少しは慎みというものを
少しは慎みというものを
「いたたた…ッ!」
「何をしているマスター、早くしろ」
「いや、わかってるんだけど…ッ!」
レイシフト先の簡易拠点にて。
私は先程の戦闘で負った怪我を、同行したピオ先生に診てもらっていた。
飛んできた岩を避けきれずに喰らってしまい、その時に肩を痛めたらしい。
ピオ先生から礼装を脱ぐよう指示されたのだが、腕を少し動かすだけで左肩に激痛が走る。
上着は脱げたけど、インナーは無理だ…。
「ごめん、先生…」
こうなったらもう仕方ないと思った私は、ピオ先生にとある指示を出した。
「やっちゃって」
「!…ああ、了解した」
返事をしたピオ先生は、自分の杖をバラしてメスのような状態にし…
バサッ
『「「あーっ!?」」』
私のインナーを、見事なメス捌きで切り裂いた。
インナーの切れ端がはらはらと落ち、私の肌が露わになったのだが…
「ちょっ…!な、な、何してんだコラァ!」
「な、何をしているのだ!ギリシャの医神!?」
『ア、ア、アスクレピオスさん!?』
同行メンバーのアルトリア・キャスターとヤマトタケル、通信越しのマシュから悲鳴のような声が上がった。
「何をしているかだと?見ての通り、患部を診るために服を切り裂いただけだが?」
当然ピオ先生は、いつも通りの反応。
何事もなかったかのように私の肩を診ている。
しかし…
「わ、私たちが見てんでしょーが!」
「い、いきなり女性の服を切り裂くのは…」
顔を真っ赤にしたアルトリアとタケルが噛みつく。
「ふ、二人とも…私がいいって言ったんだよ」
「緊急時には必要な処置だ」
「い、いや…わかってるけど!だからって女の子の服をいきなり刃物でバサッといくのは…ッ!それに、マスターが怪我したらどうすんだ!?」
「僕がそんなミスをすると思うか?何度も経験はある。それから、気が散るからあまり騒ぎ立てるな」
「「な、何度も経験はある!?」」
「だから静かにしろ」
二人とも、そんなに騒がなくても…。
痛みで服が脱げないからお願いしただけなのに…。
いざとなったら切っちゃっていいよって、前々からピオ先生に言ってあっただけなのに…。
上着はちゃんとあるから、治療が終わったら羽織っておけば問題ないのに…。
「ちょっ…せ、せめて胸元は隠してあげて…」
アルトリアが自分のマントを外し、私の露わになった胸元を隠そうと近づくが…
「やめろ、邪魔になる」
「さ、流石に目のやりどころに困るっつーの!」
ピオ先生からあっさり却下されてしまい、真っ赤になりながら吠える。
タケルに至っては、すでに顔を逸らしている。
『あっ…』
と、通信越しのマシュが何かに気づいたように小さな声を洩らした。
「…マシュ?どうか、した?」
痛みを堪えながら尋ねる私だったが、返ってきたのはマシュの声ではなく…
『………何だ、その体たらくは』
「…ッ!?」
多分帰ったら説教されるんだな、と…。
出来たら今は聞きたくなかった、それはそれはお怒りの様子の声…。
「………インドラ…様…」
インドラ様の声だった…。
『ギリシャの医神よ…それは一体何のつもりだ?』
「…ッ」
「何の話をしている?僕は今、忙しいのだが…」
インドラ様の問いかけに、先程よりもずっと苛立ちを募らせたピオ先生が、手を動かしながら答える。
『今しがた…そいつの服を切り裂き、肌を露わにさせたことについてだ』
「それがどうした」
威圧が含まれた声にも、怯む様子もないピオ先生。
『それは必要な処置か?』
「ああ、必要だ」
「…ッ」
はっきりと言い切るピオ先生。
私やアルトリアやタケル…管制室も、二人のやりとりを固唾を飲んで見守ることしか出来ない。
『ほう、では…何故に必要とする?』
ピオ先生の答えに対して、さらに圧を強めて問いかけるインドラ様。
その問いにも、診察する手を一切止めずに答えていくピオ先生。
「簡単なことだ。マスターは肩を負傷した…ならば当然服を脱がせ、患部を診る必要がある。だがマスターは肩の痛みが強すぎるがために、自力で服を脱ぐことが出来ずにいた。痛みが強いのならば、僕やそこの二人が代わりに脱がせようが手間がかかることに変わりない」
『…』
「僕を含む医療班は、以前から『緊急時の治療の際は、衣服を破くまたは切り裂くことは躊躇いなく実行するように』と他でもないマスター本人から言われている。今回もそれに則って実行したまでだ。様子を見ていたのなら知っているはずだが、今回はマスターからの指示まであった」
『…』
「まあ、それがなくとも…僕は医者だ。命や健康を何よりも優先する。衣服や肌の露出の配慮など、そんなものは治療を遅らせ、患者を死に近づけさせる障害にしかならない」
『…』
「理解したのなら、たとえ神であろうが余計な口出しをしないでもらいたいものだな」
そう言い切ったピオ先生は、手を止めて私を見る。
「脱臼や骨折の疑いはない。打撲だな」
「…ありがとう、先生」
私はもう片方の手で上着を掴み、肩に羽織る。
「ま、前留めてあげるから!」
「あ、ありがとう…」
アルトリアが上着のバンドを留めて、極力胸元が見えないようにしてくれた。
「…インドラ様」
先程から黙っているインドラ様へ、声をかける。
「…怪我をしたのは、私の不注意です。どうか先生を責めるのはやめていただけませんか?」
『………』
暫しの間、重苦しい沈黙が続いた…。
だが、ひとつ小さな息をついたインドラ様は…
『…戻り次第、説教とする』
それだけ言うと、足音が遠ざかっていく。
管制室から出ていったようだった…。
レイシフトからの帰還後、私は医務室で本格的に処置をしてもらった。
「ありがとう、先生」
「ああ…お大事に」
先生の言葉に見送られた私は、医務室を出る。
プシューッ
「あっ…」
「…」
医務室を出てすぐの廊下…。
壁にもたれかかる長身が、私の目に入った。
「インドラ様…」
「…」
何とも不機嫌そうな顔で、こちらを睨んでいる。
「…来い」
それだけ言うと、廊下を歩き出す。
私は慌てて、その後に続いた。
いつもなら抱き上げて部屋に連れて行くのに…。
抱き上げると、私がインドラ様にしがみつかないといけない体勢になる。
肩を負傷している私には負担になると考えて、しなかったんだろうな…。
この神様は自分勝手に見えて、意外とこちらの配慮をしてくれるから…。
そうして着いたのは、インドラ様の部屋。
「入れ」
「…失礼します」
足を踏み入れると、すぐに背後の扉が閉まる。
「…」
インドラ様の視線の動きを見て、私は部屋のソファに腰を下ろした。
そしてインドラ様も、私の隣に腰掛ける。
「…神が何を言いたいか、大方理解しているはずではあるが」
「…はい」
「…述べてみよ」
低い声で促され、答える私。
「…まず、怪我をしたことです」
「…確かに、あれは事故ではある。だが『周囲をよく確認せよ』と常日頃から神が忠告していたはずだ。先を急いだが故に見誤った…つまりはお前の過失だ」
「…はい」
「…それから?」
「…ッ」
今回インドラ様が一番言いたいのは、これだろう。
「…他人の目がある中で、堂々と肌を晒したこと…」
「…自覚はあったようだな」
隣の私をジトッとした目で見下ろす。
「あの医神の説明については、理解した」
「えっ…」
「今回は命に関わるものではなかったが、それはあくまでも結果論だ。あれが必要な処置だということは理解した。流石の神も、人間の脆すぎる命よりも優先すべきものがあった…等と言うつもりはない」
インドラ様…。
ちゃんと理解してくれてたんだな…。
よかった…。
「…が、それはそれとして!お前があのような進言をする必要はないであろう!?」
「いや、どうせ脱ぐんですし…」
「少しは慎みというものを持たんか!」
インドラ様、私がピオ先生に『やっちゃって』って自分から率先して服を切り裂くように言ったのが気に食わないんだろうなぁ…。
多分ピオ先生から『仕方ないから切るぞ?』っていう言葉が出るまではおとなしくしとけ…って言いたいんだろうなぁ…。
「だって、治療してくれるピオ先生に余計な手間をかけさせたくないですから…」
「それがあの者の仕事ではないか」
「医療者は大変なんですよ?人が生きるか死ぬかの狂気の世界で働いているのに、無関係な第三者どころか患者本人やその身内から『意思は?配慮は?それは本当に必要なのか?』なんて責められるんですから」
「………その物言いからして、先程の神の言葉に何か思うことがあったようだな?」
「いえいえ。インドラ様はピオ先生の説明で『本当に必要』だと理解していただけましたから」
「………はぁ」
「…先程インドラ様は『人間の命は脆すぎる』とおっしゃいましたよね?」
「…言ったが?」
「それは本当にその通りだと思います。人間から見ても、人間の命は脆すぎます。だからこそ私は、そんな脆すぎる命を救う現場にいる方たちには、敬意を示すべきだと思っているだけです」
「………」
私の言葉を聞いて何かを考えているのか、しばらく黙り込むインドラ様。
「…神々の王に対する、あの物言いには些か思うところはあるが…」
それは…まあ仕方ない。
先生、神様にいいイメージを持ってないから…。
「…ま、己の為すべきことを為さんとしているだけであるならば、神がいちいち目くじらを立てることでもない」
「…」
先生の野望を知ったら、流石のインドラ様も見過ごすかどうか怪しいけどなぁ…。
「が、それはそれだ。先程も言ったが、お前はもう少し慎みというものを持て!」
「話がループした…」
「まさか神の気を逸らしたつもりでいたわけではあるまいな?」
「い、いえ…」
「肌を晒すのならば、せめて閉ざされた空間のみにせんか。他の英霊どもや管制室の者にまで晒す必要はあるまい」
「まあ、それはそうなんですが…緊急時に至ってはどうしようもないですし…」
「致し方なしとは言わせんぞ。お前と契約している術者の英霊ならば、遮蔽物程度用意出来るはずであろう」
「………」
「出来るな?人間」
「…努力します」
「ならばよい」
私の言質をとったインドラ様は、ようやく険しい表情を緩めた。
「何故神がここまで口喧しく言うのか、理解してはいるのであろう?」
「それは、はい…」
「先程のあれは流石に許せん。医者が相手ならばまだよいが、どこのどいつが見てるかも予測出来ん場所で、気安く肌を晒すでない。いつの時代も、そのような無防備さには面倒な輩がつきものであるぞ。いちいち追い払う神の身にもならんか」
インドラ様からすれば、ただ単純に心配してくれてるだけではあるんだよな…。
もちろん私も、それはわかってる…。
そこまで気にかけてもらえてるってことだし…。
しかも、追い払う気でもいてくれてるし…。
それにしても『面倒な輩』かぁ…。
「………」
「ん?何だ?何をそのように見つめる?」
「…いえ」
それ何て自己紹介…などと考えてしまったことは口が裂けても言えないな…。
〜おまけ〜
「父が本当に…ッ!申し訳ありませんでした…ッ!」
「もういい。それに声を張り上げるな、胃痛が悪化しても知らんぞ」
医務室にて。
アルジュナは、先日のレイシフトでマスターに同行したアスクレピオスに頭を下げていた。
理由は簡単。レイシフト先で負傷したマスターの救護をしたアスクレピオスに、インドラが意見したからだ。
「とりあえず座れ」
「…はい」
アスクレピオスに窘められ、アルジュナはゆっくりと椅子に腰掛ける。
「…私も、管制室から見守ってはいました。父を止めようと思えば止められたはずではあったのです」
「…」
正直に言うと…。
アスクレピオスがマスターの服を切り裂いた時は流石の私も衝撃を受けた。
もちろんすぐに目は逸らしたので、断じてマスターの肌を凝視などはしていない。
いや、正確には見れるはずもなかった…。
あの様子を見ていたインドラ神が、静かな怒りに震えていたのを見てしまったからだ…。
「すみません、貴方は貴方の仕事をしてくださっていたというのに…」
「別に僕は気にしていない」
「いくら神とはいえ、あの時の父は貴方の仕事に対して、あまりにも理解がなさ過ぎたと思います」
「…本人から許可は得たというのに、外野というものはいつだって必要以上に騒ぎ立てるものだな」
「…ッ!申し訳…ッ」
「もういい、謝るな」
「…ッ」
尚も謝罪しようとするアルジュナを止めるアスクレピオス。
「お前の胃の方が限界だったはずだ」
「…まあ、否定は出来ないのですが…」
「残薬は?」
「…明日の分があるかどうか」
「なら追加で出しておく」
「…ありがとうございます」
カタカタ…とカルテに書き込むアスクレピオス。
「お前は…」
「はい?」
「仮に自分の妻や恋人が、緊急時とはいえ公衆の面前で処置のために肌を晒すことになったら…不快な感情になるか?」
「私が…ですか?」
突然の質問に戸惑うアルジュナだったが、少し考えてすぐに答えを出す。
「私は…命が助かる方が、遥かに大事だと考えるでしょう。面白おかしく見ている野次馬については、不愉快極まりないとは思いますが」
「…そうか」
命が助かる方が、遥かに大事…。
そう思うのが、僕だけでなくて何よりだ…。
自身の信念は決して無駄になることはないと改めて感じながら、カルテを書く手を再び動かすアスクレピオスなのであった…。
END