故郷を守る刃 〜真相〜
故郷を守る刃 〜真相〜
「…ッ!?」
ガバッと起き上がった私は、自分の手を確認した。
右手の甲に令呪がある、いつもの私の手だった。
「先輩…ッ!!」
「あ、マシュ…」
近くにいたマシュが、悲鳴のような歓声を上げた。
「よかったです!お体に異常はありませんか!?」
「…うん、大丈夫。何ともないよ」
「そうですか…本当によかった…ッ!精神と魂だけがレイシフトしてしまったとわかった時は、本当にどうなるかと…」
「インドラ様がいなかったら危なかったかも…」
「はい!インドラ神!本当に、本当にありがとうございました!」
「重ね重ね、本当にありがとうございました…」
マシュと一緒に、インドラ様に頭を下げる。
「ま、魂の扱い程度は慣れたものだ。でなければ天界の主など務まらん」
あの後カルデアとも無事連絡がつき、レイシフトから帰って来た私とインドラ様。
私の精神と魂はインドラ様の泡の中に一旦閉じ込めたままレイシフトして、カルデアで寝かされていた私の肉体にインドラ様が精神と魂を戻してくれた。
おかげで、何事もなく元に戻れた。
インドラ様がいなかったら、詰んでたよ…。
あのインドラ様でさえ、本気で焦ってたし…。
それに今回の特異点では、いつもはかなりものぐさなインドラ様が、自分から進んで探索や方針決めをしてくれていた。
私の故郷だったから…でもあるかもしれないけど。
「簡易メディカルチェックをしますね」
「心配かけてごめんね」
「いえ…医療班の皆さんが、先輩のバイタルをずっと追ってくださっていましたので、無事であることだけは把握していました。ただ今回の特異点では、ずっと通信が繋がらずに様子も窺えない状態でしたので…」
「…あの特異点の元凶なんだけど…」
「いえ、先輩」
特異点の全貌を話そうとした私だったが、マシュによって制止された。
「マシュ?」
「私は先輩の口から、無理に聞き出すつもりはありません。ただ、レポートを提出する必要は出てきてしまいますので、どうかお気持ちの整理がつきましたら、書いていただければとは思います」
「…そっか」
どうやら私の故郷で起きた出来事だったため、私に気を遣っているようだ。
私は気持ちの整理がもうついているのだが、マシュの厚意をありがたく受け取ることにした。
「わかった。ただ、なるべく早めに書くよ」
「はい……簡易メディカルチェック、完了です。異常はなさそうですね」
ピピーッ
『マシュー?聞こえるー?そろそろ君のメディカルチェックの時間だよー?キリのいいところで部屋に戻っておいで』
「あ、ダヴィンチちゃん!はい、たった今先輩も目が覚めたようですので、すぐに戻りますね!」
『待ってるよー』
ダヴィンチちゃんからの通信が入った。
マシュは受け答えをした後、私とインドラ様に頭を下げる。
「では先輩、インドラ神…私はこれで失礼します!」
「うん、ありがとねマシュ」
マイルームから慌ただしく出ていくマシュを見送る私とインドラ様。
そして私は、ベッドの隅に腰掛けるインドラ様に目を向けた。
「…お前の精神と魂は、帰還してすぐに戻した。だがどういうわけか、お前がなかなか目覚めなかった。盾の娘含め、管制室の者たちも焦っておったぞ。容体に異常は見られんかったこともあり、こうしてお前の部屋で目覚めを待つこととなった。一時はどうなることかと思ったが…」
「!……そうだったんですね」
インドラ様から説明を受け驚きはしたのだが、同時に納得もいっていた。
時間を要した理由に、心当たりがあったからだ。
「実は…インドラ様」
「何だ」
私は目が覚めるまでの自分の記憶を、インドラ様に打ち明けることにした。
「カルデアに帰還して、本来の私の体に精神と魂を戻してもらっていた時…恐らく夢の中で間違いないと思いますが、会ったんです」
「会った?誰にだ?」
「あの私です」
「………」
「それから…朱竜様にもです」
「!……あの龍神にか?」
「朱竜様については、声しか聞こえませんでした。ただ会話の内容からして間違いないと思います」
「…どういった話をした?」
「はい…」
私はインドラ様に、夢の中で出会った過去の私と朱竜様と話した内容を話していった…。
インドラ様に精神と魂を戻してもらった際に一次的に意識を失った私だったが、視界が暗転してすぐに誰かの声が聞こえてきた。
『…ごめんなさい』
「…!」
真っ暗な中、ひとりぽつんと立ち尽くす人の姿。
声を聞いた時点で、それが一体誰なのかを察した。
『…貴女は……未来の私…だよね?』
「…うん。そうだよ」
あの特異点で最初に目にした人物…。
2009年を生きる、私の姿だった…。
『ごめんなさい…。助けて欲しかっただけだったんだけど、まさか未来の私の体から魂が抜けちゃうなんて思わなくて…』
気まずそうに話す、過去の私。
「…つまり、私の精神と魂だけが貴女が住む世界に来たのは、貴女が助けを求めたから?」
『…私じゃ、どうすればいいかわかんなかった』
「…お兄ちゃんのこと?」
私が尋ねると、小さく頷く過去の私。
『お兄ちゃんが、とんでもないことしようとしてるって気づいたんだけど…どうやってお兄ちゃんを止めればいいのかわかんなくて…。私お兄ちゃんと、碌に話も出来てなくて…何て説得すればいいのか、誰に相談すればいいのかわかんなくて…』
「でも、どうやってそんなことしたの?」
『……お兄ちゃんが拾った聖杯に願ってみた』
「!?」
『聖杯って、願いを叶えるものって聞いたから…お兄ちゃんが拾ったものだから、効果があるのかわかんなかったけど、お兄ちゃんの後をつけて、川の上流に聖杯があるってことは知ってたから…それに触って願い事を言ってみた。どうしたらいいかわかんない…助けて欲しい…って』
「、…」
何というか…。
我ながら、とんでもないことしてた…。
えっ…過去の私って…肝座り過ぎじゃない?
「…なるほど。お兄ちゃんを止めたいっていう貴女の願いに作用して、未来で特異点を修正している私の精神と魂が、貴女に憑依するように働いたんだな」
『…ごめん。私も多分、未来の私が来るならまだ予想出来たかもしれない。でもまさか、私自身に未来の私が憑依することになるなんて…』
「ああ、うん…大丈夫。聖杯ってそういうとこある」
『えぇ…』
聖杯が欠陥品だと、何となく察した様子の私。
そういうこともある。聖杯は万能じゃないから。
「でも、私が契約している英霊たちが誰も来れなかったのはどうして?お兄ちゃんが霊脈は潰したって言ってたから、カウンターとしてのサーヴァントが召喚されないのはわかったけど…」
霊脈を潰した方法については、わからないままではあるんだけど、サーヴァントの召喚方法を本で調べて知ってたみたいだから…
サーヴァントを召喚して、令呪で即自害を命じた可能性も考えられる…。
正直あの兄が、そこまでしたなんて信じたくはないのだが、龍神を暴走させて街ごとめちゃくちゃにしようとしてたことは確定しているので、否定も出来ない。
《…それについては》
「…ッ!?」
突然、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
《我が説明する…》
「…どちら様、でしょうか?」
しかし声の主は私の問いには答えないまま、あの特異点の説明をしていった。
《あの小僧は人のみに留まらず、願望器すら信用しておらんかった。故に、破壊を願望器に直に願うことはしなかった。己の障害となる者を阻む…それがあの小僧の願いであるのか、内々に秘めたものであったのかは定かではない…》
「障害となる者を阻む…」
カルデアの英霊たちの適性がゼロだったのは、兄が障害となる英霊の存在を拒んでいたから?
「でも…だったら、何でインドラ様だけは…」
英霊すら入れないのなら、神霊であるインドラ様なんて尚更特異点に関わることが出来ないはず…。
《…我の願いだ》
「…貴方の?」
《我が、埋め込まれた願望器に願った…。我を倒しうる英霊でない存在が現れることを…》
「!?…貴方…まさか…」
聖杯が埋め込まれた…。
ならこの声の主は…龍神…朱竜様?
それにインドラ様は、英霊ではなく神様だ。
朱竜様(推定)が言った『英霊でない存在』という条件に当てはまる。
英霊が呼べない特異点で必死に抵抗した朱竜様の願いが、インドラ様のレイシフト適性に繋がったということなのだろう。
いや、そもそも…。
この声が朱竜様だとするなら、私はまずしなければならないことがある。
「…ッ!私の兄が…ッ!申し訳ありません…ッ!」
どこにいるのかわからないが、兄の行いについては身内として謝罪しなければならない。
ましてや、相手は神様なのだから。
謝罪の言葉と共に、咄嗟に土下座をする。
《…面を上げよ》
「…ッ」
朱竜様の声に、ゆっくりと顔を上げる。
《雷霆神の契約者よ…我に謝罪は不要だ》
「…でも」
《不要だ…。雷霆神には手間をかけさせたが、奴の刃にて在るべき姿を取り戻せた…。故に、貴様を咎める気はない》
「…すべて、私ではなくインドラ様の功績ですよ」
『違う。貴女にも助けられた』
「!?」
『だって今の私じゃ、お兄ちゃんとあそこまで口喧嘩出来ない。あんなに煽っててびっくりした』
「あー…いや、そこは別に忘れていい…」
『お兄ちゃんって口が上手いから、お兄ちゃんにいつも言いくるめられちゃって…』
「あ、うん…あいつは昔からずっとそう。あれには結構ムカついてたよ…」
『だから…貴女がいなかったら、お兄ちゃんを止められなかった』
「………」
確かにこの年代の私には、聖杯とか特異点とかの知識があるはずがない。
特異点解決自体は、出来ないはず。
でも…
「お兄ちゃんのことは、そうでもないよ」
『?』
「だって私は、未来の貴女なんだから」
『!…本当に?』
「出来るよ。今のお兄ちゃんは、まだまだ尖ってる時期ではあるけど、本当は誰かに気持ちを吐き出したいって思ってたはずだから」
『………』
「特異点は解決したから、特異点で起きた記憶は貴女の中から徐々に忘れられていくはず。だからお兄ちゃんとの関係も、今まで通りに戻ると思う」
『………』
「でも、貴女なら…お兄ちゃんが今後自分の気持ちを打ち明けてくれた時も、ちゃんと向き合えるよ」
『……本当に出来るの?』
「出来るって。私が出来たんだから」
『…そう…かな』
「大丈夫。私って思ったより口が達者になるから」
『あ、それは…うん…』
「そこで納得出来るあたりが本当に私だな…」
そんな他愛もない会話をしていると、視界の隅から白い光のようなものが広がってきた。
恐らく、私が目覚める頃なのだろう。
「…もう時間みたい」
『あ、待って…』
「ん?」
『……ありがとう。助けてくれて』
「…どういたしまして」
朱竜様の声は、もう聞こえない。
だが、過去の私からの感謝をしっかりと受け取った私は、覚醒していく意識に身を委ねていった…。
「…というわけです」
「…なるほど。神が呼び出されたのは、あの龍神の願いによるものだったというわけか」
私の説明を聞いたインドラ様。
朱竜様に何か思うところがあったからなのか、目を伏せて考え込んでいる。
「…年若きお前も、随分と無謀なことをしたな」
「はい…まさか、存在自体が怪しい聖杯に全賭けするなんて思いませんでした…」
「やはりあの頃から、本質は変わらんのか」
「それについては、何も言えません…。それに、夢の中に過去の私だけじゃなくて、朱竜様まで介入してくるなんて…」
「あれでも一端の神だ。それに年若きお前は、あの龍神に埋め込まれた聖杯に触れた。そしてその体を一次的に間借りした。ならば、間接的に縁が出来ても何ら不思議ではない」
「あ…朱竜様はあの川そのものだから…」
「自然神とはそういうものだ。まあ、なかなかに高潔な神ではあったな…」
インドラ様をもってして『高潔な神』という評価。
確かに、夢の中で兄の行いを謝罪した私に『自分の願いを叶えてもらえたから十分だ』と許してくださった程の神様だ。
龍神=荒御魂のイメージを持っていた私は、認識を改めなければいけないのかもしれない。
実際ほとんどの神様は、荒御魂と和御魂…どちらの性質も持ち合わせているものらしいのだが。
「さて、事態は解決した上にお前の目も覚めた」
「…特異点とはいえ、故郷を救ってくださり…本当にありがとうございました」
「ま、神へのその感謝は常々持ち合わせているだけでよい。だが、それはそれとして…」
「…何です?」
ベッドに腰掛けるインドラ様が、ずいっと私のもとへ体を寄せてきた。
伸びてきた手が、私の頬に触れる…。
「数日は我慢を強いられる羽目になったからな」
「んっ……ッ!?」
言い終わると同時に、私の唇を塞ぐインドラ様。
唇の隙間をこじ開け、舌が絡みついてくる…。
「…ッ…はぁ……ッ」
しばらく舌を絡め合った後、クチュリ…と音を立てて唇が離れていく…。
「…ッ!!」
が、私は離れていく唇を自分から追いかけ、インドラ様の唇に口づける。
「!?」
私からキスされるとは思わなかったらしい…。
驚いたように固まっていたが、私がさらに自分から舌を絡めたところですぐにキスに応じ始め、先程よりも激しく舌を絡めてきた…。
クチュッ…クチュッ……と、いやらしい水の音が響く…。
そして熱い吐息と共に、唇が離れる…。
「どうした?お前にしては珍しいではないか…」
「……何でもありません」
「……そうか」
そのままベッドに私を押し倒すインドラ様…。
あの時、私にもちゃんと聞こえてました…。
『我が契約者の故郷を守る刃とならん』
そう言ってくれてましたよね…?
そしてその刃で、本当に故郷を守ってくださった…。
やっぱりこの神様は、誰かのために戦う英雄神なんだと身に沁みて思った私。
私に讃歌を歌えるような才はないが、それでもこの神様のそばにいたい。
その一心で、ひたすらインドラ様の体にしがみつくのであった…。
一方、インドラはというと…
(いじらしいことこの上ないが、こうもしがみつかれたら抱けん…。まあ、これはこれで…いや、やはり数日手を出せんかった上で抱けんのは…だが、今引き剥がして無理に抱くのも野暮というものか?それにしても神にも限界というものが…)
悶々としていた…。
END