第90話 材木泥棒(後編)
第90話 材木泥棒(後編)
新作「就職氷河期オブ・ザ・デッド ~世界は酷い有様だけど、異世界で魔王を倒した用務員のおじさんがモテモテに。なお、世界が救われるかは不明~」を投稿しました!
よろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n5127mi/
「ドレヴァンツ商務卿はどうするかな?」
「商務卿ですからね。普通に考えたら、グランダ商会を罰すると思いますが……」
「それ、変なフラグを立てていないか?」
「いやいやいや、ドレヴァンツ侯爵家は閣僚を務める歴史も長い大物法衣貴族です。おかしな判断をするわけがありません」
「だといいんだけど……」
ところが、こんな時ほど嫌な予感が当たってしまうのは、俺が悪運の持ち主だからかもしれない。
「バウマイスター辺境伯へ、ドレヴァンツ商務卿が命じる。領内で不当に拘束しているグランダ商会の当主を釈放し、その資産である魔法の袋を返還するように」
「……なあ、ローデリヒ」
「あれ? おかしいな?」
ローデリヒは、わけのわからないといった表情を浮かべていた。
閣僚であるはずのドレヴァンツ商務卿が、いくら親戚関係にあるとはいえ材木泥棒の黒幕であるグランダ商会を庇い、バウマイスター辺境伯家に魔法の袋の返還と、当主の釈放を命じたのだから。
「話、伝わってないのかな?」
「いえ、主だった大貴族たちには、ちゃんと今回の経緯は詳細に記載して送っています」
そうしておかないと、ドレヴァンツ商務卿がバウマイスター辺境伯家の方が悪いと貴族たちに触れ回り、そういう世論が形成される危険があったからだ。
勿論ドレヴァンツ商務卿にも詳細を記した手紙を出しているのだけど、それは念のためだ。
「普通は、周囲の大貴族が止めるよね?」
「そうですね」
ドレヴァンツ商務卿がグランダ商会を庇う裁定を出そうとしたら、普通は周囲の貴族たちが止めるはずだ。
いくら親戚とはいえ、材木窃盗の黒幕を商務卿が庇うなんてあり得ないのだから。
「どうしようか?」
「ええと……」
まずは情報収集だと、俺は携帯魔導通信機でブライヒレーダー辺境伯に連絡を取った。
『ドレヴァンツ商務卿が、グランダ商会の釈放を命じてきたですって? いやいやいや、うちの寄子に実行犯をやらせておいて、それは許されませんよ!』
ブライヒレーダー辺境伯は激怒していた。
グランダ商会が材木窃盗をやらせたリンザード男爵は、ブライヒレーダー辺境伯家の寄子だったからだ。
自分の身代わりに、経済状態の悪い貴族に材木を盗ませる。
それも、ブライヒレーダー辺境伯家の元寄子で婚姻関係もあるバウマイスター辺境伯の領地でだ。
『もしやドレヴァンツ商務卿は、ブライヒレーダー辺境伯家とバウマイスター辺境伯家の分断を目論んでいるのかもしれません』
「そういうことか!」
いくらなんでも、ドレヴァンツ侯爵家ほどの大物貴族が、自分の親戚とはいえ材木泥棒を働いたグランダ商会を庇うわけがない。
このおかしな行動の裏には、大物貴族がライバルの足を引っ張る策謀があったということか。
『とはいえ、それをドレヴァンツ商務卿に指摘したところで、彼が素直に認めるわけがありません。どうしますか?』
「バウマイスター辺境伯家としては引けませんね。ドレヴァンツ商務卿の要求を拒否すると共に、この経緯を主だった貴族たちに伝えます。そして……」
『そして?』
「領地の外で交易や経済活動をすると、ドレヴァンツ商務卿に因縁をつけられて手を出される可能性がありますので、しばらくはすべて停止します!」
これは、ドレヴァンツ商務卿に対する抗議だ。
彼は商務卿なので、領地の外で交易なり商売をするとさらなる手を打ってくる可能性がある。
ならば、それを停止するのが一番安全だからだ。
『大丈夫ですか?』
「ええ、特に問題はないですね」
かなりの損失は出るが、うちの財力なら全然問題ない。
領外で雇っている休業中の従業員たちの給金も支払えるし、彼らに他の貴族がかかわる仕事や商売の手伝いをさせることもできる。
臨時収入になるので、文句は出ないはずだ。
『バウマイスター辺境伯家以外の人たちの方が影響も大きいと思いますが、すべては恣意的な裁定を出したドレヴァンツ商務卿のせいです。その報いを受けるといいでしょう』
しかし謎なのは、どうしてドレヴァンツ商務卿がそんな決断をしたかだ。
ブライヒレーダー辺境伯家とバウマイスター辺境伯家の追い落としを図ったのか?
でもこの程度ではなぁ……。
「輸出用の品は領内での消費拡充を図り、残りも魔法の袋に仕舞っておけば悪くならないので」
『持久戦ですね』
「グランダ商会の当主は有罪なので、鉱山送りですね」
『ドレヴァンツ商務卿はどう出ますかね?』
そんなわけで、俺はドレヴァンツ商務卿からの命令を無視し、これまでの経緯を関係各所に報告。
バウマイスター辺境伯領はすべての交易を停止し、半ば鎖国状態に突入するのであった。
ここまできて、ドレヴァンツ商務卿程度に屈して堪るか。
※※※※
「えっ? 魔の森の果物が入ってこないって? スイーツが作れなくなるから困るんだけど」
「うちは畜産を始めたんだぞ! 飼料が入ってこないと、家畜が育たないじゃないか!」
「フジバヤシ商店が臨時休業だって! ミズホの食材も、バウマイスター辺境伯家の食材も手に入らないなんて!」
「バウマイスター辺境伯考案の絵本、ベビー用品、玩具、ゲームもか! 店に並べる商品がないぞ!」
「うちのカレー、バウマイスター辺境伯領産の香辛料を使っているんだが、入荷しないとなると在庫が……」
「どうする? 他の産地の品でいけるか?」
「他の領地で生産されていない品が多いから無理だろう」
「そもそも、どうしてこんなことになっているんだ?」
「フジバヤシ商店の前に張り紙が……」
「なになに……。バウマイスター辺境伯領に出没した材木泥棒の黒幕がグランダ商会で、当主を捕まえたら、ドレヴァンツ商務卿にすぐ釈放しろと命令されたって?」
「そんな人物が商務卿なので、安心して商売はできない。バウマイスター辺境伯家は事態が解決するまで、領外向けの交易と、領外での経済活動を中止する……か」
「これってつまり……」
「「「「「「「「「「ドレヴァンツ商務卿のせいじゃないか!」」」」」」」」」」
「といった感じで、商売あがったりだと。王都中の飲食店関係者や、商人、貴族たちが屋敷の前に集まって抗議の声をあげているのは、今お館様が見ておられるとおりです」
バウマイスター辺境伯領が、材木泥棒をしたグランダ商会を庇うお館様に抗議すべく一切の輸出入を止めてしまった影響で、王都は大きな経済損失を受けている。
さらにバウマイスター辺境伯は、その理由を王国中に大々的に伝えているため、悪いのはドレヴァンツ侯爵家であることが知られてしまった。
こちらが先手を打ってバウマイスター辺境伯家が悪いという世論を流せればよかったのだが、残念ながらお館様にそこまでの機微はない。
これまで商務卿として普通にやっていたように見えるが、我々家臣がいかに苦労しているか。
「……」
「あきらかに材木泥棒をしたグランダ商会が悪いのに、どうして庇われるのですか? それも、独断でバウマイスター辺境伯にグランダ商会当主の釈放を求めたそうで。そういえば、アントンの姿が見えませんね。しかも、商務次官のハーランド子爵や他の幹部の方々にも言わずに勝手にこんなことをして。もうすぐ彼らも激怒して屋敷に押しかけますぞ」
「私の可愛いピーアが嫁いだグランダ商会なんだ。潰すわけにいかない」
「そっ、そんな理由で、バウマイスター辺境伯様に無茶な要求をされたのですか? それも独断で!」
「ピーアの家がなくなったら可哀想だろうが!」
「……」
いくらなんでもあり得ないだろう。
お気に入りの側室であるハイケ様が生んだ娘ピーア様がグランダ商会の跡継ぎに嫁いでいるとはいえ、商務卿が材木泥棒を庇うなんて!
「価格が高騰している巨木で荒稼ぎするために、グランダ商会規模の商会がバウマイスター辺境伯領で材木泥棒をするなんて前代未聞です。ピーア様は離縁して、またどこかに嫁げばいいのです。一刻も早く里帰りさせましょう。もうグランダ商会は終わりです」
「駄目なのか?」
「駄目に決まってますよ! ケンプフェルト商会他、材木を扱う商会が許しません。ここで手心を加えたら、自分たちも材木泥棒から盗まれた材木を融通してもらっているからだと疑われてしまうのですから」
「そっ、そんな……」
『そんな……』じゃない!
お館様が余計なことをするから。
商務卿を辞めなければいけないほどの大不祥事なのに、肝心のお館様はまだピーア様のことを心配しているのが救えない。
「お館様、これからはブラム様と我々で対処をしますので、くれぐれも余計なことをしないように!」
とにかく、降爵や家の取り潰しは避けなければならない。
そのためには、お館様ではなく跡取りのブラム様に動いてもわらないと。
「……」
「……」
お館様が勝手にバウマイスター辺境伯領に送った使者のアントンは、王都に戻って来たら拘束するとして。
また余計なことをされると困るので、私はお館様の護衛を務めている者たちに目配せをした。
『この部屋から一歩も外に出すな!』と。
向こうも無言でそれを了承してくれたので、私は急ぎブラム様と対策を打たなければ。
相手はあのバウマイスター辺境伯様で、しかも非は完全にこちらにある。
もしこのことが陛下のお耳に入ってしまうと、ドレヴァンツ侯爵家が改易されてしまう可能性も否定できないのだから。
とにかく早急にお館様にはご隠居していただき、ブラム様が当主となってドレヴァンツ侯爵家を立て直してもらわないと。
「ローデリヒ、どうだ?」
「思ったほどの影響はありませんね。バウマイスター辺境伯領以外でしか手に入らないもので、これがないと困るというものはありませんので」
「これもただひたすらに、領地の開発に取り組んだおかげかな。輸出が駄目なら、内需優先で」
「バウマイスター辺境伯領の開発も促進させます。失業者を増やさなければ、輸出できなくても問題ありませんよ」
「実質、独立した気分?」
「まあ領内で完結していますしね」
ただ、結局バウマイスター辺境伯の輸出停止処置は半月ほどで解かれてしまった。
ガトル大陸の開発に必要なものの輸送が止まり、総督であるヴァルド殿下が王城に怒鳴り込んだからだ。
そして俺が王城に行くと、商務卿がドレヴァンツ侯爵からブラン伯爵に交代しており、グランダ商会も廃業。
あと、ドレヴァンツ侯爵家も当主が若い息子に代わっており、彼が俺に大変申し訳なさそうに謝ってきた。
「可哀想に。息子は真面目で常識人なのに、父親がバカなんて」
「駄目な当主の時に閣僚に任じられて、家臣や一族が難儀することがあるんですよ」
「その時は順番を変えればいいのに」
「それができたら苦労していません」
「それもそうか」
地位が人を作らないパターンもあるのだなと思いつつ、俺とローデリヒは色々と便宜を図ってくれたケンプフェルト総司教にお礼を言うべく、教会本部へと向かうのであった。
多分、ホーエンハイム枢機卿と仲良くお茶でも飲んでいるんだろうけど。
あと、木は大切にね!