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誰そ彼

Fate Grand Order インドラ&女夢主 — www.pixiv.net · All chapters

誰そ彼

『黄昏時』

それは昼と夜の境目…。

両者の交わりにより訪れる、僅かな領域…。

普段は固く閉ざされた『扉』が開かれる時…。

「………」

寄せては返す、さざ波の音。

髪や頬を撫でる、僅かに湿った潮風。

私が立っているのは、沖縄特異点で見つけた夕日の沈む海辺。

「…何で、ここにいるんだろう?」

夕焼けの空と、それを映し出す海の水面。

その水平線を見つめながら、ぽつりと呟いた。

ザッ…

「…!」

少し離れたところから、何かの音が聞こえた。

ザッ…

ザッ…

足音…だろうか?

私は音がする方向を向く。

「…!あれは…」

夕闇が色濃くなってきた海辺で、沈む太陽の光に照らされた『何か』の姿。

徐々にこちらに近づいてくる。

ザッ…

ザッ…

それは、大きな黒い影だった…。

しかしその背の高い影の姿形は、私のよく知る存在を連想させた。

「………インドラ様?」

気づくと、その名を口に出していた。

すると、私の声に反応したのか…

影がぴたりと動きを止める。

「………」

影は何も言わない。

ただ、その場に立ち尽くしているだけだ。

「………」

「…!」

そしてしばらくすると、その影は再び私に向かって歩き出した。

影との距離は、20m程…。

ザッ…

ザッ…

黒い影はゆっくりと、それでも確実に私の方へと近づいて来ている。

しかし、距離が縮まっても正体がわからない。

真っ黒な影のままなのだ。

それでも、私のよく知る神にそっくりなシルエットをしているせいなのか、あまり恐怖を感じない。

ただひとつ、気になるのは…

「インドラ様…ですか?」

「………」

影が何も言わないことだ。

もし本当にインドラ様なら、とうに返事は返しているはずなのに…。

インドラ様じゃ…ない?

じゃあ、私に近づいてくるこの影は…?

「貴方は…ッ…」

誰…?

そう言おうとした私の口が、止まる…。

「ーーー」

「…ッ!?」

影の方向から、まったく聞いたことのない声が聞こえてきたからだ。

まだ少し距離はあるが、確かに聞こえた…。

『誰そ彼』と…。

『誰そ彼』

それは『黄昏』の語源。

昔は今のように電灯などもなく、夕暮れ時の暗さではすれ違う者の姿すら認識出来なかった。

だからこそ、人の気配を感じた際に口にしたのだ。

『誰そ彼(貴方は誰だ)』と…。

そして、その『黄昏時』というものには別の呼び方がついている。

昼と夜の境目…。

両者の交わりにより訪れる、僅かな領域…。

普段は固く閉ざされた『扉』が開いた時…

招かれざる者たちが、徘徊する…。

魔と逢う時…。

『逢魔時』と…。

「…ッ!!」

影の正体がインドラ様ではなく、何かとてもよくないものだと察知した私は、逃げるように走り出す。

迂闊にも、言葉を交わしてしまった…。

ああいったものと相対した場合、決して言葉を交わしてはいけない…。

それは他ならぬ、インドラ様からの助言だったというのに、姿形でまんまと誘導されてしまった…。

「はぁっ…ッ…はぁっ…はぁ…ッ!」

走りにくい砂浜を、息を切らしながら必死で走る。

後ろを振り向こうにも、怖くて振り向けない。

夕焼けで固定されていたはずの空は、気づけば薄暗い宵闇に呑まれている。

「あっ…!」

と、片足が砂に埋もれて体勢が崩れる。

「痛っ…」

ドサッ…と体が砂浜に倒れてしまった。

砂に埋まった足を、必死で抜こうとした時…。

「………ッ」

目を向けていた地面に、大きな影が落ちる…。

まずい…。

まずいまずいまずい…ッ!!

後ろに、確かにいる…。

さっきの、黒い影が…。

「ぁ………ッ」

視界の隅を、じわじわと黒い影が侵食する…。

あ…

もうダメ、だ………。

「…ッ!?」

と、突然右手が熱くなってきた…。

それと同時に、視界の影がまるで蜘蛛の子を散らすように散らばって消え去っていく…。

「………え?」

そっと顔を上げてみると、先程まで宵闇に包まれていたはずの空が、明るい夕焼けへと戻っていた…。

「…ッ!?」

「ん?目を覚ましたか」

気がつくと、そこはマイルームだった。

そして聞き覚えのある、落ち着いた声…。

「…インドラ…様…」

影なんかじゃない…正真正銘のインドラ様だ。

私が寝ているベッドに腰掛け、私の顔を覗き込むようにこちらを見下ろしている。

「何やら魘されていたようだが…」

そう言うと私の右手を掴み、持ち上げる。

その右手には刻まれた令呪、そして…

「お前、何故こいつを身につけていなかった?」

薬指に光る、ピンクトルマリンの指輪…。

以前インドラ様からもらったものなのだが…

「あっ…すみません、忘れてました…」

これを嵌めて寝ると悪夢を見ないので、いつも寝る前に身につけていたのだが、うっかり忘れて昼寝をしてしまっていたらしい。

「まったく…神が気づいて嵌めてやったからいいものを。どうせ妙な夢を見ていたのであろう?」

「…はい、助かりました」

ふと、夢の内容を思い出す。

あの影が消えた時、右手が熱かった…。

指輪を嵌めてくれたからだな…。

これは魔性殺しの加護がついた指輪だから、夢であっても魔性のものは一切近づけない…。

インドラ様が部屋に来てくれなかったら、一体私はどうなっていたんだろう…。

「それで?一体何を見た?」

「えっと…」

インドラ様に、夢で見たものを話す私。

そして、すべて聞き終わったインドラ様は…

「迂闊が過ぎる。もっと警戒せんか」

「すみません…」

説教モードに入ってしまった…。

「お前の夢に入るのに、何故この神が影の姿なぞをとらねばならん」

「インドラさまは、救いの光そのものですよ?」

「影になんかなるわけないだろー?」

「あ、確かに…」

言われてみれば…。

普通に人の夢に入れる神様が、そんな回りくどいことをするはずがない…。

「大体だ…得体の知れんものに対して、そう易々と声をかけるでない。魔なるものは獲物とした人間のよく知る姿で近づき、取り込みにくる。お前から情報を与えてどうする」

「すみません…」

「何より、神々の王たるこの神の姿を真似てお前に近づくとは、身の程を弁えぬ魔だ。いっそ神自身が乗り込んで消し炭にすべきであったか…」

私に説教しつつ、先程の影への怒りをふつふつと燃やしているインドラ様。

実際は魔性殺しの加護だけで消えたので、インドラ様直々の雷なんか喰らったら、オーバーキルなんてものではないが。

「とにかくだ…眠りに就く前には、この指輪を必ず身に着けろ。よいな?」

「はい、気をつけます…」

掴まれたままの右手が、少し力を込めて握られる…。

…

…

ところで、この手はいつ解放されるのだろう?

「神がわざわざお前のか細い指に合わせて仕立ててやったのだぞ?使わずにしまい込むことは許さん」

インドラ様は、薬指に嵌められた指輪をなぞると…

「わかったな?」

不敵な笑みを浮かべ、私の手の甲に口づけた…。

「…ッ!?」

「ん?何をそこまで赤くなる?」

「!な、何でもありません…!」

慌てて手を引こうとした私だったが…

「え…ちょっ…」

握られた手に、さらに力を込められる。

「あの、インドラ様…そろそろ離して…」

「ん?好きに離せばよかろう?」

「いや、私は握ってませんよ!インドラ様に手を離してもらわないと…」

「軽く掴んでいるだけだ。自分で抜け出せ」

「私ただの人間ですよ!?筋力Aの神霊相手に力で敵うわけないじゃないですか!?」

「ま、当然であろうな」

「わかってるんなら離してください!」

「神に命ずるな」

「命令じゃなくてお願いです!」

「自力で何も出来ぬのならば、諦めろ」

「片手を塞がれてどうしろと!?」

「どうするも何も…神の好きにされていればよいではないか」

「何でさも当たり前のように言うんですか!?」

ああ言えば、こう言う…。

何を言っても、涼しい顔で返される始末…。

結局、夕食を食べに食堂に出向く時間になるまで離してもらえなかった…。

END