LNCrawler

「ゲイビ男優やってみない?」

Chihiro. — fujossy.jp · All chapters

「ゲイビ男優やってみない?」

「こういうのは初めて?」「は、はい」「名前は?」「千尋……です……」「ちひろ君か。可愛いね」 しまった。本名はアウトだよな? 偽名でも何でも考えておけば良かった。 そう考えて固まってしまった俺に、佐伯さんが小さく笑いながら耳打ちしてくれる。「編集するから大丈夫。気にしないで答えていって」 仕切り直すかのようにもう一度目の前に向けられた小型のビデオカメラ。そのレンズをなるべく見ないようにしながら次の質問を待つ。「初体験はいつ?」「えっと、中2の時に彼女と」「ふふ、今の若い子ってやっぱり早いんだね」「え、いや……そんな事、無いです」「じゃあさ、男相手は?」「っ……」 同性との性行為。あまりにも普通のトーンで聞いてくるから、それが当たり前みたいに思えて。男との経験が無い俺の方がおかしいみたいに思えて。 たったこれだけの時間で、俺も麻痺してきてるのかも。―――――― 目の前でカメラを向ける佐伯さんに出会ったのはほんの数十分前。「ねぇねぇ、今時間ある?」 駅前の雑踏の中でもはっきりと聞き取れる軽やかな声。振り向けば着くずしたスーツ姿の男。整った顔立ちに貼り付けたような胡散臭い笑顔。この真昼間の街中にはそぐわない、圧倒的な夜の匂い。 今までにもホストのスカウトには数回声を掛けられた事があったが俺には無縁の世界。無視して足早に振り切ろうとしたが、次の言葉に思わず足を止めてしまった。「ゲイビ男優やってみない?」「……は?」 怪訝な顔で反応を示した俺に、こいつはその胡散臭い顔で微笑む。「俺、ホモじゃないです」「うん、見るからにノンケだね。でもそんな事関係ないからさ」「いや、関係ないって……」「俺が気持ちよくしてあげるから。ね?」 何言ってんだこいつ。あまりにも現実離れした言葉の一つ一つに俺の理解が追いつかないことも問題だけど、理解させる気が一切無いこいつも問題だと思う。 立ち止まってしまった事に後悔し、軽く睨みつけてからまた振り切ろうとした所で一言。「二十万出すよ」「は……?」「それでどう?」「二十万、って……」 ホストと同じようにAVも無縁の世界。基準なんか知らない。でもただの一般人が出ただけでそんなに貰えるもんなの?「結構大金でしょ? 気持ちよくなれて金まで貰えるなんて、最高だと思うけどな」 ほしい、金は、欲しい。 この春に高校を卒業してからバイトを掛け持ちして必死に貯めてる。でも未成年で資格も免許も持たないフリーターのバイト代なんてたかが知れてて。本来なら朝から晩まで毎日働いてやっと手に入る金が、この一瞬で手に入るなんて。「……り、たい……」「ん?」 ほしい、 そう、ただ金が、欲しいだけ。「やり、たい……です……」 こいつになら抱かれてもいい、なんて。一瞬でもそう思ったなんて。「ふふ。じゃあ、ホテル行こっか」 そんなの、絶対に違う。