故郷を守る刃 〜探索〜
故郷を守る刃 〜探索〜
「…ここが、お前の家か」
「はい」
「随分と小さいな」
「言うと思いましたよ…」
インドラ様と一緒にレイシフトした先。
そこは、私の故郷であり…目の前に建つのは私が生まれ育った家だった。
時刻としては、もう夕方なのだろうか…オレンジ色の西日が射し、その光景をどこか昔懐かしいような雰囲気に染め上げている。
敷地内には、2台の車…父と母のものだ。
最後に見た車ではない…特別古い型ではないが、当時乗っていた懐かしい車だった。
「庶民の家としては、この程度ではないかと」
「流石に馬小屋よりは広いでしょー?ちゃんと屋根も壁もあるしさー」
「君たちは刺しに来てるのかフォローするのかどっちかにしてよ…あと普通は、神様が家に上がり込む前提で家は建てないんだよ」
ヴァジュラたちが家の敷地内を飛び回って、視察しながら好き勝手に喋っている。
そして、何故か腰掛けていたアイラーヴァタから降りたインドラ様。
「だが、ここまで来たのだ。せっかくならば、この神の訪問に立ち会う許可を得た、お前の家族とやらの顔を見てみるとするか」
「えっ!?いや…本当に会うんですか!?」
ちょっと待って…。
何て顔で神様を紹介しなきゃいけないんだよ…。
最悪頭おかしくなったって誤解されるよ…。
玄関に向かおうとするインドラ様を止めようとした私は、慌てて後を追いかける。
「………ん?」
と、インドラ様が何かに気づいた素振りで立ち止まった。
同時に、家のまわりを飛び回っていたヴァジュラたちも、インドラ様のそばに戻って来た。
「インドラさま」
「ここさー…」
「ああ、神も今気づいた」
「…どうしたんですか?」
戻って来たヴァジュラたちの顔が、先程探索していた時とは違い、真顔になっている。
私の位置から見えるインドラ様の後ろ姿は、何かに警戒している様子だった。
「インドラ様?ヴァジュラ?」
「…聞け、人間」
「は、はい…?」
私に背を向けたまま、インドラ様が私に向けて口を開いた。
「この家…いや、正確にはこの辺り一帯か」
「?」
「一切の人の気配がない」
「…えっ?」
人の気配が…ない?
しかも、この辺り一帯?
「えっ…じゃあ…家族は?私の家族はどこに行ったんですか…ッ!?近所の人たちは?ここをちょっと歩けば友達の家もあるんですが…ッ!」
「落ち着け」
徐々にパニックになっていく私に振り向き、低い声で窘めるインドラ様。
「どこへ行ったのかは何とも言えん。だが、人の気配が一切ないのは確かだ」
「そんな…ッ」
「それから、先程から漂う匂いが気になる」
「え?匂い…ですか?」
私からしたら、特別気になる匂いはない。
だが、神様であるインドラ様は何かを感じ取っているのだろう。
「何故他の英霊どもに適性が一切なかったのかはさておき…神に適性があった理由はすでに察した」
「…それは、何ですか?」
「この特異点…」
「蛇の匂いがする」
「…蛇?」
何とも嫌そうに顔を顰めて、空を仰ぐインドラ様。
蛇の匂い…。
つまり特異点の元凶に、蛇の怪異がいる…?
だから蛇殺しのインドラ様に適性が…?
「だが、ただの蛇の魔性ならば…わざわざこの神だけが呼ばれるはずがない」
「え?」
「蛇…または竜殺しの英霊なぞ、神である神が出るまでもなく適性のある者がいるはずだ」
それは、確かに…。
ジークフリートやシグルド、ゲオルギウスやニキチッチといったドラゴンスレイヤーだけでなく、黒姫のような蛇殺しの英霊もいる。
その英霊たち…何より土地に適性がありそうな日本人の英霊が誰一人として該当していないのが、どう考えてもおかしい。
なのに、インドラ様だけが適性があった。
それは、つまり…
ここにいるのが、ただの蛇ではなく…
それこそ、ヴリトラやテュフォンのような…
「神に匹敵するものだということだ」
「…ッ」
インドラ様から紡がれたその言葉に、思わず背筋がぞくりとした。
神に…匹敵する蛇の魔性…。
そんなものが…私の、地元に…。
季節は夏だというのに、妙な寒気に体が震える。
両手で自分自身を抱きしめ、何とか震えを抑えようとする私を見て、インドラ様が私を抱き上げた。
「…直に日が落ちる。夜の探索は悪手に過ぎん。狭き家ではあるが、この家を拠点とする他あるまいな」
「………」
「案ずるな。この敷地内には、何者も寄り付かんようにしておく。お前は明日の探索に備えろ」
「………はい」
私はインドラ様に抱えられながら、実に久しぶりになる実家の中に入っていった…。
〜翌日〜
「ん?目覚めたか」
「はい…昨日は、ありがとうございました。それに取り乱してしまって…すみませんでした」
目が覚めた私は、昨夜落ち着くまでそばにいてくれたインドラ様にお礼を言う。
「あれで平然としている方が、却ってお前の精神性を疑う。故郷が神に匹敵する者に脅かされ、家族や親しい友人は忽然と姿を消した…取り乱すのが自然な反応というものだ」
「…はい」
「だが、どうやらここは…拠点としての役割は果たせているようだな」
「はい。正直助かりました」
無人の家ではあったのだが、電気がつくから灯りや冷房が使えたし、水もガスもあるのでお風呂にも入ることが出来た。
それに、非常食はカルデアにある私の肉体と一緒に置き去りになっていたため、家にある日持ちしそうな食材で料理も作ることが出来た。
『酒はないのか』ってインドラ様に小言を言われたけど、残念ながら酒は置いてなかった。
だが特異点探索においては、この上ない程快適だ。
「さて、本来であれば神へ酒を献上しろと言いたいところではあるが…」
「…どうしてもというなら、近くのお店を覗くことはできますが」
「ま、そうは言うが…蛇の匂いに包まれたこの場で盃を傾ける気分にはなれん。ならば探索しか暇を潰す方法はあるまい」
「…ありがとうございます」
動きやすい私服に着替えた私は、まずは朝食の用意をしようと台所へと移動する。
「ん?」
と、何気なく台所の壁に目を向けた私は、あるものに目が留まった。
それは、壁にかけてあるカレンダーだった。
家にある固定電話の画面から、今日の日付はわかったのだが、その2日後の日付の欄に見慣れない書き込みがあった。
「朱…竜祭?」
しゅりゅうさい?しゅりゅうまつり?
読み方がわからないのだが、2日後の土曜日にそう記載がされていた。
昨日は家の細部まで気にする余裕がなかったから気づかなかったのだろう。
だが、朱竜祭…そんな祭りは、聞いたことがない。
「何を突っ立っている?」
「あっ…」
色々と考えを巡らせていると、いつの間にか背後にいたインドラ様に声をかけられた。
「えっと、実は…」
私は、この身に覚えのない『朱竜祭』という祭りのことをインドラ様に説明した。
すると、説明を聞いていたインドラ様の表情が徐々に訝しげなものに変わっていく。
「蛇の匂いがする街で、竜を祀る催し…か」
「…はい」
「…この近辺に、神社があったな?」
「はい。稲荷神社ですが…」
「稲荷神社?蛇神信仰ではないのか?」
「私の知る神社は稲荷神社でした。この特異点においては、どうなっているのか…」
「…まずはそこを調べるべきか。他所の神の社に足を踏み入れたとして、何事もない保証は出来んがな」
「お稲荷さん、怖い神様ですからね…」
早く朝食を済ませて、調べに行く必要がある。
そう思った私は、食材を取り出して簡単な調理に取り掛かった…。
「お待たせしました。では行きましょう」
インドラ様が結界を張ってくれてはいるが、念のため家の鍵をかけて家を出る。
件の神社は、歩いて僅か数分の距離にある。
「車が…1台も通ってない…」
昨日インドラ様たちが言った『一切の人の気配がない』という言葉を思い出し、また不安が募る。
日が高く登っている午前中だというのに、車が通っていないというだけでこんなにも静かだとは思わなかった。
そして、当然だが…
「…暑い」
季節は8月…じりじりと照りつける日射しとじめじめと纏わりつく湿気が体力を奪う。
家にあった、部活で使っていた水筒を持って来たから水分補給には問題ない。
ふとインドラ様の様子が気になった私は、後ろを振り向いて上を見上げる。
「………」
暑さにやられてる顔だ…。
間違いない…。
「あ、あれです」
と、そんなこんなで神社の前に到着した私たち。
「………」
何故かインドラ様は、鳥居の向こうをじっと睨むように見つめている。
「どうしまs……ッ!」
インドラ様につられて視線を鳥居に向けた私は、明らかに私の知る神社ではないと察した。
もともと無人の神社ではあったが、どう見ても廃れ朽ち果てていたのだ。
神社の境内に生えている、林のような木々。
そのせいで少々薄暗い神社ではあったのだが、今目の前にある神社はその比ではない。
入ったら危ない…素人の私にもわかる程の雰囲気を醸し出していた。
「インドラ様、ここは…」
「入るな」
「…ッ」
「あの中にすでに神はいない」
「えっ?」
「姿を消した神の代わりに、悪しきものどもが居座っている。只人のお前が近づいてみろ…一瞬で取り込まれるぞ」
「…ッ!?」
インドラ様の言葉に、背筋が凍りつく。
見知った神社が、まさかそんなことになっているなんて思わなかった。
これも、特異点のせいなのだろうか?
「…だが、ここではないようだな。他に神を祀る場所はないのか?」
「…小さな神社なら、たくさんありますけど」
でも、この近辺の神社をしらみ潰しに探すのは、なかなかにしんどい作業になる。
「先程、蛇神信仰と言っていましたけど…」
「ん?初耳か?その名の通り、蛇を水の神として奉る信仰のことだ。龍神信仰と混合することもあるようだが」
「それ自体は知っているんですが…私が知る限りでは、この地域に蛇神信仰自体があったかどうかが定かではないんですよね。特異点のせいで変質している可能性もありますが」
「お前の地元であろう?お前からの情報がないのならば、結局しらみ潰しに探し回る他なくなるぞ」
「うーん…」
ここよりも北の方角…山の方なら、まだ当てはあるのかもしれないな…。
一旦家に戻って、親の車を借りて山に行くか?
「…ん?」
「どうした?」
私はふと、先程のインドラ様の言葉を思い出す。
『蛇を水の神として奉る信仰のことだ。龍神信仰と混合することもあるようだが』
蛇…竜…そして、水の神…。
もしかして…
あそこだったり…?
「インドラ様」
「何か心当たりでも見つかったか?」
心当たり…本当にただの心当たりでしかないのだけど、ひとつだけ思い当たる場所がある。
ただそこは、神社や祠ではない。
「ここを東に行くと、川があります」
「川?」
「私が知る限りでは、その河川敷で毎年夏に開催される祭りがあるんです」
「…川か。なるほど…確かに水の神を祀る場としては適しているな」
「今は大きな堤防がありますが、それが出来る前までは大雨で川が氾濫して、田畑や家屋に甚大な被害を及ぼしていましたから、龍神様の荒御魂だと言われていたと聞いたことがあります」
「…東と言ったな?」
「はい。1、2km程の距離はありますが…」
「乗れ」
「え…うわっ!?」
突然ヴァジュラたちに抱えられ、インドラ様の膝の上に降ろされた。
「そう遠くはないが、お前の歩みに任せていては日が暮れる。落ちるなよ?」
「あちらですね」
「そんじゃ、れっつごー!」
「うわぁ…ッ!?」
私とインドラ様を乗せたアイラーヴァタは、かなりのスピードで空を翔けていく。
凄い速さだけど…
風が…気持ちいいなぁ…。
「…しかし」
「?…インドラ様?」
「川の気配など、なかったのだがな…」
「え?」
インドラ様が独り言のように呟いたところで、私の目に身に覚えのある堤防が見えてきた。
そしてその向こうには、大きな川が…
「えっ…」
目に飛び込んできた光景に、私は絶句した…。
そこは、一級河川。
私の記憶では、大きくて流れの速い川なのだが…。
「水が……ない…?」