第十一話 店名も不明なこの店は
第十一話 店名も不明なこの店は
キャプション注意書きは読まれましたか。
こちらはお名前をお借りしただけの二次創作、フィクションです。
解釈違いや地雷を避けて、自己責任でお進みください。
社交界に出入りする各界隈の実力者たちの中で、まことしやかに囁かれている『噂』がある。
裏通りに、店名を出していないホストクラブがある。客は一見さんお断り、紹介状を持っていないと入店させてもらえない。そもそも、紹介状を持っていなければ店へたどり着けないという話もある。
そして店のルールは、信じ難いほどに客側に都合のいいものばかりだ。
いわく、店で客が話した内容を絶対に外へ漏らすことはしない。
いわく、ルールさえ守っていれば、店内での身の安全を保障してくれる。
いわく、店では安全な飲み物しか提供しない。
昨日の友は明日の敵となる社交界、ふとしたときにこぼした情報が命取りになる上、どこで暗殺されるかもわかったものではない。だが、愚痴を聞いてほしいのが人の弱さだ。
『噂』は、そんな人々が作り出したような、あまりにも都合のいい内容だと言える。
ただ一つだけ、噂を語る人々が確信を持って語ることがある。
――キャスト達は全員、イケボだった。まるで誘惑してくる悪魔の声のように、魅惑的であった。
誰が呼び始めたか分からないが、店名も不明なこの店は『イケボホストクラブ』と呼ばれている。
エバンス サイド
大通りから一本逸れた細い路地に、外観は洒落た喫茶店のような、barのような、なんとも飲食店らしいが正体の分からない店がある。店名を示す看板はなく、ドアに『OPEN』の札をかけるのみ。ブラインドを降ろした窓から明かりも漏れてくるため、本当にお客を迎え入れる準備はできていると分かる。
そんなドアの前に立ちすくみ、手元とドアノブを交互に見ている人物がいた。
背格好からして、女性らしい。もう日は落ちているが目深に被った帽子のせいで顔はよく見えず、地味でくたびれた……くたびれたように加工したねずみ色のスーツを着ている。道ですれ違えば、まず印象に残らない。記憶に残さないための姿だった。
少し出勤時間に遅れてしまったオリバーは、副業先の前で挙動不審になっている人物をしばし観察し、そんな感想を抱いていた。
店の前で迷っているなら、おそらく新規の客だろう。誰からのどんな誘いを受けたか知らないが、客は店前まで来てまだ足を踏み入れる覚悟ができないらしい。もう一押しを自分がするか、それとも客が決断するのを待つべきか。いや、遅れてしまっているのだからまずは裏口から出勤しておこうと、オリバーはそっと場を離れる。
彼が裏口へ回った時、ちょうど、正面からよく通る声がした。
「いらっしゃいませ。ご来店、ありがとうございます」
どうやら先ほどの客は自ら足を踏み入れたようだな、と状況を読みながら、まずオリバーは二階へあがる。出勤時の諸々を済ませて、身だしなみのチェックもして、それからやっと、彼は一階の、店のマジックミラーの裏側にある控室へ顔を出すのだ。
「こんばんは。遅れてしまって申し訳ありません」
そう声をかけつつドアを開けると、本日のキャスト役である神田とロベルが座っていた。二人して振り返り、明るい挨拶を返してくれる。
「おー、こんばんは」
「こんばんは。どうしたんですか、大学で学生に質問攻めにでもされました?」
「学生だったらまだよかったんですけどね……。いや、それよりも、ベルさんはさっき遅れるって連絡ありましたけど、今夜は平日なのに全員出勤のシフトなんて、珍しいですね」
大学での余計なことをしゃべりそうになって、ちょっとだけ大げさに打ち消しながらもオリバーは気になっていたことを聞いた。
「それな、俺も思った。平日ならキャスト二人か三人で十分なのにな」
ロベルが間髪入れずに同意を示してくれる一方、神田は年上の後輩たちへ意味ありげな笑みを送って来る。
「あのお客のせい、じゃないですかね。たまきさんの招待状を持っていますから」
夢追 サイド
「いらっしゃいませ。ご来店、ありがとうございます」
十分近くも店の前で逡巡していた客がやっとドアを開けたとき、まず夢追は店長らしくカウンターの向こう側から声をかけた。
「え、ええ」
客は見ない顔だった。物理的にも目深に被った帽子のせいで見えないが、席に着かず困惑して立ち止った挙動が、「自分は初めて来ました」と言っているも同然なのだ。
「まずはカウンター席へどうぞ。ここはどなたの紹介でお知りになりましたか?」
自分の前の席を勧めつつ、この客はどこまでの説明を受けてきているのか確認を取ろうと、店長は話題を振った。店へ『偶然』入る客はいない。店名も出していない裏通りの店なんて怪しい場所へ自ら足を踏み入れる命知らずだったら、それはそれで面白いため歓迎するが。基本は誰か――常連客の紹介で来るか、キャスト達やオーナーが誘い出した『獲物』か、だ。
前者ならばただの客として丁重に扱うのみ。後者ならば、特別なもてなしが必要になって来たりもする。
「私、知り合いに教えてもらってきたの。コレを。黒いカードを渡されたわ」
説明をしながら客は夢追へ一枚のカードを差し出してきた。受け取って現物を一通り確かめれば、真っ黒なカードの裏に黒地に白文字で店の特徴を書いてある。
――オーナーからの招待状、しかも黒か。
夢追は招待状にある仲間からの無言のメッセージを確認すると、落ち着かない様子でテーブルの上で手を組み替えているお客へ、当たり障りのない笑顔を向けた。
仕事の始まりは、情報収集からだ。
「ありがとうございます。では、お知り合いの方から店についてなにかお聞きになりましたか?」
「実は……あまり詳しくは聞いていないの。あの方も『パーティー会場で受け取ったの、あなたにも渡してほしいって頼まれた』とだけで」
客はとても不安そうに言葉を切ると、帽子を外してやっとキャストと目を合わせた。
「聞いたのは、ここがお酒を楽しく飲ませてくれるってことだけ。噂通りのお店だって、あの方は言っていたけれど、本当なの?」
気の強そうな客の顔に浮かんでいるのは、不安と期待。だからこそ、店長はあえて間を持たせて、口元の笑みを深くする。客の質問に答えるのは簡単だが、面白くはない。
仕事の、いや、工程の中に楽しみを見出すのは働く側の勝手だろう。結果が変わらなければ、雇い主は文句を言わない。
「噂、とは、何のことやら分かりかねます。私たちはただ、お客様に良きひと時を提供する、心休まるひと時を過ごしていただくために、サービスを提供するのみですから。
お酒やソフトドリンク、つまみも色々と準備しておりますし、話を聞いてほしいと言われたときには、キャストを誰かつけたりもします」
夢追はゆっくりと店の説明を始める。持前の声を生かして、芝居がかった話し方をして、客の興味を搔き立てながら。
案の定、客はエサに食いついてきた。
「キャストって、どんな方かしら」
手ごたえを感じながらも表では平静を装い、店長はカウンターの引き出しから名刺と同じくらいの大きさの紙を取り出して、片手で客の前に扇状に広げて見せる。
それは、一枚ごとにキャスト達の名前と顔写真を載せてきらびやかに装飾を施した『広告』、と彼らが呼ぶものだ。各々の個性が表れていて、ワインレッドの背景を使っていたり、カクテルやバラのブローチの写真を飾っていたりする。
「今日は僕を含めて五人が出勤していまして、お相手できるのはこちらの四人です。お客様から一番指名をいただいているのは神田笑一。全員話し上手の聞き上手ですが、彼は特に間の取り方もうまいですね。お客様自身も気づかれていない要望に応えるのが得意で、こういう店を初めて利用される方にもおススメできるのが彼です。
オリバー・エバンスと夕刻ロベルは入って三、四か月くらいの新人ですが、彼らも期待の新人、というかもう一人前ですね。どちらかと言えば、オリバーなら落ち着かせてくれたり軽く接したりをお客様に合わせられるタイプ、ロベルは気の休まる友人のような近さと親しみやすさが持ち味です。
今夜は担当しませんが、もう一人がベルモンド・バンデラス。誰よりも渋みのある大人ですから、相談したい時や大人のゆとりのある相手を望まれる方はほぼ彼を指名されています」
一人ずつ指し示し紹介ながら、店長は客の観察をする。目の前の獲物は平静を装いながらも隠しきれない好奇心と興奮を持っていて、しっかり魚がエサに隠れている針を飲み込んだ手ごたえが伝わってくる。
「ねえ、ここにあるってことは、あなたも指名できるの?」
ワインレッドの背景を使った『広告』を指さしながら、そこから目を離さないで客は聞く。
「ええ。私、夢追翔も指名できますよ。……いかがですか。気になる者はいましたか?」
特別に作った声も表情も崩さないまま、店長として確認を取る。もしオーナーが紹介をしていたら、「どの魅惑の声を所望しますか?」とか言いそうだな、なんて、頭の片隅に仕事の上司の顔が浮かんできた。
夕刻 サイド
「今夜もありがとうな、また来てや」
普通の客を見送って、ロベルはそれなりに客の入っている店の控室へ戻る。マジックミラーから店内を観察する店長が「お疲れ」と声をかけてくれて、「うん」と軽く返しながら隣に座った。
「ロベちゃんもお客の相手、上手になってきたね。まだホスト感は全然ないけど」
「むしろみんながどうしてそんなにホスト感を出せるのか、俺は不思議でしゃあないんやけどな。あと、夢ちゃんかて店長の圧は出してきてもホストって感じは出さんやんか」
言い返してみれば、相手はけらけらと笑いながら「まあまあ」と誤魔化しに入ってくる。ロベルとしてもオープニングトークはこのくらいにして本題に進みたかったため、追及せず流れを変える。
「なあ夢ちゃん。最初に来たお客、黒に白文字のカードやったな。たまきさんからの招待状やろ」
真剣な硬い声を出せば、夢追も合わせて表情を引き締める。
「そうだね。ただ情報だけを会話から引き出せって意味だよ。赤の縁取りがないから、殺したり勘づかれたりしちゃダメ。そりゃ数日前、深夜の後片付けが終わった直後にも聞いたけどね、依頼主から情報を引き出してくれって言ってきたとは」
依頼主、と発音するときの夢追の剣呑さに、ロベルは一瞬だけ身構えた。だが相手はロベルの反応を気にしないで、すぐに雰囲気を戻して会話を続けていく。
「でも面倒だよね。どこからとっかかりをつくったもんかな」
弱音とも愚痴とも取れる言葉を言っているのに、当の本人は楽しそうに口角を上げているのだ。頬杖をつきながら相手の目を見て反応を伺ってくる夢追の発言と表情は一致していない。
「そんな気の弱いこと言いながら、どう引き出してやろうかってワクワクしとるやろ?最初の指名を取った店長が、手ごたえを感じてないワケがないよな」
だからこそ、ロベルは軽く振る。いたずらっ子が仲間を誘うときのような、共に遊んでくれると信じている期待のこもった聞き方をする。
「いやいやホントに困るって。ロベちゃんも自分だったらって考えてみてよ?僕らはあのお客について、当人が話したこと以外は知らないってフリをしながら、裏取引の会場か時期かもしくは商品についての詳細、とにかくお客が持っている情報を引き出さなきゃならないんだから。会話の誘導をしようにもさ、始まりだとか話をさせる流れへ持って行く方法とかさ、どうしようかなってなるでしょ?」
夢追は早口で少しトーンを上げて手振りも入れて訴えてくるが、言葉を紡ぐ口元は終始笑っていた。手間取った時の予防線を張ろうとしているだけと受け取って、さらにふざけて追撃してやろうとロベルが身を乗り出したとき、背後にあるドアが開いた。
「お疲れさん。何の話をしてたんだ?例の客か?」
低く心地よく響く重低音の持ち主の登場に、二人はまず「お疲れ」と返した。
「せやで。夢ちゃんてばたっのしそうな顔しながら自信なさげなこと言いうんやで。絶対フリやって思うやろ?なあベルさん」
ベルモンドはこれだけを聞いて理解したらしく、「あのね」と説明しようとする夢追より先に笑い出した。
「ゆめおはただ尋問ができないって残念がっているだけだろ。あの招待状じゃ、ちゃんとした客として扱わないとならないからな」
「別にそういう訳じゃないよ?そうやって聞いたほうが確実で早いからさ。あと、よく勘違いされるんだけどね、尋問するの自体も楽しいけど本当に好きなのは生きようとしている姿を見ることなの。弱らせるのもただのプロセスで、弱ったところから立ち直ろうとする姿が、生きようとする姿勢を見たいの」
不服そうに夢追は言う。
早口で真剣な語り口に、本気だと分かってしまったから。
「夢ちゃん、そういうとこやで。サイコパスってよう言われる理由」
真顔で伝えると、夢追はきょとんとして「なんで?」と聞き返して、これは本物だなとロベルは確信した。
飛ばしても平気な あとがき
ここまでお読みくださりありがとうございます。また、いいねやブックマーク、コメントまでくださりありがとうございます。本当に励みになっております。どんどん感想ください。気軽にください。お手柔らかにオタク感を出してくださいよろしくお願いします。
そして、更新が大変遅くなり申し訳ございませんでした。単に書けなかった、とにかく書けなかった、それだけです。でも書きたくてたまらなかった。
しかしこんな無駄な近況報告はどうでもいいのです。読まれましたか皆さま、あの『イケボ達の夜』のシリーズ第六話を読まれましたか。あの多界隈ヲタク様の作品を!!!読んだらもう最高としか表現のしようがない。ですからぜひ、読んでください。
(実は、リクエスト送ったのが私です。快く受けてくださいました。リクエスト送った当人の想像をはるかに超えるほのぼの感、控室のお話。ネタばれしそうになるので語りは自制しますが、とにかく満たされます。本当に書いてくださりありがとうございます!!!)
この先、私(読者兼作者)の感想めいたこだわりのようなものを書いておきたいと思います。別に読んだからと言って何がどうということもない、ただのオタクの語り、解釈ですので、飛ばしてくださってけっこうです。物好きな方はどうぞ
ロベルさん視点での夢追さんとの会話の中で、字の文に『手間取った時の予防線を張ろうとしているだけ』という箇所がでてきました。これ、ロベルさんにとって「夢ちゃんがお客から情報を盗み出せないわけがない」という確信があるからこその思考だよなって思っています。もしくは、このお店で働く仲間が情報を引き出すのは確定だって信頼があるか、どちらにしろ、ですよね。
毎回、番外編や幕間以外は本文内のキーワードから題名を取っています。第二話だけはキャプション注意書きから引用しました。第二話はキャプションにおまけの小説あるので、まだ読まれていない方は、よければどうぞ。
このシリーズはひたすらに、「悪で魅惑的な姿」と「厄介客を返したり諸々した時の、治安の悪い姿を読みたい」という作者の欲求から書いています。要は自給自足の物語です。そのため、作者の好みの展開やこだわりが盛りに盛られています。てんこ盛りです。
皆様にも、少しでもお楽しみいただければ幸いです。