優先すべき相手は
優先すべき相手は
「ほう…これが泡盛というものか」
「私の祖国のお酒で、基本的に一部の地域のみでしか提供されないものです」
私は、沖縄の特異点で仕入れたばかりの泡盛をインドラ様に献上した。
泡盛のオンザロックを眺めながら、その透明なグラス越しに私を見つめるインドラ様。
「…すでに口にした、日本酒とやらに似ているな」
「そうですね。原料は日本酒と同じくお米です。ただお米から作るお酒と言っても、日本酒とはかなり違いがあります」
「と、言うと?」
「泡盛に使われるお米は、インディカ米といって東南アジア、一般的にインドでも普及しているお米を使っているんです。日本酒に使われるジャポニカ米とは違うお米から作られる蒸留酒です」
「異なる国で作られた、同じ穀物の酒か」
私からの説明を聞いたインドラ様は、今度は手に持つグラスの縁に視線を移す。
「で、この青き皮の果物は?」
「シークワーサーといって、そちらも沖縄で収穫される柑橘類です。泡盛とよく合うそうです」
定番だと聞いたので、少し塩をつけたシークワーサーをグラスの縁につけて渡してみたのだ。
私は味を確かめられないが、インドラ様が飲んだ酒を見てきた限りでは、気に入っていただける。
と、思ってはいる…。
「よい。この機を逃さず、神に酒を献上する役目を全うしたことは褒めてやる。光栄に思え」
「大義な働きです」
「インドラさまに感謝しろよー?キシシッ」
「…はい、ありがとうございます」
「それにしても…」
グラスを片手にアイラーヴァタに頬杖をついたインドラ様は、含みのある笑みを零す。
「あちらの神よりも先に、この神に対して酒を献上するとはな」
「今、必死で解決策考えてるんです!」
そう。私が今いるのは、星空の上…。
そして私の目の前にいるのは、スカイドームの中にいるインドラ様…。
「あちらの神の反応が見ものであるな」
「もうひとりのご自身のこと、何だと思っていらっしゃるんです?」
「神だが?」
「存じ上げております…」
そもそも、何故私がカルデアのインドラ様よりも先に、スカイドームのインドラ様に泡盛を献上したのか…。
「…最近、顔を出せていなかったので」
「ま、気にすることではなかろう。今回は、書き置きはしてきたのであろう?」
「…はい、してきました」
部屋のデスクに『スカイドームのインドラ様にお酒を渡して来ます』という書き置きをした。
そして、インドラ様には何も伝えずにスカイドームの中に入った。
それは間違いないのだが…。
「帰ったらお怒りでいらっしゃるはず…」
「…怒るであろうな」
勘弁して欲しいことこの上ないのだが、カルデアのインドラ様は、私がスカイドームのインドラ様に会いに行くのを快く思っていない。
このスカイドームを私にくれたのは、他でもないインドラ様だというのに、だ。
まあそもそもの原因は、私がちょっと気を回したつもりだったのが、完全に裏目に出て嫉妬させてしまったことなのだが。
「ま、気にする必要もなかろう?戻るのが気まずいというのなら、この空の中に居座り続けるという手もあるのだからな」
「…私にそれが出来るわけないって、わかってて言ってますよね?」
「そんな目で見るな…確かに、理解はしている。だが神とて困難を前にした人間には、真面目な助言をしてやるものだぞ」
「助言とは…」
「この神を前に、言い分を煙に巻くのは悪手であることは理解しているはずだ」
「はい…」
「ならば正直に申せ。インドラという神を無下に出来なかったとな」
「それで怒りが収まるのかどうか……は…」
ん?あれ?
今、この神様…何て言った?
許してもらえるか、わからないけど…。
ダメ元で、やってみるか…?
「ん?どうした?」
「…すみませんインドラ様、これにて失礼します」
インドラ様の思わぬ言葉から着想を得た私は、頭を下げて部屋に戻るように念じた。
上手くいくかはさておき…。
なるべく早く戻って、インドラ様に謝ろう…。
…
…
気がつくと、マイルームに戻ってきていた私。
そして、そのマイルームには…
「………」
「、…」
物凄く不機嫌そうな顔で、私を睨みつけているインドラ様の姿があった…。
うわぁ…。
バチバチに怒ってる…。
でもとりあえず、このまま何も言わないわけにはいかないので、恐る恐る口を開く私。
「………ただいま戻りました」
「仕置きか監禁かは選ばせてやる」
「もうひとつ選択肢をいただきたいのですが…ッ!」
開口一番で仕置きか監禁などという、物騒なことこの上ないワードを叩きつけられてしまった。
だが私の気持ちは、ひとつ。
インドラ様を無下にしたわけじゃない。
「とうとう神の許可も取らずに、あちらの神との逢瀬を楽しむようになるとは…相も変わらず、度胸だけは一人前のようだな」
「お酒を献上しに行っただけです!」
「ならば何故神に黙って行った?」
「許してくださると思わなかったからです。あと書き置きはきちんとしたので、黙って行ったというのは違うと思いますが…」
「許可をするわけがなかろう。お前にちょっかいをかけることは目に見えている」
「しばらく顔を出さないのは、あちらのインドラ様にも失礼にあたるのでは?」
「必要ないと言っている。それに…何よりこの神に酒を献上せず、あの空へは真っ先に献上したという事実が、まったくもって気に食わん」
うん、もう勘弁してくれ…。
ありがたいことにヴァジュラたちからは、スカイドームの中であろうと『インドラ様に酒を献上した』という事実として受け取ってもらえている。
なので、今私を責めているのはインドラ様だけだ。
しばらくインドラ様との水掛け論を繰り広げていた私だったが、こうなれば誠意を見せるしかない。
そう思い、私は仕入れた泡盛を棚から出す。
このインドラ様に献上するつもりだった泡盛だ。
「…インドラ様」
「…」
「これは貴方に献上する予定の泡盛ですが…」
「…どうせ、あちらの神に渡したものと、まったく同じ酒であろう」
本当にめんどくさいな、この神様…。
でも本気でお怒りというよりは、嫉妬して拗ねてるだけではあるので…。
まあ、ちょっと可愛くはある…。
「同じ泡盛ですが、あちらのインドラ様とは違った召し上がり方でお出ししようと思います」
「…!」
インドラ様の眉が、ぴくりと動いた。
「召し上がりますか?」
「……早く用意しろ」
「!…わかりました」
なら、つまみも含めて用意しないとな…。
「厨房から持って来ますね」
未だに鋭い視線が突き刺さってくるが、とりあえずチャンスはもらえたらしい。
つまみと道具を持ちに、マイルームを出る…。
プシューッ
「お待たせしました」
「遅いぞ」
「すみません。今ご用意します」
インドラ様からの小言は聞き流し、私は買ってきた泡盛をとあるタンブラーに注ぐ。
そしてそのタンブラーに蓋をして、蓋についていたスイッチを入れた。
「何だ、その器は」
インドラ様から飛んできた質問に、こう返す。
「インドラ様は…今までの料理やつまみで、燻製を召し上がったことがありますよね?」
「燻製?」
「食材に加熱したウッドチップの煙を浴びせて作る調理法のことを言います。最近でも、煙で燻された魚やミックスナッツやチーズを召し上がっているはずです」
「……ああ、何やら煙の風味がしていた肴か?」
「はい。同じように、お酒も燻製出来るんです」
「酒を…燻すだと?」
そう、燻製は何も食材だけじゃない。
酒にも煙を浴びせることが出来るのだ。
と、そう説明をしている間にタンブラーからスイッチが切れる音が聞こえた。
「燻製するお酒はウイスキーやビール、ハイボールが定番なんですが、日本酒や泡盛にも合うんです。これは中に入ったお酒に数分程度煙を浴びせて作るカクテルスモーキーというものです」
以前厨房組からもらった燻製セットがあって、本気で助かった。
ちなみに、あちらのインドラ様の『煙に巻く』という言葉で煙=燻製という発想に至った。
何とも突拍子のない打開策ではあるが、あちらのインドラ様と敢えて差をつけるのなら、このくらいはするべきだろうと考えたまでだ。
私はすでに燻製してあるチーズを皿に盛り、燻製し終えた泡盛を氷が入ったロックグラスに注ぐ。
そして、テーブルに置いてインドラ様に捧げた。
「ちなみにあちらのインドラ様には、シークワーサーの果汁を入れた泡盛を献上してきました。燻製の泡盛を献上したのは、インドラ様…貴方だけです」
「…」
目の前に差し出された泡盛とつまみを、じっと見つめるインドラ様。
「…差をつけたとて、味が悪ければそれまでだ」
椅子に腰掛け、まずは泡盛のグラスを手に取って香りを確かめるインドラ様。
「…確かに、煙の匂いはするな」
そう呟き、泡盛を一口…。
「………!」
明らかに、反応が見えた。
燻製は口に含んだ直後、鼻や喉へと芳しい煙の香りが突き抜けていく。
初めて味わう酒と、絶妙にマッチしたのだろう。
「、…」
すかさず燻製チーズを口に入れるインドラ様。
チーズも泡盛と合わせたウッドチップにしてみた。
「…ッ!」
「…」
明らかに、手応えあり。
どう見ても不味そうな顔をしていない。
未知の感覚に、若干戸惑ってはいそうだが…。
「………お前」
「はい」
一通り味わったインドラ様から、声をかけられる。
「他の酒にも合うと言ったな?」
「!…はい。特に、樽で熟成させて作るウイスキーはどんなウッドチップでも相性抜群ですよ。喉越しのいいものならビールやハイボールもです」
「…ならば、神の晩酌に加えるがよい」
「…はい、もちろんです」
ふてくされたような表情のインドラ様だが、気に入ってもらえたのだと、流石の私も理解出来る。
「間違っても…」
「はい?」
腰掛けていた椅子から立ち上がり、私の目の前までゆっくりと歩いてきた。
背の高過ぎる神様の顔を見上げる私。
「あちらの神には、くれてやるなよ?」
「んっ…ッ!?」
顎を長い指で掴まれ、唇を塞がれる…。
燻したウッドチップの、香ばしい匂い…。
舌が絡む度、微かな煙が鼻や喉を通り抜けていく…。
クチュッ…と音を立てて唇を離したインドラ様は、艶めかしい眼差しで私の視線を捉える。
「神々の王を無下にせんとする姿勢には感心する。だが、お前が優先すべき相手は誰であるのか、努々忘れるでないぞ?」
〜おまけ〜
「…ふむ。存外悪くない」
スカイドームの空の上。
マスターから泡盛を献上されたインドラは、初めて味わうような、どこか馴染みのあるような不思議な酒を味わいながら飲んでいた。
添えられたシークワーサーの酸味も、いいアクセントになっている。
「…」
だが、インドラの表情は芳しくない。
酒自体に不満があったわけではないのだが…。
「…燻製、と言ったか」
カルデアのインドラが、マスターに勧められていた酒の飲み方だ。
どうやらカルデアのインドラは、燻製の酒を随分と気に入ったらしい。
でなければ、晩酌のメニューに追加しろ…などと言い出すはずがない。
ないのだが…。
「…神には寄越さん、ときたか」
「露骨な嫌がらせですね」
「嫌われてるね、インドラさまー!キシシッ」
「黙らんか、お前たち」
ヴァジュラたちの言葉を一蹴するインドラ。
いつもはこちらが有利をとっていたはずが、あらかじめ刺された釘のせいで、マスターを丸め込むことが難しくなってしまった。
チッ…と舌打ちをし、心の中で呟く。
余計なことをしおって…。
次回の謁見では、いっそ手を出すか?
このような自分同士の不毛な争いをやめる気が一切見られないあたり、カルデアのインドラもスカイドームのインドラも同じなのである…。
END