気まぐれな空へ賛辞を
気まぐれな空へ賛辞を
『聖杯の回収、確認しました!』
「ありがとう、マシュ」
『お疲れ様でした!帰還準備に入ります!』
「うん、お願いね」
とある微小特異点。
私たちは特に大きなトラブルに見舞われることもなく、無事に事態を解決し聖杯を回収した。
「みんなもお疲れ様」
同行した英霊たちにも、声をかける。
今回のメンバーは徐福ちゃん、セーラー服姿のティアマト、はじめちゃんだ。
「お疲れ様。帰ったら夕食、ちゃんと食べないとダメだからね?」
「もちろん、わかってるよ」
「さくっと終わったねー。今日の徐福ちゃんはこれにて店じまーい。帰ったら晩酌といたしまーす」
「徐福ちゃんはせめて帰ってから言おうよ…」
「いいじゃんかー!マスターさんのけちー!」
徐福ちゃんに胸ぐらを掴まれ、ゆさゆさと揺さぶらされる私。
「ダメとは言ってないんだけど…」
「もうっ!二人とも喧嘩しないっ!」
「大丈夫、喧嘩の内にも………あれ?そういえば、はじめちゃんは?」
「「えっ?」」
近くにはじめちゃんの姿がないことに、私も徐福ちゃんもティアマトも今初めて気づいた。
「あ、あそこ」
「何してんだろ…」
ティアマトが指さした先には、離れたところでこちらに背を向けて、佇んでいるはじめちゃんの姿があった。
私は、はじめちゃんに近づいて声をかけた。
「はじめちゃん?」
「ん?あぁ…マスターちゃん」
わりとすぐに呼びかけに反応したはじめちゃん。
「どうかしたの?」
「いや、特別何かがってわけじゃないんだけど…」
そう言うと、はじめちゃんは今まで見ていた…夕焼け空を見ながら呟いた。
「いつの時代も、夕焼け空ってのはこんなに綺麗なんだなって思っちゃってさ」
「…本当だね」
見上げた先には、オレンジ色の夕焼け。
直に沈むであろう日の光が、空を鮮やかに…でもどこか物悲しさを漂わせながら彩っている。
「おっと…悪いね、マスターちゃん。僕ってば一応かなり年食って生きてきた身だからさ。流石に年寄り臭かったかな?」
「そんなことないよ。夕焼け空が綺麗だと思うことに、生きた時代や年なんか関係ないでしょ」
「そう?ならよかった」
はじめちゃんがどこか安心したように呟いた時、通信機から通知が鳴る。
『先輩、帰還準備が出来ました!これより回収作業に入りますね!』
「あ、マシュ…」
「おっと、もうそんな時間か。んじゃ、カルデアに帰るとしましょうかね」
「…うん。そうだね」
管制室によって回収作業が行われる中、私は自分の後ろを振り返って端末のシャッターを切った。
「ん?写真?」
「うん。綺麗だったからさ…」
「そっか。手元に残せるっていいもんだねぇ…」
僅かな時間に言葉を交わした私たちは、回収される最後の時まで、燃えるような夕焼け空を見つめていた…。
「ふぅ…」
レイシフトから帰還し、部屋に戻った私。
遅めの夕食を食べ終え、シャワーを浴びてさっぱりした私は先程撮った写真を眺めていた。
「………」
レイシフト先の、夕焼け空…。
日常にいる時も何気なく見ていた空だったが、改めて見ると本当に綺麗だ。
燃えるように映るオレンジ色…。
その日の光を受けた、滲むような紫色…。
よく知らない場所にも関わらず、どこかよく知っているような懐かしい気持ちにさせてくれる…。
春待ち桜
月夜の花火
燃える夕焼け
ふわり初雪
どんな時も離れてても
心に同じ空がある 〜♪
プシューッ
「讃歌か?」
「うわっ!?インドラ様…ッ!?」
ふと懐かしい歌を口ずさんだ途端、ドアが開いてインドラ様が顔を覗かせた。
マジでびっくりした…。
何てタイミングで歌っちゃったんだ、私は…。
「讃歌では……いや、ないとは言い切れない…?」
「四季と空を歌ったものであろう?」
「まあ、はい…それは確かに…」
「ならば違いない。何しろ、空はこの神の支配する領域…つまり、空を褒め讃える歌であればそれらすべてが神への讃歌ということになる」
かなり判定がガバい気がするけど…。
まあインドラ様がそう言うなら、いいか…。
「空というものは、広大にして唯一無二。この世界に生まれ落ちたものならば、見上げる空は皆同じものだ。たとえどのような空模様であろうとな」
私の隣に腰を下ろしたインドラ様は、ベッドに置かれた端末に気づいた。
「ん?これは…」
「あ、それは…さっきのレイシフト先で見た夕焼け空が綺麗だったので…」
「…」
写真に収めた夕焼け空を、じっと見つめているインドラ様。
「…ま、空は気まぐれだ。いつでも同じ空模様を見れるという保証などないからな。美しいと感じた刹那を写真という形に残すことに、神からとやかく言うつもりはない」
どうやら満更でもないらしい。
その証拠に、写真が写った端末を手に取って眺めながら、私の腰に手を回して抱き寄せてきた。
あれかな?
いろんな顔を持つ自分の所有物を、いろんな角度や時間帯で人間たちが撮影して『綺麗』とか『凄い』とか言われてるのって、インドラ様からしたら普通に嬉しいのかな?
こっちの勝手な都合ではあるけど、もしそうならいいんだけどな…。
だって、もし勝手に空を撮影することで気分を悪くさせてたんだとしたら、シャッター下ろした瞬間に神罰下りそうだから…。
やだよ、シャッター下ろした瞬間に自分の人生の幕まで下りちゃうとか…。
「もののついでに聞いておくが…」
「はい?」
「お前は…どのような空を好む?」
「えっ…」
いきなりのインドラ様からの質問に、思わず固まってしまう私。
どの空が、一番好きか…?
…
…
無理です…。
選べないです、インドラ様…。
だって、よくいろんな人が言う『生憎の空模様』だって私は結構好きだし、雷が光ってたら思わず窓から見ちゃうし、雲ひとつない青空だって綺麗だと思うし、夕焼けで紫に染まった空も好きだし、星空だって見ちゃうし、朝焼けの空も綺麗で写真撮っちゃうことあるし、虹が出てたら見惚れちゃうし、寒い時季の澄み切った空だって見てたら気分がすっきりするし、その澄み切った空から風花が舞ってきたら綺麗だし…
「…随分と褒め讃えるではないか」
「え…?」
「浴びせるような賛辞…まさに雨あられのよう、と言うそうだな」
「え…あれ?私、まさか…」
「すべて声に出ておったぞ」
「は…?」
はぁぁぁぁぁ…ッ!!!?
うっそだろ!?えっ…マジで…?
頭の中飛び交ってただけじゃなかったの!?
…
…
あぁぁぁぁぁぁ…ッ!!!!
し、死ぬ程恥ずい…恥ずかしい…。
「あ、あの…出来たら忘r…」
「嫌だね」
「ですよね!知ってました!」
「忘れるわけがなかろう?いじらしい人間からこの神へ向けた賛辞であるぞ?」
「敬意の込もった賛辞、見事なものです」
「やれば出来んじゃーん!キシシッ」
「ああああ…」
ヴァジュラたちからも声が上がるが、私は恥ずかしさのあまり枕を引っ掴んで顔を埋める。
「すみません…しばらくそっとしておいていただきたいのですが…」
「そっとしておく、か…。それは…」
「無理な話だな」
「…ッ!?」
私の耳元をくすぐるように響く、色っぽい声…。
その声に体が固まってしまった瞬間、手に持つ枕が取り上げられてしまう。
「もはやあれは賛辞どころか、愛の言葉だ。そこまで想いの込もった言の葉を紡がれたのならば、それ以上のものを返す他あるまい?」
「あ…」
その途端、私の視界が反転する…。
トサッ…
「…ッ」
仰向けになった私…。
妖しげな光を放つ目で見下ろすインドラ様…。
だが艶っぽい目の光とは裏腹に、その表情はとても穏やかで優しい…。
「神々の王に………いや、それ以前にインドラという天空神へ向けた言葉でもある」
「…!」
今日のインドラ様は、本当にご機嫌らしい…。
だって、わざわざ個の神としての自分にインドラ様自らが触れている…。
こんなこと、滅多にない…。
いつもは『神々の王』としてのインドラ様への讃歌を求めているのに…。
「さて…お前からあそこまでされたからには、生半可な愛で方は出来まい」
「!?」
「惜しみない快楽に溺れた今宵のお前が目にするのは、果たしてどのような空模様であるのか…」
自身の唇をペロリと舐め、私の唇を指でなぞる…。
「実に楽しみであるな…人間?」
「んっ…ッ」
なぞった指で顎を掬い、私の唇を塞いだ…。
ぬるりと舌が入り込み、私の舌に絡みつく…。
「…ッ…はぁっ…」
程なくして、唇が解放された…。
その最中に私の目に映ったのは、青空でも夕焼け空でも夜空でもない…。
インドラ様の瞳そのものともいえる…
暗雲を貫く美しい雷霆だった…。
END