想いを結ぶ絆
想いを結ぶ絆
「…ん」
朝、いつもの時間に目が覚めた私。
もはや慣れになりつつある僅かな重みに、隣に顔を向ける。
「…すぅ」
私の体に腕を回して気持ちよさそうに寝ている、インドラ様の姿があった。
私が身じろぎをしたのでそろそろ起きるはずではあるが、その寝顔を見て思わず表情が綻ぶ。
頭を撫でたい衝動に駆られ、左手を伸ばしてインドラ様の頭に手を置こうとした時…。
「…あれ?」
自分の左手を見て、あることに気づく。
私の左手…正確には左手首に、見慣れないブレスレットがついていたのだ。
瞬きを繰り返して、ブレスレットを見つめる。
「…可愛い」
白くて小さい花が10個程連なり、細いチェーンに通された華奢なデザイン。
私が寝ている間に、手首につけられたものだとは思うが、多分つけたのは…
「ん……起きたか…」
「!」
今の今まで隣で寝ていた、この神様のはず。
「…おはようございます。あの、このブレスレットはインドラ様ですか?」
「…まあ…な…」
私からの質問に答えてはくれたのだが、何とも眠そうに返事をする。
私の頭に顔をくっつけて、はぁ…と息をつく。
耳に吐息がかかるから、やめてほしい…。
今、朝なんですよインドラ様…。
「ちなみにこれって、つけている間に何か効果があったりしますか?」
実のところ、このブレスレットのモチーフが何の花なのかも知りたい。
だけどこの神様は、それについては教えてくれないことが多いので、まずはこれを私に贈った意図を聞き出そうと思ったのだ。
私も随分、この神様の扱いに慣れてきた気がする。
…と言うのは、流石に浅はかだろうか?
「…夢魔避けだ」
「え?」
「正確には、色魔避けと言うべきか。あの夢魔については、流石の神もこれ以上は見過ごせんと見たまでだ」
夢魔…。
どう考えてもマーリンのことだよな?
レディ・アヴァロンも多分対象にはなるけど、今のインドラ様からすれば、マーリン避けとして作ったんだろうな…。
まあ、レディ・アヴァロンも大概だけど…。
「えっと…マーリンに、また何かされました?」
念のため聞いてみた私だが、それに対してインドラ様の反応は…
「チッ…」
舌打ち…。
よほど頭にきたんだろうか…。
「『何かされました?』だと?何かされているのはお前の方であろう?」
「えっ…私?ですか?」
「…その反応からして、単なる戯れとして片付けてきたが故の慣れが窺える」
「…まあ、はい…そこはマーリンですので…」
付き合いが長いと、本来人間には脅威になりうる色魔や夢魔といったものですら、対応が雑になる。
私自身はとっくの昔から気にしていないが、インドラ様からすれば思うところがたくさんあるらしい。
「魔術に疎いお前からすれば、冠位クラスの魔術を扱うあの夢魔は、苦行の旅においての救いとなったのであろう。それについては、否定はせん。気に食わんことこの上ないがな。だが、奴からすれば人間は単なる栄養素でしかない。そう容易く己のそばに近寄らせるな」
「ま、まあ…戦闘面ではお世話になってますが、必要以上に仲良くしてたつもりはないんですけど…」
別に、特別仲良くしてたわけじゃないんだけどな…。
だってマーリンと仲良くし過ぎると、他でもないインドラ様が嫌がるからね…。
「戦闘面においては、差し支えないであろう。お前のそばに近寄れんだけだ」
「差し支えないなら、ありがたく…」
私は体を起こし、巻き付いたインドラ様の腕からするりと抜けてベッドから下りる。
「…おい、何をしれっと抜け出している」
「いや、ただ起きただけなんですが!?」
「…神はまだ眠い。勝手に起きるな」
「ちょっと諸用が出来たので、私はもう起きて動かないといけなくて」
「…何の用だという」
布団で管を巻くインドラ様に、ほんの少し当てつけのつもりで答える。
「フローラに、このブレスレットの花が何なのかを聞いて来ようと思いまして。いつもインドラ様に『自分で調べろ』って言われてしまいますから」
「………」
私の言葉に、少しむっとしたような表情になったインドラ様だったが、ため息をつくと体をゆっくりと起こした。
「始めから神を頼る気が一切ないのも、妙に腹ただしいものだな…」
「え、じゃあ教えてくださるんですか?」
「教えるものか。自分で調べろ」
「えぇ…」
この神様、超めんどくさい…。
「フローラ、いる?」
「あ、マスター!」
色とりどりの花が咲く、花畑。
その真ん中で土いじりをしていたフローラが、顔を上げてこちらを振り返った。
相変わらず、可愛らしい顔に土がついている。
「また土ついてる…」
「えへへ…ありがとうございます」
ハンカチで顔の汚れを拭き取ってあげると、照れ臭そうに…でも嬉しそうに笑うフローラ。
そしてすぐに、私の左手首を飾るブレスレットに気づいた様子。
「まあ、マスター!素敵なブレスレットですね!もしやそちらも?」
「…うん、インドラ様」
「やっぱり!相変わらず愛されてますね!」
とれたて新鮮な恋バナのネタに、ますますフローラの笑顔が輝いていく。
まあ、こうなることは承知の上だ。
恥ずかしいことには変わりないのだが。
「…この花、何かわかる?」
一旦ネタを献上したところで、本題に入る。
「白いお花ですよね?作り物とはいえ、インドラ様のお作りになるものは本物にかなり近いので、特徴さえわかってしまえば…」
ブレスレットをじっと見つめるフローラ。
どうやら見た目が類似する花が多いのか、珍しくフローラも苦戦している様子。
「うーん…もしかしたら、他の色の方がイメージがついているお花なのかもしれません」
「他の色…白以外だと、赤とか?」
「はい。一番考えやすいものは赤………赤?」
「どうしたの?」
赤と聞いて何か閃いたのか、フローラの難しそうな顔が少しずつ和らいでいく。
「あっ!なるほど!わかりましたよマスター!」
「えっ?もうわかったの?」
流石は花の女神というべきか。
このブレスレットの花が何なのか、すでに見当がついたらしい。
「こちらの花畑に、そのお花が咲いてますよ!」
「あ、ちょっと…」
私の腕を掴み、シミュレーターの花畑のとある箇所に連れて行こうとするフローラ。
力が強い…。
やっぱりこの女神様、アルターエゴじゃなくてバーサーカーなのでは?
「こちらのお花です!」
「ん?これ…」
フローラに連れて来られた場所…そこには、鮮やかな赤い花たちが咲いていた。
「これは、同じ種類の赤い花?」
「はい、インパチェンスというお花です!」
インパチェンス…。
聞いたことがない…。
「アフリカホウセンカとも呼ばれていますね」
「あ、ホウセンカの仲間なんだ…」
ホウセンカなら知っている。
何なら、私が知るホウセンカも赤い花だった。
「インパチェンスの花言葉は『鮮やかな人』『強い個性』『豊かさ』『短気』『私に触れないで』といったものがあります。鮮やかでたくさんの花をつける咲き方、実がなるとすぐに種を飛ばしてしまう習性から、このような花言葉になったそうなんです」
「うーん…」
フローラから花言葉の説明を受けるが、私はいまいちピンとこない。
「ちなみにですけど…」
「?」
腑に落ちない私の反応を見透かすように、意味深な笑みを浮かべるフローラ。
「白いインパチェンスだと、もはや正反対ともいえる花言葉になりますよ」
「あ、やっぱりそうなんだ…」
もはやこのパターンには慣れっこともいえる。
インドラ様のマメさには、ひたすら感心する。
妙なところに情熱を傾けている気もしないでもないのだが、そこはまあ…神様なので。
「『優しい心』と『母親の愛』…そして『目移りしないで』です」
「…!」
「神であるインドラ様が、人間のマスターに贈るものと考えるなら『目移りしないで』が本命だと思いますよ」
目移りしないで…。
まあ、確かにあの神様…他の神に目移りしたら容赦しないって普段から言ってるしな…。
それに、インドラ様がこのブレスレットに込めた加護は『色魔避け』だって言ってたし…。
色魔は、惑わすものだから…。
それを目移りして欲しくないものとするのは、妥当かもしれない。
「これは、もしや色魔避けの加護でしょうか?」
私のブレスレットを改めて見つめるフローラ。
どうやら、加護に気づいたようだ。
「うん…そう言ってた。具体的には、マーリン対策のために作ったみたい」
「ああ、あの花の魔術師さんですね!私は、お花を愛でてくれるお仲間として仲良くさせていただいてるんですけど、確かにインドラ様からすれば、あんまりいい気はしないでしょうね」
お花を愛でる仲間として接しつつ、マーリンの本質についてはしっかりと理解しているらしい。
やはりそこは神様。
そして話を聞いてみると、どうやらマーリンの方も仲良くしつつも、フローラに迂闊な真似はしないように接している様子。
お互いに踏み込み過ぎない程よい関係なら、インドラ様もそこまで渋い顔はしないのかな…。
それをフローラに伝えると…
「いえ、インドラ様は恐らく…マスターがどんな関係値を築こうとも、あの花の魔術師さんにはいい顔をしないと思いますよ」
「え…」
「あんなに人間が大好きな神なら、存在そのものにいい顔をする理由がないと思います。ましてや自分が目をかけている人間なら尚更ですよ」
「………」
よし、マーリンと周回行く時に着けて行こう…。
ここには人間を守るための英霊だけではなく、本来人間にとって脅威となる反英霊も在籍している。
事情を鑑みた上で契約をしてくれているだけで、すべての反英霊たちが友好的とは限らない。
インドラ様の懸念は決して間違っていないし、何なら善意でしかない。
その善意を無下にする気はないが、契約に応じてくれた反英霊たちを完全に切り離すのも、正解とは言えない気がする。
今まで通り、状況に応じて対応するしかない。
それはそれとして…。
目移りして欲しくない気持ちを小さな花に託したインドラ様は、相変わらず可愛i…不器用な神様ではあるんだけど…。
〜おまけ〜
「まったく、あの神ときたら…」
千里眼で今起きていることを視ていたマーリン。
夢魔である自分を寄せつけない加護を施した神については、大分余計なことをしてくれたと文句を言いたいところではあるのだが…。
「それにしても、マイロードは非常にいい。相変わらず、美味しい恋心の提供があって退屈しない」
それはそれ。
下手に近寄れないとしても、千里眼でいくらでも楽しむことが出来る。
「インパチェンスのブレスレット…しかもチェーン付きときたか。インドラ神も、洒落っ気があるのか意図しているのかわからn……おや…ッ!?」
独り言を呟いていたマーリンは、自分の視界が突然斜めに傾いたことに混乱する。
自分に、一体何が起こったのか…。
それを『首が落ちた』と理解したのは、視界に自分の膝がドアップで映ってからだった…。
「また君か!私が何をしたって言うんだい!?」
自分の首を抱えて元の位置に戻しながら、背後から感じる薄気味悪い気配に向けて文句を言う。
「…ただで死なないのなら、今更気にすることでもないはずだが?」
たった今マーリンの首を落としたのは、経営顧問を務めるアズライール。
千里眼で覗き行為をしていたのを察し、とりあえず挨拶代わりに剣を一振りしたらしい。
「まったく…邪魔をしないでもらいたい。マイロードがインドラ神からもらった贈り物の意味を、私なりに考察していたところなんだぞ?」
「労力を割く場所を間違えていることは、もはや問うことはしないが…」
「だから、剣を下ろしてくれたまえよ」
「そうか。なら、お望み通り下ろしてやる」
「いや、待ってくれ!振り下ろすって意味で言ってはいないぞ!」
「何だ、違うのか」
二太刀目を何とか制止したマーリンは、どうせならこの意外にも人間味のある男を巻き込んでしまおうと思い立った。
「そういえば君は、絆の本来の意味を知っているかい?いや、君なら知ってはいそうだが」
「…」
突然問いかけられたアズライールだが、少しの間を置いて答える。
「…他者との、強い結びつきだろう」
「それは一般的な絆の意味だろう?」
マーリンにあっさり返され、はぁ…と小さなため息をつくアズライール。
まあ、この夢魔がそんなありきたりな意味を尋ねてくるはずがないのだが。
「…元の意味を言うのならば、鎖などの拘束するものを指す言葉だが」
「おや、やはり知っていたか」
にんまりと笑みを浮かべるマーリン。
そして表情こそ変わらないが、その顔を見て僅かに殺意が増すアズライール。
「人間というものは面白いね。本来自由を奪い拘束するものに対して、想いや結びつきという綺麗な言葉を飾り付けて囃し立てるのだから」
「それに何か不満でもあるのか?」
「いやいや、不満なんかないさ。さっきも少し話題に出したけど、マイロードがインドラ神から贈られたブレスレットも似たようなものだろう?」
「…」
「鎖を使ったブレスレットには、独占欲や束縛の意味も含まれることがある。もちろん含まれる意味はそれだけじゃないが、それにも絆の概念は発生するだろう?」
「…事実、インドの神から執着されていることに間違いはないだろう」
「何だ、やっぱり君も気づいていたのか」
「気づかない程の鈍さは持ち合わせていない」
マスターとはまだ付き合いが浅いが、あれは流石に一目見ただけで察しがつく。
特に自分が咎める理由はないので、彼女らの仲睦まじい様子を、ひっそり見守っている程度ではある。
「だが、貴様のように覗きをする程の野暮な趣味は持ち合わせていない…」
そう言うと、マーリンに向けて再び剣を構えるアズライール。
「いや、待ちたまえ!君も今の今まで話に乗っかっていたじゃないか!」
「それはそれ、これはこれ…というやつだ。貴様のしていることは、明らかなプライバシーの侵害だ。マスターもカルデア職員…ならば、職員のプライバシーを侵そうとする者の排除は私の仕事だ」
マーリン(の首)を見つめながら、不気味に笑うアズライール。
「マイロードのプライバシーなんて、もはやないも同然じゃないか!私の首を落とす建前にしか聞こえn…」
スパッ
「………」
二太刀目で首を落としたアズライールは、マーリンに背を向けて歩き出す。
後ろから何かマーリンの喚き声が聞こえるが、それには反応せずにその場を後にする。
あの夢魔が、マスターやインドの神に対して余計な手を回す前に、首を落とす…。
なるほど、なかなかいい仕事を見つけたな…。
END