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第88話 バウマイスター辺境伯家直営醸造所

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第88話 バウマイスター辺境伯家直営醸造所

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「実に美味なのである! もっと飲むのである!」

「 無料 ( タダ ) 酒は最高だな」

「試飲だけのはずが、とんでもない量がなくなっていく……」

「旦那様。この醸造所ですが、お客様が導師様とブランターク様だけでしたら大赤字ですね」

「毎日は来ないから、黒字にするのはそう難しくないはず」

「この近くに住みたいくらいだよな」

「本当である!」

「他の人が試飲できなくなるので、来ないでください」

大量の酒を遠慮なく飲むオッサン二人に、俺とアーシャは唖然とするしかなかった。

魔法使いは、お酒を魔法で作れる。

人によっては一瞬で、長期間熟成したものと同じ状態にできるため、『魔法使い酒』の中にはプレミア価格がついているものもあった。

だがその生産量には限界があり、その土地の産業というよりも、その魔法使い個人の事業なので、その魔法使いが死ぬと二度と生産されなくなってしまう。

そのためお酒好きの間では、すでに亡くなった魔法使いが作った貴重で美味なお酒が高値で取引されており、物によってはとんでもないプレミア価格がついているとか。

とはいえ、それでは個人事業主の範疇を出ない。

バウマイスター辺境伯領の産業にはならないので、領内で世界一の穀倉地帯となりつつあるバウマイスター辺境伯領内で大量に生産した穀物を使う酒造りを推奨していた。

世の中が豊かになっていくと、この手の嗜好品の需要が増えるからだ。

大量生産した穀物をそのまま輸出すると、輸出先の農業を駄目にしてしまうリスクがあり、それは前世ならともかくこの世界では多くの貴族たちの恨みを買うことになる。

そこで、大量に作った穀物で畜産業と酒造りを推奨しているわけだ。

畜産業では肉や乳、卵の輸送が難しいので領内で消費するか、農業に不向きな土地で新たに畜産業を始めたい貴族向けに。

酒造業は、お酒のアルコール度数が高ければ長持ちするので輸出に最適というわけだ。

そんなわけで、バウルブルク郊外にバウマイスター辺境伯家経営の醸造所を作ったのだけど、それを聞きつけたブランタークさんと導師が遠慮することなく試飲を繰り返していた。

この醸造所では、希望者が有料で見学と試飲ができるようにする計画だからいいんだけど、もういい大人なのだから少しは遠慮した方がいいと思う。

「辺境伯様、この醸造所では色々な酒を作っているんだな」

「建前として、バウマイスター辺境伯家内で消費するお酒を作る醸造所ってことになってるので」

だから同じお酒を大量に作るのではなく、色々なお酒を作らせている。

俺はそんなにお酒に詳しいわけじゃないけど、前世の仕事で取り扱っていたので、その知識を参考に 杜氏 ( とうじ ) ……は日本酒を作る人か……引き抜いた職人たちに作らせていた。

「辺境伯様は酒をあまり飲まないから、主に贈答用か」

「あとは、見学者に限定販売ですね」

現代日本でも醸造所の見学ツアーが人気だったので、そういう感じでやらせようと計画している。

入場料を取って醸造所の見学と試飲ができるようにして、醸造所限定のお酒を販売すれば十分商売になるはずだ。

だから交通の便を考えて、バウルブルクの郊外に醸造所を作ったのだから。

「しかし、色々な酒があって次々と飲みたくなるな」

「ブドウのワインがないのが残念である!」

「バウマイスター辺境伯領が、ブドウの栽培に適していないんですよ」

その代わり、オレンジ、マンゴー、ベリーなどなど。

魔の森を含むバウマイスター辺境伯領で採れる様々な果物を使ったワインや、蒸留酒に漬け込んだ果実酒の製造がおこなわれ、試飲と試験販売もする予定だ。

あと、ザンス子爵領から輸入した世界樹の実で、ワインと果実酒を試作している。

世界樹の実には強い渋みがあるけど糖度自体は高いので、渋抜きをすると甘くて美味しくなるし、蒸留酒に漬けると美味しい果実酒になることがわかっていた。

そこで、猿酒以外のお酒を開発しているところだ。

「世界樹の実のワインは若すぎるのである! そしてブドウでない果物のワインは、酒精分が低いのである!」

「世界樹の実のワインは熟成が難しくて、今試行錯誤しています。他の果物は糖度が低いものも多く、その分酒精分も低くなってしまうんです。ですが味は悪くなくて、あまりお酒が強くない人には好評なんですよ。食前酒としての需要もありますから」

「アーシャ殿が、ここの責任者なのであるか」

「お袋さんが、猿酒造りの名人だからな」

「母は猿酒しか作れないですし、私も同じようなものなので、試行錯誤の連続です」

バウマイスター辺境伯家直営醸造所の責任者はアーシャであった。

彼女は子供の頃から猿酒を作る手伝いをしていたので、俺の妻たちの中では一番酒造りに詳しかったからだ。

リサは……大量に飲めるけど、別にお酒に詳しいわけではないので辞退していた。

酒造りの経験がある職人たちを雇っているし、別に儲けるためのものではない。

俺が知っているお酒の知識を教えて試しに作ってもらい、上手くいったら他の酒蔵や醸造所でも作ってもらう。

バウマイスター辺境伯領内の酒造業を発展させるための、醸造試験場的な役割もあったのだ。

「蒸留酒の種類が多いな」

ブランタークさんが、蒸留所内にいくつも並ぶポットスティル(単式蒸留器)を見つけたが、実はすべてゾヌターク共和国からエリー経由で輸入したものだ。

ゾヌターク共和国は人口減社会であり、現代日本と同じく年々市場規模が縮んでいく酒造業を盛り上げようと、定期的に地ビール、クラフトウィスキー、クラフトジンなどのブームが訪れては、そこに投資して倒産する業者が出るらしい。

その設備を、エリー経由で非常にお安く入手しているというわけだ。

「ゾヌターク共和国の酒は、高いけど美味いからな」

「某もたまに買うのである!」

これまでどうやっても売り上げの減少を防げなかったゾヌターク共和国の酒造メーカーであったが、リンガイア大陸へ積極的に輸出したところは売り上げが増えたらしい。

皮肉な話ではあるが、今度は人間への輸出で儲けようと新規醸造所の設立ブームが到来していると、ライラさんが教えてくれた。

その大半が失敗するだろうけど、中には大成功を収めるところも出てくるだろう。

それが事業というものだからだ。

「寒冷地で栽培される大麦、ライ麦は、領内の生産量が少ないのであまり作れませんけど、米、トウモロコシ、小麦の蒸留酒は、領内の他の醸造所でも盛んに作られていますよ」

大麦と小麦、ライ麦を麦芽化してから、ビール、ウィスキー、ウォッカなどを。

トウモロコシでバーボンを。

お米で日本酒は……バウマイスター辺境伯領は熱帯なので醸造に向かず、焼酎っぽいお酒を作ることが多かった。

あとは、バウマイスター辺境伯領ではサトウキビの栽培が盛んなので、当然ラム酒の生産も盛んであったが、南方にある醸造所でしか作られていない。

現地でサトウキビから砂糖を作り、その際に副産物として出た廃糖蜜でラム酒を作って一緒に運ぶことでコストを削減していた。

他にも雑穀を使ってお酒を作ってみたり、リキュールに添加するハーブ、野草の研究も進めており、ボチボチ商品になりそうなものも出てきていた。

「全部試飲するのである!」

「大丈夫か? 導師」

「大丈夫なのである!」

あの大酒飲みのブランタークさんの心配をよそに、導師は試作したお酒を全種類味見してしまった。

よく急性アルコール中毒にならないものだ。

「美味しい酒と、そうでもない酒もあるのである!」

「試作品が多いですし、あまり美味しくないお酒はこれから作り方を変えていく予定ですから」

試作品のお酒の中には、アーシャが合格点を出していないものも少なくない。

俺が大まかに作り方を教えても、そう簡単に作れるわけがないからだ。

それでもヒントがあるだけ有利なので、これから何度でも試作をする予定だ。

「酒の輸出は儲かるからな」

「ええ」

お酒というものは、穀物に余裕がないと作りにくい。

だから最初に、穀物の生産量を増やさないと大規模にできない。

これまで俺がハードスケジュールで、魔法を駆使して農地を広げ、用水路を整備した成果が今に繋がっているというわけだ。

「だけどそのまま人間が食べる穀物を輸出すると、輸出先の農業を潰してしまう。当然恨みを買うので」

「王国が手に入れたパルケニア草原、ブライヒレーダー辺境伯領の隣にあるエチャゴ平原と。共に穀物の生産量が増えているのである!」

今後かなりの量を畜産用に回すとしても、やはりバウマイスター辺境伯領がそのまま穀物を輸出すると、敵に回す人を増やしてしまう。

だから穀物をお酒に代えてから輸出することにしたのだ。

これなら利益率も高く、お酒を作るほど穀物生産量に余裕がない土地の人たちもお酒を飲むことができるのだから。

「酒は、穀物の生産量に余裕がないと作れないのである! パルケニア草原で栽培される穀物の量は増えているが、同時に王都の人口も増えているのである! 酒造りに回せる量は少ないままである!」

「エチャゴ平原も同じさ。こっちはようやくお館様と小領主混合領域の領主たちの話し合いが終わって農地を広げ始めたところだ。畜産も増やすらしいから、酒造りに使える穀物は少ない」

だから先んじて、バウマイスター辺境伯領で酒造業を育成しているというわけだ。

「辺境伯様は商魂逞しいねぇ」

「商人でも上手くやれたはずである!」

「旦那様、そういえば例のものが届いていますよ」

「本当? 場所が場所だから輸送に時間がかかると思ってたよ。早速味を見てみるか。アーシャ、行こう」

「はい」

「辺境伯様、なにか届いたのか?」

「ええ、昔なんとなしに作ってみたお酒が届いたんです」

「昔に作った酒であるか?」

「見ればわかりますよ」

醸造所の隣にある、お酒を貯蔵する新しい倉庫に移動すると、そこには古びた酒樽が大量に置いてあった。

「辺境伯様、これは?」

「その昔、俺がまだバウマイスター騎士爵家に住んでいた頃に、魔法で作ったお酒です」

魔法でお酒が作れると知った俺は、魔の森で手に入れた果実、花や樹木の蜜、ブライヒブルクで手に入れた穀物などでお酒を作りまくった。

その時は完成したお酒を魔法で作った素焼きの壺に入れ、魔法の袋に仕舞っておいたのだけど、お酒は熟成させないと駄目だと気がつき、あとで酒造りに使った古い木樽を大量に入手。

これに詰め替えてから、バウマイスター辺境伯領内で発見した岩山の洞窟を拡張し、そこに置いて保管しておいたものであった。

どうして洞窟に保管したのかというと、現代日本でも廃坑の通路にウィスキー樽を置いて熟成させている酒造メーカーがあったのを思い出したからだ。

「へえ、そんなことをしていたのか。樽に、『魔の森産マンゴー、王国歴〇〇〇〇年〇月樽詰め』って書いてある」

「バウマイスター辺境伯は几帳面である! 早速試飲をするのである!」

樽の封印を解いて熟成させたお酒をグラスに注ぐと、琥珀色の液体からマンゴーの芳醇な香りが周囲に漂った。

「木の樽の風味も加味されていて芳醇な味わいだな。随分と酒精分が高いな」

「素人が作ったんで、酒精分は高めにしておきました」

魔法で作るお酒は蒸留しなくてもアルコール度数を上げられるので、悪くならないようにアルコール度数を上げる魔法使いが多かった。

俺もそれを真似したわけだ。

「味がまろやかで、酒精分が高くても飲めてしまうのである」

俺も試飲してみるが、アルコールのトゲトゲした味はほとんど感じない。

初めて熟成させた割には上手くいったと思う。

「これはよくできていますね」

「プロにそう言ってもらえると嬉しいな」

うちで働いているブレンダーも太鼓判を押す美味しいお酒らしいが、これはたまたま偶然だろう。

「早速瓶詰して、当醸造所限定のお酒として売り出そうと思います」

「別にいいけど、売れるかな?」

魔法の修練で大量に作ったのはいいけど、俺はそんなにお酒を飲めない。

俺の作ったお酒が売れることでこの醸造所が盛り上がるのなら、いくらでもやってくれて構わない。

そんなことがあって、バウマイスター辺境伯家直営醸造所から、俺が魔法で作ったお酒『バウマイスターコレクション』が発売された。

「原料、詰めた樽の由来、熟成年数は必ず瓶に記載して、バージョンごとに少しずつ小出しにして販売してくれ。購入も、この醸造所に見学に来た人限定で、購入制限もつけるように」

「わかりました」

「こうすることで、運が良ければブランド化するんじゃないの?」

現代でもそうやってブランド化したお酒が高く売れていたので、駄目元で真似したのだが、それからしばらくして……。

「なんか、もの凄く見学者が増えてないか?」

関係者向けのプレオープンで、ブランタークさんと導師に大量のお酒を飲まれてしまったバウマイスター辺境伯家直営醸造所であったが、一般客向けに有料見学ツアーをオープンさせたところ、連日大勢のお客さんで賑わうようになっていた。

「有料の見学ツアーに参加しないと醸造所限定のお酒が買えないので、それ目当てで大勢のお客さんが詰めかけるようになったんです」

醸造所の所長を務めるアーシャは、想定以上のお客さんが詰めかけるようになって大忙しらしく、従業員の増員をお願いするほどであった。

「母に頼んで、独自にパッケージしたり、醸造方法を変えた猿酒も販売するようになったのですが、そちらも大人気で」

「(商人も多いなぁ……。転売というか、仕入れか?)」

バウマイスター辺境伯家直営醸造所限定のお酒はすでにプレ値がついているらしく、あきらかに転売目的だと思われる人も多かった。

個人的にはどうかと思うけど、バウマイスター辺境伯家直営醸造所限定のお酒を他で売るわけにいかない。

まさか通販もできないのだから。

「特に、バウマイスターコレクションの相場が上がっているそうです」

「そうなの?」

某有名醸造所から転職してきた凄腕ブレンダーのマイルが、俺とアーシャに話しかけてきた。

バウマイスターコレクションの瓶詰をしたのは彼であり、それも相場高騰の原因だと俺は思っている。

「素人が作ったお酒なんだけどなぁ……」

「しっかりと作ってありましたし、お酒造りに慣れた魔法使いでも、途中でエールやアクアビット、ワイン、ブランデーの熟成に使った樽に詰めて再熟成するなんてことはしませんから」

「旦那様、よく思いつきましたね」

「なんとなく?」

本当は前世の知識からだけど。

「とにかくバウマイスターコレクションは大人気なので、空いている時間にまたお酒を魔法で作ってもらえませんか? 詰める樽の種類と保管場所の選定、熟成年数はこちらで用意を整えておきますので」

「熟成では俺が樽や条件を選ぶよりも、職人たちやブレンダーであるマイルに任せた方がいいな」

「ええ、バウマイスターコレクションはもっと美味しく、素晴らしいお酒になりますよ」

そんなことがあり、俺は定期的にバウマイスター辺境伯家直営醸造所で売るお酒を作ることになってしまった。

面倒な原酒の樽詰め、樽の管理、瓶詰めは他人任せだからいんだけど。

「はあ? ヴェルの作ったこの酒、一本三万セントもするのかよ! 誰が買うんだよ?」

「この前導師が買って行って、陛下の誕生日プレゼントにしたらしい。それを知った貴族たちに売れているんだってさ」

「まったく理解できないぜ」

安心しろ、エル。

この酒を作っている俺ですら、どうしてそんな値段になって、しかも入手困難と言われているのか、まったく理解できないのだから。