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全世界防衛戦⑰ すぅーーきぃーーー!!

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全世界防衛戦⑰ すぅーーきぃーーー!!

書いた内容に違和感が拭えず書き直しにもう一週、頂きました。そのせいもあり今回は27,000字あります。読了時間の目安としてお伝えしておきます。よろしくお願い致します!

時は世界同時襲撃が始まった直後の頃合い。

「参ったなぁ。とても覚えられる気がしねぇ……」

機工界〝コルトラン〟の、かつて雲上界と呼ばれたマザーの拠点だった施設の通路を歩きながら、手元の資料に視線を落としていたジャスパーが諦観の表情で頭を掻いた。

そこには点と線の組み合わせが幾つも並び、それぞれがどういう意味を持つのか解説が記載されていた。

「何も総督が完璧に覚える必要はありませんよ。専門の通信士を育成すれば良いだけです」

と苦笑しながら答えたのは、きつく結った黒髪と白衣が特徴の、ハジメ達が遭遇した技術研究所員――ジェシカと呼ばれていた女性だ。

「断続信号式通信機……素晴らしい発明です。流石はリスティさん。毎度の事ながら本当に感心してしまいます」

「あ、あぁ、まぁ」

なんとも言えない表情のジャスパーとは対照的に、ジェシカの表情と軽い溜息には多分に感嘆が含まれていた。

断続信号式通信機――いわゆる〝モールス信号〟による通信機だ。

マザーの技術は既に地球の無線技術すらも上回る思念等による伝達すら可能にしていたため、コルトランには超高度な通信技術しかなく、かつ、それらの大半はマザーの手で自壊させられてしまっている。

なので、今のコルトランにおいては基本的に人力、あるいは苦労して張り巡らせた〝伝声管〟を用いて伝聞形式で情報を伝えるのが主流だ。

だが、この断続信号式通信機を使えば、有線式なのでケーブルを敷設する必要性こそあるが長距離通信が可能となる。

地球でも紛うこと無き大発明だったのだ。まだ十歳程度の女の子が考えたとなれば、それは掛け値なしに感嘆するだろう。

「技術者として悔しい、という気持ちも湧かないほどです。彼女は本当に天才です」

「いやいや、あいつも言ってたろ? たまたま思いついただけだって。ほら、遠くにいる人に旗を振ったり、夜ならライトで合図を送ったりするのを見て、振り方とか点灯に規則性を持たせることで意思疎通できるならって」

「ええ、確かに発想は単純です。言われて見れば、なぜ思いつかなかったのかと自分に呆れるほど」

「だろぉ?」

内心、ちょっぴり冷や汗を掻くジャスパー。

実はリスティの秘密の地下工房には既に会話できる有線式通信機、つまり電話線を用いた電話のプロトタイプがあるのだけど、それは流石にヤバいし、でも遠距離通信は絶対に今のコルトランに必要だからと、ハジメ達とも相談した結果、このモールス信号式を出したのだ。

ジェシカの言う通り、発想自体は単純で誰でも思いつくものだと思ったから。

だが、実際のところ、その認識は少し甘いと言わざるを得なかった。

この世界は、ただの未発達な世界なのではない。全てが管理された世界だったのだ。

その意味、影響は重い。全てを管理されるというのは、全ての自発性を否定されるということ。〝意思〟はあっても〝意志〟はない。持つことは許されない。

人間の持つ想像力・創造性こそがマザーにとっての最大の敵であったのだ。

そこを徹底的に抑圧されてきた機工界の人類にとって、想像し創造するという行為は、この五年でかなり身についてきたこととはいえ、まだまだ駆け出しの段階と言えるのだ。

だからこそ、リスティの柔軟な発想が際立つ。

「まさにそこなんですよ、総督」

「そこ? どこ?」

「〝言われてみれば〟は、言われなければ思いつかないんです。でも、リスティさんは言われなくても思いつく。発想力が尋常じゃないんです」

「ま、まぁ、ガキだし。俺達大人より柔軟なんだろうな」

頑張れ、俺。この五年で最も身についた〝知らないふり!!〟を全力でやるんだ!!

秘密の地下工房で知った妹のいろんな意味でのヤバさ。

ハジメのおかげで工房自体が見つかることは絶対にないと断言できる。たとえ後をつけられるような人的ミスがあったとしても、なお万全だ。

だが、コルトランの発展のために全力を尽くすという総督としての使命を思えば、リスティの発明を一切、表に出さないという判断はできない。

別人名義も時既に遅しだ。発明家としてのリスティは既に多くの者に知られている。ここで急に発明品を出さなくなったり質が落ちたりしたら、逆に勘ぐられるだろう。

本当はもっと凄い発明品があるのに、総督一派が秘匿しているのではないか? と。

何より、コルトランの役に立ちたいという妹の心意気を蔑ろにしないと約束したばかりだ。

だから、こうして本当の発明品からはレベルを落とした物を小出しにする方法を早速試してみたのだが……

「そうかもしれませんね。ですが、リスティさんが非常に価値ある人材だという点は決して無視できない事実です。身辺の安全に関しては、より一層、気を配るべきです……と、何度も進言していますのに」

「うっ」

ジェシカさんが凄くジト目だ。ちょっと頬が膨らんでいる。私、不満ですと表情で訴えていた。

なお、目元が鋭いタイプの女性なので性格がキツい人と見られがちで、実際、言うべきことははっきり言うタイプなのだが、実際は気遣いの人で、たまに子供っぽい表情になるのが可愛い……と同僚達には(特に男性所員達には)思われている。

つまり、割とジェシカを狙っている男は多いのだが、ジェシカの意中の相手には、その魅力も通じないようで。

「いやぁ、あの狂犬娘自身がなぁ、警護とか絶対拒否するから」

ジェシカの仕草には特に反応せず苦笑を返す。ジェシカも狙ってやっているわけではないので直ぐに表情が変わり、溜息を吐いた。

「そんなことを言っている場合ですか。リスティさんがお強いのは知っていますが……貴方自身へのアンチ派閥が増えてきている件もあります」

「分かってるよ。だからミンディ達には基本的に警護を付けているわけだし」

「でしたら、リスティさんにも」

「いやぁ、大丈夫じゃねぇかなぁ。むしろ、リスティを襲った方が大丈夫じゃないかもしれねぇし」

「もぅ! 総督! リスティさんをなんだと思っているんですか! 小さな女の子であることに変わりはないのですよ!」

その子供が見せた〝決闘〟がジャスパーの脳裏に鮮明に浮かぶ。マジやばかった。ほんとぉ~~~にっヤバかった! 無理だよ無理。あいつが惜しみなく武装を使い始めたら、完全武装した警備隊の一個大隊クラスでも止められない。

まして、今は念のためにとハジメのアーティファクトが幾つか渡されている。

人前で使えばG10との約定を反故にすることになるが、逆に言えば人目のないところで命の危機があれば、あの戦闘能力にアーティファクトが加わるのだ。

サルベージャーとして地下を知り尽くしているリスティである。暗闇の奥に誘い込んで、迂闊にも追いかけた者は二度と地上には出てこない……なんて事態が容易に想像できてしまう。

(こえぇ)

たぶん、今のコルトランにリスティを害せる存在はいない。我が妹ながら恐ろしい……と身震いするジャスパー。

「だというのに、プラント行きまで認めて……」

「だって定期便に乗せなかったら、あいつ絶対に一人で行くぞ。俺達に何も告げず、どんなルートで向かうのかも言わず、ある日突然姿を消すって感じで」

「うっ……否定できませんね……」

プラント――コルトランより西に四百キロメートルほど離れた山岳地帯にある天機兵の製造工場だ。

もちろん、表向きマザーはコルトランの母のままで、天機兵は〝侵略者〟という外敵であり、両者は繋がっていないことになっている。最悪のマッチポンプという真実を知る者はジャスパー一家以外にはいない。

また、万が一に備えて&ハジメへのプレゼントというのもあって、プラントに存在した流体金属の素材も根こそぎG10が回収している。

なので、〝前時代の生きた工場〟という滅茶苦茶貴重な遺跡ではあるが、なんのための工場で、何を製造していたのか、何を製造できるのか、っていうかつい最近まで稼働していたみたいに劣化が皆無なんだけどなんで? というところから調査している段階だ。

むしろ、調査拠点として作られた開拓村の発展の方が、今はメインかもしれない。

(G10の授業が始まれば、コルトランから離れることは当分ないしな。G10が旦那の旅行に付き合っている今のうちに、生きた前時代の施設を見ておきたいって気持ちは分かる。リスティなら、工場を利用して四百キロのケーブル製造も可能かもしれないし)

プラントとの定期便は虎の子の大型輸送ヘリのみだ。もちろん、燃料の貴重さも相まって頻繁な行き来はできない。

状況を伝え合うのに断続信号式通信機の導入は急務だった。

そんな事情もあって、最終的にリスティのプラント行きを許可したわけで。

(断じて、旦那達が旅立った後のリスティが怖かったわけじゃないぞ、うん)

本人的にはやる気と希望に満ちていただけだろう。

それはもうギラッギラの目だった。知識欲に飢えた獣の目。飢えた狼の前に放り出された気分である。

しかも、荷物は完璧にまとまっていて、自力の移動手段まで用意している始末(ハジメの滞在中にアドバイスを受けながら作ったらしい)。

もし強引に引き留めようものなら、強引に引き千切られていたかもしれない。何をとは言うまい。

(旦那ぁ、マジでありがとよ。俺の言うこと聞くようにリスティに言い聞かせてくれて。随分とマシになったぞ! あれでもな! あと、特製の胃薬もありがとうぉ! 無くなる前に、また来てくれよな!!)

最近、胃薬配りの薬屋さんになりつつあるハジメ。人脈が広がるに合わせて、胃薬を求める顧客が増える増える。

「総督? 総督、聞いていますか?」

「あ? ああ、なんだっけ?」

思わず立ち止まって天を仰いでいたらしい。なぜか通路を透過して遥か青空が脳裏に浮かび、更にはそこでサムズアップしながら良い笑顔を見せているハジメの姿が浮かんだのだ。

おまけに、

――Alpha製薬のお薬は安全安心効果絶大! 貴方の健康な明日のために! Alpha製薬ぅ~~~♪

なんだろう。なんか小気味の良い音楽と一緒に宣伝じみたセリフも聞こえたような……

CMという概念がないジャスパーには分からない。きっと気のせいだ、と頭を振る。

「総督……きっと疲れているんです。どうぞ、今日はもうお休みください」

「いや、元気だが?」

「だから言ったんですっ。一週間、いえ、一ヶ月くらいは療養してくださいと! また何もない虚空を眺めて表情がコロコロと変わって……何が見えているんですかっ」

もう見ていられない、壊れゆく総督なんて! と泣きそうな顔で訴えるジェシカさん。

ハジメ達が認識阻害で姿を見えなくしていた時のことを思い出したようだ。誰もいない廊下に向かって話しかけたり、家族を〝あの人達〟〝旦那〟と呼んだり……

「いやいやいや! 違うから! ちょっと考えごとしてただけだから!」

「でも、パオロ君は結局、今もあのままです! 大人しくてとっても良い子でしたのに、女性所員を見つけてはピッチピチの服を着させようと熱弁を振るうようにっ」

「ごめんな! うちのエロガキが!」

「今思えば、リスティさんの出奔も何か得体の知れない衝動に突き動かされてっ」

「それはあながち間違いじゃないけどもっ」

「やっぱりっ」

「あっ、しまったっ!?」

ジェシカさんの目元がキリリッと吊り上がる。ジャスパーの腕を掻き抱くようにして抱える。

「さぁ、帰りましょう。ミンディさんに連絡しますから迎えに来てもらいましょうね。お仕事の方はお任せを。私が調整しておきますので」

「大丈夫! 大丈夫だから! ミンディも忙しいからな! な!」

「……だから、他にも〝綺麗なお嫁さんが欲しい〟と?」

「その件は誤解だって言っただろうが!?」

「そうですね……少なくとも私には関係のない話でした。総督がお求めなのは綺麗な女性ですし……」

「いや、ジェシカはめちゃ美人だと思うが」

「えっ」

「え」

腕を組んだ状態。つまり、顔が割と近い位置にある。

思わぬ総督の言葉にポッと赤くなるジェシカさん。

ジェシカの想いになど微塵も気が付いていない朴念仁であるが故に、予想外の反応に困惑するジャスパーさん。

見つめ合う二人……

妙な空気に流石のジャスパーも徐々に顔が赤くなり、その反応にジェシカは瞳までうるうるし出して……

「うわぁああああああっ、総督ーーーーっ!!」

「「ち、ちがうんですこれはぁーーっ!!?」」

突如、通路の奥の曲がり角から飛び出してきた複数人の所員達に、ジャスパーとジェシカは言い訳を口にしながら二人して跳び上がり、直ぐにバッと離れた。

だが、どうやら所員達は二人の関係性を誤解して驚いたわけではないようで。

「「「「「逃げてぇーーーっ!!」」」」」

「「はい?」」

必死の形相だった。それはもう必死に走り寄ってきていた。

思わず一瞬前の妙な空気も忘れて間の抜けた声を漏らしてしまうジャスパーとジェシカ。二人揃って困惑しながら目を眇めた、その直後だった。

ガシャガシャガシャガシャッと騒がしい音が聞こえたのは、

そして、廊下の角から所員達の後を追うようにして、

「「はいぃ!!?」」

上半身だけのロボットが腕だけで這ってくる光景が視界に飛び込んできた。

上半身だけで全長二メートル、横幅は大人三人が並ぶほどの大きさ。腹部から複数のコードを腸のように引きずり、歪んだ頭部をガクガクッと左右に傾け、駆動音で唸り声のような不協和音を響かせながら凄まじい速度で這い寄ってくる。

パニック映画さながら。むしろ、ホラーだった。

「うわぁあああっ!!」

「いやぁああああっ!!」

と声を揃えて反転するジャスパーとジェシカ。ちょうど追いついた所員達と一緒に全力で走る。

「なんで!? なんで襲いかかってきてんの!? 命令の仕方が分からなくて、まともに動かなかったはずだよなぁ!?」

「分かりませんよ! 通電すらしてなかったのに、突然、動き出したんです!!」

「アームや鎖で固定してたのに引き千切りました!!」

「プラントから送られてきたのは全部です! 五体、全部、動いています!!」

なんだそりゃ、と後ろから迫るガシャガシャ音に本能的な危機感を覚えつつも困惑するジャスパー。

当然の困惑だった。そして、所員達とは本質を異にする困惑だった。

研究していたのはプラントで発見し回収した工場の作業用ロボと思しき機械類だからだ。

言わずもがな、プラントはG10が調査済み。ならば、工場の作業用ロボとはいえマザーの支配下にあった機械類の安全性だって検分済みだ。本当に危険なロボット類は回収ないし破壊しているはずで、取りも直さず、放置されているのは安全かつ人類の研究の一環に資すると判断されたものだけに違いなく。

研究過程で何か良くないスイッチでも入れちゃったのか? けど、それで五体全てというのは……

何はともあれ、だ。

「他の所員は!? 怪我人は!?」

「何人か殴り飛ばされて……どうなったかは分かりません!」

「みんなバラバラに逃げて……ああくそっ。警報を鳴らすの忘れたっ!!」

無理もない。研究員達からすれば、まともに動かせず、今まで勝手に動くこともなかったロボットが唐突に動き出したどころか、それが襲いかかってきたのだ。一目散に逃げ出すのは自然なことだ。

幸いなのは、そのロボットが機兵ではないために武装が付いておらず、しかも研究途中だったため半ば解体状態だったことだろう。

言うまでもなく、機兵は徹底して処分している。〝マザーの遺言〟という絶対遵守の理由を付けての全回収全処分である。 中 ( ・ ) 身 ( ・ ) を知られないために絶対に必要なことだった。

そして、雲上界の機兵以外のロボット類も大抵がシステムと同じく自壊させられているわけで。

だから、今のコルトランにあるのは自壊を免れた一部の機器と車両、修復された単純な機械類の他はプラントから輸送した工場の機械のみ。

これが兵器用の機械類の暴走だったら……と、ゾッとするジャスパー。

「とにかく、シェルターに避難を――」

と、そこで遂に警報が鳴り響いた。誰かが鳴らしたようだ。あるいは警備部隊が異変に気が付いて動き出したか。

だが、この緊急事態にあってそれは少々精神的に悪かったらしい。

「きゃぁっ」

「ジェシカ!!?」

極度の緊張状態というのも相まって、警報のけたたましい音にビクリッと体が反応してしまい足がもつれたようだ。ジェシカが転倒した。

咄嗟に立ち止まり振り返るジャスパー。他の所員達も数メートル進んだところで立ち止まり顔を青ざめさせる。

「行って!!」

ほとんど反射的な叫びだった。転倒と同時に叫んでいた。まるでジャスパーがどうするか分かっていたみたいに。

案の定だった。

「早く立てっての!」

「総督!! いけません!」

「逃げて!」

そう、ジャスパーは総督だ。人類を導くリーダーなのだ。この場の誰よりも重い命なのである。

だというのに所員達の叫びも聞いていない様子で、なんの躊躇いもなくジェシカのもとに駆け寄ってしまう。

ジェシカの表情に嬉しさや安堵はなかった。むしろ、絶望しかなかった。

這い寄る音が聞こえる。見なくても分かる。もう、そこまで暴走したロボットが来ていると。

ジャスパーにはそれが見えているはずなのに、守られるべきはジャスパーであるはずなのに。

ほら、自分を通り過ぎて背を見せる。ロボットの前に立ち塞がって、ジェシカを背に庇う。

こういう人なのだ。

自分のヘマが総督を殺す。それこそがジェシカを絶望に叩き落とす。

「くそがっ、止まれぇーーーっ!!」

護身用に持たされているハンドガンを腰の裏から引き抜き、迫るロボットに連射するジャスパー。

だが、相手が悪い。暴漢ではないのだ。金属の塊である。

止まらない。怯みもしない。

そして、ジャスパーの目の前で巨大な腕がハンマーの如く振りかぶられて――

「――っ」

「総督!!」

ジェシカは咄嗟にジャスパーを突き飛ばそうとした。ジャスパーもまたジェシカを突き飛ばそうと反転した。

結果的に正面から抱き合うような形になり、もつれ合うようにして転がって――

一拍。

二拍。

「「――?」」

なんの衝撃も来ないことに目をぱちくり。鼻先が触れ合う距離で見つめ合い、恐る恐る視線を転じる。

腕を振りかぶった状態で動きを止めているロボットの姿があった。

「そ、総督! ジェシカさん! ご無事ですか!?」

「総督、あんたって人はなんて無茶を!」

「そんなことより何があった? なんで止まってる? お前達が何かしてくれたのか?」

ジェシカを抱き起こしながら立ち上がり、ロボットに警戒の眼差しを向けながら鋭く問うジャスパー。

いつもの腰の低さ、どこか情けなさと哀愁を感じさせる雰囲気は微塵もない。思わず背筋が伸びるような覇気の籠もった声音だった。

「い、いえ! 自分達は何も!」

「勝手に止まったんです!」

首を振る所員達。

そこにドタドタと今度は如何にも人間らしい足音が。「総督! ご無事で!?」と警備隊が駆け寄ってくるのが見えた。

「状況は!」

「わ、分かりません! 自分達はとにかく総督の安全を確保しようと――」

「分かった。ならまずは状況確認だ。伝声管で各班と連絡を取ってくれ! 警告も頼む! 機械類全般へのな! 俺は執務室に戻る。技研所員の護衛も頼むぞ。技研は原因究明を急げ。同時に機械類は全て、ぶち壊してもいいから最低でも移動手段を奪ってくれ。頼んだぞ」

「「「「「は、ハッ!!」」」」」

「「「了解です!!」」」

怒濤の指示に誰もがピンッと背筋を伸ばし、総督の勅命を果たすべく駆け出していく。

護衛三人とジェシカを引き連れ執務室への道を急ぐジャスパー。

「あの、総督。二度とああいうことは」

「分かってる」

口だけだ。どうせ同じことが起きれば、この人は同じ事をする。頭ではなく心で動いてしまうのだ。

ジェシカは困り顔になり、しかし、少しだけ指先をジャスパーの服の裾に触れさせた。

「ですが、ありがとうございました。守ってくださって」

「ああ」

そっけない態度だった。だが、その普段とは異なる引き締まった表情を見れば不満などあろうはずもなく。

いろいろと考えを巡らせているのだろうと察して身を引く。護衛達も同じく、総督としてのジャスパーの顔に頼もしさを感じて、不可解すぎる事態に動揺していた心を努めて静め、己の職務に集中し直してる。

で、その頼りにされている総督はというと。

『ジャスパー、ジャスパー。聞こえますか? 今、貴方の脳内に直接、語りかけています』

『あわわわわっ、何が、ど、どうなって……なんでG10の声がっ、すんごい既視感ッ』

内心では滅茶苦茶に動揺していた。普通に別のことに気を取られているだけだった。

無理もない。指示を出した直後、いきなりG10の声が頭に響いてきたのだから。

確かにG10は元々脳に直接響かせる伝達手段を持ってはいた。だが、それは短距離通信だ。聖地シャイアからコルトランまで直接届くような通信手段ではない。

だから、ジャスパーに助言する際もジャスパー家の秘密の地下にある生体認証付き端末のみで、必要な時に最低限のみとしている。

なのに、まるでかつてのように直接、脳内に声が響いたのだ。それは動揺もする。

そのせいで返事が遅れ、G10が未だに『聞こえますか?』と確認を繰り返し、果てには『……おかしい。繋がっているはずなのにジャスパーから返事がありません。やはり聖樹様の力を使いこなせていない? それとも、ジャスパーに何か不測の事態がっ』と徐々に焦り始めている感じが声音から伝わってくる。

よく分からないが、どうやら聖樹の力で脳内通信を繋げているらしいということだけは理解して、どうにか心を落ち着ける。

「いやいや、聞こえてるぞ!」

「はい? 総督?」

「あ、いや、違う! 今、何か聞こえなかったかって言いたかったんだ!」

「! ああ、確かに足音が聞こえますね。耳が良いですね、総督は」

ジェシカと警備員達が訝しむが、ちょうど曲がり角から他の所員と警備員の集団が姿を見せてホッと安堵と感心の吐息を漏らす。

が、そこに反総督というほどでもないが、別派閥というべき集団が混じっていることに気が付いて、ちょっと嫌そうな顔にもなる。

一際大柄で、ヒゲ面と如何にも好戦的な目つきが特徴の男と、その取り巻き数人だ。

総督の腰の低さにつけ込むように何かと要求したり、自分達の地位の向上、元下層民に対する身分差の明確化などを訴えているグループだ。

怒声を上げることも少なくなく、総督を慕う者達は総じて嫌っているグループである。

普段は傲然とした態度なのに、今は揃って青ざめていた。おそらくロボットの暴走に巻き込まれたのだろう。

その様子に少しばかり胸の空く思いになるが、ヒゲ面の男――バザックという名の別派閥のリーダー格の男がジャスパーを見つけるなりキッと目をつり上げたのを見て、ジェシカ達は揃って、やっぱり嫌そうな顔になってしまう。

という周囲の状況とは裏腹に、ジャスパーとG10は脳内でやり取りを続けていた。

『悪い、G10。ちょっと動揺した。これで伝わってるか?』

『問題ありません、ジャスパー。無事ですか?』

『ああ、俺は無事だ。けど……』

『生命反応は把握しています。今のところコルトラン及びプラントで失われた命はありません』

『そ、そうかっ、良かった……ってか、すげぇな! そんなことも分かるのかよ!』

『ええ、聖樹様のお力で――』

「おいっ、ジャスパー! いったいどうなっている! やはりお前が研究員達を自由にさせすぎるから、こうなったんじゃ――」

「そっちは無事か、バザック。機体は停止したか?」

「あ、ああ。それは、突然止まって――って、そうじゃない! 話を逸らすな! お前の甘さがこの事態を――」

「後にしてくれ。まずは状況確認だ。他、報告は?」

「――っ」

「は、はいっ、あります! 報告します!」

『流石は化身って奴か。少し旦那達から聞いてるぜ。……それにしても、G10がこんな方法で直接連絡をしてきたってことは……やっぱ人為的なミスとか事故の類いじゃなくて何か起きてるんだな?』

『端的に説明します。良く聞いてください』

執務室に向かいながら、合流した者達に状況確認をするジャスパー。もちろん、G10と〝思念での通信〟も同時に行いながらだ。

中々の難易度で会話のテンポも遅れがちになる。目の前の会話と頭の中の会話から入ってくる情報量に早くもキャパシティーが悲鳴を上げている。

必死だ。故に余裕はなく、いつもの情けなさや哀愁を感じる雰囲気は微塵もなく、他者を立てる話し方も、腰の低さも、笑顔すらもない。

その目つきは鋭く、まるで、かつて最前線で皆を鼓舞しながら戦い抜いたあの日に戻ったかのよう。

覇気、というべきか。

文句を口にしようとしていたバザック達の口がパクパクと空気を求める金魚のように開閉を繰り返し、しかし、結局何も言えない。完全にジャスパーの醸し出す雰囲気に呑まれていた。役者が違うと突きつけられているみたいに、否、思い出したみたいに。

『はは、ぜんっぜん分かんねぇや』

「状況は分かった」

頭の中と現実で正反対の言葉が出た。

G10の状況説明は、ジャスパーの常識と理解を完全に超えるものだった。

同時に、続々と合流してくる部下達の報告から、研究用のロボットだけでなく、コルトランの 麓 ( ふもと ) でも同じようなこと起きていて町が混乱しているという状況は理解する。

曰く、建築用や農耕作業用に支給していた機械類や公共の移動手段たる車両類も暴走していたらしい。それによって怪我人も多数出たようだ。

それこそが現在、宇宙空間に展開している〝無神〟の能力らしい。電子機器を積んだ機械類を乗っ取り操ることができるのだとか。

『取り敢えずありがとよ、G10。止めてくれて』

『いえ、少し遅れたことをお詫びします、ジャスパー』

黙り込み返事一つしなくなった総督に、しかし誰一人訝しんだり苛ついたりはしない。

ジャスパーが考えをまとめているのだろうと解釈して、むしろ、邪魔するような真似を控えているのだ。バザック達ですら黙って見ている。

この五年で積み上げた信頼と実績のおかげだろう。ジャスパーもまた、それに遠慮なく甘える。

『取り敢えず、G10やユエさん達がどうにかしてくれるってんだな。その〝無神〟とやらは』

『はい。ですが、ジャスパー、貴方には伝えておかなければならないことがあります』

『伝えておくこと?』

『これからしばらくの後に、この世界の人間は総じて一時的な眠りにつくことになります』

『ど、どういうことだ?』

動揺するジャスパーに、G10は告げた。

コルトランの民を守る最善の方法は何か。

簡単にして究極の方法が一つある。

それは、全ての民をユエがいるトータスに転移させてしまうことだ。

化身となったG10とユエの力があれば十分に可能だ。何せ機工界の人口は厄災界を除けば全世界最小人数。日本で言えば地方の都市よりも少ないのだから。

おまけに、コルトランとプラント開拓村の二カ所にしか存在しない。分布も極めて限定的だ。

ユエが守るトータスという安全圏に全員を避難させることは当然ながら不可能ではなかったし、何より確実に安全を確保できる。また〝とある最悪の事態〟を想定した時、これが最善だと考えたのだ。

『ユエ様の準備ができ次第、避難は開始されます。それまでは私が死守します。何があっても、たとえこの身に代えても必ず、貴方達の日常と安寧を守ってみせます。外敵の存在を認識させることさえも許しません』

『……G10』

深い決意と覚悟が思念となって伝わってくる。情報の濁流に溺れそうになりながらも、ジャスパーは一瞬、何か言いたげな反応を見せた。

だが、G10も現在進行形で対応しているのだろう。だんだんと思念に余裕がなくなってきているのが分かって、とにかく話を聞こうと口を噤む。

『これは、私の我がままでもあります』

『我がまま? 意識を奪うことか?』

『はい……』

なぜ、避難するだけではなく、わざわざ眠りにつかせるのか。

コルトランの民には異世界の存在も超常の力に守られていることも知ってほしくないからだ。

自分達の意志で、自分達で考え、自分達で選び、試行錯誤し、一つ一つ積み上げて一から歴史を紡いでいく。

それが新時代のコルトラン。

全てを管理された世界から脱却し、〝自由〟の意味を知っていく生まれたての世界。

そこに異世界の存在や自分達を守る超常の存在は、ある種の猛毒となりかねない。

いざという時の〝寄る辺〟があると思ってほしくないのだ。

『頼めば、記憶を消すことも可能でしょう。ですが、それは……したくない』

『確かに、それなら最初から眠ってる方がいいわな』

記憶を改ざんされた結果が今の人類だ。同時に、記憶を好き勝手弄られる運命から解放されたのも今の人類なのである。

G10が、たとえ守るためであろうと機工界の人々の記憶に干渉したくないと思うのは当然と言えば当然だった。

『なるほどな。俺達は何も知らず、全てが終わった後に何事もなかったように日常を生きていくわけだ。で、それを俺に話したということは……あぁ、俺はまた真実を抱えていくわけだな?』

『はい……貴方にはいつも重荷を抱えさせてしまい申し訳なく思います。もちろん、ミンディ達には共有していただいて構いませんが……』

『ま、しょうがねぇな。流石に違和感まではどうしようもねぇ。何が起きたのか、適当な理由をでっちあげる奴が必要だ』

『……できますか?』

『やるさ。それが俺の役目だ。俺が自分の意志で選んだ生き方だ。任せてくれ』

G10から言葉はなくとも思念が伝わってくる。ジャスパーへの信頼の気持ちだ。

執務室が見えた。部屋の前には既に大勢が集まっていた。総督の到着を今か今かと待っている。その中に身内の姿も見えた。

「兄さん!」

「ミンディ」

「外が大変なことになってるわ! 凄い霧が突然発生したの! コルトラン周辺がまったく見えないくらいの濃霧よ! なのに、都の中にはうっすらとしかなくて……何か変なのよ!!」

『心配いりません。防衛措置の一つです』

「『分かった』」

ミンディとG10へ音と思念で同時に返事をする。動揺のない泰然とした総督の様子に周囲は息を呑み、ミンディもまた目を丸くする。

執務室に入りながら、『では、後を頼みます』と通信を切ろうとしたG10を、ジャスパーは『待ってくれ』と呼び止めた。

『これだけは言わせてほしい』

『なんでしょう、ジャスパー』

『なぁ、G10。いい加減に〝命に代えても〟ってやめてくれねぇか』

『……ジャスパー?』

執務室のバルコニーに歩み寄るジャスパー。その後に続いて、部下達が雪崩を打つように入ってくる。

バルコニー越しに見える濃霧に包まれたコルトランを見て、誰もが息を呑んだ。ざわつき、動揺し、不安そうに瞳を揺らがせる。

なんだこれは、どうなっているんだ。何が起きている、と不安と恐れで声を震わせていた。

異常な濃霧だった。不自然なほどに白く、コルトランを山頂まですっぽり覆うほど空高くまで包んでいる。なのに、うっすらと麓が見えるのだ。ミンディの言う通り、街中には薄くしか入り込んでいないのである。

住民達が動揺しているであろうことが目に見えなくても手に取るように分かった。

誰もがジャスパーに何かを言い出しそうな雰囲気を醸し出しているが、静かに外を眺めるジャスパー総督の後ろ姿を見て、ざわめきさえ止めて口を噤む。

無言の圧。発せられる言葉で表現できない迫力に呑まれているように。

『重荷って言ったな。ああ、そうだ。真実って重いぜ。この五年、必死に誤魔化しながらなんとかリーダーやって、誤魔化し方ばかり上手くなっちまった。胃は痛てぇし、最近は問題が山積みで頭がおかしくなりそうだし、総督なんてマジで柄じゃねぇって感じだ』

『……』

『なのに、まだ十年でも二十年でもやってやろうって思うのは、こんな理解すら難しい事態でも頑張ろうって思えるのは、G10、あんたの存在があるからだ』

『私、ですか? 確かに、いろいろと助言はさせて頂いていますが……』

『ちげぇ、そうじゃねぇ』

『……?』

二百年も孤軍奮闘してきた存在が、頑張って頑張って頑張り抜いて、その果てで〝結果も見ずに死ぬ〟〝夢を叶えられない〟なんて。

『友達が最高のハッピーエンドを目指して頑張ってっから、俺もって思えるんだろうが』

『……』

ジャスパーの言葉に、G10が息を呑む気配が伝わってきた。『友達……』と呟く声音も。

『自爆を決意していたお前に、みんな〝生きて〟って言ったろ? リスティは、なんのためにあんなに頑張ってた?』

『……私が、一日でも早くアーヴェンストになれるように、ですね』

頑張り抜いた戦士が、ただ使命をやり遂げただけでなく、いつか最高の形で報われる。

それ自体がジャスパー達の最高の希望。

どれだけ頑張っても中々報われてない現実の中、それでも〝頑張れば報われる〟を証明してくれる存在。

それが、どれだけ真実を知る者達にとって心の支えになっているか。

『友達に死んで守られても嬉しかねぇよ。むしろ……心が折れちまうかもな?』

『……それは大変です。死んでも死ねませんね』

『おうよ。どうせ死守ってんなら〝敵は全部死なせても守る〟って意味で使ってくれ』

『ふふ、そうですね。いえ、そうですとも、ジャスパー。私は最初から、そのつもりでしたよ』

『おっと、そうだったか。なら俺の勘違いだ。忘れてくれ』

簡単に自己犠牲を選ぶな。最後の最後まで生きるために足掻いてくれ。自分を幸せにするために戦ってくれ。

そう、深い友情を感じさせる思念が届く。G10の魂に響く。

自然と、G10の記憶領域はかつてのマスター達を、戦友達の記録を再生していた。その姿がジャスパーと重なる。

なぜだろうか。既に聖樹の加護を受けてエネルギー量は未だかつてないほど充填されているというのに、言葉では表現できない力が湧き上がってくるのが感じられた。

『ああ、それとな。生きるだけで精一杯の今の俺達は言い訳のしようもなく弱ぇからさ、せめて足を引っ張らないよう大人しく守られる。しょうがねぇし、異論もねぇ。でもな――』

燃え盛っているような思念がジャスパーから伝わってくる。

まるで歯が立たないとしても、絶望的だったとしても、戦わずに死ぬのだけはごめんだ。何も知らないまま死ぬのは真っ平御免だ! と。

『本当に必要な時は、ちゃんと一緒に戦わせてくれよ。あの時のように、さ』

『ええ、ジャスパー。必ず』

その時はきっと、本当にどうしようもない時なのだろうけど。

だからこそ、G10はただジャスパー達を守り隠すだけということは、もうしないだろう。

『私達は戦友なのですから、当然です』

『へっ。じゃな、G10。頑張れよ。こっちは適当にやるからさ』

なぜか共有されたイメージは、拳を突き合わせる光景。

それを最後に思念の通信は途切れた。

深く息を吸い、一拍。

ジャスパーは振り返った。不安そうな、あるいは縋りつくような眼差しをしている部下達が再び息を呑んだのが分かった。

ジャスパーがうっすらと笑みを浮かべていたからだ。まるで、何も心配いらないと言うかのように。

「全域放送の準備を頼む」

落ち着いた声音だった。前代未聞の事態にも声はまるで揺らいでいない。

視線を向けられた青年が電流でも流されたみたいに背筋をピンッと伸ばしたのに釣られて、誰もが背筋を伸ばしていく。

「りょ、了解しましたっ」

部下の青年が慌てて執務室内から行ける隣の部屋に駆け込んでいく中、ジャスパーはミンディへ視線を向けた。話を合わせろと目で合図しながら。

普通なら分からない。だが、ミンディなら分かると確信して。ミンディの口元が僅かに引き結ばれた。

「この霧で体調を崩した者は?」

「いないわ。念のため下町の医療施設を含め、伝声管で確認できるところには全て確認したけれど、濃霧の中から帰還した人の中にも体調不良を訴える人はいないようよ」

ジェシカ達が驚いている。もうそこまで調査したのかと。もちろん、していない。数件の医療施設に問い合わせたのは事実だが、濃霧の中から帰還した人の報告など受けていない。

ただ、ジャスパーの様子から、そう言って欲しいのだろうということ、そして実際に無害なのだろうと察して話を合わせたのだ。

もしかすると、G10との通信も察してるのかもしれない。ジャスパーが持っていきたい話の方向性まで理解した様子だ。

まったく優秀な妹だと内心で喝采を送るジャスパー。

なお、ミンディの隣の護衛の男が「えっ、いつの間に!?」みたいな戸惑いの表情を浮かべているが今は無視しておく。

「濃霧は無害。一つ朗報だな。なら技研の皆、誰でもいい。この霧と機械類の暴走を関連付ける理屈をくれ」

戸惑った様子で顔を見合わせる技研の者達。ジェシカが代表して問う。

「理屈、ですか? しかし、原因究明は今からで……」

「真実は後でいい。コルトランの皆が〝今〟安心できるように、誰でも理解できる理屈をでっちあげてくれと言っているんだ」

目を丸くする所員達。どういうことだと首を捻る中、ミンディが理解を示し補足する。

「みんな不安なんです。〝未知〟は怖いから」

「あ、そういう……ことですか」

次いでジェシカが理解した。ジャスパーが頷く。

「俺達はこの五年、マザーのいない世界を手探りで進んできた。真っ暗闇の中を彷徨うようにな。でも、本当に真っ暗だったわけじゃねぇ。未来、希望っていう灯りがあった」

だから、進んで来られた。指針なき世界に放り出されても頑張って来られた。

同じだ。何も分からない未知の状況なのではない。少なくとも総督府は事態に見当をつけていると示すだけでも人々にとっては確かな〝灯り〟になるのだ。

「無いよりはマシ程度の灯りだけどな。それと〝防衛態勢〟を発令する。各所避難所を開放。住民に臨時徴兵を通達。武器の一時貸与を認める」

ジャスパーの視線が警備団の団長に飛んだ。その鋭さと内容に思わず息を呑む団長の男。

この五年、一度も発動したことのない、本当に万が一に備えて念のために策定した緊急時の対応だったからだ。

「な、何か来るのですか? 我々を襲いに?」

「分からない。こんな異常事態は誰も想定していない。〝侵略者〟の生き残りがいるかもしれないし、前時代の遺物がなんらかの原因で暴走した結果かもしれない。だから、備えるんだ」

「確かに、霧に関しても……マザーは天候すらも操ってコルトランを守ってくれていたという話だものね。同じことが可能な遺物があってもおかしくはないかも……」

ミンディのナイスアシストに頷き、フッと表情を和らげるジャスパー。

「もちろん、何もない可能性もある」

ちょうど、全域放送の準備――伝声管と拡声器を組み合わせて総督府からコルトラン全域に声を届かせる設備――が出来たようだ。部下の青年が扉から顔を出しサムズアップしている。

「そん時は〝 総督 ( おれ ) がビビリ散らかした結果、みんなに多大な迷惑をかけました! すんませんっ!!〟って頭を下げるしかない。……一緒に謝ってくれるよな?」

「総督……」

一人で謝るのこわい……と情けないことを言うジャスパーに執務室の張り詰めていた空気が幾分か緩んだようだった。それを見計らったように、

「俺達はこの世界のことを未だ何も知らないんだ。ならよ、何が起きてもおかしくはねぇだろ。案外、これが本来の〝自然〟ってやつなのかもよ? 俺には小難しいことは分からねぇが、本当に機械が誤作動を起こす要素もありそうじゃねぇか?」

さりげなく思考を導く。無知を装い、とぼけた表情で、いかにも思いつきだけで話していますといった様子で――部下に期待しながら。

その期待に真っ先に応えたのはジェシカだった。ハッとした表情になったかと思えば、勢いよく手を上げる。

「総督! それで行きましょう!」

「それ? どれ?」

「霧です。自然発生した霧が雷雲のように電気を生み出していて、それがこの辺り一帯を覆っている。そのせいで機械が誤作動を……いえ、すみません。ちょっと無理が……磁場に影響を与えて乱れているとか……いや、それの方が変……」

「ナイス、ジェシカ! それでいい! 十分だ! 無学な人間でもイメージしやすい! 何せ俺達は雷雲の下で生まれ育ったんだからな!」

「で、ですが、それだと雷雲の下でも機械が正常に動いていたことと矛盾が……」

「その時はマザーがいた。でも今はいない! だから誤作動しかねない! 理屈は通る! 暗闇に光が差したぞ!」

「きょ、恐縮ですっ」

他の者達も総じて頷く。技研の所員達だけは「確かに偶然の重なりとは思えない。関連性は調べないと」と真剣な様子だが、ひとまずジェシカの提案に異論はない様子だ。

最初からこの結論に持ってくるのが目的だったのに、さもジェシカが思いついたような雰囲気になっている。が、そんなことはおくびにも出さない辺り、ジャスパーは実に成長しているというべきか。

「よし、みんな。気張っていくぞ。大丈夫だ。俺達ならどんな事態も乗り越えられる!! 全力で動け!!」

マザー無き後の世界で初めて発令される防衛態勢、避難所の全開放と避難命令、そして事態の説明……

それを成すべく各部署の者達に改めて細かい指示をしっかり出してから、民を少しでも安心させるために全域放送設備がある隣室に向かうジャスパー。

その背を、執務室の者達は示し合わせたように見つめた。

総督の指示を受けたのだ。直ぐにでも執務室から飛び出して仕事をしなければならないが……

「いい加減、自覚してほしいな。俺達にとって〝暗闇の中の灯り〟は、未来でも希望でもなく――貴方だってことを」

誰かが呟いた言葉が微かに響いた。

異論はどこからも出なかった。別派閥の者達からさえも。

異常事態を前に、ジャスパー総督の真価を前に、彼等・彼女等の心は再び一つになっていた。

「どぉおおおりゃぁあああああああっ!!!」

裂帛の気合いが迸った。

ガァンッと強烈な衝撃と金属同士が衝突する騒音が響き渡った。

一方は大きく膨らんだスカートを履いたような人型のロボット。頭部はなく、腕は四本(一本は半ばから折れ、もう一本は欠損しているが)、G10と同じく 浮遊 ( フロート ) 機能を持つタイプだ。

それに、どっしりと重量感のある車両(?)、ロボット(?)が正面から体当たりを仕掛けたのである。

例えるなら戦車の砲塔部分を人型ロボの上半身に置き換えた見た目というべきか。

ギャギャギャギャギャッと地面をかみ締めるキャタピラの騒音が鼓膜を乱打し、浮遊フロートタイプ故に踏ん張りの効かない相手を一気に壁際に押し込む。

再びの轟音と衝撃。

そして、それに負けない声量での、

「しぃーーーーねぇーーーーッッ!!!」

暴言。

人型戦車の、その人型の背後に搭乗しているリスティの雄叫びだった。鉄格子で囲っただけのオープンタイプの運転席にベルトで体を固定し、その手には幾本ものコードで人型ロボットと接続されている手袋、否、もはやガントレットというべきものがはめられている。

足下のペダルをべた踏みして機体を走らせ続けることで敵を壁に押さえつけつつ、右腕を振りかぶり、握り込む。

連動したロボットの右腕が上がり、手の代わりに取り付けられている巨大なチェーンソーが凶悪な音を立てながら回転した。

振り下ろす。フロートタイプが咄嗟に腕をかざした。ギィイイイイイッと耳障りな音が撒き散らされ、火花が盛大に散りまくる。

「抵抗すんなぁーーっ!!」

左腕を引き絞り、同じく握り込む。今度はロボットの左腕が連動した動きを見せ、同時にバチバチッと帯電した。そのまま抉り込むようなボディブローを放てば、電撃パンチは見事にフロートタイプの脇腹に直撃した。

電撃が影響したのか、それとも単に殴打の衝撃か。どちらが有効だったのかは分からないが、ともあれ、チェーンソーに半ばまで断ち切られていた腕がガクンッと下がる。

そうすれば当然、チェーンソーは相手の胸部に到達。再び盛大な火花を散らしながらも胸部装甲――と言っても装甲というほど分厚くも頑丈でもないが――を斬り裂き、その内部をもズタズタに斬り裂いていく。

ビクビクと痙攣するフロートタイプは、一拍。損傷箇所から火花を散らしながら脱力した。

「しゃっ!!」

小さくガッツポーズするリスティ。連動して機体もガッツポーズするのが、その見た目の凶悪さに反してなんとも愛嬌がある。

だが、事態は勝利の喜びを嚙み締める時間を与えてはくれないようだった。

「リ、リスティーーーっ!!」

「あ゛?」

ミュウに見られたら「ガラが悪いの!! メッ」とお姉さんぶって注意してくるだろうガラの悪さで振り返るリスティ。

視界に入るのはライトが消えて非常灯だけが照らす薄暗い工場内。

凄まじく広い。天井の高さは百メートル近くあるのではないか。奥行きも左右も壁が見えない。

大小様々な機器がひしめき、ベルトコンベアや配管があちこちに伸びていて視界を遮っているからではあるが、それを抜きにしても本当に広大な屋内だ。

山岳地帯の地表の一部と内部をごっそりくり抜いたような立地に存在する〝プラント〟の内部だ。

そして、その出入り口、いや、搬入口というべきか。高さ十メートル以上ある巨大な両開きの扉の前で数十人の男女が固まっているのも視界に入った。

ギリギリまで扉に身を寄せ、混乱と恐怖に顔を青ざめさせている。

その視線の先には反対側からフロートタイプの人型ロボットが集団で迫って来ている光景が。

「なんだってんだよぉっ」

と、リスティもまた困惑の声を上げつつ、電撃を放った拳を開いて機能停止した目の前のフロートタイプを掴み、お仲間のもとへ投げつけた。

フロートタイプは移動の自由性が高い。だが、速度は出ないらしい。パワーもそれほどではない。おそらく細かい作業に特化したタイプの作業用ロボットなのだろう。

という、これまでの分析は合っていたようで、特に避けることも受け止めることもできず、フロートタイプの集団はボーリングのピンのように薙ぎ倒された。

「く、くそっ。なんで閉じてるんだ!!」

「こっちも開かないわっ!! なんでよぉっ」

まだ若い十代後半くらいの作業着を着た男女が必死に扉を開けようとしている。だが、金属製の巨大な扉だ。コンソールからの操作でなければ開かない。

その巨大扉自体に、おそらく作業用ロボット専用の出入り口と思われる三メートル程の高さの扉もあるのだが、取っ手もないスライドドアだ。やはり人力では開かない。

必死の形相でドンドンッと扉を叩き、あるいは屋外にいるかもしれない仲間に「開けてくれ!」「そっちからなんとかできないかっ」と叫ぶことしかできずにいる。

「落ち着けよ」

そこへ駆けつけるリスティ。小型扉の前に陣取り、チェーンソーを起動しながら鋭い目を扉に向ける。

(外からはともかく、ケーブル類を通している内壁の厚みは大したことない。なら、通電のためのケーブルを切れば……)

マザーもここが襲撃される想定はしていない。何せ、人類にそんな力は持ち得ない世界であるし、そもそも天機兵のプラントだからだ。戦力は十分。建物を要塞のように堅く建築する必要は皆無。

だから、リスティの金属用チェーンソーでも十分に壁は切れる。

だが、外まで貫通させて出入り口をくり抜くには時間がかかりすぎる。

だからこその必要な場所に必要なだけのダメージを! だ。

(おと―― 兄 ( あに ) さんならそうする!)

「ここだろ!」

場所に見当をつけチェーンソーを突き込む。騒音と火花が散り、派遣されてきた技研の者達が慌てて距離を取る。

「リスティ! あいつらがっ」

「は、はやく!!」

「急かすな!ってか、怯えてる暇があるなら武器くらい構えろ!」

「「武器?」」

「その腰に差してるバールとハンマーは!?」

「「工具ですけど!?」」

「なんのための工具だ!!」

「「作業のためですけどぉ!?」」

リスティの認識ではバールとハンマーは武器らしい。と、そこで上からも不吉な音が。

「ヤバイのも来たぁっ」

「いやぁーーーっ、死にたくないぃいいいっ」

見た目は一応、カニ型とでもいうべきか。腕は四本あるし、それぞれ回転刃やバーナー、放電機器やドリルが付いてるが。

背中のボックス内には様々な工具が収まっており、おそらく自由に換装が可能で様々な状況に対応できる工場内の修理作業用ロボット――と考えられているタイプだ。

それが大量に湧き出していた。天井から柱へ、あるいは柱から柱へ、工場の設備や機械の隙間を縫うようにして蜘蛛の如き動きで迫ってくる。

「なんで、なんでこんなことになってんだよぉ!!」

本当にな、と壁を斬り裂き見事に一発でケーブル切断に成功しながら、リスティは内心で呟いた。

(G10がミスなんてするはずない。何が起きてる?)

人類を襲うような機械類をG10が放置するはずもない。まして、この地に導くはずもない。

本当に唐突だった。いつものように工場内を探索・調査していただけだ。生きているからといって無闇にコンソールを弄ってもいない。少なくとも今日の作業予定には入っていない。

誰かが無視して勝手に触った? けれど、それで開きっぱなしだった扉が完全に閉ざされ、作業用ロボット達が一斉に襲いかかってくる?

それとも何かしらの電子的なトラップが仕込まれていて、人間を感知して発動した? いや、それこそG10が見逃すはずがない……

思考を回しながらも、体は淀みなく動く。左手の機能を放電から磁力機能に変更するスイッチを押し、掌を強力な磁石にする。

金属製の扉に張り付け、全力の駆動でスライドさせにかかる。

ギギギッと少しずつ動いていく扉。

「通れる奴から通れ!!」

「リスティ! お前って奴は本当に凄いな!!」

「リスティちゃん愛してるぅ!!」

細身の者から体を捻じ込むようにして外へ脱出していく。とはいえ、工場内にいたのは二十数人。全員が出るにはもう少しかかる。

「流石は総督の妹! 迎えに来てくれた時はマジであの人と姿がダブったよ!」

「ふんっ」

照れ臭いのを誤魔化すように鼻を鳴らすリスティ。

そう、元々工場内にはもっと人数がいたのだ。百人近くはいただろう。

その大半は扉が閉まりきる前に逃げ出せていた。生きた遺物である。不測の稼働を確認した時は万が一に備えて即座に退避することが、ジャスパーから徹底して通達されていたからだ。

だが、ともかく広い工場である。脱出が間に合わないほど奥にいた者達も当然いたわけで。

それを聞いたリスティは既に脱出していたにもかかわらず、閉まりきる前に自ら工場内に飛び込んだのである。

もちろん、真実を知る身であるから工場内に危険があるとは思っていなかったというのもある。ロボットの暴走なんて完全に想定外だ。

ただ、この機体に乗っている自分なら、どんな事故があっても対応できると考えて念のために駆けつけたに過ぎない。

それが結果的に二十数人の仲間の命を救うことになったわけだ。

「時間を稼ぐ! さっさと脱出しろ!」

ちょうど一人ずつなら出られる程度に扉を開いたところで、リスティは直ぐに機体を反転させた。

頭上から飛び掛かってきたカニ型の修理ロボの回転刃をチェーンソーで受け止め、そのまま薙ぎ払うようにして横から迫っていたフロートタイプを再び吹っ飛ばす。

「くそっ、こいつは戦闘用じゃないんだぞ。こんなことなら、もっとぶき――じゃなくて発明品を持ってくればよかった!!」

そう、この戦車に人型ロボをくっつけたようなこの機体は、リスティの作品だ。ハジメの滞在中、あくまでリスティ主体でハジメはアドバイス程度に留まっていたが、それでも共同作業によって実用に耐える程度に仕上げられた思い出の機体でもある。

なお、一見すると凶悪な兵器に見えなくもないが断じて違う。あくまで作業用である。

電気が通る左腕は通電や磁力による作業補助、チェーンソーはあくまで解体用だ。山岳地帯での運用試験のために 無限軌道 ( キャタピラ ) タイプにしているだけ。断じて戦車のつもりではない。

プラントは規模が規模である。工場内の移動と作業において、やはり人力だけでは限界があった。今はまだ工場の全体像、構内図の作成や各所の調査という表面的な部分ばかりで、どちらかと言えば開拓村の発展に重きをおいているくらいだが、いずれは本格的な重機、作業補助用の機械類は必要になる。

そのための試験運用ということで表に出すことを許された機体だった。

言わずもがな、ジャスパーがプラント行きの許可をくれなかった場合のリスティの足でもあった。

もちろん、ジャスパーは頭を抱えた。

けれど、一応、既存の車両に人型の機械、それも構造は電子制御方式ではなく操り人形方式という、どちらかと言えば原始的なタイプだったこと。

ジェシカにだけは内密に見せてみたのだが、十分に理解可能な範囲だったこと(とはいえ、それを発明したリスティ自身に対しては凡人が天才を見た時のように理解不能そうな顔をしていたが)から、まぁ、今後のためにもOKしていいか……と判断したのだ。

閑話 ( という話は ) 休題 ( おいといて ) 。

「おまけに自爆装置も付いてない!! 兄貴、恨むぞぉ!!」

なんて格好悪さ! なんて未完成品! おれ、恥ずかしい! と言わんばかり。実にハジメの娘。そして、「なぁにこれ?」と自爆装置に気が付いたジェシカさんと、真顔で取り外させた挙げ句にミンディに報告したジャスパー、泣くまでお尻ペンペンで叱りつけたミンディさん、グッジョブ。

「リスティ!」

フロートタイプに組み付かれた。チェーンソーでぶった切られながらも自らのボディで抑え込み、更に二体目、三体目が取り付いてくる。

左手の放電で回路を焼かれたカニ型が煙を噴きながら転がるが、数が数だ。間に合わない。

次々と落ちてくるカニ型にも組み付かれ、鉄格子の外が不気味に光るモノアイで埋め尽くされていく。

回転刃やバーナーが鉄格子を斬り裂き、あるいは焼き切ろうとしてくる。

同時に、足下に五つある小さなランプのうち既に四つが消えていて、今、五つ目が明滅し始めた。バッテリーの残量が尽きかけている。

もう、限界だった。が、

「リスティ! もういい!」

時間稼ぎは成し遂げた。

鉄格子が何本かもぎ取られ、その隙間からフロートタイプが腕を伸ばしてくる。

それがリスティを掴む前に、リスティは機体をバックさせながら座席を後ろにスライドさせた。そして、足下の鉄板のロックを外して引き上げる。

「自爆装置と脱出機構は 絶対必要 ( ロマン ) だって、おと―― 兄 ( あに ) さんが言ってたからな!」

ストンッと車両の真下に脱出するリスティ。フロートタイプの腕が虚しく空を切る。

バックする機体に合わせてキャタピラの間に身を隠し、最後に体の小ささを利用してヘッドスライディングの要領でフロートタイプの足下を抜ける。

そのまま扉の隙間をスルリッと通って見事に脱出。

一拍おいて、背後のフロートタイプを扉と機体でサンドイッチにしながら停止した機体に向けて、リスティは何かのボタンを取り出した。

ケーブルが一本、扉の隙間を通して機体に伸びている。脱出と同時に持ち出したのだ。

「あと、予備弾倉――じゃないや。予備バッテリーは最後まで取っておけ、だったかな?」

ポチッとな。刹那、機体から全方位への強烈な放電現象が発生した。

自爆装置は取り外した。だが、自壊装置まで外せとは言われていない。その自壊の際にどうしても電撃が周囲に飛んじゃうだけ。ということらしい。

周囲を囲んでいたロボット達が一斉にダウンする。扉の隙間が奇しくもロボット達の残骸でバリケードを作ったように塞がれた。

「これで少しは時間が稼げる。今のうちに逃げて、どこかに身を隠して――」

山岳地帯だ。洞窟や谷間など隠れられる場所は幾らでもある。もちろん、万全には程遠いが、とにもかくにもプラントから離れて考える時間が必要だった。

今はとにかく開拓村の皆と合流する。先に脱出した者達が既に伝えてくれているはずだから、どこかで合流を……と思考を回しながら振り返り、

「あ……」

と声が漏れた。

先程脱出させたばかりの約二十人の仲間が一塊になって身を寄せ合っていた。三十体近いロボットを前にして。

先回りされていたらしい。重い金属素材の運搬用だろうか。実は同時刻、コルトランでジャスパー達を追いかけていたタイプの完全版がずらりっと並んでいた。象の足のような重厚な下半身がズシンッと音を立てて一歩前に出る。

「リ、リスティ……」

一人の女性研究者が肩越しに振り返ってきた。恐怖で引き攣った表情だ。その目を見て、リスティは一瞬で決断した。

「まだだっ!!」

「リスティ!?」

最初の呼びかけは、きっと縋る声。二度目の呼び声は制止と、そして後悔。

自分が縋ったことを、ずっと年下の女の子に前に出る決断をさせてしまったことを酷く悔いる声だった。

(ごめんっ、約束破るっ!!)

信頼してくれた皆に心の中で謝り、思い描いていた未来を捨てる覚悟を一瞬で決める。

それはリスティにとって最大限に重い代償だ。ハジメやジャスパー達の信頼を裏切る行為で、G10を先生と呼ぶ資格を失う決断であるが故に。

そう、ハジメが万が一に備えて渡したアーティファクトに頼ることを決断したのだ。結界のアーティファクトで皆を守り、攻撃用のアーティファクトで戦って皆が逃げる時間を稼ぐ決断を。

言うまでもなく、第三者を守るために渡されてはいない。秘匿は絶対の前提条件だ。

ハジメ達なら状況を汲んで酌量の余地を認めてくれるかもしれない。

だが、それを前提に行動しない。そんな甘えはリスティ自身が許せない。

だから、少なくともリスティは大事な未来を失う覚悟で飛び出した。「ダメだ!」「やめてっ」という悲鳴じみた大人達の声を無視し、止めようと伸ばされる手を振り払って。

「命に代えられるかよっ!!」

立ちはだかる。その身を挺するように両手を広げて、立ちはだかる。

敬愛するあの人が与えてくれた〝守り〟に絶対の信頼を置いて。

視界いっぱいに迫る金属の大きな拳を真っ直ぐに睨み付ける。

そして、

『まったく、あなたという子は……』

「!」

金属の拳がピタリッと静止していた。リスティの顔まで三十センチほどの位置で。

「せん、せい……?」

小さな呟きは、きっと誰にも聞こえていないだろう。聖樹の力で繋がっているG10以外には。

『リスティ、よく聞いてください』

有無を言わせず伝えられる緊急事態。

取り敢えず、突然停止したロボット達に戦々恐々とした表情を向けたまま固まっている後ろの人達を置いて、リスティはロボットを調べるふりをしながら耳を傾ける。

そうして、ジャスパーにされたのと同じ説明を聞いたリスティは、

『分かった。取り敢えず開拓村に戻って、皆がパニックにならないよう抑えておく。でも、ちょっと残念だ』

しかし、ジャスパーとは異なり理解した様子を見せつつも、なぜか少ししょんぼりした様子を見せた。

『残念……ですか?』

『うん。まだこっちに来て三日しか経ってない。こんな事態だから、いったんコルトランに引き上げるのは確定だろうし、兄貴がどんなでっちあげ理由を作っても当面はプラントに来られないと思う。……もう少しプラントを見て回りたかった。あ、でも動き回るロボット達を見られたのは大収穫だし、あまり贅沢は言っちゃダメだな』

『まったく、あなたという子は……』

なぜだろう。手なんてないのにG10が頭を抱えている様子がイメージできた。

『前代未聞の世界の危機なのですよ?』

『でも、おと―― 兄 ( あに ) さん達に敵うわけない。どんまい、無神』

まるで自然の理を説くような口ぶり。緊張感も危機感も皆無。リスティにとって、それは確定事項らしい。

絶対の信頼を前に、G10はもはや何も言えない。

『それより……ごめん、先生。おれ、人前でアーティファクトを使おうとした。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。覚悟はできてる!!』

『覚悟が決まりすぎなのが、むしろ貴女の欠点かもしれません』

ハジメ達が聞いたら特大ブーメランだとジト目で指摘するに違いない。まだ授業は始まってもいないのに、この二人は実に先生と教え子だった。

と、そこで背後から騒然とした雰囲気が広がった。今度はなに!? と精神の限界を感じさせるざわめきがあちこちから上がる。

濃霧だ。白い霧が周囲一帯を急に包み込み始めたのだ。遠方からどんどん視界が閉ざされていく。

「これは――」

『安心してください。問題ありません』

直後、その言葉を直接、心に届けるみたいに何かが通り過ぎたのが分かった。体の内側をそよ風が通ったみたいな感覚だ。

途端に、次から次へと起こる理解し難い事態の連続に恐慌を来しそうだった者達が、傍目にもスッと落ち着いていくのが分かった。

『〝鎮魂〟と言いましたか。精神を落ち着ける彼女の魔法です。この霧も』

『それって……そっか』

リスティは大きく息を吸った。声に力を込めて「みんな! 一度、開拓村に戻ろう! 村の皆と合流しなきゃ!」と呼びかける。

それで、急に心が落ち着いたのもあってポカンッとしていた彼等・彼女等もハッと我を取り戻したらしい。「確かに!」と頷き合い、停止中のロボット達に恐ろしげな眼差しを、あるいは警戒の眼差しを向けつつも小走りで移動していく。

「ほらっ、リスティちゃんも! 霧がもっと濃くなる前に村に戻らないと道を見失っちゃうかも」

先程の女性研究員が手を差し伸べてくる。はぐれないように手を繋ごうというのだろう。

ちょっと気恥ずかしいが、女性の手が少し震えているのを見て、特に文句を言うでもなく手を取るリスティ。

そして、力強く握り返して、

「大丈夫。何も心配ない」

だって、

『 兄 ( あに ) さんの奥さんが助けに来てくれてんだから』

と心の中で呟いたのだった。

女性研究員を見上げながら。ニッと、こんな状況なのに力強く笑って。

女性研究員さんの頬が、なぜかポッと染まった。

宇宙から見れば驚愕の光景だっただろう。

まるで超大型台風が突然、発生したように見えたかもしれない。あるいは、台風と違って渦を巻かず台風の目もないことから星の一部に空白地帯でもできたように見えたか。

四百キロメートルもの距離があってなおコルトランとプラントを丸ごと覆い、更に倍の距離――直径にして約八百キロメートル。超広範囲の〝真白の濃霧〟だ。

「ふぅ……結界はこれで良し」

その真白の濃霧の中、どことも知れぬ場所に小さな呟きが微かに響く。

この濃霧にして結界たる〝真白の濃霧〟を生み出した張本人、愛子だ。

例の如く、装いを新たにしていた。

端的に言えば〝白い魔女〟だ。

肩幅より遥かに広い波打つ 庇 ( ひさし ) 部分と、ふにゃふにゃと折れ曲がっている先端部分が特徴のトンガリ帽子、胴体よりも広い袖口でフィッシュテールタイプのローブ、フリルのついたブラウスにミニスカート、薄いタイツに、靴は先がくるんっと上向いたショートブーツ……その全てが純白だ。

そして、ふわふわっと飛行する箒(やはり白色で統一)の上に横向きで腰掛けるスタイル。

完璧に魔女さんだった。華奢な体格と童顔のせいで〝魔女っ娘〟というべきかもしれないが……

ともかく、それが新戦闘服だった。使徒モードの発動の証で髪色も雪のような白色に変化しているので、本当に〝白の魔女〟という異名が似合いそうな見た目だ。

(それにしても、樹海を創り出す魔法使いの女性なんだから、やっぱり愛子には魔女スタイルが似合うって……確かに霧に紛れられるローブとかあれば嬉しいという要望は出しましたけれど……)

コスプレ感が否めない……と、愛子としては実に落ち着かない気分。実際、使徒モードで試着した時、ハジメがノリノリで写真撮影していたので余計に。

(ま、まぁ、似合うとか可愛いとかいっぱい言ってくれて悪い気はしませんでしたけど……)

というか途中からは自分でもノリノリでポーズを取りまくった記憶しかない。好きな人がべた褒めしてくれて、自分に注目し続けているという状況の気持ち良さにちょっと目覚めてしまったというか。

むしろ、最後の方はちょっとエッチなポーズとか、わざわざ服を乱して誘惑とか――

「何を思い出してるのわたしぃいいいっ!!」

セルフビンタ(〝鎮魂〟付与バージョン)で正気を取り戻す!!

セルフでスンッとなった愛子は、一度、深呼吸をした。

直後、周囲に光り輝く球が浮かび上がり、惑星のようにゆるりと愛子の周囲を回り始めた。

「とにかく、まずは敵が樹海に辿り着く前に下準備の一撃を……」

今回、〝樹海顕界〟はコルトランとプラントの周辺のみだ。流石に樹海まで直径八百キロメートル全域に展開するには時間が足りなかった。

濃霧を通して複数の反応を捉える。宇宙に出現している〝無神〟を囮にするみたいに、即座に地上へ降下してきた〝無神の部隊〟というべき集団だ。

クラスは4程度だろう。だが数が多い。濃霧の〝惑乱効果〟は一応、効いてはいるようでコルトランに真っ直ぐ向かっていた足取りに今は迷いが窺える。

それらに向けて超広範囲魔法を放つ準備を行う。

「――第五限界突破」

緩やかに、しかし確実に膨れ上がる愛子の力。

「――強く、強く念じて。〝絶対に守る〟って」

瞑目し、箒に手を添えて、自分に言い聞かせるように、あるいは暗示を掛けるように呟く。

それは愛子の新たな魔法だった。

魂魄魔法〝思念波〟とでも名付けるべきか。原理は単純。魂魄魔法による〝念話〟の応用にして強力版というべき魔法で、己の思念を相手に押しつけて思考を混乱させる魔法だ。

今回の場合、コルトランの人々を絶対に守るという思念波が、コルトランの人々を喰らわんとする存在に放たれる。

結果、何が起きるか。

思考の矛盾だ。害したい相手を守らなければという矛盾に思考が酷く乱れることになるのである。

コルトランを守る側の存在に対する攻撃の意志が総じて揺らぎ、躊躇いが生まれ、それどころか場合によっては混乱を抑えて攻撃の意志を見せた味方を妨害、ないし自ら盾となって攻撃を受ける。

はっきり言おう。

これは〝洗脳〟に近い〝思考の侵食〟あるいは〝汚染〟だ。敵からすれば。

生来の性格のせいか適性がなく、今まで愛子には使えなかった魔法である。

その性格的障害を圧倒的な技術で乗り越えることができたのは言うまでもなく、完全なる分身体を創り出すために魂魄魔法の習熟をとことん突き詰めたから。

その成果が、今、放たれる。

「――〝この世界の人々を、絶対に守るーーーっ!!〟」

薄桃色の波紋が、否、もはや全方位への津波というべき光の波が濃霧の世界を駆け抜けた。

――ハジメくんのことが好きーーーーッッ!!

という強烈なまでの思念と共に。

「……」

――だぁ~~いぃ~~すぅ~~きぃーーーーーーーーーっ!!

波紋と表現したように、発動中は波のように何度も放たれる。

――すきすきすきすきすきすきぃいいいいいいいいっ!!

愛子の表情がキュ~~ッと赤くなっていく。

――すぅ~~~~~~~~~~~っ

怒濤の思念を浴びた地上の〝無神〟達が『ワ、ワレワレハ……ハジメクンガ、ガガガッ、ス、スス、スキィーーーーッ???』と滅茶苦茶に混乱している。

――きぃ~~~~~~~~~~~っ!!!!

というのも濃霧を介して分かってしまい、呆然と目を見開いていた愛子は、

「あ、あれぇええええええええっ!?」

と滅茶苦茶に混乱したのだった。

初めて実戦で使ううえに、使徒モードかつ限界突破などバフてんこ盛り状態という練習時とは違う状況ではある。

だが、半ば自己暗示まで掛けて増幅した〝今、抱くべき強い想い〟だ。いくら〝普段から抱いている強い想い〟とはいえ、魔法として術を構成して放つ際に勝手に上書きされるなんてこと普通はない。

では、なぜそんなことが起きたのか。

原因として考えられるのは一つだ。

同調魔法によりハジメへの想いが相乗的に高まり、無意識に自重の枷を外してしまった。要は、日頃の想いが抑制できず溢れ出してしまったから。

つまり、だ。

だいたい香織さんのせいである。同調魔法、恐るべし。

いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

来週も、もう少し愛子サイドを書きたく思います。字数によっては次の世界の話に食い込むかもです。

※ネタ紹介

・予備弾倉は最後まで取っておけ

アニメ『フルメタル・パニック!』のザイードより。『故郷に舞う風』編、苦しくて辛い話なのにシリーズの中でも凄く印象に残っている好きなエピソードです。

・愛子の新戦闘服のイメージモデル

『魔女の旅々』のイレイナさんの衣装より。

・すぅーーきぃーーー!

アニメ『SPY×FAMILY』21話のフィオナより。原作も良いですがアニメでの叫び方がまた良い味出してると思います。