全世界防衛戦⑯ それはヤンデレが至る究極の魔法byユエ
全世界防衛戦⑯ それはヤンデレが至る究極の魔法byユエ
世界が大混乱に陥る数ヶ月前の、とある日のこと。
なんの変哲もない、数日ぶりの梅雨晴れの午後。連日の雨と湿気が嘘のようなカラッとした快晴の気持ちの良い日に、
「ユエと一つになりたいの!!」
ユエは押し倒されていた。なんか湿度の高そうな様子の香織に。
南雲家のリビングである。そこで仰向けに倒れるユエの上に香織が覆い被さるようにして組み伏せていた。ユエの下腹部に腰を落とし、その細い手首をガッチリと両手でホールドしながら。
端から見ると事件である。ユエさんは混乱した!
「……か、香織? 落ち着いて?」
「私は落ち着いてるよ」
とてもそうは見えなかった。だって、なんかハァハァしてるし。おまけに顔も紅潮していて、真上から見下ろすようにジィ~~ッと目を合わせてくるのだ。
はっきり言おう。
めちゃくちゃ怖いっと。
「ユエと、一つに、なりたいの」
「……一語一語、強調するのやめて。何に影響を受けての冗談か知らないけどキモすぎる――」
ほら、どけ~! いつまで遊んでる! 私は忙しいんだ! と睨み付けるユエ。
なんか、もっと力を込めて床に押さえつけられた。
……あれぇ~? なんか力の入り方が本気っぽいんですけどぉ? か、香織さぁん?
ユエの頬が引き攣っていく!!
「冗談じゃないよ。私は本気。ユエと一つになれれば、私……新しい扉を開ける気がするの!!」
「ひ、開くなぁ! 閉じろぉ! 鍵もかけてぇ!」
どうしてこうなった。何が起きている? と、ますます混乱するユエ。
今日は休日だ。大学はお休みである。ハジメはいつも通り多忙そうで、また他国へ出向いている。シア達はそれぞれ鍛錬だろう。箱庭に行ったり、最近できた教え子を迎えに行ってあげたり。ミュウとレミアは買い物で、 菫 ( すみれ ) と 愁 ( しゅう ) はお仕事だ。
だから、派手に魔法をぶっ放すわけでもなく、瞑想に近い形で魔法の構築や創造を行うことが鍛錬であるユエは留守を預かっていたのだが……
そこへ突然、香織が転移してきたかと思えば、先のセリフを吐きながら迫って来たのだ。当然、思った。物凄くジト目にもなった。
いつもの悪戯? にしても、なんだこのキモい冗談は。センスなっ! ていうか集中切れちゃっただろうがバカオリぃ! 仕方ない。美味しい紅茶でも飲んで少し休憩するか。
と、香織にシッシッと〝帰れジェスチャー〟をしつつ、ソファーから立ち上がって台所へ向かった直後、「知ってた! ユエならそういう反応するって! なら仕方ないよね! よね! 突撃ぃ!」と飛び込んできた――否、タックルしてきたのである。
で、こうなっているわけだが……
「……か、香織。聞いて。貴女、疲れてるんだと思う。紅茶を入れてあげるから、ね?」
「? どうしたの、ユエ。いきなり私を気遣ったりして。声音も表情も妙に優しいし……ちょっと気持ち悪いよ?」
「コロす」
まだ完成には遠いけど、お試しで使ってやらぁ! 黄金の天使の梯子をよぉ! と額にビキビキと青筋を浮かべながら必殺の魔法を放とうとするユエ。
だがしかし、
「ふぁ!?」
香織から何かが流れ込んできて思わず声を上げてしまう。魔法も中断してしまった。
「……こ、これは!? 何をして――」
「やっぱりユエなら受け入れてくれるよね。口では嫌だ嫌だって言っても心は違う。この感覚を忘れないうちにしたいから……ちょっと強引にイクよ?」
「!!? 待って待って待って、バカオリ! お前はさっきから何を言ってる!?」
「大丈夫! たぶん痛みはないから! それどころかユエも一緒に一つ上の高みへ上れると思うから!!」
「いやぁ~~~~っ、香織の犯罪者ぁ! いつかやると思ってましたぁ! 助けて、ハジメぇ! シアぁ! サイコパス崎バカオリがご乱心~~~っ」
と、その時、まるでユエのピンチを感じ取ったかのように光が生じた。転移ゲートの光だ。
そこから、なんとも絶妙なタイミングでハジメさんが一時帰宅。ユエが留守番してるだろうし、休憩がてら一緒にお茶でも~と思ったのだ。
当然、目が合う。硬直する。状況が理解できなくて。
だってしょうがないだろう。なんかハァハァしてる香織が、助けを求める目をしているユエを押し倒しているんだから。
「お、おい、香織? お前、何して――」
「ハ、ハジメ、たすけ――」
「ごめんっ、ハジメくん。今ちょっと集中してるから後にしてくれる?」
「あ、はい」
「ハジメ!? 〝はい〟じゃないが!?」
あまりに真剣な目だった。香織さん、完璧完全に本気だった。だから、思わず気圧されてしまっても仕方ない。うん。
なので、
「取り敢えず、お茶でも入れてくるよ。終わったら声をかけてくれ」
「うん! ありがと、ハジメくん!」
「!? ハジメの裏切り者ぉ~~っ」
ユエの恨み節を背に、ハジメは二人の邪魔をしないようキッチンへと消えていったのだった。
(あの時は流石にいきなりすぎたよね)
星樹の天頂でふわふわと浮きながら、膝を抱える香織が内心で苦笑する。
おそらく香織にとって生涯最高の魔法になるであろう〝完全救済魔法〟の最難関部分の構築に成功し、少しだけ余裕ができたからだろうか。
アーティファクトと自前の魂魄魔法で成した二重の〝限界突破〟に、昇華魔法〝極天解放〟の重ねがけ。そこにエミリー博士の手が加わって進化したチートメイト Dr ( ドリンク ) の最新版特製エナドリをキメた状態で全能力を超ブースト。
使徒モードでありながら頭は沸騰しそうな状態で激しく痛み、今気が付いたが鼻や目からツ~ッと血が滴り落ちている状態なのに過去の回想なんてできている。
(あの後、ユエったらハジメくんの後ろに隠れてちっとも目を合わせてくれなくなっちゃって……ふふっ、ちょっと可愛かったな)
アーティファクトによる回復に身を任せつつ、指先で血を拭う。
魔法を完成させるべく神経を尖らせつつも、どこかたゆたうような感覚の中、自然と溢れ出てくる当時の記憶。
〝完全救済魔法〟なんて神の領域にある魔法を即興で構築するという無理難題を成し遂げつつある根源が、そこにあるからかもしれない。
(でもね、嬉しかったよ、ユエ。やっぱり、ユエは抵抗しなかった……私も、ユエに抵抗を覚えなかった……)
〝完全救済魔法〟の構築には幾つもの大きな障害があった。
その一つにして最大の障害は、複数の神代魔法の併用が必須ではあるが、しかし、いくら同時発動しても決してなし得ないという点だ。
特に、本来想定していた〝霧散しきってしまった魂魄の回収〟を超えた、今回の特異状況において必要な効果――〝吸収された魂魄の奪還〟が難易度を一足飛びで跳ね上げていた。
具体的に言うなら、コーヒーに混じったミルク、それも複数種類のミルクをどう区別・認識するか。そして、どう分離するかが不可能に限りなく近しい至難中の至難だったのだ。
言わずもがな、魂魄魔法だけでは不可能だ。〝ミルクコーヒー色の魂〟は視えても、〝コーヒーとミルク〟を分けて視ることはできない。見分けられないなら分離もできない。
だが、一つになってしまった魂魄であるが故に切り離すことはできずとも、吸収された魂魄の部分だけ、それぞれ個別に選り分け、まとめ、区別できる可能性のある魔法は存在する。
そう、再生魔法の神髄――時間干渉だ。これにより取り込まれた直後、溶け込んでしまう寸前まで時を戻そうというわけだ。
ただし、まさにここにこそ最大の障害がある。
死者に再生魔法だけを使っても肉体が復元されるだけで魂魄は戻らないように、再生魔法は原則的に魂魄には干渉できない。時間という概念が魂魄に作用しない原因は解明できていないが、ともあれ、別の理に分類されているのはそのためだ。
では、どうするか。
(魔法を複合的に使うだけじゃ足りない。……魔法に魔法を付与する。複数の魔法を一つの魔法として行使する。それも神代級の魔法同士を)
それすなわち、〝融合魔法〟。
例えば、〝蘇生の魔法〟。これは一見一つの魔法に見えるが、肉体復元の再生魔法と、霧散しゆく魂魄を固定・定着させる魂魄魔法を別々に行使している複合魔法だ。
ユエの十八番〝雷龍〟も同じ。雷属性魔法の一部に重力球を組み合わせただけの複合魔法である。
もちろん、複合魔法は〝魔法の同時使用〟が必要な超一流の魔法技だ。普通なら複数人の魔法使いが共同で行うものである。
その上を行く絶技、魔法技における極致こそが〝魔法の融合〟である。
つまり、再生魔法に魂魄への干渉能力を持たせるために両魔法を融合させて一つの魔法として創造し直すことで、魂魄への時間干渉を可能にしようというわけだ。
言わずもがな、これでもまだ〝魂魄の選り分け〟が出来るだけ。
このままでは、仮に魂魄魔法で強引に分離できたとしてもリスクが高すぎる。イメージとしては、入れた直後のミルクをスプーンですくった時、コーヒーの部分もすくってしまいかねないという感じだ。
隣合う魂魄の一部が混じり合ったまま分離され、一方は他者の魂魄が混じり、一方は欠損したまま肉体に戻る……なんて事故が起きかねないということだ。
故に、正確に〝分離〟するには、更に空間魔法の神髄――境界干渉と昇華魔法の神髄――情報干渉の融合も必要になる。
自明のことだが、個人の体内エネルギー(魔力光など)に同色は存在しない。人間の識別能力の限界上同色に見えても、仮に色合いを数値で出せたならコンマ単位で必ず異なる。
それを完璧に認識するための情報干渉であり、そして、その情報を元に隣合う魂魄同士の境界線を明確にするための境界干渉というわけだ。
完全救済魔法とはつまり、四つの神代魔法を神髄レベルで融合させて一つの魔法として扱えて初めて可能となる魔法なのだ。
(ほんと意味が分からないよ)
魔法の融合という魔法技を考案し、鍛錬の末に成功させたのは他の誰でもない。世界最高の魔法使い、ユエだ。
本来ならあり得ないこと――異なる世界の異なるエネルギーの融合により爆発的な能力昇華を得るという意味不明な絶技を会得したシア(元はダイム長官だが)を見て思いついたのだ。
別種のエネルギー同士を融合できるなら、別の理を司る魔法同士も融合できるのでは? と。
ユエという歴史上でも類を見ないほどの天才魔法使いですら、会得には散々に苦労した究極の魔法技である。〝ハジメのため〟という強い想いがなければ、普通に匙を投げていただろうほどに。
シアを見て理解不能だと思うのと同じ。同じ魔法使いからすれば、ユエのそれも理解不能の領域だった。
例えば〝炎雷魔法〟は〝炎と雷を同時に放つ魔法です〟と言われれば理解できるが、〝炎の見た目と効果を持った雷の魔法です〟と言われても〝???〟となる感じだ。
(私には習得できそうになかった。悔しいけど、ユエはやっぱり 化け物 ( てんさい ) だよ……)
そう、香織には無理だった。惜しみなく技法を共有してくれたユエだが、香織のみならず他の誰にもできなかったのだ。
もしかしたら、今後数十年、鍛錬を重ねていくことで会得に至る日は来るかもしれない。
だが、正体不明の不安感と焦燥感に苛まれているハジメを少しでも安心させたいのは、「絶対に大丈夫だよ。誰も死なせないよ」と言葉だけではなく実力を以て示してあげたいのは〝今〟なのだ。
使徒のスペックと神代魔法の併用で戦闘能力は上から数えた方が早いくらいの香織だが、しかし、あくまで後衛職だ。
使徒の戦闘技法のトレースは完了している。直接戦闘における己の成長という点でも頭打ちをどうしようもなく感じていた。まして、雫達も使徒のスペックを手に入れた今、その差は埋まる一方だろう。
だからこそ、原点に立ち返り後衛職として皆を支える力を磨こうとしたのだが、既に蘇生魔法という回復役における一つの到達点に至っている香織である。発動速度や効果の向上訓練はできるが、それ以上が思いつかない。
そんな時だ。ユエが融合魔法に成功したと聞いたのは。
当然、習得しようとした。それが可能となれば、蘇生のタイムリミットを大幅に引き延ばせる。大樹に漂白される前、当該世界に漂っている間であれば、霧散しきった後でも理論上、魂魄を呼び戻すなんてことも可能なはずだからだ。
だが、無理だった。
理論でどうにかなる技法ではないのだ。凄まじく感覚的な、それこそ天才だけが視える、あるいは感じ取れる何かがないと、融合魔法は鍛錬の取っかかりでさえ掴めなかったのだ。
けれど、香織である。
こうと決めたら頭の中から〝諦める〟という概念が消える突撃系乙女だ。
自分には無理。なら、どうすればいい? どうすれば、無理を受け入れた上でなお結果を出せる?
散々に悩み、考えた末、結論はシンプルだった。
(私にできないなら、できる人にやってもらえばいい……なんて、流石にちょっと他力本願すぎるかな? ユエにも呆れられたし)
つまるところ、意味不明すぎて術式を自力で作れないなら、作れる人が作った術式をそのまま借りちゃおう、である。
パソコンと同じだ。大抵の人は細かな原理なんて分からない。基盤を見ても意味不明だ。自分で一から作ることもできない。だが、パソコン自体は誰でも使える。
更に言えば、Aのパソコンのどこに、どういう風に接続することでBという機能を自分の端末で使うことができるか、ということくらいなら理解もできよう。
香織がやろうとしたのは、つまり、そういうことだった。
――同調魔法
教えるという行為は、自分にとっても勉強になる。クラウディアという生徒に教える中で、より〝自分の特性〟への理解を深めた香織が創り出した魔法だ。
五感や思考、イメージの共有レベルなら従来の魂魄魔法でもできること。それを超えて、魂魄レベルで繋がる。
それは、己の魂魄の完全開示・完全譲渡に等しい行為だ。同時に、相手にそれを求める行為でもあった。
秘めた想いも記憶も、己の醜い部分も卑しさも、誰かに対する負の感情も、一切のプライバシーを放棄し、かつ、場合によっては、それこそ魂を取り込まれ、あるいは乗っ取られる危険性を許容しなければならない魔法だった。
ついでに言えば、繋がった者がなんらかのダメージを負った場合、相互にフィードバックしてしまう危険性すらもあった。
そのうえ、そもそも成功条件も厳しい。
魂に触れられるというのは、ただでさえ本能的な忌避感を覚える最たるものだが、にもかかわらず、どちらかに少しでも忌避感や拒絶の心があれば意味を成さない魔法でもあったのだ。
相手を完全に受け入れ、己を完全に委ねる。言うに易し行うに難しの究極系だ。
しかし、それを良しとする完全同調を果たせたなら。
(よし、魔法の融合状態に問題はなし。後は愛ちゃんの〝分身体に自律性を持たせる術式〟を借りて、それから化身さん達の〝自分の世界を認識する権能〟にも便乗させてもらって……)
他者の魔法、 技能 ( スキル ) 、神の権能でさえも拝借し、己の魔法に流用できる、逆に自分のそれらも他者に与えることができるという破格の効果を得ることができる。
〝ユエと一つになりたい〟の意味は、そういうことだったのだ。
言葉がいちいち語弊を招く感じだったのも、なんか興奮しているように見えたのも、同調魔法が仮ではあるが完成して進歩の可能性が見えたが故の興奮であり、そこまでの鍛錬における疲労故だったというわけだ。
そして、初めての同調魔法が終わった後、ユエがハジメの陰に隠れて目を合わせようとしなかったのは、襲ってきた(ように見えた)香織に憤っていたからではなく。
『……おい、バカオリ。セクハラ魔法まで許してやってるのに、いつまでかかってる?』
『! ユエ、もうちょっと待って。もうすぐ……って、セクハラ魔法ってなに!?』
『……そのハレンチな魔法以外に何がある。まるで全裸コートの女が自ら前をはだけて自分の恥部を見せつけるような変態魔法、とでも言い換える?』
『長いし酷い!』
『……何が酷いか。わ、私の服を脱がして隅々まで視姦するような魔法を開発するなんて、このド変態めっ』
『してないけど!? いや、確かにいろいろお互いに伝わっちゃったけど……あの時は初めてだったから上手くコントロールできなかっただけで、今はある程度、お互いの情報が伝わらないようにできるし!』
魂魄レベルで同調するとは、つまり、お互いに記憶から感情から何まで全て伝わると言うことで。
もし、本当に危機感を覚えたなら、あるいは単純に嫌だったなら、ユエなら香織を撥ね除けるなり逃げるなり余裕でできたはずで。
なのに、口では止めろと言いながらも香織に本気で抵抗しなかったのは、
『ふんっ、ユエったら私のこと大好きなくせに、すぐそうやって意地悪言うんだから。好きな子に意地悪したいとか、やぁ~い、ユエの小学生~』
『! べ、別に好きじゃないが!? バカオリこそ、なにあのクソデカ感情。私のこと好きすぎてキモいんですが? やぁ~い、生まれながらのヤンデレ女ぁ~』
『! べ、別に好きじゃないもん!』
まぁ、つまり、そういうことだった。
なお、この犬も食わぬと言うべきやり取りは二回目である。一回目は同調試験のあとハジメを挟んで行われた。どんな事情であれ最終的にはそんな感じになると分かっていたから、ハジメも「馬に蹴られたくねぇ」とスルーしたのだ。
『……状況的に仕方ないとはいえ、ヤンデレバカオリと繋がらないといけなかった女神達と愛子には心から敬意と同情を抱く。この件が終わったら被害者の会を作ろうと思う』
『そんなの作らないでよぉ! ユエのばか!っていうか何しにきたの! 邪魔なんですけど!』
相変わらず見た目は人形の如き無表情と雰囲気だが、内心ではぷんすかと怒る香織。
ユエは『ふむ』と納得の声を漏らした。
『……これだけ受け答えができるなら問題なさそう。私や愛子はともかく、女神の権能と同調するのは極めて危険。神の感覚は人には猛毒に等しい』
『! ……心配してるならそう言えばいいのに』
通信機を媒介しない魂魄同士でダイレクトに行う意思疎通だ。香織の言葉通り、あえて知ろうとさえしなければ双方に全てが流れ込み共有されるなんてことはないようコントロールできている。
同調開始の直後こそ全て流れ込むものの、その状態のままでは他者の感覚が共有されすぎて戦闘にも支障が出るからだ。
だが、当然ながら制限しすぎれば同調の意味がないし、同調状態を維持している以上はどうしても、その時々の感情が漏れ伝わることまでは防げない。特に大きな感情であればあるほど。
本気の心配と安堵、何より、香織なら絶対にできるという無類の信頼が伝わってきて、なんだか心がムズムズしてしまう。
『……香織、エミリーには貴女の魔法が必要』
『!!』
その一言に息を呑む。
『……やれそう?』
『会話で手が止まるとでも? 今、終わったよ!!』
全部、伝わってる。お互いに、分かり合ってる。やれるかという言葉に不安なんてない。
茫洋としていた香織の目に光が戻った。
純白の翼がバサリッと一打ちされ、抱えられていた足がスッと伸びる。
背筋を伸ばし、手を広げて、太陽の如き輝きを放つ。
「誰も死なせない魔法、かぁ~~んせい!! ユエ、後はお願い!!」
『……ん、任された』
同調魔法により共有された完全救済魔法を、全ての異世界に届けるのは世界を繋いでいるユエの役目だ。
そして、受け取った完全救済魔法を己の世界を覆うように全域に作用させ、かつ〝魂魄に自律性を与える愛子の魔法〟――分離された後に自ら肉体に戻ろうとする魂魄に、〝戻るべき肉体の位置を教える〟のは各世界の化身の役目である。
ライラとメーレスがこの場にいないのはそのせいだ。二人共、化身となった分御霊のもとへ向かい、化身として十全の能力を発揮できるよう一時的に一つになっているのだ。
そうすることで、香織の負担を可能な限り減じているわけである。
加えて言うと、一度、魔法が完成すれば後は術式の多くの部分に〝一秒ごとに一秒前の状態に復元する魔法〟――再生魔法〝刻永〟を重ね掛けすることで常時発動を容易にする処置も施している。
その結果は当然。
「よぉーーしっ、これで私も動けるよ!!」
完全救済魔法という神の領域の魔法を全世界同時かつ常時発動しながらも、香織自身も戦闘に加わることが可能となる。
『ユエ! エミリーちゃんは?』
『……もっと精進してバカオリ。流石にちょっとキモが冷えた』
『うぐっ、すみませんね! 最強の吸血姫様ほど才能なくて! これでも限界突破して頑張ってるんですぅ! ユエのアホぉ~~』
言外の問題なしという言葉に安堵しつつも、ちょっとくらい素直に 言 ( ・ ) 葉 ( ・ ) に ( ・ ) し ( ・ ) て ( ・ ) 褒めてくれてもいいのに!! とプンスカしなから翼を一打ち。
もう直ぐそこまで迫っている〝巨人の怪物〟に苦戦しているルトリア達を援護すべく飛び出していく。
その光景がトータスにいながら手に取るように分かるユエは、脳裏に浮かぶ香織の背を見送りながら思う。
(……ほんと、こわい女)
怖いだけでなく、 強 ( こわ ) い。情が強すぎて、恐ろしいとさえ思う。情念の強さは 化け物 ( チート ) 級ではないだろうかとさえ感じる。
同調により伝わってきた香織の全て。
お世辞にも清廉潔白などとは言えなかった。むしろ、真逆だった。
ユエに対する嫉妬があった。背筋が凍り付くほどの強烈な嫉妬だ。出会った頃と変わらない、否、もしかしたらより大きくなった妬ましいという気持ち。
魔法使いとしての才能、ハジメの最愛であること、女として、一人の人間として、あらゆる面で香織はユエを妬んでいた。
そして、同じ強さで敬意と好意を持ち、何よりユエが驚いたことだが、 ユ ( ・ ) エ ( ・ ) に ( ・ ) 執着していた。
私を見て。私はいつだって貴女を見てるんだから。
私から目を逸らさないで。私は貴女から目を逸らせないんだから。
私に本気の感情をぶつけて。私はいつも本気だから。
私が認めた、認めざるを得なかったハジメ君の最愛。
優しくて、懐が海のように広くて、私まで受け入れてくれた妬ましいほどに凄い人。
分かってるよ。知ってるよ。伝わってるよ。私との時間を大切に思ってくれてるって。家族として、私まで愛しく思ってくれてるって。
ありがとう。腹立たしいくらい嬉しいよ。私もユエとの時間が好きだよ。大っ嫌いって気持ちと同じくらい大好きだよ。貴女が愛おしいよ。憎らしいほどに愛おしいよ。
だから、逃げないでね?
逃がさないよ?
ずっとずっと、一緒にいようね?
『……ふぇぇぇ』
初めて同調した時のことを思い出して、思わず変な震え声が出てしまうユエ。後にも先にもユエにこんな声を上げさせるほど恐れさせる者は出ないに違いない。
『……そんな有様で、どうして闇堕ちしていないのか不思議でならない』
物語なら完全にダークサイドに堕ちているキャラだ。なのに、そうなっていないのは香織の本質が、その性根がどうしようもなく優しいからだ。醜い感情の根源も、全ては他者を想う強すぎる情のせいだからだ。
己の醜さを自覚し、矛盾する気持ちを抱えながら、それでも己に打ち 克 ( か ) ち続ける者。それが白崎香織。
『……己の醜さを晒すことほど恐ろしいことはない。それが親しい相手ならなおさら』
どれほどの勇気が必要だろう。どれだけ強い理性を持っていれば、あれほど強い情念を受け入れたうえで正道を歩めるのだろう。
愛する者のためなら、己の全てを捧げられる者。
けれど、クラウディアの〝分け与える〟〝受け入れる〟という聖女らしい 性 ( さが ) とは似て非なる〝受け入れさせる〟〝分け与えさせる〟という欲望に準じた強引さも併せ持つ。
実に、人間臭いと思う。まるで、泥にまみれながら這ってでも前に進んでいるかのような生き方だ。
『泥まみれの聖女……まぁ、そういうところがす、ごほんっ。嫌いじゃないんだけど』
『知ってるよ! ありがと!』
『!?』
ハッと我を取り戻すユエ。しまった、今は同調中だった、と頬が引き攣る。香織の激重感情を思い出した恐怖で心のガードが緩んだらしい。感情が漏れ伝わったようだ。
『でも、今は戦闘に集中したいからやめてね? 照れちゃうし、同調中の全員に伝わっちゃうんだから恥ずかしいったらないよ』
『!!?』
苦笑の感情が伝わってくる。好意が伝わってしまったうえで、あしらわれた。香織如きに! 香織如きにぃ!!
トータスにいるユエの頬がカッと赤くなる。真一文字に引き結んだ唇も羞恥心と屈辱でプルプルしちゃう。
もちろん、その感情や羞恥心も伝わるわけで。
『……このヤンデレ崎ストーカオリめっ。お前なんか大っ嫌いだ!!』
『それも知ってるよ! 私も大っ嫌い! えへへっ』
『……っ、喜ぶなバカ!!』
どうやら、今回は香織に軍配が上がっているらしい。押され気味のユエはますます顔を真っ赤にし……
『あの……イチャイチャするのは後にしてくれませんか? 集中できないんですけど』
『!?』
同じく同調中の愛子から苦言が届いた。
物凄く気まずそうな声が余計にユエの羞恥心を刺激する。なんかルトリアを筆頭に化身達からも呆れの感情が伝わってくる。
感情伝達のドツボにはまった。もはや勝ち目なし。と悟ったユエは、
『……香織、覚えとけ。全てが終わったら――お前を殺すッ』
『酷い八つ当たり!?』
感情や思考を完全ブロックして逃亡を図ったのだった。香織さん大勝利~~という大変珍しい展開だった。
「もう、ユエったら。さりげなく凄技を見せつけるんだから」
感情や思考だけは完全にブロックしつつも同調状態は維持する。拒絶していないのに拒絶するという、なんとも器用な逃亡。
それに呆れと、私の魔法なのに私より器用に使ってる……という少しばかりの嫉妬の気持ちがムクムクする。同時に、「やっぱりユエは凄い」という敬愛の気持ちもムワムワと。
ユエは常に最強にして最高でなければならない。私が一番であると認めた人なんだから。という端から聞けば歪んだ願望。その自覚はあるが、しかし、なんなく応え続けてくれていることに高揚感さえ覚えてしまうことを止められない。
(ほんと、我ながら歪んでる。醜いね)
倒錯的とさえ言える己の心の情動に苦笑が浮かぶ。
(でも、これが私。どうしようもなく歪んでいて、醜くて、矛盾に満ちているのが私)
そのことに傷ついたりはしない。目を逸らすことも否定する気持ちもない。
あの凍てつく洞窟の中、もう一人の自分に突きつけられた現実と真実を、香織は一時も忘れていない。むしろ、より大事に抱いている。
(大切なのは、そんな自分に負けないこと。自分に背を向けず 克 ( か ) ち続けること)
それこそが、白崎香織の強さの根源。
認め難い己の嫌な部分すらも愛し、認め、それを超克することで強くなっていく。
「分解砲撃にも耐えるなんて凄いね。でも……」
既に試し撃ちした特大の分解砲撃。しかし、目の前の〝巨人の怪物〟は最凶の魔法にもなんなく耐えて見せた。
星樹までは残り五百メートルもない。双方の巨大さからすれば本当に目と鼻の先だ。
地上では激戦を繰り広げていた〝騎士モドキ〟と精霊獣が死屍累々といった有様だ。しかし、無限に生み出される〝騎士モドキ〟の数の暴力はやはり脅威らしく、既に形勢は傾きつつあった。
また、巨人に疲弊は未だ見受けられず。元々、保有エネルギー量的にタフだったのだろう。〝騎士モドキ〟を通じて精霊獣から魂魄を奪い回復しているというのもありそうだ。
ジリジリッとにじり寄る破滅の象徴の如き巨人の怪物……
だが、今、その歩みは完全に止まっていた。なぜなら、
「これなら流石に、そう簡単には逃げ出せないみたいだね?」
白く輝く特大の鎖で雁字搦めにされていたから。
まるでタンカー船の巨大なアンカーに使われるようなサイズの鎖だ。それが地面から何十と伸び、巨人の全身に絡みついているのだ。
完全救済魔法において空間魔法を使っていたことから分かる通り、香織は空間魔法を会得済みだ。ハジメの大迷宮攻略を介さない取得法によるものだ。
鍛錬の末、ひと通りの魔法が使えるようになった香織だが、一つだけ奇妙なことがあった。
相手を空間的に固定することで拘束する魔法。本来ならキューブ型のブロックが透過するように肉体に重なって拘束するのだが、これがなぜか……鎖の形でしか発動しなかったのだ。そんな術式は組んでいないのに、である。
しかも、空間魔法の適性が突出しているわけでもないのに、なぜか、この空間拘束魔法だけユエよりも強力だったという……
ユエ曰く、「……使い手の本質が出たのでは?」とのこと。
つまり、だ。香織の束縛願望が発露している魔法かもしれないわけで。
――ニガサナイヨ?
なんてゾッとするような声が聞こえた気がした。
「ひぇ!?」
「ルトリアさん!? どうしました!?」
巨人の足止めを香織に任せ、少し後ろで星霊界全域へ完全救済魔法の効果を及ぼす作業中だったルトリアさんから悲鳴が上がった。
心配して思わず振り返る香織。ぐりんっと擬音が付きそうな振り返り方に見えたのはルトリアの心情のせいだろうか。
「な、何もありません! ええ、何もないですとも! ちょっと怖気が走っただけで」
「女神様が怖気を? まさか、新手ッ!?」
「違います」
違うらしい。確信的な口調だったので、巨人の拘束に集中し直す香織。
ちなみに、空間拘束魔法が鎖型の理由を、本人は〝縛煌鎖〟が得意だから無意識に重ねているだけ、と供述している。目を盛大に泳がせながら。
何にせよ、拘束力だけならユエをも超える空間拘束魔法〝縛煌極鎖〟(ユエ命名だと〝ヤンデレ束縛魔法〟。全員納得)の拘束力と、壊れそうになる度に復元する再生魔法の複合技は強力極まりなく。
そのうえで、だ。当然ながら、クラウディアの先生である香織が、強制魔力譲渡による体内魔力の撹乱を使えないはずもなく。
これがまた、魂魄魔法による認識惑乱、意識誘導の効果を良く高めてくれるという発見もあり。
――ォオオオオオオオオオッ!!
渾身の力を振り絞っているのが分かる。己の持つあらゆる手段を試しているのが分かる。
だが、それでも拘束は解けない。香織さんの束縛からは決してニゲラレナイ!!
「発動までに少しタイムラグがあるのが欠点、か……速い相手には使えない。ハジメくんに試そうとしたらあっさり逃げられちゃったし、まだまだ改良が必要だね」
「……」
そりゃ逃げるでしょう。と、ルトリアさんは思った。
目に浮かぶ。凄く良い笑顔で、己の周囲から無数のうねうね動く触手の如き鎖を出している香織の姿が。
そして、蛇の如く飛びかかってきた鎖を、あの魔神が本能的に回避しまくる光景と、「……どうして、ニゲルノ?」なんて呟きながらコテンッと首を傾げる香織の姿が!
ああっ、脳裏に! 脳裏に! 浮かんでくる!!
「ルトリアさん?」
ハッと我に返る。香織が訝しむ目を向けてきている。きっと一瞬ハイライトのない目に見えたのは気のせいだ。それもこれも同調中のせいに違いない。
ともあれ、だ。
「ごほんっ。白崎香織、心から感謝しますよ。これで、我が世界の子等を救えます」
ルトリアの更に背後で星樹が燦然と輝いた。ただでさえルトリアの戦いに応えるように輝きを放っていたのに、それ以上だ。
その輝きは直後、一直線に天へ向かって伸びた。遙か高き空、宇宙との境ほどまで伸びた純白の光の柱は、何かにぶつかったように拡散していく。まるで傘を広げるように。
美しいオーロラが孤島の空を、否、この星の空全域に発生していく。
途端に〝騎士ゴーレム〟との死闘で散った精霊獣達が一斉に光に包まれて起き上がってくる。
「ダリアさん達はどうですか?」
「問題ありません」
ルトリアが軽く手を振る。そこに光の粒子が集合し遠き地の光景を映し出した。
バルテッド王国王都の近郊にて、雄々しい獣に騎乗しながら戦場を縦横無尽に駆け回るメイドさんがいた。
言わずもがなダリアだ。爆裂する特殊な矢を、尽きぬ矢筒から放ちまくり、アンデッド精霊獣の群れと激闘を繰り広げている。
獣は巨大で鱗と角を持つ狼と竜を合わせたような姿をしており、更には雷撃を放っていた。
見覚えがあった。精霊獣には一歩及ばない進化の過程にある獣、〝禁足地〟にて〝西の長〟と呼ばれていた〝進化体〟だ。
他にも旅行で訪れた時に知り合った禁足地の戦士達が多数見えるうえ、〝炎毒竜〟と呼ばれていた飛竜の亜種だろうか、銀の鱗を持つ個体と金色の鱗を持つ美しい個体の背に乗っている者達もいるし、人を乗せていなくとも共に戦っている禁足地の進化体が何体も見受けられた。
己の神官となったダリアに、ルトリアが命じたのだ。
禁足地の者達と進化体を引き連れ戦いなさい、と。
そのために〝東西南北の長〟およびネームドクラスの〝進化体〟を精霊獣に昇格させ、ダリア達に協力するよう命じたのだ。
全ての母たる神が与えた使命である。〝進化体〟達に否などあろうはずもなく、むしろ、光栄の至りと人間に従うことを良しとした。
もっとも、西の長たる雷角獣だけは、ルトリアに命じられるより前に自らダリアの前に赴いたが。彼女が人々を救うために戦場へ向かうと理解している様子だった。
「流石に、〝雲の無神〟と〝転移の無神〟を倒さねば奪われた魂までは奪還できないようですが……」
次々と戦場が映し出される。シンテッド獣王国でもグルウェル達が派遣された精霊獣達と共に死闘を繰り広げている。アロガン率いるレテッド民主国ではホンテッド天王国の天軍が共に戦っていた。
どの戦場でも蘇る者達はいるが、完全救済魔法が機能してなお死したままの者達も大勢いた。魂魄を奪われた者達だろう。
エンティが大陸の中央で両手を広げて、まるで両側から迫る壁を必死に押しとどめているかのような苦悶の表情を浮かべている。
〝雲の怪物〟の影響を人類圏の外に押し退けるので精一杯といった様子だ。台風の如き渦巻く風の結界を突破しようとする圧力に必死に抗っている。
一方で、ソアレとウダル、それにバラフもまた苦戦していた。
人型の無神だった。足首までありそうな長い腕に鉤爪、真っ白で毛のない頭部に縦長の真っ黒な目、襟の高いコート、あるいは鎧でも纏っているかのような形状と質感の皮膚。
神霊三柱を相手にしてなお互角以上に戦っているのは、ノータイムかつ無制限に短距離転移するうえに全方位空間破砕・空間切断・空間抉りを放つ空間魔法特化型の〝無神〟であるせいだ。
分御霊により能力が下がっているという点を踏まえても、なお驚異的な怪物共である。
「流石に抵抗されますね……次の目標は相手が健在でも奪い返せるようになることかな? 頑張ります!!」
二体の〝無神〟を倒さなければ魂の奪還、蘇生は叶わない。とはいえ、本当に倒さなくても奪還できるようになったら、いや、今のままでも十分に神の立つ瀬がない。
と、思わず苦笑するルトリア。
「ともあれ、まずはこちらです」
香織の強制魔力譲渡に適応したようだ。むしろ増えた体内エネルギーを使い、遂に拘束に綻びを生み出していく巨人に、ルトリアは目を向けた。
「オロス、押さえておきなさい」
――オォオオオオオッ!!
疲弊しきってスライム化していたオロスが復活した。雄叫びを上げて背後から巨人を羽交い締めにし、足下を大質量の岩で埋めて固定する。
「こちらも準備OKです。行きますよ、ルトリアさん! 全力全開のぉ~~っ――〝極天解放〟!!」
「!!? こ、これはっ……」
支援するとは聞いていた。勝たせるとも。
しかし、ルトリアは神だ。支援し、施し、与えることはあっても、その逆は経験がない。故に、いまいちピンと来ていなかった。
創世以来、生まれて初めて、ルトリアは全能力が昇華する感覚を味わったのだ。
その衝撃たるや、
「み、み、み・な・ぎ・ってキタァーーーーーーーっ!!!」
「ルトリアさん!?」
女神様の様子がおかしい……と思われるほど。もちろん、思ったのは香織であり、オロスであり、そして全ての精霊獣達である。ギョッとしている。
なんか空中で仁王立ちっぽい立ち姿になり、両手の拳を握り、いつもは纏っているだけの輝きが今や足下から噴き出すようなエフェクトに変わっている。まるで、スーパーサ○ヤ人のように。心なしか目元までキリッとしているように見える。
「これならいける……私にもできるっ。ハァアアアアアアッ」
「ルトリアさぁーーーんっ!?」
香織の声など聞こえていない様子で飛び出していくルトリアさん。
てっきり昇華した状態で特大の魔法を放つと思っていただけに香織も驚いちゃう。というか、オロスさんも動揺している。「エッ、母!? なぜ来るのです!?」みたいな感じだ。
一瞬のうちに距離を詰めたルトリアはドォンッと地響きじみた踏み込みを行った。
空中に広がる強烈な衝撃と光の波紋。その位置は巨人の――鳩尾辺り!!
「シャオラッ!!!」
「ルトリアさんっ」
一度目の呼びかけに含まれていた感情は〝驚愕〟、二度目の呼びかけは「どうしちゃったの!?」という〝心配〟、なら三度目の呼び声は、「貴女までそっちに行っちゃダメぇ!」という〝引き留め〟だろうか。
そんなルトリア三段活用も無理のない話だ。だって、女神様、めちゃくちゃ腰の入った腹パンを巨人の鳩尾に打ち込んでいるのだもの。天女の如き美しい衣装のままで。
まくれ上がった裾から覗くお御足。空中を踏みしめる素足に込められた力の入りようと言ったら……
輝く右拳には、きっといろんな女神の権能的な力が宿っているのだろう。まさに渾身の一撃。
あれほどのタフネスを誇った巨人の鎧の如き腹部が一撃で粉砕された。それどころか、オロスの岩石と香織の鎖(亀裂が入っているが)で縫い止めているにもかかわらず、それらが壊れる勢いで巨体が浮き上がる威力。
「抉り込むように打つ!!」
抉り込むように打たれたのだろう。かつてシアに。あの腹パンのトラウマを克服するべく、もしかするとこの女神様、こっそり練習していたのか。
だって、実に堂に入った腹パンだったし。なんかシアの姿がダブって見えるくらい動きがそっくりだったし。
そりゃあ、美しい女神様が美しい 衣 ( ころも ) 姿で、そんな腹パン攻撃する姿は「なんかやだぁ!」となるだろう。
オロスが相手を後ろから羽交い締めにしているのもあって、まるでヤンキーが喧嘩相手を仲間に拘束させて腹パンしているかのような光景に見えなくもない。
「って見てる場合じゃなかった――〝天賦封禁〟!!」
昇華魔法の神髄〝情報干渉〟の応用にして高等技術。最高位のデバフ魔法が巨人を包み込む。全てのスペックが減じる。
敵の能力は下げ、味方の能力は爆上げする。まさに戦闘支援の理想型。
ならば、女神の力の全てを拳の一点に集束したルトリアの前に、いかなるタフネスとて耐えきれないことは明白で。
「やはり拳! 拳は全てを解決するのですね!!」
「ルトリアさんっ……」
『母よ……』
四度目の呼びかけに含まれた気持ちは、きっと〝悲嘆〟に違いなかった。
だって、女神様、遂に再生が追いつかず倒れた巨人の上に、まるでマウントを取るように降り立ち、「セァアアアアアアッ!!」と雄叫びを上げながら拳を打ち下ろしまくっているのだ。神秘も神威も感じられない……
それは二人して目元を両手で覆いたくもなるだろう。
一片の欠片もなく粉砕・消滅させるのに、そう時間はかからず。
「……なるほど。拳を振るうとは………こういう気持ちになるものなのですね」
知りたくない。どんな気持ちになったのかは。妙に紅潮している頬も見ていないったら見ていない。
周囲の〝騎士モドキ〟が本体の消滅に伴い自壊していき、奪われていた魂が精霊獣達の元に帰って行く。
星樹が純白の光の柱を天に伸ばし、オーロラがたゆたい、光の粒子が飛び交う幻想的な星樹の孤島。
その中で振り返るルトリアの姿は実に神秘的で絵になったことだろう。
どこか好戦的な〝良い笑顔〟を浮かべて、何かの手応えを感じたように拳をボキボキと鳴らしてさえいなければ。
「オロス、留守を任せます。白崎香織、見事な支援でした。引き続き、お願いしますね」
「『あ、はい』」
「私は人の子等を救いに行きます――この拳で!!」
「『はい……』」
香織とオロスは顔を見合わせ、なんとも言えない微妙な雰囲気で頷いたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
この後は香織の支援を受けたルトリアさんが拳で大体片付けるので次回は次の世界の話を書く予定です。
星霊界においてはDSS――だいたいシアのせい。
※ネタ紹介
・助けを求める目をしていた
『僕のヒーローアカデミア』より。なおその日の夜、スルーした代償にハジメはユエに押し倒されました。
・ああっ、脳裏に! 脳裏に!
『クトゥルフ神話』より。ああっ、窓に! 窓に! と、その日の夜、押し倒されたハジメは香織の姿を見ました。
・みなぎってきた!
『ファイナルファンタジーⅪ』に登場するナイトのセリフらしいです。調べて初めて知りました。
・抉り込むように打つ(べし!)
『あしたのジョー』より丹下段平の指南書より。
・やはり拳。拳は全てを解決する
『金田一少年の事件簿外伝 犯人達の事件簿』の桐絵想子より。やはり暴力。
・金銀の鱗の飛竜
『モンスターハンター』の銀レウスと金レイアより。
・無人のイメージモデル
雲の無人:雲の獣、転移の無人:次元をさまようもの(空鬼)より。あくまで姿のイメージで能力は創作の付け足しです。巨人と騎士モドキのモデルはクトゥルフ神話にいません。