蒼の雷霆神の夢 〜中編〜
蒼の雷霆神の夢 〜中編〜
「…ッ!!」
目を覚ますと、視界に映るのは見慣れた天井。
ゆっくり体を起こして時計を確認すると、いつもの起床時間よりも少し早い時刻。
「…ん」
「…!」
隣から、小さな声が聞こえる。
私が動いたことで、目を覚ましたらしい。
おはようございます…と言おうとしたのだが、先程まで見ていた夢が脳裏に甦る。
『お前を、神の妻とする』
「………ッ」
あんな夢を見てしまったからには、接する度に思い出してしまうに決まってる…。
そもそも…
インドラ様のせいで見た夢なら、インドラ様だって同じ夢を見ているのでは?
起きたら何と言われるのか…。
「ん…何だ…もう起きたのか」
「…ッ!!」
と、隣からはっきりとした声で話しかけられる。
寝ぼけ眼ではあるが、頭は大分覚醒している。
「…おはようございます」
「ん」
咄嗟に私がした挨拶を、いつものように短い返事で返すインドラ様。
ゆっくり体を起こすと、私に寄りかかってきた。
そして、また目を閉じる…。
いや、あの…重いんですけど…。
あと起きたんなら、もう寝ないでください…。
「…インドラ様、起きましょう?」
「…はぁ」
重さに耐えきれずに声をかけるが、ため息をひとつ零しただけで全然動きそうにない。
ベッドに手をついて体を支えているのだが、それももう限界が近い。
勘弁してよ…冗談抜きで重いんだよ…。
120㎏支える人間の身にもなってよ…。
仕方ない、こうなったら…。
私は片方の手を伸ばし、肩に寄りかかるインドラ様の頭をそっと撫でる。
そして…
チュッ
「………ッ!?」
後頭部にキスを落とすと、それに反応したインドラ様が目を開けた。
その隙に、素早くベッドから下りる。
「…おい、どこへ行く」
「身支度するだけですよ」
支えにしていた私がベッドから下りたため、一瞬よろめいたインドラ様だったが、すぐに自力で体を支え直して私に文句を言う。
文句を言いたいのは、こちらの方なのだが。
「…少々早いではないか」
「二度寝したら、起きれなくなりますから。インドラ様はまだ寝ていても大丈夫ですよ」
「…神を置いていく気か?」
「朝食を食べたら、また部屋に戻って来ますよ」
「…薄情な人間め」
「なら、インドラ様も一緒に行きましょうよ」
「…神に命ずるな」
「命令じゃなくて提案ですって」
ベッドで管を巻いているインドラ様と会話をしながら、礼装に着替えて顔を洗う。
先程の杞憂が嘘のように、自然体で接することが出来ている。
「…化粧はしろよ?」
「今してますよ…」
最近しょっちゅう言われる『化粧をしろ』という小言にも、手を動かしながら返す。
正直手間だが、目の前にインドラ様がいるならしないわけにはいかない。
「…よし」
化粧が終わって髪を梳かしていると、真後ろにインドラ様が立つ気配…。
「早くしろ」
霊体化で身支度を済ませたらしいインドラ様。
支度が終わり、櫛を置いた私の手を掴む。
「さっさと行くぞ」
「はーい」
手を握り返した私は、インドラ様と一緒に部屋を出て食堂に向かった…。
〜深夜〜
「…はぁ」
シャワーを浴び終えた私は、今夜はインドラ様の部屋のベッドで横になっていた。
隣のインドラ様は、シャワーを浴びてすぐに眠りに就いてしまった。
まあ、そりゃ疲れてるはず。
つい先程まで私たちは…
「…ッ」
ああ、もう寝よ寝よ!!
疲労困憊の体に掛け布団を被せ、目を閉じる…。
…
…
「…あれ?」
つい昨日も感じた外の空気。
目を開けると、やはりそこは空の上だった。
昨日と同じく、雲の足場の上に立っていた。
「やっと来たか…待ちくたびれたぞ」
「…ッ!?」
よく知る声が、私のすぐ後ろから聞こえる。
振り向くと、昨日の夢で見た年若い(?)インドラ様の姿があった。
「随分と遅かったな」
「それは…」
「まあ、いい…どうせ未来の神だろう」
「…ッ」
「こちらへ寄れ」
パチンッ…と指を鳴らすインドラ様。
「…っと」
今回はあまり離れていなかったからか、急に雲が動かずに済んだ。
体のバランスを崩すことなく、雲に乗せられたまま近づいていく。
そしてインドラ様は、私の乗る雲に自分も乗ってきて、その上に腰を下ろした。
「お前も座れ」
「あ、はい…」
隣のスペースに、腰を下ろした。
すると、どこか不満そうに顔を顰めるインドラ様。
「何をしている。こっちだ」
「えっ……ッ!?」
強い力で体を抱き寄せられ、気づけば私はインドラ様の膝の上に乗せられていた。
「お前は妻だぞ。夫の膝がお前の居場所だ」
「…ッ!?」
急に近くなった距離、そしてさらっと言ってのけたインドラ様の言葉に心臓が飛び跳ねる。
そうだ…確かインドの神様って、男神の左膝は妻である女神が座る場所なんだっけ…。
「わ、私は…女神じゃないんですが…」
「構うものか」
一応言葉にしてみたが、あえなく一蹴される。
この神様がそんなことを気にするわけないって、わかってはいたのだが…。
「…お前も神を恐れるか」
「えっ…」
私の目をどこか冷めたような目で見つめながら、インドラ様が問いかける。
恐れるって…急に何の話をするんだろう?
「無理もない。だからこそ神は、親にも見放されたのだからな」
「…ッ!!」
遠くを見ながら、自嘲気味に呟くインドラ様。
そうだ…。
インドラ様は、実の親から…。
「…怖いわけじゃないんです」
「…気休めならいらん」
「本心です。貴方は…私がよく知るインドラ様と少し違うので、ちょっと緊張してしまったんです。気分を悪くさせてしまったのなら、申し訳ありません」
「………」
私の言葉を黙って聞いていたインドラ様は、膝に乗せた私を抱え直し、私の髪を撫でながらポツリと呟いた。
「…お前の知る神は、どんな神だ?」
「えっと…あくまでも、私の主観ですが…」
「構わん」
少し考えた私は、私が思うインドラ様の印象を正直に挙げていく。
「…自由で自信家、尊大ですが誰よりも寛大…私のような小さな人間の話にも耳を傾けてくださります」
「…」
「あと、ご自分よりも弱い存在が苦しむのを見ていられない面倒見のよさと、いざとなれば誰かのためにご自分を顧みずに戦える優しさを持っていらっしゃいますね」
「あー…もういい、そこまでにしろ」
「あ、はい…」
余計なことを言ってしまったか?
そう思った私はインドラ様の表情を窺うが、私から顔を背けているだけだった。
ただよく見ると、耳がさっきよりも赤いような…。
「クソッ…何なんだ、この人間は…」
「…」
何って…
貴方が夢限定で妻にした人間ですが?
あぁ…でも…
インドラ様…生い立ちを含めて考えたら、褒められ慣れてないのかな?
カルデアのインドラ様は、神という神を褒めよ讃えよが常なのに…。
この状態から艱難辛苦を乗り越えて、あそこまでの神様になったんだろうな…。
「はぁ……調子が狂う…」
「…私に言われましても」
「ああもういい、さっきのは忘れろ。いいな?」
「はい…」
いつもよりツンケンしてるのが、何か新鮮だな…。
いやでも…多分インドラ様って、こっちの方が素だと思う。
私が知るインドラ様は、神々の王としてのプライドに雁字搦めになってるように見える。
インドラ様のいろんな顔を見てきたけど、結局は不器用だけど何だかんだ優しい神様なんだとは思ってるよ…。
「お前…何か神を生温かい目で見ておらんか?」
「いや、何ですか生温かい目って…」
「…まあ、まだマシだからいいが」
「マシ…とは?」
「今まで神に向けられた目に、慈愛など含まれていた試しがない。神々からすれば、目障りなことこの上ないのだろうよ」
「…何で目障りになるんですか?」
「さてな。出来れば、神が一番知りたいところではあるが…まあ無駄だろうな」
「…貴方の何が、目障りなんですか。私には、まったくわかりませんよ」
「………神々の考えることが、人間のような矮小な存在に推し量れるものかよ」
「それは…そうですが…」
「ま、今は神の妻だ。理解しようと努力する姿勢は悪くない」
「…ッ…妻でいるのは、ここだけですよ?」
「言い出したのは神だぞ?忘れるものか」
インドラ様は何度も口にしているが、妻と呼ばれるのは妙にくすぐったい気分だ。
嬉しくは…あるけどね。
だって、現実で叶えるのは難しいことだから…。
「………だが、そうだな」
「?」
「今のお前は神の妻だ。妻ならば…夫の求めに応えてもらうとするか」
「えっ………ッ!?」
髪を撫でていた手が私の顎を掬い、噛みつくように唇を塞がれた。
「んっ……ッ!」
無理矢理こじ開けられた口内に、舌が入ってくる。
いつものインドラ様とも違う…獲物に喰らいつく獣のように激しく貪られる…。
「…ッ!…はぁッ…はぁっ…ッ」
唇が解放された私は、キスのあまりの激しさに呼吸を整える。
「…拒みはしないのか」
「…!」
私の顔を覗き込むインドラ様。
今度は私の頬に、そっと手を添える。
「…相手が貴方なら拒んだりしませんよ」
「…ッ!?」
「逃げたりしませんから…だからもう少しだけ、優しくしていただけませんか?」
「……フッ…言ってくれる…ッ!」
口元を緩めたインドラ様は、再び私の唇を塞ぐ。
「…ん…ッ」
両手で頬を包み、今度は優しく舌が触れる。
口内をなぞり、私の舌に絡みついてくる熱い舌。
私も、そっと舌を動かして受け入れる。
あぁ…夢の中なのに、何か頭がぼんやりする…。
クチュッ…と音を立てて、唇が離れていく。
はぁ…と、インドラ様が熱い吐息を漏らした。
「…神の妻は、随分と慣れているらしいな」
「…それは、貴方のせいなんですが」
「フッ…だろうな」
小さく笑みを零したインドラ様は、また私に口づけてきた。
優しいキスではあるが、さっきよりも念入りに舌を絡めてくる。
その痺れるような感覚に、夢の中なのに徐々に体が熱を帯びてくる…。
と…口づけを交わしながら、インドラ様の手が私の頬から首筋、鎖骨、そして服の上から胸元にまで下りてきた。
唇が解放されると、コツンッ…と額をくっつけて至近距離で私の目を覗き込むインドラ様。
「…今更止めんが、文句はないな?」
「…はい」
ゆっくり瞬きをしながら、返事をする私。
それを確認したインドラ様は、私の服の中に手を滑り込ませて、また深く口づける。
つい先程、現実世界で与えられた快感が、夢の中でまた熱を持って体を蝕んでいく…。
私はインドラ様の肩にそっとしがみついて、そのまま身を委ねた…。
「あぁ……我が、妻よ…」
「あと…………てば…お前は………」
薄れゆく意識の中…
ふと…そんな声が聞こえた気がした…。