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第55話 桃色カバさん再び(その4)

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第55話 桃色カバさん再び(その4)

新作「誰か、前世が凄腕の機動兵器操縦者である私に平穏を!」が連載中です。

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「(仮題)異世界で死にかけた少年と入れ替わった独身アラフィフサラリーマン、スキルが『絶対無敵ロボ アポロンカイザー』だった」

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「……」

「お館様、リリエンタール伯爵様です」

「……ああ、どうも……」

飛ぶ鳥を落とす勢いだと評判だったバウマイスター辺境伯のはずが、随分と気落ちしているではないか。

彼が性的不能になったという噂は本当だったのだな。

カタリーナに伴われてやって来たバウマイスター辺境伯は、誰が見てもわかるほど落ち込んでいた。

ワシは早速、彼に声をかける。

「リリエンタール伯爵だ」

「バウマイスター辺境伯です」

「桃色カバさんの肉と内臓をご所望だとか?」

「ええ、なぜかこのところ調子が悪くて……。桃色カバさんの卵の殻を使った精力剤はまったく効果がなく…… 」

「それよりも強力な効果があると評判の、桃色カバさんの肉と内臓ならもしやと思われたのですか。勿論ありますよ」

「本物かどうか、確認させてほしいです」

似た者夫婦というか、冒険者でもあるからか。

バウマイスター辺境伯もカタリーナも、直に桃色カバさんの死体を見なければ納得しないのか。

確かに、冒険者ギルドを介さない珍しい魔物の肉や素材が偽物でした、なんて話はよくあると聞くからな。

「(同じくリスクを背負うのに、桃色カバさんの肉と内臓が偽物だと嫌だろうからな)案内しよう」

ワシは、バウマイスター辺境伯とカタリーナを屋敷の地下に案内する。

地下室の金庫に厳重に保管されている、我が家の魔法の袋の中に、これまでにあの子が狩った四頭の桃色カバさんの死体が入っていた。

貴重な桃色カバさんの肉と内臓を腐らせるわけにいかないから、魔法の袋での保管は絶対に必要だ。

早速一頭取り出すと、バウマイスター辺境伯とカタリーナは息を飲んだ。

「本物だ……。よく倒せたものだ」

「お館様、桃色カバさんは自分に向けられた害意に敏感、でしたっけ?」

「あっという間に幻術にやられてしまって、導師やブランタークさんでも手が出なかったからなぁ」

「桃色カバさんの体に、貫通力を増した魔法で貫かれた傷があります。幻術が届かない距離からの狙撃では?」

カタリーナが桃色カバさんの死体を観察しながら、バウマイスター辺境伯にその様子を伝えた。

「それしか方法がないけど、桃色カバさんは勘が鋭いそうだから、遠距離から狙っても避けられてしまうらしい」

「リリエンタール伯爵家の魔法使いが、桃色カバさんの勘が働かなくなる特技を持っているのでしょうか?」

性的不能に陥っても、職業病はなくならないのか。

カタリーナと桃色カバさんの死体を調べて、うちの秘蔵っ子である魔法使いの特性をあっという間に見抜いてしまったのだから。

「確か、四頭分あるんですよね?」

「よく知ってるな」

「密猟者の監視の任は、今日は家臣に任せているけど、今も続いているんです。概要は聞いてますよ」

「知らないわけがないか」

「これを欲しがる貴族は多いし、知り合いの貴族も多数います。紹介は可能です」

「それはありがたい」

無料だと言ったら、新しい客を紹介してくれるとはありがたい。

ワシの新しい派閥に入る貴族が増えるのだから。

「なので、本当に四頭あるのかを確認したいんです。まさか存在しないものを、知り合いの貴族たちに勧めるわけにいかないので」

「密猟した桃色カバさんは合計四頭だ。ワシが確認している。それで十分ではないのか?」

「もしかしたら、密猟者が複数いる可能性を否定できませんから。桃色カバさんには以前、幻術で酷い目に遭いました。リリエンタール伯爵が抱えているであろう魔法使いが一人で四頭の桃色カバさんを仕留めたなんて信じられないのです」

「私も同じ魔法使いとして、お館様と同じ考えです」

「そういうものなのか」

確かにこれまで、桃色カバさんが密猟された話を聞いたことがない。

遠距離から魔法で狙撃できる魔法使いはそれなりの数いるが、桃色カバさんは勘がいいので回避してしまうからだ。

「もしくは、桃色カバさんを狙撃した魔法使いに会ってみたいですね。魔法使いは魔法使いを知る。その能力を確認すれば、桃色カバさんを四頭も狩れたことに納得できます」

あの子は、桃色カバさんの勘を鈍らせることができるからな。

多くの魔法使いを知るバウマイスター辺境伯でも未知の存在なのであろう。

バウマイスター辺境伯は貴族だ。

もしかしたら、桃色カバさんのように自分が狙撃される危険性を感じているのかもしれない。

「(あの子は秘蔵っ子だ。いくらバウマイスター辺境伯でもそう簡単に会わせるわけには……。となると……)桃色カバさんを四頭すべて見せよう」

ワシは、魔法の袋から残り三頭の桃色カバさんの死体を取り出し、地下室の床に並べた。

まさか切り札であるあの子を、バウマイスター辺境伯に見せるわけにいかないからな。

「おおっ!」

「本当に四頭すべての桃色カバさんを、リリエンタール伯爵家のお抱えの魔法使い一人が倒したのですね。ですがどうやって?」

さすがのバウマイスター辺境伯とカタリーナも驚いているようだな。

この二人も一目置くあの子が成長すれば、バウマイスター辺境伯を超える魔法使いに成長するかもしれない。

今から楽しみだな。

「いやあ、本当に桃色カバさん四頭すべてをリリエンタール伯爵が密猟していたのですね」

「バウマイスター辺境伯、安心して他の貴族たちにも勧めてくれ」

ワシの派閥を大きく広げるチャンスなのだから。

「(これまで財務系法衣貴族たちは、狭い枠の中で陣地取りをしていたようなものだ。それが、桃色カバさんの肉と内臓のおかげで、財務閥以外の貴族たちと派閥が作れる)」

子供ができなくて困っている貴族に、職域や爵位の差、派閥は関係ないからな。

こうやって大きくした派閥でルックナー侯爵家に対抗していけば、必ずや彼らを圧倒できるはずだ。

「(なにより、ルックナー侯爵家と懇意とされていたバウマイスター辺境伯の離反は大きい。それが公になれば、奴についている財務系法衣貴族たちの離反も誘える)」

すべては、あの子を得ることができたおかげだ。

今後も、リリエンタール伯爵家の秘蔵っ子として働いてもらおうか。

そんなことを考えていたら……。

「導師、もういいですよ。証拠も掴みましたから」

「えっ?」

バウマイスター辺境伯がそう口にした瞬間、鍵をかけていたはずの地下室のドアが派手な音と共に蹴破られた。

「リリエンタール伯爵、桃色カバさん密猟の罪で拘束するのである!」

「アームストロング導師だと!?」

まさか、バウマイスター辺境伯が性的不能に陥ったという噂は偽物?

ワシが蹴破られたドアから彼に視線を戻すと、なんとも不思議そうな表情を浮かべていた。

「なんでこんな嘘に引っ掛かるのかな? 俺は導師や陛下に近い人間なのに……」

「そこは、バウマイスター辺境伯が性的不能に陥ったという噂を、さも真実味があるように王都中に流した某たちの力量を褒めるのである!」

「本当に導師がやったんですか?」

「いや、ワーレン殿である!」

「……だと思いましたよ」

「リリエンタール伯爵、これですべての証拠を掴めた。弁明は陛下にしてもらおうか」

「……なっ! ワーレンか!」

そっ、そんなバカな!

バウマイスター辺境伯が性的不能という噂は、ワシを捕えるための嘘だったというのか?

「リリエンタール伯爵、陛下はお怒りである。覚悟するのである」

「貴族が、自分が性的不能になったなんて噂を流すことを許容した? そんなことはあり得ない!」

貴族はプライドを大切にする生き物だ。

いくら嘘でも、自分が性的不能になった噂を流すわけがないのだから。

「そこが、バウマイスター辺境伯と他の貴族たちとの差なのである!」

「別に導師が流した噂じゃないのに……。ということなので、悪いけど捕まってもらいます」

「リリエンタール伯爵家もこれで終わりですわね」

リリエンタール伯爵家が終わり?

カタリーナ、お前はなにを?

いや、ワシは無能だった父やその孫である甥とは違う!

あいつらが左前にしたリリエンタール伯爵家を大きくするため、これまでも色々と手を打ってきたのだから。

「ワシは、リリエンタール伯爵家中興の祖となるのだ!」

「違法な方法でか?」

「リリエンタール元伯爵様、ヴァイゲル家とは違って、リリエンタール伯爵家はあなたが悪事を働いたせいで潰れますのね。まさに因果応報ですわ」

「……リリエンタール伯爵家が潰されるだと? 千七百年間も続いてきたリリエンタール伯爵家が? それもワシの代で?」

「あんたがやらかしたんだから仕方がないだろう。諦めるんだな」

「ご自分でこれだけのことをやらかしておきながら、どうして自分は絶対に潰されないと思うのか。とても不思議ですわ」

「特権は人を腐らせるねぇ……」

「バウマイスター辺境伯! よくもワシを騙したな!」

それも、自分が性的不能になっただなんて噂を流してまで!

そんな卑怯で非常識なことをするなんて、貴族の風上にも置けない奴だ。

「許さんぞ! バウマイスター辺境伯! ケント!」

こうなったら、死なばもろともだ。

ワシの秘蔵っ子である魔法使いのケントに、バウマイスター辺境伯を殺させよう。

「ざまあ見ろだ! バウマイスター辺境伯!」

ケントの魔法を不意打ちで食らえば、さすがのバウマイスター辺境伯とて回避できまい。

リリエンタール伯爵である、このワシを騙した報いを受けてもらうぞ。

「ああ、ビックリした!」

「いきなりヴェンデリンさんに魔法が飛んできましたが、まったく魔力を感じませんでした。ヴェンデリンさん、彼は……」

「むむむっ、よもや桃色カバさんを魔法で狙撃した魔法使いがこの子とは……。驚いたなんてものじゃないのである!」

「なっ、なぜだ? どうしてバウマイスター辺境伯を倒せないのだ! ケントの魔法は、桃色カバさんでも回避できなかったのだぞ!」

桃色カバさんを密猟している、見えない魔法使いを捕えるのは困難だと判断した俺たちは、その黒幕を捕まえる方針に切り替えた。

黒幕は必ず、密猟した桃色カバさんの肉と内臓を貴族に高値で、さらに恩着せがましく売ろうとするはず。

そこで俺が性的不能に陥ったという噂を流すと、見事に黒幕が話を持ちかけてきたというわけだ。

まさか、カタリーナの実家ヴァイゲル家の元寄親であるリリエンタール伯爵家が、桃色カバさん密猟の黒幕だとは思わなかったけど。

リリエンタール伯爵は、カタリーナに接近した。

彼女のヴァイゲル家がリリエンタール伯爵家の元寄子なのと、彼が屋敷に送ってきた密偵がエリーゼたちの芝居を聞いていたからであろう。

あの時は、屋敷を探る密偵がリリエンタール伯爵家の者だとはわからなかったけど、うちの屋敷を探って気がつかれないと本気で思っていたのかね?

うちに何人の魔法使いがいると思っているんだ。

なにより、あの時屋敷にはルイーゼもいたのだから。

エリーゼたちは、密偵に見せるために性的不能になった俺にどう対応するかの芝居を打ってくれた。

それを見た密偵がリリエンタール伯爵に報告し、たまたまカタリーナが一刻も早く俺の性的不能を治療するように言っていたため、接触を試みたのであろう。

俺とカタリーナは、リリエンタール伯爵の屋敷に桃色カバさんの肉と内臓を取りに行くと見せかけ、実は導師とワーレンさんが率いる兵士たちを引き入れ、リリエンタール伯爵を捕縛させたわけだ。

「こうなれば、死なばもろともだ! バウマイスター辺境伯を撃つんだ!」

リリエンタール伯爵家は確実に潰される。

そう思った元リリエンタール伯爵はヤケになったのか。

これまで秘蔵していた、桃色カバさんを魔法で狙撃した魔法使いに大声で命令を出した。

バウマイスター辺境伯を殺せと。

これまで気配すら感じなかった魔法使いだったが、主人の命令は絶対なのだろう。

やはり気配を感じさせないまま地下室に侵入。

俺に接近して、ほぼノータイムで至近距離から魔法を俺に向けて放った。

これには俺とカタリーナばかりか、導師もワーレンさんも驚きを隠せなかった。

自分たちが地下室への階段を押さえていたはずなのに、誰もが魔法使いが潜り抜けたことに気がつかず、実際俺に魔法が放たれてしまったのだから。

ワーレンさんなどは特に、自分の失態だと思ったのか、せっかく密猟犯が捕まったのに表情が暗いままだった。

本来なら魔法使いが俺に魔法を放つ前に、彼らが取り押さえないといけないからだ。

なにより俺に放った魔法使いの正体に、リリエンタール伯爵以外のみんなが驚いている。

「子供……」

それも、どう見ても五歳前後にしか見えない。

そんな子供が、勘が鋭く狙撃困難な桃色カバさんを四頭も狙撃したのだ。

驚かないわけがなく、まさしく早熟の天才なのだろう。

そしてなぜか、リリエンタール伯爵も驚いていた。

自分の命令どおり、お子様魔法使いが俺に対し至近距離から魔法を放ったのに、俺が無傷だったからだ。

「リリエンタール元伯爵、俺が魔法に貫かれていないのが、そんなに不思議か?」

「桃色カバさんでも回避できないものを、どうして?」

「それは、俺がずっと『魔法障壁』を張っていたからだ」

桃色カバさんでも回避できないのであれば、俺が回避できるわけがない。

俺が性的不能になったと嘘をついて始まったオトリ捜査だが、実はリリエンタール伯爵が気がつき、ノコノコと屋敷にやって来た俺を殺すように、魔法使いに命じるかもしれない。

だから俺は、屋敷に入ってからずっと『魔法障壁』を張っていたのだ。

「この屋敷に入ってからずっと『魔法障壁』をだと!  魔力が保つはずがない!」

「俺は保つのさ」

魔力量の多さでは俺は導師以上だから、リリエンタール伯爵の隠し玉である魔法使いの魔法を弾くことに成功した。

それと、やはり俺の予想は当たっていたな。

見えない魔法使いは子供だった。

もし大人の魔法使いだったら、リリエンタール伯爵の命令なんて聞くわけがないからだ。

子供だからこそ素直にリリエンタール伯爵の命令に従い、自分の目の前で魔法を弾いた俺を驚きの表情で見つめているのだから。

「(しかし、とんでもない天才魔法使いがいたものだ)」

すでに魔力量は上級であり、標的に感づかれることなく魔法で狙撃してしまうのだから。

「(リリエンタール伯爵の奴! この子を暗殺者に育てあげて、政敵でも殺させるつもりだったのか?)この子は、バウマイスター辺境伯家で預かる!」

この子の魔法は危険すぎる。

下手に野に放った結果、変な大人に利用されて人を暗殺しかねないからだ。

「(なにより、俺だってずっと『魔法障壁』を張っていられないからな)」

俺には敵が多いから……好きで増やしたわけではないけど、勝手に増えてしまった……そんな連中にこの子が囲われるのを阻止しないと。

「(俺の安全のために!)君の名は?」

「……ケントです」

その子の肌の色は透き通るように白く、顔立がとても整っており、女の子と言われても疑う人はいないだろう。

いわゆるショタっ子で、年上の女性にとてもモテそうだ。

「ごめんなさい、僕、お館様の命令で貴族様と桃色カバさんを魔法で狙撃してしまいました……グスッ」

ケントは、やはり女の子と間違えられそうな可愛らしい声で俺たちに謝った。

その声を聞いてしまうと、なぜか彼を罰したくなくなってしまう。

とにかくどんな事情があるのかはこれから聞くけど、相手は子供だ。

それに将来は優秀な魔法使いになることが確実なので、俺はケントを罪に問わせないことにした。

そのために、もう改易が確実視されているリリエンタール元伯爵から彼を取り上げ、バウマイスター辺境伯家で責任持って養育しなければならない。

「ケント、君の魔法使いとしての才能は大したものだが、まだまだ甘いな」

「貴族様に、魔法を弾かれてしまいました」

「俺の名はバウマイスター辺境伯だ。ケントはこれから、バウマイスター辺境伯領で暮らし、しっかりと魔法を学ぶんだ」

「僕が、憧れのバウマイスター辺境伯様に魔法を……はい!」

「(俺に憧れていた? ……悪い気がしないな)おほん! いい魔法使いになってくれよ」

「バウマイスター辺境伯! その子はワシの!」

「これから密猟の罪で牢屋に入るあなたに、ケントの面倒は見られないでしょうが!」

とにかくだ。

ケントほどの才能の持ち主を、リリエンタール伯爵のような悪党に任せられない。

ここは、バウマイスター辺境伯家で預かってしっかりと教育しないと。

「このワシが、リリエンタール伯爵が牢屋だと!?」

「当たり前でしょう。あなたは桃色カバさん密猟の黒幕なんだから」

「真の貴族たるこのワシが牢屋だと? あり得ん!」

リリエンタール伯爵だけじゃないけど、自分が特別だと思っている貴族って多いよな。

これだけのことをしておいて、自分が罪に問われるのはおかしいと言い出すのだから。

「桃色カバさんの卵の殻は、子を成せない多くの貴族たちの希望なのである! それを密猟で減らすとは言語道断!」

「ひぇーーー!」

導師に怒鳴られ、リリエンタール伯爵は情けない悲鳴をあげた。

「……導師様、ごめんなさい。グスッ」

「……次から気をつければいいのである!」

ケントが涙目で導師にも謝るが、やはり可愛いは正義らしく、導師は彼を全然責めなかった。

「リリエンタール伯爵、王城までご同道願おう。申し開きは、陛下の前でするのだな」

「……」

リリエンタール伯爵は、ワーレンさんによって王城まで連行されていった。

桃色カバさん四頭を密猟させただけで改易……。

罰金刑でもよさそうなのに。

貴族と王族の子孫繁栄の邪魔をしたから当然……現代日本では理解しがたい話だけど。

「いくら希少とはいえ、魔物の密猟ですべてを失うなんて……」

「桃色カバさんを管理、保護し、卵の殻から作られる精力剤をどの貴族に配るのか。王国がコントロールすることで、貴族たちの統制に利用しているのである! そこに手を出せば、たとえリリエンタール伯爵家でも終わりである!」

「恨み重なるリリエンタール伯爵家が、こんなことでなくなるなんて複雑な心境ですわ」

カタリーナがお芝居で、俺の性的不能を一刻も早く治したいと言い、そんな彼女にリリエンタール伯爵が声をかけたのは偶然だ。

だって彼が声をかけてくるまで、俺たちは黒幕の正体がリリエンタール伯爵だなんて想像すらしていなかったのだから。

カタリーナは自分のお芝居で仇敵を改易に追い込むことに成功したが、リリエンタール伯爵家の呆気ない終焉に複雑な思いを抱いているようだ。

「リリエンタール伯爵、もう少し慎重だと思っていたけど……」

「彼は本来、リリエンタール伯爵家の家督を継げる立場になかったのである!」

「前当主である甥の急死と、彼の子供たちが幼くて家職をこなせないから、急遽彼が継いだんでしたっけ?」

「代理世襲の一種なので、先代当主の子供たちが家職をこなせるようになったら、家督を戻すんでしたっけ?」

「ゆえに、リリエンタール伯爵は焦ったのである!」

彼は甥の子供ではなく、自分の子供か孫にリリエンタール伯爵家の家督を継がせたかった。

ある種の下剋上を狙っていたからこそ、手柄にどん欲だったわけだ。

「だからそれが叶えられるように、なにか手柄が欲しかった、と?」

「バウマイスター辺境伯の想像どおりである!」

その焦りが、普段の慎重さを失わせたのか……。

「なんとも、教訓に満ち溢れたお話ですね。焦って改易されてしまったら世話ないけど」

「それは言えてるのである! 」

無事というのも変だが、俺が性的不能になったという偽情報まで流したおかげで、桃色カバさん密猟の黒幕だったリリエンタール伯爵は捕まり、これで保護区の監視をしなくて済むのでよかった。

さて、そろそろ自分の屋敷に帰ろうかと思っていたら、導師がとんでもないことを言い出した。

「バウマイスター辺境伯、この桃色カバさんの肉や内臓は美味しいのであろうか?」

「いやいやいや、食べちゃダメでしょ」

だってこれは、リリエンタール伯爵による密猟の大切な証拠なのだから。

「どうせ捨てるだけである!」

「えっ? 桃色カバさんの肉と内臓なのに?」

「卵の殻以上の精力剤なのに、王国は保管もしないで捨てるのか?」

「こういうのって、普通取っておきませんか?」

そういえばカタリーナが、地下室の床に並べられた桃色カバさんの死体が放置されていることに疑問を感じていた。

俺も同じことを考えており、『早く魔法の袋に入れないと悪くなってしまうのでは?』と思っていたのだ。

「導師、桃色カバさんの肉と内臓は、卵の殻から作った精力剤以上の効果があるのでは?」

「実は、それは気のせいである! 実際にはなんの効果もないのである!」

「それって本当なのですか?」

「昔にちゃんと調べた人がいるのである!」

導師によると、確かに桃色カバさんは数千年を生きる魔物だが、過去に寿命で死んだ個体がいなかったわけでもないらしい。

「当然、その死体の肉や内臓を試食した人はいたのである! 当初は精力増強効果が高いとされていたのであるが……」

「あるが、なんです?」

「効果がないと言う人も多く、昔の学者が分析したところ、ただの魔物の肉であると!」

「なんとなくわかってきました」

つまり、桃色カバさんの肉と内臓に卵の殻を使った精力剤以上の効果があると、プラシーボ効果で思い込んでしまった人がいたのか。

そしてそんな人たちが、殊更桃色カバさんの肉と内臓の精力増強効果を信じ、多くの記録に残すようになった。

嘘も続けば真実だと思う人も増えてしまう。

「当然それに疑問を持つ人もいたのであるが、実際に効果があったので事実を覆せず。その結果、桃色カバさんの肉と内臓の効能が一人歩きをする羽目になったのである!」

「それは知りませんでした」

「滅多に手に入らないゆえ、余計に噂が一人歩きしたのであろう」

こうして、桃色カバさんの肉と内臓の嘘の効能が広がったわけか。

「それでも、希少な魔物の肉や内臓なので価値があるのでは?」

「そう思うのなら、バウマイスター辺境伯が貰えばいいのである!」

「……つまり、これが褒美なんですね……」

「そうとも言うのである!」

今回の桃色カバさんの密猟騒動。

王国としても、他の保護区を見張っていた魔法使いと冒険者たちへの褒美を優先しなければならないので、俺は後回しというか、密猟された四体の桃色カバさんで我慢してくれってことか。

「なお、売るのは禁止である!」

「密猟が増えるかもしれませんからね」

桃色カバさんの肉と内臓に精力剤としての効果はないが、俺が下手に市場に流すと、プラシーボ効果で効果抜群だと騒ぐ人たちが一定数出てしまう。

そうなると、いくらお金を積んでも欲しい人たちが現れるわけで、だから俺たちだけで消費しなければいけないわけだ。

「で、桃色カバさんの肉って美味しいんですか?」

「普通に美味しいと聞いたのである!」

「じゃあ、ありがたくいただきます」

カバの肉なんて初めてだけど、地球のカバとは味に大きな差がありそうだし、まあいいか。

このあと、せっかくの褒美なので家族で桃色カバさん料理を作って食べきってしまったけど、確かに普通に美味しいお肉だった。

エルやローデリヒに別の魔物の肉だといって食べさせたら、精力剤としての効果は微塵もなく、人間の思い込みって凄いんだなって思った瞬間だった。

「へへぇ、ケントはバウマイスター辺境伯様のお屋敷に通わせますので」

「そうしてくれ。それと、ヘッケナー卿とは話をつけた。貴殿はバウルブルクに居を移すように。仕事も用意してある」

「ありがたき幸せ」

ところで、リリエンタール伯爵が秘蔵していた、天才ショタ魔法使いであるケントだけど、彼はリリエンタール伯爵家の寄子であるヘッケナー騎士爵家の領地に住む領民の子供で、ヘッケナー卿が寄親であるリリエンタール伯爵に差し出したようだ。

リリエンタール伯爵が失脚した今、ヘッケナー卿にケントを差し出せと命じたら、彼は呆気なく応じてくれた。

いつもなら気が引けるのだけど、ケントの扱いを間違うと大変なことになるので、ちょっと強引にやらせてもらった。

その代わり、領内の開発資金を提供したりして帳尻は合わせたのだけど。

ケントの両親は本当に普通の平民といった感じなので、バウルブルクでの仕事と家を与え転居させた。

ケントを屋敷に通わせるためだけど、ヘッケナー騎士爵領よりも発展しているバウマイスター辺境伯領での生活と新築の家、新しい仕事で収入も上がって満足しているようでよかった。

「お師匠様、ザゼンというのは心が落ち着きますね」

「毎日続けるんだぞ。魔力が練れるようになったら、狙撃以外の魔法も教えてやろう」

「僕もお師匠様のように、色々な魔法を覚えたいです」

「ケントならできる」

屋敷に通うようになったケントは魔法の他にも勉学や武芸なども習いつつ、空いた時間にフリードリヒたちの遊び相手をするようになった。

ケントは心根もいい子であり、俺の魔法の弟子にもしたので、将来はバウマイスター辺境伯家の家臣にしよう。

「ヴェル、、随分とケントを気に入ったんだな」

「ケントは将来優れた魔法使いになる。彼を囲っておくことは重要だぞ」

「……それは貴族として正しいと思うんだが……」

「どうかしたのか? エル」

「いやそれがさぁ……。バウルブルクでおかしな噂が流れているぞ」

「噂? それはどんな噂だ?」

「お前がリリエンタール伯爵による桃色カバさん密猟事件を解決した褒美にその肉と内臓を貰い、それを食べた結果、好色になってまた幼女を妻にしようとしているって」

「……ケントは男の子だ! それに彼は、師匠から続く、正統な魔法使いの後継者にする予定なんだ! おかしな噂を流すな!」

「俺が流したんじゃないし、ここで強く否定して怒ると、領民たちが本当だと思ってしまうぞ。人の噂も七十五日だって」

「……」

桃色カバさんの肉と内臓に精力増強の効果なんてないのに、それを貰った俺に子供が多いばかりに、結局桃色カバさんの肉と内臓は優れた精力剤だという噂を払拭することができなかった。

それと、ケントは男の子で俺の魔法の弟子なんだ!

勝手に婚約者にするな!

それと密猟された桃色カバさんだけど、単体生殖が可能なのですぐに生息数が元に戻ってしまった。

ここまで苦労して、こいつを保護する意味ってあるのかな?