第八話 前座
第八話 前座
キャプション注意書きを読んで、自衛をお願いします。
ここは作者の妄想でできた二次創作、「解釈違いも大丈夫、なんでも許せるし、雰囲気で楽しむ!」という方向けです。
もやしの妖精の名前、知っていますよね。
神田 サイド
優しく木製のテーブルを叩く軽い音が聞こえて、神田は思い出の海から顔を上げた。開いているだけだった目の焦点を現実に合わせて、周りの確認をする。
音を出していたのは隣にいるオリバーだったらしい。少し心配そうな顔をする彼と目が合った。
「神田くん、随分と熱心に資料を見ていましたね。そんなに今回のターゲットに気になることがあります?」
教授から声をかけられるが、素直には答えを出せなかった。柔らかいグリーンの瞳がまっすぐに神田を見つめていて、心の底まで探られそうに思った彼はあいまいに頷くと、話を逸らしにかかる。
「ええ、まあ。……それよりも、めあさんって、こんな犯罪者捜査までするんですね。本当に手段は問わないんですか?」
今の彼らにとって、本題はボスの友人が情報交換しようと持ち掛けてきた依頼なのだ。
「うん、方法はなんでもいいし、犯人の特定さえされなければ痕跡を残してもいいって。ちゃんと情報搾り取って、死体を残さず消してくれってとこを念押しされた。
目的は、資料に書いてある一連の贈賄騒動に関わる奴ら全員の名前と、こいつが知っている限りの情報を洗いざらい吐かせて死体も残さず消すこと、って言われたから」
「簡単に言ってくれるけど、まあまあ大変よ。相手のガードがけっこう固いからね。常に見張り役をつけてるじゃん」
目的を話すボスと、実行手段について相談を始める店長を横目にして。
神田は再びボスから受け取った資料へ意識を向ける。用紙二枚にまとめられた情報は、今回のターゲットの性格と一日のタイムスケジュールに始まり、行きつけの店、公私合わせた人間関係、仕事内容に、職場と屋敷の見取り図まである。
だが、彼が見ているのは記されたターゲットの名前だけだった。
記された文字列を指でなぞる。忘れもしないかつての記憶がよみがえる。
「お久しぶりですね」
小さく漏れ出た声が唯一事情を知る夢追には届いたらしく、ちらと視線をこちらに送って来た。
『ジョニー』 サイド
いつだって、チャンスは唐突にやってくる。問題は、ただの試練や変化でなく『絶好の機会』であると認識して行動を起こせるかどうかだと、ここの組織のボスはよく言っている。
たとえば、組織に入って三日目の新人が郵便受けから新聞と共に取って来た封筒の中身を見て、驚かず疑わず、口の端が上がるのを隠さない胆力なんかが、彼の言う『チャンスを掴む力』だろう。
「おい、新入り。ゆめお、といったか。本当に周りには誰もいなかったんだろうな」
ボスはお茶を淹れて運んできた新入りに、すごみを聞かせながら確認を取る。でっぷりと見事に太ったおじさんに睨まれたら、大体の新人は委縮するだろう。
「はい、ただの通行人とかならいましたが。不審な人物、もしくは立ち去る人影、というイレギュラーな人なら、誰もいませんでした」
だが、彼はまったく物怖じせずに淡々と答える。整った顔に爽やかな笑みまで浮かべて、今日の天気予報でも聞かれたような軽さである。
近くに座る幹部が、片眉を上げながらこちらに顔を向けてきた。秋も深まってきたにもかかわらず袖の無いパーカーを着た細身の新入りへ、ちょっと意外そうな顔をする。おそらく、こいつ、ボスに対して縮こまったりしないのか、なんて、思っているのだろう。
ボスは返事を聞くと、「そりゃそうだろうよ」とだけ呟いて、デスクに置かれた湯呑を掴んだ。太くて力強い指には、いくつかの虚栄を張る指輪がはめてある。火で炙ったら楽しそうだ、なんて、暗部にいる拷問官なら誰もが考えそうな装飾品だった。
茶を飲みながらもう一度読み返すと、ボスはこらえきれなかったのか、新人の目の前で笑い出した。あまりに急で、新人だけでなく近くにいた強面の幹部たちまで驚いた。
「お前ら、いい仕事が舞い込んできたぞ。新入り、お前の初仕事だ。せいぜい気張っていけ」
大声で意気揚々とボスは宣言する。困惑しながら、いや、困惑したフリをして、名指しされた新入り――ゆめおは、「はい」と返すのだった。
その日の夜更け、組織が拠点としているビルの前の道に、人がまったく通らなくなった頃だ。一台の車が、出入口の前に止まった。黒塗りの、一般的なオフィス街ではまず通っていない高級車である。
ボスに言いつけられて一時間前から扉のすぐそばで待機していた新人は、助手席から降りてきた男へ挨拶のために近寄る。
男は、180cmほどの高身長で、ガタイがいい。事務所から漏れる光でもわかる、オレンジの髪に黒のインナーカラーが映えるし、瞳は鮮やかなオレンジと紫色をしている。
「ようこそ、今夜はどんなご用件でしょうか」
人当たりのいい笑顔を作って、ゆめおは丁寧に尋ねた。
「あなた方のボスへお手紙を差し上げた者、と伝えていただければ、きっと通じると思います」
特徴的ないい声で、地域性のある話し方をあえて打ち消しているのだが、消しきれていないイントネーションで男は自己紹介をする。誰に見られているか分からないため互いに表情を作っているのだが、彼は滅多とない特殊な空間とこの芝居が可笑しくてたまらないようだ。口元が笑っている。
視線だけでちゃんと顔を作れ、と注意して、組織の新人は事務所で落ち着きなく待ち構えているボスの元へ報告に向かった。
事務所のドアを開けた途端に、中にいる役職持ちの面々の視線が新入りに集中する。室内はひりついた空気で一杯だが、新入りのゆめおは平素とまったく変わらない、むしろ口元の笑みを深めてさえいる。
「誰だ。何て言ってきた」
組織の、この場にいるゆめお以外の全員の意を代表して、ボスは問いただす。幾度となく修羅場を乗り越えてきたボスも、さすがに緊張しているのか、デスクの上にある握りこぶしはかすかに震えていた。
こんな程度で震えるなんて、見かけ倒しもいいとこだぞ、と内心では相手の値踏みをしつつ、張り巡らせた仕掛けが動いていく音を聞く。
ゆめおは自分にできる一番の爽やかな声で「朝の手紙を送った者だ、とおっしゃっています」と答えた。
普段ならば爽やかに言い切るのか、なんて指摘をされるだろうが、今回ばかりはボスも周りもそれどころではないらしい。事務所は息苦しいほどの緊張に包まれた。
「すぐにお通ししろ。分かっているな、過去最大、組織を立ち上げてから最大の取引だ。一個でもミスしてみろ、その細い首と胴が泣き別れることになるぞ」
「はい、分かりました」
ずいぶんと古めかしい脅し文句を使ってくるボスにさっさと背を向けて、ゆめおは客人を招き入れるべく外へ向かう。後ろに幹部の一人が付いてきて、厳しい視線で「もっと警戒心を持て」とか警告をしてくるが、どうでもよかった。
どうせ、数分後にはみんな血の海に沈むのだから。
だが、前座である芝居を成功させないと、メインイベントは始まってくれない。今はしっかりと演じていこう。
少しだけ反省した『演技』をして、新入りらしく玄関を開けて待つ。目上を敬う若者らしく、扉を押さえて待つ。
幹部は高級車へ近寄ると、丁重に挨拶をして賓客を招いた。ゆめおと話した男がドアを開ける。車から降りてきたのは、最近世間を騒がせている贈賄騒動の中心人物であり、危険人物神楽めあが出してきた依頼のターゲットだ。
一流企業の代表であるこの初老の男が、護衛であり腹心の部下を一人だけ、あとは運転手と新入りを連れてきて、こんな二流の組織の元へ来たのは、異例中の異例である。
チャンスはやってくるのを待つんじゃなくて、作るんだよ。
ここのボスへ、夢追はそう心の中で言ってやる。
ゆめおは頭を垂れて、国の経済界隈の重鎮を迎え入れる。隠れた顔は獲物を視界に捉えたハンターであった。
扉を閉める直前、そっと仲間へアイコンタクトを試みる。周りから怖がられる瞳孔の開いた笑みを送れば、同じ地獄の釜の飯を食べた彼もまた、ガンギマリの笑顔を返してくれた。
「さてさて、今宵はお越しいただきありがとうございます。我々は様々な方法を駆使して、護衛も掃除も行っております。とくに護衛においては一定以上の業績と信頼を誇っておりますが、やはり、最近の新聞に書いてあることが原因でしょうか」
組織のボスは愛想笑いか緊張を誤魔化す笑いか分からない表情をして、口上を述べる。対する客人は重厚にまず頷いて、当然のように上座へ何も言われていないが座る。経済界の重鎮として長年清濁併せ吞んできた実力者らしい、堂々として、且つ、ふてぶてしい振舞だった。
客人は無言でボスを睨みつけると、ボスの商売口上を鼻で笑い飛ばしてから話し出した。
「まずは合格だな、自分から脅迫めいた紹介文を書いておいて商売の口上を言える図太さは買ってやろう。
で、お前の握っている証拠と引き換えに、俺らの安全を保障する護衛をつけて、ついでにちょっと他の商売の口利きでも頼みたいってか」
「へえ?」
「なんだ、そんな間抜けな顔を晒したって騙されるか。俺はお前ごときに腹の探り合いをする時間はない。さっさとお前が掴んでいるモノを出せ。そして書いていた条件を出したらどうだ。話しが進まない」
面倒くさそうに、しかも機嫌の悪さを全面に出してターゲットは話す。対面に座るボスは当たり前だが、なんのことか分からずに間抜けな顔を晒している。
「あの、お手紙では、『最近身の回りが騒がしいから、静かにさせるために手伝いをしてほしい』と書かれておりましたから、なんのことやらさっぱりでして……」
尻すぼみになりつつ『エサ』は言うと、『獲物』は額に青筋を浮かべてきた。
「てめえ、生ぬるい芝居をしてんじゃねえ。今朝『子会社に対して不当な圧力をかけ、ペーパーカンパニーを立ち上げ脱税しろと指示した会議の議事録および録音がある。新聞各社にコピーを渡されたくなければ、夜中にここへ来い』って脅迫文を送って来たのはお前だろ。それともなんだ、送ってきたのはお前の部下で、自分は知らんのか。あれほどに事細かに書けるのは、内通者がいるからだろう。出せ。裏切り者を出したらお前の条件を飲んでやってもいいんだぞ」
今にも机を蹴り飛ばしそうな勢いでまくし立てるが、話を聞くボスはただ「なんのことですか」と戸惑うばかりだ。滑稽なのは、でっぷりと太った体を小さくして顔じゅうから吹き出る冷や汗をハンカチで拭く仕草だ。まだ三日しかこの組織に出入りしていないが、普段の横柄な姿からは想像もできないくらい、見事な小心者の姿、ただの雑魚だった。
真面目な顔を作りながら観察を続けるのも大変だ。夢追は必死に笑い出すのをこらえつつ、対象の観察を、準備が整うのを待っている。
「えっと、その」とまごつく相手を見て、なおさらにターゲットは青筋を立てる。だが、横に控えていた部下が肩をたたいてそっと引き留めた。
「代表、押さえてください。アレが、本命なのでは」
静かにそれだけ言って、彼は視線をゆめおに向ける。言葉を聞いてこちらを見た途端に、ターゲットは納得したらしい、目つきを変えてきた。
「お前が黒幕か。わざわざ人形を仕立てるとは面倒をする」
眼光鋭く断定してこられても、正体の一部を見破られても、彼は一切動揺しない。
いい加減、新人のゆめおという演技にも飽きた。ここでとぼけるのも一興だが、もうすぐ準備は整う。少しだけ芝居を打って反応を楽しんでもいいかと、即座に夢追は判断した。
「さすがに分かりますか。ちょっと遊んでみました」
悪びれもせずに言って、控えていた壁際からステージの中央へと歩いていく。
響かせる足音に紛れて、かちりと、すべての準備が整った音がした。
「しかし、こんな罠にかかるなんて、あなたはとんだ短気ですね。おかげで助かりました。下準備がたったの三日間で済みましたからね」
悪役、サイコパス、狂気に満ちた殺人鬼。
そんな役どころのセリフでも読むかのように、彼は声色を変えた。
「では、芝居は終わりにしましょうか。楽しい食事会、食材になる皆さんには、存分に最後の悪あがきをしてもらいたいですね。ただ狩られるだけ、なんて、つまらないことしないでくださいよ」
事務所にいる全員に知らしめるように、両腕を軽く広げて、挑発する笑みを浮かべて。
全員が歴戦の強者の圧に飲まれたとき、ドアを蹴破る轟音と、窓を割る耳障りな音がした。
飛ばしても平気な あとがき
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
皆さまご存知、『イケボ達の夜』を書かれている多界隈オタク様にリクエストを送り、応えていただいた者です。みなさん、この「イケボホストクラブ」×「裏社会」×「人外」というすごい設定を盛りまくった小説を好まれる皆さんなら、セリフを読まされるあの面々が大好きと推察いたします。私は大好きです。そして、そんな場面を書いてくださっています。
ありがとうございます最高です。
皆さま、好きなシーンを書いてほしいと少しでも思ったら、リクエストを送りましょう!
(作者は送っていただいたリクエストに応えようとしていますが、ストーリー上反映に時間がかかっております。多分、次で出せるので、もう少々お待ちください)
一丁前にどう書いていこうか悩んでいたら、リクエストに応えていただいて、頭ガーンと殴られました。でも、場面を書けども続かない、納得できない。そしてここまで投稿できずにいました。遅くなり、申し訳ありません。
次からはもう少しマシなペースで書きたいですが、どうなることやらわかりません。
でも、私が読みたい二次創作を私が書いているので、ちゃんと続きます。
この小説は、作者自身が読みたい二次創作の小説を、読みたい設定を盛って、「悪で魅力的な姿」「厄介客を返したり、他の場面でも見せる治安の悪い姿」を読みたいがために、書いています。要は、自給自足です。
少しでもお楽しみいただければ、幸いです。