ひと夏の巡り合わせ
ひと夏の巡り合わせ
「綺麗だなぁ…」
マイルームにて。
私はテーブルの上に並んだ、硝子細工のグラスたちを眺めていた。
それらはすべて沖縄特異点にあった、硝子細工の工房で作られたものだ。
ただし、買ったわけじゃない。
譲り受けたのだ。
「それにしても、これ誰が作ったんだろ…」
普通はお土産として買ってくるものなのだが、譲り受けた経緯というものが奇妙なものだった。
〜回想〜
『うわぁ…すっごい綺麗な硝子細工…』
硝子細工の工房にて、色とりどりのグラスを眺めていた私だったのだが…。
『お客さん、それ気に入ったなら全部譲るよ』
『譲る!?いやいや、ちゃんと買いますよ!』
『いんや、そうはいかないんだなぁ…』
『どういうことですか?』
『これ全部、さっき硝子細工作りを体験しに来たお客さんが作ったものなんだよねぇ…』
『お客さんが、これを!?』
『すんごい出来がいいのに、作ったら満足したからって言って持ち帰らなかったんだよ。正直売り物に出来るくらいではあるんだけど、お客さんが作ったものだから売るに売れなくてさ…』
『凄いですね…野良の硝子職人かな?』
『さてねぇ…というわけで、もし硝子細工のお土産を探してるなら、代金はいらないからこれを持って行って欲しいところでさー』
『…なら、お言葉に甘えてもらっちゃおうかな?』
『助かるよ、ありがとう。じゃ、これ全部ね』
『え、全部!?5個もありますけど!?』
『まいどー』
『聞いてます!?』
〜回想終わり〜
野良の硝子職人が誰なのか謎ではあるが、英霊たちが出入りしている特異点なら、そのうちの誰かが気まぐれに作ったんだろうなとは思ってる。
多分、楽しくなって気づいたら5個も作っちゃったはいいけど、持ち帰っても別にいらないことに気づいてそのまま帰ったのだろう。
工房の人からすれば、迷惑極まりないはずだ。
…
…
だからって、ひとりの客に全部押し付けてくるのもどうかとは思うけどね…。
プシューッ
「邪魔するぞ」
「あ、インドラ様」
グラスを眺めながら考え込んでいると、部屋のドアが開いてインドラ様が入ってきた。
「ん?それは…」
「あ、これは沖縄の特異点にあった、硝子細工工房のグラスです」
「…」
「何か、体験に来たお客さんが作ったけど持ち帰らなかったものらしくて…」
「…」
「職人さんが、売り物に出来そうなくらいに出来がいいって言ってました。野良の職人が立ち寄って作ってみたんですかね?」
「…」
「…あの、インドラ様?」
私が話している間も、インドラ様は黙ったままグラスを眺めている。
どうしたのかと思い、インドラ様の名前を呼んだ私だったが…
「フッ…」
「?」
唐突に小さな笑みを零したインドラ様が、ベッドに腰掛けていた私に近づき、隣に腰を下ろした。
長い腕をするりと私の腰に回し、抱き寄せる…。
「ひと夏の気まぐれではあったが…なるほど、まさかお前の手に渡るとはな」
「えっ…」
耳元で囁いたインドラ様の言葉に、一瞬固まる私。
そしてすぐに意味を理解した。
「…これ、インドラ様が作ったんですか…ッ!?」
「そうだが?」
「いや、そうだがって…ッ!」
野良の硝子職人(神)だったとは…。
というかこの神様…こんな質のいいものをさらっと作れるなんて、実はいろいろ器用な神様だったり?
いや、それも気になるけど…。
「何で置いていったんですか?」
「単なる気まぐれで作ったまでだ。必要としていたわけではない。何なら、売り物として市に出してよいと伝えたのだがな」
「…それは出来ないんですよ」
「何故だ?」
「確かに凄く質のいいもので、職人さんも売り物に出来るとは言ってました。でも、ああいった工房で売り物にして利益を得ていいのは、職人さんが作ったものだけなんです。たとえ作り手が神様だとしても、職人さんじゃないとダメなんですよ」
「何だその面倒な規定は…」
「すみません、インドラ様が作ったグラス自体は凄いものなんですが、ちょっと人間の間の事情がややこしくなっちゃうのが…」
「…ならば、あの体験というものは何のために開いているという?」
「思い出作りです。現代では取り寄せることも簡単になりましたけど、地域限定の工芸品を自分の好きなデザインで作れますから。体験の前にお金を払いませんでしたか?」
「…確かに払ったな。微々たる額だが」
「あれは体験のための料金なんです」
「…人間の金の回し方は煩雑なものであるな」
「観光業ってそういうものですからね…」
一瞬、あの硝子細工工房にもコロンブスの息がかかってたんじゃないだろうか?と考えたが、インドラ様の作ったグラスを売り物に出来ないと言って頭を抱えてたから、多分そうではなさそうだ。
《はァ?神が手作りした良質な伝統工芸品?しかもインドの神が?………なあ、相棒?ちとその工芸品とやらを一目見させて貰っても…》
あ、ダメです。もう私のものなんで。
《見せてもくれねェのかよ、チクショウ…ッ!!》
「…これ、贈り物にしたらどうでしょう?」
脳内に湧いた阿漕な商売人を追い払った私は、この綺麗なグラスを誰かにあげてはどうかと提案した。
「ま、今はお前のものではある。神からすれば一向に構わんが、誰に贈るという?」
「もちろんアルジュナたちですよ」
「…ッ!?」
私の返事を聞いたインドラ様は、急に表情を変えて慌て出した。
「いや待て…確かに一向に構わんとは言ったが、何故我が息子たちに?」
「そりゃあ、こんなに綺麗に出来てますから」
「…まあ、神の作ったものだからな…当然質は極上に違いないが…暫し待て、そのままでは我が息子たちには渡せん。せめて何か加護を…」
「必要ないと思いますよ…」
「何を言うか!このようなもの、神が気まぐれで作ったものであるぞ!」
相変わらず、息子が絡むと空回りしてるな…。
インドラ様の言いたいことはわかった上で、私は思ったことを口にする。
「だからこそですよ」
「何がだ?」
「以前アルジュナが、インドラ様に伝統工芸品の酒器を贈りましたよね?」
「…確かに受け取ったが」
「あれは『息子から父親への贈り物』ですよ?」
「…!」
「もし加護をつけたら、アルジュナからは『神から戦士への施し』と捉えられちゃうと思います」
「…ッ!?」
「これはあくまで私の持論ですけど『父親から息子への贈り物』に、特別なものはいらないと思いますよ?」
「…?」
「インドラ様は、生半可なものは贈れないと思っていらっしゃるのかもしれませんが…たまにはいいんじゃないでしょうか?『ただの贈り物』をしても」
「…!」
「というより、こんな良質な手作りの伝統工芸品をもらえるだけでも十分凄い贈り物ですよ!?」
「…そういう、ものなのか…?」
「少なくとも、私はそう思います…ねえ、ヴァジュラたちもそう思うよね?」
「心から同意します」
「インドラさまの手作りなんだから当然ー!」
「…ッ」
ヴァジュラたちでさえ、私の呼びかけに即座に実体化し、同意を示す始末だ。
どう考えたって、喜ばれるに決まってる。
「アルジュナたちには、私から手渡ししようと思ってましたけど、どうします?」
「………お前が渡せ」
「(声ちっさ…)わかりました」
とりあえず、これをアルジュナとオルタの二人に渡すことは決まった。
「じゃあ…」
私は5個あるうちの、2個のグラスを手に持った。
ひとつは澄んだ青空のような色に、白い線状の模様が入ったグラス。
もうひとつは深い夜空のような青に、荒い気泡が混じったグラス。
何となくではあるが、二人のイメージに近いものを渡すことにした。
ただ、アルジュナたちに渡したとしても、グラスはあと3個余っている。
誰にあげよう…と思っていると、ふと浮遊しているヴァジュラたちと目が合った。
「何か?」
「なにー?」
「あ、ヴァジュラたちにあげればいいんだ」
「「えっ?」」
私の口からさらっと出た言葉に、きょとんとした表情になるヴァジュラたち。
「残り3個あるし、2個はヴァジュラたちが使ったらどうかな?ヴァジュラたちも、たまにお茶とか飲んでるから。グラスだから温かい飲み物には使えないけどね」
「ぼくたちが…ですか?」
「いいのー?」
「…インドラ様、よろしいでしょうか?」
インドラ様に確認をとると、特に表情も変えずに酒を煽りながら、ひと言。
「好きにしろ」
「…だってさ」
「…インドラさまが、そういうならー」
「…でしたら、ありがたく」
「じゃあ、これかな?」
赤と青のシンプルなデザインのグラスを、ヴァジュラたちに差し出した。
背中の宝玉の色と同じだから、ちょうどいい。
「…ありがとうございます、マスター」
「…ありがと、マスター」
「いやいや、作ったのはインドラ様だからね」
おずおずと、でもどこか嬉しそうにお礼を言うヴァジュラたちが微笑ましい。
じゃあ残りのひとつは私が…と思い、残ったグラスを箱から出してみると…
「ん?」
箱から見た感じでは、オレンジ色のグラスかと思っていたのだが、よく見ると大分違った。
それはオレンジに、ところどころ紫の模様が混じっている不思議なデザインのグラスだった。
どう見てもかなり難易度の高い模様だが、インドラ様が作ったとなると、まあ納得はいく。
だけど、このデザインって…
「これ、もしかして…常に夕日が出ていた、あの海辺の景色ですか?」
「…流石に覚えがあったか」
よかった、正解だった…。
「インドラ様も行ったんですね」
「いや、赴いてはいない」
「え?じゃあこの景色はどこで知ったんですか?」
「どこで、と…わざわざ聞くことか?」
「え?あ、そうか…神様の目なら見えるか…」
「見えはするが、今回ばかりは違う」
「…どういうことですか?」
「…随分と察しが悪いではないか。神はその景色を毎日お前と見ていたというのに」
「えっ?毎日、私と…?」
えっと?
インドラ様はあの海辺には行ってない…。
じゃあ、どこで見てたの?しかも私と?
混乱する私に、インドラ様はため息をひとつ。
「…まったく」
パチンッ…と指を鳴らすと、突然マイルームの光景ががらりと変わった。
「…!」
今話していた、あの海辺の風景…。
オレンジと紫に染まった夕焼けが、海にも映し出されていてとても綺麗だ…。
そして…
「あっ…」
私はインドラ様が何を言いたかったのかを、今ようやく理解した…。
理解した…けど…
あの、インドラ様…
それ、メタ発言ってやつですよ!?
あれでしょ?お気に入りにインドラ様を設定してるから、夏の特異点の間はインドラ様とあの海辺の景色を見てることになるってやつですよね!?
わざわざ言わなくていいんですよ!?
私から聞かれた時だって適当に流しとけばよかったのに、何で馬鹿正直に答えたんだろ…。
嘘つけないのか?この神様は…。
「…今、神に対して不敬極まりないことを考えておらんかったか?」
「!?い、いや…考えてませんよ?」
「ならいいが…気まぐれで思いつき、気まぐれに作ったものが最終的にお前の手元に渡るとは…巡り合わせというものは、存外馬鹿に出来んのやもしれん」
煽っていた酒をしまったインドラ様。
その手を、私の頬に添える…。
「お前もよく理解したであろう?」
「…ッ!」
そのまま、私の唇を塞いだ…。
そしてすぐに唇を離すと、唇同士がまた触れてしまいそうな距離で囁く…。
「神との縁は、決して切れん…とな」
〜おまけ〜
「これを、私たちに?」
「…よく出来ていますね」
アルジュナとアルジュナ・オルタは、マスターから渡されたグラスをまじまじと見つめる。
「インドラ様が作ったんだよ」
「インドラ神が!?」
「やはり、そうでしたか…」
オルタは気づいていたようだが、アルジュナは気づかなかったらしい。
それもそのはず…。
「ですが、特に何かの加護がついているわけではないようですね…」
何の変哲もない、加護もついていないグラスだったこともあり、まさかインドラが作ったものだとは思わなかったようだ。
「実はそれ、硝子細工の体験でインドラ様が作ったんだけど…」
マスターが、何故それを自分が所有するに至ったのかを説明すると、アルジュナはさらに頭が混乱してしまったらしい。
「…工房の方々に、迷惑をかけていたのでは?」
「だ、大丈夫だよ!最終的に私が全部引き取る形になったわけだから!」
必死にフォローをするマスターだが、アルジュナの胃はやはりダメージを負ってしまった。
余計なこと話したかな…と頭を悩ませるマスターだったが、その傍らでオルタはぽつりとひと言。
「…美しいですね」
「…!」
温かい眼差しで、グラスを見つめている。
「うん。私もそう思う」
マスターの言葉に、手元のグラスをもう一度見つめるアルジュナ。
明るく鮮やかな水色に、白い模様…。
確かに、まるで青空のようだ…。
「…ええ、そうですね。とても美しい」
モチーフを思うと、何ともインドラらしい。
あの神が工房で硝子細工を作る様子はとても想像出来ないのだが、そうして出来上がったグラスの価値は、とても計り知れたものではない。
「神ではなく、父からの贈り物ですか…」
「…」
「…生前の私では、決して手に入れられなかったかもしれませんね」
「うーん…インドラ様なら、お願いされれば作りそうではあるけど…アルジュナと、近い距離にいられなかったのも大きいのかな?」
「本来は身分が違いますからね。しかし…」
グラスを見つめ、柔らかく笑うアルジュナ。
「ありがとうございます、マスター。何よりも価値のあるものをいただけて、光栄です」
「…ありがとうございます、マスター。大切に使わせていただきます」
「…お礼ならインドラ様に言わなきゃダメだよ?」
「もちろんです。お会い出来た際には、必ず」
「…私も、自分からお声をかけてみます」
父親からの贈り物に、感無量と言わんばかりのアルジュナたちの反応。
お礼を言って去っていく二人を見送るマスター。
そして、ひと言…。
「もう行きましたよ?」
「…ッ!?」
その声に反応したのか、物陰に隠れていた…インドラが姿を見せる。
「…いつから気づいていた?」
「最初からです…というより、私に気づかれるってよっぽどですよ?」
「…やかましい」
「…二人とも喜んでましたね」
「…ッ……ま、神々の王からの贈り物だ。さもありなん…ということだ」
「父親からの贈り物って認識してますよ?」
「やかましい。そのよく動く口を、よほど塞がれたいようだな?」
「もー!そうやって素直になれないから、ご子息から距離置かれちゃうんですよ!」
「そう簡単に言えてたまるか!神にだって立場ってもんがあんだよ!わかってんのか人間!?」
「唐突の第三再臨…」
私には言えるくせに、何で息子にはそれが出来ないんだろうなぁ…。
そう思うマスターであった…。
END