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全世界防衛戦④ それぞれの防衛戦 上

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全世界防衛戦④ それぞれの防衛戦 上

少し遅れました!すみません!

一般的には夜のゴールデンタイムと呼ばれる時間帯。

南雲家でも普段なら家でのんびり団欒するか、趣味に没頭しているであろう頃合いに、

「「お疲れぇ~~いっ♪」」

なぜか、ちょっと巻き舌で互いを労う 愁 ( しゅう ) と 菫 ( すみれ ) の姿が、とあるレストランの一席にあった。

グラスを傾け合い、にんまり笑みを浮かべ合いながら一口。

「くぅ~~、鉄火場を乗り切った後の一杯は格別だぜぇ」

「五臓六腑に染み渡るたぁこのことねぇ~~っ」

まるで居酒屋のおっさん達である。だが、声は控え目で、仕草も傍目に上品にワインを味わう夫婦にしか見えない。

一応、格好も普段とは違いカジュアルフォーマルというべきか。それほど堅苦しくはないが、普段着よりはずっと上品な装いだ。

それもそのはず。このお店、店のグレードも高ければお値段も高い。明確に決まってはいないが暗黙の内にドレスコードを意識すべきような店だ。

都市の中心部に近く、大通りには人・自動車にかかわらず交通量も多い。この町においては完全な一等地なのに店内は広く、そして煌びやかだ。

大通りに面した側はガラス張りだが、着席すれば美しい花壇と 生垣 ( いけがき ) ――子供の背丈くらいの可愛らしく剪定された木々が歩道からの視線を隠してくれる。外の喧噪も驚くほど届かない。

そんな普段なら仕事上の会食でしか来ないような良いレストランの窓際の席に、二人はいた。

では、なぜ二人がこんなところで食事をしているのかといえば、愁の言葉通り、仕事を無事に終えたからだ。

息子夫婦と友人達が異世界旅行に行っている間、二人共に鉄火場にいた。菫は読み切り漫画のため、愁は新作ゲームの発売に向けて。

本日は、その打ち上げと自分達へのご褒美、そして夫婦水入らずのデートを兼ねて良いお店に来たというわけである。

「いやぁ、一ヶ月を目安にやる仕事を半月で終わらせるのは、流石に堪えたなぁ」

「言いたくないけれど、もう歳ねぇ。エミリーちゃん特製エナドリとアーティファクトでの常時回復がなかったら無理だったわ」

「それな」

そうなのである。本当は納期まで後半月は余裕があったのだ。

それでも、アシスタントさんや社員達の協力を得て半分の時間で終わらせたのは、

「だが、これで気兼ねなく夏休みの後半を堪能できる。そう……」

「ええ、そうよ。私達と…………可愛い可愛いミュウちゃんとのね!!」

いえぇ~いっと再び乾杯。

だって、ずるいじゃないかって思ったのだ。ミュウちゃんと夏休みの思い出を作る権利はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにだってあるはずだ。

種々の事情から納得して異世界旅行に送り出しはしたが、それはそれ、これはこれだ。

ハジメ達は大学生なので九月中も休めるが、ミュウはそうはいかない。孫娘の夏休み後半は我々のものだ! というわけである。

ちなみに付き合わされたアシスタントさん達と社員さん達は、もちろん、当初こそ「無茶だ!」「勘弁してくださいよ……」と嘆き、拒否しようとした。

当然である。いや、気持ちは分かるよ? 馬鹿正直に「孫と遊びたいのぉ~~っ」と駄々こねるし、旅行においていかれると聞いた当初はすんごいしょんぼりしていたし……でもさぁ~~っと。

そんな彼等・彼女等に、スミレ大先生と愁社長は言った。わざわざ椅子の上に立って、ちょっと高いところから両手を大きく広げて。

――八月の半分を貴様等にやろう!

そんな、まるで世界の半分を分けてくれる魔王みたいなセリフと、特別ボーナスの額を聞いて、特別ボーナスの額を聞いて!

アシさん達&社員さん達は一斉に「私達は鉄火場を愛してます!!」と心臓を捧げる敬礼をしたり、「社長がミュウちゃんと遊ぶ時間くらい、稼いでみせますよ……なぁに、直ぐに終わるさ」と勇者を先に行かせる戦士みたいな不敵な笑みを浮かべたりして掌ドリルした。

スミレ先生も、愁社長も、これにはニッコリ。そんなお前達が大好きさ! と。

「予定だと明日か明後日だよな。帰ってくるの」

「そうね。まぁ、時間差のある世界にも行くから、もしかしたらもう少しずれるかもしれないけれど、とは言っていたけれどね」

「それでもお盆中には帰ってくるだろう。父さん達も帰省を楽しみしているし、ハジメも久々に爺ちゃん達に会いたいから間に合わせるとは言ってたからな」

「〝箱庭〟に招待すると言っていたけれど……大丈夫かしら? うちの親もお義父さん達も。ハジメのお嫁さん事情を知った時でさえ魂が抜けかけてたのに」

「……ま、まぁ、そこはほら、死んでも蘇るから(震え声)……」

世間ではお盆休み期間だ。その間なら各家でも休暇中だろう。〝宝物庫〟と許可があれば、どこにいても〝箱庭〟に接続できる。それなら旅行最終日に少し実家を抜け出して、〝箱庭〟に集まりBBQするのも可能だろう、という計画を聞かされているのだ。

少なくとも今回、旅行に同行した各自の家族は了解済みである。

と、そこで料理が運ばれてきた。

しばしの間、雑談に興じつつもコース料理に舌鼓を打つ。

そうしてメインの料理を半分ほど食べた頃合い。

「お?」

ジャケットの内ポケットから伝わる振動が、連絡が来ていることを知らせてきた。

今は妻とのデート中だ。後で確認すればいいだろうと無視するが、振動の長さ的に電話らしい。

チラッと 菫 ( すみれ ) を見やる。それで菫も察したらしい。時間帯が時間帯なので誰だろう? 息子達はまだ異世界のはずだけれど……と訝しみつつも視線で促す。

スマホを取り出した愁は目を丸くした。

「レミアちゃん?」

「へ?」

思わず出た声に、菫も口に運ぼうとしていたフォークを止めてしまう。

異世界にいるはずの相手、しかも何故かハジメではなくレミアから。

予想外すぎる相手に顔を見合わせる愁と菫。

ともあれと電話に出る。口元に手を当て、他の客に迷惑にならないよう声を潜める。

「レミアちゃんかい? いったいどうしたんだ」

『お義父さん、良かったです、出てくれて。お義母さんも一緒ですね?」

思いのほか真剣な声音だった。ただでさえ、レミアの声音はふんわりほわほわがデフォルトだ。なのに、今は鋭ささえ感じる。

何か起きた。それも良くないことが。そう察して愁の顔色が変わる。

「ああ、一緒だよ」

どこのレストランにいるか口にしつつも愁はポケットからワイヤレスイヤホンを取り出した。接続し、片方を 菫 ( すみれ ) に渡す。これでスピーカーモードでなくてもレミアの話が聞ける。

『状況を説明します』

真剣ながらも穏やかな、落ち着いた声音がイヤホン越しに届く。

流石はトータスで種族間の調整役をやっていただけはある。日本移住後もティオと共に社会的地位を築き、特異な家庭環境となった南雲家とご近所さんの関係を今まで以上に良くしてくれたコミュ力お化けの事情説明は簡潔で巧妙だった。

とんでもない事態になっているというのに、驚きはすれど心は波立たず、すんなりと頭に入ってくる。

「……なんというかもう、ほんと……うちの子はそういう星の下に生まれているとしか言えないわねぇ」

「まったくだ……」

二人して頭を抱えずにはいられない。

食事の手が止まったままテーブルに肘をついて両手で顔を覆う夫婦の様子に、店のスタッフも周囲のお客さんも何事かとチラ見をしている。

「それで、念のために直ぐ家に帰れということね?」

『はい。夫婦水入らずのデート中に申し訳ないですが……』

テーブルの中心に差し出されているスマホへ、菫が少し身を乗り出しながら確認する。本当に申し訳なさそうな声音に、夫婦揃って苦笑い。

「いやいや、レミアちゃんのせいじゃないんだから謝らないで。それより、私達が狙われてるの? どうも、そんな規模の話には思えないけれど」

かつての、政府や組織がハジメ達に言うことを聞かせるべく家族を狙った〝帰還者騒動〟とは訳が違う。

『具体的に狙われているという情報はありません。あくまで念のためです』

と、口にしながら続けるレミア曰く。

今、レミアは一人で南雲家に戻っているらしい。

ユエは無限魔力の確保と全異世界間伝達網の構築と各位への説明のため直ぐにトータスで対応しなければならず、シア達も防衛戦のため即座に救援に向かう必要があった。

連絡役をレミアに任せたのは、そのためだ。同時に、他にも幾つかの役目が与えられていた。

転移で南雲家に戻り、家の防衛機構を最大限で稼働させること。

〝帰還者達の邪魔をしろ〟という〝無神〟からの指示を達成するために、崇拝者や操られた者達が〝人の思考〟によって〝人質〟という手段に至る可能性は十分にあることから、南雲家をシェルターとして受け入れ態勢を整えること。

拠点たる南雲家にて、ハジメがあらかじめ作製していた、いざという時に狙われかねない者達を列挙した〝避難者リスト〟をチェックすることだ。

現在、優花達を始め帰還者仲間に連絡を取り、その家族や親しい者達の避難を手分けして行っているところらしい。

『加えて、今は全ての都市部が危険です。ユエさん曰く、これから先、どの都市部で、いつ〝無神〟が出現するか分からないとのことです。ただ戦闘に巻き込まれるという状況もあり得ます』

テロのように超常的な存在が街中に出現し、暴れるかもしれない。あるいは怪獣系の映画のように。

創作物にどっぷり浸っている二人だからこそ、なんとなくイメージできたのだろう。

これから起き得る最悪の状況に、ごくりっと喉が鳴った。現実的脅威が実感を伴って浸透してきたかのようだ。

『それに……お義父さん達の安全が確保されていることが、ハジメさん達が最大限に力を発揮するための何よりの力になります』

一瞬、胸に過った。いつどこで死人が出るか分からない状況なのに、自分達だけ安全な場所に避難する罪悪感が。

それを見透かしたような言葉だった。

いずれにしろ、自分達にできることはない。問答しているだけユエ達の邪魔になる。と、顔を見合わせ頷く愁と菫。

「分かったよ。直ぐに戻る。一時間くらいで家に――」

『いいえ、ゲートキーを使ってください。車は後で回収を』

当然と言えば当然だが、愁も菫も万が一に備えて複数のアーティファクトをハジメから受け取っている。

あらゆる攻撃に対して自動で発動するタイプが大半だが、魔力がなくてもアーティファクト自体の内部魔力とスイッチ一つで発動する便利道具タイプも豊富だ。

その中には家に直通の専用ゲートキーもあった。見た目は普通の、けれど水晶の質感の鍵だ。家の鍵と同じキーケースに取り付けてある。

なので守りも逃走も万全と言えば万全なのだ。本当に念のため、あるいはハジメ達の安心のために家に居てほしいということなのだろう。

「わ、分かったよ。店を出て、目立たない場所で使うとしよう」

「連絡ありがとね、レミアちゃん。直ぐに戻るから」

食事を残すことに心の中で謝罪しつつ立ち上がって帰り支度を始める二人に、流石に様子見できないと給仕が寄ってくる。周囲のお客さんも、いよいよ視線を隠さずに注目してきた。

その時だった。

「あ、あなた……」

菫が手に取ったカバンを見て目を見開く。カバンにキーホルダーのように付けていた〝お守り〟が振動していた。一般的な刺繍の美しい布製のお守りだ。だが、中身は言うまでもなく鉱石製の〝プレート型タリスマン〟だ。

それが反応している。

すなわち、なんらかの攻撃を受けている。

サァッと顔色が変わる菫と愁。電話の向こうで雰囲気の変化を感じ取ったのだろう。レミアが『どうしました?』と尋ねるが、それに言葉を返す時間はなかった。

強烈な光が差し込んだ。

ハッと光源の方を、ガラスの壁越しに大通りの方を見やる。

直ぐそこに強烈なヘッドライトが迫っていた。

目が眩む。なのに、全てがスローモーションになったかのように認識できた。呆然と危機感の中間のような言葉にできない感覚が体を支配する。

それでも愁の体は無意識に動いていた。妻を守らんと手を伸ばす。

そして。

轟音、破砕音。

耳をつんざくような破壊の音が響き渡り、一拍遅れて悲鳴の合唱が響き渡る。

安全圏の席にいた者達が、信じ難い光景に呆然としている。

一見すれば事故現場だ。衝撃映像100連発! みたいな番組で見るような光景だ。

大通りから歩道を突っ切り、生垣とガラス張りの壁を突き破って車が突っ込んできたのだ。大きなワンボックスカーだった。

だが本当に驚愕すべきは、呆然としてしまっている理由は、別にあった。

「素晴らしい。いつ見ても美しい夫婦愛だ」

「ええ、流石は姫様の祖父母様です」

その突っ込んできたワンボックスカーを、男が片手で止めていた。止めているように見えた。

ブラックスーツを着た男だ。とんでもない美貌である。長身と骨格から男だと分かるが、そうでなければ絹糸のように美しい光沢を放つ長い銀髪のせいで横顔は女性にも見える。

伸ばした片腕の掌はワンボックスカーのフロント部分にめり込んでいる。

その後ろには金髪をうなじ辺りで結ったスマートかつ威厳を感じる女性がいた。凜とした空気が似合う、男に負けず劣らずの美貌の持ち主だ。

そして、その女性の背後に愁と菫はいた。愁が菫を抱えるようにして膝をついている。菫もまた愁の背に手を回していた。

まるで、窓際からそのままスライドしてきたような態勢と位置だ。

ブラックスーツの男女の視線は、そんな愁と菫に向いている。なんとも微笑ましげな表情である。

「た、助かった?」

「ど、どうなって……」

困惑しつつも顔を上げる愁と菫。酷い有様だ。料理もテーブルも散乱している。だが、どうしたことだろう。物損に比して倒れている人がいない。

なんとなく覚えている周囲の席に座っていた客達も、尻餅こそ突いているが事故現場から離れた場所にいる。

二人の視線は自然と、自分達を庇うようにして立っているブラックスーツの男女へ向いた。

目が合う。愁と菫は揃って目を見開いた。そして、やっぱり息ぴったりに叫ぶ。

「「ナンデェ!? ナンデココニセフィ○スとセ○バー!?」」

思わず某ニンジャがスレイヤーしちゃう世界の人みたいな口調になっちゃうくらい衝撃を受けたらしい。なんなら事故の衝撃より響いていそう。

無理もない。だって本当にそっくりだったから。愛して止まない某有名ゲームに登場する超有名キャラに。二人の大推しキャラに!

この反応にはブラックスーツの男女もニッコリ。

姿形なんて自在に変えられるので、わざわざコスプレしてきた甲斐があるというもの。何せ直接お目にかかるのは初めてなのだ。ならば、お二人の最推しキャラにならなくてどうするよ! と内心ではドッキリ大成功で大歓喜である。ロールプレイ中なので表には出さないが。

なお、ブラックスーツ姿なのは、姫様をお守りするために表に出ざるをえなくなった場合に、格好的に周囲から浮きすぎて姫様に恥を欠かせないよう普段から用意していたからである。今回も一応、同じ理由だ。

「私のことは、どうか〝る~ちゃん〟と」

「〝ま~ちゃん〟と呼んでください。直接話せて光栄です」

愁と菫は顔を見合わせた。それって、確かミュウちゃんの大罪戦隊デモンレンジャーさんの愛称じゃあ……

え、待って。つまり、この二人は七大罪の魔王……

大正解である。

万が一があってはいけないと魔王を二柱も送り込んだのは誰かなんて言わずもがな。姫様の進言に司令官が即OKを出したのも言うまでもない。

一応、言っておくと。

仮に助けがなくても何も問題はなかった。自動で展開する障壁が完全に防いでいたし、なんなら愁と菫の影には最高位クラスの悪魔が控えている。

レミアが有無も言わせず二人の帰宅を促したりせず、まず事情説明から入ったのは実際に何かあっても問題などなかったからだ。

つまり、完全なる過保護である。影の中の悪魔さんも「俺の出番……」と絶賛嘆き中。

ということを察して思わず困った表情になるも、愁と菫が口を開く前に事態は動いた。

ワンボックスカーから人が飛び出してきたのだ。黒尽くめの人間が複数人。その視線が一斉に愁と菫に向けられる。

更に、レストラン内にいた客の幾人かが白目を剥いたかと思えば、ナイフを持ってジリジリと包囲してくる。

念のためと思っていた懸念は、どうやら的中したらしい。

帰還者や、その親しい者が超常的な力を使うことは知っているのだろう。あるいは、会話なり唇の動きなり読んでいたか。

なんらかの術をかけようとしても弾かれ、 人気 ( ひとけ ) のないところで襲おうにも逆に人目がないことで逃げられる可能性が増えることを考えて、こんな強攻策に出たに違いない。

「我が名にかけて」

「指一本触れさせません」

〝るーちゃん〟と〝まーちゃん〟はノリノリで応戦した。本当なら指先さえ動かさず消し飛ばせるのに、わざわざ長大な太刀や荘厳な剣を出したり。

何が起きているのかさっぱり分からない店内の客と外の野次馬を前に、何が起きているのか分かりやすいよう、かつスマートな大立ち回りを演じる。

それはまさに、 殺陣 ( たて ) だった。計算され、演出を意識し、観客を沸かせるために考え抜かれた一つの舞台だった。

襲撃者側が不可思議な超常現象を起こしたり、触手のようなものを出したりするので余計に現実感がない。

なんかもう本当に訳が分からなかったが、ともあれ目の前で起きている戦いは、なんか凄い。呆然とし、あるいは怯えていた者達も次第に「お、おぉ~」と歓声を上げちゃうくらい。

もちろん、愁と菫は大興奮。立ち上がって応援だってしちゃう。

たった今、死にかけ――いや、目的を考えれば殺す気はなかっただろうが、少なくとも重傷を負っただろう襲撃を受けたとは思えない瞳のキラキラ具合だ。

やがて、既定路線をなぞるように勝利を収める二人。

最初の襲撃者以外にも続々と集まってくるうえに、周囲を盛大に巻き込もうとしてきたので最後の方はちょっと演出を端折ったが、実に満足そう。

二次創作じみたあり得ない共闘に、愁と菫は思わず拍手を送る。

〝る~ちゃん〟と〝ま~ちゃん〟――愁と菫の護衛というには過剰戦力もいいところである魔王達は、恭しく愁と菫の前に傅いた。

ざわっとする。美しく強い男女が、夫婦の前に頭を垂れているのだ。この時ばかりはロールプレイではなく、魔神と認める男の両親への敬意を優先したのだろう。

だが、そんなこと知らない周囲からすれば、「あの夫婦、いったい何者だ!?」である。

「改めて、お迎えに上がりました」

「転移します。どうぞ、驚きませぬよう」

「「あ、はい」」

急な雰囲気の変化に戸惑っている間に、周囲が闇に包まれた。一斉に灯りが消えたのだ。

そうして、一拍。

周囲一帯の停電に人々が驚きをあらわにするより早く、文明の光は元に戻り。

残されたレストランの人々は再び唖然とすることになった。

そこにはもう、あの夫婦の姿も美男美女も、そして倒れ伏した黒尽くめの男達の姿さえもなくなっていたから。

ただ、残されたワンボックスカーと散乱した店の有様だけが、今の事態を現実だと伝えていて。

「な、なんだったんだ……」

誰かが呟いた。狐につままれたような表情で。

だが、彼等は直ぐに知ることになる。今夜は長い夜になることを。

夢でも幻でもなく。

この世には確かに超常的な力と怪物が存在することを。

一方、同時刻。

一台のミニバンが高速道路を走っていた。

運転しているのは優花の父――園部 博之 ( ひろゆき ) だ。助手席には妻―― 優理 ( ゆうり ) がいる。二人揃ってチラッとバックミラー越しに後部座席を見やり、顔を見合わせ苦笑い。

「はぁ~~~~っ」

「優花ねぇがいないとか聞いてねぇし……」

クソデカ溜息と不満たらたらの声が響いてくる。お手本のように、ふてくされた様子の少年少女がいた。小学校の高学年くらいだ。

少女は髪を染めているようで、緩くウェーブした茶髪の毛先を指先で弄っている。足を組んで唇を尖らせていた。ファッションといい、小学生ギャル……みたいな雰囲気の子だ。

男の子の方は逆に真面目な優等生といった感じの雰囲気だ。服装も実に落ち着いている。清潔感があり、逆に小学生にしては行き届きすぎではないかと思うほどキッチリしている印象だ。

なお、溜息を吐いたのが男の子で、文句を垂れたのが女の子である。

優花にとっては〝はとこ〟に当たる親戚の子達だ。博之の従弟に当たる夫妻の子供達で、男の子が 叶野 ( かのう ) 響 ( ひびき ) 、女の子が 奏 ( かなで ) 。双子である。

「あはは、ごめんなぁ。優花は旅行中だから」

「あと二、三日で帰ってくる予定なのだけど……」

困り顔で、今日何度目かの優花がいない事情を話す博之と優理。しかし、響と奏の表情は晴れない。むしろ、ますます不満顔になる。

その態度から分かる通り、この二人、ものすごく優花スキーなのだ。奏のファッションは優花リスペクトなのは言わずもがな、響が頑張って身なりを整えているのは異性として少しばかり意識してしまっているからである。

従弟夫妻と園部家は仲が良く、割と頻繁に会う間柄だ。双子も物心がついた頃から優花に遊んでもらっていて、そこに、あの優花の面倒見の良さである。

格好良くて料理も上手。サバサバした感じなのに何かと世話を焼いてくれる。

双子ちゃんが姉スキーにならないわけもない。

さて、ではそんな親戚の双子ちゃんが、なぜ園部家の車に乗っているかというと、単純に親の仕事の都合だ。

お盆休み返上で急遽仕事が入ってしまい、一応、実家には帰省するつもりではあるが園部家の予定とは合わないかもしれない。

と、両親から告げられて、なんと双子ちゃん、勝手に電車に乗って園部家にやってきてしまったわけだ。

大学に入ってから忙しい優花とは最近とんと会えず。

お盆休みには会えると聞いて楽しみにしていたのに、その機会もなくなりかけて、ついに我慢できなくなったらしい。

なんならサプライズも兼ねて、何も言わず優花ねぇに会いにいってやろうぜ、と内緒で来たわけだ。

で、優花が長期旅行中だと知って愕然。閉店後の店で夕食を食べさせてもらって、現在、送り返されている途中……というわけである。

「いえ、僕達の方こそすみません。勝手に来ちゃって……」

「優花ねぇが旅行に行くっていうのは聞いてたけど、まさか二週間も行くうえに連絡が取れなくなるなんて思わなくて……ごめんね、おじさん、おばさん」

不満の後にはしょんぼりが来る。優花に会えなかったのもそうだが、博之と優理のことも好きなのだ。迷惑をかけた自覚があるのだろう。

「いいさ、気にしなくて。ただ、お父さん達には謝りなさい。心配しただろうからね」

「「はぁい……」」

博之と優理は視線を交わした。普段の優花なら双子ちゃんに旅行期間くらい伝えるだろう。きっと、いろいろはぐらしたからに違いないのだ。このすれ違い騒動の原因は。

その理由も明白である。

叶野家にも祖父母の家にも、当然ながら優花の失踪事件の真相は伝えてある。

ただでさえ憧れの親戚のお姉さんだった優花が、異世界から生還して更に強く格好良くなっていて、更には魔法まで使えてしまうのだ。

特別感はマシマシ。二人の憧憬と尊敬の念は今や留まるところを知らない。

もっと冒険譚を聞かせて欲しいとせがむのは当然で、そうなれば優花が断れるはずもなく、そして、話せば話すほど滲み出るのも当然だった。

そう、あの男に関するあれやこれやな感情が。

双子ちゃんが、おやぁ? と思うのも自然だった。

しまった! と思った優花は、それ以来、怪しむ双子ちゃんの質問をはぐらかし続けている。今回の旅行の件も同じようにしたに違いない。

「優花には折を見て顔を出すよう伝えておく――」

博之がフォローの言葉を口にしている途中で、優理のスマホが着信を知らせた。

「あら、優花だわ」

「「優花ねぇ!!」」

双子は一瞬で復活した。目をキラキラさせて後部座席から身を乗り出してくる。

ちゃんと座りなさいと言いつつ、スマホをポチッ。

『お母さん? 今どこ? なんで家にいないの?』

ちょっと焦ったような声音に、優理は目をパチクリ。

「優花ったらどうしたの? まだ旅行中じゃないの?」

『後で説明する。とにかく、今どこ? お父さんは一緒?』

「え、ええ。一緒よ。響くんと奏ちゃんが家に来てね、今、お家に送っているところよ」

『え? 響と奏が?』

響と奏が元気いっぱいに声を張り上げる。自分の存在をアピールする。

スピーカーモードにしてあげると、途端に安堵したような吐息と、次いで微笑ましそうなクスリッとした笑い声が聞えてきた。双子ちゃんの表情がにへっと緩む。

『お母さん、スマホの位置情報、共有してくれる?』

「え? 別にいいけれど……」

困惑しつつも言う通りにする優理。電話の向こうから『ん、これなら直ぐに追いつけるわね』という声が聞こえてくる。

『次のサービスエリアで合流しましょ。先回りするから』

「え? えぇ? 先回りって……」

ますます困惑する優理。流石に何かおかしいとスピーカーモードにして博之にも聞こえるようにする。

「ちょっと優花。ちゃんと説明して。何があったの?」

『う~ん、いろいろ事情が入り組んでるというか、スケールが大きすぎて、どこから説明すればいいのかって感じなんだけど……』

それでも、どうにか説明することしばし。

車内は案の定、ただただ困惑だけがあった。いや、いきなりそんなパニック映画みたいなことを言われても……と実感が欠片も湧かない様子だ。

『ま、まぁ、あれよ! 南雲のご両親とか香織達とかならともかく、ただの元クラスメイトの家まで狙われる可能性は低いと思うから心配しな――』

「「なるほど。うちもヤバそうだ(ね)」」

『なんでよ!?』

両親の声音が一気に真剣味を増した。

いやだって、帰還者騒動の時だってピンポイントで狙われたじゃない。〝魔王の愛人〟の家として。という言外の雰囲気が通信越しでも伝わったのか。

『あ、ん、いや、違うし!』

誤魔化しにも言い訳にもなっていない言葉が響く。双子ちゃんがいるから優花も博之達も具体的なことは言わないが、でも、双子ちゃんは鋭い。ジ~ッと訝しむ目を向けてくる。

『とにかく、念のため! あくまで念のために合流す――え? なに? はぁ!? 襲われた!? えっ、そんな堂々と!?』

唐突に伝わってくる優花の驚愕。『うん、うん……無事なのね、良かった。でも……そう。懸念は当たったんだ……』とも聞こえてくる。

不穏だ。再び顔を見合わせる博之と優理。その直後だ。ふとバックミラー越しに届いた後続車のヘッドライトが気になって視線を移す。

「な、なんだ? なんだか凄い速度を出してないかい?」

「え?」

優理も遅れてサイドミラーで後ろを見る。一台の車が右へ左へ、走行車線と追い越し車線を行き来しながら後続の車を次々に抜き去って進んでくる光景が。

あっという間に直ぐ後ろまで迫ってくる。嫌な予感が背筋をゾワゾワと震わせた。

『お母さん? どうしたの?』

「いえ、なんだか一台、物凄く危ない運転をしている車が、ね……」

と言っている間にも、その車両は園部家の車に並走した。だが、抜かない。あれほどの速度を出していたというのに、追い越し車線側で減速して並んできた。

黒塗りのワンボックスカーだ。

思わず相手の運転席を見やる。運転席と助手席に男達がいた。特に特徴のない作業着を着て帽子を目深に被った男達だ。

だが、普通ではなかった。明らかに顔がこちらを向いていた。まるで、こちらの車の中を覗き込んでいるかのように。

「ひっ」と優理から小さな悲鳴が出る。博之の顔も強張った。不穏な雰囲気を感じたのだろう。双子が不安そうに視線を彷徨わせている。

不意に、黒のワンボックスカーが緩やかに離れた。前や後ろではない。横にふわりと中央分離帯の方へ。

嫌な予感が、ぶわりっと湧き上がった。総毛立つとはこのことか。

「正気か!?」

思わず叫ぶ博之。予感は正しかった。ワンボックスカーが一気に寄せてきたのだ。真横からの体当たりだ。

咄嗟にハンドルを切り、ブレーキも踏んで回避しようとする。

だが、結果的に彼等の無茶無謀は成功しなかった。

衝撃音。揺れる車体。ただし、園部家の車ではなくワンボックスカーだけ。

「あ、あれは……」

「え、ええっ!? お、オオカミ!? いや、オオカミ? ってかデカ!? なんでオオカミがデカ!?」

「お、おおおおお、おじさん!? 何がどうなって!?」

奏と響が怯えながらも驚愕している。その反応も当然だろう。

何せ視線の先には、真横からの衝撃で蛇行運転しているワンボックスカーと、その原因――衝突寸前で園部家の車両の影から出現し、逆に体当たりをかまして守った存在がいたから。

傍目には、翼があり尾が蛇になっている黒い狼だ。ワンボックスカーと同等の大きさで、時速八十キロは出ているのに苦もなく並走している。

『お母さん!? どうしたの!?』

「ゆ、優花、たぶん狙われたんだと思うわ。でも、黒い狼さん? が出てきて、それで……」

『! そう、分かった。その狼は味方だから大丈夫。私も、もう直ぐ着くから。とにかく止まらないで。後続車が危ないことになるだろうし、動き続けてる方が安全だと思うから』

どういうことかと問う前に、状況は目まぐるしく動いていく。

ワンボックスカーの両開きのバックドアが開いたかと思えば、そこから何かが溢れ出したのだ。そのうちの一体がバンッと音を立てて、園部家の車のフロントガラスに衝突する。

優理達が「ひっ」と怯えた声を上げた。そして、へばりつくそれを見て、悲鳴さえもあげられない様子で青ざめる。

一見すると 蜂 ( ハチ ) だろうか。だが、蜂ではあり得ない。あまりに異様だった。

胴体が子供の掌くらいあって、尾の先端には異様に長い針が付いており、おまけに頭部が全て顎門になっており、全身が黒い。悪夢に出てきそうな姿だ。

それが尾の針を振るった。一撃でフロントガラスに亀裂が入り、針の先端が僅かに貫通してくる。

声も出ない。血の気が引く。が、次の瞬間、それは横からかっさらわれるようにして吹っ飛んだ。

いつの間にか、翼の生えた黒狼が並走していた。だが、少し様子がおかしい。頭を振って何かを振り払おうとしているように見えた。

事故を起こさないよう前方を注視していた博之が気が付く。

ワンボックスカーの助手席から突き出した手が十字架を持っていることに。身を乗り出している作業着の男の目や鼻からは止めどなく血が流れていることに。よく見ればワンボックスカーの側面にも黒の塗装で分かりづらいが血のような色合いの魔法陣が浮かんでいる。

博之には、それが悪魔払いの一種だとは分からない。だが、それが何かしらの影響を黒狼に与えているだろうことは推測できた。もっとも、だからといって何ができるわけでもないのだが。

「なんで祓えない!」

「相当な゛ッ、高位悪魔だ! 抑え、るだけで……長くはもだない゛ッ」

襲撃者の運転席で、そんな会話がなされているとは思いもせず。

ともあれ、襲撃者は悪魔の護衛がいることを想定していたらしい。

少なくとも護衛の悪魔に鎧袖一触で片付けられることはなく、数百単位の異形の蜂で園部家の車を襲うことには成功しているのだから、大した術師だ。

ただし、目論見が成功することもなかったが。

夜の高速道路に凄まじい火炎が吐き出された。黒狼だ。忌々しそうにワンボックスカーを睨みつつも迫り来る異形の蜂の大群を消し飛ばしてしまう。

当然ながら、奇妙な姿形の狼が出現し、更にはあり得ない大きさの蜂が群れをなし、挙げ句、火炎が噴き上がるような場所で、一般人が冷静でいられるはずもない。

前方、後方共に一般車両が次々と混乱に見舞われる。

いつ事故が起きてもおかしくない危険な状況で、しかし、何か厳命されているのだろう。黒狼は妖しく瞳を輝かせ、周囲を睥睨した。

途端に、一定速度を保って走り出す前後の車両。前方は速度を上げ、後方は速度を減じていく。

と思われたが、後方から他の車両との接触しながら間を擦り抜けて猛追してくる車両が。

後方に控えの仲間がいたらしい。同じ黒塗りのワンボックスカーだ。前方の車両と同じく助手席から十字架が突き出され、側面には魔法陣が輝き、そして後部からは大量の異形の蜂が吐き出され、車両以上の速度で迫ってくる。

しかも、今度は散開しながら。火炎で一網打尽にされないようにだろう。

加えて、なぜか周囲の一般車両も襲い出した。針を突き出し、窓を突き破って、先程は園部家の車に出来なかったこと――先端から車内にガスのようなものを噴出する。

すると、不自然なほど落ち着いて運転していた彼等が、狂気にでも駆られたみたいに猛追を始めた。

黒狼が更に煩わしげな様子を見せている。だが、その口元はむしろ、人間のように吊り上がっていた。いかにも盛り上がってきたと言いたげな、戦場を楽しむような凶悪な雰囲気だ。

――やってみろ、人間

そんな挑発じみた意志さえ感じる眼光に、触発されからかどうかは分からないが。

前方のワンボックスカーが覚悟を決めたように位置を合わせ、直後、急ブレーキをかけた。ぶつけて強引に停止させる気なのだろう。

当然、黒狼が邪魔をする。むしろ、それが狙いだ。

自分達が決死の覚悟で黒狼の相手をしている間に、蜂の一体でも辿り着けば、あるいは後方の仲間が目的を遂行できれば……

そんな捨て身の意志が透けて見えて……

球体状に全方位から迫る蜂の大群。もうそこまで迫っている暴走する一般車両。

それに対し、全方位に火炎の壁の如く炎を振りまきながら、前方のワンボックスカーへ不可視の衝撃波のようなものを放つ黒狼。

その瞬間は、まるでスローモーションのように見えた。

跳ね飛ぶワンボックスカーが宙を舞う。一回転しながら園部家の車の上を上下逆さになりながら通り過ぎていく。

博之も優理も、そして双子も口をあんぐり開けながらフロントガラスやサイドウインドウから覗き込むようにして視線で追ってしまう。

凄まじい衝撃音と共に後方でバウンドするワンボックスカー。

前方不注意なんて意識の外。それでも優理のように体ごと後ろを向かず、バックミラー越しなのは博之の良識故か。

いずれにしろ、視線は後方へ吸い寄せられる。

その視界の中に、炎の壁を突き抜けた異形の蜂が映った。凄まじい速度で針をこちらに向けたまま突貫してくる。勢いからして車の窓ガラス程度、軽く突き破るだろう。

あ……と声が漏れる。

刹那、その蜂の胴体を真横から飛来した何かが貫いた。ナイフだ。細い銀色のシンプルなナイフが深々と蜂の胴体に突き刺さり、そして、爆発した。

ひとたまりもなく爆散する異形の蜂。

『到着! みんな大丈夫よね!?』

すっかり忘れていたスマホから響いた声にハッと我を取り戻すと同時に、斜め後方の高速道路の脇から何かが飛び出してきた。

人だ。スノーボードのような物に乗って、高速道路の高架下から飛び出してきたのだ。

その勢いのまま空中で回る回る。

片手でボードを掴みながら、横に四回転、縦に三回転……超人的なスノボ競技者みたいなトリックを決めながら、もう片方の手には扇状に持たれたトランプカードが……

回転に合わせて全方位に放たれるトランプカード。

淡い光を帯びたそれは、更に炎を抜けてきた異形の蜂、数十体をまとめて輪切りにした。

着地……否、ボードは地面についていない。浮遊している。アーティファクトのスカイボードだ。

余程急いで来たのだろう。勢い余って反対車線に飛び出しそうになり、体を真横になるほど倒して制動を掛ける。

いつの間にか握られていたナイフを支えにすれば、道路との摩擦で火花が散る。

そのまま姿勢を戻し、園部家の車に並走する優花。トランプが光の尾を引きながらズララララッと優花の手に戻ってくる。

取り敢えず、だ。

「「ゆ、優花ねぇカッケェエエエエエエッ!!!」」

先程まで一言も声を漏らせないほど恐怖と緊張に支配されていた双子のお目々が、今やキラッキラだ。驚愕と興奮で顔も真っ赤。

今の格好も相まってだろう。

黒のショートパンツにタイツ、それにブーツ。リボンタイ付きのインナーに黄色のラインが入った黒の機能的なジャケット。太ももには細い銀色のナイフホルダーが取り付けられていて、ベルトにはカードホルダーが。

風ではだけたジャケットの内側にもダーツの矢や黒塗りのダガーが幾本もセットされていて、脇の下にもホルスターが備わっていた。

カジュアルなミリタリーファッションといった雰囲気だ。

一応、優花にも用意されていた最新の戦闘服である。

実は旅行中にでも渡そうと思っていたのだが、奈々と妙子が日替わりファッションショーを始めたので預けておいたのだ。

せっかくだし最終日にサプライズで渡すのはどうか。奈々と妙子が用意したと見せかけて、実はハジメでした~っとなったら可愛い反応が見られるのでは?

というユエと香織の提案である。

もちろん、トランプカードも爆発する使い捨てナイフも新しいアーティファクトだ。

トランプカードが再び優花の手から放たれ、それが園部家の車を囲う。規則正しく円柱状に並び、防壁のようになる。

並走する優花の隣に、黒狼も 後 ( ・ ) 方 ( ・ ) か ( ・ ) ら ( ・ ) 並んできた。

後ろを見れば、転がる凶器と化していたワンボックスカーがなくなっている。事故も起きていない。追走してくるワンボックスカーもいない。

黒狼が優花を横目に見た。そして、フンッと鼻を鳴らした。

如何にも「お前など来なくても問題なかった。むしろ、我の獲物を横取りしおって」みたいな不満の感じられる眼差しだ。

優花ちゃんの頬がピクピクしちゃう。

「悪かったわね! でも何事にも万が一ってあるでしょ! 心配だったんだからしょうがないじゃない!」

今度はハッと鼻で嗤われた。万が一なんてあるわけないだろ、と言われている感じがする。こ、こいつ……と再びピキッちゃう優花だったが文句が口から転がり出る前に。

「ゆ、優花、その、いろいろと混乱しているんだけど……」

「あ、お父さん、ごめん!」

放置していたことに気が付く。窓を開けて困った表情になっている博之達に謝罪を口にする優花。

「サービスエリアまで、もう直ぐね。そこで車を置いて、私のゲートキーで南雲家に行きましょ。おじさん達は改めて迎えに行くから。こうなった以上、一緒に保護してもらった方がいいと思うし」

と言っている間にも、前方の空に新手が。やはり異形の蜂だ。まだ、どこかにいたらしい。

「え? いや、知らないわよ! 向こうが勝手に勘違いしてるだけでしょ! 私は別に南雲にとって、そんな……」

よく見ると耳に通信機が付いてる。そして、そのお耳は真っ赤になっていた。

襲撃者の執念というか、襲撃の規模というか。

よほど園部家を人質に取りたいらしい。南雲家にとって、それほどに有効だと思っているのだろう。そう考える理由は言うまでもない。

「「優花ねぇ?」」

様子がおかしい姉貴分を、双子ちゃんは訝しんだ。

「! と、とにかく! 周囲にこれ以上被害がいかないようにするために、サービスエリアね! そこまで守るから!」

そう言って一気に前に飛び出す優花。黒狼がそれに続く。獲物は渡さんと言いたげに。

傍目には、空を飛ぶボードを操って高速で走る優花と追従する黒狼の構図だ。

普通に格好いい。と、双子ちゃんの瞳にはキラキラが戻る。

博之と優理は顔を見合わせた。

「あなた……こういうのって普通、見せないようにするものなんじゃ。あの子、撮影されたりしないかしら……」

「……もう、それを気にしている場合じゃない事態なんだろうね」

当然ながら、子供達ほど無邪気になれない大人二人は強張った表情で言葉を交わす。

けれど、娘の堂々とした後ろ姿と。

スノーボードのハーフパイプ競技で見るような思わず目を奪われるトリックを見せながら、光を帯びたナイフやカード、ダーツやチャクラム、果てには巨大ブーメランまで、どこからか取り出して縦横無尽に敵を駆逐し、更に周囲の被害も出ないよう黒狼と連携している頼もしい姿を見れば。

「まぁ、なんとかなるだろう」と感じて、少しだけ肩の力を抜くことができたのだった。

奥の壁には世界地図が映し出された巨大な壁面モニター。その両サイドにも分割された小型モニターが何十個と付いていて、様々な情報を映し出している。

手前にはPCがずらりと並ぶ横長のデスクが三列。その後ろの一メートルほど上の段にも一列、更に後ろの一段上には一ヵ所だけ大きなデスクが置かれている。

まさに、司令室と言われて想像する通りの空間があった。

その一番上のデスクに座っている男が、ちょっと投げやりな、それでも背筋がゾッとするような鋭さを感じさせる独り言を呟いた。

「やれやれ。今まで必死にやってきた隠蔽工作がおじゃんですねぇ」

日本の超常現象に対応する最前線の部署の長――服部幸太郎だ。

ここは通称〝対応課〟(元々は帰還者に対応するという意味だったが、少し前に上記の意味に変更された)の最新にして極秘の施設である。

『愚痴を吐いている暇があるのかしら?』

デスクの六面モニターの一つに映っている鉄仮面を思わせる冷徹な表情の女性――英国保安局の局長シャロン・マグダネスが鋭い言葉を放ってくる。

それに続くのは他のモニターに映っている者達。

エクソシスト組織オムニブスの長官パトリック・ダイム、米国のMCB局長のZ、中国の秘密組織〝影法師〟の総帥だ。

各国の超常現象に対応可能な組織の長が一堂に会しているのだ。

シャロンの言葉には肩を竦めるだけで返さず、服部は右の壁にずらりと並んだモニターに視線を移した。

『ご覧ください! あれは、あれはいったいなんなのでしょうかっ。正体不明の怪物が暴れています!!』

『怪物同士の争いです!! 夢でも見ているのか……』

『繰り返します。都市部の方々は今すぐに地方へ避難してください。できる限り人口密集地帯をさけてください! あの未確認生物は人の多い場所に引き寄せられる性質があるそうです!』

『いや、いやっ、声が聞こえるっ!! 声がっコエガッ!!』

『今、政府から追加の情報が発表されました。未確認生物を直視しないでください。繰り返します。未確認生物を直視しないでください。精神に異常を来たす場合がございます。繰り返します――』

全て別の国のニュースだ。

ユエから直接に魔法的な通信が届いたのは、この五人。既に政府の上層部には報告済みで、今もリアルタイムで緊急対策会議室と通信は繋がっている。

だが、残りのモニターに映っている会議室に姿を見せている者は、まだ少ない。

当然だ。とんでもない事態を知らされてから実際の襲撃まで、ほとんど時間が経っていないのだ。どの国でも対応どころか対策会議さえ、まともに始まっていない。

それでも最低限の政府からの発表が出来ている国は、間違いなく、この五人のおかげだろう。

今は彼等を待ちつつ、五人で情報共有しているところだ。

『ミスター南雲には感謝せねばな。事前にこうなることを知っていたような用意周到さだ』

若干の疑念が混じった発言はZだった。

今、彼等は同じような司令室にいる。メインモニターに映っているのも同じ画面だ。

『悪魔のネットワークというのが気に入りませんがね』

お前達をまとめて殺すッと言わんばかりの眼光でダイム長官が言う。

その言葉通り、メインモニターに映っているのは派遣悪魔の分布図だ。同時に彼等の報告をリアルタイムで反映するシステムである。

元々、地球中に散らばった派遣悪魔達の目的は、王樹復活に伴う〝覚醒者〟や歴史の影に潜んでいた術師や組織の監視と対応のためだ。

従来は派遣悪魔か、報告を受けたハジメの手勢で対応していた。

しかし、オムニブスとMCBが協力態勢を築いたように国際情勢は変化し続けている。超常現象に対応する国の組織やルールが整備されていっている今の世の中、他国の領土内でハジメが独自に動くのは各国の心情や日本との関係、ハジメ自身の労力という意味で、既に相応ではなくなっているのではないか。

という意見が交わされた結果、この対超常現象情報共有システム――通称〝悪魔ネットワーク〟が作られたというわけだ。

『今のところ〝無神〟とやらには深淵のみで対応しきれているようだが』

顔の下半分を黒布で隠した老人――影法師の総帥がしわがれた声音で言う。

その視線はモニターには向いていなかった。傍らに向いていた。

そう、

『……ん。報告が来た。帰還者の身内が襲撃された。人間も動き出してる』

チビユエだ。実は服部のテーブルの上にも、そしてマグダネス局長達の傍らにもいる。リアルタイムで全体の戦況を知り得るということだ。

その全体の戦況を把握しているチビユエの視線がモニターを見つめている。

『『『『『フハハハハッ!! ミーの闇より黒き漆黒を受けてみるがいい!! 黒帝魂我 ( ダークネスアニマ ) 意崩拳 ( ・ザ・カラミティ ) ッッ!!』』』』』

数百人の卿が全方位からライダ○キックをかましていた。その足には黒く渦巻くエフェクトがかかっている。

重力魔法と魂魄魔法の併用だ。卿にもまた、勇者の悲惨な人体実験の成果は反映されていたのだ。ただでさえ分身という魂魄魔法に係る能力を異次元レベルで扱う天才だ。

そんな男が魂魄魔法を手にすればどうなるか。

あのクラス0の〝無神〟どころか、ユエでさえ欺かれた分身体を作るなんて朝飯前。致命傷を負えど容易には消えないどころか、なんなら自己治癒もする。

何より攻撃面だ。魂魄に直接影響を与える攻撃の威力が半端ない。同じ魂魄魔法による防御をしようが、並の防壁では容易く貫通してくる。

『『『『『フハハハハッ』』』』』

『笑い声が! 不気味な高笑いが響いてっ!! イヤっ、頭がおかしくなるっ』

ついでに笑い声も、いろんな意味で貫通力を増したのか。中継を見ていたテレビ局のアナウンサーが頭を抱え出した。

なるほど。

それは〝怪物同士の戦い〟〝未確認生物〟と称されるわけだ。

悲しいかな。

誰よりも地球のヒーローたる男は、今、地球で最も理解不能な恐ろしい存在に見えているらしい。

戦闘の余波からも、ビルの破片や割れた窓ガラスからさえも分身して守っているというのに、「イッツミーー!! アビスゲェ~~トォ!!」と某世界的に愛される配管工ヒーローの如く気さくに挨拶しても、「いやぁああっ」と悲鳴を上げて逃げられる始末だ。

というのは、まぁ、さておき。

『……崇拝者、オカルト組織、洗脳された者、変異させられた者。どんな存在が動き出してもおかしくない。必要な時、必要な場所へライラが転移させる。声が聞こえたら目の前の闇を恐れず、飛び込んで』

その闇の先が、貴方達が自国を守るために戦うべき相手がいる戦場だから。と告げるユエに五人は唸るような声を漏らしながら頷く。

正直、彼等とて実感が伴っているわけではないのだ。世界滅亡が迫っているなんて。

だが、それで止まるほど誰も彼も生温い道は歩んできていない。

『……大丈夫、援軍もたっぷりいる』

「神話の存在が降臨祭りですか。ははっ、本当に今日という日を境に世界は変わっちまいますね。事後対応の方が大変そうだ」

軽口を叩く服部だが、その手は淀みなく胃薬を胃へ送り込んでいる。

と、そこで司令室がにわかに騒がしくなった。メインモニターに次々と情報が映し出されて、世界中に様々な意味を持った光点が点っていく。派遣悪魔達からの異変・事件発生の報告だ。

更には、

『……今、ライラから連絡が来た。クラス4以下だけれど……世界中に一気に数百体の〝無神〟が出現』

本格的に動き始めたらしい。

「どうやら、お仕事の時間のようですね」

はぁ~っと溜息を一つ。髪を掻き上げオールバックにする服部。そこには既に昼行灯の如きくたびれた男の姿はなく。

モニターの向こうの四人も同じく。

本格的に、地球全土での混乱が始まった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

最終章ということもあってメインキャラ以外でも書いてあげたいキャラが多くて上下編に分けさせてもらいました。もう少しお付き合いください。

また来週の更新について、ちょっと執筆時間を確保できない日が多くなりそうなので、一応、お休みさせていただきます。お待たせしてすみませんが、よろしくお願いいたします。

※ネタ紹介

・心臓を捧げる敬礼

『進撃の巨人』より。

・るーちゃんとまーちゃん

『FF7』のセフィロスと『Fate ZERO』のアルトリアです。

・爆発するナイフ

前からあるといえばあるんですが、敢えて描写したのは『勇者刑に処す』のアニメが素晴らしかったからです。元々タイトルに惹かれて書籍を購読していたんですが、アニメ化にも出来映えにも白米大歓喜。

・優花の新衣装

『ドールズフロントライン』の404小隊所属UMP45がイメージモデルです。スカイボードトリック戦闘はオリンピックのスノボ選手達がめちゃ格好良かったので、つい。

・先頭を行く優花と並走する黒狼

『ジュラシック・ワールド』にて主人公がバイクでラプトル達と並走するシーンが元ネタです。あのシーン最高に格好いいと思う。

・イッツミー!

『スーパーマリオ』のマリオより。