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全世界防衛線㉓ 舞い降りるジュウリンジャー

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全世界防衛線㉓ 舞い降りるジュウリンジャー

シンクレア王国の南部。幾つもの山脈を越えた先にある国――ジャバルシャン王国。

この国が〝暗き者〟との長きに渡る戦争で生き残ったのには、当然ながら他の滅びた国にはない幾つかの大きな理由があった。

その一つが地形だ。

東西に約二十五キロ、南北に約五十キロ、標高千二百メートルに及ぶ超巨大カルデラ。

その内側こそがジャバルシャン王国の王都が存在する場所だった。

いわゆるネスト型のカルデラで、楕円形の隆起部分(もはや、ちょっとした山脈と表現した方が近い)により三重構造の天然防壁が存在する。全て岩肌部分が加工・補強され天頂部分も長大な歩廊となっている。

一番外側を第一外輪防壁と呼び、次が第二外輪防壁、そして最も内側にあるのが中央外輪壁だ。端から見れば三重式の万里の長城の如く。

途方もない年月と労力を掛けて先人達が築き上げた長大な防壁は、まさにこの国の象徴そのもの。

初見の者は例外なく、そのスケールと歴史に圧倒されることだろう。

事実、

「……やっぱり何度見てもすっごいの。こんな状況じゃなかったら、もっとゆっくり見学したいのに……」

と、遥か上空からジャバルシャン王国の全体を俯瞰するミュウは、飛来した〝黒蛸の無神〟の集団を 太陽光集束レーザー ( ヒュベリオン ) 式片手用ライフルで撃墜しながら、もう何度目かも分からない感嘆の声を漏らしていた。

搭乗している魔神製過保護兵器もとい人型汎用戦闘ロボ――ジュウリンジャーッ!! の全周囲型モニター越しに映る下界の景色を改めて眺める。

まず目に入るのは、中央外輪防壁内側の実に七割を占めるこの国の中心部にして生命線の一つ――広大な湖だ。

地上の湖畔から見れば海と見紛うだろう巨大な湖には多くの船が浮かび、長大な橋が十字型にかかり、その中心部に立派な王城がそびえ立っていた。

更に幾つもの塔が湖から飛び出したように規則正しく並んでいて、王城の各屋上部分と各塔は鎖と木の板による吊り橋で繋がっていて空中回廊のようになっている。

また、東西南北の中央外輪防壁付近には大きな砦を中心に四つの都が広がっていて、ジャバルシャンでは四都市を合わせて〝王都〟と呼ぶ、というのは旅行中にクーネから聞いた話だ。

四方の都の間にも中継点のように湖畔の町と農地が点在しており、ちょっとした森や山も広がっているなど自然豊かな場所だった。

中央外輪防壁と第二外輪防壁の間には広大な農地が広がっているようだった。中央より町の数も規模も大きく、かつ物々しく雑多な雰囲気だ。大半の民が住まう区域なのだろう。中央に住む者達との身分差が感じられる造りである。

そして、第二外輪防壁と最も外側の壁――第一外輪防壁の内側は全てが軍事施設であり、戦いのための仕掛けや設備がひしめき合う戦場となることが想定された場所になっていた。

全部で十二区画に分けられているようで、外輪防壁とは別に区画の境界部分にも頑丈そうな砦と防壁が築かれている。

一区画が陥落しても容易には隣の区画には行けないようになっているのだろう。浸水を最低限に止めるために区画が分けられている船底のように。

「ええっと、確か……六領都と十二戦都って言ってたよう、な?」

中央外輪防壁と第二外輪防壁の間も壁こそないものの六区画に分かれているらしい。それぞれの区画に領主と戦主と呼ばれる管理者がいるのだとか。

元々は全て合わせて〝王都〟だったらしいが、広大な領土に数百もあった領地は〝暗き者〟との戦いで失われて久しく、命からがら逃げ延びてきた難民を受け入れてきた結果、王都内を分けることに至ったのだとか。

最南端の飛び地、海を挟んで存在する軍事的拠点でもあった孤島であるが故に生き残ったたった一つの領地を除き、ジャバルシャン王国の生存圏はもはやここのみ。

ここが陥落した時が実質的なジャバルシャン王国の滅亡である、というクーネの話を思い出していると、

「戦場で気を抜くのは感心しませんよ、お嬢様」

完全密閉型でありながら対面と変わらないクリアな会話が可能なジュウリンジャーのコックピットに聞き慣れた声が響くと同時に、カッと頭上すれすれを銀の閃光が通り過ぎた。

射線の先を辿ると飛翔タイプの〝厄災の仔〟の群れが消し飛んでいる光景が。

直後、背中合わせになるようにふわりっと飛来したのは、三対六枚、半透明かつ幾何学模様のような美しい羽を展開している美貌の妖精――もとい。

「エガリたん!」

エガリたんことエガリさんだった。

普段の戦乙女の装束とは異なり、全てが白基調かつ水色のラインやワンポイントが入った新しい出で立ちだ。二の腕まである手袋、体にフィットしたノースリーブ&ミニスカ風の鎧、ニーハイ脚甲にハイヒールバンプス、ハーフアップにした髪は蝶の髪飾りで留めている。

既にミュウ専属の護衛妖精と自他共に認めるが故に、主たるハジメにお願いして作ってもらった新衣装と〝ミュウ親衛隊〟を表わすカラーリングらしい。

ご丁寧に胸元にはマーメイドが円を描き、その中心にクロスする銃が描かれた部隊章まで付けている。

余談だが一部の妖魔や悪魔の間では、この紋章が描かれたワッペンなり装飾品なりを手に入れるため一種の受験戦争のようなことが行われているとかなんとか。

ミュウ親衛隊に入るには、〝ただの友達〟を超えて、それはそれは厳しい選定基準をクリアしなければならないのだ。

閑話休題。

「はい、いつでもどこでもどこまでも! 貴女の三歩後ろにひっそりねっとり寄り添う超絶完全完璧究極美少女妖精エガ――」

「大丈夫! わざと気が付いてないフリをしてエガリたんが狙い撃つのを待ってたの! ナイスショットなの! エガリたん!」

「あ、はい。信頼、う、嬉しく思います……はい……」

信頼もお褒めの言葉も大変光栄。だけど……

言わせてよ。ここまで言ったなら最後まで言わせてよぉ! お嬢様ったら! いつもいつも遮って! 遮り方までだんだん巧妙に……んもぉっ!

みたいなことを思っていそうな引き攣り笑顔で目元横ピースと片足クイッ&ウインク! の完璧決めポーズ(ミレディポーズとも言う)を、そろりと解除するエガリたん。

「今ので……ようやくちょっと落ち着いた、かも?」

自身の言葉通り油断は一切していないのだろう。全周囲型モニターを拡大縮小したり、各地に飛ばした端末から情報を確認したり、各種センサーに鋭い眼差しを向けたりして戦況をチェックするミュウ。

「はい。ひとまず迎撃態勢は安定したと判断して良いかと」

エガリのお墨付きも貰い、ミュウはコックピットの中で「ふぅっ」と一息吐いた。知らず流れていた汗を掌で拭う。

「完璧な初動でしたよ、お嬢様。お見事です」

「あ、ありがとうなの。えへへっ」

我が儘をしたという自覚があった。

自分はまだ子供で、パパ達に自分の身を守れると認めてもらえるほど修行したとはいえ、今回の戦いは護身の域を明らかに超えている。つまり、自分はユエお姉ちゃん達にとって後顧の憂いになり得る。

家族の気持ちを思えば安全な場所にいることこそが最も取るべき合理的な行動だ。

そう分かっていて、それでも戦場に出ることを望んだ。

友達を、クーネを守りたかったのだ。

自惚れでも楽観視でもなく、パパ達が与えてくれた力があれば友達の力になれる。そう確信していたからこそ、一助にもなれず安全圏に隠れることはミュウ自身の、そしてパパの娘としての矜持が許さなかった。

フォルティーナにジャバルシャン王国の救援に行ってほしいと頼まれた時、迷いがなかったと言えば嘘になる。けれど、我が儘を言っている自覚があったから、たとえクーネの傍に居られなくても彼女の大切な世界を守れるならと直ぐに頷いた。

結果的に、そうして良かったと今は思える。

それほどに到着当時のジャバルシャン王国は不味い状況だったのだ。

「まぁ、ミュウの力というよりジュウリンジャーの力のおかげだけど」

エガリの称賛に照れつつも謙遜するミュウ。否、本心だろう。

「確かに、主や正妻様でもない限り、この規模の結界は展開できなかったでしょう」

ジュウリンジャーの標準装備。内部宝物庫から召喚する百の結界用 十字架形端末 ( クロス・スフィア ) が現在、この東京都をすっぽり収めてなお南北に余りがたっぷりと出る広大な巨大カルデラ都市を囲むようにして展開されている。

規模が規模だ。流石に展開範囲と引き換えに著しく強度が下がることは避けられず、一般的な家屋のコンクリート製の壁程度の防御力しかない。

クラス4の〝無神〟なら数度の攻撃で一体分が入る程度の穴は開けられるというレベルだ。

だが、それでも空を天蓋の如く覆う黒雲から降り注ぐ雨を防ぐには十分。

「到着した時は焦ったの。どうにか立て直せて良かった……」

心底安堵した様子で溜息を吐くミュウ。

そう、結界で黒い雨を凌げているということは、ミュウが到着するまでの間は普通にカルデラ内部に降り注いでいたということ。

いくら鉄壁の防壁があるとはいえ、上空から降る雨が地上に落ちるや否や怪物を生み出すなんて奇襲に即座に対応できるはずもなく。

ミュウが到着した当時は内部で溢れ出した〝無神〟の群れに、それはそれは混乱を極めていたのだ。

「女神の加護と神威で、それほど深刻な被害は出ていないようですが……」

「みゅ。それでもかなりの死傷者が出てるっぽいの」

〝神の巫女〟の有無。それがシンクレア王国とジャバルシャン王国の被害差の大きな要因であることは明白だ。

大混乱に陥っている戦場である。流石に、登場シーンで〝戦隊ロボの登場シーンには 上 ( ・ ) が ( ・ ) る ( ・ ) 音楽がなければ!〟というロマンは自重した。ポージングだって、背後の七色の爆炎だって同じく。

ミュウは空気が読める子だから!

もっとも、王城に群がっていた〝黒蛸の無神〟が直上より降り注いだ閃光で一掃され、更に突如として降臨した金属製の巨大な人形の 何 ( ・ ) か ( ・ ) が、王城を庇うように背を向けながら威風堂々と滞空している光景を見れば。

そして、両手のライフル、両肩両腰から展開された砲門より閃光を乱発し、周囲の〝無神〟まで正確無比に一掃した光景を見れば。

ギャグマンガのように目ん玉が飛び出すほど驚愕し、あるいは腰を抜かさなかった者は一人もおらず。

数多の閃光を放ち無双する金属の巨人が、翼から真紅の光を噴き出す光景をバルコニー越しに間近で目撃してしまった国王陛下達の心情は如何に。

ロマン主義的登場の有無なんて関係ない。きっと、生涯忘れ得ない光景になったことは間違いないだろう。

だって、世界観が違いすぎるもの。

正直、フォルティーナ様が〝神託〟で「味方だから心配ない」と伝達してくれていなければ、自重なんて焼け石に水状態の大混乱を招いていたに違いない。

というか〝神託〟があってもなお、未だに誰もがプチパニックである。

「死傷者は香織お姉ちゃんの魔法が届けば大丈夫として……精神安定も必要?」

「悪魔や妖魔の姿には慣れてきたようですが、未だにお嬢様が近づくと悲鳴を上げられていますしね」

「解せないの」

救援として転移してきたのはミュウとエガリだけでは、当然ない。カラグラ老を筆頭にグラスナーデの戦士達は当然、多数の悪魔や妖魔も一緒である。

現に最も攻勢の強かった南側一帯は、グラスナーデの戦士達のおかげで逆に最も余裕の戦域となっているし、国の中枢たる王都も主にミュウの 友 ( ・ ) 人 ( ・ ) 達 ( ・ ) のおかげで完全に持ち直している。

例えば水虎のすいちゃん率いる水虎軍団やケルピーのけるちゃん、それに怪魚系や牛鬼、影鰐、水棲系の妖精達が湖を起点に、地下水脈からの侵入にも完全に対応している。

あと、何故いるのか、どうやって来たか不明であるが〝星霊界のユニコーンくん〟が、まるで縦横無尽に飛び回るホーミング製ビームのような有様で各地の敵を突き殺しているうえに、たぶんお目付役であろうペガサスさんも各地で戦士達を回復したり支援しているおかげで〝王都〟の心配はほぼ必要なくなっていた。

異形ではあるが〝暗き者〟で慣れているというのもあるのだろう。〝神託〟による「味方だ」という知らせと彼等の獅子奮迅の活躍もあって、早くも連携を取り始めているジャバルシャン側の部隊もあるくらいだ。

更に、湖には巨大な水車(恩恵力を用いたなんらかの機構があるようだが)を用いた水流システムが存在し、各領都および戦都へ流れる人工河川が作られているのだが……

やっぱりミュウの友人である宇治の橋姫を筆頭に、それぞれに橋姫が付いていて、周囲の戦士達が少し浮き足立っている光景も見られた。

橋姫伝説の多くは〝丑の刻参り〟を行う鬼女という印象が強いかもしれないが、実のところ彼女達は〝境界を司る女神〟の一面も持つ。

つまり、大抵が見目麗しい女性の姿なのだ。

そんな彼女達が強力な結界を展開して敵を食い止め、あるいは水を操って援護し、更には妖艶に微笑みながら見つめるだけで敵をのたうち回らせたり、戦士と〝無神〟の縁を切ることで攻撃を不発に終わらせたり(戦士からすればやたらと幸運なことが起きるという認識)……

なんて美しく心強い援軍か! 勝利の女神だ! フォルティーナ様の眷属に違いない! と各地で士気が爆上がりしたりもしている。

「みゅ、みんな仲良くなれたようなの。やはり戦友というものは友情を育むようだな、なの」

「どこかの将軍みたいですね、お嬢様。よっ、世界一可愛い大将!」

ともあれ、なんかミュウを慕って手伝いに来てくれた妖魔達は、本来は人間に避けられるべき存在のはずなのに上手くやっていて。

なのに、納得し難いことが一つ。

ミュウだけは、「ひぇっ、また来たぞ! あのわけの分からん巨人が!」と終始怯えられるという。

飛ぶはずのない金属の巨人が縦横無尽かつ高速で空を飛び回り、理解できない閃光を無数に放っては敵を消滅させていく……

なるほど、彼等からすれば完全に未知との遭遇。まさに宇宙人の襲来レベルの出来事なのだろう。

「ジュウリンジャー、こんなに格好いいのに」

家族の同伴なしという意味ならばジュウリンジャーの初陣である。なのに……と、ちょっとしょんぼりしてしまうミュウ。

何にせよ、だ。必死に駆け回ったおかげで、ジャバルシャン王国に迎撃態勢を整えさせることには成功したわけで。

と、その時。

「そこな奇怪なる巨人よっ! 異世界の戦士よ!! 意思疎通は可能かぁあああッッ!!」

「ふわぁ!?」

ビリビリッと腹の底に響くような低音かつ大音量の男の声が届いて思わずビクッとなるミュウ。

斜め下を見れば、何やら火線の尾を引いて、まるでロケットのように飛んでくる人影が。

「あ、王様!」

「いかにもッッ!!」

瞬く間にミュウ達がいる高度。王城から六百メートルは上空に到達したのは、大変に恰幅のよい老人だった。

物語に出てくるドワーフを、そのまま身長百七十センチに拡大したような見た目だ。たっぷりの白い髪と髭、ドンッと突き出した腹、黒基調に金の刺繍が複雑に施された豪奢な燕尾服のような衣装に、頭の上には立派な王冠。

見た目の年齢は八十代といったところか。安楽椅子にうとうとしているのが似合いそうな老人である。

そんな老人に、ミュウとエガリは思わず叫んだ。

「ま、まるでアイアン○ンなの!」

「まるでアイアン○ンですね!」

「ぬぅっ!! なんだとぉ!!?」

某ヒーロー系映画の鋼鉄の男そっくりだった。見た目ではなく、飛び方が。

そう、両足の裏から火を噴き出し、更に両手を〝気を付け〟のように体に沿わせながら掌は下に向け、その掌からも火を噴き出してバランスを取るという飛び方をしていたのだ。

まさに、あの鋼鉄のヒーローそっくりの飛翔方法である。

なお、「なんだとぉ!」は〝無礼な!〟という意味ではなく〝なんて!?〟の意味である。

この老人、声に迫力がある上に眼光が某悪魔絶対殺す神父並に鋭いので、常に憤怒しているように見えてしまうのだ。

そんな常に憤怒系(見た目だけ)老人の正体は。

「神が遣わせし異界の援軍よッッ!! この国の王ダナ・シェワラハ・リ・ジャバルシャンの名において感謝を申し上げるぅううううッッ!!」

再びビリリリッと腹の底まで声が響いた。いちいち声がでかい。対面で話していたら鼓膜がダメージを負うのではないかと思うほどの声量だ。エガリもさりげなく耳を塞いでいるし。

ともあれ、この恰幅のよい飛ぶ老人こそがジャバルシャン王国の国王だった。

自在に飛翔できるほどの〝火〟を操る恩恵術……今は女神の加護を受けているとはいえ、その手慣れた様子を見れば出力に差はあれど普段から飛翔可能なのは明白。

それほどの術ならば十中八九、天恵術だろう。生き残った国の王族に相応しい納得の能力だ。見た目は、ちょっとシュールだが。

「どういたしましてなのぉおおおおっ!!」

「お嬢様、釣られております」

負けじと(?)と腹に力を入れて返事をするミュウ。エガリさんが指摘するが二人とも聞こえていない様子。

「無礼を承知で言わせていただくがぁあああっ!!」

「遠慮無用ですぅううううっ!!」

「まさに神の戦士に相応しき威容でありながらぁああああっ、聞こえてくる声が幼子のそれとはぁああああっ、これいかにぃいいいい!!」

「初めてましてぇええええっ、ミュウですぅううううう!!」

ガバッとコックピットを開いて顔を見せるミュウ。ダナ王の目が見開く。

というか、巨人そのものが援軍であり、中に人がいるとは思いもしなかったに違いない。まして、国の危機をひっくり返した援軍の筆頭が、まさかこんな女児だとは思いもしなかったのだろう。

「なんと……見目麗しき天女に、巨人を操る可憐な女児……異界はかくも神秘で溢れているのか」

驚きのあまりか、声量が普通になった。かと思えばギンッと目を吊り上げ、

「我が十二人の息子、気に入ったのをくれてやろう!! なんなら全てくれてやるぅううう!! 我が国に嫁いでまいれぇえええいッッ!!」

声量が戻った。とても本気が伝わる声だった。見た目は、み・た・め・は! 美しいエガリは言わずもがな、ミュウの将来性を鑑みたのか、なんかとんでもないことを叫んでいらっしゃる。

「「お断り申し上げるぅううううっっ!!」」

「ぬぅううううっ!!」

ツッコミ役不在が大変痛い。

「どうしてもかぁあああああっ」

「「断固拒否ぃいいいいいっ!!」」

王様、しょんぼりした。バーニアの勢いまで弱まって徐々に高度が落ちていく。

長きにわたる戦争が終わったせいだろうか。

一気に肩の荷が下りたというか、実年齢が実は来年で百歳になるのもあって一気に体にガタが来ているのだが……

次代が安心できない。

自分が子供を作りすぎたというのもあるのだけど、なんか平和になった途端に子供達が野心を覗かせ始めて、「これ、仮に次の王を指名しても普通に泥沼の争いにならん?」と不安で仕方なく。

なら、そんな争いなど蹴散らせるような人材を外部から取り入れればいいじゃないと思ったのだが……

〝暗き者殲滅作戦〟のおり来訪してくれた勇者にも「この国の全てをやろう!! 八人いる我が娘から好きなのを選べぇえええいっ!!」とお礼も含めて言ったのに普通に断られるし、モアナ元女王はマジギレするし……普通に怖かったし……

あと、なんか国をダメにしそうな雰囲気の女には「なぜ私だけ勧誘しないのですか!? いえ、勧誘されても断りますけれど、最初から誘われもしないというのは、それはそれで傷つくというか! これでも私、元女神でしてぇえええっ」と散々に文句を言われるし……

「あ、あの! それよりジャバルシャンは凄いですね! なの!」

「ぬぅうっ!?」

空気を読んで励ましつつ話を逸らすコミュ強のミュウ。

だが、決してお世辞ではなかった。実際に、迎撃態勢を整え直したジャバルシャンの戦いは目を見張るものがあったのだ。

こうしてミュウとエガリが一息吐いて、また王様と顔合わせする時間を作ることができている要因でもある。

「爆撃が基本戦術とは聞いていたけど、実際に見ると凄い迫力なの!!」

モニターの一部を拡大するミュウ。そこには第一外輪防壁を突破すべく山肌を駆け上がる凄まじい数の〝無神〟と、その山肌で起きる絨毯爆撃の如き無数かつ濃緑色の閃光と爆炎が映っていた。

原因は防壁から様々な方法で投擲されている濃緑色の球だ。

端的に言えば爆弾である。

個人で言えば弓、投石紐やスリングショットなど、兵器としては遠心力を利用した大型の投擲台やバリスタ風の発射台。

それらにより雨あられと飛ばされる濃緑色の爆弾が、山の上という完璧な立地から無限かと思うほど飛ばされ、次々と〝無神〟を吹き飛ばしているのである。

「で、あろうぉおお!! 爆石こそ我が国の武力の象徴であるからして!!」

この地域にて豊富に取れる特別な鉱石に恩恵力を込めて作られる爆弾だが、ただ恩恵力を込めればいいだけではなく、ジャバルシャン王国の秘術によって加工されて初めて武器と呼べる威力になるとか。

個人の恩恵力や恩恵術の技量によらず、また非戦時には蓄えておけるという点、まさに兵器だ。

この爆石を最大限効果的に扱うために、この国の戦士は誰もが投擲系・射撃系の技量を特に重点的に鍛えているらしく、外輪防壁や砦、塔の上から放たれる爆撃は実に的確だった。

もちろん、斜面だけではない。飛翔タイプの〝暗き者〟も退けてきた対空戦術のノウハウは〝無神〟相手にも有効で、対空射撃・砲撃により〝黒蛸の無神〟や〝飛翔タイプの厄災の仔〟も上手く撃墜している。

爆石の特徴である濃緑色の閃光と可視化された衝撃波の波紋が幾重にも重なる様は美しくすらあった。

個人の恩恵術だけに頼らない、この素材が豊富に取れる土地だからこそ基本戦術に採用可能な爆撃戦術。

それこそがジャバルシャン王国が生き残った大きな要因の二つ目だった。

「内部に侵入した敵もそうかからずに掃討できよぉ!! 新たな侵入者も貴殿等のおかげで限定的であるしなぁあああっ!!」

この程度の侵入速度・数なら十二分に対応できると感嘆の眼差しで(傍目には欲望に目が眩んで、どうにかこの力を奪えないかと考えていそうな目つきをしているが本当に感嘆しているだけ)周囲を眺めるダナ王。

展開している結界の天蓋部分に降り注ぐ黒い雨は、内部に降り注ぐことこそ防いでいるが、天蓋の上に〝厄災の仔〟を生み出すこと自体は防ぐことができない。

なので、放置すれば次々と結界の上で群れを形成し、かつ、障壁を破壊できた個体から順次、内部へ降下侵入していく。

が、もちろん、ミュウ達が手をこまねいているわけもない。

こうして会話している間もずっと、エガリの分解砲撃が薙ぎ払われ、ジュウリンジャーの射撃や砲撃、更にはビット兵器による遠隔&多角攻撃も行われている。

それだけでなく第一外輪防壁の各地に配備された上級悪魔達も随時、結界の上を掃除しているし、鴉天狗を筆頭に飛翔が得意な妖魔達も排除に動いている。

数が数なので完全に侵入を防げているわけではないが、そんな散発的な侵入なら地上の戦力だけで十分だ。というか、地上に降り立つ前に対空射撃で撃墜されている。

ミュウとエガリが話していたように、迎撃態勢が安定しているのは間違いなかった。

「素晴らしき戦力だッッ!! だが……だが、それだけではあるまいッッ!!」

が、人生の全てを祖国防衛の戦いに捧げていたダウ王の慧眼は、それだけが戦局安定の理由でないことを見抜いていた。

「敵の動きが妙であるッッ!!」

端的に動きが悪い。援軍が到着する前と後で勢いがまったく異なるのである。

まるで、敵が攻撃することに躊躇いを覚えているような、あるいは他のことに気を取られているような、そんな奇妙さが感じられるのだ。

「加えてっ……何か、妙に甘ったるいッッ!!! 心がざわつく!! 間近に来て確信した!! 貴殿が原因であるなッッ!!」

単なる挨拶だけではなかったようだ。戦場全体を覆う奇妙な感覚。その原因を確認する意図もあってミュウのもとへ来たらしい。

ミュウは目を丸くした。図星だったからだ。同時に、味方には影響がないはずの、普通なら気が付かない〝戦場の空気感〟さえも感じ取っていることに驚いたのだ。

「その通りなのッッ!! あーちゃん!! ご挨拶の時間なのッッ!!」

しんっとした空気が漂った。

誰も現れないし応えない。いや、代わりに大量の〝厄災の仔〟が結界の上を大挙して押し寄せてきたので、お前達じゃないとばかりに砲撃しておく。

「あーちゃん? あーーーーちゃぁーーーんっ!!」

気まずい空気が漂い始めた直後、ようやく虚空に慌てた様子の人の姿が出現した。

如何にもビジュアル系バンドにいそうなパンクファッションの女だった。

カラフルなメッシュが幾本も入った黒髪はケモミミ、あるいは角のように頭の上でまとめられ、耳や舌、眉や唇に幾つものピアス、頬や首筋にはタトゥー、それにネックレスや指輪などのアクセサリーもふんだんに身につけている。

なんとも退廃的で危険な香りを漂わせており、しかし、中性的な顔立ちの美人かつスタイル抜群なのもあってか奇妙なほど惹きつけられる何かがあった。

男も女も関係なく一度でも視界に入れてしまえば、もう目を離せない。危険だと本能がアラートを鳴らしているのに、まるで炎に引き寄せられる蛾のようにふらふらと近づき虜になってしまう……

高揚し、興奮し、理性を溶かして、欲望のままに……

七つの大罪が一つ〝色欲〟を司る魔王――アスモデウス。

見る者によって最も好ましい姿に見えるが故に〝本来の姿〟どころか性別も定かではない。

けれど、それで南雲ファミリーの誰かに見えたうえに対象を欲情なんてさせたら大変なことに、ほんとーーーにっ!! いろんな意味で大変なことになってしまうので、その時々の好みの姿に敢えて固定している通称〝あーちゃん〟は、

『!! な、なんだよぉ、姫様。べ、別に何もしてない、ぞ? ハァハァ』

なんかハァハァしていた。

頬も妙に紅潮していて、聞いてもいないのに言い訳じみたことを口にしている。

ミュウの目がユエばりのジト目になった。

「あーちゃん、コックピットの中で何をしてたの? ううん、何をしてるの?」

実は姿を見せたのは幻影の一種であり、本体はミュウの護衛も兼ねてジュウリンジャーの魔王専用コックピットの一つに搭乗したままだ。

姫様に問い詰められた魔王は盛大に視線を泳がせた。まるで、母親に部屋の外から声を掛けられ、自室で致していた故に動揺する思春期の子供みたいに。

エガリたんの目がゴミを見る目になった。

「お嬢様、直ぐにペッしてください。早くコックピットからペッして!」

『んだよ! 人を汚物みたいに! 別に何も――』

「こいつ、絶対コックピットの中でやらかしてます。色欲が色欲していますよ!! きっとお嬢様と一つロボの中、権能全開で戦えて気持ち良くなったのでしょう。もしかしたら、お嬢様で妄想しながら――汚らわしいっ、この色情魔めっ」

『おい、クソ妖精モドキ。流石に聞き捨てならねぇぞ! 姫様をそんな目で見るわけないだろうが! ただ、姫様と繋がっている感覚が最高っていうか、独占してる感がたまらんっていうか――あっ』

語るに落ちるとはこのことか。ジュウリンジャーの機能である〝魔王を格納することで、ミュウには当該魔王の権能や感覚を共有・行使可能となる〟が、どうやらあーちゃんに得も言われぬ快感を与えたらしい。

おまけに、自分以外の魔王は他の場所に救援中。実質、姫様を独り占め。しかも、魔王なのに姫様に存分に使われている感が、より一層――

「ふ~ん」

ミュウの目が冷たい。いつもニコニコの優しい姫様が、ゴミ虫を見るような目であーちゃんを見ている。

人が必死に戦っている時に、コックピットで悶えていたらしいあーちゃんに軽蔑の目を向けている!!

それに反省するどころか、むしろ「悪くねぇ……」と思っちゃうあたり、実に色欲の魔王。SもMも行けずして何が大罪の悪魔か!!

「やっぱりジャンケンじゃなくて、普通にごるちゃんに頼めば良かったかもなの」

『!!? 姫様、許して……魔が差しただけなんだ……魔王だけに』

何ちょっと上手いこと言ったみたいな顔してんだ、と益々冷たい表情になるミュウとエガリ。

もっとも、この程度で忌避するくらいなら最初から〝魔王達の姫様〟など出来るはずもないわけで。

ふぅっと溜息を吐きつつも、しょうがない人を見る目で苦笑するミュウ。なんともお姉さん味があるというか包容力を感じる瞳だった。

あーちゃん、更に悶える。これだから姫推しはやめられねぇ!! みたいに。

エガリさんがシッシッとハエでも払うような仕草をしているのを横目に、案の定というべきか目があーちゃんに釘付けになっているダナ王へ呼びかけるミュウ。

「王様!」

「ハッ!?」

幻影であってもあーちゃんの魅力は人の精神には猛毒だったらしい。ミュウの語気強めの呼びかけで我を取り戻したようだが、やはりあーちゃんを直接戦場に出さなかったのは正解だったようだ。

「ごほんっ。敵の動きが妙なのは、あーちゃんの権能のおかげです! なの! 敵は今、ミュウ達に対し愛情を感じさせられていて、そのせいで攻撃に躊躇いが生まれてるの!!」

「それはまた奇っ怪であるなッッ!」

あーちゃんが司る〝色欲〟は単に肉欲に溺れるという意味だけではない。正確には〝快楽〟全般を司り、その快楽に伴う感情にも重大な影響を与えることができる。

愛するが故に一つになりたい。永遠の快楽のために壊したくない。しかし、飢餓感もある。ひと思いに魂を貪りたい……

という植え付けられた愛欲と本来の飢餓感の狭間で揺れ、攻勢に躊躇いが生まれているのだ。

言ってしまえば愛子の魔法と同じだが、こと〝色欲〟という点では特化故に効果・範囲共に上位互換と言えるだろう。

「だが、納得だッッ!! 貴殿のもとへ集う異常なほど多くの敵!! にもかかわらず異常なほど少ない攻撃!! 女神様のお告げがなければ敵側のなんらかの策略を疑っていたところだッッ!!」

「で、あるな!! なの!!」

東京都より広い範囲に及ぶほどの権能行使で一体一体への効果は薄れているし、相手はそもそも思考や感情が極めて希薄な生命体だ。故に完全に止めるには至らないが、それでも、その発生源であるあーちゃん本体となると効果は更に高まる。

すなわち、ジュウリンジャーに強烈に惹き付けられはするが、攻撃はほとんどできず。できても全力には程遠い中途半端なものでしかなく。

大勢の敵を惹き付けるタンク役としては、これ以上効果的なものもないだろう。

広範囲の戦場なのに分担せず同乗して戦っていたのは、あーちゃんが戦士達に及ぼす影響以上に、これが理由だったのだ。

ある意味、ミュウの護衛としては大正解の魔王であり権能であった。

「幼き身で多くの敵を惹きつける胆力!! 天晴れ見事なりぃいいいいッッ。女神の加護もある今、これならば守り切れようッッ!!」

「みゅ! 女神様と雫お姉ちゃんが〝厄災〟を倒して黒雲が晴れれば……後は殲滅するだけなの! 王様、頑張りましょうなの!!」

「うむッッ!! 幼き異界の戦士よ!! 改めて感謝する!! ……やはり、礼として我が国と息子を――」

「不要であるッッ!! なの!!」

「ぬぅううううっ!!」

なんだかコミカルに見えてきた王様とミュウのやり取り。戦場に余裕が見えてきたのもあって、両者とも相手を気に入ったというか、少し会話を楽しんでいる様子が見えるが……

それもここまでだった。

「「「!!?」」」

その黒雲が落ちてきたのは。

ミュウは即座にコックピットを閉じ、背中合わせのエガリと正面のダナ王ごと機体を囲う球体状の結界を展開した。あーちゃんも幻影を消す。

直後、結界の外側が黒雲の闇一色に染まり、かと思えば次の瞬間にはあっさりと晴れた。

いったい何が……と訝しむミュウ達。その答えは直ぐに分かった。

「「「!!?」」」

ミュウ、エガリ、ダナ王が一斉に息を呑む。ミュウは心臓を鷲掴みにされたような感覚と危機感に呼吸が浅くなり、ダナ王もまた血の気が一気に引いたような顔色になっている。

言葉では表現し難い強大でおぞましい気配のせいだ。

ジュウリンジャーの各地の端末が、その気配の正体を即座にモニターに映す。

第一外輪防壁、北と南に一体ずつ。

北のそれは、まるで古びた獅子舞のような見た目だった。ぼろ雑巾のような羽織に、狒々のような赤い不気味な面を逆さに付けていて、左目は空洞、右目は白一色。

南のそれは、まるで死神。二メートルの身長に針金のように細い手足を覗かせる黒いローブ姿、手には大鎌を持つ〝無神〟だ。そのうえタールの泉の上に浮いているみたいに、真円の影が周囲に広がっている。

だが、それらに注目している時間も余裕もなかった。

三体目が、直ぐ近くにいたから。

結界の天蓋の上。ミュウ達からほんの百メートルほど先に、ぽつんっと佇むのは腰の折れた老人――と一瞬見間違える風貌の〝無神〟だった。

皺だらけの青白い肌に包帯を適当に巻いたような肉体。ただ腕が異様に長く、そして指は更に長い。

という点だけだった。咄嗟に確認できたのは。

〝長指の無神〟が、まるで孫にそうするように、ミュウへ向けてゆるりと手招きした。

「お嬢様!!」

『姫様!!』

咄嗟に警告の声が飛ぶ。ミュウもまた咄嗟に動いていた。

自分でも何故そうしたのか分からない。だが、少女でありながら数多の激戦を体験してきた経験則が、そして世界最高の師匠陣による訓練が、咄嗟にそうさせたのだ。

ダナ王を抱えるように引き寄せ、クロスガードのような体勢を取るという行動を。

それは正解だった。

刹那、ガラスが割れたような音と同時に、

「んんみゅッッ!?」

ミュウは歯を食いしばった。凄まじい衝撃が機体を襲ったのだ。モニター越しの景色が一気に流れる。数十メートルは吹き飛ばされただろう。

重力制御によりどうにか停止しつつ、

「空間遮断障壁なんですけど!!」

と自分を奮い立たせる意図も込めて軽口を叩きつつ結界を再展開する。

そう、一撃だ。

球体状の結界は〝空間遮断障壁〟だったのに、それが一撃で、それこそガラスの如く容易く粉砕された。しかも、だ。

「装甲まで傷つけたの!?」

思わず悲鳴じみた驚愕の声を上げる

コックピット内にビーッビーッと警告音が響く。モニターには機体に複数の損傷が発生した事実が表示されていた。

ジュウリンジャーの装甲素材は、言わずもがな世界最高の耐久力を誇る多世界技術複合合金製だ。そのうえ高密度魔力による〝金剛〟と〝聖絶〟、更には〝空間遮断障壁〟等も付与された積層装甲である。

現代兵器で傷つけることは実質不可能。〝無神〟であれどクラス4程度では傷一つ付けられない。神代魔法クラスの威力があって初めて相手になる。

なのに、咄嗟にクロスガードした腕に、まるで熊が引っ掻いたような爪痕が深々と付けられていて、ガード範囲外の腰や肩にも傷ができていた。

咄嗟にダウ王を抱えるようにして庇っていなければ、彼は今頃バラバラになっていたことだろう。

空間魔法による守りを突破した以上、同魔法の権能を持っていることは確実。先程のも空間の断裂攻撃だ。それも神髄クラスを使いこなすクラス2以上なのは間違いない。

とはいえ、

「パパのロマンと愛情を舐めるんじゃねぇ! なの!!」

パパのロマンと愛は世界一ぃ!! とボタンを一つをポチッとな。

ラ~♪ ラ~♪ ラ~♪ ラ~~ララ~~♪ と、どこからともなく荘厳な感じの音楽流れると同時にジュウリンジャーの関節部分から真紅の輝きが溢れ出した。

と同時に、流体金属も溢れ出して損傷を瞬く間に修復していき、更に球体状の結界までもが見るからに積層構造になっていくのが分かる。

直後、衝撃。〝指長の無神〟が再び手招きすると同時に球体結界が砕け散るが、全七層の結界は三枚が砕かれたのみ。今度は機体に届きもしなかった。

『苛つかせるじゃん。あーしの力、ほとんど効いてねぇ』

「少しは効いてるから助かったのかも!」

防げたとはいえ、二度目の空間割断は明らかに一度のそれより威力が増していた。まだ底も見えない。最初から全力の一撃だったら……と思うとゾッとする。多少はあーちゃんの権能により攻撃への躊躇いがあったのかもしれない。

最初の衝撃で気絶しているダナ王を、万が一の脱出用に送っておいた王城内の〝ゲートホール〟を通じて避難させつつ、

「エガリたん!」

「合点承知! エガリたんビーームッ」

反撃も開始。エガリと息を合わせて肩の砲塔よりダブル分解砲撃を放つ。

しかし、届かない。〝長指の無神〟の正面の空間が波紋を打つや否や、まるで水の中で屈折する光のように攻撃の軌道が捻じ曲がって明後日の方向に逸れたのだ。

それに目を細めつつもお構いなしに飽和攻撃していると、またもガラスが砕け散るような音が。

「! 大結界が……」

砕けていた。黒雲は既になく〝厄災の仔〟を生む黒い雨も降っていない。だから、さほど問題があるわけではないが、しかし、砕いた犯人の方は大問題だ。

「闇、いえ、影ですか? 原理不明ですが、影を操る権能のようですよ、お嬢様」

〝死神の無神〟の力だったらしい。大鎌を振り抜いた体勢で、大結界は南側から崩壊していっている。その大鎌には濃縮した闇が巨大な刃となって形成されており、それで一撃のもとに防壁ごと結界を斬り裂いたらしい。

防壁の一部が崩壊し周囲の戦士達が地面に転がったり、あるいは山肌を転がり落ちている。

その〝死神の無神〟の周囲にはいつの間にか無数の黒い生き物――姿形は様々。人形もいれば獣もいる――が溢れていて、足下の影から現在進行形で増殖しており崩壊した防壁部分へ殺到している。

カラグラ老達がいなければ、もっと被害は大きかったかもしれない。彼等が必死に対応してくれている。

近くにいた上級悪魔達が対応に駆けつけ、更に〝死神の無神〟にも攻撃を開始しているが、足下の影からは黒い帯のようなものが剣山のように飛び出し、既に何体かの悪魔が細切れにされて消滅してしまっていた。

そのうえ、北側でも。

「な、みんな何をしてるの!?」

『奴の力ね。魔王クラスの干渉力よ』

拡大されたモニター映像に映ったのは、戦士達が頭を抱えてのたうち回っている姿。膝を突き、苦悩するように悶え、そして――剣を自らの首に当てる姿が。

加えて、砦や城壁の歩廊で幾つもの爆発が起きた。爆石を投擲せず、手に持ったまま爆発させたのだ。

自殺を誘発する権能。それが、あの〝獅子舞の無神〟の能力なのだろう。

「あーちゃん!!」

『分かってんよ、姫様』

今まさに己の手で首を斬り裂こうとしていた戦士達がハッと我に返る。そして、自分が何をしようとしていたのか理解して蒼白になりながら、怯えたように剣を投げ捨てた。

あるいは、傍に未だに首に刃を当てながら震えている仲間を見て、血相を変えて剣を弾き飛ばしている者、爆石に点火しようとしている仲間を押し倒して止めている者達も。

魔王アスモデウスの力を以てしても、完全には止め切れていない。

あの〝獅子舞の無神〟は確かに、魔王クラスの力を持っているのだ。

そこまで確認して、ミュウは一度スゥッと息を吸い、吐き出した。

「あーちゃん! 分離! あの獅子舞モドキに全力対応! エガリたんは死神モドキ!!」

「『!!』」

咄嗟に異議が出かけた。エガリからもあーちゃんからも。

だって、自分達は護衛だ。他の何よりもミュウを優先して守るために、ここにいる。

たとえ一瞬であっても……と躊躇いが生まれるのは当然で。

しかし、その異議は結局、表に出ることはなかった。

ミュウの目だ。その目に黙らされた。否、心が納得したというべきか。従うべきだと。それこそが己の役目だと。

そう、まるで父たる魔神に命令を受けた時のように。

なんて目をするのだろうと思わず背筋が伸びる。血の繋がりはないのに、本当に父親そっくりの目つきをするのだから堪ったものではない。いろんな意味で。

「お任せあれ!」

『クヒッ、承知だぁっ』

エガリがアーティファクトによる〝神速〟で南へ、ジュウリンジャーから影のようなものが飛び出し一気に北へ。

『……ミュウ! 私のもとに避難を――』

「しゃらくせぇえええええええっ、の!!」

『エッ!?』

なんか膝の上辺りから声が聞こえた気がしたが、集中しているミュウには聞こえなかった。

ついでに、その声の正体――実はずっと傍にあった黄金色の三角形〝ユエの端末〟が強敵の出現を感知し、念のためにミュウを避難させるべくチビユエの姿を取ったことも、「しゃらくせぇ」と自分が言われたと思ってショック顔になっているのも視界に入っていなかった。

小っちゃなお姉ちゃんがお膝の上で体育座りし始めたのも気が付かず、ミュウは叫んだ。裂帛の気合いを込めて。

「出力全開!!」

小細工はしない。必要もない。

なぜならパパが贈ってくれたこの過保護兵器の名は〝ジュウリンジャー〟。圧倒的スペックを以て蹂躙するための力。

守りを固める? 世界最高の防衛力? ノンノンノン。

そんなことは大前提。

攻撃こそが最大の防御。娘を脅かす敵を皆殺しすることが最大最高の安全なれば!

蹂躙だ。

一に蹂躙、二に蹂躙、三から五まで蹂躙だ!

――!!?

〝長指の無神〟に動揺が見えた気がした。

当然だろう。周囲の全てが一瞬のうちに真紅の輝きで染まったのだから。

遠目に見れば、ジュウリンジャーと〝長指の無神〟を丸ごと囲う巨大な真紅の正二十面体が空中に突如として現れたように見えただろう。

〝長指の無神〟に歪曲させられると理解してなお攻撃を続けた理由、そして攻撃を回避せず結界で受け続けた理由は、まさにこれのため。

「レッドオーバードライブぅううううううっ」

密かに飛ばしておいた十二機のビットで作られる結界と、ジュウリンジャーに貯蔵されている莫大という表現でも生温い圧倒的魔力。

あくまでアーティファクトであるからこそ、人では不可能な、それこそ理論上は無限である〝最大瞬間出力〟による超超高密度魔力領域。

ハジメが使う〝疑似龍脈〟のような万物を溶解させ取り込むような力はない。だが、あまりにも高い特定魔力空間は他の一切のエネルギーの放出を許さない。放出可能な余地が空間にないのだ。

なんなら、このままだと結晶化を始め、更に時間を掛ければ〝神水〟が生成されてしまうだろうほどの密度である。

実際、〝無神〟の周囲では既に〝金剛〟の作用もあって魔力が硬化し物理的にも拘束性を発揮し始めている。

当然ながら、そんな環境下では外部に影響する類いの魔法行使は不可能だ。たとえ神髄クラスを扱える達人であっても脱出には最低でも数秒を強いることができる。

言わずもがな、それは必殺技をぶち当てるのに最高の隙である。

ジュウリンジャーの胸部がスパークした。竜の開いた顎門を象った場所に常軌を逸したエネルギーが集束しているのが分かる。

その輝きは、厄災界でハジメがクラス0をぶち抜いたあれと同じで。

『お嬢様!! どうか私に構わず! 撃ってください!!』

南の地でエガリたんが〝死神の無神〟を背後から羽交い締めにしていた。

更に虚空から飛び出した鎖がエガリごと敵を雁字搦めにし、エガリが手に持っている短剣もまた深々と相手の胸に突き立っている。

最高レベルの拘束具と、刺した相手に強烈なデバフ&エネルギー循環障害を与える(魔法行使を邪魔する)短剣型アーティファクトだ。

〝神の使徒〟のスペックに魔神製アーティファクトを惜しみなく加えればどうなるか。

ミュウ専任の護衛を任せると決断した時に、ハジメは元使徒であることを呑み込んだ上で、その考えを押し進めたのだ。

なので、たぶんエガリたんは普通に死神に勝てる。もう少し時間はかかるかもだが、十中八九、完勝できる。

なのに、なんか悲劇のヒロインを気取ってか儚い泣き顔で『いいんです。お嬢様のお役に立てるなら、私、喜んでこの身を犠牲にしますぅ!』みたいなウザったい表情をしているのは、明らかに好感度稼ぎの下心に違いなく。

なので、ミュウも遠慮なく、

「オゥケェイ!!」

『一瞬の躊躇いもなし!?』

射線は重ね済み。モニターに映るチャージメーターが100%を示した瞬間、過保護ここに極まれりビームのトリガーが引かれた。

「ウルティマキャノン・ジュウリンジャアアアアアアアーッ!!」

必殺技は気合いを入れて叫ばなければ!! と言わんばかりの雄叫びと同時に。

そもそもの話、子供に人型汎用巨大兵器を贈るなという話ではあるのだが、それでも一応は誰もがツッコミを入れるだろう兵器――荷電魔粒子砲が竜の顎門よりブレスの如く放たれる。

その常識外の威力、亜光速に至る速度に対応できる生物などいるはずもなく。

どうにか転移に成功しそうになっていた〝長指の無神〟は惜しいところで真紅の閃光に呑まれ瞬く間に赤熱化、内側から破裂するようにして消滅。

そのままジャバルシャン王国王都の空を斬り裂いた閃光はエガリごと〝死神の無神〟をも呑み込み、山肌を盛大に削って、更には大地に底が見えないほどの大穴を穿って霧散していった。

「エ、エガリたん、せ~~ぞんっ!! ……ほ、ほんとに死ぬかと思った……」

「エガリたん! お帰りなさい!!」

「くっ、笑顔が眩しい!! 今、私を殺しかけたとは思えない良い笑顔!!」

ミュウの護衛である。なら、常にミュウの傍に転移できる対策は幾つも用意してあるのは当然。

ちょっと全身がボロボロというか、白煙をブシュ~~ッと上げている点、本当にギリギリだったっぽいが、ちゃんと転移してきたようだ。

「あーちゃんの方は……みゅ、大丈夫そうなの」

まだ〝獅子舞の無神〟と戦っているようだが、自殺誘引は完全に抑えられているようだし、倒しきるのも時間の問題に見える。

ふぅっと安堵の吐息を漏らすミュウ。

『……ミュウ』

「あ、ユエお姉ちゃん?」

お腹の上からチビユエがなんとも言えない表情で見上げていることに、ミュウはようやく気が付いた。

相手はクラス2以上。流石にミュウには荷が重い。ジュウリンジャーの性能は破格であるとはいえ、念のためにエガリだけ残して自分のもとに避難して……

と、クラス2が出た直後に伝えようとしたのだが、終わってみれば秒殺である。

最近の子供達、ちょっとたくまし過ぎないかしらん? と、ユエお姉さんは嬉しさ半分、心配が不要になりつつある一抹の寂しさ半分といった表情になってしまう。

でも、取り敢えず、大戦果なのは事実なので。

『……あのレベルの敵を相手に、よくやった。とても立派だった』

「! えへへっ」

ふわっと浮いて頭を撫でてくれるチビユエに、敬愛する最強の魔法使いに、勝利を祝われることの嬉しさと言ったら。

常人なら震えて動けなくなるどころか発狂してもおかしくない強大で冒涜的な気配を前に、怯まず、闇雲に戦うでもなく、冷静に最適解を導き出し実行する。

並大抵のことではない。

この秒殺劇、被害を最小限に抑え込むことに成功した要因は、ジュウリンジャーの力だけではなく、ミュウ自身の努力の成果であることに疑いの余地はなく。

そして、その努力の理由は、もちろん。

「とぉ~~ぜんなの。ミュウはいつか、パパやお姉ちゃん達に並び立つのが目標なんだから!!」

嬉しさを隠せない表情を必死に取り繕って、お澄まし顔で大したことないと宣言するミュウ。なんとも愛らしい。

『……そうして、いつかハジメのお嫁さんになる?』

「みゅ!!」

からかうように問えば、やはり当然と言わんばかりに元気なお返事。

ユエは思わずクスリッと笑い声を漏らした。ミュウに壁ドンされて、ついに捕まったハジメの姿を、そんな未来をつい想像してしまったのだった。

「ユエお姉ちゃん、クーちゃん達の方は大丈夫?」

気持ちを切り替え、キリッとした表情でミュウが尋ねる。

落ちた黒雲に晴れた空。突如として出現した完全に別種の強敵。

その変化がジャバルシャン王国だけであるはずがない。何か大きな戦局の変化が起きた。と推測するのは当然だ。

瞳の奥に心配を宿すミュウへ、チビユエは安心させるように頷いた。

『……大丈夫。厄災は倒された。愛子が守護の樹海を形成したら、雫も動ける。香織の魔法も、もう直ぐ届く』

その言葉を聞いてあからさまにホッとした様子を見せるミュウ。

チビユエは改めて目線の高さに浮くと、

『……ミュウ。改めて言う』

「みゅ?」

『……ここは任せた』

「!」

心配だけど、ミュウの気持ちを汲んで救援部隊への参加を認めたユエ。

それが変わった。変わったとミュウには感じ取れた。

無理はしない。感情を優先して敵との戦力差を見誤らない。生き残るだけの実力を身につけた。というミュウが築き上げた〝戦いにおける信用〟。

それが、ミュウになら戦場を預けられる。頼れる。という〝信頼〟に変わった、と。

そう感じさせる言葉だった。

ミュウの口元がムニャッとした。かと思えば、まるでユエお姉ちゃんの言葉を噛み締めるみたいに、あるいは、その信頼をしかと受け止めたというように、唇を真一文字に引き結ぶ。

そして、深呼吸を一回。

「はいなの!!」

歓喜と決意の感じられるお返事をしたのだった。

眩しいものを見るように目を細めながらフッと温かな笑みを浮かべるチビユエは、直後、再び正三角形の簡易モードに戻りミュウの傍に漂った。

「良かったですね、お嬢様」

「にゅふっ」

エガリの声音もまた優しい。思わず変な声が漏れちゃうミュウ。

気合いを入れるように頬をパチンッと両手で叩き、もうほとんど勝敗は決している〝あーちゃんVS獅子舞の無神〟に参戦するか、同じくほぼ趨勢は決しているが他の戦場の援護に行くか判断しようとモニターに視線を巡らせる。

その瞬間だった。

「みゅ?」

「どうされたました、お嬢様? エガリたんの美しさに見惚れていらっしゃる? いいですよ。お望みとあらば、どんなポージングでも完璧に決めて――」

うっふ~~んっと、わざわざ口にしながらセクシーポーズを取るエガリたんを完全に無視して、ミュウは明後日の方向に視線を向け続けた。

「呼んで、る?」

「お嬢様?」

エガリが訝しむが、ミュウは反応しない。何か目を凝らして細い線を辿るみたいに集中している。

そうして、

「これは……海の方? 孤島の領地の近くに何かいるの!!」

ハッと目を見開くようにして声を張り上げた。何かを感じ取ったらしい。

かと思えば、あーちゃんに戦場を預け、カラグラ老やダナ王に孤島の領地への救援に行くと口早に告げつつ、返答も聞かぬ間に〝ゲート〟を開く。

「お嬢様。どういうことですか?」

「孤島の領地の方にも何か大きな存在がいるの! エガリたん、ついてきて!」

「……アイアイアム。お嬢様の行く場所とあらば、このエガリ、たとえ地の果て海の底――」

「ありがとうなの!」

「んんっ、もぉ~いけずなお嬢様!! でもそこがいい!!」

一瞬、訝しむ様子を見せるエガリ。自分には何も感じ取れないのに、数百キロも離れた場所の異変を、なぜミュウが感じ取れたのか。

それほど強力な存在が出現したとして、なぜ孤島の領地に派遣されている悪魔や妖魔達、なんなら女神フォルティーナから連絡がないのか。

フォルティーナが転移させようとしない時点で、本当に行く必要があるのか……

という疑問の数々は呑み込む。

ミュウの〝感じ取る力〟、あるいは〝直感〟と呼ぶべき感覚は本物だ。なんならちょっとハジメ達にも説明が付かないくらい。

ならば、女神や悪魔達にも感知されず隠れ潜んだ存在が何か良からぬことをしようとしていたとしても、それをミュウが感じ取ったとしても不思議ではない。

何より、お嬢様の随一(自称)にして最高(自称)にして究極(自称)の護衛妖精としては、言葉通り、どこまでもついていく所存である!

健気! 圧倒的健気!! そして忠誠心!! そして可愛い!!

というエガリたんの内心の自画自賛を放置して、ミュウは孤島の領地へと転移した。

大陸の海岸から、ほんの二十キロほど。

直径六十キロ程度の海底火山により隆起して出来た孤島の上空に、ミュウ達は転移した。

眼下に見える孤島の領地は、実に平和だった。

もちろん、少し前までは〝無神〟に襲われていたので家屋や防壁のあちこちに爪痕が見て取れるが、今は敵の一体もいない。

ミュウは知らないことだが、シンクレア王国と同じく、孤島の領地を襲っていた〝無神〟は黒雲落下と同時にジャバルシャン王国王都への集中襲撃のため転移していたのだ。

なので、島民達からすれば、ようやく襲撃が終わったかと思ったら、上空にやたらと派手なカラーリングの金属の巨人が出現したという混乱と恐怖まっしぐらな状態なわけで。

「お嬢様、大変です。領民の方々がパニックになっていますよ。どうやら私が美しすぎたようです……」

「そうですね」

ミュウちゃん、完全スルー。というより上の空か。

普段だったら申し訳なさそうな表情になって、直ぐにでも領民を安心させるべく何かしらの言葉を向けるだろうに、何かを探るように真剣な表情で周辺の海を見渡している。

「あっち……? この感じ……無神のはずだけど……でも……」

「お嬢様?」

ここまで来ても、やはりエガリには何も感じられなかった。あの〝無神〟特有の強烈な忌避感やおぞましさが何も。

そして、ミュウもまた少し戸惑っているようだった。

何かおかしい……

そう感じて表情が引き締まるエガリ。ミュウもまた直ぐに動こうとはせず、一度、思考をリセットするように深呼吸した。

「エガリたんには何も聞こえない?」

「はい。お嬢様には何か聞こえているのですね?」

「みゅ。あの辺の海の中から。ジュウリンジャーの 生体情報 ( バイタルデータ ) を見る限り、精神干渉の類いは受けてないの」

だが、声が聞こえる。ミュウを呼ぶ声が。

「無神だと思うの。あの気持ち悪い感覚があるから。でも……」

「でも?」

言葉に悩むらしい。眉間に皺を寄せ悩む素振りを見せながらも、ミュウはどうにか表現を試みた。この名状し難い呼び声を。

「忌避感があって、気持ち悪いのに……敵意を感じない。危険な感じがしないの……それに…………この感覚は……懐かしい……?」

「ふむ」

実に奇妙な話だった。やはり、なんらかの精神干渉を受けていると考えるのが妥当だが、ジュウリンジャーの防御措置は破格だ。

仮にそれを突破しても〝情報干渉〟を含むあらゆる技術が詰め込まれた〝搭乗者に対する状態チェック機能〟まで誤魔化せるものではない。

どういうことかと考え込むエガリだったが、その間にミュウは決めたらしい。

「取り敢えず行く!! どうせ放置はできないの! 正体だけでも確認しとかないと!」

「それはそうですね」

「万が一の場合には直ぐに退避できるように〝ゲート〟と〝神速〟の準備もして……と!」

あらゆる事態を想定して準備しつつ、虎穴に入らずんば虎児を得ず!! と海中に飛び込むミュウ。

当然のように全環境対応型のジュウリンジャーである。海中も水圧もなんら問題ではなく、瞬く間に光も届かぬ海中へ進めどモニターの視界もクリアだ。

念のためにと七重の球体結界も展開しているので、その中にいるエガリも特に不自由した様子はなし。

「深いですね、お嬢様」

「みゅ。でも、もうそこなの」

海底が見えた。千メートルは潜っただろうか。

前方に巨大な亀裂が見えた。

と、その瞬間だった。

「「!!?」」

巨大な亀裂から猛烈なエネルギーが噴き出した。まるで海底火山の噴火のように。

亀裂が光を放ち、猛烈な泡が視界を埋め尽くし、巨大な渦が形成されていく。

「お嬢様! 一度、離脱を!」

「了解なの!」

躊躇いはない。無理はしない。即断即決で〝ゲート〟を起動する――寸前だった。

「……え」

「お嬢様!?」

目をぱちくり。何かに気を取られたように、ミュウの撤退のための動きが止まった。

これが何かの罠で、敵意や悪意を感知したなら話は別だっただろう。

何かしらの危機的な事象であっても、ミュウは動揺などせず動きも止めなかったに違いない。

だが、これは完全に予想外だった。誰かを思い遣る気持ちが人一倍強いミュウだからこそ意表を突かれ、動きを止めてしまった。意識が逸れた。

そう、

「……願い? 救い……必要な……」

「お嬢様!!」

気配は〝無神〟なのに、伝わる呼び声は切実だった。

おぞましい気配は膨れ上がるのに、敵意も悪意も感じなくて。

代わりに、まさかの感覚。何かを、あるいは誰かを救いたいという強烈な〝想い〟が伝わってきて。

何より、ミュウ自身がどうしようもなく〝そうすべきだ〟と感じてしまって。

それでも一時離脱してユエ達に相談すべきだと己の中の冷静な部分が訴えてきたから、直ぐに我に返って離脱しようとしたけれど、

「っ、ユエお姉ちゃ――」

「お嬢様、離れないで!!」

時既に遅し。ユエに通信を繋ぐ余裕もなく、僅かな停滞は致命的に離脱を許さなかった。

凄まじいエネルギーが渦巻き、ジュウリンジャーが展開する球体結界を丸ごと包む球体状の海中の渦が出現する。

そして、消えた。まるで泡沫の夢のように。

海中の渦が何事もなかったみたいに消えて、海底亀裂の光も幻だったみたいに霧散した。

ほんの数秒後。

『ミュウちゃん!!』

同じく球体結界を張った雫が海中に出現するが、ミュウの姿はどこにも見当たらなかった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

何気なく見た実写ドラマのウィッチャーが面白くて止まらなくなり、ついでに目蓋の痙攣と頭痛も止まらなくなり一週空けてしまいました。すみません。面白い海外ドラマにハマると時間が消し飛ぶのが困る……

それはそれとして、次回は一度、天竜界編に行かせていただきます。その方が話の流れ的に都合が良いので……二話連続で勿体ぶるような終わり方をしてしまい申し訳ないですが、よろしくお願い致します!

※ネタ紹介

・タイトル&ジュウリンジャー登場シーン

『ガンダムSEED 35話 舞い降りる剣』より。どこかで言及した気がしますが、ありふれを書き始めたきっかけでもあります。オルクス大迷宮でハジメが階層をぶち抜いて香織達を助けるシーン……懐かしい。思いつきですが、最終章で娘であるミュウにやってもらうのもありかな、と。

・ダナ王の姿

イメージモデルは『ゼルダの伝説 ブレズオブザワイルド』のハイラル国王です。

・エガリの鎖

Fateシリーズのギルガメッシュ等が使う〝天の鎖〟より。

・荘厳な音楽を奏でながら関節部分が輝くジュウリンジャー

『ユニコーンガンダム』より。実物大展示のユニコーンさん、お疲れ様でした!

・アスモデウスの姿

『ストリートファイター6』のジュリより。ミュウが「格好良くて可愛い!」と言ったので元にした。アクセやタトゥー過多はあーちゃんの趣味。

・無神のイメージモデル

死神の無神:『クトゥルフ神話』のゾ=カラルより。