それの何が悪い
それの何が悪い
「邪魔するぞ、人間」
「えっ…!?」
突然マイルームの自動ドアが開いたかと思えば、現れたのは2m超えの長身。
「インドラさまが直々に部屋に来たんだぞー?感謝しろー!」
「本来は声をかけてからドアを開けるべきだとは思いますが」
「うるさいぞヴァジュラ」
そして傍らにいる赤い服の少年と緑の服の少女。
インドの雷霆神であるインドラ様、そして神性を宿したその神具、ヴァジュラたちだった。
「ど、どうかされましたか!?」
レポートを書いていた手を止めて、思わず立ち上がる私。
マイルームに来る英霊たちは数多くいるが、普段は自室か酒盛りで食堂にいることがほとんどのインドラ様が、わざわざ自分を訪ねて来るのは初めてだった。
あまりに突然のことだったので、少しだけ声が上ずってしまった。
「そう焦るな。まあ…神々の王たるこの神がわざわざ自分の部屋まで赴いたとなると、畏まったとて致し方ないというものか」
「ですから、我々が連れて来ますとあれ程言いましたのに」
「少し黙っていろ、ヴァジュラ」
「ただこの人間の部屋に遊びに来たかっただけだもんねインドラさまー?キシシッ」
「ええい!黙っていろお前たち!」
「あ、あの…インドラ様?何か…ありましたか?」
身内(?)の掛け合いで若干空気となりかけていたが、本題に戻ってほしくて何とか声を出す。
冗談抜きに知りたかった。
何故この神が急に自分を訪ねて来たのかを。
するとヴァジュラに向けて顰めていた顔をすっと戻し、こちらを見下ろす。
「…」
「、…インドラ様?」
「なに、大したことはない。呼び掛けに応じた神が暇を持て余しているならば、その相手を務めるのもまた、召喚した人間の役目というもの…あとはわかるな?」
「…まあ…そう…ですね?」
つまり暇だから構え、と。
こちらは暇ではないんですが…なんて神の前では口が裂けても言えない。
「ちなみに…いつも一緒に飲んでいる以蔵さんや荊軻さんたちはいないんですか?」
「あやつらは昨夜の宴で二日酔いだ。やはり英霊とはいえ、人間は酒に呑まれやすい生き物だというわけだ」
「なるほど…」
そう言う貴方もこの前酔い潰れて寝ていたではありませんか…。
もちろん口には出さない。
「それで、だ」
「!」
インドラ様が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
一歩、二歩…その長い足のせいか、わずか三歩で私の目の前まで到達した。
「この際だ。お前に聞いておくことがある」
「な…んでしょうか…?」
体中に響くような、低く落ち着いた声。
威圧感と距離の近さで、鼓動が速くなる…。
後退りをしたいが、神の機嫌を損ねることだけはしたくない…その思いだけで何とか耐えていた。
「お前…何故神と目を合わせようとしない?」
「ッ…!?」
怒りではなく、純粋な疑問のようだ。
ただ…『見抜かれていた』。
それがわかっただけで、体が硬直してしまった。
「…見て…います、よ?」
「お前が見ているのは、神の口元だ。違うか?」
「…ッ!?」
「目を合わせずとも口元を見ていれば、自ずと目線は顔に向くように見える。人間が人間同士の付き合いの中で生み出した処世術、といったものだろう」
古代インドの神が何故現代社会の処世術に詳しいのか一切わからないが、今まで何とかやり過ごしていたと思っていたことがすべてバレていたことに目眩がしてくる。
「気に食わん話だが、どこぞの術者に神なるものと目を合わせるなとでも言われたか?」
「、に…似たようなことは…ッ、言われましたが…」
「言われた…が?何だ?他にも理由があるようだな」
「!?い、いえ…それは……うわッ!?」
失言を必死に弁明しようと頭を回していると、突然インドラ様に担ぎ上げられ、すぐ近くにあったベッドに押し倒された。
ドサッ
「っ……!?」
身じろぎをして体勢を整えると、目の前にはこちらに覆い被さりじっと見下ろすインドラ様。
部屋の灯りでその姿が逆光になっている分、瞳から漏れ出る光が一層眩しく感じる。
「神の命だ…神の目を見よ」
「…ッ!!」
頬を片手で覆われ、顔を正面に向かされる。
目を逸らしたかったが、威圧するような声に逆らえず、ゆっくりと目線を移す。
澄んだ空の色のような、雷光をそのまま映したかのような不思議な色。
本来人間ならば白目にあたる部分は肌と同じく、雷雲のような暗い色。
人の形をしていても、人外なんだと改めてわかる。
「やっと目が合ったな」
畏怖の念を感じさせる声は鳴りを潜め、低く…それでも柔らかい声で神は言う。
目が合って満足したのか、僅かに目を細めた。
その優しい表情に思わず心臓が飛び跳ねてしまう。
別に私だって、好きで目を合わせなかったわけじゃない。
合わせる勇気がなかっただけ。
どうして勇気がいるか?
そんなの…。
「ときに人間…現世にはこんな言葉があるそうだな」
「…え?」
おもむろにインドラ様が顔を近づけてきた。
思わず顔を背けようとすると、再び手で押さえられ私の耳元に唇を寄せ、囁いてきた。
「目は口ほどに物を言う、と」
「……ッ!?ま…さか…インドラ…さま…」
「神がお前の懸想に気づかんとでも思ったのか」
「〜〜〜ッ!?」
うそ…全部バレてたってこと!?
私が…インドラ様に…
恋をしていることが…?
初めて会った、あの空の特異点…。
プライドをかなぐり捨てて宿敵と戦っていた、誰もが圧倒されるような、あの勇猛な姿が忘れられなかった。
特異点修正後に、英霊召喚にも応じてくれたこの神様にさらに想いが募るばかりだった。
でもこの方は神様。
配偶神もいるし何よりアルジュナのお父さん…。
誰かの夫であり、父親でもある存在。
生涯を終え、英霊として座に刻まれたサーヴァントとも訳が違う…今も存在し続ける神様。
おまけに人間の依り代に寄っているパールさんやカーマちゃんたちと違い、自分で依り代を作って現界している正真正銘の神様。
そんな神様に恋しているなんて、私自身が認めたくなかった…。
私はただの人間。
文字通り生きる世界が違うから…。
それでもバレてしまったのは、よっぽど私がわかりやすかったのか…。
神様の目にはすべてお見通しだったのか…。
お見通しなら、何で…。
何でこの神は…。
「神を欺けるとは思わんことだ。何よりお前に隠し事なぞ向いておらん」
「………んなの…」
「ん?」
「そんなのッ…言えるわけないじゃないですか!!」
「…」
もう…この際どうでもいい…。
目の前にいるのが誰だろうと知ったことじゃない。
人の気も知らずに…。
勝手に人の心を見抜いて、暴いて…。
いくら神様でもやっていいことと悪いことがある。
もう…どうせバレたんなら言いたいこと全部言って終わらせてしまおう。
痴話喧嘩で神罰受けるなんて、馬鹿な真似したくなかったなぁ…。
「好きだって…私が正直に言ったところで何になるんですか?インドラ様は神様でッ…奥様もいるしお子さんもいる…ッ!!わたしッ…私は、寿命が来たら終わりの、ただの人間なのに…ッ!!」
あーあ…涙まで…。
もう目の前の神様が滲んでよく見えないや…。
「全部終わったら…サーヴァントのみんなともお別れになっちゃうんだから、どうせインドラ様とm…」
「黙れ」
「…ッ!?」
吐き出すように紡いでいた私の言葉を、思わず身が震えるほどの低い声が遮る。
そして…
「んむッ……!?」
動きが止まった私の唇を柔らかいものが塞ぐ。
涙で滲んでぼやけていたインドラ様の目が、すぐ目の前にはっきりと映る…。
え…待って…これ…
キス…?
「黙って聞いていれば…先程から随分と好き勝手に言ってくれる」
唇を離したインドラ様が、私の瞳の奥をじっと見つめる。
こちらの心の奥を見据えるように。
もう…見ないで…。
もうこんな不様を晒した人間を見ないでください…。
突き刺さる視線が痛くて目を背けようとすると…
「神の目を見ろ」
至近距離で体中に響く声に逆らえず、結局この神の目を見つめ続けることしかできない。
「ただの人間だから…何だ?神を召喚しあまつさえ戦闘までさせるお前が、今更何を気にする?」
「それは…ッ」
「それに、だ…妻がいようが子がいようが関係ない。神は神のしたいようにする。遥か昔から、神の在り方は変わらん。お前が禁忌のように話すそれは、人間たちの社会での在り方だ…神である神に当てはめるものではない」
「…」
神であってもちゃんとしたほうがいいのでは?
いや、今更言わないけど。
「ついでに言っておくが…」
「!」
私の頬に添えられていたインドラ様の指が、目に溜まった涙を弾く。
そして親指が私の唇に触れ、ゆっくりとなぞるように動く。
「神は一度拾い上げたものを自ら手放す真似はせんぞ?お前が神から離れん限り…な」
「…ッ!!」
「まあ仮にそうなったとて…」
「神から逃げられるとは思わんことだ」
あの雷そのもののような目で、私を捕えるように見つめながら、不敵に笑う。
あぁ…もう…。
ほんっとにこの神はどうしようもない…。
この神に惚れてしまった時点で、もう私に逃げ場なんてなかったんだ。
想いが全部伝わってしまった以上、どうやっても離してもらえないらしい…。
「……ずるい…です」
「ははっ…ずるい、か…」
私の愚痴を軽く笑い飛ばす神。
不貞腐れている私の唇に今度は優しく口づける。
そして唇を離し、囁く。
「一体それの何が悪い」
〜おまけ〜
「…む」
シミュレーターへ向かうカルナの前方から見知った男が歩いてきた。
誰かを探しているのだろうか…キョロキョロと辺りを見回している。
と、その男がこちらに気づき立ち止まる。
「…カルナか」
カルナの生前の宿敵、アルジュナだ。
「私に何か用か?」
「人探しか」
「貴様には関係ない」
「見たところしばらく探し回っている様子だが」
はぁ…と小さく息をつくアルジュナ。
「今日はインドラ神の姿を見かけていないのでな」
「確かに…今日は宴は開いていないようだな」
「…誰かに迷惑をかけていないといいが」
「千里眼でも見つからないのか?」
「、…」
「失念していたな」
「黙れ!今から探すから待っていろ!」
「オレは頼んでいないのだが」
図星を突かれて少々苛つきながらも、目を閉じ神経を集中させる。
あの神のことだ…霊体化などしているはずがない。
あそこまで大きな気配なら流石に見つかるはず。
…いた。
おや?ここはマスターの部屋では………!?
「なっ…!?」
「どうした」
「ーーーーー」
「おい、アルジュナ…」
ピシッ
パリィン
「何だ?何か壊れたような音が…」
「ーーーーー」
「おい、アルジュナ?」
呼び掛けても、アルジュナは応答しない。
目を見開き、固まっているだけだ。
すかさずスキル『貧者の見識』を発動する。
この男は千里眼で何を見たのか…。
「!」
意外とも言える結果に驚くも、状況は把握した。
「なるほど…心は硝子だったようだな」
「だ、黙れ!はっ、呆けている場合ではない…今すぐマスターの部屋へ行かなければ!」
「正気か?」
「何がだ!?」
「その千里眼は現在視だろう」
「何が言いたい!?」
よほどの衝撃で頭が回っていないようだ。
今マスターの部屋に行けばインドラはともかく、マスターが恥をかく事態になりかねない。
仕方ない…これもマスターのためだ。
多少の恨みはこちらで買っておくとしよう。
そう考え、カルナはあえて『この男が千里眼で見たであろう光景』を突きつけた。
「ひとつの寝床で、寄り添いながら眠るマスターとインドラの姿を、お前は直視できるのか?」
ピシッ
ピシピシッ…
パリンッ
ガシャアアァァァァン…ッ!!
「…派手に壊れたな」
「貴様ぁ!!あえて私が言わなかったことを何故言葉にした!?これ以上私の心労を増やすなぁ!!」
カルナの言葉で激昂したアルジュナは、ガーンディーヴァから矢をひっきりなしにカルナに向けて放ちまくる。
が、混乱しているせいか精度がひどく低いため、カルナの槍捌きによってあっさり弾かれ床に落ちる。
「増やしたのはオレではなくお前の父だ」
「ぐっ…正論をぶつけるな!!」
「事実だ。現実から目を背けるな」
「それの何が悪い!?こちらはアスクレピオスから処方された胃薬が底を尽きそうなんだぞ!!」
「尽きる前に医務室に行くことを勧める」
「私の心を破壊した貴様が言うな!!」
「今からアシュヴァッターマンとシミュレーターで手合わせをするところだ、お前も付き合え」
「勝手に決めるな!!」
「自信がないのなら仕方ないが」
「何故そうなる!?いいだろう…いくらでも付き合ってやる!!」
〜シミュレーター室〜
「と、言うわけだアシュヴァッターマン」
「いやどういうわけだよ!?」
「お命頂戴…!!」
「待て待て待てアルジュナ気が早えよ!!あとそれお前のセリフじゃねえだろうが!!」
END