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全世界防衛戦㉑ イヤッ、イヤ!!

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全世界防衛戦㉑ イヤッ、イヤ!!

大変お待たせしました。更新再開です。

よろしくお願い致します!

〝無神〟の襲撃が始まった直後の頃合い。

真昼のはずなのに〝闇に閉ざされた〟と表現すべきシンクレア王国の王都。

全ては空を覆う不吉な曇天のせいだ。異常なほど黒い雲は、見ただけで自然界のそれではないと理解できる。

雨の降り始めのようにポツポツと落ちてくる黒い雫のせいで、まるで世界にノイズでも発生しているかのよう。ただでさえ暗い世界が更に黒く染まって見える。

その暗黒の世界に、

――メェエエエッ

と、羊の如き鳴き声が無数に響いていた。

顎門を持つ黒い樹の幹に山羊の脚をつけ、頭部から無数の触手を生やしたような冒涜的な造形の怪物。黒い雨から無制限に生まれ続ける〝厄災の仔〟だ。

王都を囲むようにして全方位から精神を引っ掻き回すような鳴き声を上げ、飢えた獣のように雪崩れ込もうとしている。

「なんとおぞましいっ」

王都の外、あまりに突然の事態であったが故に布陣も何もあったものではない。ほぼ乱戦状態になってしまっている戦場で、今、怪物を仕留めたドーナル・ソルド戦士団長が思わずといった雰囲気で呟きを零した。

〝暗き者〟の比ではない。実力という意味ではなく、その存在への忌避感が。

奴等が放つ瘴気も大概、生者を冒涜せしめる最悪であったが、それを上回るおぞましさだ。ただ相対しているだけで精神が蝕まれるかのよう。心の弱い者、戦士であっても新人ならば、戦いもせずに絶望に押し潰されて膝を折りそうだとさえ思う。

そんな存在が倒しても倒しても黒い雨と共に生まれるのだ。

世界が蝕まれていく。

あってはならない存在に呑み込まれようとしている。

それを否応なく肌と心で感じてしまう。

だが、

「怯むなっ!! 奮い立てっ、戦士達よ!!」

誰一人として絶望に呑まれることはなかった。実際に心が折れている者など一人もいなかった。

風の恩恵術を使い拡声しながら戦士達を鼓舞するドーナル戦士長。

王都を挟んで反対側に出陣したリンデン率いる大隊、北側と南側に送り出した部隊にも届けとばかりの大喝だ。

周囲から勇猛な「応ッッ!!」の雄叫びが、怪物の鳴き声を掻き消すかの如き力強さと共に一斉に上がる。

大半の戦士は、今の状況をよく分かっていない。

あまりに突然の襲撃すぎて指揮系統も乱れに乱れている。孤立無援状態で必死に防戦を繰り広げている者、既に殺されてしまった戦友の傍で歯がみしながら戦っている者もいるだろう。

それでも、誰一人として「言われるまでもない!」と言わんばかりに闘志を燃やしていた。

戦い続けた歴史に醸成された砂漠界の民の心は強靱だから、というのもあるだろう。

だが何よりも、だ。

「我等には女神の加護が付いている!!」

そう、女神の加護だ。

かつての戦いで心から望み、願った大いなる存在の力。

それを、かつての戦いとは異なり確かに感じるのだ。

事実、怪物の姿を目の当たりにし、その鳴き声を聞いて心が凍てつきそうな感覚に陥っても、直ぐに温かく力強い何かが払拭する。

黒い雨が肌や衣服に落ちても、まるで薄い膜でもあるみたいにするりっと滑って地に落ちる。瘴気の類いは当然のように、身体や意識になんの影響も与えない。

それどころか普段よりもずっと調子がいい。体は羽のように軽く、膂力も二倍になったかのよう。襲い来る無数の触手の捉えづらい動きも驚くほど良く見える。

そして、だ。王国の戦士団にとっては、ある意味、女神フォルティーナの加護以上に効果的だったのが、

『みんなぁーーーっ、がんばれぇーー!! シンクレア戦士団の勇猛と実力ぅ!! 見せつけてやれぇ! これは勅命です! クーネの勅命ですよぉ!』

小さき我等の女王陛下の存在だ。

その鼓舞、世界の覆う暗闇を払う輝き、神の巫女としての力。

それらが直ぐ傍にあることこそが、彼等に無限の闘志を与えているのだ。

「聞いたな!! 我等が女王陛下の鼓舞と勅命だ! 応えねば戦士の魂が廃るというもの!! 一騎当千の心構えで敵を粉砕せよ!!」

今度はドーナル戦士長のいる西側だけではなかった。全方角の戦士団から、否、王都内の住民や、入り込んでいる〝無神〟に対処しているはずの近衛部隊も応えたのだろう。

戦場全体の空気を吹き飛ばすような凄まじい雄叫びが一斉に上がった。

その覇気の力強さは、ほんの一瞬ではあったが〝厄災の仔〟等を怯ませ、動きを止めたほど。

「ふふ、本当に立派になられましたな。お父上方にお見せしたかった……」

少しだけ戦士長ではなく、孫を想う祖父のような顔になって王宮を振り返るドーナル戦士長。

その瞳には、この未曾有の事態において一気呵成に攻め込まれなかった理由と、乱戦状態とはいえ戦士団の出撃が辛うじて間に合い、主戦場を王都の外とすることに成功した理由が映っていた。

不気味で、月のない夜のように暗い世界を昼間のように明るく照らす神々しい光。

光源は王宮。

そこは今、大きく様変わりしていた。

数多のうねる木々がツタのように外壁を覆い、その木々が王宮の展望台でもある最も高い尖塔に集束し、螺旋を描くようにして天へと伸びているのだ。

あたかも大樹ウーア・アルトの天頂に存在するリューティリスの住処の如く、枝葉で作られた新たな展望台が出来ているのである。

この王宮を土台にするようにして出現した大木こそ、星の裏側でありながら女神の力を十全に行き渡らせ、更に、神の巫女に大いなる力を与える要――小恵樹というべき神木だった。

その小恵樹の天頂にて、

「うぅ、世界の危機が突然すぎるぅ!! ついでにスケールも大きすぎると抗議します! ええ、クーネは抗議しますよ!!」

神の巫女――クーネ・ディ・シェルト・シンクレアは金髪ツインテールを振り乱しながら声高に叫んでいた。

戦士達を鼓舞した勇猛な女王陛下とは思えない雰囲気だ。なんならちょっと涙目になっている。

仕方ないといえば仕方のないことではあった。

本当に、あまりにも突然の事態だったのだ。

午前のお仕事を終えた執務室でのこと。

もうお腹がぺこぺこで、アニールが用意してくれたお昼のサンドイッチにかぶりつこうと、まさに「あ~~んっ」と大口を開けた瞬間に降ってきたのだ。〝神託〟が。

流石にそのまま食べるわけにもいかず慌てて居住まいを正せば、その間にも一気に流れ込んでくる数多の情報。

え、え? えぇ!? と驚愕やら困惑やら声を漏らし、少しの間、呆然としてしまったのは許してほしいところだ。

何せ世界滅亡の危機である。そんなこと、こんなに天気の良いお昼時に突然言われても直ぐには受け止められない……

と思っていたのも束の間、あっという間に闇に閉ざされていく外を見て、またも唖然呆然。

〝これからどうすべきか〟という情報を直接、かつ「しっかりしなさい」という軽い叱責を込めて勢い良く頭に叩き込まれたことで、ようやく我に返ったクーネは着の身着のまま執務室を飛び出した。

そう、着の身着のまま。

下は白のハーレムパンツだが、上がいろいろと問題というか、場違いというか。

一言で言えば文字Tシャツである。白のダボッとしたTシャツには達筆な漢字で〝超女王様〟と書かれている。

言わずもがな、ミュウから贈られたものだ。女王陛下が女王様と書かれたTシャツを普段着にしている……

なるほど、とても分かりやすい。そして、とてもシュールだった。

小恵樹の天頂で神々しい輝きを纏っている今は、特に。

「せめて、せめて着替える時間が欲しかったっ」

一秒でも早く小恵樹を生み出す必要があったのだ。執務室を飛び出すや、何事かと驚くアニールの制止や問いかけの言葉もスルーして尖塔へ急行である。

別に文字Tシャツが場違いとか恥ずかしいからとか、そういう意味ではなく。

むしろ、めちゃくちゃ気に入っているからこそ汚れないように着替えたかったというか、存亡を賭けた戦いだからこそ、きちんと戦装束に着替えたかったというか。

しかし、脇目も振らずに小恵樹を生み出したおかげで――

「ニュンちゃん!」

呼びかけ一つ。指示は不要。女神より授けられた新たな天恵術〝共感〟が十全に相棒――女神の眷属にしてクーネの神器たる手乗りドリアード系美少女〝ニュン〟の転変した姿〝恵杖〟に伝わる。

約七十センチの捻れた木製杖が突き出されると同時に、都の外縁の一部が激しく隆起した。

地面を突き破って飛び出したのは巨大な木の根だ。

それが迫っていた〝厄災の仔〟の群れを串刺しにしつつ、そびえ立って即席の防壁となった。

更に、新たな群れが迫る北側へ恵杖を向ける。

肌に描かれた紋様の一部が輝きを帯び、直後、〝厄災の仔〟の群れが一斉に沈んだ。砂漠の一部が砂海になったかのように流動性を増したのだ。

そのまま津波の如く荒れた砂海は群れを殺しきることまではできずとも、確実に足並みを乱し、あるいは分断していく。

それどころか一部は明らかに意図的な流れに捕まって流されていく。戦士達が各個撃破しやすい位置へ。

「ふぅ~~っ、〝暗き者〟には悪いですけど、巫女の力を使いこなすには良い鍛錬相手でした、ね……」

少し疲れた様子で額の汗を拭うクーネ。

無限に〝自然の種〟を生み出し、あらゆる自然干渉系恩恵術の行使を可能にする〝 恵杖 ( ニュン ) 〟の力と、その種子に最大限の活力を与える天恵術〝再生〟、そしてニュンを介して自然を操るのに最大の効果を発揮する天恵術〝共感〟。

女神の神託が下れば、この世界のどこにでも小恵樹を生み出し、生きとし生けるものを加護する〝自然〟を生み出し、操れる力。

更には、ほんの一部ではあるが女神の権能の代理行使権も。

それが、黒雲から降ってきた〝無神〟共による奇襲ともいうべきファーストアタックから王都を守り抜くことができた最大の要因だった。

今、王都の外縁は強靱な樹の壁で囲まれ物理的な防壁となっている。

飛行可能タイプの〝厄災の仔〟や王都上空に降り注ぐ黒い雨に対しても、その樹の枝葉が作る天蓋と、宙に浮いてドーム状になっているオアシスの水が浄化効果と激流を以て防いでいる。

また、最古の町グラスナーデと同じく王都を円状に囲うようにして硬化した砂漠により地下からの侵入も防いでいた。

この迅速にして値千金の初手がなければ、今頃、王都内部での乱戦が繰り広げられていただろう。そうすれば、少なくとも数十倍の被害が出ていたに違いない。

これほどの力を女神に許され、共に戦う幼き女王陛下。

本来なら世界の再生こそが本領で、平和の時代こそが似合う女王様が誰よりも王国に迫る危険を退けている。

なるほど。これで奮い立たない戦士など、否、国民などいるはずもない。

とはいえ、だ。

「後方の領地、ジャバルシャンの方も! フォルティーナ様が守ってくださっているようです、け、どぉ!」

上空から落ちてきた飛翔型の〝厄災の仔〟を鉄砲水の如きオアシスの水で都外へ吹き飛ばしつつ独り言ちるクーネ。その表情に余裕はまったくなかった。

黒雲は王都の上空だけではない。見渡す限りの地平は当然、遥か後方の各領地の空も覆っているということが、そして、同じく〝厄災の仔〟が生み出されていることが分かる。

フォルティーナの巫女として、リアルタイムであらゆる情報が直接、脳に送られてくるせいだ。

それによれば、数こそ王都に比べれば少ないものの、代わりに〝厄災の仔〟とは別種であろう〝無神〟も確認されていた。

各領地の自警団が対応しているのは当然。

実は、戦士団の三分の二が女神の力で転移転戦する形で遊撃に回っていた。

〝暗き者殲滅戦〟以降、戦士団の多くは大陸東域をメインに各地の調査・開拓などが主任務となり、元々、王都には三分の一程度しか残っていなかったのだ。

その調査団が丸ごと女神の力で更に振り分けられ、遊撃戦団として後方領地の防衛に当たっているのである。

つまり、ただでさえ少ない戦力を更に東西南北に分散している代償を、クーネが負担しているというわけだ。

だが、当然ながら、それでも後方領地においては全く以て戦力が足りないのが実情で。

「女神様に頼られるのは光栄の極みではあります――が!」

クーネの鼻からツ~ッと血が滴り落ちた。目も少し血走っている。恵杖をバトンのようにクルクル。ついでにクーネも踊るようにクルクル。

黒雲の一部がごっそり落ちてきたと錯覚するような瘴気の噴出に、風と浄化の水を混合した竜巻を以て対抗する。

「 神威 ( しんい ) を、ちょびっとだけでもこちらに回していただけませんかぁ~~」

恵杖からぴょろんっと生えた蔦がクーネの鼻血を拭い、ついでにほっぺをナデナデした。ニュンちゃんが励ましてくれているらしい。

嬉しいが、同時に、これ以上のフォルティーナの援護はないということも理解し、ふへぇっと情けない声が漏れる。

フォルティーナの 神威 ( しんい ) 。

それは、一言で言えば〝光の剣〟だ。女神の権能を用いて恩恵力を少し素子に近づけて、かつ莫大なエネルギーを圧し固めた純粋な〝力〟の具現。

言うなれば、即席の〝聖剣〟というべきか。物質化による永続性や頑丈性を捨て、振るえるのは一回限りである代わりに無数かつ無限に生み出せる神の剣。

それが虚空に生まれ、剣の雨となって降り注ぐ。まさに神罰の如く。

これにより後方の領地も、隣国ジャバルシャン王国の方も、戦力不足の中でも辛うじて大きな被害を出さず凌げていた。

驚嘆し、畏敬の念を抱かずにはいられない、まさに神の力だ。

だが、だからこそフォルティーナにも余力がないことが伝わってくる。

本来、化身の力は星の全域に及ぶ。なのに、黒雲自体を晴らすこともできず、〝厄災〟の本体を発見するにも至らず、一部とはいえ戦場を人の子に預けなければ外敵を排除しきれない。

その事実が何より雄弁に、恵樹への襲撃こそが本命であり、その防戦に精一杯であることを物語っていた。

あるいは、弱い個体ばかりとはいえ、星の反対側の大陸を襲わせているのは、女神のリソースを少しでも削ぐためなのかもしれない。

だから、分かってはいる。

シンクレアの王都にある程度、敵の戦力を集中させるために小恵樹という分かりやすい目印を立てさせたのも、そして、加護以外の一切の援護なく、王都の防衛をクーネに任せていることも。

そう、分かってはいる。その期待を光栄にも思う。が、

「きっついですね!! ほんと、きっついとクーネは泣き言を漏らしたいっ、でっす!!」

本当に息つく暇もなくて。

やろうと思えばもっと攻撃的な恩恵術も使えるのだ。今の巫女としての力を発揮している状態なら。

〝暗き者〟への殲滅戦において、最古の町グラスナーデの守護者にして最強の恩恵術師であるカラグラ老にも師事し、砂漠の砂自体を武器に転化する術も学んだ。

だが、とても攻撃に転ずる余裕がない。

王都への侵入を防ぎ、戦士達を最大限に援護し、戦況を拮抗状態で保つことで精一杯だ。

神の巫女といえど、神ならぬ人の身の限界。処理能力の上限一杯で、どうにか守り抜いている……というのが正直なところだった。

せっかく開墾した王都郊外の農地が見るも無惨に荒らされるのに眉根を寄せつつも、周囲の植物を操って可能な限り拘束する。

直ぐに反対側の戦域で樹の防壁が崩されたのを感知し、地面から新たな樹の根を突き出して敵を吹き飛ばし防壁を再構築する。

地下を潜行する存在をニュンが伝えてくるのに合わせて、更に砂漠の硬化範囲を広げつつ、砂中を激流に変えて地上へ噴出させる。

女神から、そしてニュンから伝わる情報量と、それを処理し続けることで脳が今にもオーバーヒートを起こしそうだ。

「糖分が足りないっ!! せめて甘味を! 誰かクーネに甘味をぉ~~!!」

実際に足りないのか、それとも気分の問題かはさておき。

クーネの心の叫びは、優秀な専属侍女に届いた。

「はい、クーネ様! 甘みマシマシのジャムサンドでございますよ!」

「アニール! クーネの女神ぃ!」

一瞬、フォルティーナ様から『えっ!?』みたいな反応が返ってきたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

うねる小恵樹の幹や枝を足場に駆け上がってきたらしいアニールが、侍女服の裾を翻しながら傍に着地する。片手には銀のトレーに載ったジャムサンドが確かにあった。お昼に食べ損ねたやつだ。

主の思考を先読みして念のために持ってきたのだろうが、この状況を思えば実に優秀である。

肩越しに振り返ったクーネが「あ~ん」と口を開くに合わせて、むぎゅっとジャムサンドを突っ込むアニール。

溢れ出すジャムの甘みが、まるでガス欠の車にガソリンを注いだみたいにクーネへ活力を与えてくれるようだった。

「やはり甘み! 甘いは正義! 甘味しか勝たん!!」

ミュウに教わった言い回しを、ハムスターみたいにほっぺを膨らませながら叫ぶクーネ。

その視界に、更にもう一人、駆け上がってくる人物が入った。

「この状況でランチとは、流石は我が主。モアナ様に負けない剛胆さですね」

「リー、もきゅっ、リン!」

「誰ですか」

栗色ツインテの近衛戦士――リーリンが、名を呼ぶ途中でアニールが差し出している新たなサンドイッチにパクッと食いついたクーネへ苦笑を向ける。

たった一人で戦場を支えていると言っても過言ではない女王陛下なのに、女神に選ばれし巫女なのに。

〝超女王様〟と書かれているらしいTシャツを着て、しかも、ダボッとしているせいで右肩側が胸元まで見えそうなほどずり落ちているというだらしない姿で、口の端にジャムまでべっとり付けながらモキュモキュしているのである。

威厳皆無。しかし、愛嬌はジャムのようにたっぷり。

ちょっと緊迫の心持ちで駆け上がってきたというのに、これは思わず力も抜けてしまうというもの。

「陛下、王都内に入り込んだ〝無神〟とやらは大方、処理できました。本隊の方へ指示を」

『スペンサー、もきゅ、聞えますね? んぐっ、半数を避難者の護衛に、ア、アニール、水ぅ――ごくごくっ、ぷはっ。半数は南側の援軍に向かってください』

『ぎょ、御意』

こ、こいつ、なんか食ってやがるっ、この状況で! みたいな戸惑いが一瞬だけ伝わってきたが、そこはクーネに対しても歴戦のスペンサーおじさまである。命令が来る前に予想していたのだろう。直ぐに部隊が南側へ動き出した。

アニールが口元を拭いてあげながら、ここに来た本来の目的を口にする。

「クーネ様。農地と外縁部の商人は全員、王都内への避難が完了しました。被害は軽微。また、ブルイット様の命により念のためお側に付かせていただきます」

新たに作られた農業地帯は王都の外だ。各領地から出向してきた商人達も現在は多くが外縁部に近い場所に設けられた即席の商店街に集まっていた。

何よりも彼等をまず王都内に避難させる。

それが、クーネが巫女として行使できる力の一つ、女神の加護を受ける者達に〝神託〟の如き念話やイメージを届ける力で出した指示だった。

どうやら奮闘した甲斐があったようだ。

宰相ブルイットが避難の指揮を執っているなら問題ない。アニールにも安全な場所にいてほしいが、状況が状況だ。何があるか分からない。

〝神託〟や恩恵術が使えない状況になったら伝令が必要になる。最後にものをいうのは結局〝人力〟というのを嫌ほど知っている砂漠の民だ。拒否はすべきでない。

と、ブルイット老の意図を理解して頷くクーネ。

「これより私も護衛に付きます。敵が敵ですから」

「いえ、リーリン。クーネにはニュンちゃんもいますし、今は戦力を遊ばせておく余裕はありませんから貴女も本隊に戻って――」

「却下します」

「却下!? いや、冗談を言ってる場合じゃありません! これは命令――」

「却下します」

「王命なのに!?」

臣下が全然言うことを聞いてくれない件について。

リーリンさん、普段から嫌なことははっきりと嫌って言う。とはいえ、敬意がないわけではなく親愛の情から来る反抗であり、時と場合は十分に選ぶ。

そもそも、彼女は常に最前線を望む生粋の戦士だ。そんな彼女が最前線ではなくクーネの傍にいることを選んだのは、きっとスペンサーからの命令というのもあるのだろうが、それ以上に、彼女自身が傍にいるべきだと判断したからに違いない。

それほどに、一戦交えて感じた〝無神〟は異質で異常だったのだろう。

一流の戦士が万が一に備えるべきと判断したのだ。クーネは「むぅ」と唸りつつもリーリンの判断を受け入れた。

結果的に、それは正解だった。

「っ、祈願する! 風よ!!」

気が付けば、クーネの真横の地面から鋭い爪のついた手が伸びていた。

リーリンが素晴らしい反応&発動速度で風の刃を放つ。間一髪、クーネには届かず、正体不明の腕はぶった切られて宙を舞った。

「なっ、いつの間に――」

「クーネ様! 砂です!」

アニールもまた簡易の突風を吹かせた。目標は、いつの間にか足跡がくっきりと付く程に溜まっていた足下の砂だ。

小恵樹の天頂といえど、ここは砂漠の世界。細かい砂は常に宙を舞っている。そんなものをいちいち防いだりしない。

それが盲点だったらしい。

アニールの放った突風を受けて、しかし、天頂に溜まった砂は吹き飛ばず、それどころか形を取って襲い来た。

異常に耳の大きい痩せ細った小さな人間。カラカラに乾いてひび割れ、ざらざらの質感になっている地面で作ったような肉体。鋭い爪と牙を持ち、何か乾いた地面を靴裏で擦るような声を上げる異形。

さしずめ〝潜砂の無神〟とでも呼称すべきか。

それらが次々と生まれ、三人へ肉薄する。

「舐めるなっ」

リーリンがいて良かった。彼女の風は速い。アニールより遙かに強い突風が一度に迫る敵の数を絞り、中距離の敵には風刃が乱れ飛んで細切れにし、近距離の敵には踊るように振るわれる剣術で斬殺する。

「この程度は!」

アニールもクーネの傍に寄り添って旋風を吹かせるので新たな砂は近寄れず。

複数の木が編み合わさったような小恵樹故に、その枝葉の隙間にもたっぷりと入り込んでいたのだろう。ドパッと噴水の如く大量の砂が飛び出すが、

「流石に、そこまでクーネは間抜けじゃありませんよ!」

奇襲力は優れているが、個体としては〝厄災の仔〟の足下にも及ばない。クラス5程度だろう。

ならば、一度でも奇襲を警戒されてしまえば巫女の相手にはならない。

恵杖が輝き、噴き出した砂が同じく小恵樹から噴き出した水に呑まれ、そのまま王都の外へ砲弾のように撃ち出される。

ご丁寧に〝厄災の仔〟を狙って。

「このまま王宮近辺の砂を一掃します!」

どれが普通の砂で、どれが〝潜砂の無神〟を構成する砂か分からない以上、まとめて排出する。

合理的な判断だ。王宮内にも入り込んでいれば、避難者達が襲われる可能性もある。早急かつ優先的にすべき対応だ。

故に、クーネは集中した。人間を傷付けぬよう、砂だけを王都の外へ排出するために。

故に、対処が遅れた。

「陛下! 上です!!」

「!?」

咄嗟に顔を上げたクーネ。その視界に映ったのは、円環状のゾッとするほど鮮やかな青。そして、三重の円状に並んだ恐ろしく鋭い無数の牙。

リーリンの風刃が迎撃に飛ぶが、自由落下の勢い故か、それとも相手が強靱だったのか。多少の傷は付けど、まるで暴走するトラックの如き勢いのまま止まらず。

五百メートルはあった距離が瞬く間に三百、二百、百と減り。

迎撃、防御、回避――間に合わな――

ドンッと衝撃が走った。背中側から、息が詰まるほど強く。

スローモーションのように遅くなった意識の中、直上から迫る怪物の軌道から自分が逸れていくのが分かる。

同時に、理解できた。できてしまった。

アニールが、咄嗟に自分を突き飛ばしたのだと。

それはつまり、いつだって傍にいてくれた彼女が、もう一人の姉にも等しい人が、代わりに死――

「だ、めぇえええ――」

「――聖絶ぅううううっ!!」

悲鳴は、焦燥まみれの声で掻き消された。

ドテッと派手に尻餅を突いたクーネ。「あ」と思わず声が漏れる。

覚悟を決めた死にゆくものの顔をしているアニールの頭上、ほんの三メートル程の位置で怪物が止まっている光景を見て。

少し離れたおかげで怪物の全容が分かった。

端的に言えば黒いタコモドキだろう。十本の触手の先が鋭利な刃物のようになっていて、かつ、その内側が凶悪な円状顎門になっている体長五メートルほどの巨大タコの怪物。

そして、そんな怪物を止めているのがアニールを囲う半球状の輝きだということも。

「ま、まま、間に合ったぁああああっ」

「ギリッギリじゃねぇかよぉ!!」

影が飛び出した。思わずギョッとする。だって、飛び出した新手もまた異形だったから。

上半身は裸、靴も履いていない。腕と手の甲、足のスネと甲を守る防具とダボッとしたズボンだけを身につけた直立二足歩行の狼。所為、 人狼 ( ワーウルフ ) だ。

それが跳び上がり、鋭い爪の付いた足で空中回し蹴りを放った。

タコモドキの触手の半数が切断され、更に胴体部分にも深い裂傷が刻まれる。爪撃のみならず衝撃も入ったようで、青黒い血飛沫を上げながら吹き飛んでいくタコモドキ。

絶妙なタイミングで結界が解かれ、ワーウルフはアニールの傍に降り立った。

「おう、アニールさん、久しぶりだ。危機一髪だったな!」

狼の顔が瞬く間に人のそれに戻る。そう、

「貴方は! 坂上様!」

「様はやめてくれよ、かゆくなっちまうぜ」

光輝くん召喚されすぎぃ事件の際、ハジメ達と一緒に迎えに来た龍太郎だ。当然、アニールとも面識はある。だからこそ砂漠界への救援に選ばれたのだ。

アニールも知った顔を見て理解したのだろう。一気に肩の力が抜けたように安堵の表情を浮かべる。

となれば、もちろん結界を張ったのは。

「鈴お姉さん!!」

「クーネちゃん、久しぶり! でも、取り敢えず――」

双鉄扇を構え、ゆるりっと振るう。橙色の魔力が噴き上がる。

「――〝極大・聖絶〟」

ゴオッと空気を押しのけるようにして展開されたのは、王都を丸ごと覆う大結界だった。

龍太郎も鈴も、特に鍛錬に励んでいたわけではない。二人共、初めての同棲生活と大学生活を謳歌していたし、ハジメ達も邪魔をする気はなかったからだ。

だから、今回の旅行に同行するまでハジメの焦燥感や不安感がどれほどのものか理解していなかったし、ユエ達のように更なる力を手に入れているわけでもない。

だが、二人とてバチカンでの事件や〝龍の事件〟に思うところが何もなかったわけではないし、まったく何も知らないわけでもない。

時折、人気の無い山奥などで趣味のキャンプに興じつつも腕が落ちない程度には鍛錬していたし、なんなら以前より洗練されているくらいだ。

おまけに、二人は元勇者パーティー。クラスメイトの中でも上澄みの力を持ち、最前線で戦い続けた者達である。

クーネを守り、拮抗する戦況を傾けるには十分な戦力。

実際、王都を覆う大結界は完全に黒い雨を弾き、飛翔型の〝厄災の仔〟のアタックもしっかりと防げている。

そして、龍太郎の方も。

「チッ、その見た目で飛べんのかよ」

深手を負ってなお空中でグニャリッと反転し、そのまま滞空しつつ独楽のように回転しながら触手を振るう〝黒蛸の無神〟。

触手の先端の刃は、どうやら分離して飛ばすことができるらしい。

クーネではなく龍太郎を狙ったのは、傷つけられたことへの復讐か。あるいは単に脅威と見たからか。

いずれにせよ、傍にアニールがいる以上、回避の選択はない。

「構うな、鈴。捕らえろ」

「了解!」

龍太郎がしゃがみ込む。敵に背を向けて、膝を突いているアニールを抱き締めるようにして庇う。なんかアニールから「ひゃ!?」という可愛らしい動揺の声が聞こえたが、特に気にせず。

「天魔転変―― 王鬼 ( オーガ ) !!」

瞬く間に変わる肉体。筋肉が膨れ上がり、肌の色は濃緑色へ。身長も二メートルを超え、犬歯が伸びる。

タフネスと膂力に優れた転変モデルだ。女性の腕ほどの大きさの刃物が投槍のように飛来するが、ただの一本も強靱な鬼の肉体を貫けない。それどころか傷一つ付かない。

そして、攻撃に集中なんてしているから。

「リーリンさん! 大丈夫、任せて!」

援軍の登場を認識しながらも停滞せず、何よりに先にクーネのもとへ駆け寄っていたリーリンが風の刃を〝黒蛸の無神〟へ放とうとするが、鈴の方が速かった。

扇を一閃。座標指定による結界の遠隔展開。〝黒蛸の無神〟を橙色に輝く球体が捕らえる。

龍太郎を囮にした封殺の一手だ。と、同時に鈴の背後から〝潜砂の無神〟が飛び出してくるが、

「ふわぁ!?」

アニールを左腕で抱えたまま立ち上がった龍太郎が右拳で正拳突きを放つや否や、モデル・オーガの固有魔法〝衝撃操作〟と防具の〝魔衝波〟が発動。

ただの膂力で発生した衝撃波と魔力の衝撃波は一点で集束し、一切拡散することなく砲弾と化した。

それが鈴の頭上を掠めるようにして背後の無神に炸裂した。それほど気合いを入れた一撃には見えなかったが威力は凄まじく〝潜砂の無神〟が跡形もなく爆散してしまう。

「――〝爆〟」

結界が破裂する。鈴のバリアバーストだ。

案の定というべきか。〝黒蛸の無神〟は〝潜砂の無神〟より格上らしく、即席のバリアバーストだけでは肉体がズタズタになる程度で仕留めきれてはいなかった。

が、特に問題はない。ただ本命の攻撃が通るよう解除ついでに爆破しただけだから。

龍太郎の拳が風を唸らせ旋回する。いわゆる、裏拳だ。圧倒的筋力が生み出すそれは、やはり衝撃力を余すことなく集束し、更には指向性を以て放たれた。

爆撃の衝撃で僅かな硬直を余儀なくされていた〝黒蛸の無神〟に為す術はなく、傷口を押し広げるようにして伝播した衝撃のせいで内側から破裂でもしたみたいに爆散する。

まさに阿吽の呼吸。完璧な連携だった。

「取り敢えず、大丈夫そうか?」

周囲に警戒の眼差しを向けながら、龍太郎は元の姿に戻った。

鈴の大結界の外を見る。〝黒蛸の無神〟は一体だけではないらしく、飛翔型の〝厄災の仔〟に混じって数十体が確認できたが、いずれも直ぐに結界を突破するような力はないようだった。

内側には未だ〝潜砂の無神〟がいそうだが、あの程度なら残った近衛達や、場合によっては非戦闘員でも王都の出身の者達かつ複数人がかりなら対応できるだろう。

ひとまずの安全地帯を確保できたと思い、ほっと息を吐く龍太郎。

そうして、改めてクーネ達へ視線を向けて――

「で、龍くん? いつまでそうしてんの?」

「おう?」

なんか、やたらと冷たい響きを伴った彼女の声が届いた。

思わず鈴を見やる。鈴はニコニコで近づいてきた。

彼氏なので分かった。あ、笑ってない……と。

その鈴の視線が龍太郎の目線からスッと下がる。胸板の辺りに。

釣られて視線を下げる龍太郎。恋人の言葉とニコニコの意味を理解してブワッと冷や汗が溢れ出た。

「あぅ……」

アニールさんがいた。龍太郎の太い片腕にギュッと抱き締められて、更に分厚い胸板(言わずもがな、裸)に頬をぴたりっと、腹筋に胸をむにゅっと押しつける形になっているアニールさんが。

茹で上がったタコみたいな赤面状態である。弱々しく手で押し返そうとしているが、どういうわけか本当に弱々しい。

「どわぁっ!? すんませんっ、マジで!!」

慌てて飛び退く龍太郎くん。思わず敬語にもなっちゃう。

なぜか、アニールさんから「あっ」と微妙に残念そうに聞こえなくもない声が漏れたような気のせいのような……

鈴ちゃんの目がスゥ~ッと細められる。

「他意はないんで! いやほんとに! だからセクハラで訴えるのは勘弁してください!!」

ただ庇わなければという意識と、戦闘に集中していたがために無意識にしてしまっただけ。というのは本当だろう。何せ龍太郎である。こういうところで姑息なラッキースケベを狙うような男ではない。

そこは鈴も分かっているので「もぅ、しょうがないなぁ」と直ぐに肩を竦めるが。

「あ、いえ、分かっておりますので! お助けいただき感謝の言葉もありません!」

「そ、そうっすか? いやでも、ほんとすんませんでした。大して親しくもない男の裸を押しつけられて不愉快だったと思うんで」

「いえ、それこそ滅相もありません! 大変たくましいお体で――」

鈴ちゃんから冷気! 何かを感じてか、それとも自分で自分のセリフが逆セクハラ紛いではないかと思ったのか、アニールさん、慌てて言葉を変える。

ただし、大変珍しいことにやたらとテンパっている様子のアニールさんである。言葉選びを普通に間違える。というか、本心っぽいのが出ちゃう。

「話には聞いていましたが、獣のお姿も怪物のお姿も大変ワイルドで素敵な――」

「アニールさん?」

本人的には、助けてくれた恩人に対し不快などと思うはずがないと伝えたかっただけなのかもしれない。が、顔が真っ赤で、手をパタパタさせて、ついで瞳もなんだかウルウルしてるっぽい有様を見ると……

それはまぁ、彼女として釘も刺したくなる。

背後からアニールさんの肩をぽんぽんっと叩く鉄扇。ヒンヤリした金属の感触が首筋に当たり、ようやく我に返ったらしい。

「す、鈴様もありがとうございました! お、お二人の息の合った戦い、感服いたしました! 感謝感服! それだけです! ええ、それ以外にはありません!」

「……いえいえ、間に合って良かったです」

顔は赤いまま居住まいを正し深々と一礼するアニールを、鈴は返答しつつも少しだけジトッとした目で見てしまう。誤魔化してますよね? と。

アニールさん、決して目を合わせようとしない。

そんな三人の様子を、

「リーリン、アニールがラブコメしてます。世界の危機なのに、ラブコメしやがってますよ」

「今の陛下のお気持ちを当てましょうか? 何やってんだという呆れと、うひょ~、三角関係キターッ! でも、クーネのアニールですからね! そう簡単に渡しはしませんよっ。ええ、たとえ龍太郎お兄さんであっても、クーネは簡単には認めません! といったところでしょうか?」

「リーリン、いつから心が読めるように? 一言一句合っていて怖いんですが。ミュウちゃんに教わった地球の言い回し部分まで正解で、クーネは震えが止まらないんですが」

主従コンビがなんとも言えない表情で見ていた。

「アニールは元々たくましい男性が好みですが……なるほど。獣や怪物の姿の方にこそ、むしろ惹かれましたか? 中々の性癖。陛下、面白くなってきましたね!」

「それはそう! この戦いが終わったら〝ねぇねぇ、今、どんな気持ちなの? アニールは今、どんな気持ちを龍太郎お兄さんに抱いているのぉ?〟って根掘り葉掘り問い詰めるんだ……〟と、クーネは決意を宣言しておきますよっ」

めちゃくちゃ小声だし戦場の喧噪もあるので、どうやら龍太郎達には聞こえていないようだが、そこは優秀なアニールさんだ。なんとなく二人が何を話しているのか察したらしい。

更に真っ赤になってぷるぷるしつつ、近くに落ちていた食器トレーを拾って投げつける。

仮にも女王陛下にトレーを投げつけるとは……

普段なら絶対にしない点、アニールさんのテンパリ具合が分かるというもの。

という戦場に突発的に発生したラブコメは、本当にそれどころではないので脇に置いておいて。

「改めて、感謝します! 龍太郎お兄さん! 鈴お姉さん! お二人が救援ですか?」

クーネが立ち上がり、結界のおかげで展開する必要がなくなった枝葉やオアシスの水の天蓋防御を解除する。

一気に負担が減った感覚に思わず肩の力が抜けるが、王都の外では未だに戦士達が戦っているのだ。視線は龍太郎達に向けつつも、 恵杖 ( ニュン ) を通して戦場を把握。

空いたリソース分、乱戦状態の外側からやってくる群れに、今度は砂を固めて円錐を剣山のように突き出す術で数を削り援護する。

「そう、私達だよ。フォルティーナ様はシズシズが護衛して、代わりにグラスナーデの人達はジャバルシャン王国を援護するために丸ごと転移させたみたい」

「なるほど」

「あと、実はミュウちゃんもこっちに来てるんだけど……」

「えっ、ミーちゃんが!?」

思わずパァッと喜色を浮かべるクーネ。分かりやすい歓喜の表情に、鈴も龍太郎もほっこりする。が、少しだけ残念なお知らせだ。

「わりぃな、ミュウちゃんはジャバルシャン王国への援軍なんだよ」

「人型巨大兵器……って言ってもピンッと来ないかな……。とにかく、南雲くんの過保護兵器を与えられたミュウちゃんの戦力って、ぶっちゃけ私と龍くんより上だから」

あははっと苦笑する鈴。実際、神の巫女たるクーネがいる戦場より、ジャバルシャン王国の方がミュウという専用戦略兵器持ちの戦力が必要だったのだろう。

本当はミュウもクーネの傍にいてあげたかったのだが、フォルティーナの冷静な戦力分析と願いを受けて、グラスナーデのカラグラ老達と共にあちらへ向かったというわけだ。

クーネの世界を守ることに変わりはないから、と。

「そう、ですか……」

「そのミュウちゃんからの伝言なんだけど」

「!」

「え~っと、確か――〝我等三人、戦場は違えど心は一つ。共に戦い、守るべきものを守る。願わくば、勝利の暁に、またお泊まり会を成さんことを!〟だったかな?」

「ミーちゃん! ヒーちゃん!!」

クーネには分かったらしい。この伝言はミュウだけでなく、きっと地球を守るために残ったのであろう 陽晴 ( ひなた ) の想いも含まれているのだということが。

ふんすっふんすっと鼻息荒く、気合いも更に漲っているっぽいクーネ。

幼い少女達の友情に、龍太郎と鈴、それにリーリンとアニールもニッコリだ。

「あと、後方の領地も心配ないよ。順次、まとまった援軍が来る予定だし、既に強力な援軍が来てるから」

「俺的には、むしろ心配なんだが。だってよぉ、ミュウちゃんの傍で戦えなくて、めちゃ不機嫌になってたし」

「え、え? どういうことですか?」

戦士団の援護をすべく再び速度特化のモデル・ワーウルフへと転変する龍太郎と(アニールさんが再びポッとなっているのは置いといて)、飛翔系の無神の相手をすべく、双鉄扇を振るって膨大な数の結界の破片を生み出し、それを桜吹雪の如く舞わせ始めた鈴へ、クーネは小首を傾げた。

それに対し、龍太郎と鈴は顔を見合わせ、

「いやぁ、やっぱり悪魔は悪魔というか、ね?」

「ミュウちゃんは本性を見たことあんのかなぁ? あるんだろうなぁ。それで仲良くしてるとか、流石は魔神の娘というかなんというか。取り敢えず、後方領地の人達の精神にトラウマが残らないことを祈るぜ」

と、苦笑気味に呟いたのだった。

で、懸念は案の定だった。

「イヤッ、イヤッ、イヤァ!!」

後方領地が一つ、アークエットにちい○わが――じゃなくて、領主のロスコーさんがいた。

領主の屋敷のバルコニーで尻餅を突き、ぷるぷるしながら首を振っている。

空が赤かった。黒雲がもたらす闇を上書きするような血色の赤に空気が染まっていた。

ヴヴヴヴヴッと酷く耳障りな音も常に響き渡っていた。

その視線の先、遥か上空に、それはいた。

宙に浮く人骨を組み合わせて作ったような大きな玉座に、足を組み、頬杖をついた姿勢で座っている存在。

一見すれば黒いスーツに、コートをマントのように羽織った巨躯の男だが、その頭部は完全に異形。言うなれば、ハエの頭部だ。触覚にも角にも見える突起が二本伸びているのが特徴的。

そして、その宙の玉座の周囲には濃い瘴気が溢れ出していた。否、瘴気ではない。それは無数のハエだった。

おびただしい数のハエが周囲を、そして後方領地のあらゆる場所で舞っているのだ。

「ふぅっ、うぅっ」

肌で、魂で感じる邪悪な気配。精神を圧する強大な存在感。

〝無神〟に対する忌避感とは異なる。もっと明確な意思に基づく悪意のようなものが精神を蝕んでいくかのよう。

何より恐ろしいのは、この地を襲っていた〝無神〟達が唐突に共食いを始めたこと。一心不乱に、何かに取り憑かれたみたいに喰い合いを始めたのだ。

悪夢だった。おぞましい生き物が互いに喰らい合う赤く染まった世界。

いつぞやを思い出さずにはいられない、まさに地獄の如き光景だった。

その元凶が不意に顔を上げた。そして、大きく息を吸うような仕草を見せた。

何をする気か。

かつて、この地を救いつつも決して消えないトラウマを植え付けた魔王を、いや、今は魔神だったか、を思い出し一気に青ざめるロスコー。

動けず、ただ震える彼の視線の先で、魔王の一柱は、

『ゆるせなぁーーーいっ!! 姫と一緒に戦いたかったのにぃいいいいいっ!!』

叫んだ。じゃんけんで負けた悔しさを思いっきり。

なんかよく分からないけれど、より邪悪な気配が爆発的に広がったので、

「ヤダーーーッッ!!?」

ロスコーさんも叫んだ。新たなトラウマが心に刻まれるのを感じながら。

何かと魔王にトラウマを植え付けられがちな彼に、克服の未来はあるのか。

なお、直ぐ後ろに息子や部下達がいるのだが……

彼等は恐ろしく思いつつも救援だと理解して普通に歓声を上げていたりする。

きっと、南雲殿が! あの魔神様が部下を送ってくれたんだ!

あの邪悪な雰囲気、間違いない! 彼の仲間以外にありえない!

ありがとう!! 魔神様! と。

いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

※ネタ紹介

・我等三人、戦場は違えど~

『三国志演義』における〝桃園の誓い〟より。

・イヤッイヤッヤダーッ

『ちいかわ』のちいかわより。なお、白米は未履修。映画が凄い人気のようですし、そろそろ手を出すべきか…

・無神のイメージモデル

潜砂の無神:クトゥルフ神話の〝砂に潜むもの〟。黒蛸の無神:同〝ハスターの仔〟と『モンハンワイルズ』のシーウーを合わせた感じです。シーウー、初見の時マジで異質すぎてビビリました。

※お知らせ コミック17巻が発売しました!

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今回も巻末SSを書かせて頂いています。帝都でハジメとユエがカムの所在を調べている時のシア達sideの出来事をシア視点で書きました。ご興味があればぜひ! よろしくお願い致します!