お前には不要な標
お前には不要な標
「…よし、あとは顔だけだな」
マイルームにて。
私は作業をしていた手を一旦止めて、ひと息つく。
デスクの上にあるのは、カボチャ。
ジャック・オー・ランタンを作るため、ペポカボチャと呼ばれるオレンジ色のカボチャの中身をくり抜いていたところだ。
私のよく知る緑色の皮のカボチャと違って比較的柔らかいカボチャなので、加工しやすくはあった。
初めてなので疲れはしたのだが。
「肩凝るなぁ…」
長時間同じ姿勢でいたせいか、肩が重い。
椅子から立ち上がり、伸びをしてから肩を回す。
「…はぁ」
いくらか楽になったところで、作業に戻ろうと再び椅子に座ろうとした時…
プシューッ
「邪魔するぞ」
「あ、インドラ様」
インドラ様が部屋に入ってきたのだが、デスクのカボチャを見るなり早々に顔を顰めた。
「お前もか」
「え?何がですか?」
「最近、やたらとカボチャの飾りを見かける。西洋の祭事…ハロウィンといったか?」
「そうです。今年は特に、自分たちで好きなデザインのジャック・オー・ランタンを作ってみようということになって…それで私も作っているんです」
「…なるほどな」
散々見てきたジャック・オー・ランタンにだいぶ辟易としているのか、ため息をつきながらベッドに腰掛けるインドラ様。
ハロウィンは10月31日なので、まだまだこれからではあるのだが。
「で?お前は完成したのか?」
「私はあともう少しです」
「ハロウィンとはどんな祭事なのですか?」
「『お菓子くれなきゃ悪戯するぞー』って去年子どもたちが言ってたけどー?」
「うん、でも起源は大分違うんだよね」
ヴァジュラたちの質問に、顔の下書きをしていた手を止めて体をインドラ様たちに向ける。
確かにインドの神様からすれば、アイルランドが起源の祭事には詳しくないはず。
ましてや今のハロウィンは、魔改造されたものだ。
「もともとはサウィンっていって、死者の霊があの世から帰って来る日なんだよ」
「死者の霊…ならば慰霊祭か?」
インドラ様からの質問に、頷いて返す私。
「そうですね。ただ、一緒にやってくる悪霊の災いから身を守るために、仮装をして悪霊に同類と思い込ませる風習があったんです。カブをくり抜いたジャック・オー・ランタンを飾るのも、魔避けのためなんです」
「カブ?お前たちが作っているのは、カボチャの提灯ではないか」
「もともとはカブだったんですが、アメリカに伝わってからはカブが手に入りにくくなったので、量産出来るカボチャを代用するようになったんです。それが日本に伝わってきたので、日本でもカボチャのジャック・オー・ランタンが有名なんです。ただケルトの英霊たちは、カブのジャック・オー・ランタンを作っているみたいですよ」
「ややこしい。大分手が加わった祭事であるな」
「まあ、海を渡るとその土地に合わせたものに変わりがちですから…」
「ま、特別否定はせんがな。しかし、わざわざ野菜から提灯を作る理由はあるのか?」
「アイルランドの、とある民話からなんです」
あるところに、ジャックという名の男がいました。
ジャックはずる賢い男で、悪魔を騙して『死後地獄に堕ちない契約』を結ばせることに成功しました。
しかし死後のジャックは、生前の悪行のせいで天国にも行けません。
天国にも地獄にも行けなくなってしまったジャックは、あの世とこの世の境目を、永遠に彷徨い続けることとなってしまったのです。
ただ、それに同情した悪魔から地獄の火をもらったジャックは、くり抜いたカブの中に火を入れて提灯を作り、それを持ち歩くことになったのでした。
「ジャックの持つ提灯の灯りは、暗闇に迷った旅人の道標にもなると言われているんです」
「自業自得だな」
案の定、バッサリと切り捨てるインドラ様。
まあ確かに、誰でもそう思うはず。
「やってることがあれなので…」
「地獄で禊を受けた方が、遥かに楽でしょうに」
「馬鹿な人間だねー」
呆れた様子のヴァジュラたち。
「しかし…」
「?」
「永遠に彷徨い続ける、か…」
独り言のように呟いたインドラ様。
その顔は次第に苦々しい表情に変わっていき、やがて虚空を見つめる。
「………確かに、悪魔も同情するであろうな」
「…!」
ああ、そうか…。
インドラ様は、放浪の苦痛を知ってるから…。
「迷える者には道を照らし、魔なるものを追い払う存在というわけか。信仰さえあれば、神となり得る役割ではないか」
「確かに…ただジャック・オー・ランタンは、アイルランドの鬼火と呼ばれるウィル・オー・ウィスプの派生ともされているので…」
「ウィル・オー・ウィスプ?」
「夜の沼地や墓場に現れる鬼火の伝承で、旅人を危険な道へ迷わせたり、底なし沼へ引き摺り込もうとする怪異なんです」
「歴とした魔ではないか」
「まあ、はい…ハロウィンに縁のある伝承って、大体は怪異側なんですよね」
それにサウィンからハロウィンという名に変わったのは、サウィンがキリスト教に入ってからになるらしい。
一神教であるキリスト教においては、信仰があったとしても神にはなり得ないのではないだろうか?
「じゃあさ、あの『お菓子くれなきゃ悪戯するぞ』ってやつは結局なんなのー?」
「中世ヨーロッパではソウリングっていって、貧しい人たちが家を回って、死者のための祈りを捧げる代わりに『ソウルケーキ』っていうお菓子をもらっていた習慣があったんだよ。それがアメリカに渡って、仮装した子どもたちがお菓子をもらって回る行事に変わったんだ。お子様サーヴァントたちがやってたのはそれだね」
「ま、ただ菓子を施す程度だ。人の子から乞われれば、与えて然るべきというものだ」
「ただ、お菓子を渡せなかった人が子どもたちにどんな悪戯されるのか、楽しんで見てる英霊がちらほらいますからね…子どもたちが来る前に、お菓子を根こそぎ持っていこうとする輩もいるので気をつけてくださいね?」
「何だその邪竜の如き趣味を持つ者どもは」
「まあ…暇なんでしょう、多分」
「そもそも、この神々の王に恥をかかせようなどという不届き者が………1名はすでにいるとして、他にもいるというのか?」
「…いないとは言い切れないです。ここって挑戦者が多すぎるので」
「チッ…蛮勇どもが」
邪魔されないといいですね…。
と言いたいところだけど、インドラ様ってつくづくそういうところはついてなかったりするからなぁ…。
1名を警戒しているのは、もう仕方ない…。
ひと通りハロウィンの説明をし終えた私は、先程下書きをしたカボチャにナイフを入れていく。
ザクッ…ザクッ…っと音が響く。
「手を切るなよ?」
「もちろん気をつけてますよ」
過保護だなぁ…。
言われなくても気をつけてますよ…。
だってもし手を切っちゃったら、インドラ様からの長い長いお説教が待ってるに決まってるじゃないですか…。
「その提灯…」
「はい?」
「祭事が終わったら、どうするつもりだ?」
「え?」
祭事…ハロウィンが終わったらってこと?
流石にここまで季節感が溢れてると普段使いは出来ないから、来年のハロウィンのためにしまっておくことにはなりそうだけど…。
「収納にでもしまっておこうかなと…」
「ならん」
「えっ?」
インドラ様のひと言が、私の言葉を遮る。
「所持するのは許さん。捨て置け」
「えっ!?」
目に鋭い光を宿らせ、私に言い放つインドラ様。
所持するのは許さん…って、何で?
あとせっかく作ったのに、捨てるの!?
「えっと…せっかく作ったので、来年もハロウィンを迎えた時のために、とっておきたいんですが…」
「…愛着が湧いて捨て置けんと言うのならば、神が預かるとする。必要な際には出してやる。だが、お前がそれを所持するのは許さん」
「どうしてですか?」
「どうして…だと?決まっている…」
手元の酒を一口煽った後、インドラ様は私の問いに対してこう言った…。
「彷徨う魂が持つ物だからだ」
「え…?」
「つまり、あの世へも行けずこの世に生き返れもせん…永遠に彷徨い続ける魂が標として持つ物だ。ならばお前には不要であろう」
「…?」
どういうこと?
インドラ様が何を言いたいのか、よくわからない…。
「…言葉の意味が、理解出来んといった顔だな」
「…すみません。どういう意味でしょうか?」
「察しが悪いですね」
「鈍感だなー。キシシッ」
「はぁ…」
ヴァジュラたちからも冷やかされた私に痺れを切らしたのか、ため息をついたインドラ様がまた口を開いた…。
「神がお前を惨めに彷徨わせるとでも思うか?」
「…!」
「生を終えたお前には向かうべき場所がある。悪魔と契約をした男のように彷徨うことなどない。その提灯は彷徨い続ける魂へのせめてもの慰め物だ。ならばお前には不要だ」
「…向かうべき場所」
「もしお前が不死を願った場合にも、当然行き先はある。悠久の時を生きるのならば、神のもとを離れずに済むのだからな」
「…!」
ジャック・オー・ランタンは、現代においてはハロウィンの飾りという認識でしかない。
でもそれは、地獄の火が灯る提灯。
死後の世界からも見放されたという嘲笑の証…という捉え方も出来る。
「………果ての見えぬ放浪なぞ、苦行に過ぎん」
「…ッ!?」
「…只人の身で耐えられるものではあるまい」
「…インドラ様」
「ま、その杞憂すら不要だ。お前がふらふらと彷徨っていようとも、必ず神が見つけてやる」
「…ッ」
あぁ…やっぱり…。
かつて自分が味わった苦痛は、人間にまで味わって欲しくないんだな…。
本当に、この神様は…。
「…まったく。何だその顔は」
「…」
「…来い」
インドラ様に呼びかけられた私は、椅子から立ち上がってゆっくりとベッドのそばへ歩いていく。
そしてインドラ様の目の前に来た時、腕を掴まれて強い力で引き寄せられた。
「…ッ!」
ゴツンッ…と額が胸にぶつかったが、身動きをとる前に背中に腕が回されて、ぎゅっと力が込められる。
「…また余計なことを考えているな?」
「…ッ!」
耳元で囁かれた声が、脳内に響く。
その声に答える代わりに、私はインドラ様の背中に腕を回した。
なんなら少し爪を立てて、力を込めてやる。
何が余計なことなんですか…。
貴方は苦しくなかったんですか…。
「………」
私の行動にも何も言わず、片方の手でぽんぽんと私の後頭部を撫でるインドラ様。
そんな私たちを、作りかけのジャック・オー・ランタンが、どこか寂しそうにも見える歪な笑みを浮かべながら眺めていた…。
〜おまけ〜
「やはりよく出来ているな」
「恐縮です」
謙虚に返事をするアルジュナ。
その手に持つのは、ペポカボチャから作られたジャック・オー・ランタン。
なのだが…。
「どうやったら、カボチャからこのような物を作れるのだ?」
若干引き気味のラーマ。
それもそのはず…このジャック・オー・ランタンにくり抜かれた穴は、まるで幾何学模様のような複雑な花の模様がいくつも並んでいるのだ。
「以前ですが、竹灯籠というものを見たことがありまして。その模様がとても美しかったので、このカボチャにも同じような模様が彫れるかもしれないと思ったのです」
「いや、そもそも汝の彫刻の腕が職人並みなところを突っ込みたいのだが…」
「細かい作業は苦ではありませんので」
「もはや苦ではないの域を超えているぞ…」
「?」
インドラ神よ、誇れ。汝の息子は多才だ…。
「余に至っては、普通に顔をくり抜くだけで精一杯だったというのに…」
「ご謙遜を。初めてとおっしゃるわりに、綺麗にくり抜かれているではありませんか」
アルジュナの言う通り、ラーマの手にはお手本のようなジャック・オー・ランタンが乗っていた。
「汝の隣に飾るには、少々気恥ずかしいな」
「貴方のものも立派な作品です」
二人は互いのジャック・オー・ランタンを褒め合いながら、飾るスペースを探して廊下を歩いていた。
すると、向かいから誰かが歩いてきた…。
「おや?カルナではないか」
「…!」
「む?…ラーマにアルジュナか」
カルナだった。
恐らく自分が作ったであろう、ジャック・オー・ランタンを抱えている。
「汝も作っていたのだな」
「ああ。オレにしてはよく出来た方ではある」
そう言うと、抱えていたジャック・オー・ランタンを二人に見えるように差し出した…。
「なっ…!?」
「はっ…!?」
「どうした?」
それを見たラーマとアルジュナは、気づけば同時に声を上げてしまっていた。
カルナの作ったジャック・オー・ランタンは、模様という模様は一切ない。
ないのだが…
「もはや…提灯というより鳥籠ではないか…ッ!?」
そう、このジャック・オー・ランタン…器用に縦にくり抜かれており、まるで鳥籠のようなデザインになっているのだ。
「ああ。オレも意識して作った。ただ、中の光源が丸見えなのは美しくないとドゥリーヨダナに言われたのでな。蝋燭が見えないよう、低い位置には手をつけていない」
「いや、確かに中に入れる蝋燭は背が低いから、これなら見えないだろうが…それにしても、なかなか大胆なものを作ったものだな…」
「そうか?」
とんでもないデザインのジャック・オー・ランタンに遭遇して、引き気味だが賞賛するラーマ。
そして、カルナのジャック・オー・ランタンを見たアルジュナはというと…
(こんなに…こんなに大胆にカボチャをくり抜いておいて、それでも尚バランスがとれている…だと?この男…ここまで美的センスがあったとは…ッ!!くっ…何故…何故ここまで思い切ったデザインが思いつかなかった…ッ!?私は…ここでも、この男を超えられないのか!?)
嫉妬しつつ、心の中で絶賛していた。
そんな中、ふとカルナの視線がアルジュナの持つジャック・オー・ランタンに向いた。
「………」
複雑にくり抜かれた模様を見つめるカルナ。
(まるで咲き乱れる花のようなデザインだな。触れたら壊れてしまうと錯覚させる程の繊細な作り…これは、オレには決して真似出来ないだろう。この男だからこそ、出来得た作品だ)
こちらも心の中で素直に賞賛していた。
「…ッ!?……何だ?何をそんなに見ている?」
カルナが自分のジャック・オー・ランタンを見ていることに気づき、まるで威嚇するかのように尋ねるアルジュナ。
「お前らしいデザインだと思って見ていただけだ」
「私らしい…だと?貴様に私の何がわかる?」
「そのままの意味だ。それに、お前こそオレのジャック・オー・ランタンを凝視しているようだが」
「…ッ!?」
「まあまあ、汝ら…こんなところで揉めてくれるな」
一触即発になりそうなところを宥めるラーマ。
「…すみません、見苦しいところをお見せしました」
「すまなかった」
流石にラーマの前で揉めたくはないのか、すぐに謝罪するアルジュナとカルナ。
「とりあえず、廊下に飾ってもよいと言われてはいるからな。この辺りならそう邪魔にもなるまい」
「そうですね」
「そうだな」
廊下の隅にジャック・オー・ランタンを置くと、アルジュナとカルナも自分のジャック・オー・ランタンを隣に置いた。
「………」
「ラーマ?」
「どうかしたか?」
「なあ、アルジュナにカルナ…」
「はい」
「何だ?」
並んだジャック・オー・ランタンを見て、ラーマがぽつりとひと言…。
「何故、余を挟んで置いたのだ?」
「不都合があったか?」
「何か問題がありましたか?」
「い、いや…問題はない。ないのだが…」
「「?」」
左からカルナ、ラーマ、アルジュナの順で並んでいるジャック・オー・ランタン。
つまり鳥籠→普通のジャック・オー・ランタン→花模様といった光景なのだが…。
(余のジャック・オー・ランタンが…極めて普通に見えるせいか、却って目立っているな…)
自分のジャック・オー・ランタンが凄ーーーく普通に見えて仕方ないのだ。
お手本のような、綺麗なジャック・オー・ランタンではあるのだが、左右が変態なだけでこうも目立つのかと一周回って関心してしまうラーマ。
インドラ神にスーリヤ神よ…。
汝らの息子たち、才能に溢れ過ぎだ…。
ひっそりと二柱の神たちに愚痴を零すラーマと、意味のわからないアルジュナとカルナなのであった…。
END