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全世界防衛戦⑱ いつでも全力の限界魔女さん

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全世界防衛戦⑱ いつでも全力の限界魔女さん

――だぁ~~~いっすきぃ~~~~~~~っ!!

「止まってぇ~~~~~~~~っ」

世界の中心 (かどうかはともかく)で愛を叫ぶ愛子の心。羞恥心は当然のように限界突破状態。

『愛子様……? だ、大丈夫ですか?』

「大丈夫です! 問題の欠片もありません! どうかお気になさらず!!」

G10の戸惑いが心に痛い。

『わ、私もキャプテンのことは大好きですので!』

「気遣いは無用ッッ」

ついでに気遣いも痛い。もうなんか自棄クソだ。思わず武士みたいな口調になったし。

――あ・い・し・て・るぅ~~~~~っ!!

「止まれぇーーーッ!!」

迫真であった。まるで背後に大切な人がいる状況で敵の破滅的な攻撃を必死に受け止めている、あるいは暴走する車両の先に断崖絶壁が見えていて懸命にブレーキをかけている……みたいな絶叫だが、止めたいのは己の心である。

『あの、愛子様? 心を鎮める魔法を使われては?』

「なぜ気が付かないのか。G10さん、私はもうダメかもしれません」

『お気を確かに』

先程、セルフビンタによる〝鎮魂〟をしたばかりだが、あれは極めて軽いものだ。むしろビンタがメインで〝鎮魂〟効果はおまけ程度。

だって、こんな状況でハジメとのえっちでプライベートなコスプレ撮影会的なあれこれの回想に浸るなんて色ボケにも程があるから。ビンタで戒めたかったのだ。

(いえ、待ってください。いくらなんでも、こんな状況で……ハッ、これも同調魔法のせい!)

謎は全て解けた! と言いたげな愛子さん。

なお、無意識に最も強い想いが〝思念波〟に組み込まれてしまったのは確かに同調魔法の影響だが、えっちな回想自体は愛子自身の所業である。自分の衣装からのごく自然な流れでの回想だった。

うっすら気が付いてはいるが、努めて他責しておく。

「ひっひっふぅ~~っ、ひっひっふぅ~~!」

逆に何か生み出しそうな呼吸法だったが、今度こそしっかり自分に〝鎮魂〟をかけることには成功したようだ。

定番の白熱する空回りを脱却。冷静な思考が戻り、展開している魂魄魔法〝思念波〟の魔法陣をしっかりと意識して書き換えていく。

(使徒モードで魔法の〝想像構成〟が出来るようになったのは良いんですけど、まだまだ未熟ですね。これも失敗の原因でしょうか)

ユエの秘術で使徒モードを得たことで〝魔力直接干渉〟〝魔法陣の想像構成〟が使えるようになった。つまり、無詠唱と魔法陣なしでの魔法行使だ。

この点、ハジメのアーティファクトが優秀すぎて、ほとんど両スキルを保有しているのと変わらない魔法行使が可能だったのだが、しかし、あらかじめアーティファクトに組み込まれている魔法に限定されるという点は変わらない。

同時に、ハジメのアーティファクトに頼りすぎて、せっかく得たスキルを使いこなせないままというのはなんとも宝の持ち腐れだ。アーティファクトを失った途端に右往左往するのも実にみっともない。

ということで可能な限り自力行使しているのだが、それもあって失敗した……のかもしれない。と冷静に自己分析。更に集中力を高めて、

「――〝絶対に人間を守る〟」

今度こそ意図通りの〝思念波〟を拡散する。

白霧の中でも、どういうわけかコルトランとプラントの位置を把握できているらしい〝敵〟は進軍速度こそ大幅に低下していたものの向かえてはいた。

その足が完全に止まったのが白霧を介して分かった。まるで、これ以上の進軍を躊躇い、二の足を踏んでいるような様子だ。

『お見事です、愛子様』

「G10さん」

『さんは不要ですとあれほど……』

「G10!」

『はい、愛子様』

自分への敬称絶対に許さないマンなG10に若干気圧されつつも、愛子は言葉を続ける。

「そちらはどうですか?」

『現在、艦隊戦および電子戦の双方において拮抗状態にあります』

聖樹の化身となったからだろうか。G10の〝思念通信〟にはイメージを共有する能力も付加されているらしい。

愛子の脳裏に、まさにSFに出てくるような宇宙戦争の光景が広がった。

少し前、機工界に訪れた時に映像で見せてもらった宇宙戦艦同士がビームを撃ち合うあれを、更に十数倍の規模にしたような感じだ。

ただし、今度は多くの点で異なっていた。

まず、コッテコテに使い古されたようなUFOのイメージ――円盤形宇宙船が、辛うじて宇宙船、あるいは戦艦に見えなくもないだけの別物に変わっていた。

端的に言えば、黒いタールに覆われ、あちこちからタコの足のような太い触手が伸びている宇宙船モドキというべきか。

円盤形だけでなく、槍の穂先のようなシャープな巨大戦艦もあれば、ひし形タイプ、さすまたタイプもある。だが、全てが黒いタールの質感だ。

そして、一際大きな、遠近感覚が分からなくなるほどの巨大な球体があって、やはり同じくタールに覆われている。

おそらく母船だろう。もしかすると月の半分くらいの大きさはあるのではないだろうか。

その黒いタールの星から今なお続々と敵艦隊が発進……見た目はタールの海から生まれているかのようだが、とにかく出現している。

また敵艦隊からはビーム砲撃を撃つ砲塔や、小型機――ドッグファイト用の戦闘機が大量発生するハエの如く飛び出してくるのだが――の開閉部分がどう見ても生物の顎門だった。

こう、口を開けた時にぬちゃ~っと唾液の糸が引く感じでタールが滴るのだ。そして、微かに見える内部も、まるで生物の喉奥のように見えて仕方がなかった。

それが、既に百数十隻。なお増殖中。

あたかもロズウェル事件や地球の映画を模したような、どこかネタっぽい前回の宇宙船とは異なる強烈な忌避感と恐怖感を煽る存在。確かに宇宙船らしき形をしただけの〝無神〟だった。

『申し訳ありません。電子機器へのアクセスは防げましたが、地上に降下した部隊へ送られている位置信号の阻害にはもう少し時間がかかります』

どうやら、それが濃霧の中にいてなお地上部隊がコルトランとプラントへ向かえる原因らしい。宇宙空間から白霧に覆われる前に確認していた座標を送り続けているのだろう。

濃霧の影響で自然と進路がズレてしまい、逐一修正を余儀なくされるので全速力は出せないが着実に距離を縮めていた。

「G10がてこずるなんて……電子戦に特化した〝無神〟なんているんですね」

『はい。聖樹様のお力とキャプテン考案の設備によるスペックの大幅な上昇がなければ負けていたかも知れません。驚異的な演算能力です』

言わずもがな、G10は今、聖地シャイアの中枢にいる。そこから全てを把握し、そして、機工界を守る戦力を動かしていた。

『念のためにと滞在中に防衛戦力を拡充しておいてくださったのも功を奏しました』

宇宙艦隊型の〝無神〟に相対するのは、やはり百隻の宇宙戦艦だ。

マザーの遺産とハジメがアーヴェンスト用に置いていったアーティファクトを流用してG10が即席で創り上げた戦艦ではなく、それらを元にハジメが改修した正真正銘の艦隊である。

〝あまりにもネタが過ぎる。そして、お前が聞いたという声……念には念を、だ〟というハジメの言葉を思い出す。

(前回の彼等は、一種の威力偵察を兼ねた先遣部隊だったのかもしれません。かつての同胞の有様を思えば、あるいは彼等も何も知らないうちに利用されたか……)

地球人に通じるネタをなぜ知っていたのかという疑問はあるが、ともあれ、こちらの反応を窺うためだったという可能性はある。

そのうえ、だ。

(キャプテン、感謝します。〝AIの勘〟などというものを本気で信じて、万が一に備える……貴方の賢明さと周到さに心から敬意を)

G10が敵艦隊を打破した際に聞いたという何者かの声。

ハジメは、記録にも一切残っていないそれを極自然に〝事実〟として扱い、しかして生き残っているはずがないと報告を受けてなお警戒すべき事柄として受け止めた。

その結果が、アワークリスタルを使って幾日も徹夜しながら整えた防衛戦力だったのだ。

そう、アーヴェンストの改修だけではなかったのである。テンションがおかしくなってゲーミング仕様にしてしまったのは、こちらにも時間を割くために寝ずの作業をしていたからなのだ。

『敵母艦が保有する総戦力が不明です。しかし、無限ということはないでしょう』

「戦力が投入され続けているのに拮抗状態ということは、なるほど。戦いそのものはこちらの優勢なんですね」

『はい、愛子様』

数の優位を取られてなお、G10の艦隊は圧倒的スペックを以て敵艦隊を確実に撃破していっている。

また、現在進行形でなされている敵のハッキングやクラッキングも完璧に防げていた。それどころか、今この瞬間も相手の情報解析は進んでおり、少しずつではあるが電子的防壁を突破しているところだ。

敵戦力が消耗しきるまで正面から物理で粉砕するか、電子戦で勝利しクラッキングをしかけることで無力化ないし混乱状態からの殲滅戦に移行するか。

いずれにしろ、聖樹の力と魔神のバックアップを受けているG10を相手に、敵艦隊は攻めあぐねている、というのが実情らしい。

ということが分かって、愛子はホッと吐息を漏らした。

と同時に、だからこそ地上の防衛が重要なのだと気を引き締め直す。

「まだ降下してくる敵はいそうですか?」

『戦艦クラスは一隻も通しません。確約します。ですが、戦闘機群となると……申し訳ありません。戦域から大きく離脱した部隊までは対応しきれないのが実情です』

「いえいえ! そのために私がいるわけですから!」

地上に降りることに成功したのは戦闘機の類いだけだ。戦艦タイプだけはG10が最優先で迎撃しているので一隻も降下に成功していない。

戦闘機部隊が上空に上がって濃霧から抜け出そうとしないのは、まさにそのせいだ。

愛子が展開した白霧は大気層における中間圏の低層域にまで及ぶ。つまり、地上から五十キロ以上上空まで覆っているのだが、その更に上空こそがG10の大気圏内におけるコルトラン・プラントの最終にして最大の防空網なのである。

つまり、白霧の結界から上空に抜けた直後、モグラ叩きの如く撃墜されてしまうというわけだ。

ついでに言うと、上空から直接コルトランとプラントに突撃しなかったのも、この防空網のせいである。戦艦を囮にしてなお正面突破は不可能だったのだ。そのため戦域を大きく離脱してから地上に降り、そこからコルトランとプラントに向かうしかなかったのである。

『しかし、白い霧の結界ですか。聖樹様からなんとなくイメージが伝わるので私にも使えるようですが……』

「あはは、魔法的なものはやっぱりよく分かりませんか?」

『ええ。重力や空間への干渉は科学的理論がありますので。しかし、なぜ霧に思考や認識への惑乱効果や、まして遠隔地の認識効果が? 霧の成分が一種の薬物である、またはナノマシンの類いであるなら理解できるのですが……』

科学の申し子は魔法理論が未だ理解しきれないらしい。特に化身の権能。できるものはできるという感覚的なものは余計に〝???〟となってしまうようだ。

聖樹にお願いすれば、ある程度は代わりにやってくれる。だがこれは、あくまで化身の意図が反映された結果だ。聖樹が自らの意志を以てやっているわけではない。

なので、見様見真似というか、この映像イメージと同じ事をしてくださいと伝えることで、現在、聖地シャイアだけは白霧の結界に覆うことに成功はしているのだが、他の女神のように世界を閉ざすとか、星を覆う結界を展開するとか、そういうのは未だG10には難しいらしい。

そのことに申し訳なさそうな、それでいて自力で使いこなし広大な樹海まで生み出している愛子へ畏敬の念を向けるG10。

愛子は思わず苦笑いを浮かべた。

「本来、私の〝樹海顕界〟に白霧の結界を生む能力はないですし、白霧自体にも遠隔地の認識能力はないんですけどね」

『そうなのですか?』

そうなのである。実は、白霧の結界はあくまで大樹の類いが持つ自衛の能力の一つなのだ。

なので、愛子がその辺の種子を使い〝樹海顕界〟を発動しても白霧は生まれない。

富士の樹海決戦時、王樹の聖域を守っていた愛子が白霧を生み出せていたのは、あくまで王樹の力を借りていたから。〝守護杖〟というアーティファクトが王樹の枝葉から作られたもので、それが女神の権能の代理行使を認める効果を持っていたからだ。

「化身の権能となると私もよく分かりません。ただ今回の場合は……私の箒、ハジメ君の宝樹から作られた新しいアーティファクトでして、コルトランを囲っている樹海も宝樹から生まれた種子や箱庭の独自植物の種子なんです」

『……それはつまり、限定的ながら愛子様も今、化身のようなものだと?』

「ほんとぉ~に限定的というか〝もどき〟ですけどね。星に根付いていないので何もしなければ数日で枯れて消えてしまう樹海ですし」

どことも繋がっていないが故に、愛子の魔力がなくなれば崩壊するしかない文字通りの限定樹海。その起点たる大木は宝樹から枝分けしたもの。

そして、愛子の箒こそが、この〝限定宝樹〟への干渉権を有する宝樹から作り出されたアーティファクトであり、取りも直さず、実質的な〝限定宝樹の化身〟として権能を行使するための媒介なのだ。

本来はない白霧を利用した限定的な領域知覚能力も、この〝化身モドキ〟の副次効果なのである。

なんて情報共有をしている間にも。

「あ、敵が動き出しました。う~ん、思ったより同士討ちしませんね……」

〝無神〟は飢えているという話を思い出す。やはり本能は思考を上回るのかもしれない。あるいは、単に〝無神〟故に効きが悪いのか。

いずれにしろ問題はない。〝思念波〟だけが足止めの手段というわけでもないから。と、守護杖ならぬ守護箒に手を添えて。

「第六限界……突破。一極・魂魄魔法――〝衝魂〟!!」

愛子が最も使う、というよりほとんど唯一といっていい直接的な攻撃魔法。

見た目だけは薄桃色の波動というファンシーな見た目だが、魂を直接ぶん殴るという凶悪な衝撃波の魔法が放たれた。

桃色の波動が三方向に、まるで灯台のサーチライトの如く濃霧の向こうへ駆け抜けていく。

ところで〝思念波〟は届けばいい魔法だ。それだけで相手に影響を与える魔法であるが故に広く薄く展開する方式で問題なく、だからこそ広範囲に及ぼせる。

だが、〝衝魂〟は違う。言うなれば〝思念波〟が微風で問題ない魔法なら、〝衝魂〟は衝撃力が物を言う魔法である故に、当然ながら突風クラスでなければならない魔法だ。距離により減衰し微風レベルになってしまえば、当然、威力は下がる。

なのに今、愛子が放った〝衝魂〟は百数十キロ先まで届き、そして、

「よしっ、1割くらいは意識を飛ばせました!」

『なんと』

しっかり意識を吹き飛ばす威力を持っていた。

全方位ではなく指向性を持たせて、更にG10と会話している間、一分間以上かけて魔力を練り上げる〝溜め〟が必要であるとしても、これは驚異的なことだった。

「相手に魂魄があって、私の魔法が効くなら……こっちも大丈夫そうです。私の樹海という主戦場もまだありますし、私達は時間さえ稼げれば勝ちなわけですし」

愛子にイメージが伝わっていた。どうやら敵の母艦が業を煮やして動き出したようだ。何をする気は分からないが傾注すべきだろう。

その意図を読み取って、愛子は気合いを入れるように両手で小さくガッツポーズした。

「こっちは任せてください! 絶対に守りますから!」

『はい、愛子様。どうかコルトランとプラントの人々をよろしくお願いいたします』

全幅の信頼がこもった思念が届いたのを最後に、G10の通信は切れた。

宇宙戦争に全力を注ぎに行ったG10に心の中でエールを送りながら、愛子もまた集中し直すべく、一度、深呼吸をした。片手を箒の柄に添え、もう片方の手を胸元に添えて、少しだけ瞑目する。

「うん、大丈夫」

己とアーティファクトの状態、更には白霧の結界と範囲を拡大し続けている樹海の状態を確認。

白霧を介して、敵の位置とイメージが伝わってくる。

戦艦から発進したように見えたから小型戦闘機群と表現したが、実際はなんとも言えない姿に思わず顔をしかめてしまう。

絶えず流動する黒いタールで構成された全長三メートルから五メートルほどのオウムガイのような姿、と表現するのが一番近いか。空中を自在かつ滑るように移動している。

触手部分の先端は両手を鉤爪状にして上下に合わせたような奇妙な形をしているのだが、これが伸張したり熱線を放ったり、あるいはタールを押し固めたような弾丸を発射したりと攻撃から補助まで多機能を有している。

中に搭乗者がいるのか、それとも単一の生物なのか。

分からないが一体一体に魂があることは間違いない。ならばと容赦なく、

「――〝衝魂〟〝衝魂〟〝衝魂〟〝衝魂〟」

連続して魂魄への衝撃波を放ち続ける。

敵部隊の総数は、およそ千機と少し。コルトランに八割、残り二割がプラントを目指して移動している。

「――〝人間を絶対に守れ〟」

それらが徐々に端から削られるようにして脱落していく。魂魄への衝撃で意識を削られ、かけ直された〝思念波〟で本能との葛藤を生まれさせ、多少は味方同士で争わせる。

コルトラン・プラントを囲むようにして創造した樹海は、現在、横断に十数キロメートルの移動が必要な規模になっているが、そこに到達するまで最接近している部隊でも残り百キロと少し。

濃霧により逐次方角確認が必要ではあるが、それでも相手の移動速度は速い。〝思念波〟で更に足を鈍らせてなお、先陣が樹海に到達するまで残り十分程度といったところか。

「でも、四割はいけそうです……ん? 動きが変わった。こっちに向かってる?」

二百ほどの部隊が進路を急激に変えた。真っ直ぐにこちらに向かってくる。

「魔力光はどうしても出ちゃいますからね……白霧に紛れているとはいえ複数地点からの観測で大雑把な位置は割り出されちゃいましたか」

と呟きつつも、王樹の聖域で 狒々 ( ひひ ) の妖魔に迫られた時のような焦りは、今の愛子にはなかった。

「むしろ、好都合です」

なんのための移動式起点か。濃霧の中にいる限り、どこにいようと守護箒と限定宝樹は繋がっている。遠隔で干渉できるのだ。

ならば一つどころに留まっている理由はない。

宙を緩やかに飛んでいた箒がグンッと一気に加速した。保護機能により騎乗者には風圧どころか慣性力も遠心力もかからない。

やろうと思えば〝神速〟での移動も、あらかじめ起点を設置しておけばゲートキー代わりとなって空間転移も可能な箒だが、実は箒に乗って空を飛ぶのがちょっと怖かったので慣れるためにもと物理的に高速飛行する。

「ひ、ひぃ~~~、こ、これは怖いぃいいい~~~」

魔女のトンガリ帽子を必要もないのに片手で押さえ、もう片方の手で箒の柄をしがみつくようにして握り締め、めちゃくちゃ内股になりながら、ちょっぴり涙目にもなる愛子。

荒野の上なので高度からしても障害物はないのだが、真白の濃霧で視界ゼロ状態かつ生身での超音速に思わず体が固まる。

時間にして三分ほど。コルトラン北側の樹海の端あたりまで退避したところで、元の緩やかな飛行に切り替えた。

「やっぱり移動は神速でいいかも……」

体への負担は皆無なのだが、精神的負担で乱れる呼吸をすぅはぁ~っと整え、一拍。

改めて白霧による探知をかければ、ちょうど先程の部隊が愛子のいた場所に到達したようだと分かった。周囲を必死に捜索しているが標的の姿は影も形もなく右往左往している。

「隠蔽機能も上々ですね」

少しホッとした様子で押さえていた帽子をぽんぽんっと軽く叩く愛子。

衣装を白で統一したのは真白の濃霧に視覚的に紛れるためだ。

だが、近接戦闘能力は皆無であるため肉迫されればほぼ無力な愛子の守りを、ハジメが物理的なカモフラージュだけで済ますはずもない。

このトンガリ帽子は隠蔽特化のアーティファクトで、傍目には濃霧と完全同化することを可能とし、更にあらゆる探知を弾く。なんなら 庇 ( ひさし ) 部分から薄い ヴェール ( 流体金属 ) が流れて使用者を覆い、そのまま木々や草花に見た目を変化させる擬態能力もある。

白のローブは言わずもがな結界だ。それもやはり隠蔽能力に優れた結界を多重展開できるタイプ。気配を遮断し、魔力反応も放射さえしなければ完全に隠してくれる。

これで惑乱の濃霧の中を常に移動されれば、もはや捕捉など不可能に近い。

そのうえ使徒モードにより肉体強度自体も凄まじく強化されていることを思えば、ちょっと過保護と言えなくもないレベルの守りだった。

「えへへ、ハジメくん……」

ハジメの愛情を感じて、ローブを掻き抱きながら〝にへらぁ〟と思わずだらしのない笑みを浮かべてしまう――

「ってちがぁう!! 今のは絶対、同調魔法のせい!」

セルフ鎮魂ビンタで正気に! ついでに香織から流れ込んでくる「新しい戦闘服、すっごく良い感じ! ハジメ君の愛情を感じるよ! えへへっ、帰ってきたらご主人様にご奉仕しないと……や・せ・ん! や・せ・ん!」という深層心理(?)を努めてシャットアウト!!

個人的こだわりと優秀な機能が詰まりに詰まった新戦闘服からハジメの愛を感じ取って浮かれているのは同じらしいが、流石に今のは香織に引っ張られた。いや、ほんとに。ほんとですってばぁ! と誰ともなしに言い訳をしつつ。

「第七限界……突破! ――〝魔樹顕現〟」

退避前に仕込んでおいた〝箱庭の種子〟を芽吹かせる。〝作農師〟の天賦を以て〝限定宝樹〟に干渉し、濃霧を介して遠隔で急速成長させる。

結果、何が起きるのかと言えば、

「〝箱庭〟って、もはや魔境ですよね……」

〝森に呑まれる〟だ。

オウムガイモドキの戦闘機群は、突然、地を割って噴出した〝森〟の急成長に巻き込まれることになった。

濁流に呑み込まれるが如く、うねる木々の幹や枝、根が彼等を巻き込んだまま成長していき、その内側に取り込んでいく。

瞬く間に樹齢数百年クラスの大木に成長していく木々と一体化していく。

「――〝森と一つになるべき〟」

当然、機敏に回避しようとする、あるいは体の一部を巻き込まれただけなので脱出のために攻撃しようとするのだが、そこに発せられる〝思念波〟が最悪であった。

反撃、脱出の意志でさえも阻害される。物語の中の歳を経たエルフのように、このまま森の一部になるのも悪くないと感じさせられる。

そして、最も恐ろしいのは、一部でも魔樹に囚われた獲物は、その 養分 ( エネルギー ) を根こそぎ吸い取られることだ。

養分を吸収する特性を持つ箱庭の魔樹に、愛子が魂魄魔法による体内エネルギーの吸収効果を付与した結果だ。

出現する木々の全てが食虫植物の如き魔樹で構成された森。

実に恐ろしい。だが、当然ながら、その恐ろしい奇襲だけで全滅まで可能なほど敵も甘くはない。

木々の成長を回避し、あるいは破壊し、難を逃れた個体も多数いる。ファーストアタックで削れたのは四割くらいか。

残りの六割は急いで森からの脱出を試みた。

「逃がしません」

普段の愛子が絶対に見せないような冷徹な眼差しが、戦場の方角へ向けられる。

守護箒が薄桃色の光を帯びたと同時に、同じく急成長していた植物が一斉に動き出す。

植物の蔓が蜘蛛の巣のように伸び、弾丸の如き種子が飛び交い、何かの胞子や花粉が充満していく。

空中を機敏に動き、熱線らしき武器で迎撃する戦闘機群だったが、しかし、あまりにもアウェーすぎた。

次々と蔓に絡め取られ、種子に穿たれた個体は体内から植物を生やして植物の肥やしとなり、胞子や花粉の影響を受けた者は体に白い斑点が浮き上がり、まだら色に染まっては墜落していく。

横はダメだ。視界が地響きを奏でながら次々と生えてくる植物群の圧倒的展開速度と密度により閉ざされていく。出口が失われていく。とてもではないが間に合わない。

ならば上空に! と垂直に飛ぶが、もちろん、樹海の女王が許すはずもなく。

「――第八限界・突破」

百キロメートル以上離れた場所でさえも意識を飛ばされる個体が多数いたのだ。

ならば数十キロ程度の距離なら?

「一極・魂魄魔法――〝衝魂〟!!」

渾身の一撃。たとえ魂魄魔法が使えて魂の防御が可能な相手であっても、並の防御力では貫通するほどの衝撃力。

範囲、効力、展開速度共に破格のそれは、魂を守る術を持たぬ相手が受ければ――

――####**ッッ!!?

声にならぬ断末魔の悲鳴が聞こえた気がした。

それは、魂魄を粉砕された者の絶叫だった。急上昇で魔の森から脱しようとしていた生き残りの半数が脱落し、更に三割が意識を飛ばされて墜落。魔の森の中に消えていく。

「距離と相手の強度にもよりますが……そうですか。第八限界の突破で魂魄破壊に至るんですね」

どこか痛みを覚えているような、自分の成したことの恐ろしさ、重大さを心に刻んでいるような、そんな厳しい表情で呟く愛子。

第八限界――それは、愛子が魂魄魔法により行使する〝限界突破〟だ。

全能力の爆発的向上と引き換えに肉体へ凄まじい負担を強いる〝限界突破〟。〝覇潰〟まで含めた最大強化を八段階に分割し、段階的に発動することで肉体への負担を減らす技法である。

言うなれば〝深淵卿〟の時間経過で強化されていく〝限界突破〟を技術でやっているようなものであり、解放者ラウス・バーンが得意とした強化方法でもあった。

だが、愛子の〝限界突破〟はそれだけではない。深淵卿にも、もしかしたらラウスにも成し得なかっただろう、もう一つの特殊性があった。

それが、

――愛子オリジナル魂魄魔法 流極・限界突破

発動すれば全てのスペックが上昇する〝限界突破〟。だがしかし、本当に全て上昇する必要があるのだろうか。

例えば、愛子は非戦闘職だ。どうあっても近接戦闘はできない。なら肉体の限界を超えた強化などする必要があるのか? むしろ、無駄極まりないのではないか?

その分の強化リソースを、もっと必要な場所に割り振ることはできないのか?

結果はこの通り。

「うん……行ける。一極・魂魄魔法――」

己の全てに行き渡る強化のエネルギーを流動させ、任意の箇所・能力に集中させる。腕だけ、足だけ、視力、聴力、触覚だけ、あるいは脳だけ。必要に応じて必要な箇所に必要なだけの限界を超えた強化を。

強化率ゼロの部位が生じる代わりに、〝限界突破・覇潰〟本来の強化率をも超える強化部位を生み出すことを可能とする〝一極式の限界突破〟。

故に、魂魄魔法の行使に必要な部分だけを強化して、魂魄破壊に至るほどの威力、数百キロ先まで届く射程・範囲にまで強化することも可能であり。

ならば、スキルではなく同じ魔法である以上、〝限界突破〟自体を集中強化することも可能なわけで。

「――〝第九限界・突破〟」

肉体は一切強化されず、しかして、〝限界突破〟自体が前人未踏の強化率へ。全てのリソースを魔法行使にのみ割り振ることで〝覇潰〟を超えた強化倍率による魔法行使を可能とする愛子が至った絶技。

「――〝衝魂〟」

残り二割。見事に魔の森を脱して上空へ飛び出したオウムガイモドキの戦闘機の群れは、しかし、〝生〟を掴むことはできなかった。

薄桃色の波動が駆け抜け、魂魄が霧散していく。あたかも空間破砕を受けて粉微塵になる岩のように。

「うっ……流石に、ちょっとキツい、かも……」

意識がくらり。ツ~ッと鼻血が滴る。魔法行使において最重要の役割を担っているのは言うまでもなく脳だ。オーバーヒートしかけているみたいな危険な熱を感じる。

「落ち着いて、私。このための分身魔法なんだから」

戦闘が始まってからずっと、愛子の周囲に浮かんでいた輝く球体。

実は、分身体だ。

完璧に愛子を模した自律性を持つ存在。それを創り出すため、どれほどの努力をしたか。

理由は、夏休み中も教師であることを貫くため。長期間の旅行をしている間も生徒に寄り添えるように、そして、ただの人形ではなく、きちんと〝畑山先生〟として接することができるようにするため。と、ハジメには説明している。

嘘ではない。紛れもない本心だ。

だが、実のところそれだけではなかった。ハジメへの想い故に、愛子は魂魄魔法を極めたかったのだ。

愛子は香織達のように新たな神代魔法は習得していない。自分の不器用さを誰よりも自覚している愛子は、あれもこれもでは空回るだけと確信し断ったのだ。

多忙の代名詞のような教師の仕事である。時間が豊富にあるわけでもない。けれど、仕事を蔑ろにすることは絶対にできないし、するつもりもない。そんな愛子はハジメも見たくないだろう。

代わりに、どうすれば少しでも皆の役に立てるか。ハジメを安心させてあげられるか。と考えた時、魂魄魔法を極める以外に自分に出来ることはないという結論に至ったのである。

完璧な分身体の創造は、魂魄魔法を極めるにあたって、まさに一石二鳥の課題であり練習台だったわけだ。

「一番・樹海の維持・拡大用、問題なし。二番・白霧の維持・探知用、問題なし。三番・限界突破の維持用、問題なし」

完璧な一体を作る分身魔法。でも、常に完璧な一体である必要はない。

肉体は不要だ。言語能力も不要だ。対人関係のための性格を構成する術式もいらない。理想的な教師を形作る要素の尽くを排除して、必要な部分だけを分ける。

分身魔法とは、すなわち究極の補助魔法であるからして。

術者の魔法行使を補助することだけに限定させるなら一体に限らない。最大五体まで、否、限界の限界を超越した今なら六体まで創造可能だ。

「四番・限界突破の負荷分散用……よしっ、成功!」

新たに一つ、光球が浮かび上がる。

「続けて五番・限界突破の流動補助用……もっ、成功!」

全部で五つの補助魔法が衛星のように愛子を中心して周回する。

全てが自律性を有する簡易の分身体だ。故に、補助魔法でありながらも愛子の思考や意志とタイムラグ皆無で連動する。

絶技であった。

紛れもなく、これは絶技であった。

――世界で最も繊細で卓越した魂魄魔法の使い手

新式の限界突破構想と分身式補助魔法の相談を受け、後に問題がないか検分を頼まれたユエが、愛子に下した評価である。

言うまでもなく、世界最強の魔法使いによる最高評価だった。

「ん、遂に樹海に到達しましたね」

部隊を全滅させている間に、他の部隊がコルトランを囲む樹海の境界線に到達したようだ。

もっとも、今も拡大し続けている樹海である。コルトランまでの距離は既に五十キロを超えるレベル。

五十キロメートルを超える魔の樹海という防衛線。

もちろん、防衛拠点である以上、魔の森のような自然の特性だけが脅威等という甘い戦域であるはずがなく、そこには確かな戦力が――〝兵団〟がいるわけで。

「みなさ~~ん!! 出番ですよぉ!! やっちゃってくださぁ~~い!!」

くださぁ~~い! くださぁ~~い! くだぁ~~い!! と魔の樹海全域に木霊する〝思念波〟。

樹海の女王の勅命である。

樹海に突入したオウムガイモドキ達は耳にしたことだろう。そして、本能的に脅威を、あるいは恐怖を感じただろう。

そして、理解もしたに違いない。決して踏み込んではいけない領域に、自分達は踏み込んでしまったのだと。

そう、女王に応える魔樹軍団の雄叫びを聞いて。

樹海全体が揺れたと感じるほどの戦意。その中核を担うのは、シアの戦闘に巻き込まれないよう、そして愛子の力になるよう一時的に派遣されている〝王樹の聖域のガーディアン・トレント〟達。

チェスの駒に見立てた彼等の強力さは言わずもがな。

そんな彼等に、愛子は自ら生み出した魔樹の群れを託して更に大規模な軍団を形成していた。

その戦力の全てに、

「六番・魔樹軍団の維持……完了!」

破壊されても〝核〟である〝愛子の疑似魂魄〟と〝箱庭の種子〟が無事である限り、自動で周囲の自然を取り込んで何度でも復活するよう分身式補助魔法を発動しておく。

もちろん、樹海自体も先程生み出した〝魔の森〟と同じ特殊にして凶悪な性質を持った箱庭産ばかり。

「! 次の部隊が来ましたね」

白霧の探知能力が新たな中規模部隊の飛来を伝えてくる。今度はまったく逆方角からのアプローチだ。

愛子は「ふぅ~」と深呼吸した。ここからが本番だと更に気合いを入れる。

でも、いつもみたいに空回らないように、ほどよく自分に〝鎮魂〟をかけて。

「ユエさんが、私一人で十分と判断してくれたんです。応えますとも。ええ、応えてみせます! 何より――」

迎え撃つ。今度は一極式の〝鎮魂〟を以て。

心の鎮静を通り越し、一切の感情さえも、それどころか行動するための意志さえも打ち消す一撃。

極限の無気力状態へ引きずり込まれた敵部隊が、まるで飛行するのも億劫だと言わんばかりにバラバラと翼をもがれた鳥の如く墜落していく。

「ハジメ君が帰ってきた時、失われたものは何もないって言えるように!」

熱く、情に溢れた心根とは裏腹に。

その魔法はあらゆる手段を以て敵の精神を揺さぶり、壊し、地に落とす。

それはまさに、樹海の女王、あるいは豊穣の女神というより。

〝樹海を統べる白の魔女〟と呼ぶに相応しい恐ろしさだった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

やはり一万から一万三千字くらいがちょうどいい。執筆時間的にも目の負担的にも無理がない。と思いつつも書き足りない物足りないと感じてしまうのは、最近、二万字近い回が多いせいか。

まぁ、今回は普通に集中力が続かなかったせいなんですが。用事で外に出る度に暑さでスリップダメージが入り疲弊する。つまり早くも夏バテ気味の白米です。皆さんも本当に暑さには気を付けて……

なお、次回から砂漠界です。冒頭で少しG10サイドに触れるかもですが、メインはミュウや雫サイドの話に行く予定です。