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第48話 隠れ家的蕎麦屋

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第48話 隠れ家的蕎麦屋

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「ここか……。本当に山の頂にお店がある」

仕事中、王都の街中でとある飲食店の噂を聞いた。

王都郊外にある標高の低い山の山頂にポツンと立つ小屋で、ミズホ風の蕎麦を出すお店があるらしい。

周囲に人っ子一人住んでいない自然の中で、店主が自ら打つ蕎麦は絶品だとか。

そんなお店を利用する客がいること自体が不思議でならないのだが、その噂を聞きつけ、わざわざ通う貴族もいるとか。

とにかく興味があったので、ワシは馬車と徒歩でその店を目指す。

年を取ると、脂っこいものや肉よりも、さっぱりとしたミズホ料理の方が美味しく感じるし、ワシは蕎麦が大好物なのでな。

標高が低いとはいえ馬車では上れぬ山道ゆえ、山頂までは徒歩になる。

年を取った身には辛いが、これも美味しい蕎麦のためだ。

三十分ほど山道を登り、汗ばんできたところで山頂に辿りつくと、そのお店は本当にあった。

確かに小屋だが、その造りは最近流行しているミズホ風の建造物で、この山の頂上から流れ出る豊富な湧き水が作り出した小川の横に建っていた。

川の流れを利用した水車がついていたがこれもミズホ風で、貴族や大商人たちは喜ぶかもしれない。

蕎麦を粉にするのに使っているのだろう。

「いらっしゃいませーーー!」

早速店内に入ると、ミズホ服を着た若い女性店員が出迎えてくれた。

最近では王都でも、ミズホ服を着た女性店員が増えたな。

お店の看板娘たちはお店の華だ。

いるのといないのとでは売り上げに大きく差が出るし、彼女たちも将来の夫と知り合うチャンスでもある。

こんな客が来るのか怪しいお店ではあるが……と思って店内を見渡すと、なんとほぼ満席の状態だった。

「(みんな、わざわざ山を登ってこのお店を利用しているのか)」

これでは、このお店のことが王都で噂になるわけだ。

王都は飲食店の数が多くて競争も激しいが、美味しいお店はすぐに評判になり、書籍などで紹介され、多くの客が詰めかける。

成功して老舗と呼ばれるお店も多いので、一攫千金を目指して新しくお店を開く者は多かった。

「お客様は何名様でしょうか?」

「一人だ」

「それでしたら、こちらの席はいかがでしょうか?」

「そこでいい」

「お一人様、ご案内でーーーす!」

女性店員に、二人がけの席に案内される。

一人なので嫌がられるかと思ったが、そんなことはないようだ。

「こちらがお品書きです。ご説明は必要でしょうか?」

「蕎麦屋は何度も通っておるから、大丈夫じゃよ」

「それでは、ご注文が決まりましたらお呼びください」

ワシは蕎麦好きで、時間があれば蕎麦の本場ミズホ公爵領や、バウルブルクの蕎麦屋にだって食べに行く。

メニューに戸惑うことは……メニュー自体はバウルブルクの蕎麦屋とほとんど差はないな。

「まずは……いいかな?」

「ご注文をどうぞ」

「まずは、この蕎麦酒の湧き水割りと、玉子焼き、小魚の甘露煮、蕎麦掻きを」

「ありがとうございます」

まずは一杯やってからだ。

ワシは普段忙しい身ゆえ、空いた時間に蕎麦屋で一杯やるのが数少ない趣味でな。

帰りも山道なのであまり酔えないが、他の席ではかなり酔いが回った貴族らしき男性がいるな。

同行している家臣たちに自分を運ばせるつもりだろう。

ワシは一人で下山するが。

「蕎麦酒の湧き水割り、玉子焼き、小魚の甘露煮、蕎麦掻きです」

注文した品がやって来た。

値段はかなりお高めだが、ここは場所が場所だから仕方がない。

山の上に食材を運び込むのも大変だろうからな。

まずは、蕎麦酒の湧き水割りを一口。

「ふぅーーー、蕎麦の香りが鮮烈で美味い!」

蕎麦を使った蒸留酒はミズホの特産品で、王都やバウルブルクでも大人気だった。

貴族が買い占めるので値段が上がってしまったのは残念だが。

蕎麦の蒸留酒をこの山の湧き水で割ってあり、冷たさ、鮮烈さと共に蕎麦の香りが鼻の中に広がる。

「玉子焼きも素晴らしい」

玉子焼きは甘くなくて、出汁が効いているタイプだ。

ミズホの玉子焼きには、他にも砂糖かハチミツを入れた甘いデザートようなものがあるが、ワシは甘くない方が好きだな。

玉子焼きの出汁と蕎麦酒の蕎麦の香りが最高にマッチングして、最高の組み合わせだ。

続けて、小魚の甘露煮を食べる。

「これは小アユだな」

ミズホの特産品で、王都の貴族たちの中にも好む者が多いとか。

骨まで柔らかく煮込み、甘じょっぱく煮込んであるので、これが実にお酒とよく合うのだ。

甘じょっぱいタレの味を蕎麦酒で流すと、また甘露煮が食べたくなる。

何度かこの楽しい作業を繰り返していたら、小魚の甘露煮も完食してしまった。

「ふう、これも実に美味かった。そして次は……」

蕎麦掻きを蕎麦汁につけて食べると、蕎麦よりも強い香りを感じることができる。

この食べ方は、ワシの婿殿がお勧めしている食べ方だからか、店内でも真似している人が多かった。

ヘルムート王国にミズホの蕎麦料理を持ち込んだのは、ワシの孫娘の婿殿だからな。

同時にデザートとして注文して、黒ミツで食べる方法もワシの婿殿は勧めており、女性はそうしている人が多いみたいだ。

エリーゼも、黒蜜で食べる蕎麦掻きが大好きだからな。

「蕎麦粉を熱湯で練っただけの蕎麦掻きが、これまたお酒に合う」

さて、前菜は存分に楽しんだから、いよいよ本命の蕎麦を頼むとしよう。

「まずは……塩蕎麦とは珍しい」

ヘルムート王国で蕎麦が流行した理由の一つに、蕎麦汁の美味しさもあった。

それなのに、あえて塩で蕎麦を食べさせる。

この店の店主は、よほど自分が打つ蕎麦に自信があるのだろう。

そうでなければ、蕎麦を塩で食べさせるわけがない。

「まずは塩蕎麦を頼む」

店主のお勧め、是非いただこうじゃないか。

「お待たせいたしました。塩蕎麦でーーーす」

しばらくすると塩蕎麦が届いたが、見た感じほぼ蕎麦粉100パーセントの十割蕎麦と見た。

蕎麦自体もかなり太めで、純粋に蕎麦を楽しめそうだ。

塩も……これは岩塩か!

珍しいな。

「おおっ! 塩で食べると、蕎麦の香り、甘味が実によくわかる」

これは、塩で食べることをお勧めするわけだ。

塩で蕎麦自体の甘さも引き立ち、蕎麦好きを歓喜させる味であった。

ただ、このお店の蕎麦はかなり量が抑えめなので、おかわりして蕎麦汁でも食べたくなってしまうところが商売上手だ。

「もりを一つ」

やはり蕎麦好きならば、もり蕎麦を頼まなければ。

ワシはかけ蕎麦を邪道だとは思わないが、最初になにもつけない蕎麦の風味を味わいたい人間なので、もり蕎麦一択であった。

なお、ミズホには刻み海苔をのせたざる蕎麦もあるが、ワシは蕎麦のみの美味しさと香りを味わいたいので、もり蕎麦一択じゃな。

「蕎麦汁は、強い十割蕎麦に合わせてあるのでこれも強いが、だからこそよく合っている。蕎麦を打つ時の水も、蕎麦酒を割った湧き水だから、蕎麦に清涼感を与えてくれるのだな。そうか!」

この蕎麦は、山頂から涌き出る湧き水を使うからこその味で、だからこんな不便な場所に店があるのか。

その味は、王都ある他の蕎麦屋とは比べ物にならず、だからこんな場所にあっても続々と客が詰めかけているのだな。

「蕎麦湯を」

「はーーーい!」

蕎麦好きとしては、この素晴らしい蕎麦を美味しく食べさせてくれた蕎麦汁も最後まで味わわないと。

……このところ妻から塩分の取り過ぎに注意するように……婿殿の知識らしいが……言われているのが、今日は運動もしているので蕎麦汁を味わっても問題あるまい。

「ふう……実に美味かった」

苦労して、山頂まで歩いて登った甲斐があったというものよ。

ワシが一人で出歩くとセバスチャンが心配するが、山の麓で馬車と家臣たちを待たせているから問題あるまい。

「それにしても、このお店の店主はどんな人物なのだろう?」

ミズホ人の蕎麦職人か、もしくは最近、蕎麦打ちを習ったヘルムート王国人が故郷で蕎麦屋を開くケースが増えていると聞くので、案外そんな人物なのかもしれない。

そんなことを考えながら食後に出された蕎麦茶を啜り、そろそろ会計をしてお店を出ようと思った瞬間。

お店の奥から言い争う、二人の男性の声が聞こえてきた。

「お館様、なにをこんなところで勝手に蕎麦屋を開いてるんです!  今日は王都で大切な仕事だとお伝えしたじゃないですか!」

「だから、大切な仕事をしているじゃないか。蕎麦打ちという、とても大切な仕事をな。俺も苦労に苦労を重ねて、ようやくここまで蕎麦が打てるようになったんだ。なら、蕎麦屋に挑戦したいと思うのが心情じゃないか。普段は、俺が引き抜いたミズホの職人に任せているけど」

「いつの間に、そこまで蕎麦を打てるように……。そんなことはどうでもいいのです! 今日はブライヒレーダー辺境伯様を始めとして、多くの貴族の方々とお会いしないといけないのですから」

「 それは後日でよくない?」

「 よくありません! バウマイスター辺境伯領の順調な発展のため、お館様が自らお会いしなければいけない貴族が沢山おられるのですから!」

「ローデリヒで十分じゃないか? それに俺は思うわけよ。このまま隠居して、この綺麗な湧き水が出る山の上で、知る人ぞ知る隠れ家的なお蕎麦屋さんをして人生を終えるのも悪くないのではないかって」

「そんなの駄目に決まっているじゃないすか! さあ、王都のブライヒレーダー辺境伯邸に参りますよ!」

「ブライヒレーダー辺境伯なんて、会おうと思えばいつでも会えるじゃん」

「ブライヒレーダー辺境伯様に屋敷に集めていただいた貴族の方々との顔合わせがあるのです! さあ、参りますよ!」

「もっと蕎麦打ちたかったのにぃーーー!」

「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」

よく聞き慣れた二人の声が聞こえたような気がするが、まあ貴族をやっていれば色々と大変なこともある。

ワシだって、貴重な休日を使ってこの山頂の隠れ家的な蕎麦屋で疲れを癒しているのだから。

「(しかし……。婿殿は色々とお店を開くものよ)」

また王都で評判になったお店に行ってみたら、オーナーや店主が婿殿という可能性がありそうな気がしてきた。

ハズレはなさそうだし、ローデリヒは大変そうだが、ワシに特に不利益があるわけではないな。

さて、妻にお土産の乾麺でも買って帰るかな。