18話 罠に入ったのは、どっちだったでしょうか
18話 罠に入ったのは、どっちだったでしょうか
こちらは二次創作です。お名前だけをお借りした二次創作でありフィクションです。実在する方々と一切の関係がない、作者の妄想を形にした駄文です。妄想と現実の境をきっちり分ける能力がある方向けの、二次創作です。
決して他人様に迷惑を掛けず、お一人でこっそりとお読みください。
シリーズには、「流血」「暴力」「殺人」などの描写が出てきます。今回強めに出てきます。
人外設定もあります。
他の地雷になりそうな細かな箇所はキャプション注意書きにまとめてあります。
自己防衛し、解釈違いを起こす危険を承知、かつ、解釈違いを恐れない方のみ、先へお進みください。
夢追 サイド
夜の街は基本的に騒がしい。大通りで人が多いから。しかも、仕事も接待も娯楽も混ざって、『表』では隠す本性を『裏』だからと出していて、非常に賑やかになる。
大通りから一本二本入り込んだ場所にあるこの店にまで、そのけん騒は聞こえてくる。だが、店には店の音があるのだ。
例えば、数時間前から身じろぎ一つしないネズミの、音のしない匂いだとか。
二階の休憩室で出番を待つ仲間たちの、静かで肌のヒリつく緊張感だとか。
そう、店へ向かってくる二人組の足音なんかも、良く響く。固くなったしゃべり声も合わさって聞こえてくるから、おそらくこれは標的のものだろう。
「時間ぴったりだね。罠に来るって言うのに、律儀な害獣だ」
真っ赤な瞳で時計を見やりながら、カウンターで待ち構える拷問官は一人呟いた。
バンデラス サイド
シマの見回りと部下の面倒や厄介事の始末をして、昼過ぎに出た事務所にベルモンドが帰って来れたのは、すっかり夜も更けた時間帯だった。
非常灯ばかりが煌々と周りを照らしていて、人っ子一人いない静まった空間。『外仕事』に出ているのか、残業無しで帰れたのか。どちらにしろデスクに人がいなくて、幹部は穏やかに微笑んだ。
奥まった場所に置いた自分の席まで歩いていけば、靴が床を叩く音が確かに響く。日中はけん騒に紛れて耳に届かない音。部下達の仕事が順調な証拠に思えるから、遅い時間に戻るのも悪くない。
だから、最初にデスクの上に置かれた資料を見て、明日に回さず、すぐに目を通すことにした。
だから、紙の束を持ってするりと落ちた手紙に、一層冷えた視線を送っていた。
何年も事務所を持って大勢を率いてきた彼に、デスクへ紛れ込ませてきた手紙は多数あった。そして一枚の例外もなく、差出人は厄介な事態を紙につづっていた。
「今度はどんな厄介事だ?」
顔の見えない差出人に向けて聞きながら、封を破り便箋を広げる。
―― ――
静かな空間に、深いため息が吐き出される。険しい顔つきで、ベルモンドはコートを手に取った。
向かう先は、信頼できる仲間であり協力関係にあるボス――犬山の店だ。
犬山 サイド
深夜、もう店を閉めるくらいの時間。休憩室でオリバーと雑談していた犬山の耳に、重たい足音が聞こえてきた。
「おやおや。こんな時間に来客とは」
同じく聞き取ったらしいオリバーも、不思議そうに声をあげる。
「夢追君が通したってことは、知り合いかな」
「店長が不審者を通すはずないですしね」
二人して呑気に話しながら、しかし視線はドアに向けている。
急な来客はすぐドアの前につき、軽いノックと共に声をかけてきた。聞き覚えのある低音に、姿を見る前から犬山は相手の姿を知った。
「失礼」
内側から答えるより先に、答えが要らない仲である彼は入室する。
だが、普段の彼とは違う。美しい顔には険しい表情があり、大きな肩には幹部たる圧力を羽織っている。
「急にすまないが、犬山、話があるんだ」
まっすぐに見つめてくる琥珀の瞳に、柔らかさは一切ない。良く響く声は、仕事の緊張を伝えてくる。
「ベルさんがこんな時間に、だなんて。ずいぶんと大事な用なんだね」
だから犬山も、目つきを変える。少しだけ背筋を伸ばして、自分の正面の席へ手招きする。犬山の斜め前にいたオリバーは、無言のまま席を立っていた。客人が着席するのを見届けると、静かにドアの向こうに消える。
「ああ。お前たちにしか頼めない依頼だ。迎撃の協力、場所の提供、そして必要があれば、情報を引き出してほしい」
今回のベルモンドの態度は、仕事の交渉というよりも、真剣な相談という表現が当てはまる。実に率直で隠す気のない話し方だ。どうやら、駆け引きをする気はないらしい。
ならば、相応の対応をするものだ。彼は同じ組織の仲間でもあり、最大の協力相手でもあるのだから。
「随分な大仕事だね。詳しく聞かせてよ」
大体の場合において、他の組織へ持っていく依頼は単体であり何かしらの補助のみだ。戦闘だけ、情報を持っている奴の確保の手伝い、拷問、もしくは、目的の品を探してほしい。そういう類いが多く、複合させてくることはほとんどない。依頼とは、己の組織で賄いきれない仕事量を外へ任せること。信頼できる相手でも、内部事情が垣間見える依頼を回さないのが吉、なんて、この世界の常識だった。
逆に複雑な依頼というのは、信頼の表れであり滅多とない危険で大きな仕事である証左なのだ。
暗部からの依頼しかり。ギャングスターへ持ち掛け、互いに依頼しあった『十色王冠』の件しかり。
だからこそ、犬山はまず詳細を求める。
「相手は不明だが、ギャングスターの事務所へ手紙を置いてきた。最近、重要な情報を掴んだから、できれば買い取ってほしい。会ってくれるだけでいい。場所と時間の指定は俺に任せる。と、まあざっくりまとめるとそんな内容だ」
ベルモンドが苦い顔をする割には、相手が書いてきた内容は陳腐に思えた。彼らの事務所の警備について一切の知識がない犬山だが、侵入されて、書いている内容がその程度で、『ギャングスターのフォアグラ』と名が知れ、恐れられる彼が急いで依頼を持ってくるだろうか。
犬山は黙って相手の次の言葉を待った。表情を隠さないでいたから、おおよそ疑問は伝わったらしい。重々しいため息を吐き出してから、ベルモンドは口を開いた。
「……俺らが、『十色王冠』を追って売人を見つけていたことも、手紙に書いてあった。『十色王冠』を探していたあなたたちの本当の目的はきっと、どこからともなく流れている人身売買のオークションについて探っているからでしょう。我々も同じ目的を持ち、会場を探す手がかりを見つけられた。だが、手繰り寄せるには力が足りない。この情報を買い取ってくれ、と。そうあったんだよ」
途中から両肘をテーブルについて語っていた彼は、最後の一言は目を伏せてから口にした。
「無視するには、手紙の主は詳細に内部情報を知り過ぎている」
それは、小さいながらも感情を雄弁に表す動作だった。仲間を大事にする彼にとって、裏切り行為の可能性が見えることは辛いだろう。例え違ったとしても、頭の痛い問題であることに変わりない。
「なるほどね。だからボクらに持って来てくれたんだ」
「ああ。頼む」
そうそう聞けない真剣な声には、滅多としない真面目さで返す。
「いいよ。他でもないベルさんの依頼、受けるよ。報酬は、迎え撃つ相手達の命は一切保証しないことと、得た情報はできるだけ共有すること」
できるだけ、な。そう口の中でベルモンドは思案顔で繰り返す。ほんの数秒だけ勘定してから、彼はまっすぐにこちらを見てきた。
「情報はまあ、あの時の……王冠について暗部から依頼があったときからの話がある、伝えるつもりでいるさ。敵のことも別に構わんよ。おおかた、あいつらが腹を空かせてきているから、食事の機会を作りたいんだろ?」
「さすがベルさん。じゃ、日を決めようか」
「襲撃してくる奴らの相手は一晩でおわるだろうけど、情報を吐かせるの、丸一日は必要だよね。しかも、休み一日入れなきゃならないし。とすると三日くらいの余裕は最低限みとかないと行けなくて、週末はさ、前から言っていた仕事をしてほしいんだよボクは。だから明日の夜でいいかな」
「いいぞ。早いほうが俺としても有難い。ただ、聞いてもいいか」
「うん?」
「週末の仕事って、なんだい」
「前にお店へ押しかけてきた奴ら。あれの親玉へ殴り込みに行くの。めあに調べてもらって、確実にボスがいるように仕込みしてたんだよね。で、準備が整うのが今週末になるの。時間はまだ確定してないけど、夜中の三時から日が出る前までの見込みだよ」
モブ サイド
寒風吹きすさぶ冬の空に、細い三日月が浮かんでいる。その形に命を刈る死神の鎌を連想してしまって、男は一回だけ、強く首を振った。
「ボス、どうかしましたか」
数歩後ろを付き従う腹心が声をかけてきたが、男は軽く手を振るだけにした。今からまさに命のやり取りをしにいくのだ、組織のトップたる自分が弱気な想像をした、なんて、口にも出したくなかった。
部下も余計な詮索はせず、手元の地図を注視しては周りを確認している。大通りを外れてからは、周りに自分たち二人しか人影はない。今夜のギャングスターの幹部との会合において、場を設けるため仕方なかったとはいえ、場所の指定は向こうに任せた。相手の縄張りに出向いているも同然で、部下は気を張り詰めていた。
「……あの魔術師が護衛を付けている、と言っていた。手配もしてある。程々に警戒しておけ。あまり固くなりすぎても、相手に付け込まれるぞ」
「はい。……しかし、魔術師の言葉を信用して良いのでしょうか」
「お前の心配も分かる。だが、互いに利用しあう関係だ。百を疑うな」
固くなっている部下へ、男は軽く言葉を掛けつつ歩いていく。
大通りから一本、二本、奥に入り込む。薄暗い路地を曲がり進めば、看板の出していない小さな店が見えてくる。外から見える間取りは確かに飲食店なのだが、看板はなく、ただ扉に『OPEN』の札がかかっているのみ。
「ここだな」
「はい、番地もメールにあった通りです、間違いありません」
周りの警戒をしながら、腹心は緊張した固い声で返答を寄越してきた。
「……」
無言でドアノブに手をかける。来客を迎え入れるベルの音が、静かな空間によく響いた。
入口から店内全てを見渡せるほどに小さな店。そして、カウンターに立つ店員の他に人影はない。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ。すぐにバンデラス様をお呼びいたします」
黒いシャツに赤いベストの細い男は、こちらを視認した途端に作った笑顔でつらつら口上を述べてきた。何もかも手筈が整っているらしい。ボスは鷹揚に頷いて、適当に四人掛けのボックス席に腰かけた。すぐ後ろに腹心が立ったまま控える。
店員は客が席に着くより先に、ドアの向こう側に消えていった。ドアを閉じたら足音も判別できなくなって、ほのかに流れるBGMが、緊張と共に店に広がっている。
相手の大きさに、気後れしている訳ではない。国で五本の指に入る規模と実力を誇るギャングスター。だが、この男もまた、彼らを相手にして引けを取らないだけの組織を率いる頭(トップ)なのだ。
なにより、会合とは名ばかりで目的はベルモンド・バンデラスをおびき寄せること。そして暗殺の機会を作ること。自分は時間を稼ぎ、己の身さえ守っていればいい。
交渉材料もある、相手を場に引き出しただけの強い手札も持っている。
だが、これだけの好条件がそろっていると言うのに、指先が冷えて仕方ない。
怖気づいてしまう本心を奮い立たせようと、男は強く手を握った。
「やあ、ここまでご足労をかけた」
低くて良く響く声がする。店の奥へ目をやれば、ちょうどドアからガタイの良く非常に背の高い男が出てくるところだった。濃い茶色の髪に、冷たく光る琥珀の瞳。整ったいかつい顔をさらに魅せる髭。それらは、男が事前に受け取った『標的』の特徴と一致した。
「……っ、は、初めまして。急な話だったが、応じてもらえてうれしく思う」
「手紙にあった内容が真実なら、取引は早ければ早いほどいいだろう。情報は鮮度が命だ」
社交辞令もなく、交渉するゆとりもない。ただただ事実を並べながら、取引相手は男の座る席まで歩いてくる。すぐ後ろには、彼と同じくらい上背のある男がついて来た。長く垂らした前髪で右目を隠し、伸ばした髪は一つにまとめて前へ流す。黒いスーツに映える黄色のネクタイと、襟に差したバラのブローチが光る。
なにより、標的もだが彼も掘り出した彫刻のように整った顔をして、標的と同じく冷たく光る若葉色の瞳でこちらを見据えてくる。静かな威嚇を全身に浴びて、男は相手の強さに一瞬だけひるんだ。
「ああ、その通りだ。価値を分かってくれる相手でないと、交渉は成立しない」
内心の怯えを一切出さず、男は鷹揚に頷く。
一歩、また一歩と相手が近づいてくるたびに、かかる圧力が強くなる。資料には、こんな強い圧をかけてくる相手だ、なんて警告文は記されていなかった。
「さあ、具体的な内容を聞かせてもらおうか」
エバンス サイド
「さあ、具体的な内容を聞かせてもらおうか」
そう言いながら席についたベルモンドの後ろに、オリバーは立っている。背中からも漂う圧力に、先輩がいかに本気で、どうやってここまで生き抜いてきたかが垣間見える。
「単刀直入、実に結構。しかし、報酬を目の前に置いてもらってからでないと話せません」
「報酬を見極めるためにも、まず情報の端でも見せてもらおう」
「あなたがここに来て、私がいる、それだけでもう持ち込んだ情報の真価が計れているでしょう」
「ならば、俺がいてあなたがいるだけで、もう報酬はあるも同然だろう。あとは互いが順番に品を差し出すだけだ」
思わせぶりに言葉を切ると、ベルモンドはテーブルに片肘をついて前かがみになった。少しだけ首を傾け角度をつけて、声を抑えて続きを言う。
「俺は取引に応じて、あなたはまだ無事にここにいるだろう?次はそちらの番だと思わないか」
言葉の外で脅しをかけていくベルモンドに、普段の優しさはまったくない。店で接客するときの丁寧さもない。
圧をかける強者に対し、相手はふてぶてしく息を吐きだす。これだけの交渉をできるだけ、この男もまあまあの強さを持った相手だ。
「オークション会場の候補地は三つあります。全てが大きな組織だったり、正体を隠した組織の手持ちの建物でした。そして重要なことに、オークションは二回開かれるらしい。片方が目くらましで、片方が本命。目くらましのために、わずかに情報が出回って来たのでしょう」
顔に心の中を悟らせない笑顔を張り付けたまま、相手は懐から一つのカセットテープを取り出した。
「詳細は企業秘密ですが、我々の問題を追っていたら偶然にも手がかりを掴みました。これは、オークション会場についての会話の録音テープです。テープに焼き増しした原本は。そう、原本となる情報を送った部下は、森で、これを最後に音信不通になりました」
一瞬だけ、目の前の男は笑顔を崩した。後ろに控える部下の表情が先ほどよりも暗くなる。どこまでが真かオリバーには分からないが、情報を手に入れる過程で嫌なことがあったのは事実だろう。
「なるほど。詳しくはテープを聞けと。だが、それならあなた達が自らの手で追わない理由はなんだ?」
テープに一瞥をくれてから、厳しさを少しも緩めないでベルモンドは問う。
「情報の真偽に関わり、私があなたの立場だったら聞くことだから、私も質問に答えましょう」
まるで己に言い聞かせるようにうなずきながら、相手は前置きを口にした。緩慢に腕を組み、なおさら胡散臭い笑顔を深めてくる。
オリバーは静かに、ボス達の取引を後ろで見守る。滔々と相手が話してきた内容は妥当で、嘘の中に真が、真の中に嘘が混ざっているのだろう。すべてが作り話ではなさそうで、真っ赤な嘘はただ一つ、交渉相手の笑顔だけだ。
そう、相手が虚勢を張っているくらい、拷問官でも組織の交渉役でもないオリバーだって分かった。
テーブルの上に出した手を、落ち着かずに握っては軽くひっかき組み直す。視線も不自然ではない程度に、集中して観察していなければ気づけない程度ではあるが、細かく動かしている。周囲を気にしている。しかし、なぜか。目の前の交渉に緊張しているなら、相手を中心に見るはずだ。周りへ視線を配るなら、なにを気にしているのか。
交渉相手の部下も、過度な緊張が見受けられる。こんな大きな場に連れてくるくらいだ、経験を積ませるために連れてきた新人でもないだろうに。
事前に聞いていた通り、きな臭いったらありゃしない相手だ。
「ならば、取引の金額はこのくらいでよろしいかな」
「ええ。十分です」
オリバーが静かに観察している間にも、ボスたちの交渉は順調に進んでいたようだ。ベルモンドは懐から小切手を取り出して、ゼロをいくつか書いていた。額を見せて、相手が頷いてから、モノをテーブルの上へ置く。
取引の慣習にのっとり、テーブルに並んだ二つの品へ両者は互いが納得したと確認してから、同時に手を伸ばした。
その瞬間。
――ガキンッ!
「残念だったな。俺の首を狙うのはいいが、後ろがおろそかになり過ぎじゃないか?ぼうや」
??? サイド
「ならば、取引の金額はこのくらいでよろしいかな」
「ええ。十分です」
ボス達は互いに品をテーブルの上に差し出した。裏取引の慣習で、同時に品を手に取って解散するのだ。彼らもまた目を見合わせてから、テーブルの品へ手を伸ばす。テーブルの上、ボスの手の動きに全員が集中する瞬間。の、はず、だった。
――ガキンッ!
固い金属がかみ合う音が室内に響く。前かがみになっていたベルモンドに向けられた凶刃を、オリバーが銃で弾きにいったからだ。
ナイフを振りかざしてきたのは、交渉相手の部下。思わぬ妨害に驚いた顔をし、体は弾かれた勢いでのけぞっている。
ベルモンドの守り手はさらに一歩を踏み出して、銃身で相手のこめかみを殴りにかかる。部下が敵の動きに反応するよりも早く、黒い鉄の塊は頭部へ食い込み、部下の脳を激しく揺さぶった。
「がっ」
鮮血が宙を舞う。床を踏みしめる靴音が響く。相手が立て直す隙なんて与えず、ボディーガードは追撃を加えた。
「お前、どうして……っな!」
「おやおや。動いては危ないですよ?」
ほんの数秒の攻防に、ボス自身はただ目を丸くするだけだった。予想だにしなかった部下の行動に動揺して腰を上げようとして、やっとボスは己の背後に来た悪魔に気付く。
悪魔が自分の首元に添えた、殺意の塊のような刃物の存在に気付く。
「罠にはめたつもりだったんでしょうけど、影に潜り込んだ悪魔も分からないようじゃ、二流ですよ」
交渉相手のボスの後ろから、影から姿を現した金髪の青年。彼はまるで世間話でもするような軽い口調であざ笑う。その手にある鋭い凶器は、少し横に引くだけで易々と獲物の肉を切り裂くことだろう。
一方、部下の身動きを封じこめた長身の男は、冷え切った怒りを込めて敵を睨む。ボスが背後の悪魔に気を取られていたわずかな時間で、すでに勝負はついていた。部下が手に持ったナイフは一ミリも動かせず、床に押しつぶすように倒された体は身じろぎすら許されない。
「残念だったな。俺の首を狙うのはいいが、後ろがおろそかになり過ぎじゃないか?ぼうや」
背中をソファに預けて、ベルモンドは優しく言う。足を組みゆとりを持って笑う。
「罠にかかったのは、どっちだったでしょうね?」
悪魔の一言に、心の底から恐怖したらしい。ボスは青ざめた。
「お前、どういうことだ!お前はただの護衛だと言っただろう!なぜ殺そうとした、なぜ……ま、まさか」
喉元に刃物を当てられてなお、ボスは状況を飲み込もうと言葉を吐き出す。信用している部下に問う。
「あれ、あなたは気づいていなかったの。可哀想にねえ」
ボスの問いに答えたのは、カウンターの奥からする声。すぐに扉が開き、真っ赤な瞳に愉悦を湛えた優男が来る。
「そいつ、最初からベルモンドを殺そうとしていたのに。あなたの護衛なんてどうでもよくて、ただこちらの隙を伺っていたよ」
続きをしゃべりながら、優男はこちらに歩み寄る。まずボスを、次に部下を興味深そうに観察する。
「おい、本当なのか。お前、お前が刺客だったと。お前は……魔術師側にいつ寝返って」
だが、腹心の部下は答えない。昏倒しているせいか、答える意思がないのか。伏せられた顔からは分からなかった。
「答えろ!あの魔術師に尻尾を振りやがって、最初の会話も俺がどこまで使えるかの確認か!?最初から騙したのか、組織を自分のモノにしようとして、邪魔な俺を始末するためにも使ったんだろう!おい!」
なりふり構わず、ただ激情のままに男は部下へ喚き散らす。罵声を傍観する周りの意図も分からずに。
「暗殺者が隙をつくと言っていたのに!俺をここへ送るために方便だったんだな。お前は、お前たちは、使い捨てる気で。森で契約を結んだのに。なにが必ず守るだ。こんなことなら、最初から潰しておけば。お前はいつから裏切った。いつの間に取り込まれた。おい、答え」
「うるさい」
静かに苛立った低い声が、怒号をかき消した。
ボスの背後を取っていた青年が、獲物の喉に当てていた刃物の柄で敗者を思いっきり殴ったのだ。ぐるん、とボスの目が回り、体は力なくソファへ倒れ込む。
糸のように細い目で見下す青年の手にある凶器は、ナイフかと思っていたが違う。包丁だ。
「大体の事情はこれで分かりましたね。一応裏取りします?ベルさん」
「いや、裏取りはいらんよ。俺が欲しいのは、ギャングスターの情報をどこから仕入れているか、だ。まあそっちのぼうやが良く知っていたら、こいつは用済みになるがな」
全員の視線が、床に押さえつけられている男に集まる。
「みなさん。地下室の準備は終わりましたよ……っと、今ええとこやった?」
「ロベちゃん。逆だよ、とってもいいタイミング」
地下室。対象を縛り付けるための椅子と、自分が休むための椅子、道具を置く机だけの空間。
強制的に覚醒させられた対象は、室内を一瞥すると天を仰ぐ。己の命運を悟ったらしく、同時に逃げられない絶望感にでも襲われているのだろう。
「ああ……。おっしゃる通りだ。よどみに浮かぶ泡沫は、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためし無し。玉の都も無常なり、ただ水の泡にぞ似たりける」
男は生気の抜けた顔でうわごとを呟いた。虚ろになった目からあふれる涙は、命運の尽きた自己を惜しんで流れるのではない。狂信者にとって、信奉する存在への拝謁が二度と叶わないことが絶望であり、涙となっているだけだ。
こういう手合いは、結果が極端に分かれる。非常に面倒ばかりで楽しみがないか、愉悦に満ちた時間になるか。
「どっちにしても、やることは変わらないけど」
夢追は横に立つ同僚を見る。狂信者が漏らしたたわごとを聞いた途端、驚愕し身を固くしたロベルを。
「ロベちゃん、こいつから聞きだしたいことは何?」
ショックから現実に立ち直らせて、夢追は問う。
「こいつが今言った言葉、誰から聞いたか。聞かせた奴の居所が、俺は知りたい」
緊張で震えた声で、ロベルは答えた。
飛ばしても平気な あとがき
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。そして、長らく更新できなかってですが、みなさまお元気ですか。(待ってくださる方がいらっしゃったら)お待たせいたしました。
ブックマークやいいね、コメントなどなど、毎回本当にありがとうございます。反応をいただけると励みになります。
取引の場面を書きたかったのです。影からぬっと出てきて背後を取る神田さんも、ベルさんを守り容赦なく叩きのめしてくるオリバーさんも、書きたかったのです。主にこの三点を書きたくて、今回のお話ができました。正確には、ベルモンドさんが交渉のテーブルについて、襲い掛かる敵をオリバーさんが迎撃。ベルモンドさんはゆったり構えている。っていう場面だけは二か月か三か月前から練っていました。この場面に至る経緯を考えていたら、さらにかっこいい場面出てくるよな、なんて思いました。全員を活躍させるのは難しいですが、できる限りは詰めました。
最後の ???サイド は一体誰でしょうか。きっと読者の皆様なら予想がついていらっしゃることでしょう。私も、登場してもらわないと書きたいシーンを書けないので、楽しみにしております。
最後にナゾのアンケートを置いていきます。なんとなくでぽちっとしていってくださいませ。
楽しんでいただけたら、幸いです。