぐためなら!! このカーラッッ。命を賭ける所存ッス!!」

「そ、そうか……」

上空で振り回されているカーラさんも叫んでいた。もう訳が分からなかった。

取り敢えず、第一級の部下、ベリーショートの白髪と白い軍服姿の厳格そうな女性が閃光砲撃を放ち、クラス1の槍腕を吹き飛ばすことで解放されたので良しとしておく。

解放されたカーラの目が妖しい輝きを帯びた。最大級の幻術がクラス1にかけられたのだろう。あらぬ方向を向き、一瞬、動きが鈍るクラス1。

その隙に、もう一人の特級――空中に波紋を広げながら踏み込んだ長い髭の初老の男が背中から拳を叩き付ける。

クラス1の胴体に大穴が開いた。まるで震動破砕でも受けたみたいに塵となって。

もちろん、その程度で死ぬなら誰も苦労しない。

大穴が開いたまま何事もなかったみたいに全身からウニの如き漆黒のトゲを生やすクラス1。

長髭の男は読んでいたように退避するが、トゲは凄まじい速度で延々に伸びていく。

再び女性から閃光が迸った。トゲが途中から断ち切られて先端が散らばる。

先程の閃光と同じく、こちらも直撃箇所が塵となって霧散した。おそらく分解魔法だ。

だが、状況は少し悪化した。千切れた先端が意志を持った無数のミサイルの如く三人を狙い始めたのだ。

カーラは幻術で位置を誤認させ、長髭の男は綺麗に受け流し、あるいは砕いて、女性は分解魔法を散弾の如く放って撃墜していく。

その間に、クラス1は再生を終えていた。

先程から繰り返されている、あと一歩のところで届かない攻防。

拮抗しているといえば聞こえはいいが、しかし、追い詰められているのはこちら側だ。相手は無尽蔵かと思うほど衰えが見えないのに、こちらは確実に魔力が減っているのだ。

決定打が必要だった。

それこそ、前回のクラス1の群れの襲撃時、そのために道連れにも等しい自己犠牲を選んだ先代衛士長達のように。

と、その時だった。

『……ゴースト。新手よ。クラス1……いえ、これはもうクラス0とでもいうべきかしら』

「なに?」

主任の声からの通信だった。

それで気が付く。同時に、どうして気が付かなかったのと戦慄する。

正面だ。約二キロメートル先の地平線、その少し上空に何かがいた。虹色の結界から巨体の半分を中に入れ、何かをボタボタと落としている。

「なん、だ……あれは。黒い、塊?」

遠目にも分かる。果てしなく襲来してきていた人形の怪物とは明らかに違った。そのおぞましい気配の密度も。

気が付かれたことに気が付いたのか、黒い塊は隠蔽を止めたらしい。暴力的なエネルギーの波濤が押し寄せてきた。

クラス1を大瀑布と称するなら、まさに巨大な津波の如き力の奔流。明らかに格上の存在だ。

『直径、約三十メートル。緩やかな楕円形……表面に無数の流線型の溝……まるで脳のようね。何かが滴り落ちている……』

記録を取っているのか。報告書を読み上げるような口調で主任が新手の情報を伝えてくる。

同時に、絶望も。

『……落ちた雫から生命体の発生を確認』

それは蜘蛛のような姿をしていた。同時に亀のようでもあった。長い首が伸びていて、その先端には苦悶に歪む人の顔と思しきものが付いていた。

大きさは大型の熊くらい。滴り落ちた汚泥の中から、黒板を引っ掻いたような奇怪で不快な鳴き声を漏らしながら次々と生まれてくる。

そして、生まれた端から進撃を開始した。まるで生者を見つけたゾンビの群れの如く。

『八体、十七体……三十、五十四……百二十……』

瞬く間に増えていくカウント。

あの冷徹な主任の声が震えている。現状を理解しているからだ。ゴースト達と同じく。

今すぐ対処が必要だ。今すぐにあれを止めなければならない。

でなければ――詰む。

そう誰もが理解していた。

理解しながら、しかし、動けなかった。手が足りないのだ。ただでさえギリギリの戦場で誰が対応できるというのか。半端な戦力では、ただ群れに呑まれて無駄死になるだろう。

少なくとも、未知の大群を相手に時間稼ぎできるだけの戦力を――

「勇者殿~、更に不味そうな事態ッス。やっぱりなんとかしてくれませんッスか?」

『っ、もう少し、で……限界突破、が……使えそうな感じ……けどっ、くそぉっ、クラス1ッ、更に追加ぁ!!』

この襲撃、やはりただのスタンピードではなく何者かの意図の上なのだろうか。クラス1三体に無数のクラス3を以てしても未だに仕留めきれない勇者を相手に、更に戦力を送り込んできたようだ。

それだけの戦力があるなら、最初から一気呵成に送れば良かったものを、なぜ? という疑問は、状況的にひとまず脇に置いておくしかないだろうが。

ゴーストにも聞えたらしい光輝の余裕のない通信。それを受けて、ゴーストはチラッと背後を見やった。

気配で感じてはいた。ほんの百秒ほど前に黒い靄が消えて、転移門は元の輝きを取り戻していた。

だが、救援は来ない。イナバとリーマンも戻って来ない。

(無理もない。まだ開門してから四分程度。クラス1に近いクラス2を含め八体だ……仮に勝てたとしても、もうしばらく時間が……)

間に合わない。少なくとも、あの蜘蛛とも亀ともつかない冒涜的な生物の群れが、こちらの戦線に到達するまでには。

「主任…………済まない。衛士長ゴーストの名において要請する」

『!』

通信の向こうから息を呑む雰囲気が伝わった。主任が想像している通りの言葉を、忸怩たる感情を隠しもせず、ゴーストは叫んだ。

「総力戦計画を実行されたし!!」

総力戦計画――それは、建造物にいる非戦闘員も、そして主任達研究員も、まさに全ての生き残り達の参戦を要請するもの。

厄災界の者は誰だって属性魔法くらいは使える。それも、トータスで言うなら軍でも上位に入る使い手レベルで。

戦闘経験には乏しくても砲台くらいには成れるのだ。特に研究者達は職業柄理法術を収めている者も多い。

だが、それは本当に最後の手段だった。

彼等には彼等の役目があるが故に。その役目を果たせなければ、どのみち世界は終わってしまうが故に。

『けれど……それではどのみち世界は……』

流石の彼女も躊躇いを振り切るのに苦労するらしい。即断即決が常の彼女には珍しく苦悩に満ちた声音が漏れ出した。

「主任!! 時間がない!! 今動かなければ、今、滅ぶ!! 決断を――」

ゴーストの説得は、しかし、遮られた。

虹色の結界直上より、クラス2が更に二体、侵入してきた。

敵側も本気らしい。ここで一気に趨勢を決する気なのかもしれない。

もはやこの戦場は、多くの同胞を失った前回の死闘以上。勇者一行のおかげで瓦解こそ免れているが、もう持たない。

クラス2目がけて光弾を放つが、まるで理解しているように二体揃って気体の如く霧散することで回避されてしまった。

「しまっ――」

一体が黒い煙となったままゴーストに纏わり付き締め上げてくる。

更に、もう一体は実体を取り戻して触腕をゴーストの腹に突き刺してきた。そこからバケツの底に穴を開けたような勢いで魔力が流れ出ていく。

「おっと、やはり敵側にはお粗末ながらも学習能力があるみたいッスね? 大丈夫ッスか? 無理そうッス? でも私、幻影なので直接的には何もできませんッス……道端のゴミみたいに役立たずで申し訳ないッス……」

まだいたのか、と一瞬思う。カーラがあんまり困っていなそうな様子で頬をポリポリしていた。

「でもまぁ、大丈夫ッスよ!!」

「なに、がっ……だっ!!」

全身から魂魄に衝撃を与える魔法を放って、どうにか拘束から逃れようとするゴースト。

カーラが両手でガッツポーズしながら呑気なことを言う姿に、ちょっと、いや、かなり苛ついた様子で声を荒げる。

そんなゴーストにカーラは言った。無邪気とさえ言えた呑気な笑顔から一転、興奮に彩られた悪魔的な笑みを浮べて。

「だって……ほぅら、あの方がやって来るッスよ?」

そして、あくまでメイドであることを示すように、苦しむゴーストには目もくれず背を向けて、輝く転移門で微妙に位置を変えて居住まいを正す。

上空では本物のカーラが巨大戦輪を投擲していた。味方のはずの二人に向けて。

慌てた様子で退避する理法術師の二人。

それを合図にしたように、幻影のカーラは優雅に、けれど普段よりずっと深々と、

「お待ちしておりましたッス。我が主」

最高のカーテシーを決めた。

刹那、一瞬前まで幻影の頭があった位置を掠めるようにして、真紅の閃光が空を切り裂いた。

渦巻く光の転移門から放たれたそれは、そうと認識したと同時に目標へ到達していた。

本物のカーラ達が戦っていたクラス1だ。

回避はおろか防御姿勢を取る暇も与えない。まさに、見た目通りの光速砲撃。

知覚能力を何倍にも引き上げていた者、あるいは神速化にあった者ならば気が付けただろうか。刹那の内に起きた現象を。

真紅の閃光を受けるや否やクラス1の全身が内側から赤熱化でもしたみたいに染まり、そして融解・消滅した事実を。

クラス1が一撃で消し飛んだ。

戦っていた長髭の初老の男も、厳格そうなベリーショート髪の女性も唖然とした様子で固まっている。

いや、この戦場の多くの者が同じく天を見上げてしまっていた。

本来なら戦場であるまじき失態。致命的な隙を晒す行為だ。

だが、被害はなかった。

人形の怪物達もまた動きを止めていたから。

その理由は直ぐに分かった。

真紅の閃光が霧散していく。と同時に、否応なく誰もが転移門に視線を吸い寄せられた。

そこから流れ込み、そして刻一刻と増大していく凄まじい存在感に意識も視線も奪われて。

来る。何か途轍もない存在が、この世界にやって来ようとしている……

己の腕に鳥肌が立っていることも、知らず生唾を呑み込んでいることも、人によっては無意識に後退りしていることにも自覚なく。

ただ存在感だけで戦場の時を止めた存在は、遂に姿を見せた。

「ファーストアタックは成功か……」

片手には二メートル超のライフルと思しき兵器を肩に担いで、もう片方の手には拳銃を持ち、真紅の輝きを纏って光の渦の中から出てくる。

転移門の輝きがまるで後光のよう。

世界を隔てていても伝わってきた、その常軌を逸した存在感、空間を呑み込まんとしているかのような強大な力の気配が直に伝わってくることも相まって、その様は、まさに魔神の降臨の如く。

『な、ぐも……だよな?』

光輝からの〝念話〟だ。話しかけたというより、思わず漏れ出たような掠れた声音だった。

ユエ達ですら知らなかったのだ。光輝にハジメの今の本気を知るよしもない。

加えて、その少々見慣れぬ姿にも驚きはあったのだろう。

戦闘に合わせてだろうか。髪色が白に戻っていて、黒いコートとズボン、ブーツを身につけている。が、従来と同じなのはそこまでだった。

加圧Tシャツの如く体に張り付くような、しかし、一目見て厚みがあると分かる黒のタートルネックインナー。質感からして金属製か。スマートなボディーアーマーの類いだろう。

背中側にはコートを透過してうっすらと円形の輝きが見て取れるし、腰のベルトには何かの装備が幾つも備わっている。

珍しく装飾品の類いも多い。〝宝物庫〟である指輪は言わずもがな、首からはティアドロップ型の青白い鉱石が付いたネックレスを下げていて、耳には鈍色の無骨なイヤーカフス、眼帯は付けておらず、しかし、代わりに左目にはモノクルなんて見慣れぬ物まで装着していた。

その片眼鏡に合わせて半分だけ前髪を後ろへ流したようなヘアスタイルにもなっているので、余計に印象が変わる。

光輝も見たことがない、いや、誰も見たことがないハジメの本気にして新たな戦闘装備だ。

『おぉ! ほんまに世界を超えて狙い撃ちおった! 流石は王様や!! クラス1を一撃!! あっはっは!! 痛快や!!』

ハジメの後ろから、やたらとハイテンションのイナバが飛び出してくる。

同時に、本物のカーラがいの一番に傍へ駆けつけ恭しく傅いた。

「よくやった、カーラ。観測手としては文句なしだ」

「お褒めにあずかり恐悦至極に存じますッス!」

異世界間跳躍精密砲撃。その成功の要はカーラだった。

世界が繋がっているならと試した魂魄魔法による念話。それでカーラに砲撃の観測手を頼んだのだ。羅針盤を使っても怪物は感知できない。だが、カーラは別だから。

幻影のカーラがやたらと戦場を見渡していたのも、こちらの情報を彼女の権能で直接、ハジメに伝えるため。そして、微妙に立ち位置を変えていたのは、砲撃の射角とタイミングを教えるためだったのだ。幻影の己を的代わりにして。

イナバとカーラの言動から、ようやく戦場の〝時〟が動き出した。

厄災界の者達は、ハジメが敵の新手ではなく確かに味方であろうことを理解して極度の安堵と共に。

そして、人形の怪物達は看過できない存在の出現を前に一斉に顔を向けて。

と、ハジメが認識した瞬間にはクラス1が真横に出現していた。光輝と近接戦を繰り広げていた神速の怪物だ。

当然ながら、その鋭い鉤爪は出現と同時に振り終わっていた。

同じ神速使いでもなければ認識すら不可能な、物理法則を超えた超常的速度。そして、その鉤爪は空間さえも斬り裂く。

だが、それは、

「計測開始」

ハジメになんの痛痒も与えていなかった。防がれたのではない。ただ、あり得ないことにハジメの数センチ手前を空振ったのである。

受け流したわけでも、避けたわけでもない。ハジメは微動だにしていない。なのに、クラス1の攻撃は目測を誤ったみたいに空を切った。

同時に、その時には既に終わっていた。

ドンナーの引き金が引かれていたのだ。銃口は下を向いたままなのに既に撃ち終わっていた。そして、着弾済みでもあった。

銃口の先には浮遊する流体金属の小さな輪。〝ゲート〟だ。

では、その出口は?

――ッッ!?

もちろん、神速の怪物の背中だ。

全てを呑み込み世界に還元してしまう星のエネルギー流〝龍脈〟。それを指定座標で局所的に再現する特殊弾〝疑似龍脈形成弾〟。

それが空間を飛び越え、攻撃の刹那という絶妙なタイミングを狙って撃ち込まれた。

溢れ出す純白の輝きが渦を巻きながら球体を形作る。

両者の距離的に、当然ながらハジメも疑似龍脈結界に巻き込まれる。だが、声にならぬ絶叫を上げるクラス1と異なり、ハジメは散歩でもするような足取りで外へ出てしまう。

龍脈ダイブという自殺行為に等しい苦行の成果であり、更に〝氣力〟の大本である〝地球の王樹〟の化身である神霊ライラの加護のおかげだ。

更に、ドンナーの銃口がスッとゴーストの方へ向けられた。

あまりに自然な動きで、しかも、ハジメ自身は他に気を取られているみたいに宙を見上げていたので反応もできない。

「なっ、なぜ――」

と微かに口にできたのは、己を拘束し魔力を吸い出すクラス2諸共に疑似龍脈結界に囚われた後だった。

強靱な肉体があるクラス2と違い、元々が霊体に近いゴーストである。瞬く間に龍脈の流れに呑まれて消えていく。

もちろん、本体は無事なので問題ないのだが……

己という個が消えていく感覚を味わう恐怖と苦痛はいかほどか。

何より怖いのは、果たしてこの人、ゴーストが霊体だと分かっていて諸共に撃ったのだろうか。

いや、分かっていたに違いない。カーラがわざとらしく説明していたのだし。……分かっていてください(願望)。

「や、やっぱり邪悪の化身っ」

と、どこからか声が聞こえた気がした。普段のハジメなら「〝やっぱり〟ってなんだ、おい」とツッコミを入れるところだろう。第一印象から邪悪に見えていたのかよ、と。

だが、やはりハジメは気にした様子もなくジッと天を見つめたまま。

その右目の魔眼の奥には昇華魔法の魔法陣が浮かんでいて。

「〝ルナマーレ〟――起動」

ポツリと呟かれた言葉。直後、ハジメの背中側からドバァッと鈍色の津波が出現した。凄まじい量の流体金属だ。

その一部が背後の転移門を覆い隠して硬化した直後、

「――護形態〝波〟」

残りの〝波〟が、同じようにドパァッと広がりながら襲い来ていたクラス1――光輝側に出現していた増援で形態変化自在の個体――を更に外側から覆うようにして呑み込む。

加えて、同じく光輝側の増援であるクラス1――己の周囲一帯と濁った激流のような砲撃を当てた対象に衰弱や腐敗、能力の低下や魔力阻害など著しい、かつ、ありとあらゆるデバフを与える個体――の激流砲撃を受け止める。

「――護形態〝縁〟」

いや、逆だった。まるで「ばっちぃ!」と言わんばかりに円状に穴を開けて避けてしまう。

だが実際は避けたわけではく、そこもまた〝ゲート〟だった。激流砲撃は逆サイドの流体金属ゲートから、ご丁寧にもゲートの角度をずらしながら放逐され、迫っていたクラス2の群れを薙ぎ払うようにして呑み込んでしまう。

そして、

「――戦形態〝槍〟」

激流砲撃中のクラス1に向けて、流体金属が砲塔を形成した。スパークが走り、直後、放たれたのは真紅の分解砲撃。

激流砲撃を中断して回避しようとするが砲塔は随時角度を変えて追尾し続ける。そして、途切れることもない。

流石はクラス1というべきか。分解魔法の直撃を受けても再生能力で耐えているし、なんなら反撃までしようとしているが……

実のところ、眩い分解砲撃は目眩ましのようなもので。

一瞬でも意識と視界を逸らされたクラス1の末路は決まっていた。

「二番、計測開始」

――ッッ!?

精密にして先読みされた〝疑似龍脈形成弾〟の直撃を受け、死の結界に捕まるというものだった。

「良かった。クラス1でも龍脈の結界から抜け出すのは難しいらしいな。クラスや個体によって、どれくらい消滅までの時間差はあるのか………」

横目で、未だに抗っているが徐々に消えていっている神速の怪物を観察するハジメ。

その視界には、クラス3の群れが一斉に襲いかかってきている光景が映っているはずだが、特に動くということはなく。

弾丸の如く伸びる無数の触手、最上級クラスの属性魔法の嵐、その隙間を潜り抜けてくる肉体を武器に変化させた怪物共が迫る――

その全てが、渦巻くようにしてハジメを囲んだ流体金属に阻まれた。真紅の輝きを帯びていることから、ただ流体金属だけで防いだわけではないのだろうが、それでも凄まじい防御力だ。

おまけに、攻撃の密度や規模の大きなところは厚みを増し、場合によっては高速で流れて受け流し、あるいは円錐状に硬化して攻撃を散らしたりなど驚異の柔軟性を見せている。

その流体金属の流れの隙間から、冷徹な目が覗いていた。

右の魔眼が真紅の輝きを帯び、その瞳の奥に魔法陣を浮かべている。そして、左目に装着したモノクルのレンズにはうっすらと文字やグラフのようなものが映っていた。

このモノクルこそ〝 戦闘特化型流体金属 ( ルナマーレ ) 〟を十全に操るためのデバイスなのだ。

「――戦形態〝剣〟」

ハジメを守る流体金属の大渦がスパークを放つ。真紅の輝きが強まる。

次の瞬間、剣山の如く無数の真紅の光線が放たれた。全てが分解魔法だ。それが空間を蹂躙するようにランダムに振るわれた。

クラス3は当然のように、そして、先程デバフの激流砲撃を受けて耐久力や再生力が減衰していたらしいクラス2の群れも、まとめて細切れにされていく。

なるほど。その様は確かに光線の放射や砲撃というより、無数の剣による斬撃というべきかもしれない。

「で、問題はあいつか」

ハジメの視線が正面を見やる。厄災界に絶望を突きつけた黒の肉塊だ。今や完全に結界の内側に入ってきており、そのせいか生み出す異形の数も倍速になっているらしい。

既に異形の蜘蛛は四千を超えて五千に届くだろうかという数。その先陣は、あと一分もあれば前線に辿り着くだろう。

その黒い肉塊に向けて、ハジメは肩に担いでいた長大なライフルを構えた。脇に挟みながら片腕で保持する。

改めて見れば、ハジメの長年の相棒である〝対物狙撃砲シュラーゲンA・A〟とは別物であった。

銃身が途中から上下に分かたれ、音叉のような形状になっている。サイドにはメモリのような光る部分が十個ほど並んでおり、それが今、十個目まで真紅の光を灯した。

引き金が引かれる。

戦場の空を、再びあの真紅の光が貫いた。

巨体故か、今度は少しだけ目撃する余裕があった。直撃箇所から背後まで一直線にして一瞬で貫通。そして、その貫通箇所を中心にマグマの如く赤熱化していく全体。

抵抗はなかった。あるいは、したのかもしれないが意味はなかった。

あれほどの絶望をもたらした存在が、次の瞬間、内側から熱膨張により限界を迎えて破裂でもしたみたいに消し飛んだ。

対象を融解・消滅させる真紅の光は、そのまま迫る異形の蜘蛛の大群を薙ぎ払っていく。照射範囲に入った存在は例外なく同じ末路を辿ることになった。

――新兵器 荷電魔粒子砲 パレリオン

荷電粒子砲という兵器はSFでお馴染みだろう。荷電させた粒子を電圧により亜光速まで加速させて撃ち出す兵器のことだ。

非現実的な電力量、大気による減衰、地球の磁場による直進困難性、数キロから数十キロに及ぶ加速器の長大さ等々、様々な技術的ハードルがあり実現不可能とさえされている兵器だ。

だが、ハジメには手立てがあった。

無限の魔力と電気の相互変換技術、歪曲や拡散を防ぐ重力干渉技術、バレルの中を十数キロに空間拡張可能な空間干渉技術等々。

SFの兵器であるが故に、その威力や効果は予測の域を出ない。しかも、魔素という本来とは違う粒子をも利用している。

なので本来の荷電粒子砲と同じ効果なのかは疑問だが……

結果はこの通り。

光速に限りなく近い速度まで加速された魔素と重金属粒子(これには重力魔法が付与された金属粒子も含む)の衝突により、まず対象の原子と魔素、あるいは固有のエネルギー粒子が物理的に破壊される。この効果により魔法的な結界も肉体強度も、ほとんど無視することできる。

更に、様々な波長の電磁波や摩擦により過熱・融解・沸騰・プラズマ化などが起こり、内外から凄まじい熱量により消滅することになる。というわけだ。

スパークを放つ荷電魔粒子砲パレリオンを再び肩に担ぎ直すハジメ。

戦場は再び止まっていた。

唖然としたのもあるが、脅威となる敵の戦力が激減したからだ。

有り体に言えば、手持ち無沙汰にすらなってしまった者が多数いるという感じだ。

「は、はは……なんだよ、南雲の奴」

そんな戦場の様子を感じながら、同じく一息つけてしまっていた光輝が声を漏らした。

建造物の頂上を見上げる。遥か高き山を見るように。

「……少しは追いつけたかと思ったのに、また引き離されたなぁ」

その瞳には、隠しようもなく悔しさが滲んでいた。

だが、どうしたことだろう。徐々に浮かぶ苦笑の中に、少しの嬉しさと、むしろ薪をくべられた炎のような強い闘志が感じられるのは。

そんな光輝に気が付いたのかどうか。

「うわぁっ!?」

いきなり流れ込んできた大量の魔力に思わず悲鳴を上げる光輝。見れば、胸元のネックレスが輝いている。ハジメから無限の魔力が供給されているのだ。

『おい、お姫様気取りのクソ勇者』

「! お姫様気取り?」

『誘拐されまくるキャラと言えば姫だろう。また誘拐してもらえて楽しいか?」

先程までの表情が一瞬で消えちゃう光輝くん。代わりに、額にはくっきりはっきりと青筋が浮かんだ。

「すみませんねぇ、毎度助けにきていただいて。クソ魔神様のお手を煩わせてしまって……本当に気分爽快です!」

天剣がすっごく明滅している。光輝様! 落ち着いてぇ! というアウラロッドの声が聞こえてきそう。

だが、いつもならそのまま舌戦に入るだろうハジメは、今回ばかりは勇者で遊ぶ気はないらしい。完全武装で来たことからも油断のなさが窺える。

『後はお前がなんとかしろ。さっきから、そっちの二体がうざい』

光輝が最初から戦っていたクラス1二体のことだ。

何もしていなかったわけではなく、実はずっとハジメに攻撃していたのだが、その全てを無効化されていたらしい。

ハジメのネックレスだ。今のハジメが可能な魔法的防御技術の粋を詰め込んだ最新のタリスマンである。

最初に神速の怪物が目測を誤ったように空振りしたのも、このタリスマンの機能――ハジメの周囲の空間を最大で一メートルほど拡張する空間魔法――のせいだったのだ。

『ユエ達を呼ぶにも最低限の安全性と、その根拠を確かめておきたい。一応、この結界は解析したが……いつ消えるかも分からないからな』

なるほど、もっともである。ハジメが一人で来るわけだ。なお、リーさんが戻ってきていないのは、ユエ達に渡せるだけの情報を共有しているからである。

『騒動の根本を断つにしても、まずは情報がいる』

「そうだな。分かった。無限の魔力があるなら問題ない。ここは任せてくれ」

光輝が頷いた直後、凄まじい速度でイナバが跳んできた。光輝の援護を頼まれたのだろう。おそらく、他の戦域ではカーラも再び援護に動き出しているに違いない。

二人も無限魔力の供給を受けているようで、随分と増大した力の気配を感じる。

『それじゃあ頼んだぞ、クソ勇者』

「感謝の分くらいは働くさ、クソ魔神」

軽口の後、ハジメの気配が建造物の天頂から消える。あの強大な気配も引っ込めたようだ。どうやらクリスタルキーで転移したらしい。

それを見届け、光輝は聖剣と天剣を構え直した。

そして、

「絶対に追いついてやる――〝限界突破・覇潰〟」

クラス1の〝限界突破封印〟を遂に打ち破り、純白の魔力を噴き上げたのだった。

一方、転移したハジメはというと。

「驚いたわ。ここは空間的に遮断されているはずなのだけど……」

不思議な空間だった。真白で、しかし、壁や天井、床がよく分からない。地に足を付けている感覚はあるのに床との距離感が図れないのだ。

ハジメは思った。まるで、かつてエヒトと戦った〝神域の深奥〟のようだな、と。

「……それは……概念魔法を込めたカギ? なるほど、それなら入って来られるのも納得だわ」

正面を見やる。話しかけてくる白衣の女の、その容姿を見て目を細める。

だが、それも束の間のこと。直ぐに彼女――主任の背後に浮かぶ小さな小さな苗木のようなものへ視線を向けた。

「南雲ハジメだ。あんたが、ここの責任者――マーキュリース研究主任でよかったか?」

イナバ達から聞いていた主任の名を口にするハジメ。

主任――マーキュリースは無表情のまま静かに首肯した。

「勇者殿から聞いてはいたけれど……想像以上だったわ。うっかり腰が抜けるところだった。今も少し恐怖を感じているわ」

確かに、マーキュリースからは少しの緊張が感じ取れた。

「無駄話をしている余裕はないと思うが」

「ええ、その通りね。事情を説明しましょう」

ハジメが冷徹な眼差しを向けると、マーキュリースは少しだけ立ち位置をずらした。

それで、宙に浮く苗木が良く見えるようになった。と、その直後、苗木から光が溢れ出し、何かの形を作り出した。

「それは、この世界の大樹の?」

「ええ、〝核〟よ。そして、この子が――」

ふわりっと宙に浮きながら姿を見せたのは純白の猫だった。輪郭があやふやで今にも消えてしまいそうだが、確かにそこに存在していた。

「化身か」

「化身……なるほど、そういう表現をするのね。こちらでは〝理管補助システム〟、または単に〝理管者〟と呼んでいるけれど」

「……」

少し考える素振りを見せるハジメに、マーキュリースはそれを読んだように「あぁ」と頷いた。

「疑問はもっともね。考えているのでしょう?」

「……ああ。もしかしてだが、その化身は人工の――」

「〝者〟と言いながら、なぜ〝猫様〟なのかって」

ハジメさん、思わず「うん?」と素で困惑の声を漏らしちゃう。でも、マーキュリースさん的には普通に肯定の「うん」に聞こえたらしく。

「もちろん、猫様が素晴らしい生き物だというのはあるわ。絶滅してしまった猫様達を想い、この形に設定したというのは確かにある」

目をぱちくりしているハジメに背を向け、マーキュリースさんは猫様を愛しげに撫でた。

無表情がデレッと崩れる。猫好きというのは本当らしい。

だが、直後には元の無表情に、

「けれどそれ以上に、ね。世界がこんな有様だから……」

否、キリッとした真面目な表情になって、力強い声音で言った。

「猫の手も借りたい――ってね」

しんっとした空気が漂った。見つめ合うことしばし。

「あ、こちらの世界の慣用句よ。手が足りない状況では、世界一可愛いけれど役に立つかと言われればそうではない猫様の手も――」

「説明はいい。こちらの世界にも猫はいるし、同じ意味の慣用句もある」

「あら、奇遇ね? 危惧だらけのこの状況で――ってね」

取り敢えず、ハジメは力を解放した。

強烈すぎる無言のツッコミを前に、マーキュリース主任は今度こそ腰を抜かしたのだった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

荷電粒子砲に関しては、白米、完全ににわか知識ですので、なんかすげぇ兵器なんだなぁと大目に見ていただけると幸いです。

※ネタ紹介

・前話と続きのタイトル。

元ネタは『たとえ明日世界が滅びるとしても、今日、僕はリンゴの木を植える』で、宗教改革者マルティン・ルターの言葉だそうです。