故郷を守る刃 〜追憶〜
故郷を守る刃 〜追憶〜
『何をそんなにビビってんだよ』
電話の向こうでは、相変わらず冷たくからかう兄の声が聞こえてくる。
「何って…ッ」
『見たんだろ?俺の部屋』
「…ッ!?」
『隠すの下手過ぎだろ』
ずっと声の調子が変わらない兄。
でも、だから私は知ってるし…確信した。
『朱竜祭…来るんだろ?俺の邪魔しに』
兄が…黒幕で間違いないことを…。
「…何のために?」
『…』
「何のために、こんなことしたんだよ…ッ!?お父さんとお母さんは!?友達は!?答えろよ…みんなどこにいるんだよ…ッ!?」
気づけば、電話の向こうの兄に向かって感情をぶちまけていた。
『…うるせえな』
「…は?」
『うるさいって言ったんだが?まくし立てんじゃねえよ、相変わらず耳障りだな』
心底煩わしそうな、兄の声。
その言葉に怒りが限界突破した私は、一周回って静かな声で尋ねてやった。
「…答えろよ」
『ああ、いいよ。答えてやるよ。消したいから』
「…は?消したい?何を?」
『全部に決まってんだろ』
「ぜん…ぶ?」
『今そう言っただろ。この際だから言う…俺は物心ついた時から、まわりの人間を心から信じられないままだった』
「…!」
『人間不信ってやつだな。それは今も変わらん。親も友達も…もちろんお前も』
「…ッ」
『そしたら、聖杯なんて馬鹿げた力持ったものを拾ったからな。どうせなら神様とやらを喚び出してめちゃくちゃにしてやった方がいいかと思った。神様ってやつは、俺が今まで苦しんでても、一切助けに現れなかったからな。めちゃくちゃに壊したいって願いなら叶えてくれるんじゃないか?今回は聖杯ってリソースもあるからな』
兄の言葉が、ぐさぐさと胸を貫く…。
たとえ険悪な時期があったとしても、私の兄がこんな風になってしまう分岐点があったと思うと悔し涙が出そうになる。
涙を必死で堪え、兄に問いただす…。
「……街の人たちは無事なの?」
『ああ、まだ生きてるよ。完全に暴走させるためのカンフル剤として、人間を喰らわせる必要がある。もちろん人間てのは、街の人間と俺のことだ』
「…じゃあ何で私を拘束してないの?」
『俺が聞きたいんだが?何故か集めた人間の中にお前だけいなかったんだよ。まあ、どうせ俺を止めに来るんだろ?なら止める手段として自分を使えばいいんじゃねえか?』
「…止める手段?そんなの、聖杯奪って朱竜様を鎮めればいい話じゃないの?」
『脳内がお花畑で心底羨ましい』
「は?」
あまりにもさらりと出た毒に、カチンときて無意識に声が出てしまう。
『朱竜祭の起源…知らんのか?』
「…知ってるよ。調べた」
『ならわかんだろ?竜を鎮めるために、昔の馬鹿な連中が何を差し出したのか』
「…生贄」
『そーそ。正確には若い娘だ』
淡々と説明していく兄。
意外と喋り出すと止まらなくなるのは、実は私も同じだったりする。
もうこいつは…
私が直接ぶん殴るしかない…。
そう心に決めた私は、さっき兄の部屋で発覚したことを少しずつ問いただしてみることにした。
「…英霊がいないのも、あんたの仕業?」
『…やっぱり英霊のこと知ってたのか』
「…知ってるよ」
『なら霊脈潰しといて正解だったな。お前には戦力になる英霊もいないだろうし』
「…確かに、英霊はいないよ」
『英霊はいない…か。まるで何か他に味方がいるような物言いだな』
英霊がいない。
そう信じ切っている兄に、私は嫌がらせの意味でも正直に伝えてやった。
「…神様」
『は?』
「…神様が、ついてくれてる」
『…ああ、もうこんな時間だもんな。悪いな、睡眠時間削るような真似して』
「…寝言だと思ってるんだ」
『じゃなきゃ何なんだよ』
「…まあ、信じなきゃ神様は力貸してくれないもんね。仕方ない仕方ない」
『…やっぱり探して捕まえとくべきだったか?』
敢えて煽る言葉を並べてやると、先程よりも声のトーンが低くなる兄。
ああ、これは静かに怒ってるな…。
「今更でしょ…今はお互いに、朱竜祭までは何も出来ない…でしょ?」
『まあな。昨日家に行ったら、何故か家に入れなくなってたからな。お前の仕業か?』
あ、インドラ様が張ってくれた結界か…。
てか、こんなことしといて家に来てたんだ…。
そして閉め出されたんだ…。
…
…
インドラ様、ありがとうございます!!
今、私めっちゃ気分いいです!!
「ああ、神様のおかげだね。閉め出しちゃって悪かったね、まあ自業自得だけどな」
『さっきから神様神様って…まあ、お前はよくわからん奴でもほいほい信じて着いて行くだろうし、仕方ないか』
「信じないお前よりはマシだろ」
『…騙されるよりはマシだろ』
悪いね、お兄ちゃん…。
私はもう、今のあんたより年上になっちゃってるんだよね。
だから今の私には、あんたのそれが苦し紛れの捨てゼリフだってわかっちゃうんだ…。
「こんなことしたんだから、朱竜祭が終わるまでは家に帰って来るなよ?」
『朱竜祭終わったら、俺も家には帰れないんだが?話聞いてたか?お前』
「聞いた上で止めるっつってんだよ」
『ほーん…やっぱりお前はよくわからん』
「いいよ別にわからなくて」
『…ま、せいぜい頑張って止めてみろ。その神様とやらと一緒に』
ガチャッ
ツーッツーッツーッ
その捨てゼリフの後、電話は切れた…。
「………」
私は黙って、受話器の子機を戻した。
「随分と長い兄妹喧嘩であったな」
「…!」
振り向くと、すぐ後ろにインドラ様が立っていた。
兄とのやりとり…
一体いつから聞かれていたんだろ…。
ちょっと気まずくなったので、念のため聞いてみたところ…
「最初からに決まっておろう」
「ですよね…」
というわけで、全部聞かれてましたとさ。
「しかし、よりによってお前の血縁とはな」
「本当に、兄がご迷惑をおかけしてます…」
私は反射的にインドラ様に頭を下げる。
「…それで?」
「え?」
「曲がりなりにも、お前の兄であろう?ならば、理由もなくこのようなことをしでかす小僧ではあるまい?」
「………はい」
「…話せ」
私の血縁だからなのか、会話の内容から兄の性格を感じ取ったのかはわからない…。
でもやっぱりインドラ様は、まず話を聞いてくれる方なんだな…。
あいつも…兄もこの神様に出会えてたら、何かが変わったのかもしれない…。
っていうのは言い過ぎか…。
「…兄は幼い頃から、人間不信を抱えていたんです」
「…」
「これは先程の電話ではなく…兄が後々、私に打ち明けてくれた話になるんですが…」
この特異点の年代よりも未来…そして現在よりも少し前にはなるが、ふとした時に兄が打ち明けてくれた話になる。
兄は幼い頃、身内の大人から刃を向けられたことがあったらしい。
ただそれは悪意ではなく、幼い兄が刃物で遊ぼうとしていたことを叱るため、刃物を向けられたら恐怖を覚えるということを、身を持って実感させるためだった。
しかし兄からすれば刃物自体への恐怖よりも、身内から刃を向けられたことへの恐怖の方が勝ってしまったらしい。
その時から、まわりの人間を心の底から信用することが出来なくなった…そう話してくれた。
先程兄が電話で言った『まわりの人間を心から信じることが出来なかった』というのも、私はすでに兄本人から聞いた後ではあった。
だが、いざ人間不信に苦しんでいる真っ最中の兄からの言葉は、私の胸にも深く刺さった。
他者を信用出来ないからこそ、兄は誰にも相談出来なかったのだ。
この特異点の兄は、その成れの果てだ。
聖杯という願いを叶える代物すら信用せず、ただ有り余る魔力リソースで、すべてを壊す…。
元は兄の、今まで誰にも出せなかったSOSがきっかけだったのだ…。
「…本音を言うと、私は兄の幼い頃の記憶には心から同情しています」
「………」
「でもそれで世界をぶち壊そうとするのなら、殴ってでも止めます。カルデアだからではなくて、妹として馬鹿なことをする兄を止めたいんです」
「………フッ」
一通り話を聞いてくれたインドラ様は、小さく笑みを零す。
「血縁が相手では、お前も対峙するのがつらかろうと案じていたが、その杞憂は無用だったようだな」
「…この年代の私なら、どうすればいいかわからなかったと思います。この特異点にいる兄も、あんなことしてますが私よりちょっと年が上なだけで、まだまだ子どもですから」
「お前の兄に必要なものは、信用のおける保護者ではあるが…誰一人信用出来んとなると、そう容易く心を開くことは不可能であろうな」
「まあ…しばらく経って気づきましたけど、あいつ意外とチョロいので、一度信用出来る相手が出来れば何とかなりそうなんですが…今の兄には、無理だと思います。あと、しでかしたことはそれなりにでかいので、とりあえず私の手で一回ぶん殴る必要はあるかと」
「事は確かに重大ではあるが、些かお前の私欲も混ざっておらんか?」
「兄妹喧嘩は別ですよ?」
「…確認のために聞いておくが、幼い頃のお前たちの兄妹喧嘩はどのようなものであった?」
「そりゃもう殴る蹴るの暴力沙汰ですよ」
「……お前が何故そのような女になったか、たった今理解が及んだ」
何かインドラ様が、頭痛を堪えてる人みたいに眉間を押さえてる…。
ん?私…今変なこと言ったかな?
「なるほど。その時から基盤は出来ていたと」
「変わってないんだねー。キシシッ」
「ちょっとヴァジュラたちまで…何?」
「それよりも…明日からはどうするつもりだ?」
仕切り直したインドラ様に向き直り、私は自分の考えを話していく。
「…恐らく消えた街の人たちは、朱竜様と同じく川の上流に集められているはずです。さっき思い出したんですが、あの辺りには人がたくさん集まれる程の体育館がありますから」
「だが…上流付近へ近づくには、あの蛇どもの襲撃を突破する必要がある」
「インドラ様の雷で撃破自体は可能ですが、次々と湧き出る蛇たちを相手に川を遡るのは、私の魔力の方がジリ貧になってしまいます。簡易召喚で補佐をしても、焼け石に水だと思います」
「ではお前は…どう出るつもりだ?」
「…明後日の朱竜祭当日、河川敷に乗り込むしかないと思います」
「奇襲をかけられる場でもなし…つまりは、正面から仕掛けるつもりか」
「兄の方も、朱竜祭当日まで大きく動くことが出来ないでいるんです。邪魔をする私を拉致しようとしたんですが、インドラ様の結界に阻まれて何も出来なかったらしいので」
「なるほど。聖杯の魔力で、我が結界をこじ開ける程の余裕はないということか」
「朱竜様の召喚が手一杯……いや、本当にそうなんでしょうか?」
「何がだ?」
「よくよく考えたら、随分電話の向こうでぺらぺらと喋ってましたから…都合よく事が回りすぎかもって思いまして…」
「……お前、本気でそう思っておるのか?」
「…どういうことですか?」
「………なるほど。やはりお前たちは兄妹だ」
「え?何の話ですか?」
「忘れるがいい。とにかく、明日は下手に動かずに力を温存しておくこととする」
「はい。本当はカルデアとの通信が繋がればいいんですけど…」
ヴァジュラたちから借りた通信機は、未だに反応がないままだった。
このまま行くのなら、明後日はインドラ様を主力として、私が簡易召喚で補助をする形になる。
聖杯から生み出される蛇たちと、ほぼ神といっても過言ではない朱竜様を相手にすることになる。
あとは、聖杯を持つ兄だが…。
「………」
私は部屋の片隅にある、この年代の私が部活で使っている竹刀を見つめた。
魔力は、すべてインドラ様に回す…。
あいつのことは、何が何でも止めてやる…。