蒼の雷霆神の夢 〜後編〜
蒼の雷霆神の夢 〜後編〜
「…ん」
「ん?起きたか」
目が覚めると、すぐ上からインドラ様の声が聞こえてきた。
何度か瞬きをして、目の前の光景を確認する。
「…おはようございます」
ベッドに腰掛け、私を見下ろしているインドラ様。
その姿を確認した私は、ゆっくりと体を起こす。
「…ッ」
お腹と腰に鈍痛が走る…。
上体を起こしたが、また蹲ってしまう。
「今朝は随分とくたびれているようだな。ま、無理もないであろうが」
「…」
無理もないどころか、完全に貴方のせいなんですけどね?
また痛まないように、ゆっくりと動いてベッドから下りる私だったが、足元までふらふらする始末…。
とりあえず服を着替えようと、置いてある礼装を手に取った瞬間、唐突に昨夜見た夢を思い出した。
「………」
夢の中で、インドラ様と…。
ただ、ちょっと思ったことがある。
あの夢は、いつまで続くんだろう?
ひとりで寝たら、もう見ないようになるのかな?
ただ、ひとりで寝ていてもインドラ様は好きな時に勝手に布団に入ってくるから、あまり意味がない。
もしかしたら、夢の中のインドラ様が満足したら終わるのかもしれない。
でも、何となく…本当に何となくなんだけど、あの年若いインドラ様はまた夢に出てくる気がしてる…。
だって、昨夜の夢で見た様子からして…
私に依存しかけてる…。
いや、もう依存しているのかもしれない…。
恐らくあのインドラ様は、生まれてすぐ母親に捨てられ、父親を手にかけ、他の神々からも見放されて世界中を放浪していた…最も孤独を感じていたであろう時だ。
そんな時…未来の自分と縁を結んだ、自分を慕う人間と夢で繋がり、仮初の夫婦としてのひとときを過ごしたら…。
愛情に飢えた者ならば、たとえ神様でも人間でも自然と縋りつきたくなるのでは…。
それに、あの夢にいるインドラ様は多分…
「おい、何をぼんやりとしている」
「!」
急に聞こえてきた声に、はっと我に返る。
「…すみません、ぼーっとしてました」
「無理もないが、早いところ着込め。そのようにはだけたままでは、昨夜の続きを欲しているものかと勘違いしてしまうが、構わんな?」
「!?」
インドラ様が、にんまりと笑う。
それを見た私は、そそくさと礼装を着込む。
しまった…着替えてる途中で、考え事してた…。
いや、でもよくよく考えたら、こうなったのは大半がインドラ様のせいじゃん…。
どうも腑に落ちないまま、着替えを済ませて身支度を進めていく私なのであった…。
〜その日の夜〜
「…一緒に寝るんですか?」
「案ずるな。今宵はただ共寝するだけだ」
やっぱり今夜も、インドラ様と一緒に寝ることになってしまった。
でも体が痛いことを言い続けたおかげで、一緒に寝るだけにしてくれた。
「おやすみなさい」
部屋の灯りを消して横になると、インドラ様が抱き着いてくる。
まあ、抱き着かれて寝るのには慣れたが…。
今夜も、夢に現れるのだろうか?
若干の不安を抱えながら、目を閉じる…。
…
…
やっぱりか…。
目を開けると、連日眺め続けた夜空。
そして…
「来たか」
振り向くと、そこには昨夜を共に過ごしたインドラ様の姿。
その姿を確認した私は…
「…ッ」
胸が締めつけられるような感覚…。
思わず視線が下に向いてしまう。
「ん?どうした?我が妻よ」
「…ッ!」
我が妻…。
当たり前のように、そう口にするインドラ様。
この夢で幸福を味わったはずの私の胸が、さらに締めつけられる。
インドラ様…違います…。
私は…貴方の妻じゃないんです…。
ダメだ…。
やっぱりダメだよ、この夢は…。
「…インドラ様」
「何だ?」
「聞かせて…いただけますか…」
「ん?何をだ?」
気づけば声が震えていた。
私は一度歯を食いしばり、インドラ様をまっすぐ見つめて尋ねた。
「インドラ様、貴方は…いつまで、この夢を続けるおつもりなんですか…ッ!?」
「…ッ!?」
その途端、インドラ様の目が見開かれる。
私は、手の震えを隠しながらインドラ様の返事を待った。
「…いつまでだと?」
「…ッ」
「何を、言っている…」
ずんと胸に響く、インドラ様の低い声。
でも、怒りの声ではない。
「何か…不満でも、あったのか…?」
それは…狼狽だった。
「昨夜…お前は神を、拒絶しなかった。受け入れていたではないか…」
「…はい」
「なら、一体何故…そのようなことを…」
途切れ途切れになりながらも、私に問いかけるインドラ様。
必死に。縋るように。
「…ッ」
ああ…やっぱりダメだよ、この夢は。
確かに私はこの夢で、ちょっと新鮮で幸せな気分を味わえた。
妻として求めてもらえて、本当に嬉しかった…。
だけど…。
「…楽しかったです。たとえ夢の中でも、貴方が私を妻と呼んでくれたのは、本当に嬉しかったんです」
「だったら…ッ」
「でももう、この夢を楽しめません…」
「……何故だ?」
「だってここにいるインドラ様が、夢に囚われてるじゃないですか…ッ!」
「…ッ!?」
最初は、単にインドラ様が隣にいたから繋がった夢なんだと思ったから、あまり深く考えなかった。
夢の中でだけ、私を妻とする…。
驚きはしたけど単なる戯れだと思って、それも大して深く考えてなかった。
でも、昨夜…
口づけを交わして、その愛を受け入れた後…
うっすらとだけど、思い出した記憶がある。
『あぁ……我が、妻よ…』
『あと一晩…一晩待てば、お前は…またここに…』
「…私が夢から覚めてからも、貴方はずっとここにいたんですよね?」
「それは…」
「夢から覚めれば私は消えて、夜になって眠りに就けば、また私が来る…それを繰り返すつもりだったんですよね?」
「たった一晩だ。一晩待てば、お前が来る…」
「あんなに苦しそうな声で、言ってたのに?」
「…ッ!?」
思い出すだけで、自責の念に駆られる…。
インドラ様は『たった一晩』って言ってたけど、それは今までインドラ様が抱えた孤独と比較していたというだけだ。
苦しませていることには、変わりない。
「…ならば、我が妻よ」
「…」
「何故、遥か未来なのだ?」
「え?」
「何でお前と出会ったのが、この神じゃなくて遥か未来の神なんだよ…ッ!?」
「…ッ!?」
それまで静かに答えていたインドラ様が、突然声を荒げて叫ぶ。
「この神には妻の…お前からの愛情を、受け取ることすら許されねえのかよ…ッ!?」
「…ッ!!」
私はそれに、答えることが出来ない。
私のせいだ…。
私が、中途半端に寄り添ったから…。
自分がしてしまった事の重大さに、思わず雲の上に崩れ落ちてしまう。
「………な、さい…ッ」
私の目から大粒の涙が溢れ、雲の上にぽたぽたと落ちていく。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ッ!」
「…ッ!?」
インドラ様に向かって、ひたすらに謝罪する。
ごめんなさい…ごめんなさい…と。
壊れた機械のように、ひたすら繰り返す…。
「いや…待て、何でお前が…そこで泣く?」
私の謝罪を受けたインドラ様は、また先程のように狼狽えながら問いかける。
どうやら、私が泣いている理由が本気でわからないらしい。
「…わたしがっ…ッ…貴方を、きずつけた…ッ」
「!?」
「あなた…に、あんなことをっ…言わせた…ッ!」
「…ッ!?」
「ぜんぶ…私の、せいです…ッ!」
もう、何が正解なのかもわからない…。
足場の雲を握りしめ、涙を流しながら謝罪することしか出来ない…。
「いや、待て…泣くな…もう謝るな。神は、お前を泣かせるために言ったのでは…」
狼狽えるインドラ様が、慌てて足場の雲を自分のもとに引き寄せる。
そして、雲の上で泣き続ける私を抱きしめた。
「…神は、何をするべきだった?神はただ、お前と共に過ごしたかった。お前の楽しむ顔が見たかった。だがお前は、この夢を楽しめんと言った…そして、お前を泣かせることとなった…」
「……それ、は…」
「神は…どうするべきだった?」
私の背中を擦りながら、尋ねるインドラ様。
私は一旦呼吸を落ち着かせて、この夢を楽しめないと言った理由を答える。
「…私を待ち続けると、言いましたよね?」
「…ああ」
「私から見れば…インドラ様に、ずっと我慢をさせ続けていることになります」
「一晩待つだけだぞ?大した我慢では…」
「私はずっといい夢を見続けて、インドラ様はひたすら私を待ち続けるんですよね?」
「…そうだが」
「…それは嫌です」
「…!」
「貴方を苦しめ続けるのは嫌です…」
「…ッ」
「貴方が…あんなに苦しそうに呟いていたのを聞いて、自分が何もわかってなかったことに気づいたんです。昨日、幸せな気分で過ごすことが出来たのは本当です。本当、なんですが…貴方が苦しい思いをしているのは…ごめんなさい、私がつらいんです」
また涙がはらはらと流れてくる。
もう、泣きたくないのに…。
インドラ様を、困らせたくないのに…。
「…答えろ、我が妻」
インドラ様が、静かに口を開いた。
「お前は…神を、愛しているか?」
「…ッ!?」
突然の言葉に一瞬息を詰まらせるが、私は顔を上げてインドラ様の目を見つめた。
そして、答える。
「はい」
「…」
「貴方を、愛しています…」
妻と呼ばれることが嬉しかったのも、この夢を終わらせたかったのも…
全部、貴方を愛しているから…。
貴方を大切に想っているから…。
「…ッ…そうか…」
私の答えを聞き、何かを噛み締めるような表情になるインドラ様…。
そして私の目をまっすぐに見つめ、ふっと優しい笑みを溢した…。
「神もだ…愛している」
「…ッ!!」
ピキピキッ…
パリィンッ…!!
その瞬間、何かが割れるような音が響き渡る。
「…ッ!今のは…」
「夢が終わろうとしている」
「夢が?」
「…神は、十分満足した。お前から『愛している』という言葉を聞けたからな」
「…ッ」
夜空の空間が、どんどんひび割れていく…。
「だが、まだ夢の中だ。完全に終わるまでは、付き合ってもらうぞ?我が妻よ」
「…はい」
インドラ様の腕に包まれたまま、終わりを待つ私。
腕を伸ばして、私からも力いっぱい抱きしめ返す。
インドラ様…ありがとう…。
愛しています…これからも、ずっと…。
…
…
「…ッ!!」
気がつくと、視界には見慣れた天井…。
隣では、インドラ様が静かな寝息を立てている。
その寝顔で安心感に包まれた私は、再び瞼を閉じて意識を手放した…。
「…」
ぱち…と、目を開けるインドラ。
視線の先には、眠っているマスター。
手を伸ばして髪を優しく撫で、心の中で呟く。
神も、十分満足だ…。
感謝するぞ…『我が妻』よ…。
END