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第38話 ドーナン準男爵領とヴェンデリン(その5)

八男って、それはないでしょう! — ncode.syosetu.com · All chapters

第38話 ドーナン準男爵領とヴェンデリン(その5)

新作「誰か、前世が凄腕の機動兵器操縦者である私に平穏を!」が連載中です。

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「(仮題)異世界で死にかけた少年と入れ替わった独身アラフィフサラリーマン、スキルが『絶対無敵ロボ アポロンカイザー』だった」

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ダットーたちの処分を終えた俺は『瞬間移動』でブライヒレーダー辺境伯をアポなしで訪ね、これまでの経緯をすべて詳細に説明した 。

正直なところ、ドーナン準男爵もルペン騎士爵家も彼の寄子なのに俺が勝手に動いていたので怒られるかと思ったが、陛下の命令であったことと、自分の甥であるダットーが不祥事を起こしたことを話したら、彼は神妙な顔を浮かべていた。

「……ダットーがそんなことを……。バウマイスター辺境伯、あなたはダットーのことをどこで知ったのですか?」

「情報源はさすがに言えませんよ。しかし俺にまで隠すなんて、あのダットーはブライヒレーダー辺境伯家でも持て余していた存在だったようですね。しかし不思議なのは、ブライヒレーダー辺境伯はなぜ彼を処分しなったのですか?」

「……ダットーがこの世に存在するのは、すべて父の不徳ゆえです。父は先代のブライヒレーダー辺境伯であり、彼の不行状の後始末は私がする必要がありました。しかし肝心の異母兄はすでに亡くなっており、その母親も、異母兄の妻も父の援助を受けられず、早くに亡くなってしまった。だから私は、残されたダットーには大きな借りがあると思ったのです」

だからブライヒレーダー辺境伯は、ブライヒレーダー辺境伯家一族になってもチンピラと変わらない生活を送るダットーを庇い続けたのか。

肝心のダットー本人は、彼の優しさをついに理解してくれなかったようだけど。

「父が異母兄を認知しなかったのは、その人格に難があったからなのかもしれません。人としてはどうかと思いますが、異母兄がいたら私は父の死後、後継者争いに敗れて命がなかったかもしれないのですから……」

ブライヒレーダー辺境伯家には、いまだに腹に一物持ち、機会があれば当主に反抗する一族や重臣がいる。

彼らが先代ブライヒレーダー辺境伯の死後、ダットーの父親を当主にして、自分たちがブライヒレーダー辺境伯領の実権を握る未来もあったのか。

「残念ながら、ダットーは亡くなった父親に似たんでしょうね……」

ブライヒレーダー辺境伯は、寂し気な表情を浮かべていた。

結局、甥を救うことができなかったからだろう。

実の父親に見捨てられたという同情すべき点はあったにしても、本人はマフィアの一員になってしまったから、蛙の子は蛙と言うか、残念ながらブライヒレーダー辺境伯の異母兄の息子であるダットーが、同じような性格をしていても不思議ではないのか。

「ブライヒレーダー辺境伯、ブライヒブルクのアウトローたちがドーナン準男爵領に集団で押し込み強盗を謀ろうとしたのは事実です。彼らは犯罪者として北部の水銀鉱山に送られましたが、犯罪者に対する扱いはドーナン準男爵家が自由に決められる。異論はありませんか?」

「はい。大変迷惑をかけてしまったようで……。今後は、ドーナン準男爵家のフォローをしっかりとさせてもらいます。集団でドーナン準男爵領に押し入った犯罪者たちは自業自得ですね。死刑にされなかっただけでも温情でしょう」

ブライヒレーダー辺境伯は、もうダットーの名を出さなかった。

なぜなら俺とブライヒレーダー辺境伯との間で、ブライヒレーダー辺境伯家にダットーなんて人物はいません……いや、ダットーなる人物はいるにはいるけど、そいつはただのブライヒブルクのチンピラです、という暗黙の了解が生まれたからだ。

可哀想だがダットーは、かなり長い年月……いや、現代日本のような管理体制にない水銀鉱山では、鉱山労働者たちは長生きできないだろうな。

お金が欲しい一般人でも、せいぜい働けて数年。

それだけでも、水銀が体に溜って健康を害する人が多いのだから。

犯罪者が水銀を掘るのは、ある意味理に 適 ( かな ) っていると言えた。

なにしろこの世界には犯罪者の人権を唱える人なんておらず、死刑が嫌なら犯罪被害を自分で賠償しろという考え方が一般的なのだから。

水銀鉱山で働くダットーたちの給金は、集団強盗を取り押さえたドーナン準男爵家の権利となる。

その代わりドーナン準男爵家も、ブライヒレーダー辺境伯に甥なんていないという事実に同意する。

ブライヒレーダー辺境伯としては、これを受け入れるしかないのだ。

「それと、なぜかドーナン準男爵領に一人で攻め入って敗れた間抜けがいるんですよ」

「……ボルク、ルペン騎士爵家の跡取りですね。両家の紛争の裁定をしないといけませんね」

そして、ドーナン準男爵家とルペン騎士爵家との間で発生した紛争の裁定は、ブライヒレーダー辺境伯に任せた。

これに俺が口を挟むと、ブライヒレーダー辺境伯家の権限を侵すことになってしまうからだ。

両家ともブライヒレーダー辺境伯家の寄子なので、双方痛み分けのような裁定になる可能性は、ダットーの件もあるのであり得なかった。

ルペン騎士爵家は跡取りのボルクが捕まっているし、彼がダットーと組んでいたのは事実だ。

ブライヒレーダー辺境伯は、ルペン騎士爵家にかなり厳しい処罰を下すだろう。

イレーネさんによると、ボルクの両親であるルペン卿夫妻もかなり残念な人たちらしいし、現在のルペン騎士爵領は元々の重税に加えて、ボルクがドーナン準男爵に捕まっている事実が残り少ない領民たちの間に広がって、みんなイレーネさんを頼って逃げ出してしまったそうだ。

もはや領地としての体を成しておらず、さすがにルペン騎士爵領はドーナン準男爵領に吸収合併するしかないだろう。

なお、ボルクが抱えている借金の大半はダットーからだと判明し、借金はブライヒレーダー辺境伯がすべてチャラにした。

さすがのダットーでも、ほぼ脱走不能の水銀鉱山から逃げ出し、ボルクに借金の返済を求めないだろう。

「ルペン卿は、領地の人口をほぼゼロにした罪で改易にしてもらいます。当然ボルクも廃嫡で……廃嫡しようとしまいと、ルペン騎士爵家は存在しなくなるのですが」

事の発端は、ボルクがダットーから貸した金を返せと脅されたせいとはいえ、もしボルクがドーナン準男爵領とルペン騎士爵領の実権を握り、その裏でさらにダットーが自分の子分たちを使って小領主混合領域の貴族たちを脅し、 見ヶ〆 ( みかじめ ) 料を集めるようになっていたら……。

ブライヒレーダー辺境伯家の醜聞なんてレベルを超えていたはずなので、その切っ掛けとなったボルクを絶対に許せないはず。

せっかく借金はほぼチャラになったんだが、ボルクはもう貴族としては終わりだ。

「ドーナン準男爵家には負担でしょうから、とっととケリをつけます。ああ、あと、この期に及んでダットーを庇ったり、ダットーがブライヒブルクのチンピラたちを集めていることを私に報告せずに隠していた一族や家臣がいたら、ついでに処分してしまいましょう。私が当主となって十年以上、もう堪忍袋の緒が切れました」

処分かぁ。

ブライヒレーダー辺境伯領は発展し続けているのに、自分の足を引っ張る一族や家臣をリストラする。

大企業が、黒字の内にいらない社員をリストラするのに似ているな。

しかし歴史ある大貴族家ってのは、大所帯ゆえに当主に反抗的な一族や家臣がいて大変だな。

バウマイスター辺境伯家も、遠い未来にそうなるのだろうか?

「それでは、俺はドーナン準男爵領に戻ります」

「園遊会で初めて出会ったヴェンデリン少年がバウマイスター辺境伯となって、私にここまで配慮してくれるなんて。感謝の言葉もありませんし、本当に驚きです」

「ブライヒレーダー辺境伯にはお世話になっていますし、この件でブライヒレーダー辺境伯家の力が落ちたら、こっちに余計に仕事が回ってくるじゃないですか」

「そう言っていただけるとありがたいです。確実に後顧の憂いを絶たなければ」

それからのブライヒレーダー辺境伯は、家中の引き締めを敢行。

ダットーの勘当というか、最初からいなかったことにするという判断に反対し、さらにダットーがチンピラたちを集めているのを知っていながらブライヒレーダー辺境伯に報告しなかったり、さらにはそれに手を貸していた家臣までいて、彼らは全員ブライヒレーダー辺境伯家から追放となったそうだ。

そしてルペン騎士爵家は、紛争に負けて捕らえられたことになっているボルクの身代金が払えず、領地をすべてドーナン準男爵家に取られてしまった。

その前にブライヒレーダー辺境伯から陛下へ上奏され、領民を逃散させた罪で改易となり、親子三人で仲良く教会に送られたそうだが、教会で暮らせば借金をする必要もないし、衣食住が保証されているのでお似合いなんじゃないかな?

「しかし、ドーナン準男爵領も広がったものだ。でも、ドーナン準男爵領とルペン騎士爵領って、実は隣同士なんですね」

「ただ、その間に広大な草原が広がっていて、今まで誰も開発できなかったんです。バウマイスター辺境伯様のおかげで、これからは開発も進むでしょう」

ドーナン準男爵領の円形山は消え、ドーナン準男爵領とルペン騎士爵領との間にある広大な草原では、バウマイスター辺境伯家が貸与した古代魔法文明時代のトラクターが土地を耕し、ショベルカーが用水路を掘り、ロードローラーで道を作っていた。

そして、ドーナン準男爵領と旧ルペン騎士爵領の領民たちが土を振るいにかけて石を取り除き、肥料を混ぜて蕎麦と雑穀の種を蒔いていた。

土ができあがれば小麦を植える予定だが、まずは土造りからだ。

作業は大変そうだが、ドーナン準男爵領の領民たちは円形山がなくなったので広い農地が貰えると張り切っており、旧ルペン騎士爵領の領民たちは、悪政を敷いていたルペン騎士爵家が改易され、ドーナン準男爵領に吸収されて安堵していた。

普通、なかなか貴族は改易されないのだけど、ルペン騎士爵家があまりに酷かったのとブライヒレーダー辺境伯のボルクへの怒りはすさまじく、呆気なく改易が決まっている。

ルペン騎士爵家の改易が決まった直後、なにもかも失った元ルペン卿夫妻とボルクが、あろうことかイレーネさんに縋りつこうとしたので、二度と彼女の邪魔をしないようブライヒレーダー辺境伯が三人を魔導飛行船に叩き込み、北方の教会に送られてしまった。

もし彼らのせいでドーナン準男爵領の開発が失敗したら、また余計な手間がかかるからだ。

「これからは、なにか困ったことがあったらブライヒレーダー辺境伯に相談するといいですよ」

「はい、是非そうさせていただきます」

ダットーの件があるから、ブライヒレーダー辺境伯はドーナン準男爵家への援助を惜しまないはずだ。

もし彼がドーナン準男爵領とルペン騎士爵領のみならず、裏で周囲の貴族たちを脅して 見ヶ〆 ( みかじめ ) 料を取り、影の支配者として名が知られるようなっていたら、ブライヒレーダー辺境伯の評判は地に落ちていたはず。

それを考えたら、ドーナン準男爵家への支援なんて安いものだろう。

「これで 一段落 ( いちだんらく ) だ」

突然の陛下からの依頼だったけど、無事にこなせてよかった。

さすがにもうそろそろ、エリーゼたちの元に戻りたいものだ。

「ヴェル小父様ぁーーー!」

「おーーーっ、レクター! よく飛んでいるじゃないか!」

レクターはキーナンと一緒に俺がプレゼントした凧をあげており、上手くあがったので嬉しそうに俺を呼んでいる。

俺は大声で彼を褒めながら、大きく両手を振った。

レクターを見ていると、早くフリードリヒたちに会いたくなってきたな。

「本当に、なにからなにまでお世話になってしまいまして。このお礼は必ず……あの……どうしてバウマイスター辺境伯様は?」

「……」

イレーネさんの言いたいことはすぐにわかった。

俺がドーナン準男爵家に手を貸したのは陛下からの命令だが、それを彼女には教えておらず。

さらに一セントの報酬もなく……円形山の土砂は貰ったが、到底それでは足りなかった。

彼女からすれば、どうして俺が在野の魔法使いヴェンデリンを名乗ってドーナン準男爵家を支援してくれるのか謎だったんだろう。

そして俺には『奥さんの数が多い』という事実があり、そのせいで『女好き』なんて噂が流れているのも知っている。

『俺に会ったこともないのに適当なことを言いやがって!』と思いつつ、イレーネさんはこう思ったのだろう。

「(俺が、イレーネさんを妻にしたいから手を貸したと思われているのか……)」

そう思われても仕方がないのは事実だが、現実は俺が前世から続く社畜精神溢れる人間で、陛下から『なんとかしてやって』と頼まれたからなんだが、彼女も多くの世間の人たちも絶対にそう思わないだろう、とは思った。

「バウマイスター辺境伯様はこれまでとても紳士的で、レクターにもとてもよくしてくれて、レクターもバウマイスター辺境伯様を慕っていますから、その……」

「それ以上はストップです」

ドーナン準男爵家は、親戚でもない俺から援助を受けた。

領主代理であるイレーネさんからしたら、必ず恩を返さなければいけないと思っているのだろう。

だが、俺からしたらそれは勘弁してほしいところなのだ。

「イレーネさん、あなたは亡くなられた旦那さんのことを今でも愛していますか?」

「……はい。私は、爵位が上の準男爵家に娘を嫁がせ、仕送りが欲しい両親の都合で、このドーナン準男爵家へと嫁ぎました。私は結婚式当日に、初めてロバート様と顔を合わせましたが、彼はとても優しくて、夫婦として過ごした時間は短かったですが、それは宝石のように貴重な時間でした」

亡くなったロバートさんは、生前イレーネさんを出汁に金を引っ張ろうとするルペン騎士爵家からの要求を拒絶し、彼女をバカな実家から守り続けたのか。

「領主代理はとても大変ですが、この三年頑張ってこられたのは、ロバート様とのかけがえのない日々と、ロバート様が残してくれたレクターがいてくれたからだと思います」

「……なるほど」

「バウマイスター辺境伯様?」

「世間の常識だと、イレーネさんに早く再婚しろと勧めるのが常識というか、そうすることが善意だとみんな思うのでしょうね。でも俺は、本来貴族になる予定がなかった貧乏騎士の八男です。そんな常識をそこまで信奉していませんし、イレーネさんが亡くなった旦那さんとの思い出を胸に、その忘れ形見の成長を見守りながら、領主代理としての仕事に打ち込むことがおかしいとは思いません。人には人それぞれの人生があるのですから。イレーネさんもそう思いませんか?」

「はい!」

イレーネさんの顔が、一瞬で笑顔となった。

やはり彼女はそんな風に考えていたのか。

「確かにイレーネさんは美人で魅力的な女性だと思いますが、俺にはエリーゼたちがいるので」

と言うか、これ以上奥さんの数を増やしてどうなるって話なんだ。

イレーネさんも、俺に強要されたらドーナン準男爵家のためには仕方ないと思うだろうが、なんかそういうのは俺の性に合わないというか……。

「バウマイスター辺境伯様の奥様たちは愛されているのですね」

「面と向かってはなかなか言えませんけどね。恥ずかしいから」

ドーナン準男爵領の開発は順調に進むだろうし、厄介者だったルペン騎士爵家も消えた。

これで俺もバウマイスター辺境伯領に戻れるってものだ。

「広大な農地で大量の穀物が採れるようになったら、それを用いてお酒でも造ってブライヒレーダー辺境伯領やバウマイスター辺境伯領にでも卸してください。酒造を始める時にはまた支援しますから。俺がドーナン準男爵家の開発に手を貸したのは、小領主混合領域の発展がバウマイスター辺境伯領の利益になると思った、というのもあるのです」

ヘルムート王国南部は発展著しくはあるが、ブライヒレーダー辺境伯領とバウマイスター辺境伯領ばかりで小領主混合領域は後回しという現実があり、その不均衡を是正するためでもあった。

著しい格差は不満を呼ぶので俺もできる限り協力はしているのだが、これまではアマーリエ義姉さんの実家であるマインバッハ騎士爵家周りを優先していた。

だから、今回はまったく関係ないドーナン準男爵家のために動いた……陛下から命令がなければやらなかっただろうけど。

「たまにこんなことがあるんですよ。イレーネさんは深く考えない方がいいですよ」

だって、イレーネさんが美しい未亡人で、視覚的な効果と共に陛下に強い印象を与えたから助けてもらえたなんて、他の貴族たちに話すわけにもいかないし、他の貴族たちは彼女の真似はできないのだから。

「じゃあ、俺はこれで」

「バウマイスター辺境伯様」

「はい?」

「レクターはあなたを慕っています。もしよろしければ、レクターに会いに来てくれませんか?」

「勿論、また伺わせてもらいます」

レクターは可愛くていい子だからな。

今度ドーナン準男爵領を訪ねる時は、王都のお菓子と玩具と、いい領主になれるよう、勉強できる本でも持って行ってあげよう。

「ただいま」

ドーナン準男爵領でのトラブルの後始末と、開発にも目途がついたので、俺は一週間ぶりにバウルブルクのお屋敷に帰ってきた。

「ちちうえだぁ!」

「「「「「「「「「ちちうぇ、おかえりなさい」」」」」」」」」

レクターも可愛かったけど、実の子供であるフリードリヒたちはもっと可愛い。

俺はみんなにお土産を渡し……ドーナン準男爵領の特産品はないので、ブライヒブルクで購入したものだ……順番に抱っこしてあげると、そこにローデリヒとエリーゼたちも姿を見せた。

「みんな、ただいま! ……あれ?」

せっかく一週間ぶりに屋敷に帰って来たのに、ローデリヒもエリーゼたちも、なぜか俺を見て『あれ?』といった表情を浮かべていた。

「(エリーゼたちが思ってたよりも、俺が早く帰って来たと思っているのか?)」

俺もこの手の騒動の解決や魔法を使った土木工事に慣れてきたので、わずか一週間で仕事を終えて屋敷に戻って来ることができたというのに。

だがエリーゼたちはともかく、普段俺に沢山の仕事を課すローデリヒが不思議に思うなんておかしいな。

「お館様」

「なんだ? ローデリヒ」

エリーゼとローデリヒは小声でなにか相談してから、ローデリヒが代表して俺に尋ねてきた。

いったい俺になにを聞きたいってんだ?

「あの……お館様、ドーナン準男爵領の領主代理、イレーネ様でしたか。彼女は連れて来なかったのですか?」

「イレーネさんを? どうして領主代理として忙しい彼女を、俺がここまで連れて来なければいけないんだ? 仕事の邪魔だろう」

俺が粗方仕上げたとはいえ、ドーナン準男爵領の開発は続く。

領主代理であるイレーネさんがいなければ、指揮を執る人がいないじゃないか。

「状況が落ち着いたら挨拶に来たいと言っていたけど、それはまだ大分先だろうな」

俺に挨拶に行くために、ドーナン準男爵領の開発が遅れたら意味がないじゃないか。

そういう形式上のものは後回しに決まっている。

「そうですか……イレーネ様が、お館様に嫁ぐのはまだ先なのですね」

「はあ?」

ローデリヒが予想だにしないことを口走ったため、俺は思わず大声を出してしまった。

「イレーネさんが、俺に嫁ぐ?」

「だからお館様は、ドーナン準男爵領の開発を手伝ったのではないのですか?」

「いや待て! ドーナン準男爵領のことは、陛下からの命令でやったんだって!」

まあ確かに、イレーネさんが綺麗だからちょっと張り切った気はするけど、途中で彼女の駄目な家族やブライヒレーダー辺境伯の隠していた素行不良の甥への対処もあってかなり深入りしたのは、将来の家族のためでもあった。

ブライヒレーダー辺境伯と揉めるわけにいかないからだ。

それにイレーネさんは、再婚は望んでいない。

そもそも俺には沢山の奥さんがいるのに、まだ増やせとローデリヒは言うのか?

「いやだって、大量の土砂だけ貰ってあそこまで手を貸していたのですから、そうなのかなと普通は思いますよ。ねえ、エリーゼ様」

「あなたの行いで多くの領民たちが救われたのは事実ですが、他の貴族たちからしたら、『どうしてドーナン準男爵家ばかり助けてもらえて、うちは駄目なんだ?』というお話になりかねません。だから私はてっきり……勿論問題ありませんよ」

「大丈夫よ。奥さんの数が増えても。私は全然気にしないわ」

「エリーゼたちもボクも、もう慣れているからね。仲良くできるから安心してね」

「ヴェル様、問題ない」

「ヴェンデリンさんは、南部で一~二を争う大貴族ですから、もう一人や二人妻が増えても問題ありませんわ」

「ヴェンデリン、妾たちに遠慮する必要はないぞ。のう、リサ」

「はい、お話を聞く限り、イレーネさんは苦労なさっているようですから」

「旦那、気にするなって」

みんな、その優しさはなんか違うと思います!

「テレーゼ、みんな。俺は遠慮なんてしてないから」

「ええと……。しばらくは、ヴェル君がドーナン準男爵領に通う形にして、しばらくしてからってことかしら?」

「……アマーリエ義姉さん、違うよぉ。すんごい、誤解だよぉ」

俺は家族のために頑張ったんです!

決して、イレーネさんを奥さんにするためではありません!

というか、亡くなった旦那さんの思い出を胸に、これから領主代理として頑張ろうとしている彼女に失礼というか……。

「本当に、そのイレーネさんを奥さんにしないの?」

「しませんよ!」

みなさん、俺が美しい未亡人が領主代理を務める領地を色々と手助けしたら、その未亡人を奥さんにするって、すぐに思い込むのをやめてください。

こっちは、上司である陛下、先輩であるブライヒレーダー辺境伯に気を遣ってそれなりに大変だったんだから。

「バウマイスター辺境伯様、今度はいついらっしゃるのかしら?」

バウマイスター辺境伯様のおかげで、私もレクターもドーナン準男爵領も救われました。

彼はとても真面目で、誠実で、レクターにもとても優しくて、私が領地のために身を差し出そうと考えていることまで見抜いて、私にそんな素振りすら見せず。

これほど素晴らしい男性に出会ったのは、亡くなった旦那様以来です。

でもバウマイスター辺境伯様には素敵な家族がいて、領地に戻ってしまわれました。

彼がドーナン準男爵領に滞在していたのはわずか一週間だというのに、家族の元に戻ってしまったら、心にぽっかりと穴が開いたような気分です。

「私は、旦那様との思い出を胸に生きていけると思ったのに……」

他の人たちとは違って、バウマイスター辺境伯様も私の生き方に賛同してくれたというのに、でも私は彼のことが気になって仕方がなくて……。

でも私は、これからもしっかりと領地を開発し、治めつつ、レクターを立派な貴族に育て上げなければ。

そう、バウマイスター辺境伯様のように。

「……旦那様、私は……」

次にバウマイスター辺境伯様がいらっしゃった時には、普段あまり着ないドレスで出迎えて、色々とお話をして、もっと美味しいお料理を作って差し上げましょう。

バウマイスター辺境伯様は、美味しい物が大好きだと聞いていますから。

旦那様が亡くなってもう三年。

他の男性を好きになっても構いませんよね?