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アステロイドに東雲を 〜インカローズと喫茶店より〜 — www.pagemeku.com · All chapters

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道ゆく人々はみな傘をさしている。黒が主だが時に赤や青、模様が入っていたり、何色も持っていたりとさまざまだ。しかしみな同じ音で雨を弾いている。そこに紛れて黒い折りたたみ傘をさして歩く。灰色だった縁石が濃く染め上げられ、街が一段と影を落としている。

駅周辺ではいつもよりタクシーが走っているし、車通りも多い。雨音に加えて生活音も鼓膜に入ってくる。届いて、反響して、全てが混ざってワァーン……と聴こえる。いつもなら嫌な音だが、どうにも今は気にならない。

ぼんやり歩いていると喫茶店に着く。表に出された小さな看板は濡れているものの、きちんと『open』になっている。窓からは明かりが溢れていてうっすらツムギさんの姿も見える。

扉に手をかけ、ゆっくりと押す。少しの雨風とともに店内に入ると、カウンター越しに前と変わらぬ姿が。スラっと伸びた脚によく似合うジーパン、クリーム色した長袖ワイシャツを捲っていて、上には黒いエプロン。ツヤ感のある黒髪ポニーテールがふわりと揺れて、こちらを見てペコリとお辞儀する。

「いらっしゃいませ……また来てくれましたね、アキラさん」

「あ、どうも」

「今日もお客さんいませんから、お好きなところへ」

ガラスコップを取り出し水の用意をしてくれている。店内は前回来た時となんら変わっておらず、当然のことなのだが不思議と安堵した。前回と同じカウンターテーブルの席に着く。カウンターの向こうからコトっと水の入ったガラスコップが置かれ、それを取って口に運ぶ。

「コーヒーどうされます?」

「前回と同じで」

「はい」

そう言ってメニューを開く。ここも全く変わっていない。いや、1週間程度で変わっている方が怖い。ジッと悩んで、前回とは違う料理に目をつける。カルボナーラにボンゴレビアンゴ、カレーにオムライス、デザートにはバニラアイスとプリンがある。飲み物も何種類かあったが、今は気分ではなかった。

「すいません、ツムギさん」

呼びかけに応じて、キッチンの方からゆったりと歩いてくる。手にはコーヒーの入ったガラスコップ。首元には赤い石のネックレス。前回も付けていたが、いつもこれを着けているのだろうか?

「注文お決まりで?」

「あぁ、はい。今日はカレーお願いします」

「はーい」

「……そのネックレス、いつも着けてるんですか?」

ツムギさんが黒々したガラスコップをカウンターに置いた時そう言うと、彼女は懐かしむようにネックレスを触りながら答えてくれた。

「これは……母の形見なんです。別れる前にもらったもので」

「……お亡くなりに?」

「いえ、生きているのか死んでいるのか……分かりません。でもこれを着けていると、いつでも思い出せるんですよ」

「……また、会えるといいですね」

「はい」

そう言ってキッチンへ戻ってしまうツムギさんに影は見えない。揺れるネックレスがきらりと光る。訊いて良かったのかは分からないが、少なくともツムギさんの表情は暗いものではなかった。形見と言われた時ドキッとしてしまったが、問題ないようだった。

スパイシーな香りと共に運ばれてきたカレーは程よい色合いで、味はやはりそこそこだった。喫茶店なのだから別に良い。それに俺は腹が満たせればそれで良いのだ。パクパクとスプーンを運んでいけば、すぐにカレーの僅かな茶色と容器の底が残った。

仕上げとも言えるコーヒーを飲んで、ひと息つく。味覚的にも食欲的にも満足だ。壁掛けアンティーク時計を見れば、まだ午後4時半。門限まで時間があったためしばらく課題をすることにした。

……課題が半分に差し掛かったぐらいだろうか、横の席にツムギさんが静かに座る。きっと、前回同様にいっさいお客さんが来ないから暇なのだ。黙って俺の課題を見ている。ほのかなコーヒーとアロマのような香りが隣からする。

「難しいですか?」

「んー……まあまあです、かね」

「へぇ〜……」

……気が散る。課題をやっている時、誰かにジロジロ見られることなんてなかったからだ。すぐにシャーペンを筆入れにしまい、参考書と一緒に鞄へしまう。喫茶店内には妙な沈黙が流れた。外から聴こえてくるのは雨音のみであり、アンティーク時計からはカチッ、カチッと一定のリズムが聴こえる。

ひとくちコーヒーを飲むと、ツムギさんが声をかけてきた。

「そういえば、妹さん居るんですか?」

「えっ!?なんで」

「ふふっ、ごめんなさい。筆入れの中に可愛らしいペンが見えたから」

「あぁ!アレですか」

筆入れを再度鞄から出し、中から小さなクマのキーホルダーが付いたボールペンを取り出す。

「これ、妹のミカが小学生の時に買ってくれたんです。誕生日プレゼントだ〜!って」

「プレゼント……なんだか良いですね、兄妹って」

「そうでもないですよ、最近は反抗期なのかめっきり会話も減りました」

この前会話したのが直近かなと思ってしまうぐらいには減った。それはとても自然なことだし仕方がないのだが、やはり少し寂しく思ってしまう。

無くなったコーヒーの代わりに水の入ったガラスコップを持ち、ひとくち飲む。

「でも、まだプレゼントは持っているんですもんね?」

「……まぁ、嫌いになったわけじゃないですから」

「いつかきちんと、話せる日が来ますよ」

温かみを持った表情のツムギさんがそう言う。思わずもう一杯水を飲んでしまう。それから話題を変えたいと思い、少し疑問に思っていたことを呟く。

「そういえば、ここは何時までやってるんですか?」

そう言うとツムギさんは、唸りながら首を傾げた。それから捻り出すようにして答える。

「ん〜ここは結構、雑なんですよねぇ……」

「え、雑?」

「今日はお客さんもう来ないな〜ってなったら閉めます。まだ来そうだなぁ〜ってなったら開けているんです……あ、開店時間は同じですよ」

「ずいぶんとまたテキトウな……」

きっちりしている人だと思っていたから、意外だ。でも喫茶店って、どこもそんな感じなのだろうか?あまり行ったことがないから分からん……。

でも。こうしてゆったりとした雰囲気が、居心地を良くしてくれているのかも知れない。