第64話 陪臣交流会
第64話 陪臣交流会
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「へえ、家臣同士の懇親会なんてあるんだ」
「らしいよ。で、わかると思うけど……」
「参加は任意ということになってるけど、ほぼ強制であると?」
「大貴族ってのは、なにかあってもいけない当主同士では会わないだろう? ブライヒレーダー辺境伯とかは別として。まずは家臣同士が会って首脳会議の下準備をしたりするから、他の貴族の家臣たちの知り合いが多いに越したことはないって、ローデリヒが言ってた」
「確かに俺も、バウマイスター辺境伯家の家臣として人脈を広げた方がいいよなぁ」
「そういうことで、さらに今回はブライヒブルクで開催されるから、エルも参加しやすいだろう?」
「そうだな。じゃあ参加してみるかな」
思えば遠くに来たものだ。
俺がバウマイスター辺境伯家の重臣となり、貴族の重臣たちが多数参加する懇親会に参加するのだから。
ヴェルの言うとおり、俺もこれからはバウマイスター辺境伯家の重臣として仕事が増える。
対外的な仕事もあるだろうから、他の貴族の重臣たちと知り合いになっておいた方がいいに決まっている。
ヴェルの、これも仕事だという言い分は間違っていない。
そんなわけで俺は、仕事扱いでブライヒブルクへと向かった。
こういう時、ヴェルの『瞬間移動』は楽チンでいいな。
「エルヴィン君、久しぶりですね」
「お久しぶりです。ブライヒレーダー辺境伯様」
「今日は重臣同士の集まりですので、貴族である私は会場に入りませんが、楽しくやってください」
「このような席を設けていただき、ありがとうございます」
「人脈を広げるのも、貴族の重臣にとっては大切な仕事ですから。中級、下級家臣との大きな差です」
重臣でないと、対外的な交渉なんて任されないものな。
招待状に書かれた会場は、ブライヒレーダー辺境伯邸の中にある大ホール内だった。
南部貴族たちの主だった家臣と、一部東部、西部に領地がある貴族の重臣たちが参加しているようだ。
受付でネームプレートを渡されたので、胸につける。
このネームプレートって、実はヴェルの発明だったりする。
『誰だかわからない人に話しかけられると、人の名前と顔を覚えるのが苦手な俺は困る! 前に会ったことがあっても、何年前に一度だけ挨拶しただけの人なんて思い出せないし。それを向こうに知られたら失礼だし、バウマイスター辺境伯家のパーティーではネームプレート必須だ!』
と、人の名前と顔を覚えられないことでは定評のあるヴェルが強引に導入し。それを知った一部の貴族たちが、『そんなものがなくても、貴族とは一度会った人の顔と名前を忘れないものだ!』と騒いでいたけど、大半の貴族もヴェルと同じような悩みを抱えていたらしい。
パーティーで挨拶をした、過去に会ったことがある人の名前を思い出せず、思い出せるように探りながら会話をするのが面倒だし、結局思い出せないと失礼にあたる。
それならネームプレートを導入した方がいいと、今では多くの貴族がパーティーなどで導入しているそうだ。
意地でも導入しない貴族も一定数いて、ヴェルは、『彼らは、なにも変えないことに喜びを見出してるから』と辛辣な評価をくだしていたけど。
「(……なんか俺って、えらく注目されてないか?)」
会場に入った俺に視線が集まるのは、俺がヴェルの家臣だからなんだろうな。
なんてったって、ヴェルは究極の立身出世を果たした人物で、今ヘルムート王国で一番有名な貴族なのだから。
「(とはいえ、なんか居づらいなぁ……)」
出された食事と酒はかなり豪華だけど、普段食べているものの方が美味いはず。
なぜなら、ヴェルは食べ物の拘りが強いからだ。
「(少しつまんで、空腹じゃなくなればいいか)」
注目されているけど誰かに話しかけられることもなく、かといって食事に集中できそうにないのは、俺の舌が肥えた証拠かもしれない。
「よう、エルヴィンじゃないか! 久しぶり」
「あれ? ハンソンか?」
「そうだよ、ハンソンだよ」
「懐かしいな!」
ハンソンとは、冒険者予備校を卒業して以来か。
彼は小領主混合領域にあるフク男爵家重臣の息子だが、四男で家督継承の可能性がほぼゼロだったため、ブライヒブルクの冒険者予備校に通っていた。
俺と彼は、校内でそれなりに話をする仲で、そんな事情を聞いていたのだ。
「エルヴィンは、バウマイスター辺境伯家一の重臣として活躍しているって評判だぜ。凄いよな」
「たまたま冒険者予備校で、お館様の隣の席だっただけさ」
「エルヴィンの剣の腕前は凄かったからなぁ。偶然だけじゃないさ」
「だといいけど。ところでハンソンは……」
陪臣の四男で家を継げず、冒険者として生きていたはずのハンソンが、どうしてこの集まりに顔を出しているのか?
俺はそれが知りたかった。
「それが、冗談みたいな話でなぁ……」
ハンソンが、自分がここにいる理由を話し始める。
冒険者予備校を卒業し、在学中にパーティを組んだ元同級生たちと一緒に冒険者として活動していたが、ある日自分の下宿先に、実家に仕えている執事が血相を変えて飛び込んできたという。
「『ハンソン様! リード家の当主になってください!』ってな。俺は、『こいつはいきなりなにを言うんだ?』って思ったよ」
ハンソンが詳しい事情を執事に問うと、執事はとんでもないことを話し始めたという。
「フク男爵領内で洪水があって、増水した川に父と一番上の兄が視察に行ったら、足元が崩れて川に落ちてしまったんだ」
その結果、当主である父親と跡継ぎの長男は溺死してしまった。
「そんな不幸は、たまにはあるのかもしれない。だが、リード家にはまだ二人の兄たちがいて、俺に出番なんてない……はずだった」
こうして、フク男爵家重臣リード家当主は次男に移った。
「だが二番目の兄は体が弱くてな。それが原因で本人は当主になりたくなかったんだが、次男を差し置いて三男が跡を継ぐのは秩序を乱すって話になってな。二番目の兄は仕方なしに引き受けた」
ちなみにハンソンも父と兄の葬儀に出席していて、その話を本人たちから直に聞いたそうだ。
「三番目の兄が仕事を手伝うってことで、二番目の兄も渋々引き受けたんだが、父と一番上の兄が仕事の引き継ぎもせずに亡くなったから、激務に晒されたのがよくなかったんだろうな」
体が丈夫ではなかった二番目の兄はそれからすぐに倒れてしまい、なんと亡くなってしまったそうだ
「俺は、父と一番上の兄が亡くなって一ヵ月ほどで、また葬儀に出席する羽目になってな。パーティメンバーには悪いことをしたよ」
パーティメンバーが一人欠けると、稼ぎに大きな影響が出るからな。
とはいえ、兄の葬儀に参加しないわけにいかないし、メンバーも『家族が死んだくらいで休むなよ!』なんて言えないのだから。
ただ、亡くなった二番目の兄を補佐していた三番目の兄は体が頑丈で、一緒に当主としての仕事をしていたので、家督継承はスムーズだったそうだ。
「俺も安心して、冒険者の仕事に戻ったんだけどな。まさか、あんなことがあるなんて……」
ハンソンの元に執事が駆け込んできたのは、なんと新当主になって一ヵ月も経たず、三男が亡くなったからだそうだ。
「ええと、急病でか?」
「違う。(あまり大きな声では話せないんだが……)」
急に小声になるハンソン。
彼の三番目の兄は、かなりどうでもいい理由で別の重臣家の次男に恨まれていたらしい。
「(三番目の兄も、大人なんだから素直に謝ればよかったんだが、当主になってしまったからなぁ……)」
同じ重臣家とはいえ、当主である自分が次男如きに謝るのは沽券に関わると思い、そのままにしてしまったらしい。
「(しかもそれを本人に言ってしまってな……。だからその次男が激昂して……)」
ハンソンの三番目の兄は、なんと別の重臣家の次男に刺されて死んでしまったそうだ。
確かにこれは、他の人に話せないよなぁ。
というか、よく俺に話してくれたな。
「その結果、俺に当主の座が回ってきたんだ」
「そんなこと、あるんだな」
「それがあったんだよ。俺が一番驚いた。人生なにがあるかわからん。ただ、俺は冒険者稼業が気に入っていてな。最初は断ろうと思ったんだ。一番上の兄に娘がいるから、その子に婿を迎えればどうかって。だがまだ赤ん坊だから、その提案は却下されてしまったけどな」
もし一番上の兄の子が男子なら、その可能性もあったかも……。
いや、重臣であるリード家がまともに機能しなくなると、ハンソンの三番目の兄を刺し殺した次男がいる重臣家の立場がなくなってしまう。
ハンソンの家督継承を支持したであろうことは容易に想像できた。
「(結局、兄を刺した次男は王都の教会に送られて、死ぬまで信仰の日々を送ることになった。俺なら処刑された方がマシだって思えるな)」
重臣家次男の殺人を表沙汰にはできず、だが無罪放免というわけにもいかず、代わりに教会送りにされたのか。
一生教会で下働きの日々で、贅沢も結婚もできないから、死ぬまで牢屋に閉じ込められることになったのに等しい。
そんな事情でハンソンがリード家の当主となり、若くして大変な日々を送っているというわけか。
「冒険者の方が気楽で稼げたのにな。貴族の重臣といっても、責任ばかり重たくて……」
誰も話しかけてくれないので、ついハンソンと話し込んでしまった。
あらためて周囲を見渡すと、若い陪臣家当主なんて少ない。
たまにいても、ハンソンのように若くして前当主が急死した時だけだ。
「(俺は初代でしかも若い。家臣の世界でも、成り上がり者は敬遠されるのか……)」
実際、俺に話しかけてくれたのは、知り合いだったハンソンだけだしな。
「数は少ないが、若い当主もいるな」
普通、そんなに簡単に当主は急死しないので、このパーティーの参加者は中年~年配者が大半であった。
「年が近いから仲良くなれる、ってこともないから気を付けた方がいいぞ」
「そうなのか……」
ハンソンが言うから、嘘ではないんだろうな。
そんな風に考えていたら、数名の若い家臣家当主たちが、俺たちに話しかけてきた。
「おやおや、成り上がり者と兄殺しが仲よさそうですな」
「元は同じ野蛮な冒険者だと聞くから、似た者同士気が合うんだろう。あっ、バウマイスター辺境伯家重臣にしてバウマイスター辺境伯様のお友達であるエルヴィン殿は、今も魔物の領域で汗を流していたんでしたっけ?」
「だから汗と土の臭いが……。人間は、なかなか子供の頃からの生活習慣をやめられませんか」
「エルヴィン殿は、田舎の生まれですからねぇ」
「……」
なるほど。
前にヴェルが言っていたとおりだな。
大貴族の重臣の中には、鼻持ちならない奴が一定数存在するって。
こいつらの場合、親が急死したせいで、ちゃんと教育を受けないまま重臣になってしまったのだと思われる。
そうでなければ、陰口でなく本人に直接そんなことは言わないだろう。
「(そして、貴族の重臣であるプライドか……)」
代々続く大貴族の重臣ともなれば、下手な零細騎士よりも裕福な人が多かったし、家の歴史も長い。
だからなのか、準男爵や騎士爵、新参の陪臣を下に見る人が多かった。
「(なんだかなぁ……)」
貴族の家臣に知己を作れとヴェルから言われたけど、こうも見下されるとなぁ……。
結局パーティーを通じて多くの知り合いを作ることはできず、ハンソンと再会できたことが唯一の収穫かな。
「ふう……。なんか疲れたなぁ」
「俺もだよ」
パーティーは終わったけど、まだ帰りの魔導飛行船まで時間があるので、俺とハンソンはブライヒブルクにある喫茶店で時間を潰していた。
酒は飲む気にはなれず、冷めたマテ茶にはほんとど手をつけずに、二人でパーティーの愚痴ばかり溢している。
「人脈ってもなぁ……」
陪臣の世界も貴族と変わらない……いや、中途半端な分、貴族よりも面倒かも。
平民から見れば陪臣も貴族みたいなものだけど、実際は両者の間には大きな壁がある。
陪臣の娘が貴族に正妻として嫁げるなんて事例、ほぼあり得ず。
逆に貴族の娘が陪臣に嫁ぐ時には必ず正妻にしなければならず、貴族の娘は降嫁したなどと言われる。
そのくらい貴族と陪臣には大きな身分差がある。
そんな事情もあって、陪臣の中には拗らせている人も少なくない。
仕えている貴族の爵位や、自分の家の歴史の長さ、代官として預かっている村の数などを誇り、新参者をバカにして見下す。
ヴェルが言うところの、面倒臭い連中なのだ。
特に俺は、たまたまヴェルの友達になったから重臣になれた成り上がり者なのだから。
ハンソンは、兄たちに不幸が続いたばかりに自分に出番が回ってきてしまった。
縁起が悪いと、避けられたとしても不思議ではないな。
家が古い貴族や陪臣ほど、縁起を気にする人が多いから。
「ツテはできなかったな」
「それでもエルヴィンは、あのバウマイスター辺境伯家の重臣だからなんとかなりそうでいいな。俺はダメだ」
ハンソンが仕えるフク男爵家は、小領主混合領域内にある平凡な貴族でしかない。
このところヘルムート王国の経済が発展しているので、どうにかその波に乗るためハンソンは知己を増やそうとした。
だが、残念ながらこの様なので大分落ち込んでいたけど。
まさか自分が家を継いだ経緯のせいで、他家の陪臣たちから嫌われるとは思わなかったのだろう。
それも、特にハンソンに悪いところがあったわけではなく、ただ縁起が悪いという理由でだ。
「そう落ち込むなって。俺とツテができたじゃないか」
俺は……ほぼ成果はなかったけど、事情を話せばヴェルは納得してくれるだろうから問題ない。
ヴェル本人ですら、いまだに家柄自慢の貴族たちに嫌みを言われることもあって、半ば諦めの境地にいるからだ。
「そうだな。バウマイスター辺境伯様の重臣であるエルヴィンとのツテができたんだ。成果はあったよな」
その後、魔導飛行船の時間になったので俺たちはそれぞれ家路についた。
今回は駄目だったけど、ブライヒレーダー辺境伯様やローデリヒさん曰く、人脈ってのは一生かけて完成させるものだから、これからもこの手のパーティーに参加しないとな。
次は、嫌な奴らがゼロならいいな、とまでは思わないけど、一人でも少ないことを祈るよ。
「うーーーん、ローデリヒ。どこがいいかな?」
「そうですなぁ。この辺に港を作るのが、もっとも効率的でしょう」
親睦パーティーが終わってから三日後。
ヴェルとローデリヒさんが書斎で地図を広げながら、なにやら相談をしていた。
俺は武官にして護衛なので、意見を求められなければ静かに立っているだけだけど。
「小領主混合領域全体に、中、小型魔導飛行船航路網を広げるのはいいけど、問題は港の建設許可だよなぁ」
「想像以上に反発されていますからね。ずっとその領地で暮らしてきた人たちは、とにかく変化を嫌いますから」
閉鎖的な領地に、魔導飛行船の港ができる。
嬉しく感じる人ばかりでなく、変化は悪だと感じる人たち……主に老人から反対される。
さらに、反対する老人たちはその領地で力を持つ人たちが多いから、なかなか話が進まないわけだ。
貴族が強行すればいいのだけど、それをして領民たちが反抗するくらいならいいけど、反乱でも起こされたら堪らない。
そんな理由で、計画がストップしたままの場所が多かった。
しかもそういう領地に限って、『領地に若い人が増えてくれないかなぁ』などと、都合のいいことを言ったりする。
「地形的にも、場所的にもここが最適ですな。ですが、フク男爵家とのツテがありません」
「ブライヒレーダー辺境伯に相談すべきか……」
「フク男爵の家臣なら知ってるけど、これってツテになるかな?」
まさか、魔導飛行船の港を作る候補地が、ハンソンが仕えているフク男爵家の領地だったなんて。
あいつも苦労しているようだから、できるなら俺も手を貸してあげようと思ってヴェルに聞いてみた。
「おおっ! 早速先日のパーティーが役に立ったようだな」
「正直なところ、そのパーティーでは俺も家柄が古い陪臣たちにバカにされて終わっただけなんだけど。実は……」
俺は、兄たちの相次ぐ急死で急遽フク男爵家の家臣になってしまった、冒険者予備校時代の同級生、ハンソンについて話をする。
「ハンソン……。うっすらと記憶がある。しかしまぁ、凄い偶然だな。四男が跡継ぎになるなんて滅多にないぞ」
「その分、苦労しているらしいけど。彼に話を通してもらったらどうだ?」
「最有力候補地だから、フク男爵領に決まるに越したとこはない。じゃあハンソンに頼んでみるか。エル、連絡を頼む」
というわけで、トントン拍子に話が進み、俺がハンソンにこの話を持っていくと、当主であるフク男爵が即決してくれたので、フク男爵領に港を作ることが決まった。
「エルヴィン、すまない」
「気にするなって。どうせ最初から、フク男爵領が最有力候補だっただけのことさ」
「港があれば、フク男爵領はこの地域の交通と流通の要になれる。お館様も喜ばれるだろう」
「問題は身内の反対者なんだけど、その問題はクリアできるのか?」
「大丈夫だ。確かに領内に港ができると、余所者が入ってくるから嫌だ、なんて言っている年寄りたちはいる。だが、彼らの言うことを素直に聞いたはいいが、彼らが死ねば領地はさらに寂れてしまうだろう。お館様も話を聞くフリをしているだけだ。まあ、それに……」
「それに?」
「もしそれが決まっても、彼らには力づくでそれを妨害する度胸もないのだから。せいぜい、俺やお館様がいない場所で『静かだった領地が騒がしくなってしまう』、『よそ者が騒ぎが起こさなければいいが……』などと愚痴るのが精々なのさ」
「だろうな」
アルニム騎士爵領の年寄り連中も、そんな感じだったからなぁ。
変化を嫌うくせに、いざ若い人が領地からいなくなると大騒ぎするのだ。
そんなわけで、無事にフク男爵領で港の工事が始まった。
いつものようにヴェルが魔法でちゃちゃっと工事したので港はすぐに完成し、プライヒブルクから港のある小領主混合領域を巡る中、小型魔導飛行船の定期便の航行ルートが広がった。
港のある領地には、周辺の領地から交易用の産物が集まり、それを買いに来る商人や、魔導飛行船があるので故郷に帰省をする人たちも増え、領内にお金が落ちて豊かになっていく。
稼げる仕事があれば、故郷から離れずに地元で暮らせる若者が増え、子供も生まれる。
港のおかげで、フク男爵領は経済の好循環に入りつつあった。
「ただ、問題がないわけではないけど」
「問題?」
「ああ、この前のパーティーで俺たちをバカにしてきた若い陪臣たち。その中に、隣にあるルート子爵家の家臣がいたんだよ。彼は……」
「おい! 兄殺し! どんなズルをして港を領内に作ってもらったんだ? 港は爵位が高いルート子爵領に作るべきなんだ! 今から辞退しろ!」
突然ハンソンを怒鳴りつけた若い男の顔に、俺は見覚えがあった。
俺たちのことを成り上り者だとバカにしていた、陪臣たちの中の一人だ。
彼の言い分では、フク男爵領内に港が作られること自体がおかしいらしい。
ハンソンが呆れているが、今さらそんなことを言われてもなぁ……。
「元々、フク男爵領が最有力候補だからだろう」
「なんだ? お前は……。成り上り者のエルヴィン! そうか! お前がバウマイスター辺境伯様を唆したのだな!」
どうしてそんな結論に至るのか?
ヴェルが前に言っていたけど、確かにバカにつける薬はないよなぁ。
「エルヴィン、今からバウマイスター辺境伯様に言って、港の場所を隣のルート子爵領に変更してもらうんだ!」
「無理に決まってるじゃないか」
こいつ、頭がおかしいのか?
そもそも、最終的にフク男爵領内に港が作ることを決めたのはヴェルだってのに。
「(お話にならんな)」
「(無視だ無視)」
なにより、俺とハンソンをあれだけバカにしておいて、どうしてお前の言うことをなんて聞かなきゃならないんだ。
もし港の造り直しをヴェルに進言したら、絶対に怒るに決まってるだろうが。
無駄な仕事が増えるって。
「フク男爵領に港を作ったら、この地域の人と物の流れがよくなって大成功だ。これをやり直すなんて無駄じゃないか」
「ルート子爵領に港があった方が、もっとこの地域は発展するはずだ! だから!」
「無理だって」
こいつ、えらくしつこいなと思っていたら、フク男爵と共にヴェルがこちらに歩いて来た。
今日はヴェルがフク男爵に挨拶をしに来た、俺も付き添いでここに来ていたのだ。
「あなたは、バウマイスター辺境伯様でしょうか?」
「そうだけど、あなたはフク男爵家の家臣かな?」
「いえ、彼は隣にあるルート子爵家の家臣です」
本人の代わりに、フク男爵が教えてくれた。
その顔には、『こんな奴、私の家臣じゃない』と書いてある。
普段からこいつは、主人の威光を嵩に着て威張っているから嫌われているのだろう。
自分が子爵ってわけでもないのに、どうしようもない奴だな。
「今日は視察でここに?」
奴のバカさと性格の悪さを知らないヴェルは、港ができて人と物の流れが活発になったフク男爵領の視察に、奴が来たと思ったらしい。
そのまま勘違いしてくれた方が、今後面倒にならなくていいと思ったのだけど、奴は俺の想像以上にバカだった。
「バウマイスター辺境伯様、今からでも遅くありません。港をルート子爵領に移すべきです」
「せっかく港を作ったのに? それにはなにか理由があるのか?」
「はい! いいですか? 貧しい騎士の八男であったあなたにはわからないかもしれませんが、このようなケースではこの地域で一番爵位が高く、領地も広いルート子爵領に港を作るべきなのです」
「……ふーーん」
あっ、あきらかにヴェルの機嫌が悪くなった。
隣にいるフク男爵も、『処置ナシ!』って表情を浮かべている。
そもそもお前、さっき俺たちにそんなことを言っていたか?
「ちゃんとルート子爵領も候補に入れていたけど、候補地は周辺に岩山が多くて整地が面倒だし、道を作るのが難しいって理由でやめたんだよ。ルート子爵家は、それを解決する方法があるのか?」
「勿論です!」
「それは、ルート子爵が人手なり予算を出してくれるってことか?」
「岩山の撤去や道の造成は、バウマイスター辺境伯様の魔法でやればいいんですよ。なあに、もののついでってやつです」
「……」
やはりバカだからか、笑顔でヴェルが全部魔法でやればいいと答える、上から目線のルート子爵家の家臣。
いや、そもそもそれはお前が言うことじゃないだろう。
どうして全部ヴェルが無償でやるって前提なんだよ。
「(こいつの家も古いらしいから、ヴェルのことを成り上り者だってバカにしているんだろうなぁ……)」
拗らせた陪臣って面倒だよな。
しかもこいつの場合、小領主混合領域に領地がある田舎子爵家の家臣でしかないってのに……。
根拠のない自信に満ち溢れていて、ある意味羨ましい限りだ。
「……貴重なご意見、ありがとうございます。エル、帰ろうか?」
内心ブチ切れているであろうヴェルは、これ以上奴と話したくなかったようで、フク男爵に挨拶をしてから、その場を立ち去った。
港に戻ると、二人で自家用の小型魔導飛行船に乗るが、その前にヴェルがフク男爵と小声でなにかを話していた。
「ヴェル、フク男爵になにを話していたんだ?」
「内緒」
俺とヴェルは、自家用の小型飛行船でバウルブルクに戻る。
そしてそれから一週間後、屋敷に見慣れない貴族と、あの上から目線だったルート子爵家の陪臣が姿を見せた。
「バウマイスター辺境伯殿! あまりに酷くありませんか?」
「えっ? あなたは誰ですか?」
ヴェルも本当はすぐに誰かわかっただろうけど、あいつを野放しにしている時点でその主人への評価も低く、塩対応でも仕方がないよな。
「私はルート子爵です! 魔導飛行船の港ですが、どうして我が領地ではなくフク男爵領内に建設したのです? さらに、どうしてルート子爵領の者たちだけ港の使用料が高いのですか?」
先週、ヴェルがフク男爵と話していた内容って、ルート子爵領の者たちだけ高額の港の使用料を取れって話だったんだ。
「どうしてって……。その理由は、あなたの後ろにいる家臣の方が知っていると思いますよ」
ルート子爵が後ろを振り向くと、ずっと上から目線だった家臣の顔が青ざめていた。
どうやらこの男。
自分の主人であるルート子爵が領地の外に出ないのをいいことに、彼の与り知らない領地の外で、上から目線の暴言を繰り返していたようだ。
ところが、奴の言動に腹を立てたヴェルが実力行使に出てしまった。
事情がよくわからないルート子爵は、もう直接ヴェルと会って事情を聞くしかなくなってしまったのだろう。
「俺は生まれが卑しい水呑み騎士の八男なので、そちらの人のイメージどおり阿漕な使用料を頂戴するよう、フク男爵にお勧めしたのです。フク男爵も、港の建設費のローンが残っていますからねぇ。致し方ないのでは?」
本当は、港の建設費なんて大した金額じゃない。
フク男爵がルート子爵領の者たちだけ港の使用料を高くしたのは、あくまでもヴェルからの要請……フク男爵は断れない立場にあるから命令みたいなものだ……で、同時にその原因がお前の家臣にあるんだと言い放つヴェル。
「俺は古の聖人じゃないので、嫌な奴にはそういう対応を取りますよ。確かに俺は、リーグ大山脈の向こうからやって来た田舎者ですけどね。そちらの家臣が、歴史と栄光あるルート子爵家でどのくらい重きをなしているのか、俺はわかりませんけど。あと、そんなにルート子爵家が凄いのなら、俺の魔法に頼らずに自力で港を作ればいいじゃないですか。どうやって魔導飛行船を呼び込むのかわかりませんけど……」
魔導飛行船の港なんて結局はただの平地なので、ルート子爵家が苦労して建設できたとしても、魔導飛行船の定期便を呼べなければ意味がない。
その辺はブライヒレーダー辺境伯家か、バウマイスター辺境伯家と相談する必要があるんだけど、ルート子爵家の家臣は理解していなかったんだろうなって。
自分たちが頼めばすぐ領内に港ができ、魔導飛行船の定期便もやってくると思っていた。
「そういうわけですので、栄光あるルート子爵家だけで頑張ってください」
「……ドクラテスぅーーー! お前は外でなにをやらかしたんだぁーーー!」
「お館様、相手は成り上がり者ですよ。今こそ、歴史あるルート子爵家の力で……」
「それが私にとっておべんちゃらに聞こえると思っているのか? お前はクビだぁーーー!」
「そっそんなぁーーー!」
ルート子爵が、今ドクラテスという名前だと判明した家臣に怒っているけど、あんたが領地の外に出るのが面倒だからって、全部そいつに任せるから悪いんだろうが。
とにかく、あと最低数年ペナルティーを続けることはブライヒレーダー辺境伯にも伝えてあるってヴェルが言ってたから、どうにもならないんじゃないか?
「バウマイスター辺境伯殿! これは家臣が勝手にやったことでして……」
「家臣の責任は、主人が取らないと駄目でしょ。ああ、ブライヒレーダー辺境伯に訴えても無駄ですよ。すでに根回し済みなので」
「なんてことだ……」
ルート子爵家はこれから大変そうだ。
あと、次に陪臣たちの集まりに参加したら、本当にクビになったようでドクラテスの姿ははなく、彼の末路が噂として広がったようで、俺やハンソンを成り上がり者だとバカにする、家柄自慢の陪臣たちもいなくなった。
それにしても、いい大人なんだから、最初からそんなことをしなければよかったのに……。