第12話 日曜日1
第12話 日曜日1
出張先の母さんに電話しようかと思ったけど、止めた。 昼食を作ろうかと思ったけど、気分が乗らずにテイクアウトしてきた。 本の内容はあまり頭に入ってこなかったけれど、母からの手紙と母への手紙で十分だった。 木曜の朝に起きたこと。「匂いがする」とわらわら集まってきた周りの人間。 明らかに奇怪な出来事だったし、なのに次の日にはいつもと変わらない日常に戻ったのと、自分の体もそういう状態じゃなかったのが符合する。 だとしたら、明日は? 夢精の有無がトリガーなら、毎晩むちゃくちゃオナニーして寝ればいいのか? そんなのはさすがに現実的でない。 日中、ふとした時にそうなったら? 未だ処理した経験がないし、試しに抜いてみようとしたけど、こんな気分では触れなかった。 素っ頓狂な質問をしたいのに、相手がいない。 父親にあたる「けいくん」はもうこの世にいない。母方の親戚とは疎遠だ。千葉の叔父は、母さんの血の話なんて知らないだろうから、相談の前に説明するのが難しい。 昼食に買ってきた牛丼の米が、つゆを吸って膨らんでいる。金曜の夜からずっと、食欲も湧かない。 でも炭酸ジュースなら飲みたいような気がして、もう一度外に出ることにした。 桜の咲く道は、木より道路がピンク色に染まっている。幾人に踏まれたり、茶色くなっている花びらの虚しさ。 コンビニを通り過ぎて、駅の方に歩いていく。「もう桜も終わりだねー」「風が強かったもんな、月曜くらいで散り終わるかな」 すれ違うカップルのたわいもない会話に、苦い気持ちになる。 目的もなく駅の改札を通る。ホームに立つ人を通り越して歩いていると、後ろから肩をグイッと掴まれた。「むっちゃん」 誰だっけ。ヒロだ。 なんか訝しげな表情を浮かべている。「こんにちは。じゃ」「じゃ、じゃなくて。大丈夫?」「え?」「顔色悪いよ」「そんなことないよ。じゃ」 振り切ろうとするが、ヒロの手は肩から離れない。上背があるので、圧迫感がすごい。「部屋着にサンダルに手ぶらで電車? どこへ行くの?」 大丈夫だからと突っぱねると、少し驚いた顔をしてから、スマホで誰かに連絡を取る。 何度も手を離してと言っても離れない。 ベンチに座らせられて、色々と話しかけられる。 来た電車に乗り込む人が、この人達は乗らないのかと怪訝そうな顔を向けるが、ヒロはまったく気にしていないようだった。 それよりも、ヒロは用事があるだろうに電車を逃させ続けていることに対して、申し訳なってくる。「飲み物買うから、手、離して」 しばらくしてからそう言うと、ようやく、力強い手が離れた。 ふうと息を吐いて自販機に向いて、財布を…。「お財布も持たずにどこに行くって?」 背後から、ヒロのくぐもった笑い声。 ぐうの音も出ない。 Suicaが使える自販機だったらよかったのに。スマホは持ってたから払えたのに…。 後ろからヒロの手が伸びて、硬貨が投入された。 おごりだよと言われ、言葉に甘えて炭酸ジュースのボタンを押す。 一口飲むと、喉が詰まるような感じが少し解消した。「ごちそうさま。さっきは嫌な返しして、ごめん。やっぱり帰る」「待って、もうすぐ来るから」 誰が? と聞くと同時に、ヒロが後ろを指さす。 改札の向こうに香月がいた。自転車を押して、立っている。「何でいるの?」「オレが呼んだんだよー」 ヒロが笑って、改札の方に誘導する。「家まで送りたいけど、オレはこのあと塾だからさ。でも夏伊は暇だから、気にしないでね」 じゃねーと大きく手を振って、ヒロは電車に乗って行った。 何だか気が乗らないけど、仕方ないので改札を出る。「ヒロに暇人扱いされるのは、解せないな」 香月がボソリとつぶやく。「……」「体調悪そうだけど、大丈夫か」「…もう大丈夫。あと、昨日はありがとう」 帰りに送ってもらったお礼を言う。「それは構わない」