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第39話 地方巡検使バウマイスター辺境伯(前編)

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第39話 地方巡検使バウマイスター辺境伯(前編)

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「なにぃ、税を払えないだとぅ? そんなバカな話があるか!」

「うちの畑が川の増水のせいで水に浸かってしまって、収穫がほとんどないんです……。しかもうちだけじゃありません」

「それはお前たちが、畑の手入れの手を抜いただけだろが! そんなくだらない理由で税を逃れようだなんて、怠け者もいいところだ!」

「ですが、以前から川の増水は定期的に起こっていて、河川の改修が必要だって村長さんが……」

「村長ごときが、領地の統治に口を出すのか? 河川の改修など金がかかるではないか! お前たちが農閑期にやれ!」

「このところ収穫が安定しないので、農閑期にみんな出稼ぎで生活をしています。労役は難しいかと……」

「寝ずにやれ! 我が歴史あるブーム子爵家の領民に怠け者などいらんのだ! 人間は二~三日寝なくても生きていける! 税の減免や免除はあり得ん! 払えなければ娘を売り飛ばしてでも払え!」

「そんなご無体な……」

「いいか! お前ら平民が何人飢え死んでも、我ら貴族は死なん! お前ら平民がいくら困窮しようとも、我ら貴族は貴族に相応しい生活を送る。なぜなら、我ら貴族は選ばれた存在だからだ!」

「パチパチパチパチパチパチ。すげぇ、こんな貴族本当にいるんだ! 思わず最後まで話を聞いちゃったよ」

「なんだ? お前は?」

「ブーム子爵さん、ちょっと聞いてちょうだいよ。俺は王国の役職になんて就きたくないって言ってるのに、こうやって臨時でもいいからって、やりたくもない仕事を陛下から命じられてるんだよ。地方巡検使なんて半ば形骸化してて、王城で暇している貴族やその子弟のアルバイト……小遣い稼ぎだろうに。仕事を奪われてしまう貴族たちにまた恨まれちゃうよ。バウマイスター辺境伯は有名人だから、せめて一度くらいはって。俺は地方巡業する芸人じゃないんだから。そんな理由で地方巡検使になんて普通任じないと思うんだよなぁ。バウマイスター辺境伯は魔法で飛べるから経費が削減できるって、正直に言えばいいのに……。ブーム子爵もそう思わない?」

「なっ! バウマイスター辺境伯! 地方巡検使? なんで? 突然?」

「俺が教えてほしいくらいだけど。しかしまぁ、本物の駄目貴族って本当に凄いんだな。創作物に出てくる、絵に描いたような悪い貴族のテンプレ発言をそのままするんだから」

「ばっ、バウマイスター辺境伯、これはだな」

「領地の治水は領主の仕事だろうに。どうして自分でやらずに、領民たちにやらせるかなぁ。労力を提供させたら、税の減免とか、日当を出すとか、せめて食事くらいは出せよ」

「うっ、うちは貧しいんで、そんな余裕はないのだ!ブーム子爵たる俺様も、日々節約に半ば励んでおる!」

「またまたぁ。趣味の骨董と、近くの町の飲み屋のお姉ちゃんを複数愛人として囲っているうえに贅沢が好きだから、そんなにブクブクなんでしょう? 酒太りってやつ。そのせいで借金まみれだから、税の減免をする余裕はないって正直に言ったら?」

「……うぐぐ……」

「うぐぐ、じゃないよ。地方巡検使としては、ブーム子爵は領主失格って判定するしかないな」

形骸化しているけど、地方巡検使は駄目な貴族に領主失格だと王国政府に報告する義務もあった。

ただ、そんな事例は滅多にない。

正確には、昔はあったけど今はまったくと言っていいほどなかった、が正解か……。

どうしてかというと、地方巡検使は王都にいる暇な法衣貴族及び、その子弟たちが任じられるケースが大半だ。

もし地方巡検使として駄目な地方領主に領主失格の烙印を押すと、王都にいる貴族たちと誰かしら血縁関係、寄親、寄子の関係があり、中には大物貴族に『待った!』をかけられてしまうケースもあった。

どんなクズでも数は派閥の力ってことで、地方巡検使に領主失格の判断をされたくないってわけだ。

自分の父兄が王都の他の貴族とその件で揉めても面倒なので、それなら最初から、地方巡検使なんて適当に終わらせて、お小遣いを稼いだ方がいいに決まっている。

陛下はそれを問題視しており、数代放置されていた地方巡検使の形骸化を解決すべく、俺を臨時の地方巡検使にした……と、密かに導師から事情を聞いていた。

そんな理由があっても、地方巡検使なんて面倒でしかないけど。

他の大物貴族たちにこの仕事を任せると、罰した貴族と関係がある貴族に恨まれるので、真面目に地方巡検使なんてやりたくない。

いくら酷い地方領主でも、罰せられれば関係がある貴族の派閥の力が衰えるから、地方巡検使に水面下で陳情、要請が入ることになる。

その貴族を罰するのは勘弁してほしいと。

地方巡検使に任じられた者の父兄、一族、同じ派閥の貴族たちにしても、ここで貸しを作っておけば、のちに自分の一族、同じ派閥の貴族が罰せられようとした時、前回の貸しを返してもらえる。

だから結果的にどんな駄目な貴族でも罰せられず、完全に形骸化した、仕事がない貴族のアルバイトと化した地方巡検使制度となってしまったわけだ。

「そんなわけで、俺が地方巡検使なわけだけど……」

「はははっ……、そういうことでしたか」

これまでの、自分は選ばれた人間だと顔に書いてあるような態度から一変。

ブーム子爵は、俺に対しへりくだった態度を見せた。

向こうは子爵で、俺は辺境伯。

やはり爵位の差は大きいのだ。

「バウマイスター辺境伯殿、実は私はバンナード伯爵と遠戚であり、とても親しい関係にあるんですよ」

「へえ、そうなんだ……」

どうやら王都にいる大物貴族らしいけど、残念ながら俺は貴族の名前を覚えるのが苦手な男だ。

バンナード伯爵なんて知らかった。

「バンナード伯爵は、財務閥の重鎮なんですよ。もしこの私を領主失格だと報告すると、彼とその派閥を敵に回しますから色々と困ったことになりますぞ。地方巡検使らしく、大人しく帰った方がよろしいのでは?」

「……」

ブーム子爵は、卑屈なのか偉そうなのかよくわからないな。

地方巡検使として真面目に仕事をした結果、その親戚、寄親の貴族が出てくると面倒だから、自然と形骸化してしまったのだろう。

確かに、『なにもありませんでした』と報告して、報酬だけ貰えば楽なんだから。

変に正義感を出すと、親族と寄親から叱られる可能性もある。

『せっかく地方巡検使にしてやったのに、他の貴族と揉めるんじゃない!』って。

なんとも面倒な貴族のしがらみってやつだな。

「(だが俺は、好き勝手やらせてもらう)」

なぜなら俺は、もう二度と地方巡検使なんてやりたくないからだ。

俺は嫌々地方巡検使に任じられた時、同じく昔地方巡検使に任じられた導師に相談した。

すると彼は、自分は二度と地方巡検使に任じられることはない、と言い切り、さらにどうしてそうなったのか、その理由を教えてくれた。

「容赦なく、駄目貴族を駆除すればいいのである!」

「駆除ねぇ……。そんなことをして大丈夫ですか?」

「地方巡検使の本来の仕事の一つはそれなのであり、決して暇な貴族の小遣い稼ぎではないのである!  王国の基盤を揺るがす駄目な領主を取り除く。地方巡検使が本来の仕事をちゃんとこなしているのに、文句を言われる筋合いはないのである!」

「なるほど」

建前を利用して王都の貴族たちを怒らせ、二度と地方巡検使に任じられないようにしてしまうのか。

陛下も、地方巡検使本来の仕事をしてほしいと思っているようだし、その結果二度と地方巡検使に任じられなくなっても仕方がないことだ。

俺のせいじゃないし。

忖度ナシで悪政を敷く駄目貴族を告発、取り除くと、一族や手下が多い貴族ほど戦々恐々となるから、そんな奴は二度と地方巡検使に任じられなくなるよう、彼らが水面下で暗躍するから手の打ちようがないってだけで。

「いいアイデアですね」

「救いようのない駄目貴族を、やれ親戚だからとか、寄子だからという理由で庇う方にも問題があるのである! それならそいつを強制隠居させ、幽閉するくらいすればいいのである! 」

それをするにも手間もかかるし、反発も大きいだろうから、特に大物貴族としては、たとえ駄目貴族でも放置しておきたいのが本音なんだろうな。

地方の領地の一つが悪政に喘いでいても、ヘルムート王国の政情にほとんど影響はないという理由もあった。

「『アリの一穴』となるやもしれぬのに愚かである! 某は決して方針を変えぬゆえ、そのせいで地方巡検使に任じられたのは一度キリである!」

「俺も真似しようっと(しかしこの人、地方巡検使になった時、なにをやらかしたんだ?)」

盛大にやらかしたのは確実だけど、この人は悪人じゃないから、悪徳貴族が可哀想なくらい酷い目に遭ったのは容易に想像できた。

「俺も、二度と地方巡検使に任じられなくなるよう頑張ります!」

地方巡検使なんて面倒だからな。

報酬も俺からしたら安いし、それなら魔の森で狩りでもしていたい気分だ。

そんなわけでというのもおかしいが、俺は一人で行動していた。

下手にお供をつけると、大人の判断をするローデリヒの影響を受けたお供が俺の邪魔をするかもしれないし、『飛翔』で飛べば移動時間も節約できる。

なにより、久しぶりに一人で旅気分を味わえるのもよかった。

あっ、そうそう。

地方巡検使の仕事も、完全にアポなしでやっている。

これは、事前に領地を来訪することを伝えた結果、領主たちが悪政を隠さないようにするため……と言いつつ、抜き打ちで巡検をする俺に苦情が殺到。

二度と地方巡検使に任命されないようにするためだ。

そんなわけで、早速ブーム子爵という酷い貴族を見つけたので、容赦なく領主失格だと報告することにしよう。

「地方巡検使を脅すなんて、こんな重罪はないだろうな。これは、王国に対する明確な反逆だな」

こいつがこの領地で領主を続けると被害者が増える一方だから、王城に報告して領主交代でいいだろう。

「『ブーム子爵は度が外れた悪政を敷いており、このままでは領民反乱の危険もある。速やかなる交代を望む』……と

「バウマイスター辺境伯、私を告発すれば、バンナード伯爵が黙っていないぞ!」

この期に及んで、まだ脅してくるのか。

こいつは、本物のクズなんだな。

「なるほど、バンナード伯爵がねぇ」

「彼を敵に廻したくないだろう? ここは大人しく引くべきだと思うがね」

こういうのを、『虎の威を借る狐』って言うんだろうな。

ただ、俺には通用しないけど。

「そもそも俺は、バンナード伯爵なんて知らないから」

「えっ?・・・お前は、バウマイスター辺境伯なのでは?」

「そうだけど」

「お前は大貴族で、王都の重鎮たちと懇意だと聞く。バンナード伯爵を知らないはずがないだろうが!」

「知らないよ。財務閥でよく知ってるのは、ルックナー侯爵とその派閥の人たちくらいだから」

自分がよく知ってるからって、他人も知ってて当然と考えるのは悪い癖だと思う。

しかも、この国は伯爵も結構な数がいるからな。

全員知らなくてもしょうがないだろう。

「とにかく、この領地は酷すぎるから、王城に報告ってことで」

前世の会社員時代は忖度の塊だった俺が、形骸化した地方巡検使の仕事で容赦なく悪徳貴族を告発する理由。

それは、二度とクソ面倒な地方巡検使に任じられないようにするためだ。

「(貴族ってどこかで繋がりがあるから、俺がブーム子爵を弾劾すると、必ず王都の貴族たちが文句を言ってくるはずだ)」

『告発は取り下げてほしい』とか、『我々で言って聞かせるから、告発だけは勘弁してほしい』とか。

貴族も役人みたいなものだから、自分の評価を下げたくないばかりに、ブーム子爵領の領民たちの生活よりも、自分たちの評判やプライドに拘ってしまう。

地方巡検使側も、ここで無理に王都の貴族たちと揉めても面倒なだけなので、それを受け入れてしまう。

そりゃあ、地方巡検使制度が形骸化するわけだが、俺はどんな大物貴族が出てきても、そんな要望は受け入れない。

あえて乱を起こすというわけだ。

「(そうすれば、しがらみだらけの貴族たちはこう考える。バウマイスター辺境伯を地方巡検使にするのは危険だと)」

危険人物である俺は二度と地方巡検使に任命されなくなり、ますます俺が忙しくなる事態は避けられる、という作戦だ。

「あっ、ヴァルド殿下ですか。バウマイスター辺境伯です。まずはブーム子爵なんですけど、彼は領主失格ですね」

というわけで、容赦なく魔導携帯通信機で偉い人に報告していく。

これまでの地方巡検使は、仕事がない貴族やその子弟が任じられるケースが大半で、魔導携帯通信機なんて持ってなかったから、報告は王城に戻ってからだった。

そこも、これまでの地方巡検使とは違う。

「(だが、人は変化を嫌がる。これで二度と俺を地方巡検使に任じようなんて思わなくなるはずだ)」

地方巡検使は余計なことをせず、仕事のない貴族のお小遣い稼ぎであった方が都合がいい。

そう考える、王城に巣食っている駄目な貴族たちが、俺に余計な仕事を与えなくなるのだ。

「(なんて素晴らしい連中なんだ!)」

その一点だけで、俺は王都や王城にいる、融通が利かなくて頑なに変化を嫌う、埃を被った貴族たちを許せてしまう。

「(というわけで、最初の生け贄はブーム子爵、君だ!)ブーム子爵! 領民たちは貴殿の奴隷ではないのだ! 地方巡検使である俺は、お前を告発した!」

「ふっ、ふざけるな! 同じ貴族である俺様を告発するなんて! バウマイスター辺境伯、お前には貴族としての仁義がないのか?」

「あるから告発しているんだ! あんたのような男が領主であること自体が罪深く、貴族のイメージを大きく落としてしまうのだから。改易にはならないだろうが、覚悟するんだな」

「なっ! この俺様が領主でなくなる……。そんなことが許せるか! 五百年続いたブーム子爵領を終わらせるわけには……ふんっ! いくら優れた魔法使いとはいえ、たった一人で来たのが運の尽きよ。この辺の森は狼が多くてなぁ。バウマイスター辺境伯とて、多勢に無勢で魔力が尽き、食い殺されてしまったと報告するさ」

「穴だらけのシナリオだな」

「森でお前の死体が骨だけになって発見されたら、王城の連中もそう判断せざるを得ないさ。なぜなら、俺様はブーム子爵なのだから」

「ふーーーん。だそうですよ」

長年領地に籠ってお山の大将を気取っていたブーム子爵には想像もできなかったようだが、俺はヴァルド殿下との通話を切ってなかった。

当然今の通話は彼に丸聞こえであり、ブーム子爵が悪政を敷いていることを告発しようとした俺を殺そうとしている事実が、白日の元に晒されてしまったわけだ。

「あーーーあ、元ブーム子爵になっちゃったね。素直に領地だけ没収されていればよかったのに」

地方領主の中には、長年王国との関係が薄いばかりに、自分が一番偉いと勘違いして自尊心が肥大しすぎている人が一定数いる。

だから辺境伯である俺ですら、自分の縄張りである地元でなら、始末しても問題ないと考えてしまうのだろう。

「なにも悪いことをしていない俺を殺すのかぁ、悪い貴族だなぁ」

「うるさい! このブーム子爵領はすべて俺様のものなんだ! だからいくら税をかけようが、税を払えない領民をどうしようと勝手だ!」

「ある意味ブレなくて凄いなぁ。逆に感心するよ」

「そんな俺様の縄張りに入り込んだのが運の尽きよ! さあ、バウマイスター辺境伯を殺してしまえ!」

ブーム子爵は、自分の後ろにいる領民たちに強く命令した。

だが、誰も俺に襲いかからなかった。

「こらぁーーー! 貴様らぁーーー! 俺様の命令が聞けないのか?」

「ですがお館様……」

「竜を殺したという、バウマイスター辺境伯様になんて勝てませんって」

「俺様の命令だぞ! やるんだ!」

「無理ですよぉ」

まあ、当然こうなるよな。

いくら領主の命令でも、俺には襲いかかれば問答無用で殺されてしまう可能性が高いのだから。

「人に命令ばかりしてないで、自分で戦えばいいんじゃないの? 貴族は領地に危機があれば、自ら先頭になって戦うものなんだから」

建前というか、そもそも貴族ってのはそういうものなんだけど、長年領地を侵す存在もなかったブーム子爵の体型は贅沢と不摂生でブクブクに太っており、武芸など欠片もできそうになかった。

長年、狭いながらも領地の中で王様のように暮らし、誰からも諌められなかったがために、このようなモンスター貴族が生まれたとも言える。

「(で、代々の地方巡検使は、こんな貴族がいても、なかなか処罰できなかったわけだ)」

下手に他の貴族と繋がってると、自分の派閥を攻撃しているとみなされ、面倒くさいことになるからだ。

地方巡検使の親族や同じ派閥の貴族たちも、『余計なことをするな!』ってスタンスだろうから。

「(でも俺は、容赦しないから)俺を殺そうとしたんだ。正当防衛だぞ」

「ぐがががっーーー!」

俺はブーム子爵を容赦なく、強烈な『スタン』で麻痺させてから紐で縛った。

「悪政を敷いたのみならず、それを指摘したバウマイスター辺境伯たる俺を殺して証拠隠滅を図ろうとするとは罪深い! 厳罰を覚悟するんだな!」

世の中ってのは建前が重要で、それを大々的にアピールすることも大切だ。

あくまでも俺は、穏便にブーム子爵の行状を王国に報告しようとしたんだけど、領主の座を失うのを恐れた彼が、なんと地方巡検使であるバウマイスター辺境伯に襲いかかろうとして返り討ちに遭ってしまった。

それをこの場にいる領民たちに強くアピールし、彼が断罪されても仕方がないという空気に持っていく。

「(そう、アピールが必要なんだよ)ブーム子爵、貴殿に貴族の資格はない!」

ここまでしても、地方巡検使なのに悪徳貴族をバカ正直に罰する俺は陰口を叩かれ、今後二度と地方巡検使に任じられなくなるが、それはかえって好都合ということで。

「ということなので、ブーム子爵を連れて行きますね」

『……すぐに代官を派遣しよう』

ほら。

魔導携帯通信機越しに、ヴァルド殿下の『やりすぎだろう』的なニュアンスを含んだ声が聞こえてきた。

「(これで俺は、二度と地方巡検使には任じられないはずだ)ほら、王城に行くぞ」

「わひゃひ、どうひゃるんれす?」

「教会で死ぬまで信仰の道を歩み続けるんだな。この領地は別の代官に任せるから」

俺は、ブーム子爵を『瞬間移動』で王都まで連れて行き、代わりにヴァルド殿下が用意していた新しい代官をブーム子爵領まで運んだ。

「これにて一件落着」

「……」

あきらかにやり過ぎな俺に、旧ブーム子爵領の代官に任じられたエバンス男爵の顔が引きつっていたが、これも作戦の内だ。

「(ただ、なぜか地方巡検使の役割は続行となってしまったな。このままお役御免になると思っていたのに……)」

本来の予定では、ブーム子爵を告発した時点で地方巡検使の仕事はクビになる予定だったんだけど……。

「(まあいい。次の悪徳貴族を告発して潰せば、さすがに貴族たちも危機感を覚えるはずだ)」

普通の貴族の領地は適当に見るだけで時間を短縮し、ちゃんと悪徳貴族を見つけないと。

それも、中央の大物貴族に繋がってそうな奴ほどいい。

そういうのを潰せば、きっと大物貴族たちが徒党を組んで、二度とバウマイスター辺境伯を地方巡検使にするなと運動してくれるはず。

「潰せ! 悪徳貴族!」

そんな事情で、俺は魔法で飛び回りながら、北部の悪徳貴族たちを次々と告発。

領主から解任されたり、あまりに酷くて改易される貴族も複数出た。

普段、貴族が改易されるなんて滅多にないのだが、俺がレコードを塗り替えている状態だ。

「税率が九割なんて、領民が生活できないだろう。すぐにやめるんだ」

「よそ者が口を出すな! やっちまえ!」

「……お前はチンピラか!」

しかしまぁ、長年領地に籠ってた貴族が多いからか。

たとえ俺がバウマイスター辺境伯でも、『領地のことで余計な口を出したら、たとえ大貴族でも絶対に殺すマン』が多くて困ってしまう。

そもそも地方巡検使自体も滅多に来ないものだから、余計外部の人間に対し警戒感が強いのだろう。

それでいてこっちが注意すると、ガチ切れするから困ってしまう。

お前らはバーサーカーかなにかかと。

「正当防衛だからな! あとで泣くなよ!」

俺一人だからだろうか?

悪徳貴族とその家臣たちが武器を持って襲いかかってきたので、全員『エリアスタン』で動けなくしてから、魔導携帯通信機でヴァルド殿下に連絡を取る。

すると、彼が新しい代官を任命するので、俺が『瞬間移動』で迎えに行くだけの簡単な仕事だ。

「俺はヘルムート王国の安寧を願い、たとえ地方にいて目立たなくても、悪徳貴族は絶対に許さない! これはもう絶対だから! さあて、次の悪徳貴族はどこにいるかなぁ……」

こうやって建前を殊更強調しつつ、容赦なく駄目貴族たちを忖度なしで処断していけば、王国も二度と俺を地方巡検使に任命しないだろう。

「俺はやる気はあるんだけど、ほら、王都や王城に巣食ってる貴族たちは、自分の親戚や寄子が潰されないか心配だろうから、俺を二度と地方巡検使に任じなくなるのも仕方がないさ」

他にも、下手に典型的な地方巡検使らしい行動をすると、とある地方の貴族の領地に滞在した時、夜寝室に地元の綺麗な女性が訪ねてくる、なんてこともあるそうで……これはテレーゼが教えてくれたんだけど、それなんてエロ漫画みたいなことが本当にあるとは思わなかった。

えっ?

昔のバウマイスター騎士爵領はって?

滅多に外部の人間が訪ねて来ないから、わかんないに決まってる。

「領内全員が親戚なんて領地からしたら、外の血を受け入れる絶好の機会なのでな。あとでヴェンデリンの子だと公表して、利益を得ようとする可能性も否定できぬ。無責任に種をばら蒔くのは感心せぬぞ」

「……」

そんな事情もあり、俺はお供も連れず、たった一人で魔法で飛んで地方の領地を巡検していた。

問題ないところは極限まで時間を削り、夜になっても現地で宿泊せずにバウルブルクのお屋敷に戻ってしまう。

だって、俺には『瞬間移動』があるから。

領主としての仕事があるって言えば、向こうも無理に泊まって行ってくれとは言えないのだから。

「しかしまぁ、酷い方法で地方巡検使に任命されないようにするんだな」

「そもそも、地方巡検使なんて暇な貴族やその子弟たちの小遣い稼ぎでいいんだって」

陛下には悪いけど、俺は忙しいんだから。

「もう少しで地方巡検使の仕事も終わりだけど、あと何人の悪徳貴族が領主の座と爵位を失うかね? 楽しみだなぁ」

「楽しむなよ!」

エルに叱られてしまったけど、地方巡検使なんてやりたくないんだから、本能が二度と地方巡検使に任じられないように動いてしまうんだ。

それでも悪政で苦しんでいる人たちを多数助けているんだから、これはもう善行以外の何物でもないだろう。

「悪徳貴族は、どんな大物貴族の頼みでも潰せ、潰せ」

そうすれば、怒った大物貴族が俺を二度と地方巡検使にするなって圧力をかけてくれる。

面子としがらみで苦労している大貴族の、これが一番効率的な操り方なのだから。

そしてその後も俺は、数名の悪政を敷く貴族たちを告発し、告発を阻止しようと俺に襲いかかってきた者を魔法で叩き潰し、地方巡検使として大活躍するのであった。

それにしても大貴族たちは、俺に対しどう出てくるかね?

村八分的なことになったら、領地に籠ってノンビリ暮らすってのも悪くないな。