第三話 店長の過去 尋問官の今 前編
第三話 店長の過去 尋問官の今 前編
キャプション注意書きは読まれましたか。自衛をお願いいたします。これは個人の妄想と捏造と、読みたいシーンの詰め込んで書かれた物語です。
解釈違いがきっと起こります。
今回と次回、とくに次回で、人外の設定を出します。ハロウィンの仮想程度には容姿が変わります。
直接的ではないですが、拷問描写が少しあります。
作者の思い妄想した「パスお」が出てきます。
それでも平気でしたら、続きをどうぞ。楽しんでいただければ幸いです。
夢追 サイド
「なんとも納得いかへんなぁ」
「なにロベちゃん、俺らが政府からの危険な依頼は受けるのが、楽しみ面白がるのが、そんなに変なの?」
政府からの依頼を聞いた翌日、住む場所が未だに決まっておらずホストクラブに住み込んでいるロベルと、店長業務のために昼間から出勤している夢追は、店の二階のスタッフルームにいた。大きな採光窓は開け放たれていて、気持ちいい秋風と心地よい日差しを室内に招いている。
室内は広く、八人掛けのキッチンテーブルに流し台と二口コンロ、さらに大家族用の冷蔵庫と大家族用の古めかしい食器棚まで完備してある。窓のすぐ下には三人掛けのソファもある。肘掛けの部分が倒せてベッドにできるため、従業員たちはこれで仮眠を取るときもあった。また、コンロや冷蔵庫のある対岸の壁には木製の棚が置かれ、様々なファイルが整列していた。
夢追はここにノートパソコンを持ち込んで、甘すぎない甘さに調整したカフェモカも作って、昼下がりから作業していた。
そうして小一時間ほどたっただろうか、店の裏の扉が開く音がした。すぐに階段を上る音がして、外出していたロベルが帰ってきたと夢追は分かった。それから少し荷物を整理する物音が響いてから、彼はスタッフルームにやって来た。来るやいなやファイルを漁りだして、組織がこれまで手掛けてきた依頼の内容と結末をまとめた束を探り当てると、夢追の目の前に陣取り一心不乱に読みだしたのが三十分前の出来事であった。
その間、あのおしゃべりなロベルが一言も発さず、夢追に対しても顔で「不機嫌です」と伝えてきたため、夢追はロベルに話しかけず触れもしないでいた。友人であり組織の後輩でもある彼が不機嫌な理由はおおよそ予想がついていたし、下手に刺激しない方がよいだろうと判断したのだ。
そして、やっと顔を上げたロベルは、やはり唇を尖らせたまま、独り言を言うように感情をこぼしたのだ。
「夢ちゃんらが政府から受けた依頼、どれもこれもあっぶない案件ばっかり。報酬が三倍以上の依頼しかないやん。他の組織や個人からの依頼は、通常の報酬、せいぜいが五割増しまで。
なんでこんなに政府関連だけは危険な案件を受けるん。過去になにかしらの因縁でもあるんか」
いつになく真剣な眼差しに、昨日のようにぼかした回答では引き下がらない意志を夢追は読み取った。パソコンを横にどけて互いを遮るものをなくし、夢追はロベルと向き合った。
裏社会に属する限り、誰しもが知られたくない事情や過去を抱えていると言っていい。しかし、ロベルは聞いてきた。彼もまた話してくれない過去や事情があるのに、「俺は受け止めるから聞かせてくれ」と言葉の外で伝えてくる。ロベルにも関わる危ない依頼を自分たちの好みで受けるのだから、多少は話してもいいかと店長として判断する。
なにより、重い過去を受け止めてくれる覚悟があるのならば、と夢追は話す気になった。
夕刻ロベルは、『他人との深い関わりを避ける』傾向がある。良くも悪くも距離を離そうとしてくる。なのに、彼は夢追の過去に追及してきた。『仕事だから』『危険がわが身にも及ぶから』というならば、昨日の説明だけで満足する。
夢追は、踏み入ろうとしてくれるほどに自分へ関心を持ってくれていると、自己肯定感の低い彼にしては珍しく、希望を込めて解釈した。
「ご明察。僕らの過去と関わりがあるんだ。これから先、ここにいる限りロベルも巻き込むだろうから話そうか。別に全部が隠したい過去でもないからね。……神田君も僕も、ここに籍を置く前は政府の暗部にいたから、ってのが大前提としてある。暗部をやめた理由が、こうして依頼を面白がって受ける理由に繋がる。
ああ、そうだ、神田君のことは、本人に聞いてね。僕も詳しく話していいか分からないし、細かな経緯を知っているわけじゃない。ただ、僕と同じようなことがあったんだろうなって。我慢ならないなにかがあったんだろうなって。軽く聞いただけだから」
いつになく静かな語り口に、ロベルはなおさら身構えて応えてくれた。
窓から一陣の風が吹き込んできた。先ほどとは違い、湿気を多く含んだ重い風である。
「俺は、最初は暗部にいた。尋問官、とは表の肩書きで、色々な情報を持っている奴らの口を割らせる拷問官だったんだ。尋問で終わる相手ももちろんいたし、大半の仕事は、相手が嘘を言っていないか見抜けって内容だった。最初は分かりにくかったけど、同じ方向を向くように説得すればいいだけだって分かってからは楽しかったよ」
夢追は当時に思いを馳せる。真っ赤な瞳は脳裏によみがえったかつての仕事場を映していた。段々と語る熱量は増していき、語り部の表情は恍惚としていく。
「とっても楽しかった。相手は生きているんだって、弱っても生きようと立ち直ろうとする姿から感じられる。感じるの。それに強情な奴を屈服させて思い通りに動かすのも楽しかった。あの光景は嗜虐心をそそられる。屈強な肉体を持とうとも、強力な魔術を使えようとも、封じられていたらどうすることもできない。アハハ、どうにもできないんだよ。拷問官に対してどんな抵抗もできない。色々な方法を使ってきた。人も言葉も水も火も氷も、刃物も鈍器も、縄も石も、文房具も食器も使ったな。いやぁ楽しかったなぁ。ほんとに楽しいの。予想通りの反応を示してくれた時は心が躍るね。日常で使っていた道具が、まさか自分の身を壊すために使われるなんて思わないでしょ?スプーンですら使えるんだ。何をとは言わないけどさ、抉るのにね。フフフ、驚愕し恐れおののくあの表情!ああ、君にも見せてあげたかったよ……!
あ、話がそれちゃったね、ごめんね。
楽しかったけれど、なんでも変化はする。会社ってそうだよね。上司に逆らえないし、上司は現場に来ても問題を見つけられない。行って問題解決の糸口なんかつかめるわけない。現場の意見は聞かない。端的に何が起こったか説明すると、組織のトップが変わって、方針も変わったんだ。『対象の命を奪うな、時間をかけすぎるな、効率的に動け』と命令が下された。僕のやり方も変えなきゃならなくなった」
過去の光景に興奮し高揚して熱く語ったかと思えば、一転して落ち着き払った声に戻る。饒舌に語る自分を、ロベルはどう見ていたのだろうか。どんな感情を持っているのだろうか。
ふと、夢追は話し相手がいたと思い出したのだ。
瞳を細めて、現実に戻った元拷問官は目の前の人物に視点を合わせた。いつもの元気はなくなり、かといって縮むこともなく、普段から考えれば別人のようなロベルがそこにはいる。
何を考えているか。そこは本人にしか分からない。夢追は引かれたり怯えられたり、要は自分を拒絶していなければそれでよかった。受け入れてもらおうとも、理解してもらおうとも、していない。期待していない。求めたのはただ一人だけ。そして、あの親友は受け入れてくれた。
観客の姿勢に満足して、彼は続きを語っていく。
自身に起きたことを、客観的に分かりやすく淡々と説明する。
「ここまで話したら、もう察しがつくんじゃないかな。夢追の楽しみはなくなり、方法はマニュアル化された。尋問官は決められた手順を繰り返すだけ、相手は実験動物のように扱われ、いかに効率的にするかを求められた。
そして、夢追は楽しみがないのに働く意味はないと、辞めた。楽しみをするためにあそこにいたからね。そしてここでフリーランスになり依頼を受けるようになったんだ。
ここまでが前提、核心になる部分だよ」
一区切りつけて、夢追は水を汲みに席を立った。聞き手が話を整理する時間を作るためでもある。
ロベルの正面に再び陣取ると、聞き手は静かに先を促してきた。うれしさを口元にほんのりと乗せて、夢追は続きを話しだす。
「フリーランスの頃はね、今の報酬の五割増しから二倍くらいの仕事をしていたの。身の危険がある、くらいがちょうどいいのよ。犬山が今の報酬くらいの危険までしか請け負わないのは、俺らの身を心配してくれているから。自分が現場に行くより仲間の俺らが出向く場合が多いから、『ボクはリスクを負わないのに君たちにだけ危ないことさせられない』って言っていたな」
言われたときの犬山の様子を思い出して、少しだけ夢追は語るのを止めた。あの時向けられた表情は、感情は、いつになく優しくて。
「いつもは、あんな真面目で仕事熱心かと思えば、ちゃんとボスらしくして、時々オタクになってシチュエーションボイス取ろうとしてくるくせに」
当時の荒んだ心には痛いほどに沁みた優しさを思い出し、自身の感情をごまかすためにも夢追は独り言を漏らす。
「夢ちゃん?」
表に出た普段なら見ない感情の揺れ動きに、ロベルは心配して声をかける。夢追は頭を振って『今』に戻る。
「ごめんね、話を戻すよ。政府から来る危険な依頼は、僕にとってはやりたかった仕事なんだよ。政府は、費用対効果をすごく考えて、外部に出すか部下にさせるか決めるの。暗部でやらせたら、機密が漏れたり外注の費用がかかったりしない。けれど、依頼をこなす時間と費用とリスクは自己負担。高い報酬を払って、機密が漏れる危険を冒してでも、裏社会のならず者たちにやらせた方が効率的だと判断する依頼は、総じてヤバい。効率よくこなせないとか、部下達が死ぬ危険が高すぎるとか、そういった判断を上層部がしたって意味だから」
少し間をあけて、声を潜めて夢追は続ける。本人は自覚していないが、きれいな顔に浮かんでいる感情は明らかに暗くて黒い。
「そんな依頼を避けて、なにが『国の治安を守るべくありとあらゆる方法を取る許可を得た組織』なんだろうね。結局、ちょっとだけ法外な手段に頼っただけのお役所仕事。表の政府と何ら変わりない、保身第一。野心も牙もない。縛られるものがないのが強みでしょうがよ。なのに臆病風吹かせてちゃどうしようもない。
あいつらが匙を投げた事件や問題を、あいつらが手放した方法で解決して突き付けてやるの。あいつらの間違いを突きつけてやる。お前らはビビッて効率なんて言葉で濁していたけど、本当は逃げただけだって。こんな愉快なことはないよ」
語り尽くすと、夢追は咳払いをして口に水を含む。いつも通りの笑みに表情筋を動かして、感情を落ち着けた。
向かいに座るロベルは、いつにない情緒不安定な夢追にも、話された内容の重さにも、あっさりと対応してくれる。
「めっちゃ根に持つやん。でも、なるほどな。そりゃにこにこ笑顔で危険な依頼も受けるわ。納得はした」
なんら普段と変わりない態度に、口調の軽さに、むしろ安心感さえ覚える。
「ありがとねロベちゃん。じゃあ、アタシのことも話したし、ロベちゃんも話してくれないかしら」
急に軽い調子で聞いてみれば、ロベルは夢追の調子につられてあっさりと聞き返す。
「ん、なに夢ちゃん」
「持たされた魔力、について。制御できてないよね。まるで誰かを無理に眠らせただけみたいに見えるけど、違ったかな」
一気に声色も目つきも変えて、油断したところに鋭く打ち込む。質問はロベルの急所に当たったようだ。問いを発した夢追は、和やかになっていた空気が凍り付く音をたしかに聞いた。
彼の持つ魔力も、一歩間違えれば周りに危害を及ぼす恐れがある。ロベルは夢追に伏していた過去を聞いてきた。ならば、夢追からロベルへ質問するまでは、聞きに行くまでの踏み込みはする。裏社会のルールは『対価交換』だから。人に事情を聞いたならば、自分もまた聞かれる覚悟が必要なのだ。
夢追はしかし、危険があるから、という理由だけで聞いているのでもない。だからこそ、遠慮しない。質問を退けることも、ごまかしもしない。真剣に、ひたすらに相手を観察する。
「これは……この力は」
ロベルはせわしなく視線を動かし、決して相手と向かい合おうとしない。表情はこわばり、声は震えて、テーブルの上に置いていた手は落ち着きなく握ったり開いたりを繰り返す。
「なにがそんなに不安なの。大丈夫、僕らはマフィアだよ。ファミリーを裏切ったりしないし、拒絶もするわけない」
穏やかに語り掛ける夢追へ、ロベルは少し顔を上げる。上目遣いになって、緊張と不安が混在していると見て取れた。
二人の間を、風が吹き抜ける。嵐の前触れのように騒がしく、細かな塵が混ざった風だった。
風が運んできた匂いにつられて古参のマフィアは立ち上がる。彼は窓から空を、次いで街を見渡した。頭上では黒い雲が渋滞を起こしていて、街は不穏な影を建物の隅に隠している。
「ロベちゃん。この話は夜か明日にしよっか。今夜かな、あの様子は。どうやらお客にパーティーの準備をしてもらっているみたいだよ」
窓を閉めて振り返った夢追は、一気に雰囲気を塗り替えている。彼はすぐそばの冷蔵庫に張り付けてある、今月のシフト表を確かめる。
シフト表の日付をたどる指先は、先ほどとは違ってきれいに赤く塗装が施されている。爪先は鋭く、肉食獣のように尖っている。獲物の肉を裂き、食い込み、捕食するための形だった。
「今夜は平日だから、出勤は犬山と僕とロベちゃんだけの予定か。じゃあ、神田君とオリバーも呼ぼう。ベルモンドは一応連絡しようかな。でも、あっちで忙しそうだし。人手がほしいわけじゃない。別にあいつはここで食べなくても、他で食事をしてくるだろ」
「店長、俺はなにをしたらいいですか」
何とは言われないが察して、ロベルは新米として指示を仰いだ。切り替えができている。さすがに前の街から裏社会に居ただけはある、と夢追は心の中で呟く。
「オリバーとかんちゃんに連絡を取って。今夜はお客がパーティー開いてくれそうだから、ご馳走を食べるチャンスだよって言えば、二人とも分かるだろうから」
頷いて手持ちの携帯電話を取り出すロベルへ「念のために会話聞かせて。スピーカーにしてね」と声をかけつつ、窓の外を伺う。準備をしている客人たちは観察されていると気づいていないようだ。ちらちらと物影から姿が漏れ出る。暗かろうと視線を切っていようと観察者には関係ないのだが、準備をするからには用意周到に、もっと気づきにくくやってもらいたいものだ。
手際がいい玄人ほど、パーティーは盛り上がる。ホストクラブに勤める彼らが望むのは、一方的な虐殺でなく血のたぎる戦闘なのだから。
呼び出し音が止まり、電話に応答する低くて甘い声が聞こえてくる。店長の思考は室内に引き戻された。
「もしもし、オリバー・エバンスです。どうしましたかロベルさん」
「夕刻ロベルです。急なんやけどな、店長から伝言。今夜はお客がパーティー開いてくれるみたいだから、ご馳走を食べるチャンスだよ、だって。これで何のことか分かるか?」
電話越しでも分かる息をのむ音が聞こえた。少しの沈黙があり、その間に遠くから覚えのある声が聞こえてくる。
「オリバーさん?どうしたんですか」
「あれ、神田君もいるんか」
「ああ、すいません嬉しくてつい。そうですよ神田君もいます。ああ、彼にも伝えますよね?こちらをスピーカーにしましょうか」
ロベルは端末から夢追の方へと視線を移し、店長は彼の代わりに応える。
「オリバー、聞こえるかな。スピーカーにして。二人ともいるならちょうどいい、軽く説明するよ」
急に相手が交代したことにも驚かず、電話の向こうからは弾む声で「分かりました」と返事が来る。機械的な操作の音と生活音が聞こえた後、低めで聞き取りやすい良い声が会話に加わってきた。
「もしもし、来ました神田です。今夜はご馳走が出るんですか」
「うん、窓の外を見たら複数人で準備してくれてた。せっかくだから全員に声かけているの。あれは今夜だと思う。遅くても明日の夜には決行だね。外からの支援は数人になりそう。主戦力は店内突撃班っぽいから、どっちがいいか考えといて。二人とも開店前くらいには来れそう?」
「僕は行きますよ。最近は食事ができる依頼なかったですから楽しみですね」
「私はちょっと遅れるかもです。緊急じゃないなら、大学の用事終わらせてからにさせてください。開店時間に間に合うようにはします」
二人は歯切れ良く回答をして、店長は上機嫌であることを声で表現する。
「分かった。二人とも待っているからね。もし遅れたとしても、開催時間をずらしてもらうから大丈夫だよ。じゃあ、またね。バイバイ」
「はい、また店で」
「よろしくお願いしますね」
「ほなね」
みんなで別れの挨拶を交わして、通話は終了した。急に舞い込んできたマフィアの仕事に、ロベルは少しだけ緊張しているのか、硬くなっている。
「ロベルが来てからは初めてだっけ、お客から店へ襲撃されるのは」
今度は自身の携帯電話を操作しながら、店長は新人を気遣って話を振る。
「ついでに言わせてもらうと、俺はみなさんが『人外』だとしか聞いてない。どんな戦い方するのかちっとも検討つかないでいるからな。その様子じゃ銃も使わないようやし」
ロベルに今までさせてきた仕事を、夢追は思い出す。店の仕事は叩き込んできたが、マフィア稼業は比較的平和だったことも重なって、盗品の受け渡し現場付添人くらいしかさせていない気がした。
ベルモンドへの連絡よりもこちらの確認が先だと判断して、店長は携帯電話を一度置き、ロベルの方を向いた。すると、不安げにも期待しているようにも捉えられる面持ちでロベルはこちらを注視していた。
「ロベルは今まで、うちに来てからはマフィアの仕事らしい仕事、させる機会がなかったっけ。戦闘とか暗殺とか、させてないっけ」
「してへんな。説明を受けただけ。みなさんが依頼を受けて現場に向かうのを見送るばかりでしたよ。取引の荷物持ちに連れて行ってもらったくらいですね」
「そっか。改めて確認させてほしいんだけど、前の街で戦闘の経験はどのくらいあったかな」
「銃も肉弾戦も刃物を使った戦闘も。魔力を使ったことはないけど、人の体でやる一般的な戦闘は、オーソドックスな道具を用いてなら、それなりにあります。目の前で解剖学の授業を始められても平気な程度には慣れてます」
期待以上のポテンシャルに、夢追は口の端が勝手に上がるのを止められなかった。
夕刻 サイド
ロベルが『慣れている』と伝えると、夢追は上機嫌に「じゃあ、全力見せても平気だよね」と言ってきた。言葉の中に含まれている血なまぐささをロベルは嗅ぎ取った。むしろ懐かしささえ覚える不穏な気配だった。
それから、夢追はベルモンドとオーナーに連絡を済ませ、一人で買い物に出かけた。ロベルは黙々と開店準備を進めて、店長が帰って来る頃には準備を終えた。
夢追は帰ってきてすぐ、荷物の整理をロベルに任せて自分の準備に入った。彼はいつも開店前に髪に黒を強く入れて整えて、着替えもしている。ロベルは軽く返事をして、仕事にとりかかった。
買ってきてもらった食材や日用品を整理していると、裏口が開く音がした。足音はそのまま店内に向かってくるので、裏口の方へ体をひねった。
「ロベルさん、お疲れ様です。夢追さんは準備しているんですか?」
穏やかな声をかけながら入ってきたのは、オリバーだった。大きな体のすぐ後ろに青いチャイナ服の袖がはためいた、と思ったら、彼の背後からひょっこりと犬山が顔を出した。
「こんにちはロベル君。お、なに買い物してくれたの?」
「オリバー君にたまきさん、こんにちは。これは夢ちゃんが買ってきた分ですよ。今は準備のために上に行っているの」
彼らは屈んで買い物袋の中身を取り出す。食器洗い用洗剤やスポンジといった掃除道具から、お店で提供するサラミやハム、もやしを筆頭に、まかないに使う野菜たち。三種類の買い物袋があったが、もう冷蔵庫にしまう分はほぼ終わっている。オリバーが率先して掃除道具を棚に仕舞い、ロベルは残りの野菜を冷蔵庫に放り込む。
「神田さんとベルさんは遅れてくるの?」
二人もいればもうやることはなく、手持無沙汰になった犬山は首を動かして辺りを見回す。その様子は、比較対象としてタッパの良い大人がいるせいもあって、小動物のかわいらしさがあった。
「神田君はすぐに終わらせるって言っていましたから、そんなに待たないと思いますよ」
教授の答えを聞き、犬山は嬉しそうに体をゆすり声を漏らす。分かりやすいとロベルは思った。神田を『正統派のイケボでイケメンで最推し』と公言してはばからないだけはある。
「ベルモンドは少し遅れるって言ってた。で、犬山はNo1が来るのがそんなに嬉しいの」
階段を下りる音と共に投げかけられた質問は、どこから聞いていたか分からないが、支度を済ませた店長から発せられた。防音性に優れた設計をしているわけでもないが、そこまで大きな声で話していたわけでもない。犬山の笑い声なんてなおさら、この距離でいて聞き取れるのだろうか。
姿を現した店長に、ロベルは不思議なものを見る目を向ける。
「当ったり前じゃん。今日は会えるなんて思ってなかったからうれしい。妬いているの夢追君?」
「こんにちは夢追さん。……ずいぶんと気合をいれていらっしゃるようで。今回の相手は大したことないのでは?」
「妬くか。来てくれてありがとねオリバー。今回は特別だよ。今までロベルに『僕らのこと』話したり見せたりする機会なかったじゃん。だから、お披露目会にしちゃおうかなって」
ニマニマとにやけるのが止まらないオーナーに、普通に店長へ挨拶をする同僚。彼らは夢追の人並外れた聴力についてなんら思う点はないようで、いつも通り会話を続ける。
話す夢追は、毎度の恰好をしている。髪をセットして黒のマントに黒いシャツ、白のファーと白のズボン。モノクロの中で赤いベストが良く映える。
ロベルが働きだしてから三か月、毎回彼はこの姿で店に立っていたはずだ。オリバーが言う気合を入れた箇所がどれか、ロベルは外見から判断できなかった。
ただ、違和感ならあった。
しゃべる夢追の姿に、確かに正体の掴めない違和感を抱いている。
だが新人の頭の中にある考えなんぞを周りの者たちは知らないで、彼の思考を置いてけぼりにする。
「なるほど。では、僕も遠慮なしに暴れさせてもらっていいですか」
声を弾ませるオリバーは、あまり出さない悪い顔をする。
「備品壊さない程度だったらいいよ。犬山は今回も傍観するの?」
「ボクは君らみたいな特殊な食事の必要がないもん。好きにしてもらって構わないけど、情報はきっちり掴んできてよね」
「当たり前じゃん。僕からすればそれが楽しみなんだからさ」
オリバー同様に悪い顔をする夢追へ、オーナーは少し呆れた顔をして「好きだね」と呟く。言われた本人は気づいているのかいないのか、どちらにしろ言葉には反応しないでまっすぐに窓辺に立ち外を伺う。宵闇のとばりが下りた街は、歓楽街らしいネオンの光やざわめきがそこかしこで起こり出している。大通りから一本二本外れたこの店にまで、けん騒は届いてきた。
ロベルの目には、いつもと変わらない平日の夜の始まりにしか映らない。
「簡単に目につくほど近くにはいませんか。でも、狙撃手は構えていますね」
高身長の教授は腰をかがめ窓枠に手をついて、街の暗がりへ目を凝らす。オリバーの瞳が、一瞬だけ赤く光った……ように、ロベルは見えた。赤い光源ならいくらでもある、そのうちの一つを彼の瞳が反射したのだろう。
だが仮説を立てて自分を納得させようとしても、頭の中で生まれた違和感は消えない。
光を反射させるには、光源は弱すぎるのだから。
「主戦力は店内に突撃するつもりだよ。狙撃手しかいないから、外はただの脅しと、経過観察兼報告じゃないかな。
オリバーは外に行くか中で食べるか、決まった?」
夢追は聞きながら窓から離れてカウンター席に落ち着き、優雅に足を組む。ゆとりを持った立ち振る舞いの中に、獲物を待ち構える強者の余裕がにじんでいる。
「僕は店内がいいです。獲物は多いほうが選べますからね。夢追さんはやはり外へ行く気ですか」
窓から体を隠すように、壁に背を預けてオリバーは店長と向き合う。わずかに舌なめずりをした彼もまた捕食する側だ。獲物が店に乗り込んでくるのを楽しみに待っている。
いつもと違う。全く違う。こんな危険な匂いがするオリバーを夕刻ロベルは初めて見た。
「もちろん。指示を飛ばす奴を締め上げて情報を吐かせるのが目的だからな。こっちには犬山も残るし。俺も好きにやらせてもらうよ」
夢追の表情も声のトーンも、違う。知らない。店長をしている時とも違うし、オフの時とももちろん違う。
「待ってよー夢追君。もしかしてボクも頭数に入れているの?」
ずっと情勢を見守っていたボスは不服そうだが、簡単に部下は受け流す。
「当たり前じゃん。まああの人数だとオリバーの独壇場になりそうだけど」
歯を見せて「ねぇオリバー」と笑いながら意見を求める店長と、「五、六人くらいなら簡単ですよ」という同僚を、ロベルは交互に見比べた。姿の視認できない敵の人数を、どうやって把握しているのだろう。
そして、持ち場を話し合う姿を傍観して、たしかにマフィアっぽいな。なんて、素人じみた感想をロベルは持った。
ここに自分がいるのが不思議で、映画の撮影でもしているのかと。撮影を眺めているのかと錯覚するほどにロベルは現実感が欠如している。
知っているはずの知らない顔。聞き馴染んだはずなのに聞き覚えのない声。
夢追とオリバーに得体の知れない違和感を持っていることもまた、今が現実の延長線上にある、という実感を無くす要因になっている。
だから、おしゃべり人間と冗談交じりにも本気混じりにも表現されるロベルであるにも関わらず、彼は口を閉じたままでいる。
ロベルの心境を知ってか知らずか、マフィア達は説明しないで話を続ける。
「あとのお二人はどうするつもりでしょうか」
「神田君はきっと外へ行くだろうし、ベルモンドは軽い運動程度にしとくって言ってたから、きっと中に残るだろうな」
ふっと、固まったままの新入りへ、夢追は笑いかけた。
「ロベちゃん、みんなが揃ったら説明してあげる」
弧を描く赤い瞳は、いつにも増して赤かった。
飛ばしても平気な あとがき
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
読んでくださり、それだけでなくブックマークやいいねまで押していただき、嬉しい限りです。
コメントスタンプや絵文字までいただけて、ここでお返事させてください。とっても嬉しくてうれしくて、言葉にしきれないです。ありがとうございます。
裏設定として、店長が最初にカフェモカを飲んでいるのは、「お店の備品は経費で買える」からです。皆さんが休憩時間に飲むために、コーヒーもミルクもココアも紅茶も緑茶もあります。砂糖も置いてああります。店長だって、たまには水以外の飲み物を飲もうかなって、思うときもあるでしょう。作業するためにお店に来ていますし。
最初はこのお話、一話完結する予定でした。しかし、予想以上に広がり文字数が多くなったため、前後編に分けます。もっと早く上げるつもりが、随分と遅くなりました。すみません。
このお話は、作者が読みたい「悪で魅力的な姿」「厄介客を帰したり返した後の治安の悪い姿」を書いています。要は自給自足の物語です。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。