第16話 文化祭1
第16話 文化祭1
おにぎりを入れた袋を揺らして、階段を上がる。 扉を開けて、屋上を踏んだ。「むっちゃーん」 ヒロが手を振っておいでおいでをする。「はあ、遅くなっちゃった」「お疲れ」 夏伊が労りの言葉をかけてくれる。「ありがと。夏伊、元気?」「うん、まあ、冷えてきたな」「だねー」 文化祭が近い。1年A組は異装喫茶をすることになった。端的に言えば、男女の服が入れ替わった喫茶店だ。 だが、味にもこだわりたい! と言い出す者がいて、コーヒーを淹れるのに慣れている睦月が指南役となってしまったのだった。ここのところ、昼休みの時間を割いてバリスタ係に教えている。「もうちょっと予算が採れれば、いい豆が買えるんだけど」 そう言いながら袋を開ける。 教室も廊下も、文化祭の準備物で雑多。食堂も混み合っているので、ここのところは三人揃って、屋上で昼食を食べている。 文化祭が終われば中間試験だ。 そんな時期だからか、立花清風はA組に顔を出すこともなく、ばったりと会うでもなく、今は平和に過ごしている。 おにぎりのラップをぺりぺりと剥がす。平和に過ごしているので、おにぎりもおいしい。今日の中身は、唐辛子のりと鮭の西京焼きだ。 バインミーと、ランチジャーでスープも持ってきた夏伊が、おにぎりに貼っていたマスキングテープを読んで「西京焼き? いいな」とつぶやく。「食べる? いいよ」 ほい、と口元に差し出すと、夏伊は躊躇なくがぶりとかじって、うんうんと頷いた。 顔が隠れそうなサイズの昼弁を食べるヒロも、うんうんと頷く。「仲良き事は美しき哉、だね」「武者小路実篤」「正解」 空は高く、木々はそれぞれ移り変わり、空気が一気に冷えてきた。屋上は日が当たって気持ちがいい。もう少しだけ、このくらいの気温が続けばいいのにな。と思った。 西京焼きのおにぎりを腹におさめ、唐辛子のりの方にとりかかる。「ヒロはまた忙しくなるね」 ヒロはマラソンを主軸にしている。今は秋冬の大会に合わせて調整を続けているところだ。「そだねー。いい結果出すから楽しみにしてて」 夏伊はスープを静かに飲んでいる。 ふいに、スプーンをひょいと睦月に向けた。「暖かいものを飲まないと、体冷やすぞ」「お父さんじゃないんだから」 ヒロが突っ込むのに乗じて、そうだそうだと笑って、一口いただいた。 何だか友達っぽいなと思って、それから、友達だ、と訂正した。 夏以来、二人はセックスをしていない。セフレではなく、フレンドという枠に収まったことになるのだろうか。 夏伊は文系、ヒロと睦月は理系クラスに進むので、同じクラスでいられるのも、あと5ヶ月程度だ。 文化祭の前日は、残れる人は残って準備の最終チェックを進める。 衣装係の子が、夏伊に声をかけた。「今晩はムダ毛を剃っておいてね。手と、足はスカートの線ギリギリじゃなくて、太ももまで剃ってね」 夏伊が渋い顔をする。夏伊は色素が薄いから処理は不要に思ったけど、つるつるの素足を見るのも楽しそうなので、睦月は口を噤んで、先に下校した。