温かい関係ってそういうこと
温かい関係ってそういうこと
「みんなありがとう。お疲れ様」
周回を終えた私は、英霊たちに声をかける。
「問題ない。ケルベロス…といったか?あれほどの首を3つも斬れるのは、なかなかに手応えがあった」
「アイテム交換が終わるまでは、まだまだ出張ってもらうことになっちゃうけど…」
「構わない。いつでも呼ぶといい」
「あ、ありがとう…」
クエストのアタッカーを務めてくれたのは、アズライールさんだ。
どうやら超大型エネミーを斬るのが相当楽しかったらしく、満足そうな…相変わらず不気味な笑みを浮かべて去っていった。
「え…まだ、続くの?」
それとは反対に絶望の声を洩らしたのは、サポーターを務めたアルトリア・キャスター。
「ごめんアルトリア…アイテム交換が終わるまでだから、もう少し付き合って。余ったパンプキンパイとかドーナツとかクッキーとか食べていいから」
「もうカボチャは…見たくない…」
「ごめんって!じゃあ…あ、そうだ。もう秋だし栗のスコーンでも焼こうか!?」
「言ったな!?絶対絶対焼いてもらうからね!?なら残りの周回もさっさと終わらせてやるー!」
「それでいいんだ…」
別のお菓子であっさり釣れた…。
それでいいのか、楽園の妖精…。
「…ならば神に献上しろよ?」
「え?」
控えにいてくれたインドラ様が、私に声をかける。
「栗と言ったか。お前の故郷では、秋になると盛んに食されるようになる木の実だそうだな。ならば当然、この神にも捧げるべき品であろう?」
「至極当然です」
「ちゃんと捧げろよー?キシシッ」
「わ、わかってますよ…」
どうやら、栗を召し上がったことがないらしい。
アルトリアとの約束に上乗せされる形で、インドラ様の分も用意する羽目になってしまった。
あれ、いくつ焼けばいいんだ?これ…。
インドラ様はそんなに食べないとしても、アルトリアの食べる分と合わせると、材料かなり多くなりそうだな…。
まあ、約束しちゃったからやるしかない…。
「栗のスコーン!忘れないでね!」
「はいはい、ちゃんと焼くよ…」
しっかり釘を刺して去っていったアルトリア。
そして残された私は、アイテムボックスからあるものを取り出して、インドラ様のもとへ近づく。
「インドラ様、こちらをどうぞ」
そばにいたヴァジュラに、それを差し出した。
「捧げ物か?…ん?おい、これは確か…」
ヴァジュラが受け取ったものを見て、インドラ様が訝しげな表情になる。
「カルデアの大夢火です」
「5つまでと聞いていたが…」
「今までの夢火はそうなんですが、大夢火は絆15になった英霊の上限がさらに増えるアイテムです」
「…奇跡をさらに超える奇跡、か」
「確かに、従来の夢火と若干異なりますね」
「なんか火が大きくなったねー」
そう。今回の周回で、ついにインドラ様の絆レベルが15に到達した。
私は最初にもらったカルデアの大夢火を、どうしてもインドラ様に捧げたくて、いろんな周回の控えにずっといてもらっていた。
もちろんインドラ様自身にも、アタッカーとしてたくさん出張ってもらった。
そして、ようやく渡せる時がきたというわけだ。
「ほう…神々の王との、さらなる絆を望むか」
爛々と輝く大夢火から視線を私に移すと、こちらを妖艶な笑みで見下ろすインドラ様。
「まあ、間違いでは…ないですけど…」
「なに、誤魔化す必要はない。欲深は恥じるものと心得ているのやもしれんが、むしろ良い心がけであると褒めてやろう。なにしろその相手が、神々の王たるこの神なのだからな」
そう言うと身を屈めて、私に顔を近づけてきた。
「あの…ッ…わざわざ屈んでいただかなくても…」
「んー?何か言ったか?よく聞こえんな」
「いや、聞こえてますよね!?神様の耳なら絶対に聞こえてますよね!?」
「さてな。神の耳に入らぬこともあろう」
「聞こえないはずがありませんが、インドラ様がわざわざ貴女の目線に合わせて屈んでくださっているのですよ」
「ちゃんと聞こえてると思うけど、こんなこと滅多にしてもらえないんだぞー?」
「おいヴァジュラ、余計なことを言うな」
私をからかっていたはずが、いつの間にかヴァジュラたちに茶々を入れられてる…。
…
…
うん、今日も平和だなぁ…。
「おや?ようやくそれを使うんだね」
「ん?あ、ダヴィンチちゃん…」
通りすがりのダヴィンチちゃんが、インドラ様の持つ大夢火を見て話しかけてきた。
「うん。さっきの周回で絆15になったから…」
「なるほどなるほど。マスター君ってば、誰にも大夢火渡しに行かないなーって思ってたけど、インドラ神の絆が15になるのを待ってたんだね」
「!」
「ダヴィンチちゃん…ッ!?」
にこにこ顔であっさりとバラしたダヴィンチちゃんに、思わず大きな声が出てしまう。
そしてカミングアウトに反応するインドラ様。
「…今のはどういう意味だ。絆15の英霊は、すでにこれを受け取っているのではないのか?」
「いやいや、最近出来たアイテムだよ?そう簡単に手に入らないものだけど、マスター君には1個だけ渡しておいたんだ。なかなか最初のひとりが現れないとは思ってたけど、そういうことだったとはね」
「ーーー」
「ほう?」
インドラ様が最初のひとりだって、言わないでおくつもりだったのに…。
何で余計なこと言っちゃうの、この天才は…。
「………」
半ば放心状態になりながら、ふらふらとその場から離れようとした私だったが…
「どこへ行く」
「ひっ…」
腕を掴まれ、あっさり拘束される。
思わず小さな声が洩れてしまうが、先程のアルトリアのことを思い出した私は、言い訳のつもりで口に出す。
「スコーン作ってきます…」
それを聞いたインドラ様は、思いの外あっさりと手を離してくれた。
「…部屋に持ってこい」
「…はい」
返事をした私は、その場から逃げるように厨房に向かって走り出した…。
「何か余計なこと言っちゃったかな?」
「いや、むしろ大義であった。それよりも、神がその最初のひとりというのは真であろうな?」
「もちろんだよ。ほら」
ダヴィンチから霊基情報を見せてもらったインドラは、そのすべてに目を通す。
「………確かに神だけだな」
「よかったじゃないかインドラ神。要はマスター君の『初めて』を、またひとつ君がもらえたってことなんだから」
何とも楽しそうなダヴィンチに対して、口角を上げながら答えるインドラ。
「今更何を言うか。この神に捧げられて然るべきものであろうに」
〜厨房〜
「マスター?いつまで栗を潰しているんだ?もう十分過ぎるくらいだが…」
厨房にいたエミヤから、どこか心配そうに声をかけられる。
「この…行き場のない、気持ちが…」
「…そろそろ、次の工程に移ったらどうだ?」
「………そだね」
確かに…あんなに嘆きながら栗を潰してたら、普通何かあったのかと心配するか、ドン引きするかのどちらかだろう。
正気に戻った私は、栗をスコーンの生地と混ぜてしっかりと捏ねていく。
「それにしても…かなりの量だが、インドラ神はそこまで健啖なのか?」
「いや、アルキャスに作るって約束しちゃって…」
「あの大食いキャスターにか!?だったら遠慮せず私に押しつけてくれてもよかったんだぞ?」
「約束したから…」
「流石に私も手伝うとしよう。量が量だからな…インドラ神の分が焼けたら、あとは私に任せたまえ」
「ありがとう。巻き込んでごめん…」
「私は一向に構わないが、彼女に対して迂闊に何か作るとは言わない方がいいぞ」
「周回付き合わせたお礼にって言い出しちゃって…」
「気持ちはわかるが、大食い連中の食べる量を甘く見ない方がいい。下手をすれば食材が一瞬でなくなるからな」
「気をつけるね…」
喋りながらも、生地を捏ねていく私とエミヤ。
流石は台所の守護者。手際がいい上に形も綺麗だ。
おまけにスピードが速いこと速いこと…。
そしてトレイに、すべての生地が並べられた。
「あとは焼くだけだね」
「この大きさなら20分程で出来るだろうな」
オーブンに生地を入れて、スイッチを押す。
「使わせてくれてありがとう。片付けちゃうね」
「気にしなくていい」
使った器具やまな板を洗い、粉が舞ったテーブルを濡れた台拭きで拭いた。
洗い終わった器具は自然乾燥させるために、指定の位置に置いておく。
「ふぅ…」
一段落ついたところで、厨房の椅子に腰掛けて休憩することにした。
「随分とお疲れの様子だな」
「栗を潰して生地捏ねただけなのに…」
「意外と疲れるものだぞ?私のように、普段から厨房にいるのなら別だが」
「…改めて、いつもありがとう」
「なに、半分は趣味のようなものだ」
片付けを終えたエミヤも、椅子に腰を下ろした。
硝子で出来たオーブンの扉から、しばらく中のスコーンをぼーっと見つめていると、不意にエミヤが独り言のように呟いた。
「オーブンか…」
「どうかした?」
「ああ、いや…」
私からの質問に一瞬言葉を濁したエミヤだが、オーブンの中を見つめながら続ける。
「昔、こんな話を聞いたことがある」
「何を?」
「恋愛は『電子レンジではなく、オーブンのような関係を理想としろ』と」
「え?何それ?」
まさかこの台所の守護者から、その手の話が出るとは思わなかったが、それよりもめちゃくちゃ続きが気になってきた。
「電子レンジは急速に温まるが、その分冷めるのも早いだろう?」
「うん」
「その点オーブンはじっくり温めた分、冷めるのにも時間がかかる」
「…確かにオーブンって、使い終わった後なかなか冷めなくて、ずっと熱いもんね」
「ああ。言い方は少々悪いが、付き合いたてから熱が入りやすいカップルは、所謂熱しやすく冷めやすい関係なのだろう。一方で、じっくりと関係を温めていったカップルは長続きしやすいらしい」
「まさに電子レンジとオーブンだね」
「私も最初に聞いた時は、随分と上手い話だと少々馬鹿にしたものだが…そう馬鹿に出来たものではないのだと、ふと思ったんだ」
なるほど。
確かに物凄くしっくりきた。
「でも、エミヤがそんな話するなんて珍しいね」
「なに、君を見て思い出したまでだ」
「え?」
「君とインドラ神のことだ」
「はっ?え…?」
いや、何で…?
何で急に、私とインドラ様が…?
「君たちは神と人間という、種族間の違う者同士が惹かれ合った関係だ。神の大半はやたらとスケールの大きい愛情表現をするものだ。熱量が多い…というべきか。だが我々の認識では、だからこそ飽きるのも早い神が多い。多情な神なら尚更だ」
「うん…」
「だが、対する君はどうだ?君とインドラ神が出会ってから、すでに1年は経っている。詳しいタイミングは定かではないが、少なくとも半年以上は今の関係が続いているのではないか?」
「………そうだね」
確かに…。
エミヤに詳しく伝えたことはないが、確かに半年以上は経過している。
「君が叶った恋に溺れることなく、インドラ神と向き合い続けた結果なのだろう」
「…!」
「じっくりと関係を温めるというのは、要はそういうことなのだと君を見て思った。気分を害したのなら申し訳ないが」
じっくりと関係を温める…か。
でも、それならそれで私は…。
「…大丈夫だよ。もしそう見えるなら、嬉しい」
「そうか。ならよかった」
エミヤが安堵の息を零した時、オーブンから電子音が鳴り響いた。
いいタイミングで、スコーンが焼けたらしい。
「さて、具合はどんなものか…」
蓋を開けたエミヤは、ミトンをつけた手でトレイをゆっくりと引き出した。
そして、満足そうな表情になる。
「いい具合に焼けたぞ、マスター」
テーブルに置いたトレイを覗くと、ほんのりと焼き色をつけたスコーンが、程よく膨らんで焼き上がっていた。
「本当だ。それにいい香り…」
「ああ。香ばしい香りになったな」
栗の甘い香り…。
あぁ…可能なら今すぐ食べたい…。
熱くて食べれたものじゃないと思うけど…。
「インドラ神の分は……このくらいでいいか?」
「うん。ありがとう」
小さなバスケットにペーパーを敷き、その中にスコーンを詰めるエミヤ。
それをお盆に乗せ、おしぼりまでつけてくれた。
「君は持って行くといい。スコーンが焼き上がったことは、私からキャスターに連絡しておく」
「何から何まで、ありがとう」
「お安い御用だ。神は待たせない方がいいぞ」
「うん。じゃ、失礼します」
エミヤに見送られながら、私はスコーンを持ってインドラ様の部屋へと向かった…。
コンコンッ
「インドラ様、参りました」
部屋のドアをノックする。
「入れ」
すぐに中から返事が聞こえてきた。
ボタンを押して、ドアを開ける。
プシューッ
「失礼します」
部屋に足を踏み入れると、アイラーヴァタに腰掛けて私を見下ろすインドラ様の姿が。
「お待たせしました」
「…ようやくか」
飛んできたヴァジュラにスコーンを渡すと、インドラ様がアイラーヴァタから下りてきた。
「つい先程焼き上がったばかりなので、まだ少し熱いと思いますが…」
「ま、冷めきったものよりはマシであろう。座れ」
「はい」
指示を受けた私は、部屋のソファに腰掛ける。
その隣に、インドラ様も腰を下ろした。
「とりあえず小皿に移しました」
「ありがとう、ヴァジュラ」
ヴァジュラたちが、スコーンを乗せたお皿をテーブルに置いてくれた。
すると、いつの間にか手袋を外した手で、スコーンを摘み上げるインドラ様。
「…これが、栗の香りか」
普通に素手で触っている様子からして、そこまで熱くはないらしい。
私もお皿を持って、スコーンを摘み上げる。
「…」
私のは少し熱かった…。
そっとお皿にスコーンを戻した時、さくっ…と隣から小気味良い音がした。
スコーンを齧ったらしい。
恐る恐るインドラ様の様子を窺うと、インドラ様は咀嚼しながら手元のスコーンを見つめていた。
「…」
不味そうな顔はしていないが、その表情に心当たりがあった私は、思い切って聞いてみる。
「もしかして…甘さが足りませんでしたか?」
「ん?何だ、よくわかったな」
当たりだった。
前にプレーン味のスコーンを焼いた時も、同じような顔してたから。
まあ本来プレーン味のスコーンは、ジャムやクリームを塗って食べるものではあるから妥当ではある。
今回の栗のスコーンは、潰した栗に砂糖を混ぜたのだが、甘さが控えめだったらしい。
栗本来の味ですら、恐らく日本人でもほんのり甘いかも?という認識だと思うので、インドラ様からすればかなり物足りないのかもしれない。
「すみません、生クリームもらって来ますね」
厨房に向かうために、立ち上がったのだが…
「よい」
「…!」
手を掴まれ、無理矢理ソファに座らされる。
「…よろしいのですか?」
「構わん。このまま食う」
そう言うと、再びスコーンを齧るインドラ様。
ならいいか…と、私も自分のスコーンを手に取って一口齧ってみた。
「…!」
ほんのり甘くて、美味しい。
しかも焼き立てだから、温かくてさくさくしていて余計に美味しく感じる。
私は何もつけなくても大丈夫だけど、本当にインドラ様は大丈夫なのだろうか?
「味の懸念か?」
不意に聞こえてきたインドラ様の声。
隣を見ると、2つ目のスコーンを手に持っていた。
「…甘さが足りないのでは?」
「構わんと言ったであろう。明らかに失敗とわかる極下な味ならば、流石の神も制裁を下すところではあるが、好みの甘味に僅かに届かん程度で目くじらを立てるような狭量な真似はせん」
そう言うと、スコーンを齧るインドラ様。
「………お前の食う様子を見ていたが」
え…?見てたの…?
「お前からすれば、この甘味で満足なのであろう?ならばこいつは失敗作というわけではない。栗というものは、特別甘味の強い木の実ではないということなのであろう」
「それは…確かにそうですが…」
確かに、私はこの味で満足だ。
栗はほんのりとした甘みはあるが、特別糖度が高いものではない。
それは事実ではある。
でも、好みの甘さじゃないと言いながらも、スコーンを食べ続けているインドラ様を見ていると、それを許してもらえているのって…
「ただ菓子を食いたいだけであれば、厨房の者にとうに作らせている。神がお前に『作れ』と命じた。それでお前が作ったものを神が食っている。それだけのことだ」
私が作ったものを食べたかった…ってこと?
「『マスターの手作りの菓子を食べたかっただけ』と言うべきでは?」
「『あのキャスターの小娘には容易く菓子を作るというのに、何故神には献上してこない』って言ってたよねー?インドラさまー?キシシッ」
「おい、余計なことを言うな!」
「…」
暴露したヴァジュラたちに怒るインドラ様を見た私は、先程のエミヤの言葉を思い出していた。
『君が叶った恋に溺れることなく、インドラ神と向き合い続けた結果なのだろう』
『じっくりと関係を温めるというのは、要はそういうことなのだと君を見て思った』
実は私には、あまりピンときていなかった。
確かに、すでに半年以上は続いている。でも悠久の時を生きるインドラ様には、半年なんて年月は瞬きの間に過ぎ去る日々だ。
だからこそ、じっくりと関係を温める…という理想には行き着いていないんじゃないか…。
今の今まで、そう思ってた…。
でも…。
「………」
インドラ様に捧げた、カルデアの夢火…。
何気なく捧げ続けていたものだが、それは確かにインドラ様との絆を深めたことを意味するもの。
あまり実感がなかったけど…
そう想ってもらえる程、絆が深まってたんだな…。
未だに騒いでいるインドラ様とヴァジュラたちをよそに、私はスコーンをもう一口齧る。
(…温かい)
すでに冷めているはずのスコーンは、先程食べた時のように温かく、優しい甘みがした…。
END