着飾らせても外には出さん
着飾らせても外には出さん
プシューッ
「マスPさん?今よろしいでしょうか?」
「あれ?どうしたの?」
マイルームを訪ねて来たのは、ミスクレーン。
そしてその手には、大きめのバック。
「実はマスPさんに、ぜひ着ていただきたいものがありまして…」
「着て…いただきたいもの…?」
「えっ?何故…そんなに警戒したような目を…?」
思わず身構えてしまった私を見て、少しショックを受けるミスクレーン。
何故…と言われても…。
何となく…としか返せないんだけど…。
「あの…まずは、見ていただけませんか?」
「あ、うん…何かごめんね」
本題に入ったミスクレーンが、バックの中身を取り出してベッドに広げた。
それは、どこか涼しげな模様が入った…
「…ワンピース?」
「はい」
マキシ丈のキャミワンピだった。
魔術礼装ではないらしいが、夏らしい…それにどこか大人の女性らしさも感じるワンピースだ。
「素敵なワンピースだね」
「ありがとうございます。でもこれは、ただのワンピースじゃないんですよ?」
「ただのワンピースじゃ…ない?」
私の反応を見て、それはそれは嬉しそうに、またバックの中から何かを取り出すミスクレーン。
ワンピースと同じ柄の上着…短い丈の着物の羽織のように見える。
そしてもうひとつ取り出したのは…
「これって、帯?」
「はい、正解です」
明らかに着物の帯だった。
マキシ丈のキャミワンピ、羽織のようなもの、そして帯…ということは…。
「ワンピース型の浴衣です」
「ワンピース型の浴衣…これが、そうなんだ」
ワンピース型の浴衣…私も聞いたことはあった。
ただ、実際に見たのはこれが初めてだ。
「夏の装いについて色々と調べていましたが、これを見つけた時は、それはもうとてつもない衝撃を受けました。ワンピースと浴衣…要はTPOに合わせてファッションを考えなければならない現代においてはまさに一種の革命!昼はカジュアル夜は上品…それも和装と洋装を両方楽しむことが出来るのはまさしくファッション界の…」
「ちょっ…わかった!ミスクレーンの中でビックバン並みの衝撃と革命が起きたのはわかったから!」
「おっと…すみません、興奮しかけました…」
いや、貴女が興奮して限界オタクになりかける怪現象は、もはやデフォルトになりつつあるからいいんですけどね…。
ただこれについて、もうちょっと詳しい説明が欲しいだけなんですよ…。
「それで作ったのが…これ?」
「はい!マスPさんのお召し物は基本的に魔術礼装ではありますが、たまにはこういったものを着てみるのも悪くないと思いますよ」
「…まあ、確かにオフの時なら」
「マスPさんのお召し物のバリエーションが増えるのは、きっと…あの方もお喜びになるのでは?」
「…ッ!!」
先程までの気持ちw…いや、限界オタクの顔が嘘のように、にっこりと穏やかな笑みを浮かべるミスクレーン。
もはやそのために作ったな、この鶴…。
「もちろん、ワンピースを単体で着ても露出が増え過ぎないように、薄手のカーディガンも一緒に作りました。浴衣の場合は、羽織を着て帯を締めるだけです。帯は簡単に結べるものですから、ご安心ください」
「あ、それはありがたい…」
確かにキャミワンピは、肩や二の腕や胸元がガッツリ露出するから、ワンピース単体で着るのはちょっと抵抗がある。
そう思っていたら、それを見越してカーディガンまで仕立てたのだから、やはりそのあたりはよくわかっている。
「ワンピースはともかく、浴衣の状態で着ていただける機会があればいいのですが」
「…うん、私も着てみたいな」
「その時はぜひ、私にも見せてくださいね?」
「………まあ、うん」
「えっ?今、何か物凄く間があったのですが…」
「気のせい気のせい」
まあ着たら着たで、ミスクレーンなら何だかんだ褒めてはくれると思う。
その時の顔は見ない方がいいかもしれないけど…。
いや、顔見なくても限界迎えた声は耳に入るかも…。
「では、そろそろ私は戻りますね。その浴衣が、ぜひこれからのマスPさんの夏に活躍出来ることを願っています」
「ありがとう、ミスクレーン」
空になったバックを閉じて、ミスクレーンは部屋から出ていった。
ミスクレーンが去った後、私はベッドに並べられたワンピース型の浴衣を、手に取ってみる。
浴衣に見えるようになのか、あまりワンピースの裾がひらひらしていない。
ただ通気性はよさそうな生地なので、蒸し暑い中でも快適に過ごせそうではある。
とりあえず着てみようと思った私は、今着ている魔術礼装を脱ぎ捨てて、ワンピースに袖を通した。
「…で、この上に羽織を着て帯を締める…か」
独り言を呟き、羽織を手に取った時だった…。
プシューッ
「邪魔するぞ……ん?」
「あ…」
鍵をかけ忘れたマイルームのドアが開き、インドラ様が入ってきた。
ワンピースを着ているので、人前に出れない姿ではないのだが、見慣れない私の姿に僅かに目を見開くインドラ様。
「新しい衣装か?」
「あ、はい…ミスクレーンが仕立ててくれたんです」
「ふむ…」
私の姿を見つめながら、近づいてきた。
そしてベッドに腰掛ける。
「夏の装いか?随分女らしい装いではあるが…」
ワンピース自体が女性らしい印象が引き立つ服装だからなのか、わりとお気に召したような反応だ。
「ミスクレーンが言うには、これはワンピースにも浴衣にも出来る服だそうです」
「浴衣…と言うと、お前の国の衣装だったか?」
「はい。今この状態だとワンピースとして使えるんですが、これを羽織って…」
説明しながら、手に持ったままの羽織を着る。
そして、そばにあった帯を羽織の上から締めて結んでいく。
「…で、帯を締めたら浴衣になるんです」
今私も初めて着てみせたのだが、着ていたワンピースは案外簡単に浴衣に早変わりした。
「…それは、何か意味があるのか?」
「え…?」
「どちらも着たいのならば、両方持ち歩けばいい話であろう?」
「………」
インドラ様から返ってきた反応…。
私の予想とは大きく外れ、あまりにもノンデリ過ぎる反応だった。
何か…私だけがちょっと張り切ってて、虚しい気分になってきたんだけど…。
若干浮かれながら説明をしていた私は、思わぬ肩透かしを喰らった気分になる。
利便性を重視する現代人の考えは、どうやらこの神様にはあまり理解してもらえなかったらしい。
人間以上にいろいろ出来る神様には、わざわざコンパクトにする必要性を感じないのかもしれない。
「…出先だと、浴衣を持ち歩くのも着替える場所を見つけるのも大変なんですよ?人間は神様みたいに簡単にお色直しが出来ませんから」
「それはそうだが…そもそも、出先で装いを変える必要があるのか?」
「…夏祭りや花火大会といった、浴衣を着るようなイベントは、大体夜がメインなことが多いんです。例えば旅行で訪れた場合、昼は観光地を巡ったり街中でショッピングしたり…ワンピースのようなカジュアルな服が合っているんです。そして夜になれば、この羽織と帯を合わせるだけで、祭りに合う浴衣姿になれるんですよ」
「…つまりは、執り行われる催し毎にふさわしい装いに変えられる…ということか?」
「そういうことです。まあ…必ずしも浴衣である必要はないんですが、せっかくのイベントですから…」
「なるほど。ならば、理解出来なくはない」
今の説明で、どうやら理解はしてもらえた様子。
装いを変える…所謂お色直しは、どちらかというと女神の方がわかってくれるのかもしれない。
パールさんやカーマちゃんなら、絶対に理解してくれた気がする。
インドラ様に共感してもらうのは、お門違いというやつだったかもな…。
まあ、でも仕方ない…。
この神様のことだ…きっと悪気はまったくない。
反応を期待し過ぎたせいか、徐々に情けない気分になってきてしまった私。
どこか沈んだ気分のまま、そのまま浴衣を脱ごうと帯に手をかける…。
「おい待て。何をしている?」
「え…もう着替えようかなと…」
「いつ神が着替えてよいと言った?」
「いえ…あまり反応がよろしくなかったので、お気に召さなかったのかと思って…」
「…はぁ」
私の言い分に、呆れたようにため息をつく。
ため息をつきたいのは、本来こちらの方なのだが。
「…神は似合わんと感じた場合には、躊躇いなく似合わんと答えるぞ」
「………」
それは…確かに。
はっきり言うだろうな、この神様は…。
何なら、言わなくていいことも言いそうだな…。
そして空気が凍りついて、一部から怒られてそう…。
「…というわけだ。しばらくはそのままでいろ」
「…呼び出されたら、礼装に着替えますからね?」
「それについてはやむを得ん。だが、束の間の平穏くらいは洒落っ気を出せと、いつも言い聞かせているであろう?」
「…まあ、そうですね」
「…寄れ」
「…はい」
そばに腰掛け、少し体を寄せる。
すると、伸びてきた長い腕が体に巻き付いた。
自分の頬を私の頭に乗せるように、ぴたっとくっつけてくる。
「重いんですが…」
「我慢しろ」
「いや、あの…本当に重くて…」
体格差考えてくれないかな、この神様…。
「…いちいち小言が多い奴め」
そう言うと、私を抱え上げて自分の膝に乗せるインドラ様。
小言じゃなくて冗談抜きのSOSなのだが、一応要望は聞いてもらえることに成功した。
「その衣装…」
「?」
「他の英霊には見せたか?」
「えっ…いえ、まだです」
「…そうか。ならばよい」
片手間に酒を煽りながら、どこか満足そうに呟いたインドラ様。
「出先で着ていくものと言っておったが、それは出先では着るな」
「えっ?」
「さしあたっては、そうだな…神と酒を酌み交わす夜、もしくは神が酌を命じた際にでも着せるとするか」
「それって…」
要は、インドラ様と二人で過ごす時…だけ?
「気に入った。故に外には出さん」
「え…何でですか?」
「何故…と聞くか。決まっている…」
酒をしまい込み、空いた手で私の頬を撫でる…。
私の瞳を見つめるインドラ様だが、その瞳がどこか仄暗い雰囲気を携えている気がする…。
「神が気に入った者は、他の神にも気に入られるのが摂理というものだ。祭典は神さえ浮かれる催し…祭りの熱に浮かされた神の目に、お前が留まった場合…どうなる?」
「…どうなる、って…」
「ならば教えてやる…これが答えだ」
「んっ…!?」
頬を撫でていた手が顎を掴み、噛みつくような勢いで唇を塞がれた。
そして、すぐに唇が離された…。
「…わかったな?」
仄暗い瞳に、熱が籠もる…。
その艶やかな瞳に射抜かれた私は、小さく頷くことしか出来なかった…。
END