LNCrawler

東の聖女♂は西の地で幸せになります! オリジナル

東の聖女♂は西の地で幸せになります! オリジナル — www.pixiv.net · All chapters

東の聖女♂は西の地で幸せになります! オリジナル

もう東の国は駄目だろう。

ルーラ・ヴェンツェルは手に持つ書類片手に、内心そう思った。

執務室の開け放たれた窓の向こう。暗がりの中、静かに波打つ海の先。その先に東の国がある。いや、今はもうあった、と言うのが正しいのか…。

ここ十年程、随分と波乱に満ちた国ではあった。内乱に次ぐ内乱、飢饉に次ぐ飢饉。海を挟んだ自領にも何れ何かしらの危険が及ぶのではないかと、一族一同心配したものだ。かく言うも自領にはそれを防げるだけの魔法使いや聖女は居ない。あちこちを浄化して回る聖人には一人心当たりはあったが、長期間の滞在を望むのは少々心苦しかった。…知人ならば、と家族には乞われたものだが、聖人自身がややクセの強い男であり、ルーラとしては決して受け入れたくない事情があった。…今ですら偶然訪れ、別件で少々滞在しているのを渋く思う程には。

ともかくである。そんな気苦労はもう終わりだろう。

上の兄達三人、そして当主である父、そしてかつての学友であり今では騎士団長を務めるイルア・グァンスの手腕により、統治されそうなのだ。

人身御供で聖女すら此方に寄越そうとしていたのだが、彼女を乗せたソレが運悪く沈没したのは痛手だったらしい。水難者は皆運よく此方の海の者が救助を済ませたが、肝心の聖女自体は未だ見つかっていない。

それでも東の国は神罰が下ったのか王族貴族はほぼ滅び尽くし、人々は隣国でも良い、と視察に来たヴェンツェル家を統治者に所望しているらしい。東の国とて捜索に出ようにも出られる状況でもないのに、神とは理不尽なものである。最も言うならば、手元にある報告書には何故か武器を携えた船が幾つも港にあった、とあるからには東の国にも間違いなく何らかの思惑があったに違いない。

例えば、聖女が亡くなったのは此方側のせいだと無責任に擦り付け、宣戦布告しようとしていた、だとか…。

流石にそんな幼稚な計画は立てないだろう、とルーラが考えていた時だった。

コンコン、とドアを叩く音がした。ルーラが返事をする前にそのドアは開かれた。

「よっ!ルーラ、暇か?」

「…暇ではない。帰って頂いても?」

「おいおい、その言い草はねぇだろー!一応聖人だぞ、俺」

桃色を思わせる赤茶の髪を持つ流浪の聖人、クースリアである。その後ろには護衛のカルファ・レングリアの姿がある。

「…では、お疲れでしょうから、お休みされますか?部屋は知っているでしょう?それとも案内を御希望ですか?」

本来は聖人であるから手厚く案内しなければならない。しかし、その神託を受ける方法が方法故にルーラは彼の事をあまり好いていない。

曰く、身体の密着である。下品な言い方を言うならば男女の身の交わりである。男同士でも。容赦なく。……身体の密着でのみ光魔法を使い、疲労を回復させる事が出来るのだという。幾度か騎士団長であるイルアが回復して貰った、と言っているがあんまりな話に、ルーラは信用していない。

イスの向きを変え、ルーラは二人を視界から外す。

聖人としてのやる行為自体も苦手ではあるが、今はその髪色でさえルーラには眩しい。なるべく視界の外に居て欲しい存在だった。

案内だのなんだのが終わった後にでも日課としている海の監視にでも行きたいくらいである。

「だぁぁ!話になんねぇな!大事な話があんだよ!聞け!良いから聞け!」

ダン、と響いた音の先に目を向ければ手の平をテーブルに押しつけたクースリアが声を荒らげる。

宥めるようにカルファが肩を撫でるが、それすら鬱陶しいと払い除ける始末だ。唯一の護衛ですら激昂状態のクースリアを止める事は出来ないらしい。

クースリアの目の下には薄っすら隈すらある。気を失った水難者をここ数日ずっと介抱し続けた結果だろう。偶然鉢合わせた所に依頼するより前に立候補したのはクースリアでもあるが、あまり良い状態とは思えない。

「……それで?」

桃色の瞳には激怒だけではなく、疲労も見える。東の地のような神罰を受けるのは避けたい。

話を聞けば多少は落ち着くだろう。

ルーラは漸くクースリアに身体を向けた。

「聖女じゃなかったかもしれねぇ」

「……は?」

「俺が回復してやった奴の一人が…付き人だったらしいんだが…男だって言うんだ。ソイツが付き添いしていたのは。……ただ、今は……居ねぇから……調べようが、ねぇけど……」

クースリアの言葉に、とある救助された者の証言をルーラは思い出す。

激しい衝撃の後、破損し、沈没を始めた船。誰もがその身一つで大海原に投げ出された。浮く木片にしがみつき、沈まないようにするだけで精一杯だったとも。共に同じ木片にしがみついていたその人は、自分にソレを譲り、海底へと姿を消してしまった、とも。それから直ぐに救助されたが、その人だけは助からなかった、と。

その者だけが、唯一の行方不明者だ。

自分の命を捨ててたとしても、人命を救おうとする善人がいるだろうか。それこそ聖人、聖女でしかないだろう。

「…情報伝達のミスか。聖人ではあったんだな」

男よりかは女の方が喜ぶ者が少々多いのは間違いない事実だ。

ルーラからすれば使えればどちらでも良いのだが…。なんならば体力面を思えば、男の方が都合が良いくらいである。そこまでの善性を持つ男ならば、相当扱いやすいに違いない。少なくとも、彷徨い手綱すら握らせないクースリアよりかは。

「いや。それも違うな。その男だって元は聖女の付き人だったらしい。ソレが何故か聖女だって担ぎ上げられて船に乗せられたっていうんだから妙だろ?」

「聖人でもないならば、なんでまた乗船したんだ…?」

「その辺はなんも分かんねぇ。ただその男もあっちでは聖女だとか聖人の世話してたっつう話だ」

偽りの聖女、と言った所なのだろうか。それにしても情報が少な過ぎる。

東の国には聖女、聖人の郷があると言う話を聞いたことがある。そこには数多くの聖人、聖女が暮らしているとも。その中でもランクの高い聖女を寄越す、と言うのが事前の情報ではあったが、その全てが間違っているのだから、忘れた方が良いだろう。

「…まぁ、あとはあれだな…敵国に捧げられて喜ぶ奴はいねぇだろ。俺だって嫌だしなぁ…。ニセモノが居るなら、代わってくれるなら、そりゃあ代わって貰うさ」

「……クースリア、それは…」

あっけらかんとした言い分を宥めるようにカルファが言う。それに気付いたのか、クースリアは誤魔化すように慌てて咳払いをしてから続ける。

「…助かった奴らが聖人じゃないが聖人だって全員口を揃えて言いやがるのも納得だな。一緒に乗ってきた奴らは何かと助けられた奴が多いんじゃねぇか?」

「……そうか…」

ニセモノだったとしても、その者を救えなかったのは違いない。

「クースリア、そろそろ休んだらどうだ?」

軌道修正がうまく行った事に安堵するようにカルファはクースリアを抱き込むようにして言う。途端にクースリアの身体がぐらり、と揺れる。

「あ、あー……そうするけどよ……ルーラ、手、出せよ」

「…手を?なんでまた」

「俺も人のこと言えねぇけどよ…アンタ、すげぇ顔してる。何徹目?まぁ、良いか。ちょっと回復してやるよ」

…身体接触による光魔法から来る回復だろうか。ルーラが手を差し出せば、クースリアが指を絡ませる。

「うぉっ、つめてー!上の兄貴達も居ねぇし、当主の親父さんも居なくて、大変なんだろうけどよ、アンタもゆっくり休めよ」

「……もう少し、したらな」

これが聖人の会話力なのだろうか。暖かな言葉に心が揺れ掛ける。

確かにここ一週間程、まともな睡眠を取っていない。執務室と海岸を行ったり来たりしているだけの生活だ。海の確認が済んだら、久し振りに寝室に行きたい気持ちが湧いてきた。

「ちゃんと休んだら、聖人として何でもしてやるよ?」

「絶対に止めてくれ」

揺らいだ心も、無かったことにして欲しい言葉だ。あくまでもクースリアとは友人で居たい。他の者がどうであれ。

「…?あ、ちげぇよ!?そんな……神託くれてやるとかじゃねぇから!回復ならなんでもしてやるから!任せろって言う意味で!!俺はアンタとはそんな関係になる気はねぇから!!」

結局、あの後疲労困憊のクースリアはカルファに抱き上げられ執務室を去っていた。

その背を見送ってからルーラも日課である海岸の散策に来た。

幼少期は海が嫌いだった。かく言うも兄について行った海上視察で酷い船酔いをしたのもあり、悪い記憶しかなかったのだ。今も船酔い体質は変わりなく、それもあり留守を任されたのもあるのだ。

任された事はこなさなければならない。優秀な兄たちの誰かが家を継ぐことだろう。末のルーラに出来ることと言えば、如何に家名を汚さず過ごすかどうかだ。

それでも何故か言い寄ってくる女が居たりしたが、血縁者を増やすわけにはいかないのだ。

すっかり日も暮れ、空と海の境は溶け切っている。

波打つ音を聞きながら、思考すら投げ捨て歩くのがルーラの日課である。

「……ん?」

ルーラの歩く先に、何かの影が見えた。それも身動き一つする様子すらない。こんな時間に海岸に居る者はいない。どちらにせよ、早めの帰宅を促そうと歩み寄り、ルーラは驚いた。

毛髪一つない坊主頭の人間が横たわっている。

「おい!無事か!?」

怪我一つないことを確認し、波打つ浜辺から引き離す。その身体はどれほど海水に浸っていたのか氷が如く冷たい。それよりも驚いたのはその身体の軽さだろうか。ルーラより小さく、身長はクースリア程……一般男性よりやや小さいくらいだ。その身長ならばもう少し重くとも良いだろう。

「……ん、゛っ…」

掠れた低い声からしてやはり男性だろうか。

「しっかりしろ!」

瞼が揺れ、ゆっくり、ゆっくりと開かれていく。

金色の瞳が、宙を彷徨う。

「…あぁ…海底にも……ひとは、いるんだな……」

ルーラを認識したのか、しないのか。揺れたまま視線は止まることもなく、再び瞼は閉ざされていく。

「おい、っ…!」

どこの誰かも分からない人間と言えども意識を失った者を放置出来るほどルーラは冷酷ではない。すかさずその身体を抱き上げ、館へと走り戻った。

「ルーラ様!?そのお方は…!」

「海で拾った!すまない、暖炉の準備を!」

「はいっ!」

使用人に告げ、空き部屋にその男をとりあえず寝転ばす。それでもルーラはまだ止まらず、走り続ける。

「おい!起きろ!」

客間のドアを叩き、訴える。尋常じゃない声に反応してか、ドアが直ぐ開いた。

「何かあったのか?」

「クースリアを出せ!聖人として何でもする、と言ったよな!?」

「んなこと言われたって…あいつも今寝たばかりでよ…」

「聖人の仕事だ!!今すぐ頼む!」