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第89話 材木泥棒(前編)

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第89話 材木泥棒(前編)

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「すげぇ、この森はお宝の山だ!」

「近年、樹齢の長い巨木が手に入れにくい状況だ。その点、バウマイスター辺境伯領の森や林は長年手つかずだった。これを売れば……」

「兄貴、早く切り倒しましょう」

「焦るな! 綺麗に切り倒さないと、商品価値が落ちる。慎重にやるんだ」

「それもそうですね。では早速……」

「人の領地の木を勝手に切り倒すな! この樹木泥棒が!」

「「誰だ!」」

「バウマイスター辺境伯領の領主だ!」

「「なんだってぇーーー!」」

このところ、バウマイスター辺境伯領では樹木泥棒が多発していた。

好景気により建設に使う木、それも巨木の需要が上がり価格が高騰していたが、木は一度切り倒すと育つのに数十年〜数百年かかってしまう。

さらに、巨木ならなんの木でもいいってわけではない。

材木に適している種類の巨木不足は深刻で、ついにバウマイスター辺境伯領にまで樹木泥棒が進出してきたというわけだ。

「大人しくお縄につけ!」

俺がロープを投げると、二人の樹木泥棒に巻き付き、縛りあげた。

『念力』を応用した『捕縛』の魔法だ。

「さあ、持っている魔法の袋の中身を返してもらおうか」

「ふんっ! 嫌だね!」

「魔法の袋の中身は、持ち主しか出し入れしたり、他人に譲渡できないぜ」

「俺を殺せば、魔法の袋の中身は永遠に失われる。さあ、どうする?」

「……じゃあ、見せしめの公開処刑で。ローデリヒ、バウルブルクの中央広場で縛り首でいいかな?」

「斬首という手もあります。それともお館様、新しい魔法の実験台にされてはいかがですか?」

「それもいいな。どうせ魔法の袋に入っている盗まれた巨木が戻ってこないのなら、樹木泥棒が二度と来ないように、見せしめでお前たちを公開処刑した方がいいだろう」

「長期的視線で見ると、そっちの方が得かもしれませんね」

「だろう? ローデリヒ」

「「なっ!」」

「このバウマイスター辺境伯領では、俺が法なんだ。そんなに驚かれても、お前たちが公開処刑される事実は変わらないから安心しろって」

「助けてください!」

「斬首も縛り首も魔法の実験台もやだ!」

「じゃあ、魔法の袋の中身を返してもらうぞ」

「「はいっーーー!」」

少し脅かしたら、二人組の樹木泥棒はあっさりと魔法の袋とその中身を俺に渡した。

誤魔化している可能性もあるが、魔法の袋は没収なので損どころか得したのでいいか。

「これはつまり、こいつらに汎用の魔法の袋を渡した黒幕がいるってことだな」

「そうなりますね」

二人の樹木泥棒を警備隊に引き渡してから、俺とローデリヒはこのところ頻発する樹木泥棒の黒幕の正体について話し始めた。

確かにバウマイスター辺境伯領には高く売れる巨木があるのは事実だが、個人で巨木は盗めない。

巨木は、切り倒すのも、運び出すのも大変で、大人数で盗まないといけないからだ。

もしくは、魔法の袋を持っている者になる。

その辺の闇バイトに応募しそうな輩だけでできる犯罪ではなく、必ずその後ろには資金力のある黒幕が存在するのが定番だった。

「汎用の魔法の袋は高いからな」

魔法使いなら自作した専用の魔法の袋を作れば安く済むが、稼げる魔法使いが樹木泥棒なんてするわけがない……と言い切れないのが辛いところか。

悪事に走る魔法使いはゼロではないのだから。

「今のところ、被害は最低限に抑えられてはいるけど」

「これも、ケンプフェルト総司教のおかげですね」

ケンプフェルト総司教の実家は王国一の材木商であり、バウマイスター辺境伯家も取引をしている。

その縁で、材木泥棒を防ぐノウハウを伝受してもらっているのだ。

「(ケンプフェルト総司教の孫娘がフリードの婚約者で助かった)」

まだ幼いのに、すでに婚約者が二人いるフリードリヒも大変……まだ子供だからわからないか。

たまに仲良く一緒に遊んでいるけど、いい夫婦にはなりそうなんだよなぁ。

フリードリヒはイケメンだし、まだ幼いのに女の子に優しいから。

「お館様、これは黒幕の捜索も進めた方がよさそうですね」

「わざわざ探さなくても、すぐにわかるんじゃないかな?」

「どうしてそう思われるのでしょうか?」

「だって、大切な汎用の魔法の袋が戻ってこないんだから、普通は慌てるだろう」

黒幕は、確実に、大量に、目立たずに高価な巨木を手に入れるため、材木泥棒たちに貸与したと思われるが、汎用の魔法の袋は高い。

これをバウマイスター辺境伯家に没収されたままだと痛いので、必ず動きがあるはずだ。

「返せ、とは言いにくいとおもいますが……」

「直接返せとは言ってこないが、なにかしら動きがあるはずだ。それを察知すればいい」

「なるほど。それはそうですね」

黒幕がそう簡単に汎用の魔法の袋を諦めるとは思わないので、必ず動きを見せるはずだ。

それを察知して動けばいい。

「さすがに、正々堂々と魔法の袋を返せとは言ってこないだろう」

だって、バウマイスター辺境伯領内で材木を盗もうとした、黒幕だとバレてしまうのだから。

今うちで盗みをして捕まると、鉱山で働く羽目になる。

常に人手不足であるバウマイスター辺境伯領では、犯罪者を牢屋に入れて監視する余裕などなく、領内の鉱山に送られるのだ。

俺は元現代日本人なのでしっかりとした労働環境の下働かせるが、決められた年数鉱山から出られないので牢屋と同じようなものだろう。

だから、バウマイスター辺境伯領内で犯罪は犯さない方がいいと思う……いや、泥棒は問答無用で腕を切り落とされる領地もあるって聞くから、そこよりはマシなのか。

「黒幕が貴族だった場合は、なかなか捕まえられませんけど」

「それはそうだが、黒幕がわかっていれば盗難対策になるじゃないか」

再び魔法の袋を手に入れた。

怪し気な連中が、領内や屋敷に出入りしている。

ブラックリストに入った貴族のそういう動きを事前に掴めば、材木泥棒を事前に防ぐことも可能なのだから。

「そんな細かい動きがわかるものなのですか?」

「そこは、ケンプフェルト商会からさ」

他領の材木を盗ませる貴族というのは、案外多いらしい。

材木泥棒は、国境争い、共用林の使用権争いの結果、発生することも多いからだ。

もし盗まれた材木を買ってしまうと、材木商も材木を盗まれた貴族に恨まれてしまう。

なのでそれを防ぐべく、まっとうな材木商たちは独自の情報網を持ち、材木泥棒の情報に聡かった。

バウマイスター辺境伯家はケンプフェルト商会経由でその情報が手に入るので、材木泥棒の被害が少なかったのだから。

「長年、様々な領地の材木を扱ってきたからこそのノウハウですか」

「黒幕も警戒されていることを知れば、そう簡単に材木泥棒なんてしないだろう」

いくら材木泥棒の黒幕だとはいえ、貴族を捕まえるわけにいかない。

向こうが動けないよう、監視と無言の警告を続けるわけだ。

貴族だから犯罪を犯しても捕まらないのは腹が立つが。俺も貴族なので下手に貴族を捕まえると、逆に貴族社会で批判されたりもするので、仕方なくといったところだ。

「なににせよ。これで材木泥棒も減るはずです」

とりあえずこれで一件落着だと思った俺とローデリヒだったが、俺たちはまた見誤っていた。

世の中には、とんでもなくバカな貴族が存在することを。

「バウマイスター辺境伯、魔法の袋を返してもらいにきたぞ」

「えっ?」

「だから、貴殿が領内で捕らえた無実の旅人から没収した魔法の袋をだ。早く返してくれ」

「「……」」

突然屋敷を尋ねてきた貴族の言い分に、俺とローデリヒは唖然とする他なかった。

どうやら材木泥棒の黒幕は、小領主混合領域に領地を持つリンザード男爵だったらしい。

それがわかったところで、バウマイスター辺境伯家がリンザード男爵を材木泥棒の罪で捕まえることは現実的に難しく。高価な魔法の袋を没収したので処罰の代わりになると思っていたら、まさか返還要求をしてくるとは。

リンザード男爵は材木泥棒たちを旅人だと言い張り、魔法の袋の返せと言ってきた。

なお、材木泥棒たちの釈放は要求しなかったので、彼の心根がよく理解できたというか、所詮は使い捨ての道具ってことか。

「彼らは旅人ではなく材木泥棒であり、彼らが持っていた魔法の袋は、犯罪者から没収したものです。返還できませんね」

魔法の袋は返還できないと、俺は答えた。

「彼らはリンザード男爵領の領民たちだ。その持ち物を不当に奪うことは許せない!」

リンザード男爵は、あくまでも材木泥棒たちを領民だと言い張るようだ。

勿論そんなわけないが、そう認めてもらわないと高価な魔法の袋が戻ってこない。

俺たちがリンザード男爵を罪人として捕らえるわけがないと確信しての、ある意味貴族らしい交渉のやり方だった。

だが俺たちも、材木泥棒たちをリンザード男爵領の領民だと認めるわけにいかない。

俺とリンザード男爵は、双方一歩も引かずに交渉を続けた。

「彼らが材木泥棒などと、完全な誤解です!」

「いえ、実際に領内で切り倒した巨木を魔法の袋から没収したので」

「その巨木が、本当にバウマイスター辺境伯領内のものだという証拠はあるのですか?」

「はい。切り倒された木の切り株と、魔法の袋から没収した巨木の切り口が一致していますから」

俺は、魔導カメラで撮影した証拠を見せた。

こういう人には、淡々と冷静に証拠を見せるしかない。

「(どうせリンザード男爵を捕まえられないけど。逆に言えば、没収した汎用の魔法の袋を返す必要もないからな)」

痛い思いをしたのだから、二度と材木泥棒なんてするなよ。

という圧力をかけ、向こうが引けばこれでこの話は終わりだ。

リンザード男爵に起死回生の手はないので、これでこの話は終わりのはず。

だが、リンザード男爵は一歩も引かなかった。

「魔法の袋を返してもらわないと困る!」

「(本音が出てるなぁ……)」

というか、どうしてこいつは貴重な汎用の魔法の袋をコソ泥に預けたんだ?

「(もしや……)」

汎用の魔法の袋は高額だ。

男爵家で所持しているところは少なく、リンザード男爵も別のところで借りた可能性が出てきた。

「とにかく、魔法の袋は返せません。バウマイスター辺境伯領の法で、犯罪者の利益はすべて没収となっていますので」

「……」

リンザード男爵は納得はしていないだろうが、屋敷を出て行った。

これでこの件は終わり……とはならず、俺の予想が当たってさらに事態はややこしくなってしまうのであった。

「当商会の使用人たちと、当商会の所有物である魔法の袋を返してもらいたい!」

「なあ、ローデリヒ」

「真の黒幕が出てきましたな」

翌週、今度は身なりのいい商人が屋敷を訪ねてきた。

魔法の袋は、王都でも有数の材木商であるグランダ商会の持ち物だったようだ。

王都でも有名な商会が材木泥棒の黒幕だなんて頭が痛くなってくるし、堂々と名乗り出てバカなんじゃないかと思うが、グランダ商会の当主は強気だった。

「魔法の袋をお返しにならない場合、とんでもないことになりますよ。バウマイスター辺境伯様」

俺を『様』づけで呼んでいるが、こいつは俺を下に見ているのが丸わかりだった。

商人が貴族に対し偉そうに接してもいいことなんて一つもないのだが、彼にはなにか、偉そうにできる大きな根拠があるのだろう。

「返さないとどうなるのか、知りたいな」

「バウマイスター辺境伯様、当家は商務卿であるドレヴァンツ侯爵家と親戚関係にあるのですよ。もし魔法の袋を返還しない場合、バウマイスター辺境伯領は領外で商売ができなくなりますが、それでもよろしいのでしょうか?」

「へえ、ドレヴァンツ商務卿ねぇ……」

珍しく名前と顔くらいは知っているが、グランダ商会と婚姻関係を結んでいたのか。

ドレヴァンツ侯爵家は法衣貴族なので領地がない。

利権が飯のタネであり、それを維持、拡大させるため、大商家に娘を嫁がせることも多いと聞いたことがあった。

そのため、法衣貴族では娘を産む側室が非常に重宝されるとも。

「(ドレヴァンツ侯爵家は、長年王都に根を張る大貴族だ。領地も兵力もないが、その力は無視できるものではない)」

だからグランダ商会の主はこんなに強気なのか。

「盗人猛々しいとはよく言ったものだ」

「領外で特産品が売れなくなったり、バウマイスター辺境伯家は随分と領外に資産や権利をお持ちですなぁ。私がドレヴァンツ商務卿にお願いすれば、それを王国が没収することもできるのですよ。ここは素直に、魔法の袋を返還した方がいいと思いますが」

「……」

確かにこいつの言うとおり、ドレヴァンツ商務卿を敵に回すと色々と不都合が出る。

ここで魔法の袋を返還して妥協するという手もあるのだろう。

だが……。

「(俺はもう社畜ではないし、ヘルムート王国南部の雄であるバウマイスター辺境伯家が、たかが材木商の脅しに屈するのはよくない! 今後ずっと舐められてしまう)」

それは、バウマイスター辺境伯家を継ぐフリードリヒにも悪影響があるだろう。

「(変な妥協はできない。それに、たとえバウマイスター辺境伯家が領外で商売ができなくなっても、特に困ることはないのだから)」

すでに完全なる自給自足体制を構築したバウマイスター辺境伯領なので、交易の利益がなくなったことで領民たちの暮らしが悪くなることはない。

むしろここで変に妥協した方が、長い目で見れば損をしてしまうのだから。

「バウマイスター辺境伯様ぁ、どうされますか? ここは素直に、魔法の袋を返した方がいいと思いますがね。それが大人の判断ってやつですよ」

「(……コイツのドヤ顔ムカつくな)ローデリヒ、ここに材木泥棒の主犯がいたぞ」

「ええ、そうですな。衛兵! こいつを捕えろ!」

「ええっーーー! 私を捕えたら、ドレヴァンツ商務卿が!」

「知るか! もしドレヴァンツ商務卿が文句を言ってきたら、材木泥棒の共犯だ! 俺がじきじきに捕まえて鉱山に送ってやる!」

「そんな無茶な!」

グランダ商会の主は、こんな結果になるとは思っていなかったのだろう。

衛兵に捕らえられる時に大騒ぎをし、牢屋の中でも大騒ぎしていた。

「ローデリヒ、頼むぞ」

「わかりました。関係各位に、今回の事件の詳細を送っておきます」

事前に俺の知り合いたちに今回の事件の経緯を伝えておけば、もしドレヴァンツ商務卿がバウマイスター辺境伯家に対し圧力をかけてきても援護してくれるはずだ。

そのために、普段時間とお金を使ってお付き合いをしているのだから。