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第33話 家宰の夜食2

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第33話 家宰の夜食2

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「さて、夕食をどうしたものか……」

バウマイスター辺境伯家の家宰として忙しい日々を送る拙者は、広大なバウマイスター辺境伯領内中のあちこちに仕事で出かけるため、バウルブルクの屋敷に戻れず外食をすることもある。

妻たちが作る食事が食べられぬのは寂しい限りだが、長らく続いた浪人時代のように、気ままに外食をするのも悪くないと思ってしまうのも事実。

すでに拙者はバウマイスター辺境伯家の家宰だというのに、導師様のように裏通りのお店や場末の屋台で、お館様がB級グルメと命名したようなものですら、懐かしく楽しめるのだから。

あの時は、もし仕官できたら二度とこんなものは食べないと心に誓っておきながら、いざ仕官が叶うと懐かしさを感じながら定期的に食してしまう。

これでは、お館様のことは言えませんか。

「とはいえ、この町はまだ造成の途中で、お店の数は少ない。屋台が多いのは、造成中の町では珍しくないか」

家屋すら不足している造成中の町で、店舗の代わりに屋台で出店する者たちはとても多い。

コストをかけずに出店でき、客は町の造成に参加している作業員たちが多数いるので数は十分。

彼ら相手に上手く稼げたら、造成中の町は土地も安いので新しく店舗を持つこともでき、こうやって屋台から成功した飲食店経営者たちが、その町の老舗となっていく。

その過程は実に感慨深いものであり、そんな将来の老舗の店主たちを見極めるのも楽しみの一つだ。

拙者は、多数ある屋台の中から夕食をとる屋台を探し始めた。

「やはり魔物のモツを使った料理が多いな。簡単に手に入るのはわかるが、どうしても同じようなものを出す屋台が増えてしまうのが困りものだ」

同じような料理を出しても、利用する客の数に大きな差が出て、成功者と落伍者とに分かれてしまう厳しい世界とはいえ、それならもう少し工夫して違うものを出してもらいたいと願うのが客の心というもの。

そんなことを考えながらしばらく屋台を見て回っていると、町の外れの人通りが少ない場所に、目立たないように一台の屋台がポツンとあった。

興味を引かれた拙者は、その屋台がどんな料理を出しているのかを確認しようと近づく。

ところが前回と同じく、屋台にはどんな料理を出すのか一切表示されておらず、それを確認するために拙者は、屋台にかかった暖簾をくぐって席に座った。

「(上手く引き寄せられて座ってしまった感があるが……)店主、この屋台はなにを食べさせてくれるのかな?」

「へい、いらっしゃい! ここは『おでん』の屋台でさぁ」

聞いたことがないな。

どんな食べ物だろう?

興味が湧いたので、拙者はその屋台を利用することにした。

店主の威勢のいい声から判断して、これは期待できそうだと思ったからだ。

ただそうは思ったのだが、いざ店主の姿を確認してみると……。

「お客さん、どうかしましたか?」

「……ああ、いや。随分と変わった仮面を被っているなと思ったのだ」

そして声もかなり変わっていて、普通の人間がこのような声色を出せるのだろうか?

「すみません、実は昔、大ケガをして顔に大きな傷痕ができてしまったんです。だから鉄仮面でそれを隠しているんでさぁ。声の方も少し喉をやられてしまいましてね。味はいいのでそれで勘弁してください」

「そういうことならば仕方がない?」

「うちは美味しいですよ」

まあ料理の味がよければ店主が鉄仮面を被っていても問題ない……わけがないような気がするし、もしかしたらこの屋台にお客さんがいないのは、店主が鉄仮面を被っているからか?

だがもう座ってしまったし、店主が鉄仮面を被っていても美味しい料理が出てくれば問題ない……うん、問題ないな。

それに飲食店は、知名度も成功要素の一つだ。

鉄仮面の店主は、目立って商売に有利かもしれないのだから。

「それで、おでんとはどんな料理なのかな?」

「へい、ミズホ産の昆布と鰹節から取ったダシ汁を、同じくミズホ産の醤油などで味を整えたあと、それで色々な食材を煮込んだ料理です。寒いところで食べると美味しいんですが、このグリーンヒルは朝と夜が冷えますからね」

拙者が出張しているこのグリーンヒルは標高が高い場所にあるので、年中暑いバウマイスター辺境伯領内にあるのにもかかわらず、朝と夜は冷えることで有名だった。

確かに色々な具材が煮込まれた四角い大きな鍋から出ている湯気は、夜になり体が冷えてきた拙者が欲していたものだ。

「初めてでしたら、お任せでよろしいでしょうか?」

「そうだな、任せるよ」

あきらかに貴族向けの飲食店ではないので、バウマイスター辺境伯家の家宰となった拙者にお代が支払えないわけがない。

ボッタクられる可能性も否定できないが、よほど酷くなければ、これも外食の醍醐味だと思えるような身代になった。

拙者は店主からの提案を了承し、いよいよおでんなる料理を楽しむことにする。

「まずは、タマネギです」

「タマネギを、丸々一個煮込んでいるのか」

この屋台、ナイフとフォークの他に、お館様がいつも使っている箸もあった。

バウマイスター辺境伯家で定期的に開催される食事会では、箸で食べる料理がとても多く出される。

ゆえに、拙者も多くの家臣たちも箸の使い方をマスターしていたし、箸の使い方を覚えた方がいい空気もあった。

お館様はお優しいので、箸が使えない家臣たちのためにナイフ、フォーク、スプーンを用意してくださるが、不思議と出世するのは箸を上手く使える者たちばかりなのだ。

だから今では、日常的に箸を使う家臣の方が多かった。

パーティーでは、箸を使った方が美味しい料理が出やすい傾向もある。

「では、早速いただきます」

まずは、おでんの出汁を一口。

使われている醤油の量は意外と少ないのに、味が薄いという印象を受けず、旨味の強い美味しいスープだ。

これだけで前菜代わりになる美味しさであった。

ダシ汁でよく煮込まれたタマネギを箸で切ると、すぐに切れてしまうほど柔らかい。

よく煮込まれているようだ。

口に入れると、タマネギの甘さ、ダシ汁のえも言われぬ旨味、ダシのいい香りが鼻腔をくすぐる。

「ミズホ酒の熱燗です」

続けて店主が出した湯煎されたミズホ酒を飲むと、これこそ最高の組み合わせなのだと瞬時に理解できた。

熱いダシ汁とお米で作られたミズホ酒の相性は抜群で、どうやらこのおでんはミズホの料理らしい。

「大根です。カラシをつけて食べても美味しいですよ」

タマネギに続き大根。

野菜ばかりで、普段の食事なら考えられなかったが、これも箸で簡単に切れ、食べるとダシ汁がよく染み込んでいて美味しい。

店主の勧めどおりカラシをつけて食べると、大根の甘さが引き立ってこれも最高だ。

「エビ巻きです。エビに魚のすり身を巻いて、油で揚げたものです」

野菜が続いたので、次は魚か。

エビに魚のすり身を巻いたものとは、とても変わった食べ物だ。

油で揚げてあるからずっしりと美味しく、エビにもダシ汁が染み込んでいて実に美味しい。

「お酒が進む。おっと、もうなくなってしまったな」

おでんが美味しいので、ついお酒が早くなくなってしまう。

「ミズホの有名な酒蔵の大吟醸、いかがでしょうか?」

「貰えるかな」

「これはヌル燗にします。その方がお酒の香りが飛ばなくて美味しいんですよ」

この店主、実に気が利くではないか。

ヌルめに温められたミズホ酒を飲むと、ダイギンジョウとやらの、えも言われぬ芳醇な香りを感じることができた。

高いお酒らしいが、今の拙者なら支払えない金額でもないので問題ない。

「魔物のスジ肉串です」

魚の次は肉か。

しかし、魔物のスジ肉とは……。

硬いし獣臭さがキツいので、さすがに拙者も食べなくなって久しかった。

昔は魔物を狩る合間に、ただ長時間ひたすら煮込んで柔らかくしたものを、我慢しながら食べたものだ。

とても安いので、お腹さえ満たせればいいと考えて。

「……」

「まあ、試してみてくだせえ」

「……柔らかい!」

そして魔物のスジ肉特有の獣臭さなどまったく感じず、ダシ汁がよく染みていて、プルプル、トロトロの食感と合わさって最高の美味しさだ。

脂のコッテリ感も合わさって、肉を食べている感覚も強く感じる。

「美味い!」

「これは、マジックボアのタン串です」

「タン? ああ舌か」

これも、硬くて獣臭さがある魔物の部位だ。

お館様は上手く料理して美味しく食べていたし、拙者もご相伴に預かったが、実に美味しかった。

だがこの屋台の店主が、お館様と同じように調理できる保証はどこにもなかったのだから。

「(いや、スジ肉串の美味しさから店主の実力を推し量ると、タンも同じくらい美味しいはずだ)」

なにしろ、これだけ美味しい料理を出す店主だからな。

串に刺さったタンを食べてみると、店主は拙者の期待を裏切らなかった。

「(ただ柔らかいだけでなく、タンの歯応えを楽しめるくらいの歯ごたえを残すとは、この店主はかなりやるな!)」

あえてスジ肉と差別化を図り、おいしさの多様性を確保しているのか。

「トマトです」

「トマトだって?」

「ええ、とても好評なんですよ」

トマトは拙者も好きだが、まさかミズホ風のダシ汁で煮込まれるとは思ってもいなかった。

ものは試しと、よく煮えてダシ汁が染みたトマトを口に入れると、これが見た目からは想像できないくらいに美味しかった。

「美味しいでしょう? トマトの旨味とダシ汁の旨味が合わさって、旨味の相乗効果を生み出すんでさぁ。次は玉子です。ホロホロ鳥の卵を使ってますよ」

「ほほう……これは」

このホロホロ鳥の玉子、ダシ汁の染み込み具合はさほどでもないが、中の黄身が半熟で実に美味しい。

どうやって調理したのか不思議だと思ったら、玉子だけはカウンターの前に鎮座している四角い鍋ではなく、別の鍋に入っていた。

玉子を煮込み続けると黄身が硬くなってしまうので、そうならない温度で玉子の温かさをキープしているのだろう。

「玉子が半熟だと、お腹を壊すと怒る人もいるんですが、お客さんは怒らないんですね」

「食べたことがあるからな」

お館様は、玉子を半熟で食べることに命を賭けておられる。

この店主が半熟の玉子を出したということは、それだけの覚悟があるということだろう。

拙者にはそれがわかるのだ。

「(黄身がトロトロで、これが口の中でダシ汁と合わさると、幸福の二重奏だ)」

さすがは、高価なホロホロ鳥の卵だ。

他の鳥の卵とは、美味しさがまるで違うな。

「(もしや、最初に拙者の顔を見た時点で、この店主は拙者の正体に気がついたのか? いくらお任せを了承したとはいえ、ホロホロ鳥の卵は非常に高価だ。あとで代金を支払う時に揉めるのは嫌だろう。少なくとも、拙者にはホロホロ鳥の卵を出しても問題ないと思ったのは確かだ)」

屋台の店主といえど、侮れない人物だ。

「ハンペンです」

これまでに見たことがない、白くて三角形の食べ物が出てきたが、食べるとフワフワの食感で、しかもダシ汁もよく染み込んでいてとても美味しい。

まさに、このおでんという料理のために生まれてきたような食べ物だ。

「魚のすり身と、ホロホロ鳥の卵白、山芋をすり下ろしたものを空気を含ませながらよく混ぜ、成形してからお湯で茹でたものです」

なんとも不思議な食感で、癖になりそうな美味しさだ。

「コンニャクです」

ダシ汁がよく染みるよう、細かく切り込みが入れてあるのか。

ちゃんと細かい仕事がしてあるのは好印象だ。

コンニャクは、バウマイスター辺境伯ではメジャーな食材で、ミズホから定期的に大量購入している。

お館様がグルメなため、エリーゼ様たちは定期的にコンニャクを使った料理を食べて太るのを防いでいるからだ。

バウマイスター辺境伯家における一番のコンニャク愛好者は、間違いなくカタリーナ様だろう。

「白滝です」

コンニャクとシラタキ。

ほぼ同じものだが、板状のコンニャクと、麺のように細いコンニャクを束ねたシラタキを食べ比べてみると、まったく違う食感で楽しませてくれる。

これは大人の味だ。

「ホロホロ鳥の手羽先です」

普段は丸焼きにすることが多いホロホロ鳥だが、こうやってダシ汁で煮ると実に美味しい。

それと、どうしてこのおでんのダシ汁が美味しいのか、今あらためて気がついた。

「(このダシ汁に、煮込んであるすべての具材の美味しさが溶け込んでいるんだ! そして様々な食材の旨味が溶け込んだダシ汁が、再び食材に染み込んでいくのか!)」

まさに美味しさの相乗効果。

おっと、感動しながらおでんを食べていたら、またお酒がなくなってしまった。

「地元の人だけで楽しんでいたミズホの酒蔵のお酒です。これは、冷やして飲むと美味しいですよ」

「貰えるかな?」

「タコとジャガイモとギンナンです。ギンナンは、ミズホによく生えている木の実に入っているタネです」

以前の拙者なら、絶対に食べなかったであろうタコ。

だが、これぞまさに食べず嫌いというものだ。

「煮込み方がいいので、ほどよい柔らかさだな。ダシ汁の染み込み方も最高。ジャガイモはホクホクで、これは一個食べただけで大分満足できる」

「いいジャガイモでしょう? フィリップ公爵領産なんですよ」

「よく手に入ったものだ」

「そういうルートもあるってことで」

バウマイスター辺境伯領よりはるか北方にあるフィリップ公爵領の名産で、拙者もテレーゼ様からいただいたことがあるが、まさか屋台で食べられるとは……。

「 厚揚げとガンモドキです」

これも、お館様がアキラ殿によく作らせているものだ。

大豆が原料である豆腐で作るこれらの品は、今ではダイエットに効果があると貴族たちにも愛用されていた。

肉食ができない宗派の神官たちにも人気だそうだ。

「このようなものまで入手できるとは、なかなかやるではないか」

「ええ、ちょっとツテがありましてね」

ダシ汁のよく染みたアツアゲとガンモドキはとても美味しく、拙者のお腹を温かく埋めてくれた。

以前、お館様が食べさせてくれたものと味が似ている。

フジバヤシ商店経由で仕入れたらしいが、屋台でこれを出すとは凄い。

「最後、ホロホロ鳥のモモ肉、猪のソーセージ、つみれ、そして餅巾着です」

まさにメインディッシュだが、ダシ汁で煮込むと優しい味になることが体感できる。

ホロホロ鳥の旨味とダシ汁がお互いに美味しさを補完し合い、脂もほどよく抜けているから、最後でもお腹にもたれることなく食べられる。

猪のソーセージは、ミズホ風のダシ汁と合うのか不安を感じたが、これが不思議と合うのが不思議だ。

つみれは、アキラ殿とその妻であるデリア殿の鮮魚店が協力して開発したもので、新鮮な魚をすり身にしているので生臭さなど微塵もない。

他にも魚の身を使ったおでんのネタが大鍋の中に見えるが、これは次回以降かな。

「そして、モチキンチャク! アブラアゲの中に入っているモチが熱々柔らかで美味い!」

この口の中が火傷しそうなほど熱い柔らかい餅と、ダシ汁との組み合わせが素晴らしい。

野菜、肉、魚などなど。

おでんという料理はこうも自由なのかと、拙者は感心することしきりであった。

「ご馳走様。素晴らしい美味しさだった。お勘定を」

「へい」

店主が拙者に伝えたお勘定だが、やはりこの町で働く労働者からするとかなりの高額だったが、拙者はこれだけ食べてこの値段とは安いと思ってしまった。

正直これで利益が出るのか心配になってしまう金額だと思うのは、ジャガイモがフィリップ公爵領産だったり、お館様がアキラ殿と組んで開発した、比較的高価な食材を使っているからで……。

「……(鉄仮面をつけた謎の店主……)ああっ!」

「お客さん、 どうかしましたか? もしやお金を持っていないとか?」

「お館様、夜遅くにこんな僻地の町でなにをしているのです? 今日でこの町での土木工事は終わったのですから、お屋敷に戻ればいいのでは?」

確かに今日、お館様はこの町で魔法を駆使しておられたが、『瞬間移動』があるのでお屋敷に帰ればいいものを、どうして夜まで残って屋台など……。

「まあ、聞け。ローデリヒ」

拙者にその正体を気付かれたお館様は、鉄仮面を取って話を始めた。

大分汗まみれのようだが、 前回同様、そこまでして屋台をやりたかったのか?

「このところ俺は、ちょっとこの料理に凝っていてな。エリーゼたちや、フリードリヒたちのみならず、知人、友人に振舞って大好評だったんだけど、ふと思ったんだ」

「ふと、なんでしょうか?」

「この料理で、お金を取ることができるのだろうかと。勿論ずっとはできないから、上手くいったら他の人に任せるが、最初ぐらいは自分で試してみたいと思うだろう? そうでなくても俺は、いつも山を切り崩し、森や林を拓き、丘を削り、窪みを埋め。果てしなく続く単純労働で心が摩耗した状態なんだ。たまにはこうしてストレス発散のため、鉄仮面をつけて、数少ないお客さんにおでんを出すくらいのお遊びは許されると思わないか?」

「……別に構いませんが、そろそろお屋敷に戻られた方がよろしいのでは?」

「あっ、もうこんな時間か! エリーゼが夕食を作って待っているだろうから、早く屋敷に戻ろうっと」

お館様は瞬時に魔法の袋で屋台を仕舞い、『瞬間移動』を使って一瞬で姿を消した。

屋台の片づけは拙者にも経験があるが、結構時間がかかるもので、やはり魔法の袋は便利だ。

屋台で作っていたおでんだって、魔法の袋に入っていれば悪くならないし、 時間が経って悪くなる食材や料理を廃棄せずに済む。

ただ、屋台を引いている人が魔法の袋を使えるかというと、コスト面でそれはあり得ず、あきらかにお館様の道楽だったというわけだ。

「……そういえば、お館様に代金を払っていなかった。後日でいいのかな?」

拙者の仕事は明日もあるので、すぐにバウマイスター辺境伯家で借りている宿に戻って寝るとしよう。

明日も拙者は、多くの仕事をこなさなければいけないのだから。