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第10話 次の次の金曜日1

春の洗礼を受けて僕は — fujossy.jp · All chapters

第10話 次の次の金曜日1

睦月からの連絡はないまま、図書館に行っても会えないまま数日。 痺れを切らして、カウンターにいる生徒に睦月の当番日を聞いてみたら、もうないと言う。 どうしようもないので、何となく高校の最寄駅に向かうと、帽子を深く被った少年が改札を出て歩いてきた。「睦月」「……夏伊?」 イヤホンを外して、久しぶり、元気? と笑う。心なしか、痩せたように見えた。「駅に行くの?」「うん、まあ」「いま、車両故障で電車止まったとこだよ。再開までしばらくかかるってアナウンスしてた」「そうか、なら帰ろう」 誘うように言うと、あ、うん、と小さく返事が返って来た。「ここのところ、どこかに出掛けてたのか?」 しかし、ずっと家で寝ていたと言う。 避暑にでも行って連絡がつかなかったのかと思っていたのが、悪い方に外れた。「具合が悪いのか?」 慌てて、夏バテだよと否定する。「夏伊こそ…入院お疲れ様。もうよくなった?」「少しずつ良くなってると思う」「それは、よかったね」 コンビニに寄ってみたものの、睦月は何も手に取ろうとしなかった。「そんなに食欲ないのか」 アイス売り場を物色しながら、夏伊が問う。「うん」 帽子の奥から、夏伊をちらりと見た。 マンションのエントランスを入って、ポストを確認する。 中身を選り分けて、チラシはゴミ箱に捨てた。「…夏伊は先に入ってて。おれ、荷物を取るから」 鍵を渡して、預かりボックスを操作しようとしても、夏伊は立ち止まったままだった。「暑いから、先に中に入っててよ」「荷物は俺が持つ」「…じゃあ」 箱を渡す。 夏伊が後ろからついてくる。「そういえば…手術の後ってどんな感じだったの…?」 玄関ドアを開ける。「ご想像の通り、鼻に詰め物をした」 思わずふっと笑う。「笑ったな」「笑ってないよ」 玄関ドアを開ける。ようやく涼しい場所に着いた…と、二人で息を吐く。 荷物を靴箱の上に置くと同時に、首筋に顔を近づけられた。 ギクリとして、体が固まる。 何度か呼吸して、夏伊が離れた。「まだ、よくわからないな」「…そう」 夏伊の方を向けない。俯いたまま靴を脱いだ。「お邪魔します」「どうぞ」 お茶を飲むか聞いて、コップを渡した。「ありがとう」 ソファに座って、去年は秋になっても暑かったよなとか話していたら、急に近くからセミの鳴き声が聞こえてきた。ベランダにいる…。「こわっ」と叫んだら、夏伊がベランダに出て、ゆっくりと近寄った。 ひょいと捕まえて、空に放す。 ビビビと鳴きながら、セミが飛んで行く。「お前にも弱点があるんだな」 夏伊が小さく笑った。笑顔が眩しい。 夏伊はキッチンで手を洗って、ついでにスプーンを持ってリビングに戻ってきた。 コンビニ袋からカップのアイスを取り出して、開ける。「はい」 スプーンを口の前に突き出されて、条件反射で食べてしまった。「あ、これ」 ハーゲンダッツのイチゴ味だ。「おいしい」「良かったな」 またスプーンを向けられる。 前にもこんなことがあったっけ。餌付けされてるみたいだ。 夏伊も一口食べて、またスプーンが来る。 今度は気恥ずかしくて、口を開けられなかった。「睦月」 ほらと、スプーンで口を突かれる。「も、いいよ」「駄目だ、もう一口食べろ」「……」 渋々口にする。「あ、果肉のとこだ。おいしい」「ほら、食べて良かったろ」 夏伊もまた一口食べて、微笑んだ。 それが可愛く思えてつられてニッコリとしたら、また夏伊の口角が上がった。 頭に疑問符を浮かべながらまたニコッとすると、唇に触れられた。「…!」 思わず後ずさるのを、夏伊が覆い被さってくる。 顔が近づいてきた。 おれ、ちゃんとキスできるかな…? おれ、ちゃんとハグできるかな…? ちゃんと…できるのか…? 今日も午前中に病院に行って、先生に傷はもう治ったと言われた。肉体的には、受け入れることは可能だ。 それにセックスをしないなんて、体質が許さない。そんな生き方は選べない。 何をするにしても、早めに再開した方がいい。ズルズルと長引かせたら、余計に最初の一歩が重くなるから。 夏伊に伝えた方がいいのかな…とも思う。でも、病気も移されてなかったし、こんな事、知られたくない。自分の沽券にかかわることで、できれば秘密のままにしておきたい、このままあの出来事を封じ込めておきたい。 あんな、暴力を振るわれたことも、力ずくで扱われたことも、今までなかった。嫌だと言うのを無視されて、なすすべなく組み敷かれたことが、本当に悔しい。 この関係に、土足で踏み入れて来ないで欲しかった。