第13話 日曜日2
第13話 日曜日2
木之内が一人で帰れると言い張るので、せめて親に迎えに来てもらおうと言ったが、「母さん、水曜日まで出張だから」「家に誰もいないのか」 ならやっぱり俺が送るといい、今度は辞退を跳ね除けて、自転車を押した。 木之内がとぼとぼと付いてくる。 マンションの駐輪場に自転車を停めて、エントランスを抜け、一緒に部屋に入った。 木之内が、手に持っていたペットボトルを冷蔵庫に入れる。「…一昨日と違うな」 部屋がやや散らかっているのはさておき、冷え切ってそうな牛丼がテーブルに鎮座しているし、シンクにはコップがいくつか溜まっている。心なしか、空気も澱んで見える。 木之内は黙ったまま、サッシを開けた。 そのまま背を向けて、立ち尽くしている。「木之内」「どうしたらいいのかわからない」 被せるように、早口で喋る。「こんな冗談みたいな話…誰にも相談できない…」 おれだってまだ信じ切ってるわけじゃない、でも本当だろうなとも思ってる、と呟く。 テーブルの端には、あの本があった。挟まれていた封筒は開けられ、風を受けた手紙が小さく揺らめく。 なるほど。「悪魔が嫌う物としてよく挙げられるものは、十字架、聖水、ニンニクやタマネギ、ラベンダー、それに」 バッグからビニール袋を取り出し、入れていた葉を、手品を披露するように木之内の前に出した。「セージ」 顔を見てみれば、泣きそうに真っ赤になっていた表情が、一瞬で狐につままれたようなそれになった。「セージ?」「うちの庭で育ててるのを持ってきた」 はい、と木之内に渡す。 つまむと、独特の爽やかな香りが広がる。「あ、いい香り…」 木之内がようやく、にこりと笑った。 鼻を近づけて、また一嗅ぎする。「母親がハーブやらスパイスを使った料理を好むから、色々あるんだよ」「そうか、どうりで」「どうりで?」「香月、いい香りがしたから。香水を付けてるのかと思ってたけど、家の香りなんだ」 臭いって言ってる訳じゃないからね、と強く言われたので、微笑みの裏で一安心する。「さっきまでヒロが遊びに来てたから、先週の件を探り入れてみたけど、やっぱり覚えてない様子だった」 木之内の顔が硬くなる。 木之内の家の本を読んだあと、悪魔やインキュバス・サキュバスについて調べてみたと伝えたら、絶句していた。 多分夏伊のことを、そういう事を気にかけるタイプだとは思っていなかったのだろう。 でも自分も気になっていた。周りがおかしくなる中、夏伊だけ正気を保てた理由が。 夏伊は、学校の皆が「甘い匂い」と表現したそれをほとんど感じていない。 あの日は鼻炎薬を飲み忘れて登校し、ちょうど鼻が詰まりはじめていた。 そこから推察するに、「甘い匂い」はニュアンスではなく、物理的に木之内の体から発され、催眠性で、効果の短いものであると考えた。 そして悪魔的な力によるものであれば、悪魔が忌避する物があれば、力を抑えることができるのではと。 木之内の口がぽかんと開いている。「図書館で借りてた本も、そういう…?」「そう。そっち系のジャンルには疎かったけど、なかなか面白かったな。新たな扉を開いた気がする」 ニヤリと口を動かすと、木之内があははは! と大笑いしだした。「香月がそういうの読むなんて! 想像できなくて! ゴメン!」 それから少し目を潤ませて、ありがとう、と笑った。「学校でなんか変な感じになったら、これを嗅いでみたらいいのかな」「物は試しだな」 腕を組んで頷くと、木之内も身振りを真似る。 それでも。「またあんなことが起きたら」「また走るか」「うん」 木之内のことは、悪魔だなんて思えない。 それくらいに、純粋な笑顔だった。